ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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2 住民との一時

レヴィと飲み比べが終わった後はいつも好きなお酒を飲んでいるので、勝負をふっかけてきた彼女が潰れてからもJack Daniel’sを続けて飲んでいた。隣で岡島さんが「うわ…」と信じられない顔をしていたが、私の飲みっぷりを見た人は皆同じような反応をするので最早気にしないことにしている。

 

 

そんな楽しいひと時を過ごしてから三週間後。

 

 

いつものように朝六時に起床し焦げ目のついたトーストとココアを胃に入れた後、2週間前に入った依頼の最後の仕上げを終わらせ出かける準備をしていた。

 

有難いことにここ数年で贔屓してくれる客も増え、今では一か月に一つくらいの頻度で新しい依頼が来る。

中には風俗店のオーナーや酒場の店主が従業員用の服をまとめて依頼してくることもある。

 

取り掛かっていた依頼もその内容で、飲み比べをしてから3日後にラチャダ・ストリートで風俗バーを営んでいるローワンという店主から従業員の服を10着ほど頼まれた。

 

ローワンさんは数か月に一回はこうやってまとまった依頼をしてきてくれるお得意様の一つなのだが、希望の服が「透けていてすぐ脱げるやつ」とか「胸を隠さない派手なドレス」など風俗店らしいもののためいつも頭を悩ませている。

 

一度「その専門の服屋に頼めばいいのでは?」と進言したのだが「アンタが作る代物が一番質がいいんだよ」となんとも断りづらい事を言われたので、今では特に何も言わず引き受けている。

 

 

そんなローワンさんから依頼された服が先ほど完成し、今から店に向かう。

あの店はローワンさんを始め従業員さんたちも皆いい人なのだが……

 

 

 

 

少し苦手だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よーお洋裁屋! 待ってたぜえ」

 

 

20分ほど歩いたその風俗バーは何故か昼からもう営業している。

表のドアから入ると、天井輝いているミラーボールが店内を照らし、騒がしい音楽に合わせポールダンスを踊る女性たちと客の笑い声が響いている様が目に入る。

 

そんな店内の端の方にある大きなソファで両隣に胸を強調させている女性を侍らせ座っているアフロヘアーで黒人の男。

彼こそがこの店の主人ローワンである。

 

 

視線が合った瞬間、手を大きく振り「待ってたぜ」と声をかけられたので真っすぐ向かい依頼された服を手渡す。

 

「お忙しいときにすみません。……これが頼まれてたものです、直してほしいところがあれば言ってください」

 

「いつも仕事が早くて助かるヨ」

 

「貴方が依頼するものは布をあまり使いませんから」

 

そもそもこれは服と呼べるのか、という疑問は心の内に留めておこう。

 

「ねえローワン、今回はどんな衣装頼んでくれたの?」

 

「そりゃとびっきり派手で最高なモンだよ。今回もちゃあんと注文通りに作ってくれたんだろお?」

 

「ええ。“派手でラインがはっきりしてて且つ魅力的”という要望に私なりに応えたものです」

 

こんな無茶ぶり勘弁してほしいとは思ったが、礼は弾むと言われたのでそれならと承諾した。

 

黒で光沢のある皮素材とレースで作ったキャミソール型。

胸の谷間からへその上までV字にカットし、空いた部分に花模様の薄いレースを。衣装ということで少しでもサイズの調整が利くよう背中は細い紐で編み上げを施している。

 

こういう類の服はこの街に来てから作り始めたもので慣れていない。

そのため、考えに考えて仕立てたので、恐らく希望通りになっている…はずだ。

 

この2週間のことを思い返すと頭が痛くなった気がしたので、こめかみを押し痛みを和らげてから服が入っている紙袋の中身を見ているローワンさんに声をかける。

 

 

「あと、人を選んで作ってないので似合わない人も」

 

「“似合わない人もいるからそれは理解しろ”だろ? 分かってるよお。頼むたびに言われてんだ、これ以上聞いたら耳にタコができちまう」

 

「なら結構です」

 

 

私が毎回小言のように言うその言葉をローワンさんは軽く流した。

本当に分かっているのかは知らないが、一応言ったので後で“似合わない人がいる”など文句を言われても聞かない。

 

 

「ホレ、今回の依頼料だ。いつもより多めに入れといたぜ」

 

「ありがとうございます」

 

ローワンさんはジャケットの内ポケットから取り出した厚みのある封筒を渡してきた。

 

「確認しても?」

 

「どうぞお」

 

封筒をもらってから一言断り、その場で封筒を開け金が入っていることを確認する。

 

 

一度、過去に金だと思ったらただの紙だったということがあり、パトロンである彼から「お前の不注意も悪い」とお説教を食らったことがある。

それからは依頼料を金で受け取ったときのこの確認作業を怠ったことはない。

 

この歳で不注意による説教をされるのはもう御免だ。

 

「確かに受け取りました。……では、私はこれで失れ」

 

「えー洋裁屋さんもう帰っちゃうの? どうせなら少し飲んでいってよ」

 

「そうよ、たまには私たちともお話してチョーダイ」

 

私が依頼料を受け取りここに残る理由もないため帰ろうとしたとき、ローワンさんの隣に座っていた女性二人が話しかけてきた。

 

「えーと、実はまだ依頼が立て込んでて今すぐにでも取り掛かりたいんですよねえ」

 

「一杯くらいいじゃない。マダム・フローラの子たちとはよく絡んでるって聞くわよお?」

 

「アタシたちとは飲んでくれないの?」

 

彼女たちはそう言いながらソファから腰を上げ何故か私の隣に立ち、あろうことか逃げれる間もなく両腕を掴んでくる。

二人とも肩が凝りそうな胸の持ち主なので、当然柔らかい感触が腕を包んでいる。

 

女同士なので特に何も思わないが、この状況に思わず苦笑しながら口を開く。

 

「マダムにはよくお世話になってるので付き合いがあるのは当然ですよ。というか、この前も一杯付き合ったじゃないですか」

 

「本当に一杯だけ飲んで帰っちゃうんだもの。飲み代はローワンが奢ってくれるし、いいでしょ?」

 

「そうそう、女同士楽しくお話ししましょうよ」

 

「いや、そんな勝手にローワンさんの奢りだなんて言わない方が」

 

「アンタには世話になってるからな、別に構わねえヨ。それに、ここの女はみんなアンタと話したがってる。付き合ってやってくれよお」

 

ああ、またこのパターンだ。

 

 

実は私がこの店を苦手な理由もそこにある。

 

何故かは知らないが、ここの人たちは私に興味があるらしくいつも服を届ける度に「ここで飲んでいけ」、「話をしよう」と引き留められている。

 

この店で飲むことに抵抗はないのだが、問題は引き留め方だ。

 

こうやって逃げることを許さないように二人がかりでがっしりと腕を掴み、引き摺ってでも飲ませようとするのだ。

 

飲むのも話すのも構わないのだが、強引なやり方はあまり好きではない。

 

何回も「こういう誘い方は好きじゃない」と言っているのだが、「そうでもしないと飲んでくれないでしょ?」と全くやめる気配がない。

そして、さっきはああいったが依頼はすべて終わらせているので立て込んでいるどころかやるべきことがない。

 

最早私が折れるしかないと、一息ついてから口を開く。

 

「……私結構飲みますよ。それでもいいんですか?」

 

「店の酒を飲みつくさない程度で頼むぜ」

 

「さ、座って座って」

 

「何から飲む?」

 

私の諦めの言葉を聞いて、両隣の女性は腕をつかんだままローワンさんと向かい合う形で椅子に座らせられる。

そして、乾杯し一息つく間もなく騒がしいBGMに加えられる女性特有のマシンガントーク。これが何時間も続くのがここの恒例行事。

 

 

 

 

――申し訳ないが、やはりこの店は苦手だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

――中心街から少し離れた小高い丘。そこには街全体を見下ろすように立っている一つの建物がある。

そこは神に祈りを捧げる神聖な場であるはずが、この街ではそれとは違う役割を果たしている場所。

 

 

リップオフ教会。通称“暴力教会”

 

 

マフィア達に統制されているこの街にも規律というものが存在し、その規律を破る者には支配者たちからの裁きが下る。

その破ってはいけない規律の中に“暴力教会以外で銃を売ってはならない”ことも含まれている。

 

三合会認可の下、この街で唯一武器の調達を許されており、住民達が武器を買い求める場所が暴力教会だ。

 

 

今日はそんな神に愛されないであろう教会に用があるため、紙袋を手に少しばかり長い道のりを辿っている。

平坦な道をまっすぐ歩き、最後の緩い坂道を上れば白い教会が目の前に姿を現す。

 

そのまま入り口となっている大きな木製のドアを3回ノックし、建物が大きいのでいつもより張った声で呼び掛けた。

 

「洋裁屋キキョウです。シスターヨランダはいらっしゃいますでしょうか?」

 

しかし、中から反応はない。

 

 

なのでもう一度ノックをしようとしたその瞬間ドアが開き、中からフォックススタイルのサングラスをかけた私よりも背の高いシスター服姿の女性が現れた。

 

「よおキキョウ、ひっさしぶりだなあ。景気はどうだ?」

 

「久しぶりエダ。景気は、まあまあかな」

 

彼女は数年前にこの街にやってきた“シスターエダ”。

暴力教会で働いている一人。

 

たまに“何らかの騒動”に巻き込まれて服をダメにしてしまった時などに修繕してほしいと依頼が来る。

私が仕立てたシスター服に穴をこさえる度満面の笑みで依頼してくるのは考え物だが、彼女のそんなお調子者感は嫌いじゃない。

 

「シスターヨランダは?」

 

「シスターはちょーっとした用事で留守だよ」

 

「そっか。――じゃあ、これ代わりに渡しといてくれる?」

 

今回の依頼、“使い古されたシスター服の修繕”が終わったので渡しに来たのだが、どうやら今日はタイミングが悪かったらしい。

 

なら仕方ないとエダに紙袋を渡そうとしたのだが、「まあ待ちなよ」とその行動を遮られる。

 

「そんな大した用でもねえしすぐ帰ってくると思うぜ。中で待っときな」

 

「部外者が長居するのはあまりよろしくないんじゃないの?」

 

「いいんだよ。逆にあんたをこんまま帰したら、あたしがシスターに大目玉食らっちまう。待っている間あたしが話し相手なってやるからさ」

 

「……本音は?」

 

「暇すぎて死んじゃいそう」

 

だろうと思った。

 

相変わらずのお調子者ぶりに本当にシスターなのか疑問に思うが、それは気にしたほうが負けな気がする。

 

 

一つ息を吐いて、エダに招かれるまま教会の中へ足を運ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

「――で、最近どうなのよお? あのパトロン様とは」

 

神に祈りをささげる場所であるはずの礼拝堂。その奥には一つの教壇があり、それをはさむような形で椅子に座りエダと二人で話をしている。

教壇の上にはどこから持ってきたのか酒瓶が転がっており、私が来る前も目の前のシスターは飲んでいたようだ。そして今も新たな酒瓶を生み出そうと酒を呷り続けている。

 

ちなみに私はここで飲むのは気が進まないので酒に口をつけていない。

 

テーブルに肘をつき、エダの質問にすぐさま答えを返す。

 

「相変わらずだよ。今でもよくお世話になってる」

 

「そういう話じゃねえよ。もうヤッたのかヤッてねえのかって話だ」

 

「ねえ、エダ。その話題毎回のように出すのやめない?」

 

「いいじゃねえかよ、減るもんじゃないんだしさ。で、実際どうなのよ?」

 

こういう猥談が好きなのか、エダは私と二人で話すとき必ずと言っていいほどその話題を出してくる。

ステンドグラスが輝いている教会の広間では話さないような話題を、酒を片手にニヤニヤと切り出すその様に最早呆れつつある。

 

「……するわけないでしょ」

 

「おいおいおいおい、まさかまだ抱かれてねえのか? よく二人で飲んでんだろ?」

 

「そういうときは酒飲んで話して、それで終わり。その後は普通に帰るよ」

 

「ッはあーつまんねえな。男と女がやるこたあ一つだってのに」

 

「あのね何回も言ってるけど私と彼はそんなんじゃない。これからもそうだよ」

 

「分かんねえぞ? “手が入れば足も入る”。ひょんなことであんたとパトロン様の関係が一気に深く」

 

「ならないから。――そろそろ酒片づけたら? またシスターに怒られるよ」

 

 

とっととこの話題から抜け出そうと、目の前に乱雑に置かれている酒瓶達に指をさす。

 

 

「大丈夫だって。帰ってくるまでもう少し時間が」

 

「やれやれ、あたしゃただの留守を頼んでいたはずだが」

 

唐突に飛んできた声からは皺がれているものの威厳がはっきりと伝わってくる。

再び酒を飲もうとしたエダの体が固まった。

 

「ここで酒をやっていいなんて一言も言った覚えはないねえエダ」

 

「いやその、あーっと……シスターこれは」

 

こちらに段々近づいてくる人物に、エダは顔を引きつらせながら必死に言い訳を紡ごうとあたふたしている。

そんな彼女を横目に、持ってきていた紙袋を手にし腰を上げた。

 

「お留守でしたので勝手にお邪魔しております。ご迷惑でしたでしょうか?」

 

「アタシらとお前さんの仲だ、別に構わないよ」

 

「ありがとうございます。それと、これが依頼されていたものです」

 

軽い挨拶を交わし手にしていた紙袋を差し出すと、シスター服に身を包んだ眼帯の老シスターが微笑みを浮かべながら受け取ってくれる。

 

「相変わらず仕事が早い。どうだい、依頼料の手渡しも含めて茶でも飲みながらゆっくり話そうじゃないか」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

「エダ、そこにある酒全部片づけときな。――おいでキキョウ」

 

困ったように眉尻を下げているエダに苦笑いを送ると頭を掻いてため息をついていた。

その漏れた息の音を耳に入れ、礼拝堂の奥にあるドアに向かっていくシスターの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

――暴力教会のボスである大シスター、“シスターヨランダ”。

年の功からか常に余裕の微笑みを貼り付けている。それに加え眼帯をつけているのもあり、何を考えているか分からない。

 

そんな彼女は今となっては私の得意先の一つであり、仕事以外でもよく紅茶を飲む仲。

有難いことに、比較的可愛がってもらっている方である。

 

礼拝堂から直接繋がっている応接間のような部屋で、今日もシスターが淹れてくれた紅茶に口をつけた。

 

「シスター、今日の紅茶は……アールグレイですか?」

 

「正解だ。最初は紅茶の種類さえ知らなかったってのに、あんたも味が分かるようになったねえ」

 

「ここへ来るたび紅茶をご馳走してもらってますから、そのおかげですよきっと」

 

「フッ。――さて、これがアンタが注文してきた品だよ」

 

シスターの言葉とともに、机に置かれていた白い箱を目の前に差し出される。

 

「確認しても?」

 

「構わないよ」

 

了解を得て、そのまま箱の蓋を開ける。

 

そこには、黒い取っ手の部分には誰も触れられておらず、刃の部分は顔が映るほど磨かれている新品の裁ちばさみが一つ入っていた。

手に取ってみると持ちなれた重さが手にかかり、口の端が上がる。

 

「ありがとうございます、急な注文にも応えてくださって」

 

「それがアンタの出した報酬だからね、用意するのは当然さ。……それにしても、商売道具はもっと大切にした方がいいんじゃないのかい?」

 

「日頃から気を遣っているんですが……。まさか一回落としただけでああなるとは」

 

 

つい一週間前の出来事だ。

 

洋裁屋にとって重要な道具の一つ、裁ちばさみを不注意で落としてしまった。

 

まだそれだけならよかった。

 

毎日念入りなチェックと手入れをしているが、それでも使い続ければ道具は劣化していく。

落としてしまったことによって刃の部分が歪み、接合部分がずれ開閉できないという、もはや鋏としての役割を担えない代物へと成り果てた。

 

長年愛用していた裁ちばさみを思わぬところで手放さなくてはならなくなったところに、丁度シスターからの依頼。

 

シスター服の状態では糸と針で事足りるものだったので依頼を請け負い、その代わりに依頼料として質のいい裁ち鋏を注文。

 

 

それが、今目の前にある品だ。

 

 

「ま、道具には寿命がつきものさね。これがいい機会だったと思っときな」

 

「そうですね。――では、そろそろお暇致します。紅茶おいしかったです」

 

「そりゃよかった。アタシと茶会をしてくれるのは今のところアンタだけだからね、またいつでも紅茶飲みにおいで」

 

「ええ、ぜひまたゆっくり話しましょう。では、失礼いたします」

 

残っていた紅茶を飲み干し、正直な感想を述べるとシスターは柔和な微笑みを見せてくれた。紅茶好きにとっては、自分が淹れた紅茶を褒めてくれることが何より嬉しいのかもしれない。

 

ドアを開け軽く会釈をし、紅茶の香りが漂っている部屋を後にする。

 

礼拝堂に戻り、帰ろうとする私に「また今度一杯付き合えよ」と軽い口調で声をかけてきたエダへ「ここじゃなくて、酒場だったらいいよ」と返し、そのまま教会の外へ足を運ぶ。

 

 

 

彼女たちとは、これからもいい付き合いができそうだ。

 

 

 

 

 

 




=質問コーナー=
Q.キキョウさんの好きな食べ物は何ですか?また、レヴィとダッチについて一言お願いします。


キ「甘いものは全般的に好きです。特に好きなのはチョコレートなんですが、手が汚れてしまうので滅多に食べません。なのでいつも代わりにココアを飲んでます。

レヴィは飲み仲間としてこれからも気が向いたら一杯付き合ってくれると嬉しいかな。
ダッチさんとはこれからも“いいお付き合い”をしていきたいですね。」




いつもコメントありがとうございます。これからも質問お待ちしてますッ。

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