ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

56 / 128
お仕着せとは、主人に当たる役柄の人物から支給される衣服のこと。






5 お仕着せは災いの鐘

 

南シナ海。

太陽が照りつけ光輝くその洋上を一隻の船が浮かんでいた。

 

ロアナプラで運び屋を営んでいるラグーン商会自慢の高速魚雷艇である。

 

その船の操縦席には、何とも神妙な雰囲気が漂っていた。

 

「――それはなんともケツの収まりがワリい話だ」

 

「ダッチ、一度港に戻ろう。カルテルたちが嘘をついてるのは何かトラブルがあるからだ」

 

決して明るくはない雰囲気を醸し出し、船長であるダッチと新入りのロックはこの後の行動について話している。

 

 

事の発端は先日舞い込んできたマニサレラ・カルテルの依頼だった。

 

金さえつめば荷物の中身は問わないことでも知られている運送屋は、今回も例外なくマニサレラ・カルテルからの依頼で荷物の運び出しを行っていた。

 

金髪で小奇麗なその少年を受取先に運ぶのが今回の仕事。

 

短気で煽り耐性がなく子守に向いていないレヴィに代わり、未だ悪党に染まっていないロックは少しの間道中共にする少年と会話を弾ませていた。

すると、少年は自らをガルシア・フェルナンド・ラブレスと名乗り“南米十三家族の一つ、ラブレス家の次期当主”であることを告げる。

 

南米十三家族は南米の貴族階級であり、不正な儲け方を嫌い自由主義的な思想を持っているラブレス家はその中でも最も落ち目の貴族。

 

マニサレラ・カルテルから少年が孤児だと聞いていたロックは、どちらが正しいのか見極めるため、日本の商社マン時代に鍛えた交渉術と蓄えた知識を使いラブレス家に関する質問を投げかけた。

 

 

 

結果、ラブレス家の人間しか知らないような詳しい情報までガルシアが答えたことでこの依頼には裏があるという結論に至り、ダッチに自身の考えを話すと「妙だな」とロックと同様疑念が生じたようで、南シナ海のど真ん中に船を止め今も思考を巡らせている。

 

 

「ロック、言っとくが同情はなしだぜ。うちの商売の足しになってりゃそいつはノープロブレムだ。“正義がなくても地球は回る”」

 

「……同情がないって言ったら嘘になる。だけど依頼人の嘘が気になるのも本当なんだ」

 

愛銃であるソードカトラスの片方をクルクルと回しながら冷たく言い放つレヴィに、ロックは少し間を空けつつも自身の考えを述べた。

ロックの言い分にダッチも「確かに解せねえな」と同調する。

 

「ガキを攫った時点で相手に要求を出す手筈は整ったはずだ。だが、隠し事をしてまで売っ払う必要がどこにある」

 

「大方腹の虫が収まらなかったんだろうぜ。マフィアやカルテルって連中は自分の顔にクソをこすりつけられんのが一等嫌いだからな。……ま、とにかく決めんのはダッチだ。あたしはそれに従うよ」

 

「これはちっとばかり保険を掛けとくべき、か。バラライカに裏を取るよう頼んでみよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――飛び入りのビジネス、ですか?」

 

『それも特急でね。相手がどうしてもすぐに入用だっていうから今ちょっと手が離せないの』

 

「そうでしたか。そんな時にすみません」

 

『いいのよ。いきなり来るより、こうして連絡くれる方がありがたいわ』

 

「ならよかったです。では後日、改めて連絡を差し上げる形でよろしいですか?」

 

『ええ。ではキキョウ、お詫びはいずれ』

 

 

相手が通話を切ったことを知らせる音を聞き、携帯を耳から離して作業台の上に置く。

 

 

今日は、バラライカさんから長持ちさせたいと定期的に依頼される赤いスーツの手入れをいつものようにこなしていた。

新品の時と大差ないパリッとした状態にさせたスーツをいざ持っていこうと連絡を取ってみたのだが、「急な仕事が入った」とかで忙しいようだ。

 

私としては完成品を早く依頼主の元へ届けたいのだが、得意先でもありよくお世話になっている人の仕事を邪魔したくない。

 

依頼品を届け、バラライカさんと談笑した後にイエローフラッグで仕事終わりの一杯を飲むというのが一日の流れになるはずだったのだが、そういう訳で陽が傾きかける時間まで暇を弄ぶしかない。

 

ちなみに仕事終わりの一杯を飲むのは確定事項だ。

 

 

さて、暇な時間には基本刺繍か自由に服を作るかなのだが、今日はいつもと少し違うものを作ってみるのもいいだろう。

 

とはいっても、何を作ろうか。

 

 

そう考えて頭にパッと浮かんだのはスカーフ、ネクタイ、絹手袋の3つ。

 

スカーフとネクタイは比較的作っている方ではある。

しかし手袋に関しては欲しがる人がいないこともあり滅多に作らない。

 

 

…よし、今日作るものは決まった。

 

絹手袋は冬に嵌める手袋とは違い、パーティーなどで使われることもある薄い手袋。

 

赤や黒で作るのもいいが、無難に白でいこう。

自身が使うわけではないがサイズはいつものように私に合わせよう。

 

 

これで今回の暇は完全に潰せそうだ。

 

 

 

 

 

――そして、作業に没頭すれば時間というのはあっという間に過ぎる。

 

ふと時計を見ると午後5時半過ぎを示しており、そろそろ向かおうと数時間保ち続けた姿勢を崩す。

腰を上げ、道具などを片づけてから外に出ると辺りはもう夕方の色に染まっていた。

 

 

暗くなる前には着きそうだな、と足取り軽くイエローフラッグまでの道のりを辿る。

平坦な道筋をただひたすら歩く中でも、私はこの後酒に浸れる楽しみで心が躍っていた。

 

 

大通りの一つ向かいにある小さな通りに入る。

 

 

 

「もし、そこのお方」

 

 

その瞬間、突然すぐ背後から声をかけられ立ちどまる。

全く人影が近づいていることに気づかず、冷や汗をかく。

 

いくら戦闘に慣れていないからと言って、ここまで人の気配を感じ取れないことなんてありえない。

ましてや、人通りが少ないこの道なら尚更。

 

ここで振り向いた瞬間、願ってもない“何か”をされるのでは。

 

頭の中に嫌な想定ばかりが浮かぶ。

 

「そこの、東洋の女性のお方」

 

しばらくしても振り向かない私に再び声がかかる。

しかも今度ははっきりと『東洋の女性』と指名して。

 

できれば別の人であってほしいと希望を抱いたが、一瞬にしてものの見事に打ち砕かれた。

 

このまま何もせず去ってしまいたいが、そっちの方が逆上を買って怖いことになりかねない。

 

意を決して、声の主を確かめようとゆっくり振り向く。

 

 

目に入ったのは大きなトランクを持ち、髪を三つ編みにまとめ、丸眼鏡をかけたメイド服姿。

 

この街ではとても“目立つ”格好をしている女性がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

「……えっと、私に何か?」

 

その見た目で、この街の住民ではないことは一瞬で分かった。

だが、何を思って私に声をかけたのかはまだ謎なので油断は禁物だ。

 

「少々、お尋ねしたいことがございまして」

 

尋ねたいこと? 一体なんだろうか。

 

「この街には先ほど着いたばかりでして、右も左も分かりません。友人とイエローフラッグという酒場にて待ち合わせをしているのですが、どちらにございますか?」

 

あの酒場で待ち合わせ?

よくもまあ、この街に来るのが初めてである人間には少々刺激が強い場所を選んだものだ。

一体どういう目的でこんな目立つ格好をして友人と会おうとしているのか分からないが、イエローフラッグはこの街でも中立地帯となっている場所。

 

その友人がここの住民であれば、下手なことはしないはず。

 

なら、道案内ぐらいしたって別に問題ないだろう。

 

「では、そこまで一緒に行きますか?」

 

「いいのですか?」

 

「私も丁度その酒場に向かってたんです。だから問題ありませんよ」

 

「……ありがとうございます。では、ぜひご一緒させてくださいまし」

 

「なら、少し急ぎましょう。もうすぐ日が暮れてしまいますから」

 

 

さっき会ったばかりの人とあの酒場までの道のりを共にするなんて初めてだ。

きっとバオさんには驚かれるだろうな。

 

そんなことを考えながら、少々周りの目を引く格好をした女性とイエローフラッグまでの道を辿っていった。

 

 

 

 

 

 

 

道中、暗くなる前にたどり着こうと少々早歩きになってしまったせいかお互い無言のまま15分ほど歩いた。

そのおかげもり、日が完全に沈む前のまだ少し明るさが残っている時間に着く。

 

既に開店している酒場に足を踏み入れると、即座にメイドさんが辺りを見渡す。

 

「どうですか?」

 

「……見当たりません」

 

どうやらメイドさんの友人はまだここに来ていないらしい。

初めてこの街に来た人をこの酒場で一人で待たせるなんて友人としてどうなのか。

 

中立地帯であるからこそ様々な人間が出入りする場所だというのに、その友人は危機感がないのか、はたまたこのメイドさんをそこまで心配していないのか。

 

どちらにせよ、ここまで案内したのだから一人で放っておくのも気が引ける。

 

「では、そのご友人が来るまで一杯ご一緒しませんか?」

 

「しかし」

 

「折角ですから。お嫌ですか?」

 

「……なら、少しの間だけ」

 

「ありがとうございます」

 

私の誘いを受けてくれたことに感謝の言葉を述べ、そのまま真っすぐいつものカウンター席に向かう。

 

すると、私とメイドさんの姿を捉えたバオさんが物珍しそうな顔を見せた。

 

「お前さんがレヴィ以外の人間を連れるのは珍しいな。知り合いか?」

 

「つい先ほど初めて会ったんです。お隣どうぞ」

 

「失礼いたします」

 

そう一言断りをいれながらトランクを空いている席に置き、メイドさんが私の隣に座る。

 

 

トランクを置いた時にすごく重そうな音がしたが、女性の旅行時の荷物は重いものと相場が決まっているのでそれが普通なのだろうとあまり気にせず、バオさんに注文しようと口を開く。

 

「私はいつもので。貴女は?」

 

「では、お水を」

 

「ここは酒場だ。酒を頼め馬鹿野郎」

 

「……」

 

「えっと……もしかしてお酒あまり飲めない方ですか?」

 

「お恥ずかしい話ではございますが、仰る通りでございます」

 

なら、無理やり酒を飲ませるわけにはいかないだろう。

こちらから誘ったのだからそれくらいの気遣いはするべきだ。

 

「そうだったんですね。ここの店主は一杯でも頼んでくれれば何も言いません。なので、お酒じゃなくても何か飲まれませんか?ここは私が出しますので」

 

「……では、オレンジジュースを」

 

「バオさん、オレンジジュース一つください」

 

「たく、お前さんの連れじゃなかったら叩き出してるところだよ」

 

そう言いつつもバオさんは私のお気に入りのお酒とオレンジジュースを出してくれる。

この人の気前の良さに口の端を上げながら、目の前に出された氷入りのグラスにJack Daniel’sを注ぐ。

 

「ここで会ったのも何かの縁です。少しの間ですが、楽しみましょう」

 

そう言いながらグラスを差し出すと、彼女も自身のグラスを持ちお互いにぶつけ心地よい音を響かせた。

 

酒に口をつけ、慣れ親しんだ味が口内に広がっていくのを感じながらオレンジジュースをちびちびと飲んでいる彼女を横目に見る。

 

やはり、彼女が着ているメイド服は本物だ。

細部までこだわりがある手の込みよう、布の質感。そういう趣味を持っているから着ているのかもしれないと思ったが、これは素人では作れない。

 

洋裁屋だからか、滅多に見れない服をじろじろと見てしまう癖がある。普段は気を付けているのだが、今回は人生で初めてお目にかかる代物だったので無意識にその癖が無意識に出てしまったらしい。

 

メイドさんは私の目線に気づき、無表情なまま静かに声をかけてきた。

 

「何か?」

 

その声にハッとし、瞬時に服から目を逸らす。

 

「すみません。いけませんね、つい悪い癖で」

 

「癖?」

 

「実は私、しがない洋裁屋を営んでまして。職業柄のせいか他の方が着ている服を見てしまうんです。本当にすみません、不快でしたよね」

 

「慣れておりますのでお気になさらず」

 

「何が“しがない”だ。お前さんまだ自分のことをそんな風に言ってんのか」

 

「私はまだ修行中なんですよ、バオさん」

 

「ま、それがお前さんらしいがな」

 

そう言われても、私はまだまだ研鑽中なので自らを一流と名乗る気はない。

いや、“名乗れない”の方が正しいだろう。

 

こう言われる度に決まって「まだ修行中だ」と返しているのだが、返答を聞いた相手にはため息を吐かれるか、バオさんのように“らしい”と言うかの二パターンだ。

 

バオさんのその言葉に思わず苦笑しながら再び酒に口をつける。

 

「失礼を承知でお聞きいたします。貴女はこの街でそのような普通の職で生活を?」

 

相も変わらず無表情なメイドさんが、何か気がかりといったような声音で質問を投げかけてきた。

きっと、この街の有様を見た上ででた疑問なのだろう。

 

「ええ。私もまさかここで洋裁屋が営めるなんて思ってませんでしたけどね」

 

「……左様でございますか。通りで他の方々とは雰囲気が違うと」

 

「よく言われます」

 

 

周りの雰囲気に気づいていながら動揺していないのか。

この人実はメイド兼護衛も務めてて、それで闘いとかに慣れていて余裕が出ていたり――

 

 

な訳ないか。

 

 

いくらなんでもそれは妄想しすぎだ。

少しだけ気になるがどうせすぐお別れするのだ。気にしたって仕方ない。

 

そう思いながらグラスの中の酒を飲み干す。

 

するとメイドさんがJack Daniel’sのボトルを持ち、「どうぞ」と注ぎ口を向けてくれた。

メイドという職業柄なのか無意識にしてしまうのかもしれない。

 

その気遣いを無駄にしないよう、一言礼を述べながらグラスを傾ける。

 

氷の冷たさを酒全体に広げるためグラスを軽く振りカラカラと音を鳴らす。

 

 

「ようキキョウ、相変わらずその酒一筋なのか。好きだねえお前も」

 

 

好きな音に浸り酒に口をつけようした瞬間、背後から声が飛んできた。

聞きなれたその声に振り向かないまま言葉を返す。

 

「別にいいでしょ。私はレヴィにもこのお酒飲んでみてほしいんだけどね」

 

「ジャックダニエルは嫌いじゃねえんだが、アタシはどっちかっていうとラム派なんだよ。バオ、ペプシ一つくれ」

 

それは残念、と言いかけたのだがレヴィが頼んだ内容に思わず目を見開く。

 

――レヴィがジュース?

 

「レヴィ、大丈夫? リンさんに一回診てもらった方が」

 

「別にどこも悪くねえ。それにあのクソビアンに診られるのは御免だ。何されるかわかったもんじゃねえ」

 

レヴィがここに来て酒を飲まないとは、とうとうどこか悪くしたのではないかと疑ってしまった。

それはバオさんも同様らしく物珍しそうにしている。

 

「なんだレヴィ、ついに禁酒同盟でも入ったか?」

 

「だから違えって言ってんだろ。アタシが飲むんじゃねえんだ、ほっとけ馬鹿野郎。クソッ」

 

少し不機嫌気味なのか、いつもより語尾が荒っぽい気がする。

そんなに禁酒されたと思われたくないのかな…?

 

バオさんからペプシの缶を受け取ると、すぐ後ろのテーブル席へ行ってしまった。

 

そのテーブルへ目をやると、ラグーン商会のメンバー全員でなにやら真剣に話をしているのが見えた。

あの様子では挨拶に行かない方がいいだろうと判断し、飲もうとしていた酒に口をつける。

 

ふと、メイドさんがここへ来た理由を思い出す。

 

「そういえばご友人はまだいらっしゃらないんでしょうか? メイドさんの格好だとすぐ気づきそうですけど」

 

冷えたグラスを片手に店内をキョロキョロと見渡すが、こちらを気にしているような客は一人もいない。

 

「そのようでございます。しかし、もうそろそろこちらに来られるかと」

 

メイドさんがそういうならそうなのだろうが、それにしても少し待たせすぎなのではないだろうか。

 

「ならいいんですが……。早く会えるといいですね」

 

「ええ。――とても、心待ちにしております」

 

彼女はそう言いながらオレンジジュースを飲み干す。

 

 

 

 

 

 

同時に、入り口のドアが乱暴に開かれた。

 

そのまま大人数が大仰に真っすぐこちらに向かい、私たちの背後で立ち止まったのを感じ取り、酒の味を堪能しようとしていた手を止めグラスを置いた。

 

一体どの人物なのか確かめようとゆっくり振り向く。

 

目に入ったのは、褐色の肌にサングラスをかけた男とその男の後ろに立っている大人数の男たち。

 

この人たちは確か

 

「よお洋裁屋。お楽しみの時間を邪魔して悪いが、俺たちはそのMucama(メイド)に用がある。席を外してくれると有難い」

 

「……来て早々挨拶がそれですかセニョール。貴方がたはいつから大人数で観光客をいじめるお仕事をされるようになったんですか?」

 

「俺たちの仕事に口を突っ込まないことで有名なアンタがそんな事言うなんてな。その女とオトモダチってわけでもねえんだろ? なら、今回も素直にそうしてほしいんだが」

 

私と話しているこの男は、マニサレラ・カルテルのボス、アブレーゴさんの側近の一人。

 

アブレーゴさんとは一度だけ依頼絡みで一悶着あったが、今ではよく依頼してくれる良きクライアントだ。

そんな彼の仕事の邪魔をする気は全くないのだが、ロアナプラを牛耳る4大組織の一つである彼らがなぜこのメイドさんに用があるのか。

 

怪訝に男を見つめていると、メイドさんの口から思いもよらない言葉を投げかけられる。

 

「私からもお願いいたします。こちらの方々と少々込み合った話がございますので」

 

「え?」

 

「お世話になった貴女を巻き込みたくはございません。どうか」

 

 

丸眼鏡の奥から覗く真剣な眼差しと声音にこれ以上言葉をかけることを躊躇う。

私は自身の危険を冒してまで彼女を守りたいと思うほど善人ではないし、本人もこういっている。

 

 

――これは、素直にこの願いを聞き届けた方がよさそうだ。

 

 

「分かりました。では、私はこれで。バオさん、また来ますね」

 

「おう」

 

二人分の飲み代をバオさんに渡し、席を立って男たちの横を通り過ぎる。

 

まだ二杯も飲んでいないのにここを立ち去ることになるとは思わなかった。

まあ起きてしまったものはしょうがないので、この後は大人しく家で過ごそう。

 

そう思いながら出入口の方へ向かっていると、ふとラグーン商会のテーブルが目に入りいつもとは違う部分があることに気づいた。

 

金髪で小奇麗な少年がラグーン商会とテーブルを共にしている。

 

カウンターから上手く隠れていたようでその存在がいることに気づかなかった。

 

なぜここに子供がいるのか、そしてなぜラグーン商会と一緒にいるのか。

その疑問に答えてくれる人たちは今真剣に話をしている最中で、話しかけれるような雰囲気ではない。

 

分かったのは唯一、レヴィがどうして酒ではなくペプシを頼んだのかの理由だけ。

 

少しじろじろと見過ぎたのか、レヴィが私の視線に気づき声をかけてきた。

 

「なんだよキキョウ、もう帰るのか? 珍しいこともあるもんだな」

 

「今日のレヴィには負けるよ。――久々だね岡島、この街にはもう慣れた?」

 

やはりあの時の会話を気にしているのか、気まずそうにこちらを見ていた岡島に軽く声をかける。

確かにいい気はしなかったが、いくら深く突っ込まれそうになったからとはいえたった一度だけで邪険にするのはよろしくない。

 

 

これからしてこなければ何も問題ないのだから。

 

 

私の何も気にしていないという態度に安心したのか、岡島が安心したような表情を浮かべた。

 

「……お久しぶりですキキョウさん。ええ、来た時よりは大分」

 

「ならよかった」

 

あれ以来会っていなかったのだがどうやら元気そうだ。

 

 

ラグーン商会の面々を見渡すと、奥に座っている少年と目が合った。

 

ここで色々根掘り葉掘り聞くのは趣味じゃないし、ラグーン商会の仕事に関わっている可能性も否定できないので、じっとこちらを見ている少年の目線に微笑みだけ返す。

 

私なりの挨拶を受け取り、彼も軽い会釈を返してくれた。

 

「折角なのでぜひテーブルに混ぜてください。と言いたいところですが、今日はお忙しそうなのでまた今度誘いますね」

 

「助かるぜキキョウ。そん時はぜひご一緒させてくれ」

 

「ええ」

 

「僕も参加させてもらうよ。キキョウとは気兼ねなく飲めるからね」

 

「そう言ってくれて嬉しいよベニー。じゃあ、お仕事頑ばっ」

 

「があああッ!」

 

ダッチさんとベニーにも軽い挨拶を交わしたところで、そろそろ店を出ようとした瞬間。

 

私の言葉は唐突に後ろから聞こえてきた男の呻き声と、派手な銃声のおかげで途切れた。

 

 

 

驚いて音が発せられた方を見てみると、そこには狼狽えているマニサレラ・カルテルの面々を前に、先から煙が揺らめいている日傘を掲げている人物が一人。

 

 

 

それは、先ほどまで私の隣でオレンジジュースを飲んでいたあのメイドさん。

 

 

一体、何がどうなっているのだろうか。

 

 

 

あまりにも突然の出来事に頭の処理が追い付かず唖然としていると、隣から少年の戸惑いが隠せていない声が飛んでくる。

 

 

「ロ、ロベルタだ」

 

「何いいいいいいい!?」

 

 

 

 

少年の一言にラグーン商会一同が揃えて驚きの声を上げる中、私は一人ただメイドさんの姿を黙って見つめることしかできなかった。

 

 

 

 




あのロベルタがジュース飲んでたら可愛いよなあ。
それだけの理由で酒ではなくオレンジジュースにしました。後悔も反省もしていない。




質問コーナーについて少々変更いたしました。
詳しくは活動報告にて。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。