ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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※残酷な描写あり。


今回キキョウさんの登場なしです。





13 ディナーの下準備

――この街には、俺たちコーサ・ノストラの傘下であるモーテルが複数存在する。

 

その一つであるメインストリートから少し外れた場所に位置する寂れたモーテルに、俺は最近できた新しい仕事のために日訪れている。

 

今日もあの人気のない建物へ仲間を数人連れて向かっている最中だ。

 

ここ一か月毎日のように行っているこの仕事でミスでもしようものなら、俺にとっても組織にとって命に関わる。

 

別に大仕事を任されるのが嫌だとかではないが、ただその仕事内容があまり引き受けたくはないもので、そのおかげかここ最近煙草の数が増えている。

 

車に揺られながら、本日何十本目かの煙を吸おうとライターを出す。

だが、オイルが切れていたらしくいくらやっても火がつかない。

 

「おい、誰かライター持ってねえか?」

 

「おらよ」

 

助手席から後ろに座っている仲間に声をかけると一人がポケットから出してくれた。

 

「ジッポか、趣味いいなお前」

 

「だろ? 男ならやっぱジッポだよな」

 

「ま、俺は吸えれば何でもいいけどな」

 

そう言いながら咥えたままの煙草に火をつけ、肺に煙を入れる。

 

「それにしてもめんどくせえ。なんで事務所から一番遠いところにしたんだろうな」

 

「さあな。ボスがそう決めたんだからしょうがねえだろ」

 

普段ならあんな場所に集金以外で来る必要もないのだが、ボス直々の命令とあっては仕方がない。

 

 

ボスの命令は絶対。それが俺たちが守るべきルールだ。

 

 

 

 

――だが、そんな組織の先頭に立ち引っ張るはずの栄誉あるボスが、事あるごとに部下に怒鳴り散らし殴りつけ、使い物にならなくさせるその行動はどうかと思う。

 

確かに、自分の思い通りにならない事が立て続けに起きていれば鬱憤が溜まる。

それと併せて誰かと優劣を比べられたら尚更。

 

 

だからと言って、自分が勝手に買った狂犬を飼い馴らせていないのを俺のせいにされるのはクソ腹が立つ。

 

昨日も『てめえがちゃんと管理してねえせいだろうが!』と腹を数回蹴られた。

 

「クソッ……」

 

今も少し痛む腹を撫でながら悪態をつく。

 

「どうしたモーリー。腹でも下したか?」

 

「まあ、そんなとこだ」

 

「おいおい、ここで漏らすなよ?」

 

「うるせえ、黙って運転しろ」

 

運転してるやつのちょっとした冗談に仲間が上品とは言えない笑い声を出す。

 

こいつらも表ではこうやって冗談を言って笑ってはいるが、内心今のボスに不満が日に日に募っているのは目に見えていた。

 

 

 

 

――特に、『あの人』がいた頃を知っているから余計に。

 

 

 

この街に拠点を置いた時、すでに勢いがあったロシア人と中国人相手に臆することもなく立ち回り、コーサ・ノストラを支配勢力の一角に据えさせた人物。

 

今コーサ・ノストラが支配している一帯は、ほとんど彼が築き上げたもの。

そのおかげで俺たちは四大組織の一つとして今も名を馳せている。

 

そんな彼に尊敬を抱かない訳もなく、一部を除いて仲間のほとんどがその背中を追っかけてた。

 

あの人がこの街に配属されると聞いた時、どうしても着いていきたいと頭を下げた奴はごまんといる。

この車に乗っている奴らも、俺もその一人。

 

 

あの人は、俺たちの誇りだった。

 

 

 

 

 

あの時までは。

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぜ、モーリー」

 

少し感慨に耽っていると声をかけられた。

どうやらいつの間にか着いていたらしい。

 

 

「おう。早く終わらせて帰ろう」

 

 

考えることをやめ、ひとまず仕事を片付けようと車を降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――手前たちは、一体全体何をやってるんだ……?」

 

「何って、遊んでるのよ。見て分からない?」

 

寂れたモーテルの一室。

 

そこは、見た目は可愛らしい銀髪の双子が居座っている。

何もしなければただのガキだが、こいつらは大人顔負けの腕前で何百人の命を刈り取ってきた死神だ。

 

本国の幹部会から圧力をかけられたボスが、あの火傷顔を殺すために呼び寄せた。

 

どこでネジを落としたのか、人を殺さずにはいられない性分で現に今もこの街を騒がせている一連の殺害は、こいつらが引き起こしている。

 

『火傷顔を殺せ』としか命令されていないにもかかわらず勝手に余計な死体を増やしてくこいつらにボスはお冠だ。

 

 

俺に与えられた仕事はこいつらの監視と世話。

 

だから、今日はこれ以上ボスの機嫌を損ねるような真似はするなと忠告するつもりで来ていた。

 

 

だが、今目の前に広がる光景にそのことが頭から抜けた。

 

 

双子がいる部屋のドアを開けた瞬間、飛んできたのは鼻を劈くような悪臭と、一人が何かを鈍器で殴り続けている様。

 

最早原形を留めていない何か…恐らく人だったものを真顔で潰している一人を片割れが楽しそうに見ている光景に一瞬言葉を忘れた。

 

人が殺される様や死体は見慣れたものだが、ここまで酷い有様は目にしたことがない。

 

 

 

息をするのさえ躊躇われる中、このまま何もせず帰るわけにはいかないとやっとのことで投げかける言葉を絞り出す。

 

 

 

「死体をサンドバック以上に痛めつけているのが、遊びだと?」

 

「まあ確かに、今は遊びというよりもイライラをぶつけてるって言った方が正しいかもしれないわね」

 

「……何にイライラしてるってんだ、お前の片割れは」

 

「兄様、とっても大切なハンカチを落としちゃったの。もうあそこには戻れないから取りに行けなくって。だから“ああ”なってるのよ」

 

ハンカチを落とした? ただそれだけで、人間を本当にミンチにする奴がどこにいるんだ。

 

「ふふッ、見てるだけでも面白いわよ。頭を強く殴り続けると頭蓋骨が割れて脳みそが綺麗なまま飛び出たわ。あと背中の骨に沿って切り込みを入れて脊髄を魚みたいに引き抜こうとすると、死んでるはずなのに全身がすごい動いたの。まるで玩具みたいにね」

 

そう言って楽しそうに笑う少女の顔は、まさに“無邪気に遊ぶ子供”そのものだった。

 

後ろで話の内容を聞いていた仲間の一人が想像しちまったのか、口を抑え胃の中の物を吐き出す。

 

部屋の奥ではまだ肉を叩く音が響いている。

 

こんな異様な空間から早く立ち去るため、伝えるべきことを伝えようと口を開く。

 

「いいか、殺せと言ったのはイワンの女狐ただ一匹だ。死体を持ち帰ってストレス発散でミンチにしていいなんて誰が言ったんだ」

 

そう言った瞬間奥で鳴っていた鈍い音が止まり、血にまみれた片割れがゆっくりとこちらを向いた。

静かになった空間で、言葉を続ける。

 

「いくらこの街でも、手前たち程の異常者を受け入れることはねえ。――頃合いだ。早いとこケリを着けてとっとと出ていけ。もう、うんざりだ」

 

「……」

 

「……」

 

 

ただそれだけ告げて、異臭を放つ部屋のドアを閉める。

 

 

 

 

 

「ぐえッ……うッ」

 

「おい、大丈夫か?」

 

後ろでえずいて丸まっている仲間に声をかけた。

そんな仲間の背中をさすり、腕を首に回して立ち上がらせる。

 

あんな光景を見せられた上にえげつない内容を聞かされたら、誰だって吐きたくもなる。

 

かく言う俺も最高に気分が悪い。

 

「信じらんねえ、あのクソガキども……。モーリー。ありゃ、本物の病気だ。それも絶対治らねえ質悪いヤツのなッ……!」

 

「あれを正常って呼べる奴がいたらぜひお目にかかりてえよ。もしいたら、そいつにあいつらのお守りをすぐ頼むのにな」

 

いつもより足取りが遅い仲間の言葉に半ば本気で思っていることを返す。

 

「なんであいつらを呼んだのかボスの気が知れねえ」

 

「どうせ最高幹部会(クーポラ)から何か言われて焦ってたんだろ。けど、自分じゃ手も足も出ねえから、ってことだと思うぜ」

 

「……“あの人”がいたら、絶対こうはならなかった」

 

 

 

 

立っているのがやっとなそいつが言ったその一言に、俺も含め全員が口を閉じた。

 

 

 

 

それは、彼がいた時代を知っている組織内の誰もが思っていて。

 

 

だが誰も言わなかった。言えなかった言葉。

 

 

「あの人なら、そもそもアイツらを呼ぶことも……イワンや中国人との差をつけられることも、最高幹部会から色々言われることもなかったはずだ」

 

「……」

 

ポツポツと喋るそいつを諫めようとしたが、かける言葉が出てこない。

後ろにいる仲間も同様で黙ったままだ。

 

「ボスは……俺たちはあの時から落ちぶれてる一方だ。あの壊れたクソガキどもの力を借りなきゃ、事を起こせない。――これが、あの人が愛した“名誉ある男”の有様かよ。はッ、我ながら呆れすぎて笑えてくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――モレッティ。自身が決めたルールを最期の瞬間まで守った素晴らしい御仁の話を知ってるか?』

 

 

 

 

 

ふと、頭の中にあの人の言葉がよぎった。

 

まだこの街に来る前。

美しき本国で、海沿いにある小さなレストランでご馳走してくれた時に上機嫌で話してくれたあの話。

 

 

 

『そのお方の生き様は本当に見事だったよ。己がこうと決めたことは誰に言われようとも曲げず貫き通し、自身の生き方を周りに見せつけた。……初めて会った時痺れたよ。“世の中こんなカッケエ男がいるんだ”ってな。まるでガキみたいな感想だが、指針となるには十分すぎるきっかけだろ?』

 

 

そう話す彼はいつもの余裕そうに堂々としている様ではなく、昔を懐かしみ尖ったものが少し取れたような柔らかいもので、少し驚いたのを覚えている。

 

 

『なあ、モレッティ。俺の直属の部下になりたいなら、これだけは忘れるな――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“己の力で全てを手に入れる男こそ至高”、か」

 

彼が愛してやまない“名誉ある男”の生き様を現したその言葉を呟く。

 

「……ああ、そうだ。俺たちは、そう言って突き進むあの人だから着いていったんだ」

 

俺の呟きを拾った仲間が、拳を握り言葉を続ける。

 

「ボスのご機嫌取りと、権力保持の為にここに来たわけじゃない」

 

 

声も震えているのは気のせいではないだろう。

あの人が組織を裏切った時から、語ることも、憧れることも、嘆くことも…兄貴と呼ぶことさえ許されなかった。

 

 

こいつが何を思ってこんなことを言っているのかは理解している。

 

そして、それが許されるほど俺たちの世界が甘くないことも。

 

 

例えどんな人間であっても裏切者を許すわけにいかない。

 

ギャングの世界じゃ常識だ。

 

 

「滅多なこと言うな。もう、あの人はいないんだ。嘆いたって何もならねえ」

 

「でもよモーリー。あの人は俺たちを裏切ったんじゃない、ボスを裏切ったんだ。ボスがあんなんじゃなけりゃこんなことにはならなかった。俺たちの中でも、一等可愛がられてたお前が一番そう思ってんだろ?」

 

「……」

 

 

今まで黙っていた後ろの仲間の問いに、俺まで手に力が入る。

 

 

己の内にあるものを正直に答えてしまえば“もう後には引けない”。

 

 

だから返す言葉をまた見失い、投げかけられた問いかけに答えることができなかった。

 

 

 

「なあ、モーリー」

 

 

 

ずっと下を向き呟いていた仲間が俺の顔を見上げ、自嘲したような顔を見せ口を開く。

 

 

 

 

「俺、もう限界だ」

 

 

 

 

 

――ああ、とうとう言わせちまったなボス。

 

 

 

 

声を震わせながら告げられたその言葉の意味を分からない人間は、この場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ねえ、姉様」

 

「あら兄様、もうお遊びはおしまい?」

 

「うん、飽きちゃった。それに、もう潰せるところなんてないし」

 

「フフッ、ちゃんと壊してあげるのはいいことだわ兄様。中途半端は可哀そうだもの」

 

イタリア人たちが去った後、銀髪の双子は異臭を放つ部屋で静かに言葉を交わす。

 

「でも、僕これだけじゃ足りないよ。もっと、もっとたくさん殺したい」

 

「そうね。私もまだまだ足りないわ」

 

「じゃあ、もうそろそろメインディッシュへ?」

 

「いいえ、メインの前に前菜を。いきなりは胃もたれしちゃうから」

 

血だまりの上で小さな指を絡め、お互いを見つめ笑い合う。

その会話の内容は、二人が浮かべる表情からは想像ができない血生臭いもの。

 

「さ、お風呂に入りましょ兄様。コース料理を食べるならちゃんとした格好をしないとね。」

 

「いい匂いだけど仕方ないよね。本当にもったいない」

 

 

二人は手を繋いだまま、血の足跡を残しながら風呂場へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――“リリアック”? うーん、どこかで聞いたような』

 

「あなたなら前の職業柄分かるんじゃないかと思ってね」

 

『リリアック……。欧州課の誰かが教えてくれたような気がするんですが』

 

バラライカはキキョウの家を出た後事務所へ戻り、すぐとある場所へ電話をかけた。

 

そこは、自身がよく仕事を頼むラグーン商会事務所。

正確には、ラグーン商会に所属するロックへ連絡を取った。

 

彼が言語に堪能なことから以前の職業で海外出張を任されていたことはバラライカも知っている。

 

先程得た情報の中で聞きなれない言語が出てきたことで、下手に調べさせるよりその手に長けている者に直接聞いた方が早いと判断した上での行動だ。

 

唐突の連絡にロックは最初戸惑っていたようだが、バラライカからの用件を蔑ろにするわけにもいかず、大人しく発せられた単語について必死に情報を引き出そうとしていた。

 

『リリアック、リリアック……』

 

「何でもいいわ。何か思い当たることはない?」

 

『うーん。……ちょ、おいレヴィ! 今考え事してるんだ、ちょっと静かに』

 

向こうの事務所で凄腕の女性ガンマンが騒がしくしていたのか、ロックが諫めるような声を出す。

 

だが、その言葉は不自然に途切れた。

 

『――コウモリ』

 

「どうしたロック?」

 

『バラライカさん、やっと思い出しました。それ、ドラキュラの故郷の言葉です』

 

「なんだと?」

 

『リリアック、ルーマニア語でコウモリ。以前、職場の先輩が教えてくれたことがあっ。』

 

「確かか?」

 

『ええ。あと、確か花の名前にも使われています。貴女が仰った条件と一致しているかと』

 

バラライカはロックの返答を聞き、また一歩犯人に近づけたことを確信する。

 

 

「ありがとうロック、礼はまたはいずれ。――軍曹」

 

一言礼を告げ、電話を切り部屋で静かに待機していたボリスに声をかける。

 

「ロックが答えを出した。ガキどもの出身はドラキュラの故郷だ」

 

「ルーマニア、ですか」

 

「ああ。……軍曹、確かラチャダ・ストリートのローワンは密かに裏ものビデオを扱ってたな」

 

「そうでありますが、ローワンが何か?」

 

彼女は眉間に皺を寄せ、机の上にある箱から葉巻を取り出しながら口を開いた。

再確認するような言葉にボリスは思わず疑問を口にする。

 

「あの殺し方は生粋の殺し屋のやり方ではない。誰かが意図的……興味本位に仕込んだものだ。でなければあんな見世物にするような惨殺死体が出来上がるわけがない」

 

神妙な面持ちで葉巻の先をシガーカッターで切り、マッチで火をつけ煙を吐き出す。

 

そんな彼女の頭の中には、一つの勘が働いていた。

 

「至急ローワンをここに呼べ。手がかりがあるかもしれん」

 

「は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、モーリー。本当にそれでいいのかよ? やるなら早くやっちまった方が」

「早まるな。折角だ、最後のチャンスくらい与えてやろうじゃねえか。どうなるかはアイツ次第さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、ダメよ兄様。ディナーに行くなら準備はしっかりしていかなきゃ」

「ありがとう姉様。そうだね、折角のご馳走だもの。ちゃんと整えなきゃね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血を洗い流さんばかりの、雨が降る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大哥、ホテル・モスクワから連絡が」

「やれやれ、一体何を持ち込まれることやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪徳の都に降るのは、血の雨か、それとも誰かの涙か。

 

 

 

 

それを知るものは、どこにもいない。

 

 

 

 

 

 




ここらへんが折り返し地点…かと。

元々、イタ公側の話は双子編で膨らませようと決めていました。





==質問コーナー==

キキョウさんと黄金夜会の方に質問です。
黄金夜会の会合にお呼ばれされる又はお呼びする事はありますか?

キ「ありえないです。というか一人一人ならまだしも、全員に囲まれるなんて御免ですよ」
張「さすがのお前もそうだろうな。まあ、酌をしに来てもらえるなら歓迎するぞ?」
バ「そうね。その時はおめかししてきなさいねキキョウ。そしたらあのムサイ空気が少しはマシになるでしょうから」
キ「……勘弁してください」

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