ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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大変お待たせしました。
双子編4話目です。






14 壊れた笑顔

「――人払いは済ませた? 張」

 

「ああ、デリケートな会合だ。これがデートなら歓迎するんだが」

 

「血の匂いをさせながら映画を観るわけにもいかないでしょう。それに、あなたがデートしたいのはあの子じゃなくて?」

 

「残念なことに振られてばっかりでね。相変わらず食事と酒だけにしか付き合ってくれん」

 

「欲張りなのね。なら全てが終わった後、記念に旅行でも誘ってあげたら?」

 

「君がそう言うってことは、終わらせる何かを握っていると期待していいのか?」

 

雨が降る中、傘もささずコンテナ置き場の一角に佇んでいるのは二人の男女。

この街で圧倒的な権力と縄張りを持つ二つのマフィアの頭目達。

 

 

張維新とバラライカである。

 

 

バラライカはお気に入りの葉巻よりも安物である煙草を咥え、本題に入るべく徐に口を開く。

 

「連中の正体が割れたわ」

 

「成程、興味が湧く話だ。どうやって割り出した」

 

「最終的には、ローワンのビデオコレクションの中から」

 

煙草に火をつけ、煙を吐き出し雨の音をBGMに静かに話し始める。

 

「彼に要求した内容は、ルーマニア人の双子が出演しているキッズ・ポルノ。またはスナッフ・ビデオ。――250本の変態御用達ビデオの中から見事にビンゴを引いたのよ」

 

 

冷えた声音で話すバラライカの脳裏には、自身も確認したビデオの内容が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

――砂嵐から始まった映像に最初映ったのは、一つの小さな影。

 

それは両手足を拘束された子供で、何かに怯え、震えながらこちらを向いていた。

 

しばらくその様子が映し出された後、唐突に怒鳴り声と泣き声が鳴り響き、画面に二つの何かが投げ出される。

 

最初に写っていた子供と違わないであろう銀髪の二人組。

 

 

顔が瓜二つの双子だ。

 

 

見分けをつけさせるためなのか、髪の長さを一方が腰まで。もう一方が肩までにされていた。

二人とも小さな両手首には頑丈な手錠が嵌められており、動くたび鎖の音が明瞭に響く。

 

やがて二つの鈍器が子供たちの前に投げられ、周りにいた人間が二人の名前らしきものを叫ぶ。

 

 

 

下卑た声で怒鳴り散らされたその名前は

 

 

 

 

「ヘンゼルとグレーテル。ガキどもはそう呼ばれていた。ルーマニアの政変以後、維持できなくなった施設から闇に売られた多くのガキども。“チャウチェスクの落とし子たち”」

 

「ド変態共のオモチャにされ、挙句の果てには豚の餌になる。そのガキ共も“そうなる運命のはず”だった」

 

「だが、その運命はバカ共の余興によって狂い始めた」

 

 

 

 

 

 

――怒鳴り散らすそのバカは、震え、動かない双子の髪を持ち上げ、無理矢理それぞれの小さな手に投げ捨てた鈍器を持たせる。

 

英語ではない言葉を聞いた子供たちは、泣きながら首を振り、彼らなりの必死の抵抗をした。

それでも尚怒鳴られ、殴られ続けた双子は、やがて諦めたようにユラユラと最初に映った子供の方へ歩みを進める。

 

 

そして震えている子供の前に立ち、やがて二人は鈍器を振り下ろす。

 

 

 

悲鳴が上がる。

 

 

 

二人も涙を流しながら叩きつける。

 

次第に悲鳴はなくなり、肉を叩く鈍い音のみが残った。

 

そして静まり返った場にあったのは、骨と肉が混ざり合った残骸の上で虚ろに立つ双子の姿と大人たちの拍手と嗤い声。

 

 

 

 

 

二人の顔に浮かんでいたのは、涙と血に濡れた歪んだ笑顔。

 

 

 

 

それが、ビデオに映った最後の映像だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ガキどもは変態共の喜ぶ殺し方を覚え、夜を一つずつ越えて行き、いつしか“すべてを受け入れた”」

 

 

 

 

血と悲鳴が絶えない狂気の世界で生きてきた彼女は、二人の最後の笑顔が何を意味するのか理解していた。

 

バラライカは再びため息とともに煙を吐き出す。

 

「青空の下から去り、暗黒の闇へ身を落とすことを選んだ。それが、ガキどもが生き延びるために選ばざるを得なかった選択だ」

 

「……はは、そりゃ酷い話だ。俺たちの世界にふさわしい」

 

バラライカの話を聞いた張は乾いた声で笑った。

 

サングラスを外し、普段隠れている瞳をバラライカに向けながら話始める。

 

 

「俺は時々、でかいクソの上を歩いてる気分になる。特にその手の話を聞いた時はな。――だが」

 

 

レンズの上に雨粒が落ちる。

 

 

張は落ちる滴の数が増えるのを眺め、一つ息を吐く。

 

「俺には道徳やら正義やらは肌に合わん。その手の言葉と尻から出る奴は驚くほど似てやがる。そのガキどもに同情するのは、ミサイルを売って平和を訴えるド阿呆共とどっこいだ。そうだろ、バラライカ」

 

「その通り、私達に正義は必要ない。必要なのは利益と信頼のみ」

 

 

 

“自分たちが双子を救う理由と必要はどこにもない”

 

 

 

その意味が含まれている言葉に、バラライカは一瞬の間を空けることなくはっきりと答えた。

やがて懐から書類が入っている封筒を取り出し目の前に差し出す。

 

張は封筒を一瞥し、遠慮することなく受け取りすぐ中身を確認した。

 

「ローワンから先は簡単だったわ。販売ルートを調べるだけで事は足りる」

 

「……なるほど、こいつが卸元か。今回は君の読み通りだった、というわけだな」

 

「まさか、本当にあの男の二番煎じをやっていたとは思わなかったけどね。イタ公は同じことの繰り返しがお好きらしい。ただ、今回は躾ができていなかった分ボロがひどく出た。お宅の組員はそのあおりを喰らってやられたのよ」

 

「理由はどうあれ、けじめはつけさせてもらうさ。以前のようにな。――さて、バラライカ。俺に何を望んでいる?」

 

張はサングラスをかけ直し、本題と言わんばかりに話を切り出した。

その問いかけに、バラライカは紫煙を燻らせながら答えを返す。

 

「そうね。そろそろ街の色を、変える頃合いだと思わない?」

 

「もう一度戦争を呼び込むのか?」

 

「調律された紛争と言ってほしいわね。今回は理由も動機も成り立つ」

 

「“正しい戦争”だと? 綺麗ごとを言うタイプじゃないと思ってたんだがな」

 

「口実として正しいか、よ。正義かどうかなんて、犬にでも食わせておけばいい話」

 

吸い殻を水溜りの上に落とし、肺に残った煙をすべて吐き出した。

彼女はやがて口元に弧を描き、今後の行動を考えているであろう男に問いかける。

 

「組むか忘れるか。あとは、あなた次第」

 

「……まあ、本国に申し立て奉るまでもないか。この世で信奉すべきは剛力のみ。俺たちの流儀にして唯一の戒律」

 

「久々のガンマン姿が期待できるかしら?」

 

「鉄火場に立つのは嫌いじゃないが、面倒なことに今の俺には立場がある」

 

「よく言うわ。あ、それともう一つ」

 

立ち去ろうとした張の背中にバラライカは忘れていたと言わんばかりに声をかける。

 

「貴方からも、ちゃんとキキョウに褒美をあげなさいね」

 

「……キキョウに? なぜだ?」

 

「やっぱり知らなかったのね。何を思ったのかは分からないけど、あの子が自分が作ったハンカチをガキどもに渡したのよ。そのハンカチが私の部下が殺された現場に落ちていたから直接話をして、私の信頼と期待に応え偽りのない情報をくれた。だから、あの子のおかげで辿り着いたと言っても過言じゃないわ」

 

「全くあいつは……」

 

バラライカの言葉に困ったように頭を掻き、息を吐く。

 

 

あの洋裁屋はこの街では珍しく武力を持たない人間が故に、思わぬトラブルに巻き込まれることがある。

そのこともありパトロンである張は以前から『何かあればすぐに言え』と気にかけているにも関わらず、何も連絡しないことが多い。

それは彼女が、『自分の事なんか気にしないだろう』と謙虚と言うには度を過ぎている態度が原因である。

 

 

今回もその謙虚さが働いたか、もしくはバラライカが相手だったからか。

はたまたその両方か。

 

 

何にせよ自身の耳に届いていない事実が今、彼をほんの少し困らせている。

 

 

「私からも礼はするつもりだけどちゃんとした報酬は必要よ。飼い主である貴方からの、ね」

 

「わざわざどうも。――動くときは一報入れてくれ、同時に始めるよ。じゃあな」

 

彼女の余裕そうな声音に張は口早に一言言い残し、漆黒のロングコートの裾を靡かせ足早にその場から去っていった。

 

 

 

 

その背中を面白そうに眺めた後、バラライカは携帯を取り出し凛とした表情に戻す。

 

 

『大尉。』

 

「軍曹、張は提案に合意した。香港三合会とは現刻より共闘態勢に入る」

 

近くに停めていた車の中で待機していたボリスに部隊の指揮官らしく凛と言い放つ。

 

「同志戦友たちに伝達。一八〇五より準備待機、想定教則217、ケース5」

 

『“街区支配戦域に置ける要人戦略”』

 

Да.(そうだ)混乱が予想される。この街あげてのカーニバルが始まるぞ」

 

『賑やかなのはいい事です。それが銃弾の轟声ならばこの上ない』

 

「そうだな軍曹。今我々が持てる唯一の戦争だ。――大事に使おう」

 

 

 

 

そう言った女性の口端は、愉快だと言わんばかりに上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

バラライカさんが去ってから、しばらく手元に戻ってきた未完成のハンカチを眺めていた。

きっとこの後、自分の部下を殺した犯人としてあの子たちを血眼になって探すのだろう。

 

 

そして、探し出した暁には容赦なく殺すはずだ。

 

 

 

彼女は…というか、この街の住民で子供だからと言って情けをかけたりするようなお人好しはいない。

 

ホテル・モスクワに牙を向けた人間が相手なら尚更同情の余地はない。

 

彼女に歯向かった人間は、殺される。それがこの街の日常で、仕方ないことだ。

 

 

 

 

……そう、仕方ないことだと分かってる。

 

 

なのに、ハンカチを欲しがった時の無邪気な顔やココアを飲むときの子供らしい姿。

 

ぬいぐるみを直した時の嬉しそうな笑顔。

 

ハンカチを渡した時の柔らかい微笑み。

 

 

 

そして、天使のような歌声。

 

 

 

それらが頭から離れない。

 

 

 

同情しているわけでも、死んでほしくないと思っているわけでもない。

 

ただ、なんであの子たちなのだろうかとどうしても考えてしまう。

 

 

 

 

 

―――――いや、こんなこと考えたってしょうがない。

 

どんなに思ったって、悲しんだって、嘆いたって、憎んだって事実は変わらない。

 

5年前、そう改めて思い知ったはずだ。

 

周りに舐められまいと背伸びをして生きてた友人が死んだあの時に。

 

 

 

……そういえば、今年はまだ行ってなかったか。

 

そろそろ行かないと海の底で機嫌を損ねられるかもしれない。

 

バオさんのところへあの酒を買いに行かなければ。

 

 

まあ、それもこの騒動が終わってからだ。

それまでは家で大人しく待っておこう。

 

 

 

とりあえず、手元にある未完成のハンカチをどうにかしよう。

 

一度人の手に渡してしまったが、こうして戻ってきたのだから完成させたって問題ないはずだ。

 

 

それ以上考えるのを止め、作業台の上に刺繍道具を広げ静かに手を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

――そうやって昨日から黙々と作業を続けているのに、普段より作業スピードが遅い気がする。

 

それでも今日も何も考えずただ黙って作業を続けていると、集中していたおかげか時間が経つのは早い。

 

ふと時計を見れば、とっくに昼を過ぎていてお腹が空いていたことに気づく。

 

手を止めて、遅めの昼食を摂ろうと自室へ向かう。

いつものように手軽に済ませられるサンドウィッチを作り、『いただきます』と呟いて食べ始める。

 

 

だけど、お腹は空いているはずなのに何故かいつもより喉に通らなかった。

しかし食べなければ逆に集中できないことは経験上分かっているので、水で流し込んだりして何とか食べ終える。

 

そうして作業場に戻り、続きをしようと道具に手を伸ばす。

 

 

 

瞬間、台の上が定位置になっている携帯から着信音が鳴り響いた。

 

 

バラライカさんだろうか。

昨日話した情報に何か不審を持たれたか?

 

いや、でも内容に偽りはないし。

 

とりあえず、誰が相手でも待たせるのはよろしくないので携帯を手に取り通話に応じる。

 

「はい、キキョウです」

 

『よう』

 

聞こえてきた低い声に思わず驚く。

 

彼女からだと思っていた分、すっかり馴染みである声でも一瞬反応が遅れた。

 

 

「……張さん?」

 

『ひとまず元気そうで何よりだ』

 

「お陰様で。どうされましたか?」

 

申し訳ないが、正直あまり長話をしたい気分ではないので挨拶もそこそこに彼の用件を聞き出す。

 

『なに、お前と楽しい話をしようと思ってな』

 

「……生憎、私には貴方を楽しませられる話題は持ち合わせてないですよ」

 

『どうかな。双子の殺人鬼に貢ぎ物をして生き残った女の話は、割と面白そうだと思わないか?』

 

 

彼の言葉に目を見開く。

 

 

 

双子の殺人鬼。

 

 

 

……ああ、そうか。彼が今街を騒がせている人物を放っておくわけがない。

それにこの言い草だと、もう既に私が双子にハンカチを渡したことを知っているのだろう。

 

 

「相変わらず耳が早いですね。もしかして、バラライカさんからお聞きになりましたか?」

 

『彼女から“褒美をあげろ”と言われたよ。こっちはお前から何も聞かされてないもんだから何の話かさっぱりだ』

 

「……すみません」

 

私としてはバラライカさんが中心に動くのとタダで渡したわけではないから報告する義務もないと思っていた。

 

だが今回はその選択を間違ってしまったらしい。

 

 

『今回の事で、いっそお前の家に盗聴器を仕掛けるべきか本気で悩んだぞ』

 

「…………」

 

前々から報告する判断基準が分からずいつも連絡するべきか迷った時、結局言わずじまいとなることが多く毎回注意されてしまう。

 

最早、謝罪の言葉も言い訳も意味を為さないので返す言葉がない。

 

『冗談だ。バラライカにはちゃんと嘘偽りのない情報をやったと聞いた。それで十分さ。それとも、まだ何か隠していることがあったりするのか?』

 

「それはありません、絶対に」

 

『ならいい。――なあキキョウ』

 

隠し事がないことを電話越しでも伝わるように間髪入れず返答する。

 

それが功を奏したのか特にそれについては何も言われなかったが、まだ何か言いたいことがあるのか改めて名前を呼ばれた。

 

『お前の事だ、あのガキどもに同情する必要がないと理解した上でバラライカに正直に話したんだろう』

 

「ええ」

 

『だが、お前は妙に子供に甘い』

 

 

 

電話越しでも伝わる真剣な声音に再び押し黙る。

 

 

 

『いいか。あのガキどもには“何も必要ない”。同情も、情けも、優しさもな。かけたところで無駄なんだ。――分かるな?』

 

私が子供に甘いのをこの街で一番理解しているのは張さんだ。

彼はきっと、私がもし再び彼らに会った時の行動を気にしているのだろう。

 

だから敢えて分かりきったことを言い聞かせてきた。

 

今回は同情や情けをかける余地が全くないし、かけることは許されない。

だが、それは張さんから言われるまでもなく理解していることだ。

 

 

 

 

「分かってます。分かってますよMr.張」

 

 

 

ゆっくり息を吐いて彼の問いに答えを返す。

思ったより強張った声になってしまったが、気になるほどではないはずだ。

 

『それでいい。……もう少し話したいところだが、生憎時間がない。片が付いたら一杯やろう』

 

「ええ、ぜひ」

 

最後にまた酒の席を共にする言葉を交わし、向こうが電話を切った音が流れた。

ツーツー、と流れる機械音を余韻に浸るように聞いてから携帯を耳から離す。

 

椅子に腰かけ、先程よりも深いため息をつき彼から告げられた忠告にも似た言葉を思い出す。

 

 

 

“ガキどもには何も必要ない。同情も情けも優しさもな”

 

 

 

 

そう、必要ない。

私に必要なのは双子への甘さではなく彼との信頼を守る事、ただそれだけ。

 

それだけ理解していればいい。

 

 

改めてその事を胸に刻み、これ以上余計なことを考えないようハンカチに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熱河電影公司ビルの最上階。

街全体を見下ろすことのできる社長室で、高級ソファに座り携帯を片手に話す上司の後姿を眺めていた。

 

「――片が付いたら一杯やろう」

 

『ええ、ぜひ』

 

受話器から微かに聞こえた女の声を最後に通話を終え、もう要らないと目の前に差し出された携帯を受け取る。

 

「郭、ホテル・モスクワからは?」

 

「まだ何も。ですが人員の手配は完了しているのでいつでも動けます」

 

「そうか」

 

そう言って大哥が嗜好品であるジタンを口に咥えたのを見てライターを取り出し火をつける。

いつもなら彪の役目だが別の仕事が入ってこの場にいない。よって、自然と傍にいる俺の役目となる。

 

 

 

「……大哥、なぜこのタイミングでキキョウに連絡を? 終わってからでもよかったのではないですか」

 

 

高級煙草の煙を吐き出している大哥に、俺は気になった点をぶつけた。

 

さっきまで連絡を取っていたのは、この街で一流と名高い洋裁屋。

今回の一連の犯人を特定できたきっかけだと聞いてはいたが、いくらお気に入りといえどいつ動くか分からないこの状況で連絡を取るべき相手でもない。

 

「まあそれでもよかったんだが、念のためってところだな」

 

「あの女は自分の立場をよく理解しているはずです。わざわざ大哥が言う必要が?」

 

「その通り、あいつはちゃんと理解したうえで行動する女だ。――だからこそ厄介な時もある」

 

天井を見上げ、再び煙を吐き出した。

それが少しため息のようにも聞こえたのは、きっと気のせいではない。

 

 

「あいつの行動理念はただひとつ、“後悔するかしないか”だ。後悔すると思った時周りの状況も自分の立場もすべて理解した上で、覚悟を決める」

 

 

今何を思っているのか表情からは全く読み取れない。

無表情にも似た顔のまま、大哥は言葉を続ける。

 

「俺が懸念しているのは、あいつが再びガキどもと鉢合わせちまった時の行動だ。もし“双子を助けなければ後悔する”なんて考えに至った時、あいつはバラライカとの信頼も俺ヘの恩も“敢えて”全部無視して行動するだろう。……まあ、そうなる可能性は低いだろうがないとも言い切れん」

 

「……」

 

 

大哥の言葉を聞いて、一つの光景を思い返していた。

 

 

 

数年前、片腕が折られ頬が腫れているというボロボロの状態でヴェロッキオと面向かって話したあの時の光景。

自分はただ結果を見届けるために着いていっただけだったが、無様な姿の女が命を捨てる覚悟で臨んだ交渉の場の異様な雰囲気は今でも鮮明に覚えている。

 

 

 

『――何もせず黙って見ているより、命を懸けて取引した方がよっぽどいい』

 

 

あの自殺するのと同等とも言える行為の中で、マフィアのボス相手に臆さずそんなことを口にしていた。

 

あれから彼女は、何一つ変わっていないという事か。

 

 

 

「もし、キキョウがそういう行動をとった場合は?」

 

「そうだなあ」

 

 

俺の問いかけに、無表情だった顔が変わる。

 

 

 

「約束通り、俺の手で壊してやるさ。今まで楽しませてくれたお礼にな」

 

 

 

 

 

心の底から愉しんでいるような表情に思わず冷や汗が出た。

 

本当、どこまであのイカれた女を気に入っているのやら。

いや、“だからこそ”気に入っているのか。

 

我が上司ながら全くいい趣味をしている。

 

 

 

 

その時、俺の手元にあった携帯が鳴り響く。

 

大哥に一言断りを入れ、電話に出る。

 

それは、今か今かと待ち侘びた粛清を始める一報だった。

 

 

「大哥、ホテル・モスクワより“これより行動を開始する”と」

 

「……さて、一仕事といくか」

 

そう言って大哥は煙草を灰皿に押し付け、一流の洋裁屋が仕立てた高級品のロングコートを羽織る。

 

颯爽と歩く彼の後姿に着いていき、部屋を後にした。

 

 










誰か、オラに強いメンタルをおくれ…(白目)

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