ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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15 喧騒の一夜

―――とっくに日も暮れて、月明かりが夜道を照らしている時間。

街には静けさが訪れている中、コーサ・ノストラ事務所では一人の男の怒号が響いていた。

 

「どうなってやがるんだ! クソッ!」

 

ボスであるヴェロッキオは、集まっている部下たちを前に溜まっている鬱憤を吐き出すように怒鳴り散らしていた。

 

「とっとと女狐だけ片付けりゃいいものを! 余計な死人ばっかしこさえやがって!」

 

尋常じゃない程怒り狂うボスを前に、その場にいる誰もが口を閉じて様子を見ている。

 

「モレッティ! ガキどもの管理はお前に任せていたはずだな!?」

 

「はい、ボス」

 

部下達の先頭に立ち、一番近くで様子を見ていたモレッティに声がかかる。

 

ファミリーの中でも古株であるモレッティは、最早慣れたものだといきなり名前を呼ばれたことに動じずただ冷静に返事をする。

 

「一体今まで何をやっていた!? ガキのお守りもできねえのかこの腰抜けが!」

 

「……すみませんボス。しかしお言葉ですが、あのガキどもはあまりにも異常です。あいつらを好き勝手に操れるのはどこにも」

 

「うるせえ! てめえの無能さを言い訳するな!」

 

ヴェロッキオは怒鳴り声と共にデスクの上にあるグラスに注がれたワインを頭から浴びせ、グラスを地面にたたきつける。

だが、それでもモレッティは黙って顔にかかった酒を袖で拭い、ただ冷静に。冷淡に言葉を返す。

 

 

「ボス、ここらで終わりにしちゃどうですか」

 

「……なんだと?」

 

 

発せられた言葉にヴェロッキオは一瞬の間を空けて反応する。

 

「今なら幸い、街を荒らしたイカれた野郎を俺たちで片付けたことにできます。波紋を起こさず、ガキどもを始末するなら今しかありません」

 

「……」

 

「ボスの指示さえあればいつだってやれます。だから」

 

「随分な口を叩くじゃねえか。……おめえはいつから俺に偉そうに指図する立場になったんだ?」

 

臆することなく発言する様とその内容が癪に障ったのか、胸倉を掴み引き寄せた。

 

それでも尚、モレッティは動揺することなく言葉を続ける。

 

「俺はその立場になったつもりはありません。だが、俺は今後ろにいる奴らを代表してあなたに意見している。俺の言葉はここにいる全員の総意と受け取ってもらって構いません」

 

 

胸倉を掴まれながら怒りで真っ赤になっているボスの顔から視線を逸らさず静かに声を発する。

 

 

「お願いしますボス、“ここらで終わりにしてください”」

 

「……は、ふざけるのも大概にしろよモレッティ」

 

「……」

 

「“俺の言葉は全員の総意”だあ!? いつからお前はこいつらの頭になった!?」

 

「がっ!」

 

ヴェロッキオは怒号を浴びせながら、無表情で自身を見つめる部下の顔を殴りつけた。

モレッティの体は床に打ち付けられ口から血が流れていた。

 

「終わりにしろ? どの口が俺に意見してやがる! 今なんとかしなけりゃな、次の最高幹部会で俺はカモメの餌にされちまうんだぞ!!」

 

「しかし、ボス! このままじゃ最高幹部会じゃなくロシア人共に海の藻屑にされる! あんただけじゃなくここにいる全員が! そうなる前に俺たちでけじめをつけるべきだ!」

 

「いい気になるなよ三下が! その女狐の首だけを持ってくるよう躾すんのがおめえの役目だったろうが! その躾ができてねえ今、おめえが責任を取るべきだろうが!」

 

「かはッ……!」

 

口から流れた血を拭い、必死に声を上げるモレッティとその部下を何度も足で踏みつけるヴェロッキオ。

 

それを、周りの仲間はただ黙って見守り、全員が殺意を含ませ鋭い眼光を一人の男に向けている。

向けられている当の本人は怒りに狂いそのことに気づかず再び怒声を浴びせる。

 

「いいか、とっととクソロシア人の首を俺の前に持ってこい! でなきゃ俺がてめえを野良犬共の餌にしてやるッ!」

 

「……それが、俺たちの言葉に対するあんたの答え、でいいんだなボス」

 

モレッティは自身を踏みつけながらそう命令するヴェロッキオに静かに問いかける。

 

 

「同じことを何回も言わせるなよクソ野郎。いいからとっとと」

 

「折角最後のチャンスを与えたってのに、本当あんたの低能さには笑えてくるぜ。――なあお前ら?」

 

ヴェロッキオの答えを聞き、モレッティは先程とはまるで違う呆れたような声音と表情で言葉を発した。

 

 

 

 

瞬間、今まで微動だにしなかった男たちが一斉に懐へ手を伸ばす。

 

そして、銃口を男たちのボスだったヴェロッキオへ向ける。

 

 

「お、おめえら……これは一体何の冗談だ」

 

 

その様に、ヴェロッキオは目を見開き動揺を隠さず問いかける。

 

 

 

 

「冗談でこんなことやってると思うか?」

 

 

 

 

たじろいだ一瞬の隙をつき、モレッティは自身を踏みつけている足を思い切り払いのけ口に残っている血を吐き出し、言葉を続ける。

 

「さっき言ったはずだ。“俺の言葉はここにいる全員の総意”ってな。だが、それをあんたは何一つ聞かなかった。つまり、ここにいる子分全員の命をドブに捨てようとしたことに他ならねえ」

 

「それが何だってんだッ! そんなことで親に銃口向けてるのかおまえらは!? いつからここは腑抜け共の集まりになった!!?」  

 

「確かに子が親の為に命を捨てるのは当然だ。それが俺たちの美徳となることもある。――だがな」

 

言葉を区切り、よろよろと立ち上がりながら再び袖で力強く口元を拭う。

そして、今まで向けたことのない殺意と憎悪を含んだ視線を目の前で冷や汗をかいているかつての親だった男に向けた。

 

「俺たちだって命を捧げるべき相手を選ぶ権利はある。つまりはそういうことだ。理解できるか?」

 

「何ふざけたことぬかしてやがるッ!? 拾ってやった恩を仇で」

 

「てめえこそふざけたことぬかすなよ」

 

 

モレッティは怒鳴り散らす男の言葉を遠慮することなく遮った。

 

「拾ってやった? は、記憶違いも大概にしとけよ。――肥溜めでただ腐ったように生きてた俺を拾い、名誉ある男の生き様を説き、ここまで導いてくれたのは他でもない」

 

 

 

血が滲むまで拳を握り、腹の底で煮えている怒りと憎悪を向ける。

 

 

「ヴェスティの兄貴だ。俺はあの人にすべてをもらった。おめえじゃねえんだよ」

 

「……てめえ、俺の前でその名前を出すなっていったよなあ!? あ!? あのクソ着飾り野郎はただの裏切り者だ! それを」

 

「うるせえ臆病野郎! あの人をそうさせたのはてめえだろうが! 兄貴の忠告を全部無視して、てめえがまき散らしたクソの後始末を押し付けて……!」

 

 

 

 

モレッティは声を上げながら、尊敬している男との最後の会話を思い出していた。

 

 

裏切り者として最高幹部会の元に送られる前日に、最後にどうしても会っておきたいとひっそり彼の元を訪れた。

無機質なコンクリートの地下室に入れば、そこにいたのは最早生きているのか死んでいるのか分からない程痛めつけられたかつての兄貴分。

 

 

モレッティもまた、彼をそんなボロ雑巾に仕立て上げた一人。

 

 

 

『――ようモレッティ』

 

 

それでも彼は恨みの言葉を出すことも怯えるでもなく、現れたモレッティを目に映すと口の端を上げて名を呼んだ。

まるで、これから一杯やろうと言われそうな雰囲気で。

 

 

だから、モレッティもまたいつものように彼を呼んだ。

 

『……ヴェスティの兄貴』

 

『おいおい、裏切者を兄貴なんて呼ぶんじゃねえよ。ったく、またヴェロッキオに殴られるぞ。……で、もうすぐ本国送りにされる囚人に何の用だ?』

 

『兄貴。俺にはどうしても、あんたがたった一人の女の為にこんなこと起こしたとは到底思えない』

 

『野暮な事言うようになったなお前も。男が女に溺れるのは自然の理だろ?』

 

『あんたならこんな大事にせず済む方法なんざいくらでも思いつくはずなんだ』

 

『……』

 

『俺はずっとあんたの背中を見続けてきた一人だ。だから分かる。あんたは“わざと”事を大きくしたんだ』

 

『…………』

 

『教えてください。なんで、こんな馬鹿な真似を』

 

『やれやれ、買い被りにもほどがある。いいか、所詮俺も腐ったクズで馬鹿で愚かな男なんだよ。だから命を張って自分の思うがままにやってみたい、なんて餓鬼みてえな事も思い立つさ。――だが、そんな自分以上に愚かで腐り続ける仲間の姿は、目も当てられね。』

 

『……!』

 

『たった一人の男に子供の様に甘え、手足がなくなった虫のように何もできなくなっちまう奴を世話するより、命をかけて心の底から欲しいものを手に入れたくなった。だから使える駒を全て使って事を起こした。この答えじゃ不満か?』

 

『……兄貴、やっぱりあんたは』

 

『だから兄貴と呼ぶなって…まあいいだろう。こうなっても慕ってくれる可愛いお前に、俺から最後の言葉をくれてやるよ』

 

『え……』

 

『お前はまだ若い。その命の使いどころは慎重に選べよ、“モーリー”――』

 

 

 

 

 

親しみを込められたそのあだ名で呼ばれたのは、それが最初で最後となった。

 

 

あの時、モレッティはすべてを確信した。

 

 

 

「あの人がああなっちまったのは、洋裁屋のせいでも中国野郎のせいでもねえ」

 

 

 

高級椅子に座って踏ん反り返り、

 

ただただ自分の気の向くまま怒り散らすだけ散らしては部下を殺し、

 

部下たちの忠誠心や尊敬の念がなくなっていることを他の部下たちのせいにする。

 

かといって問題が起きた時には的確な指示は出せず、力任せですべてをねじ伏せようとする。

 

 

 

そんな野郎に、一体誰がついていく?

 

 

尊敬してやまない彼の最期の言葉がすべてを物語っていた。

 

 

 

「てめえが先に兄貴の信頼を裏切ったからそうなった。そして今、てめえは俺たちの信頼も裏切った。だから」

 

 

モレッティは自身の懐に手を伸ばし、銃を取り出す。

 

そして、目の前の男に突き付け告げる。

 

 

「ここで死ね、ヴェロッキオ」

 

 

――兄貴、俺の命の使いどころは決まった。

 

 

心の中で呟き、引き金を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、この人たちお先に楽しんでるみたいだわ兄様」

 

「ホントだね姉様」

 

 

だがその指は、唐突に飛んできた幼い声によって動きが止まる。

 

 

 

モレッティは勢いよく一つしかない部屋の入口へ振り向く。

 

 

 

 

「僕たちも混ぜてよ、おじさんたち」

 

 

 

 

そこには、双子の殺人鬼が微笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

――午後6時を過ぎた頃、ヴェロッキオファミリーの事務所周りはいつもより張り詰めた空気で溢れていた。

 

表には黒塗りの高級車が数台並び、全身黒のスーツに身を包んだ男たちが銃を持っている。

 

いわずもがな、香港マフィア三合会によるものだ。

張とバラライカの秘密裏で行われた会合により、普段は冷戦状態にあるホテル・モスクワと共に組員が殺されたけじめをつけさせようとしていた。

 

 

そんな厳戒態勢の中、裏口で見張っているのはたった一人の男。

 

彼、郭颯懍も他の組員と同じように三合会の一員らしく黒スーツに身を包んでいる。

ただ一つ違うのは、銃を持っていないことだ。

 

そんな身一つで待機している中、訝し気に事務所の二階に目を向ける。

 

「静かすぎる」

 

郭は裏口で見張りを続けてから違和感を覚えていた。

 

こんだけの人数で囲っているにも関わらずイタリア人が姿を見せる気配がない。

どれだけ息を潜めていたとしても、ここまで敵の動きを感じないのは異様すぎる。

 

これまで様々な死線を潜り抜けてきた郭は本能でそれを感じ取った。

 

 

「嫌な予感しかしねえな」

 

 

小さく呟き、スーツのポケットから黒手袋を取り出し手に嵌めた。

 

瞬間、果てしなく地の底にいるかのような暗い瞳へと変わる。

黒手袋に包まれた拳を握り、全方位へ更に意識を高め警戒態勢に切り替える。

 

 

武器は己の拳のみ。

だが、その武器こそ彼にとって剣や銃よりも遥かに信頼できるものだった。

 

 

彼は今まで拳一つで眼前に塞がる敵を地に伏せさせてきた。

これから現れるであろう敵にも例外なく、容赦なく叩き込む。

 

それが、己が畏敬の念を抱く兄貴分から与えられた仕事。

 

今回も全身全霊をもってこなすだけだ。

 

 

郭は異様な静けさの中、獲物を狩る獣のように神経を尖らせ続けた。

 

 

微動だにせずただ静かにその時を待っていると、空気が変わったのを感じ取り郭は再び事務所の二階に目線を注ぐ。

 

 

「があああッ!!!」

 

 

その後一呼吸置いて聞こえてきたのは、夥しい銃声と男たちの呻き声だった。

 

自分たち以外にヴェロッキオファミリーに襲撃しようとしている人間がいないことは確認済み。

 

なら、今事務所を襲っているのが誰なのかは簡単に予想がつく。

 

「とうとう飼い犬に手を噛まれたか。ったく」

 

郭は呆れたもんだと息を吐く。

襲っているのが例の双子であれば、あのキレやすいことで有名なヴェロッキオは最後まで狂犬の手綱を握ることも、自分たちでけじめをつけようともしなかったということだ。

 

 

つくづく自分は有能な上司に恵まれたものだと改めて認識した。

郭はその事実に少し口の端が上がったが、すぐさま思考を切り替える。

 

この混乱の中飛び込んでいくのはあまり褒められる行動ではない。

聡明な上司のことだ。きっと、彼も動かず様子見をするはず。

 

それに、連絡用の携帯に何も反応がない。

 

ということは――

 

「指示があるまでは動かず、ってところか」

 

自分が取るべき行動は向こうから仕掛けてくるまで大人しく待つことだと、一歩も動くことなく喧騒の音を聞き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同時刻、ホテル・モスクワ事務所。

そこにはバラライカ、ボリス。その他に軍服に身を包んだ男たち。

各々片手には銃を持ち、緊張な面持ちで上司である女性からの言葉を待っている。

 

やがてバラライカは先ほどかかってきた三合会からの電話を切り、凛とした声音を発する。

 

「同志諸君、今夜ヴェロッキオファミリーが襲撃を受けた。だが何も問題はない。予定通り、これより状況を開始する」

 

彼女たちにとっての本命は仲間を殺した双子。

ヴェロッキオファミリーがどうなろうと知ったことではない。

 

バラライカは静かに言葉を続ける。

 

「……勇敢なる同志諸君。サハロフ上等兵、メニショフ伍長はかけがえのない戦友だった」

 

その言葉にかつての同志を想い涙を流す者。目を瞑り黙祷を捧げる者。

反応は様々だが、この場において誰一人彼らの死を悼まぬ者はいなかった。

 

 

「彼らの生き様と魂は誇り高く称えられるべきものだった。その彼らと共に歩んだ我らが鎮魂の灯明を灯さず誰が為す」

 

 

彼女の呼びかけが、部下たちの闘志に火を着ける。

 

 

「亡き戦友の魂が、我々の銃を復讐の女神へと変える」

 

 

ブルーグレーの瞳には敵への憎悪と確固たる決意が秘められていた。

バラライカは仇を討つという誓いを胸に、鋭く、高らかに信頼する仲間に告げる。

 

 

 

「カラシニコフの裁きの元、5.45ミリ弾で奴らの顎を食い千切れッ!!」

 

 

 

彼女の宣言に、男たちは戦場にいた頃のように銃を高く掲げ鬨の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ヴェロッキオファミリーの事務所から銃声と悲鳴が今も尚鳴り響いていた。

しばらくすると音が止み、再びその場には静けさが落ちる。

 

「……」

 

郭は神経を研ぎ澄ましたまま瞬時に思考を巡らす。

 

静かになったということはどちらかが、或いはどちらも死んだか。

少なくても大人数で狙われれば大抵の人間はひとたまりもない。普通に考えればイタリア人共が敵を殲滅したと考えるだろう。

 

だが、今回相手にしているのはただの子供ではない。

 

あのホテル・モスクワと正面から殺り合おうとしているイカれた殺人鬼。

武力もそこまで誇れるものがなかったヴェロッキオファミリーに易々と殺されるわけがない。

 

特に、虚をついての襲撃なら尚更。

 

 

郭は冷静に状況を判断し、目の前にある裏口の扉に集中した。

 

あの扉が少しでも動いた瞬間に己の拳を叩き込む。

いつでも行動できるよう力み過ぎない程度に体に力を入れる。

 

 

 

 

瞬間、表の方から銃声が響く。

 

同時に聞こえてきたのは、仲間たちの呻き声。

 

 

 

 

その事実に郭は驚きを隠せなかった。

 

普通であれば大人数が待ち構えている正面からではなく、たった一人しかいないこの裏口から出てくるものだと予測していたからだ。

 

その予測が見事に外れた。

 

「クソッ!!」

 

今の状況を理解したのとほぼ同時に銃声が鳴り響いている方向へ走り出す。

 

表にいるのはあの張維新だ。そう簡単にやられるわけがないと理解している。

 

だが、郭颯懍にとって張維新とは絶対であり命を賭して守るに値する人物。

その彼が命を狙われているとなれば動かないわけにはいかなかった。

 

 

 

裏口から未だに銃の撃ち合いが鳴り響いている場へ全速力で回り込む。

短い時間であっても、早く辿り着きたい彼にとってはとても長い時間に思えた。

 

 

そうして郭が表へ出たのと銃声が止んだはほぼ同時。

 

「あはは!おじさんやるうッ! でも隠れてちゃ楽しめないわよ?」

 

「ありがとよ、お嬢ちゃん。撃ってこないってならおじさんも出てきてやるんだがな」

 

 

全速力で駆け付けた郭の目に入ったのは、先程まで生きていた仲間の死体と銀髪で長い髪の少女が銃口を兄貴分の声がする方向へ向けている様。

 

その光景を目の当たりにし、考える前に体が動いた。

 

 

息を潜め地面を蹴り、真っすぐ少女に向かう。

 

己の射程距離に入った瞬間、拳を振りかぶり少女の頭に叩き込む。

 

 

しかし、少女が自身の危険を察知したのか間一髪で横に逸れたおかげでそれは叶わなかった。

 

「びっくりしたあ。いきなり殴りかかってくるなんて怖いわお兄さん」

 

「……おいたが過ぎるぞ、クソガキ」

 

 

 

郭は拳を握り直し、溢れんばかりの殺気を微笑みを浮かべている少女に向ける。

 

 

「あの人に銃を向けたこと、地獄で後悔しろ」

 

 

 

怒気を孕んだ低い声で告げる。

 

 

そして今度こそ少女の頭に叩き込もうと一歩踏みこうもとした瞬間。

すぐ隣で何かが動くのを感じ咄嗟に後ろへ下がった。

 

郭はすぐ様動いた正体を目で捉える。

そこにいたのは、少女と瓜二つな斧を片手にこちらを見ている少年。

 

「姉様遊んでる暇はないよ! 早く行こう!」

 

「そうね兄様。――残念だけど今はお兄さんに構ってる時間がないわ。また今度ちゃんと遊んであげる」

 

少女はにこやかにそう言うと、いつの間に取り出したのか発煙弾の栓を抜き郭へ投げつけた。

 

煙を発しながら飛んできた小さな缶をはたき落とし、双子の姿を捉えようとするが一面に広がる煙のせいで視界が遮られる。

 

「逃がすか!」

 

 

郭は気配だけで双子がいるであろう位置に蹴りを入れるが、姿はなく空振りに終わった。

それでも諦めることなく、なんとか煙幕の外に出て二人を探すがもう既に夜の闇へと消えた後。

 

「……クソッ」

 

己の敵を。兄貴分に銃を向けた人間を殺すどころか逃がしてしまった。

その事実に己の不甲斐なさと力量不足に腹立たしさを覚える。

 

 

 

煙幕が薄れていく中、郭は少し息を吐いて踵を返し後ろで穴だらけになった車のボンネットに腰かけている男の元に近寄る。

 

 

「大哥、敵を取り逃がしました。申し訳ありません」

 

「ま、今回ばかりは仕方ないとしか言いようがない。お互い、こうして生きているだけ運がよかったさ」

 

張は心の底から謝罪する部下を咎めることなく静かに言葉を返す。数々の鉄火場を潜り抜けてきたからこその冷静な態度だ。

 

 

ふと、彼は自身が着ているロングコートの裾を見つめる。

そこには二つほど銃で撃ちぬかれたような穴が空いていた。

 

張は少し眉を下げ、裾を持ち上げその穴を撫でる。

 

 

「あー、こりゃまたキキョウに小言を喰らっちまうな。困ったもんだ」

 

「全然困ったように聞こえないのは俺の気のせいですかね?」

 

「さあ? どうだろうな」

 

そう言って張は懐から煙草を取り出し咥える。

そこにすかさず郭が火を着けた。

 

「今後はどうされますか、大哥」

 

「とりあえずバラライカに連絡だな。あとはあいつが」

 

その時、遠くから何やら騒がしい音が張の耳に届き言葉が不自然に途切れる。

 

「……やれやれ」

 

 

 

段々と近づいてくるサイレンの音を聞きながら、張はため息と共に煙を吐き出した。







郭さんは拳での撲殺が得意なのです。(物騒)


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