今回からオリジナルのお話です。
お昼の13時を過ぎた頃。この前は不在だったため届けられなかった服をシスターヨランダに渡すためリップオフ教会に出向いていた。
いつものように紅茶でもてなされ、少し世間話をした後すぐ腰を上げる。
今日は複数の服を届けに行かなければならず、いつもより少しだけ忙しいのだ。
「残念だね」と言葉を投げかけられ苦笑しつつ、また来ると告げその場を後にする。
その時、「エダが広間で酒を飲んでましたけど遂に許されたんですね」と一言残すのも忘れずに。
この前意味が分からない話をされたのだ。これくらいの仕返しは許されるだろう。
そうして次はチャルクワンストリートの一角にある静かなバーに向かう。
そのバーはリンさんの行きつけでもあり、少しお高めの値段で酒と落ち着いた空間を提供している店だ。私も連れて行ってもらったことが何度かある。
新しい従業員が入ったとかでバーテンダーの服装である、白シャツ、黒ベスト、スラックス一式をバーのオーナーに頼まれた。
真っすぐ向かえばまだ夕方前なので当然開店してる訳もなく、着いた時はオーナーと新しい従業員さんが遅めの昼食を摂っているところだった。
ゆったり過ごしている時に来てしまい申し訳ないと思ったが、こちらも仕事なので仕方ないと踏ん切りをつけるしかない。服が入っている紙袋を手渡し、金を受け取った時にオーナーから「たまにはウチにも寄ってくれよ。サービスするぞ」と気前がいいことを言われた。その言葉に微笑みを浮かべ、お礼を告げる。
そして、またここにも長居する理由はないので次の依頼主の元へ向かう。
最後の届け先はイエローフラッグの二階にある娼館、スローピー・スウィングのオーナーのマダム・フローラ。
娼館で働いている娼婦の一人が最近売り上げがいいらしく、上機嫌なマダムが褒美として新しい服を頼んできたのだ。着る本人から「スタイルがはっきり見えて綺麗なドレスが欲しい」と要望をされたのもあり、赤を基調とした胸とお尻の豊かさとウエストの細さが強調されるアワーグラスドレスを仕立てた。
私なりに要望に応えた服を仕立てたつもりだが、気に入ってくれるかどうかは本人次第。いつも通り依頼人が満足してくれるかどうか不安な心持ちのまま、イエローフラッグまでの道のりを辿る。
寄り道せず真っすぐ30分ほど歩けば、夕方に差し掛かる時間から営業している酒場が見えてくる。
既に賑わっている雰囲気が伝わってくる店内へ臆することなく入っていった。
「――ありがとうフローラ! Ms.キキョウが作る服、ずっと前から欲しかったの!」
「アナタ最近頑張ってたからご褒美よ。今日はそれ着ていつもよりいい女になった姿見せびらかしてきなさいな」
「ええ勿論そうするわ! Ms.キキョウもありがとう! とっても素敵よこのドレス!」
「喜んでもらえてよかったです」
二階のマダムの自室に案内され、今か今かと待っていた娼婦にドレスを手渡すと笑顔で喜んでくれた。
嬉々とした様子のままドレスに身を包んだ彼女は上機嫌にマダムと私にお礼を言ってきた。
その様に自然と口の端が上がる。
やはり自分が仕立てたものをこうも喜んできてくれるのはとても気分がいい。
「じゃあ行ってくるわね!」
「いってらっしゃい」
そう言って娼婦はパタパタと少し駆け足で外へ出て行った。
マダムがソファに腰を下ろし、「こっちにいらっしゃい」と私にも腰かけるよう言ってきたので一言断りを入れてからテーブルの向かい側に座る。
「流石ねキキョウ。アナタに頼んでよかったわ」
「そう言ってもらえて何よりです」
「はい、これ今回のお礼」
満面の笑みで差し出された封筒を目にし、少し違和感を覚える。
今回依頼されたのはドレス一着だけ。だというのにいつもより分厚いのは気のせいだろうか。
「……確認してもいいですか?」
「どうぞ」
何はともあれ受け取らないことには確認のしようがないので、一瞬躊躇った後封筒を手に取る。封を開け、中身を見た瞬間思わず目を丸くする。
なんと封筒の中には、ざっと見ただけでも10万バーツ以上あるのだ。
確かに素材とかこだわっているが、ここまで高い値段で仕入れたものじゃない。
だからこの金額は易々と受け取れない。
「あ、あのマダム。この金額は少し……いえ、大分多いように思えるのですが」
「そうでもないわよ。アナタの腕はもっと高くつくはずなんだから、むしろ安いくらい」
「いやいや」
いくらなんでも多すぎだろう。
「アナタにはいつもお世話になってるし。それにあの子もとっても喜んでた。だからこれくらいは出させてちょうだい」
「ですが」
「キキョウ、人の厚意は素直に受け取った方がいいわよ?」
にっこり、と効果音が付きそうな微笑みを浮かべられ顔が引き攣る。
彼女がこういう顔をする時は大体頑として譲らない時だ。過去に何回も色々意見を言ってきたが、彼女の意思を曲げられた例が一回もない。
私の諦めにも似た空気を感じ取ったのか、マダムは表情を変えず柔らかい口調で言葉を続ける。
「受け取ってくれるわね」
「……分かりました。でも、今度からは見合った金額しか受け取りませんからね」
「なら、次はもっと多く用意しなくちゃね」
「マダム」
「ウフフッ」
彼女の言葉は冗談なのか本気なのか。どちらにせよ勘弁してもらいたいものだ。
「キキョウ、アナタ今日も下で飲むのかしら?」
「そのつもりですが」
「できればアタシも一緒に飲みたかったんだけど、この後用事がね。代わりと言っちゃなんだけど、今夜の飲み代はアタシが出すわ。バオにはそう伝えとくから」
「マダム、流石にそこまでは」
「いいからいいから。じゃ、アタシはそろそろ出るわ。また頼むと思うからその時はよろしくネ」
「ちょ、ちょっとマダム……!」
マダムは口早にそう言うと、私を置いて部屋の外に出て行ってしまった。
そういう気分だったのかもしれないが、にしても今日は少し強引すぎる。
だがそれを咎める相手はいないので、一つため息をつきポケットに封筒をしまう。
腰を上げ、そのまま広々とした部屋を後にした。
廊下をまっすぐ進み、下へとつながる階段を降りれば見慣れた光景が目に入る。
ロアナプラでも特に悪党が集うこの酒場は、毎日のように喧騒が鳴り響く。
今日も今日とて酒を浴びせ、殴り怒鳴り合う騒がしさが店内を包んでいた。
すっかり常連となったこの店内の雰囲気に、今では居心地の良さも感じている。
他の空いている席には目もくれず、真っ先に空いてるカウンターへと腰かけグラスを拭いている店主に声をかける。
「バオさん、今日も賑わっているようでよかったです」
「ようキキョウ、おかげさんでな」
バオさんはそう言いながら氷の入ったグラスとジャックダニエルを出してくれる。
いつもの流れに身を任せ、ボトルを開け酒を注いでいく。
「今日はフローラの奢りなんだろ? なら勿体ぶらずにたらふく飲んどけよ」
「……奢られる気は全くないんですけど」
「金も受け取ってる。足りない分はアイツに請求するよう言われてるから安心しろ」
「お金の心配じゃなくて、これ以上甘えるわけにはいかないって話なんです」
「いいから黙って飲んどけ。じゃねえとめんどくせえ不貞腐れ方をしやがるぞアイツ」
彼女のそのめんどくさい不貞腐れを味わったことがあるのか、バオさんは少しうんざりといった表情をしていた。
その顔に苦笑しつつ、氷で冷えた酒に口をつけ喉に通す。
依頼をこなし、少し多めの報酬をもらい、仕事終わりの一杯を楽しむ。
これが私の日常だ。
「――はあ……はあ……」
一体どれだけ走っただろうか。
高い建物が聳え立つ街の中心に行こうとすると、遭遇したくない男たちが行く先々にいて街の端へ端へと追い詰められる。
地名も、地理も分からない見知らぬ土地で数時間も逃げきれているのは運がいい方だろう。
だが、その運が尽きる前に自身の体力が限界を迎えそうだった。
「はあ……ダメ、まだ止まっちゃ……」
呼吸が乱れ上手く息が吸えず整えることもできない。尚且つ足まで震えてきている。
それでもここで立ち止まるわけにはいかなかった。
――なんとしてでも“あの人”の元へ帰る。
その揺るぎない決意を胸に、重くなった足を一歩、また一歩と踏みしめる。
月が高く昇り、街灯も照らされていない真っ暗な道を訳も分からず進んでいく。
視界が揺らいでいる上に暗闇の中とあっては、普通であれば気づくであろう障害物にぶつかってしまう。
「うッ……!」
地面に吸い寄せられるように体が打ち付けられる。
なんとか立ち上がろうとするものの、体に力が入らない。
「ダメ……早く、動かないと……」
とっくに乾ききった喉で発せられるか細い声で呟きながら力を入れる。
だが無情にも指一本でさえ動かせなかった。
「劉帆、さん……」
ある人物の名を発すると自然と涙が零れ落ち、その視線は左手の薬指に注がれていた。
とうとう体力の限界を迎え、瞼が重くなっていく――
「――こんなところで何してるんですか?」
唐突に上から降ってきた声に、閉じかけていた瞼が一気に開く。
「生きてますか? 生きてるなら何か反応ください」
優しくかけられる言葉に、何とか最後の力を振り絞る。
一体どういう人物なのか皆目見当もつかない。
だが、自身の本能が全身全霊をもって告げていた。
“何もしなければ今度こそ終わる”と。
歯を食いしばり、霞む視界の中腕を伸ばし必死に誰かの一部を掴む。
「助けて……私には……帰らないといけない、場所……が……」
それだけ発し、とうとう掴む力も気力も尽きついに意識を手放した。
――どうしてこうなったのか。
あの後イエローフラッグで長い時間飲んで、月もすっかり高くなった頃に家路についた。
何事もなく依頼をこなしゆっくりとお気に入りの酒が飲めたことで上機嫌だった私は、いつもより軽い足取りで家に向かっていた。
街灯もなく、月明かりだけが照らされている道を突き進み家の近くまで辿り着く。
上機嫌なまま中に入ろうとしたのだが、あと数歩という距離でそれが目に入った。
家の前で人が倒れ、何か呟いている。
こんな真夜中にあんな客人は御免だと、すぐには近づかずしばらく様子を窺った。
するとその人物を月明かりがスポットライトのように照らし、今度こそはっきりと見えてくる。
その人は、長い黒髪で白いワンピースを着た女性。
よく見ると服はボロボロで裸足という酷い格好をしている。
女性は最後に一言何か呟いた後、とうとう意識を手放したのか身動き一つ取らなくなった。
私は医者ではないし人をほいほいと拾う趣味も持ち合わせてない。だからここで死なれるのは非常に遠慮願いたい。
そういえば、レヴィと初めて会った時もこんな感じだった。
女性の姿を見てふと思い出し「懐かしいなあ」と少し口の端が上がったが、すぐ思考を切り替え真っすぐ女性の前に行きしゃがみ込む。
そして、反応を見ようと上から言葉を投げかけた。
やはり一、二回では反応があるはずもなく、今度は体に触れ起こそうと手を伸ばす。
指先が当たる寸前、突然勢いよく女性がズボンの裾を掴んできた。
茶色の瞳は涙で濡れている上に、意識が朦朧としているのか焦点が定まっていない。
そんな状態でも弱々しい力で掴み続け何か言葉を発してきた。
「助けて。私には、帰らないといけない場所が……」
そう言って体力が尽きたのか意識と共に掴んでいた手を離した。
聞き取るのもやっとなか細い声で中国語を話した。
途切れ途切れに告げられた数少ない言葉から察するに、恐らく街の外からやってきたのだろう。
いや、やってきたというより連れてこられたと言った方が正しいのかもしれない。
それに、この街の人間であれば安易に人に助けを求めるような真似はしないはずだ。
――さて、これからどうするべきか。
すぐさま思考を巡らす。
もし、このまま放っておいて死んだとしよう。私の性格上、玄関前で人が死んでいる中仕事に集中できるわけもない。
それに道端で倒れている状態で発したのが中国語というのが気にかかる。この街で中国語を主に使う人間は大体三合会の関係者だ。保護するのは私の役割ではないが、もし彼女が何らかの関りがあった場合「なんでお前の家の前で死んでるんだ」とまためんどくさいことになりかねない。
深いため息をつき、とりあえず家のドアを開ける。
そして、ぴくりとも動かない女性を引き摺りながら家の中へ運ぶ。少々不格好な運び方だが本人は気絶しているのだ。文句は出てこないし、出たとしても受け付けない。
そのまま奥の自室のベッドになんとか寝転がし、ボウルに水を溜め濡らしたタオルで汚れた箇所を拭いていく。
その時、手首に何かで縛られてたような痕が目に入った。
よく見ると、両足首にも同じような痕がある。
ボロボロの衣服、縛られていたような痕、そして「助けて」という言葉。
これはほぼ無理やり連れてこられたのは確実だろう。
ひとまず汚れた箇所を全部拭き取り、改めて女性の顔を見る。
――小顔で、鼻筋はすっと綺麗に通り、睫毛も長く、よく手入れされていたであろう艶のある黒髪。恐らく中国人なのだろうが、それにしては肌が白い。
今はストレスからなのかやつれていて少し頬がこけてはいるが、ちゃんと整えて健康的になればとっても綺麗で可愛らしい女性になることは安易に想像できた。
見た目だけで言えば純粋無垢という言葉が似合うこの女性が、一体何故この街に連れてこられたのかは分からない。
だが、私にとって重要なのは連れてこられた経緯ではなくどう彼女を扱えばいいかだ。
なるだけ早く三合会の関係者に相談したほうがいいのだろうが、連絡するにはあまりにも迷惑な時間帯。
目の前でスースーと寝息を立てている女性にそっと布をかける。
その様に「よく眠れるな」と感心を覚え、とりあえず今日の分の疲れを流そうと浴室へと向かう。
明日は忙しくなりそうだと、本日何回目かのため息が零れた。
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「――失礼します、大哥」
「街を這いずり回ってた鼠どもが吐いたか?」
「ええ。それについて至急耳に入れたいことが」
「聞かせろ」
街を見下ろす様に高く聳え立つ熱河電影公司ビル最上階の社長室。張維新は月明かりに包まれている街をガラス越しに眺め紫煙を燻らせる。
彼の腹心の一人である彪如苑は、その上司の背中に近づき“鼠ども”について報告を始める。
――数時間前、複数の男が三合会の縄張りで妙な騒ぎを起こしていた。
男達は中国語で書かれている看板の店を片っ端から尋ね、一つの言葉を投げかける。
『この辺りで茶色の瞳に長い黒髪を持った華奢な女を見なかったか』
中国語で発せられた質問に当然すんなりと街の住民が答えることもなく、門前払いしかされなかった。それにキレた男達は気が済むまで暴力を振るい、また次の店へと出て行く。
何十店目かが被害を受けたことで、その騒ぎがとうとう張の耳にまで届いたのだ。
訳も分からずドブネズミのように荒らされる真似を長たる彼が見過ごすわけもなく、直属の部下を動員し事を収めるまでとなった。
「狙いの女については?」
「あの、それが……実はその女が割とまずい人物でして」
「あ?」
「信じ難いですが、何でもあいつら――」
彪から発せられた内容に張は片眉をあげた。
そして、煙を静かに吐き出し神妙な面持ちへと変わる。
「確度は」
「特徴に当てはまる目撃情報が多数。しかし、今どこにいるのかまでは」
「それだけじゃ俺達が大々的に動くには足りん。それにその女性が“今、この時期”にこの街にいることは到底あり得ない話であると俺は考える。――が、その話が本当だった場合、可及的速やかに解決せにゃならん大問題だ」
「では」
「ああ、早急に事の大きさを把握する必要がある」
彪が懐から携帯を取り出し張の手へと渡される。
吸い殻を灰皿に押し付け、肺に残った煙をすべて吐き出す。
電話のコール音が何回か鳴り響いた後、張は徐に口を開いた。
さて、始まりました。
久々のオリジナルストーリーとなります。
日本編の前に、「張さんとキキョウさんの関係このままでいいのか? うーん」という悩み(?)から生まれたこのお話。
内容としては、キキョウさんの洋裁屋としての本領発揮や、張さんのキキョウさんに対する思いなどを書いていこうと思っています。
長くなるかもしれませんが、お付き合いいただければ嬉しいです。
P.S.
ご感想、いつもありがとうございます。
私としては、ここまでたくさんの方に読んでいただいていることにとても驚きと嬉しさを感じています。
少ないお礼の気持ちとして、これからはいただいた感想についてできる限り返信を行おうと思っております。
これからも、ぜひよろしくお願いいたします!