今回は二話に分けて投稿しています。
――張さんからもうすぐ来ると知らせを受けてから数分。
今まで以上にソワソワした様子を見せる桜綾さんに「もう少しですから落ち着いて」と言葉を投げかけ続けながら、香主の到着を待っている。
リンさんはそんな彼女に声をかけるのをやめてしまい、「もうすぐ来るんだからほっといてもいいんじゃないの?」と諦めたように小さく呟いていた。
そういう訳にもいかないと分かっているのだが、正直これ以上は私たちの手に負えないのではないかと思い始めてしまい、心の中で早く来てほしい気持ちが次第に膨れ上がっている。
そして今にも部屋を出て行きそうな勢いの桜綾さんを目に留め、本日何回目かの言葉を投げかける。
「桜綾さん、もう少しですから大人しくこの部屋で待ちましょうね」
そう言うと、ぴたっと動きを止め渋々こちらへ戻ってくる。
このやり取りを行うのはこの数十分ですでに5回……いや、今ので10回は超えただろうか。
最早私と桜綾さんの耐久戦と化しているのは気のせいではないだろう。
まだ戻ってくるだけマシだとは思うが、この様子では我慢が利かなくなって飛び出していくのも時間の問題だ。
――ああ、早く迎えに来てくれないだろうか。本当に一刻も早く。
心の中で呟きドアに目を向けた瞬間、ノック音が響き渡った。
「令爱、失礼します」
直後張さんの声が届き、ドアが開かれる。
桜綾さんは先ほどまでの落ち着かなさはどこへやら、彼の方を向いたまま固まっている。
正確には、張さんより奥の方へ目を向けて。
張さんが誰かを部屋に促す様に道を空ける。
そこに現れたのは、いかにも極道者と言わんばかりの風貌をした男性。
「――桜綾」
低い声音が静かになった部屋に響く。
「……劉帆、さん」
瞬間、桜綾さんがこの数日何回も聞いた呼び名を震えた声音で発する。
そのまま、一歩、また一歩と彼に近づき、やがて堰を切ったように走り出す。
「劉帆さん!」
名を呼びながら一目散に向かい、男性の胸元へ思い切り抱き着いた。
「ふッ……う……ッ」
「遅くなった」
「……ッ……くッ……」
「長らく待たせてしまったな。すまない」
「りゅう……ほさ……ッ……りゅ、ほさん……!」
「ああ、ここにいる」
今まで気丈に振舞っていた女性は、やっと会えた婚約者の腕の中で肩を震わせている。
男性は言葉をかけながら、桜綾さんを落ち着かせるように頭を撫でた。
――まるで映画やドラマのワンシーンを見ているようだと思った。
演技でも何でもない、あんな風に抱きしめ合う夫婦を現実でみたのは初めてだ。
いや、本当のところお互いがどう思っているのかは知らないが、見てくれは本当に“愛し合っている”ように見える。
お互いを愛し、愛され、何の利益もないのに傍に置き、一生を添い遂げる。
正直、そんな夫婦は物語の中だけだと思い込んでた。
だけど目の前で繰り広げられた一連の行動は、紛れもなく現実で。
その事実に、少しだけ戸惑っている自分がいる。
そのせいか、彼女たちの感動の再会から自然と目を逸らす。
逸らした先で張さんと目が合い、瞬間「こっちに来い」と言わんばかりに顎をしゃくる。
きっと、二人きりにしてあげようという張さんなりの気遣いなのだろう。
彼の行動の意味を汲み取り、何も言わず指示に従う。
リンさんも張さんの行動に気が付いたようで、静かに私の後ろを付いてきた。
未だ抱き合っている二人を残し、部屋を後にする。
ドアを閉め、広い廊下を少し歩くとやがて張さんの足が止まる。
徐にこちらを振り向き静かに口を開く。
「まさか、お前がああいう反応をするとはな」
「え?」
「随分驚いた様子だったが、何を考えてた」
「……特に何も」
「相変わらず嘘が下手くそだな。まあ、“ああいう”二人を見て驚かない方が難しいが」
壁に背をつき、やがて口元に弧を描く。
「お前にしては珍しい表情をしたもんだからな。少し気になっただけだ」
「そんなに変な顔をしてましたか?」
「いや? ただ“未知のものに出会った”と顔に書いてあったな」
「……そんなこと思ってませんよ。少し驚いただけです」
なんでこの人はこんなにも人の気持ちを見抜いてくるのか。
人の上に立っている人間だからこそなせる業なのだろうか。
そして、誤魔化す様に発したさっきの言葉も私の本音ではないことを見抜いているのだろう。
彼は「そうか」とだけ言い、クスッと笑った。
「――桜綾から話は聞いている。キキョウさん、でいいのかな?」
「キキョウで結構です。こちらも貴方の話は張さんや桜り……奥様から兼ね兼ね伺っています」
「そうか。だが、これでも一応お互い初対面だ。改めて名乗っておこう。――三合会香主を務めている鄭 劉帆だ」
「洋裁屋、キキョウです」
部屋を出てから三十分ほど経った頃、桜綾さんがようやく落ち着いたらしく私達は部屋に呼び戻された。
少し目が赤くなった桜綾さんが「お恥ずかしいところをお見せしました」と顔を赤くしながら出迎えてくれた。
そんな彼女の左手の薬指に先程までなかった指輪が光っているのを目にしながら、促されるままチェアに座り強面の男性と対面する。
張さんが隣に座ってくれているおかげか思ったより緊張はしておらず、いつも通りの対応ができそうだと少し安心している。
そうしてお互い改めて名前を名乗り、握手を交わす。
香主の隣で何故か嬉しそうにしている桜綾さんについては触れないでおく。
「さて、貴女には桜綾が大変世話になった。三合会を代表し心から感謝する」
香主は真剣な声音で真っすぐこちらを見据えたまま感謝の言葉を発する。
「既に聞いているかと思うが、我々の婚儀には何かと障害が付きものでね。そのせいか中々準備が整わず、予定より3年も遅れてしまった」
「存じています。やっと式を挙げられると、奥様から」
3年というのは聞いていなかったが、大分遅れての挙式だということは知っている。
細かいことは今掘り下げるべきではない。
「ああ、だからこそ慎重に事を進めてきた。だが、どこぞの鼠のおかげでまた台無しにされるところだった。――今度は取り返しがつかなくなる一歩手前までにな」
彼が言っているのは、“桜綾さんが殺されていたかもしれない”ということ。
式の準備はまたやり直しがきくが、肝心の主役がいなくなってしまっては元も子もない。
つまりそういうことだろう。
どことなく、香主の声音がさっきよりも硬くなっている気がした。
「そうならなかったのは貴女が桜綾を拾い、張の元へ連れてきたからに他ならない」
「……たまたまですよ」
「たまたまだろうが気まぐれだろうが何でもいい。重要なのは、“貴女の行動のおかげで桜綾が救われた”という結果だ。我々の世界では結果がすべてなのでね」
「……」
「そして、恩を受けたからには何か返さなければならない。それが“常識”だろう?」
またこの話か。
彼も私が何も要らないと言っているのは知っているはずなのだが。
「折角の気遣いですが、お気持ちだけ受け取らせてください。私は見返りを求めているわけではありませんので」
「そういうわけにもいかないだろう。――後から恩に着せてとんでもない要求をされては困る」
「劉帆さん! キキョウさんにそんな言い方……!」
「桜綾さん、いいんですよ」
成程。どうして彼らがここまで私に何かを求めるよう言ってくるのかやっと分かった。
誰もここまではっきり言ってくれなかったので、気づくのが遅くなってしまった。
だが、何か欲しがれと言われても欲しい物なんてない。
無いものを無いと言って何が悪いのか。
「信じてもらえるか分かりませんが、今回の事を後から出す気は更々ありませんよ」
「言葉ではどうとでも言えるぞ」
「生憎言葉でしか伝えられないので」
「なら聞かせてもらおうか。なぜそこまで頑なに何も欲さない? 何もないのなら適当に金でも要求すれば簡単に済む話だ」
「先程申し上げたはずですよ。“見返りを求めている訳ではない”と。そう言った以上、『もうめんどくさいからじゃあ金で』なんて適当な対応をするつもりはありません」
普段世話になっている人に、そんな対応できるわけがない。
彼が敬服している相手なら尚更。
「私は何か欲しければ張さんに相談します。彼がパトロンとなってからずっとそうしてきました。ですが今、欲しいものが本当にないんです。だから彼にも貴方にも、何も要らないと申し上げているだけです」
「張に用意できないものを用意する、と言ったら?」
「彼に用意できないもので私が欲しい物なんてないですよ」
「なぜそう断言できる」
「彼と出会ってから私が欲するものを手にできなくなったことはありません。それが全てです」
私が本当に欲しかったものが、この街に全てある。
それを用意してくれたのは紛れもない張さんだ。
「私はただの洋裁屋としていれればそれでいいんです。それ以上に欲するものなんてありません」
「……」
そんな悪徳の都の支配者である彼に用意できないものは、きっと私には必要ないもの。
これははっきりと断言できる。
「こんな掃き溜めの街でか?」
「ええ」
「クズどもが集まるこの街をあえて選ぶと? ただの洋裁屋として生きたいならそれは誤った選択だ」
マフィアのナンバーツーらしい緊張感をだしながらはっきりそう言われる。
その緊張感にあてられたせいか、自然と手に力が入る。
「君は張のオンナではないんだろう? そんな人間を守るのは、いくら最大の縄張りを持とうと限界がある。特にこの悪徳の都ではな」
「申し訳ありません、言葉足らずでしたね。――私はこの街でただの洋裁屋として生き、ただの洋裁屋として死にたい。それが最大の望みです」
それが叶うのは、この街でしかないのだ。
「先程貴方は張さんに用意できないものを、と仰いましたが」
いつ殺されても後悔しない。そんな相手が支配するこの街でしか。
「私の最大の望みを叶えられるのはこの人だけです。貴方じゃありません」
無礼であることは百も承知だ。
だが、ここまで言わないと彼も分かってくれないだろう。
「……ハッ、そうか。なるほどなるほど」
「……」
「あー、参ったな。これはなんともまあ……張、お前もとんだ色男になったなあ。くっくっく……!」
「お褒めにあずかり光栄です、と言った方が?」
香主は私の言葉を最後まで聞くとどこか納得したような面白がるような声音で呟き、声を潜めて笑っている。
生意気な事を言った自覚はあるのだが、面白がるような事を言った覚えはこれっぽちもない。
香主の隣で桜綾さんも口元を手で押さえ「まあ」とどこか驚いた様子だ。
「張兄さん、よかったですね。他ならぬキキョウさんにあそこまで言ってもらえて」
「令爱、からかわないでください」
「からかっていませんよ。私も劉帆さんも嬉しいだけです。フフッ」
「そうだぞ。女と長続きしなかったお前がまさかここまでなあ? くくッ」
「お二方、どうかそこらへんで勘弁してください」
彼らの会話に更に頭の中では疑問符が飛び交う。
戸惑いながらも隣に座っている張さんを見やる。
私の視線に気づいたのか、張さんもこちらを見たがすぐ目を逸らされてしまう。
「あの、張さん……?」
「いや、お前は何も気するな。気にしなくていい」
そう言われても、この状況で気にしない方が無理があるのでは?
後ろに控えている郭さんと彪さんに目で助けを求めたが、二人にもなぜかほぼ同じタイミングで目を逸らされた。
そんなにおかしなこと言っただろうか?
首を傾げ、自身の言動を振り返っていると先程までの真剣な顔はどこへやら、口元に弧を描いている愉快そうな香主が言葉を発する。
「すまない、君の言葉を笑っているんじゃないんだ。ただ、あんまりにも真っすぐ熱い思いを語ってくれたことに驚いてしまっただけだ。本当に気にしないでくれ」
「はあ……」
「君の気持ちは分かった。ああまで言われて、無理に何か要求しろというのも無粋だな」
「えっと……?」
「だがやはり俺としては何かを返したい。このまま恩人に何も返さずというのは龍頭に顔向けができないのでな。そこは理解いただけないだろうか?」
私の話をちゃんと聞いてはくれたようで、先程よりも無理矢理言わせるようなことはしなくなった。
方針を変えてくれた相手の言い分を理解できないと突っぱねるのはよくないだろう。
「仰っていることは分かります。ですが、やはり何も思いつかなくて……」
「だろうな。――そこでだ、こちらから一つ提案をしたい」
「え?」
提案?
「キキョウさん、ぜひ私たちの結婚式に来てくださいませんか?」
……。
……ん?
「え?」
「劉帆さんと話したんです。キキョウさんはきっと何もほしがらない。それなら式に招待するのはどうだろうかって」
いや、なんでそういう結論になるんだ。
何か返さなければ気が済まないからと言って、誘拐された直後に部外者を招くのはどうなのか。
混乱しそうになりながら、何とか言葉を発する。
「ちょ、ちょっと待ってください。折角のご招待ですが、やっと整えられた式に部外者が参列するのは」
「ああ、“ただの”部外者ならな。だが俺と君はもう面と向かって話した間柄だ。短い時間だったが招待してもいいかどうかの見分けはつけられた。なら別に問題はない」
「で、ですが龍頭? が許すとは到底思えませんし」
「ちゃんと私達から話をします。父も劉帆さんと張兄さんが認め、尚且つ恩人であるキキョウさんを招待することを嫌とは言わないでしょう」
「……」
どうしようどうしよう。こんなことになるなんて誰が予想できる。
ただの洋裁屋がマフィアの結婚式に参列するのはどう考えても場違いだろう。
それに張さんだってこの話をすんなり了承する訳がない。
「ちゃ、張さん……」
もう私にはこのカードしかない。
別に式に招待されたことが嫌なのではなくて、見返りにしては大きすぎるのだ。戸惑うのも当然である。
私の助けを請うような声に張さんは目を合わせた。少し口の端を上げたかと思うと、目の前の二人を見据え口を開く。
「お二方、折角の申し出ではありますが少々お待ちを。彼女もいきなりのことで驚いています」
そう、そのまま貴方から断りの言葉を言ってください。
私の代わりに。
「ですので後日返事を差し上げる形でよろしいでしょうか? 落ち着いて考える時間が必要でしょうから」
「分かった」
……は!?
「ちょ、ちょっと張さ」
「式には俺の付き添いとして連れて行きます。龍頭にはそう話を通していただけると」
「分かりました! 楽しみですね劉帆さん」
「そうだな」
待て待て待て待て。
なんでもう参加する流れになっているんだ。
「あ、あの」
「すぐにでもいい返事を差し上げますので、期待してお待ちください」
「ええ!」
私の言葉を遮って話し続ける張さんを睨みつけたい感情に駆られた。
この人、何が何でも私を式に連れて行く気だ。
逆になんで連れて行く気になるのか不思議でならない。
「キキョウさん、招待状はまた後日お送りいたしますね!」
ガシッ、と両手を掴まれキラキラとした瞳で見つめられる。
ここで「いや行きませんけど」と言えばその瞳が曇るのは考えなくても分かる。
「……楽しみにしてます」
どう返答しようか頭をフル回転させてやっと捻りだした言葉は、最早「出席します」と言っているにも等しいものだった。
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「――張さん、なんであんなこと言ったんですか」
「何の話だ?」
「式の参列の話ですよ。あれじゃ断れる訳ないじゃないですか」
「断らせる気はなかったからな」
「冗談はやめてください」
式に参列するかどうかの話をした後、いつまでも香港を空ける訳にもいかないらしく香主と桜綾さんはそのまま帰っていった。
ヘリに乗る時、彼女は「張兄さんのこと、これからもよろしくお願いします」と言い残した。
彼について何をよろしくされたのかもよろしくされる理由も分からなかったが、遠ざかっていくヘリを見てどこか肩の荷が下りたような気持ちになった。
特に張さんは桜綾さんを何事もなく送り帰せたことに上機嫌で、「折角だし一杯やろう」と誘われた。
私も彼に話したいことがあったのでその誘いを受け、いつものように彼の自室で酒を酌み交わしている。
乾杯し一杯目を飲み終え、そろそろいいだろうとこちらの話を切り出している最中だ。
「彼らの盛大な結婚式にああも歓迎されているんだ。断る理由がどこにある?」
「百歩譲ってその理由がないとしても、私の言葉を遮って話を勝手に進めた理由にはならないと思いますが」
「お前だって最後には招待受けたじゃないか。後からああだこうだ言っても仕方ないだろう」
「ええ、最終的に決めたのは私ですよ。ですが今後もああいうことをされるのは御免なのでこうして話してるんです」
あの時、この人は“わざと”私の言葉を遮り続けた。
基本そんなことをしない人がなぜその行動をとったのかは知らないが、少なくてもいい気分ではない。
「そう怒るな。――あの二人の前で調子を狂わされたんだ。これくらいの意趣返しは許されてもいいだろ?」
ニヤリと口の端を上げながら発せられた言葉に首を傾げる。
「……何の話ですか」
「やはり自覚なしか。まったく、ああいう熱いアプローチは俺だけの前でしてほしいんだが」
笑みを崩さずこちらを見据えながらそう言われた。
彼が何を言っているのか分からない。
私は香主に自分の気持ちを素直に伝えただけだ。
「アプローチが何のことかは分かりませんが、私は思っていることを彼に言っただけですよ」
「知ってる、お前はそういう女だ」
そう言ってグラスを置き、武骨な手が頬に伸びてきた。
なぜここでこの癖が出たのか不思議に思いながら、その手を受け入れる。
頬の上を指で撫でながら、張さんは話を続ける。
「――ああいう時ほど真っすぐな目を向けるのも、愚かなほどに素直なことも。そして誰が相手でもそれが変わらないことも、俺は知っている」
「……」
「そんなお前が、自分を満足させられるのは俺だけだと言ったんだ。これが調子が狂わずにいられると思うか?」
私をいつでもただの洋裁屋として殺してくれるのも、その行動に後悔しないのも彼だけなのだからそう思うのは当然だ。
彼もそれを分かっているはずなのだが、何故今になってこんなに嬉しそうに言うのだろうか。
訝し気に見据えていると、張さんは心の底から愉快そうな笑みを浮かべた。
そして、サングラスを外し素顔を露にする。
「キキョウ、本当にお前は最高だ」
その言葉と共に頬から手が離れていく。
やっと気が済んだのかと思ったが、何故かそのまま私の右手を手に取った。
目を見開き、戸惑いながら口を開く。
「張さん……?」
呼びかけには応えず、代わりに私の手を自身の顔に引き寄せる。
――次の瞬間、彼は目を伏せ私の指先に唇を当てた。
突拍子に起こしたその行動に、頭が真っ白になる。
次第に今の状況を理解し、咄嗟に手を引っ込めた。
「なに、してるんですか」
「熱いアプローチの礼、とでも言っておこうか」
「……意味が分かりません」
「幸運の女神さまには手の甲の方がよかったかな?」
「ふざけないでください」
「はっはっは」
からかうように言う彼の様子に、今回もただ私の反応を楽しんでいるだけだと確信する。
顔に熱があるのを感じつつ諫めるように言葉を投げかけたが、張さんは気にもかけず笑い飛ばした。
「ここで止めといてやる俺の紳士さに感謝しろよ? 他の男ならここで押し倒してる」
「男性と個室で二人きりになること自体そんなにありませんからご心配なく」
「そいつはいい事を聞いた」
「それに、私を押し倒す男性なんていませんよ。貴方だってそうでしょう?」
「まあ、そうだな」
彼は笑みを崩すことなく、再びグラスを手に取る。
「……现在啊」
「え?」
「いや、何でもない。――さ、久々の酒の席だ。もっと飲んでいけ」
何か呟いたようだが、小さい声だったのでよく聞き取れなかった。
別に深く気にすることでもないだろうと判断し、上機嫌な彼の言葉に甘え自身のグラスに入っている酒を飲み干した。
そこから陽が沈み、月が昇る頃にはすっかり顔の熱も引いていた。
――その3日後、私の元に一つの便箋が届く。
それは言わずもがな、あの二人の結婚式の招待状だった。
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=ビルを離れたヘリにて=
「――劉帆さん、あんな言い方しなくてもよかったんじゃないですか? キキョウさんは私の命の恩人なのに」
「別に意地悪がしたくて言ったんじゃない。俺達の式に呼んでも問題ないか確かめる必要があった。それは桜綾だって分かっているだろう?」
「むう……」
「そんな不貞腐れた顔をしないでくれ」
「だとしても、あんなけしかけるような言い方」
「あの程度で激昂するならそれまで。張の目が節穴だったという結果だけが残る。
――だが、そうはならなかった」
「だから言ったでしょう、“キキョウさんは信頼できる”って」
「あの張でさえ信頼できると言った人間だ。疑っていたわけじゃない。……ただ、あそこまで入れ込んでいるとは思わなんだ」
「張兄さん、キキョウさんが話しているときとっても楽しそうでしたよ。頑張って隠そうとしてましたけどね」
「その後にあんなことを真っすぐ言われて照れていたな。くくッ、龍頭にいい土産話ができた」
「話を聞いたら父もキキョウさんと話したくなるかもしれませんね」
「きっとそうなるだろうさ。――彼女が来るのが楽しみだな」
「ええ!」
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