今話は短めです。
――三合会トップの娘さんがこの街を去ってから二か月。
早いもので、五日後には桜綾さんと香主の結婚式が挙げられる。
結局、あの後すぐに彼女たちへ式に出席することを張さんが伝え、その三日後には赤い紙で綺麗に包まれた招待状が手元に届いた。
正確には張さんがわざわざ持ってきてくれたのだが。
その時「龍頭が“折角来てくれるならぜひ話したい”だそうだ」と最後にサラッと重要なことを言われた。
どういうことだと問い詰めようと思ったのだが、それを予測したのかそそくさと帰ってしまった。その後電話で話をしたが、「お前なら別に心配いらないだろ」と言い残し切られた。
それは信頼されているのか、はたまた龍頭が私如きの言葉で動じることはないと思っての言葉なのか。
どういう思惑でそう言ったのかは知らないが、私がなんと言おうと香主の時と同じように何が何でも会わせようとするのだろう。
そして、最終的に言いくるめられることも目に見えている。
なら、うだうだ考えるよりも腹を括った方がいいだろう。
と言っても、向こうはちょっと話すだけだろうし、桜綾さんの時のように相槌を打って相手に合わせていれば特に問題もない、はずだ。
その時はきっと張さんも傍にいてくれるはずだし、私が何かしでかしそうになれば彼が止めるだろう。
それでも、いつか来る三合会トップとの“お話”に心なしかため息を吐きたくなる。
一つ息を吐き、作業台に置いてある“彼女への贈り物”を完成させようと手を伸ばす。
結婚式に参列すると決めた以上、手持ち無沙汰なのはよくない。
それは分かっていたのだが、恐らく私が用意できるものをほとんど自分たちで手に入れられる彼女たちにどんな結婚祝いを持っていけばいいのか悩んでいた。
桜綾さんならまだしも、香主の事をよく知らない。
なので、私よりも二人の事をよく知っている張さんにすぐ相談した。
私の話を聞いた彼は「それなら香主への結婚祝いは俺が用意する。お前は彼女の分を用意しておけ」と言ってくれた。
それが一か月と二週間前の話だ。
そこから何を贈ればいいのかを決め、たまに来る依頼をこなしながらその贈り物を制作している。
それは私が今まで作ったものでも特に繊細な代物となっており、何回も何回もやり直したおかげで随分時間がかかってしまった。
だが、この調子でいけば今日中には完成できるだろう。
――というより、今日までに完成しなければいけないのだ。
早速作業を始めようと針に糸を通す。
布に針を入れようとしたその時、唐突に携帯が鳴り響く。
私としては作業を早く進めたい気持ちが強いが、電話に出ないのは失礼なのですぐさま携帯を手に取り通話に応じる。
「はい、キキョウです」
『よう』
聞きなれた低い声に驚くこともなく、間を空けることなく言葉を投げかける。
「どうされましたか? 申し訳ないんですが、今急いでいるので長話はちょっと」
『その言い草だと、まさか彼女への贈り物がまだできていないのか?』
「……少々時間をかけすぎてしまって」
『仕事が早いお前にしては珍しいな。まあ、一流なお前の事だ。“用意できませんでした”なんてことは起きないだろう』
「勿論。今日中には完成しますのでご安心を」
『ならいい』
一流でなかろうがなんだろうが、大事な贈り物を用意できないのは問題だろう。
だが、張さんがそんなことを言うためだけにわざわざ電話をかけてきた訳がない。
今日は一体何の用があるのだろうか。
手を動かしたい気持ちを抑え、黙って話の続きを待つ。
『明日の話だが、午前中にリンをそっちへ向かわせる』
「え? 確か出発は午後のはずじゃ」
『向こうに着いたらそのまま龍頭とご対面だ。普段と同じ格好では困るんでな』
「……まさかそのためにリンさんをこちらに?」
『化粧は苦手なんだろ。ならアイツにやってもらえ。いつもの格好も素敵だが、俺達の頭に会うのであればそれなりには整えてもらわんとな』
「からかわないでください。……とりあえず、準備が整い次第リンさんとそのままそちらへ向かえばいいですか?」
『ああ。時間厳守で来いよ。――久々に着飾ったお前が見れるのを楽しみにしてるぞ』
またからかったような言葉を吐いた後、すぐ電話が切られる。
どうやら、今回はただ用件を伝えるために連絡をしてくれたようだ。
――そう、いよいよ明日には香港へ経つ。
私を着飾らせるとき、妙にテンションが高いリンさんが来てしまえばもうこの贈り物に手は付けられない。
なんとしても今日中に完成させなければと誓い、余計な事を考える間もなく再び針を手に取った。
――――――――――――――――――――――――――――
「――まさか、まだヤクザ者がここまで蔓延っていたとはな。まあ、香港らしいっちゃらしいが」
香港の街は昼も夜も関係なく大勢の人間が闊歩し、常に活気に満ち溢れている。
そんな活気が届かない路地裏に、サングラスに長い黒髪の男が一人佇んでいた。
「くそ、やっぱり長髪のウィッグやめときゃよかったな。暑すぎる」
愚痴をこぼしながらCamelと書かれた箱を出し、煙草を取り出す。
「にしても遅いな。来るとしたら今日だと思ったんだが……」
男は煙草に火を点けながら、とある場所へ目を向けた。
鋭い視線の先には、黒社会の香港を実質的に握っている三合会の人間が多く出入りする高層ビル。
「折角なら今のアイツがどうなってるのか一目見ておきたかったなあ」
煙を吐き出し、雲一つない晴天を見上げる。
――その時、高層ビルの前で一つの車が停まった。
視界の端でその光景を捉えた男は、一回しか吸っていない煙草を地面に捨てすぐさま視線を集中させた。
しばらくしない内に、黒塗りの高級車から一人の男が出てきた。
その人物は整えられた黒髪に黒いロングコート、そして白いストールを首にかけた格好をしている。
「……なんだ、見た目はそこまで変わってねえな」
自身は直接話したことはない。
だが、数年前あの街で見かけたその見た目は当時と何も変わっていない。
男はよかったよかった、と無表情で呟いた。
この目で確認できたことに満足し、新しい煙草を取り出しながら踵を返そうとした。
だがその足は不自然に、唐突に止まる。
驚きで見開かれたその瞳には、一人の女性の姿が映された。
短く切られた黒い髪。
黒い瞳。
傷一つない肌。
「――なんで、あの女がここに」
何度も何度も写真で確認したあの容姿。
膝丈の灰色のスカートに白い長袖のシャツという、あの街でいつも着ていた格好とは違う。
だが、己の目が他の誰かと見間違えるはずなどなかった。
「あの女は中々外に出ないって聞いてたんだが……張が連れてきたのか? だとしたら何のために……」
張のお気に入りと言えど三合会本部に連れて来る理由は無いはず。
だが今、あの女を連れて来ているのは紛れもない事実。
「アイツのオンナになったか? いや、そんな情報はどこにもなかった。……このタイミングで来たということは式に呼ばれた? 洋裁屋がマフィアの式に呼ばれるなんてドレスの準備くらいか。だがドレスも何もかも準備は終わっている。それにそのつもりならもっとラフな格好のはずだ」
男は頭をひたすら回転させ、考えを小さな声で言葉にする。
だが、やがて思考を止め「……ハッ」と鼻で笑う。
「んなこと考えたってどうにもならねえな。起きちまったことは何があろうと変わらねえ。
――重要なのは俺の前にあの女が現れた。それでいいじゃねえか」
男は口元をニヤリと歪ませ、隣の男にエスコートされる日本人の女を睨みつける。
今度は火も点けていない煙草を握りつぶし、地面に落とした後更に踏みつけた。
「このまま何もしねえのは、俺の気が済まない」
そのままポケットからカメラを取り出し、目線の先の風景を写真に収めた。
「ちょっとした意趣返しをお見舞いしてやる」
一際低い声音で呟いた後、男は今度こそ路地裏の奥へと足を動かした。
ここでやっと折り返し、だと思います。
やりたいことを詰め込んだら思ったより長くなりました。
次話から舞台が香港となります。
ここから色々と話が動くかな……と。
キキョウさん、いざ香港へ――