ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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33 鼠の愚行Ⅰ

 

 

「――どこか気になるところはありますか? すぐに直します」

 

「いえ、どこも」

 

「本当ですか? ここが気に入らないとかあればできる限り応えますよ」

 

「本当に大丈夫ですよ。こんな素敵なドレスに文句ひとつある訳がありません」

 

最後の仕上げに入ってから二時間後。

 

やっと自分の中のイメージ通りのウェディングドレスが出来上がった。

本来なら数か月かけて仕立てたいところをたったの三日で終わらせたので色々と不安ではあるが、これ以上は依頼人の好みの問題となってくるのでひとまず私個人でできることはここで終わりだ。

 

まだ朝日が昇る前ではあったが今日は式の当日でもう時間がない。

遠慮することなくまずは張さんに連絡を取り、寝ぼけた声を出す彼に遠慮なくドレスが完成したことを報告し、桜綾さんに試着するよう言伝を頼めばすぐさま動いてくれた。

 

そのあと三十分もしない内に張さん、桜綾さんと香主が部屋へとやってきた。

桜綾さんは私の顔を見た途端驚き、心配そうな表情を浮かべたがそんな事には構わずドレスを見てもらう。

 

私が仕立てたウェディングドレスは、腕の部分はレースの七分袖、裾が広がっているプリンセスラインのもの。

確かに元のマーメイドラインのドレスも似合っていたが、桜綾さんはどちらかと言えばエレガントさよりも可愛らしさが勝っている。

だから可愛らしさを主張するドレスが似合うはずだとこの形に変えた。

だが、ただ可愛くするのではなく、大組織の妻たるものとしての上品さと威厳も表わすべきだと思った。

そのために、腰の部分には布の残骸を縫い合わせて作ったバックリボンを取り付け、スカートは独特の光沢とハリがあるシカドミルクという高級の布で拵えた。

上半身の部分は前のドレスのスカート部分の布を使い丸い形のラウンドネックに整え女性らしさを引き立てるものにした。

 

その他にも煌びやかさを出すためにリボンの部分には少しだけラメが入っている布を所々縫い合わせたり、地面に着いている裾には引きずってすぐ傷つかないよう下に別の布を重ねている。

 

……とまあ、こういうことを桜綾さんに説明し、すぐさま試着してもらった。

着せているとき、本当はこれ以上に拘りたかったのだが時間がないためこの程度でしかできなかったことを謝罪すれば「謝る必要はどこにもありません」と即座に返された。

 

そして今、特急で仕立てたドレスに身を包んだ桜綾さんは嬉しそうに「ありがとうございます」とお礼を告げ、待っていた香主と張さんにお披露目している。

 

 

「――超一流の洋裁屋と名高いだけある。流石だ、キキョウさん」

 

「ありがとうございます」

 

 

超一流というには私の腕はまだまだ未熟なのだが、今はそれを否定する元気がない。

山場を越えたので気が緩みそうになるが、式はまだ終わっていない。

休むのは最後まで仕事をやり遂げてからだ。

 

 

「桜綾さん、このウェディングドレスの出番が終わるまで私が貴女の着替えの手伝いをさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「……キキョウさん、これ以上は大丈夫です。もうお休みになって」

 

「では一つお聞かせください。式の途中でそのドレスに何かあった時、私以外に対処できる人間はおりますか?」

 

「……」

 

「確かに、ドレスを仕立ててそれで終わりというのもいいでしょう。ですが、このドレスの役目は“式を無事に終わらせる”ことに他なりません。それを全うするまでが私の仕事だと認識しています」

 

「しかし」

 

「ご心配してくださっているのは分かります。――ですがどうか、貴女が苦渋の決断をなさってまでしてくださったこの依頼を最後までこなさせてください」

 

 

桜綾さんの心配は有難いが、こればっかりは引くわけにはいかないのだ。

 

 

「……張兄さん」

 

「令爱、こうなったら俺が何を言ったところで聞きませんよこいつは」

 

「……」

 

「キキョウに何かあればすぐ対応できるようリンを傍につけさせます。式が終わり次第すぐ休ませますので」

 

張さんに言えば何とかなると思ったのだろうが、生憎私が仕事に関して頑に揺らがないのを彼は嫌という程分かっているはず。

 

だから私に最後まで付き合わせることを選択し、桜綾さんにああ言ってくれた。

 

本当、彼には頭が上がらない。

 

「式が終わってウェディングドレスを脱いだら、ちゃんと休んでくださいね」

 

「約束します」

 

「劉帆さんもそれでいいですか?」

 

「お互いそれで気が済むのであれば」

 

「ありがとうございます」

 

主役二人の許可も得たところで、彼女に一言声をかけようと口を開く。

 

「リンさん、もう少しだけ私の無茶にお付き合いくださいますか?」

 

「勿論。言ったでしょ、“仕事が終わるまでサポート”するって」

 

目の下に隈を作ったリンさんが不敵な笑みを浮かべる。

心の底から頼もしいと感じるその表情につられて自身の口端も上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

桜綾さんのドレスが完成してから数時間後。

控室の外からは多くの人の声が聞こえ、目の前では化粧を施し、私が仕立てたウェディングドレスに身を包んだ綺麗な花嫁が緊張した面持ちで立っている。

 

 

――そう、あと数分で結婚式が始まる。

 

 

彼女の念願の夢が叶う時が、やっときた。

 

 

その瞬間を台無しにしないためにもドレスの最終チェックを行う。

 

「どこか違和感はありますか?」

 

「ありません」

 

見たところ、どこにも異常はない。

先程少し歩いてもらったが形が崩れたりすることはなかった。

立ったり座ったりしてもこの状態を保っていれるなら、心配はなさそうだ。

 

「この状態であれば無事に式が終わるまでドレスの形が崩れることはないはずです。安心して式をお挙げください」

 

「はい。……キキョウさん」

 

一言そう告げれば、桜綾さんが真剣な声音で私の名を呼んだ。

 

「式が終わってお疲れが取れたら、二人きりでお話がしたいです。よろしいでしょうか?」

 

「でも、式が終わった後もお忙しいんじゃ」

 

「なんとかして時間を作ります。どうしても、お話したいことがあるんです」

 

何やら思いつめたような表情を浮かべる彼女に何も言えなくなる。

一体何を話したいのか分からないが、黙ったままな訳にもいかず一呼吸間を空けて返

答する。

 

「分かりました。私でよければ、ぜひ話し相手になりましょう」

 

 

どんな話であれ、あの時のように話し相手になればいい。

私も彼女に渡さなければならないものがあるし丁度いいだろう。

 

「――桜綾」

 

 

するとノックの音が響いた直後、龍頭の声が飛んできた。

 

 

桜綾さんは息を吐き、足を動かす。そして私とリンさんは取っ手を掴み、二人でドアを開け同じ言葉を口にする。

 

 

 

「いってらっしゃいませ」

 

 

 

私達の声掛けに純粋無垢な花嫁はあの可愛らしく柔らかい微笑みを浮かべ、父親の腕に引かれながら式場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あともう少しよ、キキョウちゃん。待ち時間長いと思うから少しだけでも寝たら?」

 

「いえ、このまま起きてます。式の途中でドレスに何かあった時すぐ動けるようにしたいんです」

 

「全くもう……。じゃあ、気を紛らわすために何かお話しましょうか」

 

「いいですね。何話しましょうか」

 

「大哥の愚痴とかは?」

 

「それリンさんが言いたいだけでしょう」

 

「キキョウちゃんも大哥に対しての鬱憤、少しくらい晴らした方がいいと思うけどね」

 

久々のゆったりした時間に先程までの緊張感は解れ、お互い疲れた笑みをこぼし話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さて、そろそろか」

 

三合会香主と龍頭の一人娘の盛大な結婚式が行われている中、ホテルの暗い部屋で清掃員のような服に身を包んだ男が一人ニヤリと口元を歪めていた。

 

短く呟き、ポケットから徐に一枚の写真を取り出す。

 

「もうすぐ会いに行くからな。……ああ、楽しみだ」

 

恍惚な表情で写真を眺めた後再びポケットにしまい、口端を上げたまま軽い足取りでその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――リンさんと他愛ない話を一、二時間ほどしているといつの間にか式が終わったようで、幸せそうな顔をした桜綾さんが控室に帰ってきた。

 

そのまま急いでウェディングドレスを脱がせ、ついでに披露宴用のドレスの着替えも手伝った。

 

 

そして「本当に後は大丈夫です。もうお休みになってください」と桜綾さんから言われたことで、私の仕事は終了した。

 

 

 

追い出されるような形でリンさんと部屋を出たすぐ後、結婚式と披露宴の間で少し時間が空いた張さんが様子を見に来た。

あのニヤリとした表情を見せながら「流石だなキキョウ、よくやった。後はゆっくり休め」とパトロンらしい言葉をかけてくれた。

褒められたことに少なからず嬉しくなり、素直に「ありがとうございます」と返しリンさんと共に作業場となっていた部屋へと戻る。

 

 

 

――そして今、念のためとリンさんから診察を受けている最中だ。

 

 

 

「極度の睡眠と栄養不足以外特にないけど、普通だったらもう倒れてもおかしくないんだからね。これからはここまでの無茶はしないように」

 

「リンさんにも無茶をさせました。今度何かお礼を」

 

「なら元気になった姿で香港を観光しましょ。これ以上大哥なんかに譲ってやんないんだから」

 

「……何の話ですか?」

 

「こっちに来た初日の話。あの時大哥はキキョウちゃんと二人きりになりたくてしょうがなかったのよ。それを察した勘のいいアタシが、特に用事もないのに身を引いたってわけ」

 

ああ、あの用があるとか言って見放された時の話か。

というか、なぜ彼が二人きりになりたかったのだろうか。

 

まあ、二人きりになったことでああいうことを言われたが、結局関係性は何も変わっていない。

ということは、やはりあれも冗談だったのだろう。

 

真に受けず正解だった、ということか。

 

彼の演技力にはきっとハリウッドスターも称賛を送るだろう。

 

 

「――キキョウちゃん、二人きりになった時何言われたか知らないけど」

 

 

診察道具を片し、リンさんはこちらを見据え真剣な声音で話始める。

 

 

「大哥はアタシたちが思っている以上にアナタを……」

 

「え?」

 

「……何でもないわ。男女間の事で口を挟むのは野暮ってね」

 

最後まで言うことなく、息を吐いて微笑みを浮かべた。

一体何を言いたかったのだろうか?

 

「じゃ、アタシは別の部屋で寝てくるわ。キキョウちゃんもさっさと寝るのよ」

 

「は、はい。ありがとうございましたリンさん」

 

「お礼は香港観光よ、忘れないでね」

 

そう言ってリンさんは颯爽と部屋を出て行った。

静けさが落ちる中、道具や布、紙が散乱している部屋を見渡す。

 

 

思えば、こんなに切羽詰まった依頼を受けたことはない。

 

初めて張さんのコートとスーツを仕立てた時も少しだけ無理はしていたが、自分のペースで作業できていた分今回より何倍もマシな方だろう。

 

 

正直、ものすごくしんどかった。

 

途中で何度も手を休めたいと心の底から思った。

 

そんな甘えを何とか振り払い動き続け、やっとのことで依頼をこなした。

 

 

 

――だから今、かつてないほどの達成感に満たされている。

 

 

 

今回の依頼は確実に私の大きな糧となった。

未熟が故に、あんな切羽詰まった状況で成し遂げたという事実が成長の大きな一歩となったことが何より嬉しい。

 

こんな時はあの酒場であの酒をたくさん飲みたいのだが、今はそれよりも休むのが先決だ。

 

 

……とはいえ、やはり散らかりすぎだ。

せめて道具だけでもちゃんと片付けよう。

 

 

そう思い、机の上で開いたままの裁ちばさみを手に取ったその時だった。

 

 

部屋にノック音が三回鳴り響いた。

 

 

リンさんが何か忘れ物をしたのだろうかと足を動かす。

 

 

あの街でなら、いつもは声がかかるまで開けないようにしている。

 

だが寝不足で頭が働いていないこともあり何の疑いもしなかった。

 

 

 

 

――それが、大きな過ちだった。

 

 

 

 

急かす様に再び三回ノック音が響き、駆け足でドアへと向かう。

 

 

 

「リンさんどうされましたか? 何か忘れ物でも……ッ!」

 

 

 

ドアを開けた瞬間、勢いよく口元に布のようなものを当てられたのと同時に部屋の中へ引きずり込まれる。

 

 

「……ハッ……ン!」

 

「大人しくしててくれよ。騒がれたら困るからさ」

 

「ッ! ……フッ……!」

 

 

 

何が何だか分からないまま抵抗していると後ろから男の声がした。

 

疲れている女の腕力では男に敵うはずもなく身動きが取れない。

 

 

そしてそのまま、布から放たれる独特の臭いに次第に視界が揺らぐ。

 

 

 

寝不足のせいか、すぐに瞼が重くなり視界が暗くなる。

 

意識が遠のくのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

「――やっと会えた。やっぱ実物は違うなあ」

 

 

 

 

 

 

気色悪い声音を最後に、私は完全に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「――キキョウちゃん、ごめんなさいちょっと忘れ物しちゃって」

 

キキョウと別れてから数分後、部屋に置いてきてしまった自身の腕時計を取りに来たリンがそのドアを叩いていた。

やはり疲れ果て寝ているのか、中から返答はない。

 

その事にリンは安堵した表情を浮かべ、ドアノブをそっと手に取る。

 

 

「よかった、ちゃんと寝、て……」

 

 

念のため鍵がかかっているか確認しようと思っていたが、すんなりとドアノブが回ったことに違和感を覚えた。

 

 

瞬間、リンは自身が感じ取った妙な胸騒ぎに勢いよくドアを開け中へと踏み入る。

 

 

 

 

――そこは寝ているはずの当の本人がいない、散らかったままの部屋。

 

 

 

「キキョウちゃん! どこいるのッ!?」

 

浴室、トイレ、クローゼット。

部屋の至るところを探したが、キキョウの姿はどこにも見当たらない。

 

酷く疲弊していた状態で外に出ることは考えられず、リンの背中には嫌な汗が滲んでいく。

 

 

 

そして瞬時に、ある事を思い出す。

 

 

 

ドレスを破った犯人はまだ見つかっていないこと。

 

 

その犯人は何の目的で事を起こしたのか不明瞭だと言う事。

 

 

 

いつもより冴えない頭を回転させ、ひとつの可能性を導き出す。

 

 

 

かなりあり得ない話であり、まだいなくなったと決まったわけではない。

 

 

だが、本当に自身の考えが合っているのであればこの現状は非常にまずい。

 

 

 

「くそったれが……ッ!」

 

 

 

 

リンは自分の考えすぎであってほしいと願いながらポケットから携帯を取り出し、素早くとある番号へとかけた。
















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