ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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35 熱に浮かされて――

 

 

 

 

 

 

「――ハッ……! ンッ!」

 

「おいおい、声我慢すんなよ。最後なんだから思いっきり楽しむべきだぜ」

 

「ふざ、けんな。殺すなら、とっとと殺せばいいだろ……ッ!」

 

「んな勿体ねえことするかよ。言われなくても、もっと楽しんだ後にちゃんと殺してやるから安心しろ」

 

 

 

 

一体どれくらい時間が経っただろうか。

 

 

名も知らない男に連れ去られ、ずっと気色悪い言葉を浴びせ続けられている。

服を上も下も破られ下着と素肌を晒している私を、上に乗っかっている男は愉快そうに眺めながら触れてくる。

 

 

生まれて初めて異性にここまで肌が露になっている姿を晒しているこの状況に、羞恥と怒りが混じり口調が荒くなる。

 

 

男はその様さえ面白いのか、ずっと不気味に笑ったままだ。

 

 

「気持ち悪い……ッ、いい加減離せ!」

 

「おいおい、まだそんな口きけんのか。ま、それも今の内だ。精々必死に抵抗しろ。そっちの方が燃える」

 

「ヒッ」

 

男はそう言ってまた首筋を舐めてきた。

そのままどんどん下へと移動し、今度は胸の谷間に舌を這わせてくる。

 

どんなに激しく抵抗しても男は動じず、私はただ為されるがまま。

 

「邪魔だな」

 

「やめッ……!」

 

短くそう呟くと、すぐさま乱暴にブラジャーを外した。

 

辛うじて隠れていた胸がさらけ出され、更なる羞恥が襲い掛かり拳を強く握りしめる。

 

 

「へえ、思ったよりでけえな」

 

「クソが! くたばれクソ野郎!! とっとと死ねッ!!」

 

「おお、怖い怖い。……それにしても、まだ効果がでてねえのか? そろそろ出てもおかしくねえんだけど」

 

うーん、と男は何やら考え始め動きが止まる。

私はその間も逃れようと必死に暴れた。

 

「ここまで動けるってなるとこりゃ不良品か? いや、でもあの人の事だしそんなもん渡すわけねえしな」

 

藻搔く私をものともせず、男は一人でぶつぶつ何か呟いている。

 

そうやって一生考えていてほしいと心の底から願った。

 

「いい加減そこをどけクズ野郎! こんなことして何の意味が……!」

 

 

 

どうせ殺すなら早く殺してほしい。

 

 

私にとってこの男に犯されることの方が死よりも辛い。

この男が何故私を犯そうとしているのか分からないが、そんなことになるなら死んだ方が何百倍もマシだ。

 

「意味? 大いにあるぜ。アンタを苦しませてから殺せば、ある人がすっげえ喜ぶんだよ」

 

「……ある人?」

 

「あ、やっぱ興味ある? あまり人に喋るなって言われてんだけど、まあ最後だし別にいっか」

 

 

男は再び顔を近づけてきたので自然と顔を逸らす。

 

 

その様にクスッと笑みを漏らし、静かに話し始める。

 

「俺がアンタを攫ったのはある人の依頼だから。その人は俺に教えてくれたんだ。“男なら世界に名を馳せてなんぼ”だってな。そんなこと考えたこともなかったよ。この俺が世界中に恐れられる殺し屋になれるなんてな。でももしそうなったらって考えるとニヤけが止まらねえ」

 

「……」

 

「生きる理由をくれたその人が、初めて俺を頼ってくれた。なら期待に応えたいと思うのは当然だろ?」

 

「……ならとっとと殺せばいいだろ。私を犯す意味なんて!」

 

「ただ殺すんじゃ物足りねえってさ。俺もアンタの見た目超好みだし丁度良かったよ。……あとな、キキョウさん」

 

 

男は私の名を呼ぶと、耳元に口を寄せる。

 

 

「男が女を抱くのに理由なんざあるかよ。どんなに醜かろうと、どんなにクソみたいな女でも抱きたいと思えば躊躇いなく喰らい尽くす。それも惚れた女なら尚更、考える前に体が動いちまう。――男ってのはそういう生き物なんだぜ」

 

 

こいつの言っている意味が全く理解できない。

 

だが一つ、私がどんなに拒否しようが罵倒しようが無意味だということだけは分かった。

 

 

「アンタの体にそれを今からたっぷり分からせてやる。そして、男は獣だってことを実感しながら死んでいけ」

 

「……ッ!」

 

口を耳へより一層近づけたと思えば、男の唾液に塗れた舌先が触れる。

瞬時に限界まで顔を逸らし、目だけを動かし睨みつける。

 

「その表情は男を煽るだけだぜ? ……にしても、本当に遅いな。あんた意外と薬に慣れ」

 

 

 

訝し気にこちらを見つめ呟いた途端、男の言葉は中途半端なところで切れた。

 

 

そして、瞬時に私の口を手で塞ぐと少し遠い所のある物へ目を向ける。

 

 

 

 

 

――男の言葉を遮ったのは、鉄製のドアから響く音。

 

 

 

 

動かずしばらく見つめていると、再びドアを叩く音が聞こえてきた。

 

「おかしいな。ここには誰も来ないはずだって」

 

「ンー! ウッ……!」

 

「騒ぐなよ」

 

低い声音で短く告げると、更に強い力で抑えてきた。

同時に自身の腰に差していた黒い拳銃を手に取る。

 

抵抗することに夢中で銃を持っていることに気づかなかった。

 

元々身動きが取れない状態で更に口を押さえられているとあっては私にはどうすることもできない。

 

 

お互い全く動かず、男はドアを注視したまま。

しばらくすると反応がなかったからか、ノックの音はしなくなった。

 

 

その事で男は気が緩んだのだろう。

口元の手の力が少しだけ弱まった。

 

 

その一瞬の好機を逃すまいと、思いっきり口を開ける。

 

 

 

「いっ!!」

 

 

その呻き声と同時に、男は瞬時に口元から手をどけた。

 

「このクソアマ……! そんなに死にてえか!」

 

自身の手を押さえこちらを睨みつけ大声を出す。

 

殺気にも似た視線に怖気づくことなく真っすぐ見つめ返し、息を吸い込みはっきりと告げる。

 

 

 

 

「アンタにいいようにされるくらいなら死んだ方がマシだ変態野郎ッ!」

 

 

 

 

――瞬間、ガラスを打ち破るような音が鳴り響く。

 

 

 

 

何事だと驚き音がした方を見ると、黒いスーツに身を包んだ人がそこに立っていた。

 

 

しん、と一瞬静まり返った後、拳銃を持った男が口を開き言葉を発する。

 

 

 

「……てめえ、三合会の人間か! 何でここが!?」

 

 

黒い手袋を嵌めた長髪のその男性は、銃を向けられているにも関わらず一目散に駆けだした。

 

凄まじいスピードで近づいて来る彼に男は少なからず動揺したようで、一瞬躊躇った後銃口をこちらへ向ける。

 

 

「近づくんじゃねえ! それ以上近寄ったらこの女を……がッ!」

 

その言葉を吐いている途中で一気に距離を詰められる。

そして、問答無用で見事な蹴りが直撃し男はそのまま床に倒れた。

 

 

そこからあっという間に男は床に押し付けられ身動きが取れない状態にされていた。

 

 

彼の体術を目の当たりしたのは初めてで、目の前で何が起きているか分からなかった。

 

 

「動くな。動いた瞬間折る」

 

「クソッ、なんでここが……! 退きやが、ああああああッ!」

 

「動くなって言ったろ」

 

彼の下で足掻いた瞬間、忠告通り右腕を曲げられた男が悲鳴を上げる。

男の呻き声が響く中、郭さんは私の方をちらりと一瞥しすぐさま目を逸らす。

 

 

それと同時に表のドアが勢いよく開けられ、一人がまっすぐこちらへ走ってくるのが見えた。

 

 

「キキョウちゃん……!」

 

「リン、さん?」

 

「殴られてはないみたいね。今外してあげるからちょっと待ってて」

 

私の姿を見て安堵した表情を浮かべ、リンさんは両手足首を縛っているロープを切ってくれた。

 

 

なぜ彼らがここにいるのか。

まさか、助けに来てくれたのか。

いや、ただの洋裁屋如きに彼らが動くわけがない。

というかなぜリンさんが郭さんと一緒に? この二人はあまり一緒にいたがらないのに。

 

 

次々と新たな疑問が浮かび、頭が混乱する。

 

 

「起きれる?」

 

「……ええ」

 

心配そうな表情のリンさんが差し伸べてくれた手を取り体を起こす。

服が破かれてしまっているので、代わりに手で胸を隠す。

 

「何か羽織れるもの……。郭! アンタのジャケット貸しなさい!」

 

「今こいつから手が離せねえの見て分かんだろ! 他の奴に借りてこい!」

 

「そんなドブネズミとっとと殺しなさいよ!」

 

「こいつは大哥の獲物だ! そう言うわけにはいかねえんだよ!」

 

「たく、こういう時まで口喧嘩か。相変わらず仲睦まじいことだ」

 

 

リンさんと郭さんがいつも以上の口論を繰り出していると、ドアの方から聞き慣れた低い声が聞こえてきた。

 

 

声の方を見ると、そこには後ろに複数の部下を連れ、いつものロングコートに身を包んだ彼が立っていた。

 

 

心なしか安心したような気持がこみ上げてきたのと同時に、自分の今の姿を思い出す。

あまり見られたくない姿だがこれ以上隠すことができず、羞恥から自然と顔を逸らす。

 

 

 

「……つまんねえ歓迎だな」

 

 

 

彼が面白くないと言わんばかりの声でそう言った後、コツコツと靴の音がこちらに近づいてくる。

こんな姿を彼に晒してしまっている事実に、目の前に来たと分かっても顔を合わせられなかった。

 

 

 

 

――すると、少しの間を空けて何かが私を包み込んだ。

 

 

驚いて顔を上げれば、彼が自分のロングコートを私に着せていた。

 

「張さん、あの」

 

「こういう格好は俺以外に見せないでほしいんだがな」

 

張さんは、困ったように眉を下げそう呟いた。

 

「……ごめんなさい、見苦しい姿を」

 

「そう言う意味じゃねえよ。……怪我は、ねえみたいだな」

 

「ええ、お陰様で」

 

「そりゃよかった」

 

彼がよく好んで吸っている煙草の匂いに包まれながらいつものように言葉を交わす。

 

 

そして、武骨な手が頬に触れた。

 

 

あの男の手とは違い、気色悪さなど微塵も感じない。

 

その事に安心感にも似たものを抱きながら、これもまたいつものように受け入れようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――瞬間、体に異常な何かが起きた。

 

 

 

 

 

 

彼に触れられている部分が、異様に熱い。

 

そう感じたのと同時に体全体にその熱さが巡る。

 

 

 

 

今まで感じたことのない感覚に動揺し、思わず彼の手を跳ね除ける。

 

 

 

「キキョウ?」

 

「……すみ、ません。なんでもない、です」

 

「……どうした」

 

「なんでもない、です……!」

 

これは、なんだ。一体何が起きている。

何が何だか分からない。

 

だが体は熱くなる一方で、更に頭が混乱する。

 

「キキョウ、落ち着け」

 

「大丈夫、です。何でも、ないですからッ」

 

張さんは私が冷静でないことを見抜いているのだろう。

離れようとする私を逃がさないと言わんばかりに腕を掴まれる。

 

彼が触れてくる部分が、特に熱い。

火傷するような熱さではなく、それとは違う感覚。

 

何もかも分からない。

だが彼にこれ以上触れられたら、もっとおかしくなることだけは理解した。

 

「離して、ください!」

 

だから触られたくなくて、彼の体を押し返そうとするがびくともしない。

それどころか、その自分の手にも熱が籠ってくる始末。

 

「キキョウ、こっち向け」

 

「ッ……」

 

言い聞かせるような低い声音で発しながら顎に手を添えられ、無理やり顔を上に向かせられる。

 

見上げた先には、真剣な表情をした彼がこちらを見据えている。

 

 

その視線に、更に熱に浮かされたように息苦しくなる。

 

 

 

さっきまでこんなことなかったのに。なんで急に……

 

 

 

 

「――おい、ドブネズミ。こいつに一体何をした」

 

「……知らねえ」

 

「郭」

 

「は」

 

張さんは私の顔を見た後すぐさま視線を別の方へ向け、ドスの利いた声で床に押さえつけられている男に声をかけた。

男は彼の質問に素直に答えず、郭さんの名が呼ばれたその後すぐにまた悲鳴が上がる。

 

「び、媚薬だよ! 腕から直接……ッ、打ったんだ! でも、さっきまでは、そんな反応一つも……!」

 

「……」

 

張さんは顎から手を離すことなく、サングラスの奥から鋭い視線を男に浴びせていた。

 

「張、さん。私は、大丈夫ですから。……こんなのすぐ、収まります。だから、もう離して……くださいッ」

 

「リン」

 

「媚薬の効き目の程度は多種多様ですが、種類が何であれこうなったら抑制剤使って収まるまで待つか――」

 

 

 

リンさんは淡々と、静かに話す。

 

 

 

「セックス、またはオナニーで発散させるか。下手に抑制剤使うよりはそっちの方が効果的です。……アタシとしては、圧倒的に安全に済むであろう後者をおススメします」

 

 

 

今、彼女は何と言った。

 

おススメすると言ったその行為は知識はあれど、洋裁のことしか考えてこなかった私は体験したことない。

というか、今まで興味が湧かなかったのだからするはずもない。

 

 

 

なら、我慢するしかない。そのためにも彼から離れなければ。

 

「私は、大丈夫です。収まるまで我慢できます……ッ」

 

「……」

 

「だからもう、離して……。お願いだから、離してくださいッ!!」

 

これ以上触れられたら自分がおかしくなりそうで怖い。

知らない感覚に襲われ、どうしていいのか分からず声を荒げてしまう。

 

 

力いっぱい彼の体を押し返す。

だがそれよりも強い力で掴まれ、離れることを許さない。

 

 

 

「悪いが、その我儘だけは聞けねえな」

 

 

 

張さんが短くそう言った次の瞬間、強引に腕を引っ張られ背中に手が回る。

 

 

 

今度は熱さではない、痺れたような感覚が全身を巡った。

そのせいで、一瞬身動きが取れなくなる。

 

 

 

――そして考える間もなく、横抱きの態勢へと変わる。

 

 

一体何が起きたの変わらず、頭が真っ白になる。

 

「郭、こっちの用が済むまでに全部吐き出させておけ」

 

「御意」

 

「彪、車持ってこい」

 

「は」

 

口早に二人に命令すると、そのまま歩き出した。

 

「張、さん」

 

「今は何も考えるな」

 

こちらを見向きもせず、ただ一言そう言った。

下から見上げた彼の顔は、どことなく苛立っているような表情を携えていた。

 

何故彼がそんな表情をしているか分からず何も言えなくなる。

逞しい腕の中で揺られながら、彼が触れているところから体中に伝わる痺れと熱を感じることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

アタシは我がボスが可愛い女の子を抱え去っていった後姿を見送り、すぐさま床に転がっている男を睨みつけた。

あの子の様子からして、犯される直前だったのだろう。

服が破られ肌が露になり、両手足が拘束されている姿を見た瞬間心の底から殺したいと思った。

 

 

――そして、彼女を異様な程気に入っている彼はアタシ以上にキレていた。

 

男という生き物が、自分がずっと大切に育ててきた獲物が横取りされそうになるのを我慢できるはずもない。

 

彼もれっきとした男なのだがら、当然と言えば当然だ。

 

「で、アンタは“これ”をどこで手に入れたのかしら。見たところ、ただの媚薬じゃなさそうだけど」

 

「……」

 

「だんまりってわけ。まあ、どうせ吐かされるだろうから別にいいんだけど」

 

下に転がっていた小瓶を拾い、見せつけるように揺らしながら尋ねたが無視された。

 

愚かな男だ。

今だろうが後だろうが殺されるのは変わらないというのに無駄な抵抗を続けている。殺しの腕は相当立つのだろうが、頭の方は大分弱いらしい。

 

「リン、その薬知ってんのか?」

 

「知らないわよ。だけど、キキョウちゃんのあの様子だと催淫系の麻薬も混じってるタイプね。注射性であっても短時間であそこまでの効果を発揮するには脳に作用しやすいものを混ぜなきゃ無理」

 

「大哥にそれ説明しなくてよかったのか」

 

「必要ないでしょ。麻薬だろうが何だろうが対処法は変わらない。どうせあの人はやる事やるつもりなんだから」

 

「……」

 

あの子は大哥だけでなく、その他の三合会の人間にもどちらかといえばいい印象を持たれている。今まで大哥の隣にいた女性は美人ではあったが、部下に対しての横柄な態度や媚をとことん売ったりなど“少しだけ”癖が強いタイプばかりだった。

 

だがキキョウちゃんはそんな女性たちとは違い、大哥に気に入られているからと言って自分たちを決して下には見ず、それどころか「彼の大切な部下」として礼節をもって接してくれている。

 

 

だからこそ郭を始め、多くの人間が認めている。

 

 

ここにいる大哥直属の部下は、そんな二人の仲を傍で見てきた人間だ。

 

だからこそ、今のあの子をどうにかできるのは彼しかいないこと。そして、彼がこれからとる行動も全て知っている。

 

「ドブネズミ、よく聞きなさい。アンタが手を出した女はね、アタシたちのボスがこれまで必死に喰らうのを我慢し育ててきた大事な大事な獲物なのよ」

 

あの子の事をこんな風に言いたくないのだが、頭の弱いクズにも分かるようにクズが使う言葉を敢えて出してやる。

 

「そんな獲物を横からかっさらい、その上こんなクソみたいなものを与え喰らおうとしたその罪。死ぬだけじゃ足りない」

 

媚薬を盛られたと知った大哥の顔は正直背筋が凍った。

あの様子じゃ、この男に待っているのは生半可な覚悟じゃ到底耐えられない制裁だ。

 

ただ殺すなんて、彼の気が収まるわけがない。

 

「早く死ねるといいわね、クソ鼠」

 

にっこりと笑顔で言い放つと、郭が呆れたようにため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

――あの古びた部屋を出て、彼は私を横抱きにしたまま車に乗り込んだ。

膝の上に乗せられている態勢に、羞恥のせいもあり全身に熱が巡る。

逃れようと藻搔いたが時折痺れるような感覚が襲い、その度に動けなくなってしまう。

 

そして動きが止まった隙に体を更に引き寄せられる。

どう足掻いても逃げられないことを察し、奥歯を噛みしめ体全体に力を入れ我慢する。

だがそれだけでは足りず手を噛もうとしたのだがそれを呆気なく彼に止められた。

 

 

『手噛むな。傷になる』

 

 

そう言って両手を押さえつけられる。

身動きが取れない状況に、再び奥歯を噛みしめ我慢するしかできなかった。

 

そうやって過ごしていれば、目的地に着いたのか車が停まる。

 

そこは、数日前お邪魔した彼の自宅のマンション。

 

ロングコートに身を包んだ私をそのまま抱きかかえ、中へと入っていく。

エレベータで上がり、器用に片手でドアを開けるとあっという間に覚えのあるリビングが目に入る。

 

 

そのまま私が使っていた部屋へと入り、ゆっくりとベッドへと降ろされた。

 

彼はサングラスを外し、寝っ転がっている私を見下ろしている。

 

「気分はどうだ」

 

「……よく、分からない、です」

 

「そうか」

 

熱が出た時のように肩を上下させ息をする。

そんな私の様子を彼は黙ったまま見てくる。

 

 

その視線から逃れたくて、顔を逸らす。

 

 

「運んでくださり、ありがとう、ございました。今は、一人にしてくだ、さ……」

 

「キキョウ」

 

私の名を呼びながら、彼が上に覆いかぶさる。

 

「今のお前を放置なんざできるか」

 

「大丈夫、です……ッ。お願い、ですから」

 

「キキョウ、俺を見ろ」

 

「ッ!」

 

先程のように無理やり顔を合わせられる。

何度も見たあの瞳が、真っすぐこちらを見つめていた。

 

「この俺が、ずっと手に入れたいと願った女がクソ鼠にいいようにされた姿を見せられ、我慢できると思うのか」

 

「……張、さん?」

 

「お前も俺もこんなことは非常に不本意だ。……だが、今のお前はオスを誘うメスそのもの。これ以上他の男にその姿を晒すくらいなら、いっそ俺が今ここで喰らってやる」

 

「何、言って」

 

そう話す彼の表情は、真剣さを帯びてはいてもどこかいつもと違うもの。

 

 

一体、何を言っているんだ彼は。

 

 

喰らう? 何を?

 

「分からないか。ならもっと分かりやすく言ってやろう」

 

 

 

 

彼の顔が耳元に近づき、低い声が脳裏に響く。

 

 

 

「――今から俺がお前を抱く。それが楽になれる一番の近道だ」

 

 

 

 

その言葉に思考が停止する。

 

 

 

 

私を抱く?

 

 

 

 

 

彼が?

 

 

 

 

 

今から?

 

 

 

 

 

「……私は、大丈夫ですッ! そんなことしなくても、平気です!」

 

「……」

 

「私なんかを相手にッ、する必要、ないんです……ッ」

 

 

これ以上、酷い有様を彼に見られたくない。

背中の痕も、訳も分からず混乱している姿も何もかも。

 

 

「貴方が私を、抱くなんて、冗談が過ぎますよッ!」

 

さっきの言葉が冗談だったとしても、いつものように流す余裕はない。

だから必死に言葉を紡ぎ、拒否することしかできない。

 

「……冗談だと?」

 

「……そう、でしょう。今の私を面白がって、反応を見ているだけ……でしょうッ。無様だと、哀れだと、そういってッ」

 

「それ以上戯言をほざくなよ、キキョウ」

 

瞬間、底が冷えそうな声が降り注ぎ、思わず口が止まる。

 

「いいか、所詮俺も一匹の雄だ。今まで大事に育ててきた花が何処の馬の骨とも知らねえ奴に摘まれかけたこの状況下で冗談を言える余裕なんざない」

 

「え……?」

 

「お前の肌に触れるのも、その欲情した顔を見るのも、欲をさらけ出すお前を受け入れるのも俺だけだ。俺だけに許された権利だ。……それを横からかっさわれた時の俺の怒りが分かるか?」

 

「……」

 

「キキョウ、俺はお前を抱きつぶし、骨の髄まで喰らいたい。目の前にいる男は、そういう獣なんだぜ」

 

「ンッ……!」

 

張さんはそう言って耳を噛んだ。

彼の言葉を正確に理解したわけじゃない。

だが、どういう意味を持とうと彼にこれ以上の痴態を見せるわけにはいかない。

 

 

だから恥を押し殺し、口を開く。

 

 

「待って、くださッ! 私は……私は、貴方を、満足させること、が、できないですッ! そんな女抱いたって、面白くない、でしょう……!」

 

「何の心配をしているか知らんが、今はお前を抱けること以外何も求めていない。それに、こういう時は男が女を満足させるもんだ。今までお前を抱いてきた男は腑抜けばかりだったのか?」

 

「ちがッ……! 今まで、抱かれたことなんて、ありませんッ! ……処女なんです!」

 

躊躇った後、はっきりと事実を告げる。

 

なんでこんなことを言わなければいけないんだと羞恥が募るが、言わなければ分かってくれないだろう。

 

私のカミングアウトに張さんは一瞬驚いたような表情を見せた後、「……ほう」と呟いた。

 

「そうか、通りで。今までの反応もその初心さ故、か」

 

「処女の、相手はめんどくさ、いでしょう……ッ。だから」

 

「だから? それがお前を抱かない理由になるのか」

 

「は……?」

 

「確かに処女をめんどくさいという男はいるがな。少なくても俺は、お前の初めてを奪えることにかつてないほどの喜びを覚える」

 

「何言って……!」

 

「処女だから抱かない。そんな考えはないってことだ」

 

 

 

どうしよう。どうしようどうしよう。

 

 

まさかこれでもやめないとは思ってなかった。

 

このままいけばこれ以上みっともない姿をさらけ出してしまう。

 

 

それだけは阻止しなければ。

 

 

 

「ヒッ!」

 

 

 

耳を舐め上げられ変な声が出てしまう。

 

本能が逃げなければと全身全霊で告げていた。

このままではまずいと、力いっぱい彼の体を押し返そうとするがぴくりとも動かない。

 

「諦めろ。お前を逃がすつもりはない」

 

その言葉に、どうしようもなく焦っていた。

無情にも熱は体から出て行かず、痺れが巡る。

 

「い、やッ……! 離して、ください……ッ」

 

「キキョウ」

 

「離してッ!!」

 

できる限り体をひねり、彼に背中を向ける。

そのまま逃げようとしたのだが、武骨な手がそれを許してくれなかった。

 

「……これは」

 

「……あ……」

 

 

捕まったままの態勢で、彼が驚いたような声音を出した。

 

 

 

 

その瞬間、今の状況を理解する。

 

 

破られた衣服では隠すにはあまりにも役不足で、背中の痕が露になっていたことを忘れていた。

 

 

 

 

 

――彼の目線は、明らかに私の背中に向けられていた。

 

 

 

 

 

「……」

 

「……以前、言ったでしょう。この体は、貴方に差し出せる、代物ではないと」

 

「……」

 

「もう、いいでしょう……。もう、離して……」

 

 

 

私は馬鹿だ。

 

 

背中を見られまいと逃げようとしたのに、その行動で見られてしまっては意味がない。

 

 

 

手が震える。

醜いと言わるのも時間の問題だろう。

 

 

だが、もう見られてしまったものはしょうがない。

それに、これで彼もきっと離すだろう。

 

 

こんな体、抱こうと思うわけがないのだから。

 

 

そう思い、彼から離れようと動き出す。

 

 

 

 

――だが、何故か武骨な手は掴んだまま離さない。

 

 

 

「張、さん。何してるん、ですか……早く手を」

 

「悪いが、離す気は更々ない」

 

「……は?」

 

「こんな痕如きで、俺が離すと思うのか」

 

 

 

――何、言っているんだ。

 

 

 

「確かにこれは酷い。他人から見れば、思わず触るのを躊躇うほどに」

 

「ならっ」

 

「だが、俺にとっては気にする程のもんでもない」

 

 

そう言いながら、再び私の体を引き寄せた。今度はうつ伏せの状態で彼の下に敷かれ、両腕を抑えられる。

驚いて彼を見やると、その視線は背中の痕に向けられたまま。

 

「見ないで、くださ……ッ」

 

「こんなもの、俺とお前の間じゃ何の意味も為さない。故に、俺がお前を求めない理由にはならない」

 

「な……!」

 

 

そう告げた瞬間、彼が背中に唇をつけた。

 

予想外の行動に思わず声を上げる。

 

「何、して……ッ、汚い、ですよ!」

 

「汚い? どこかだ。俺が触れたいと思ったから触れているだけだ」

 

「や……!」

 

「お前にどんな傷があろうと、俺には関係ない」

 

「ン……ッ」

 

 

 

また背中に唇をつける。

 

 

彼の行動に困惑し、動揺する。

 

 

そして唇が触れるたびに、熱と痺れが襲う。

 

 

「ッあ……い、やッ」

 

「今はただ、俺に身を委ねろ」

 

「んッ――」

 

 

 

彼の手が、強く握っている拳の上に重なる。

 

 

逃がさないと言わんばかりに、手の震えを止めるように強く包み込む。

 

 

嗅ぎなれた煙草の匂いが鼻を通り、辛うじて残っていた理性が飛びそうになる。

 

 

熱く、汗ばんだ体の火照りは段々強まるばかり。

 

 

 

 

 

 

――そこからは彼からもたされる熱と言葉を受け入れることしかできなかった。

 

 

 

 

 

ただただ甘く、刺激的で、狂気的な彼との行為に私の頭はゆっくりと溶かされていった。

 

 

 

 

 

 

 






やっと一番書きたいところを書けました。ちょっと満足してます。

最初キキョウさんのファーストキスも鼠さんに奪わせようとしてたんですが、それはあんまりだと思ってやめました。

今回は薬を盛られた上に二人とも望んでない上での行為ですが、これを乗り越えて今後どうなるのか私も楽しみです。






『告知』
また別にR18用のお題で二人の濡れ場を次話と一緒に投稿する予定です。
勿論、読まなくても本編に支障がないようにいたします。
それでも興味がある方は、投稿した際に読んでいただけると嬉しいです。

こちらのお題については、また後日活動報告にて詳しくお話したいと思います。
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