ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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今回より日本編です。


43 雪が降る街に悪党が集う

『――どうですか、そちらは』

 

「ロシア程じゃないけど少し寒いわね。そっちの気候に慣れてしまったからかしら」

 

『今の時期だと雪が降りますから。やはり冬用のスーツを近場で買った方が』

 

「安物を着るのは嫌よ。それにこれくらいなら平気だわ」

 

『風邪ひきますよ』

 

「私はそんな軟じゃないわよ」

 

多くの人が往来する交差点。しんしんと雪が舞い降る中、行く人々が口から白い息を吐きながら早足で歩く。

そんな混雑した風景を、バラライカは広い道路を走る白い高級車の中で眺めながら通話している。

 

電話の相手は、悪徳の都にいる友人と称せる人物である。

 

 

「そっちはどう? あの男は上手くやってるかしら」

 

『私は外にあまり出ないので詳しくは分かりませんが、貴女が去ってから一層銃声が響くようになりました。彼は“馬鹿どものせいでゆっくり酒が飲めない”と嘆いてましたよ』

 

「ま、彼には頑張ってもらわないとね。私もなるべく早く帰れるよう努力する、と伝えといて頂戴」

 

『話す機会があれば伝えておきます』

 

「お願いね。あ、あとお土産は何がいいかちゃんと考えときなさいね」

 

『私としては、貴女が早く帰ってくれることが何よりの土産ですよ』

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。……残念だけどそろそろ切らなきゃ。キキョウ、くれぐれも気をつけなさいね」

 

『ええ、貴女も』

 

最後にそう言葉を交わし、バラライカは携帯をポケットへ入れる。

会話の一部始終を聞いていたボリスは彼女へ言葉をかけようと口を開く。

 

「やはり向こうは馬鹿どもが暴れだしましたか」

 

「こうも早くお祭り騒ぎとは節操のない連中だ。まあ、しばらくは張に任せるしかない」

 

先の通話は友人との気軽な話に見えて、あの街の情勢を少しでも詳しく知るための情報収集でもあった。

ロアナプラに置いてきたホテル・モスクワの仲間からの報告もあるが、街に住む一般的な人物からの話はよりリアルなもの。

普段は自分たちの力に怯え大人しくしている愚か者共がこの機会を逃すわけがないと思っていたが、たった数時間もしない内にこの有様。

 

呆れたように一つ息を吐き、懐から葉巻を取り出すとボリスが手慣れたように火を点ける。

煙を吸いながら窓の外を眺めるバラライカの様子に、ボリスは思ったことを隠さず口にする。

 

「心配ですか、彼女が」

 

「いや、あの子の事だ。あまり外を出歩かない分安全だろう。だが張があの子にかまけていられない以上、何かがあった時守る人間がいない。レヴィもこっちに連れてきたことだしな」

 

「珍しいですな、貴女がそこまで気にかけるのは。あの街で唯一のご友人だから、ですかな」

 

「からかうな軍曹」

 

あの街で自身の友人を託せる人間は一人しかいない。

だが、その人物が忙しなく動いている間は彼女の身を守るなど期待できない。

 

バラライカにとってキキョウは遊撃隊の他で数少ない信頼が厚い友。決して人間としての情をなくした訳ではない彼女にとって、その友人をより一層無法地帯と成り果てた街に置いておくのは少しばかり気がかりであった。

敵とみなした者には一切の躊躇なく叩きのめす冷酷非情な彼女が、何の武力もない女性をここまで気にかけることがボリスにとってとても興味が湧くことだった。

 

「着きました、大尉」

 

「……ああ」

 

運転手が車を停めバラライカへと声をかけると凛とした声音が響く。

窓の外に視線を向けライトが照らされている入り口を見た後、再び携帯を手に取りとある番号へとかける。

相手が電話に出ると、ニヤリと口元を歪めロシア語で話し出す。

 

Товарищи-работа(同志諸君、仕事だ)――Наслаждайся этим войной в (平和な島国での)мирном островном государстве(戦争を楽しもう)

 

戦争狂らしくそう放つ彼女が足を運んだ地は――日本。

灰色の冬の空に悪徳の都からの刺客が舞い降りた。

東京の冬に降るは雪のみか。はたまたその雪に血が混じるのか。

 

それは後に、彼女に関わった者たちは全員知ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「――今日が初顔合わせですな。遠いところから遥々よう来てくださった」

 

こちらこそ歓迎いただきありがとうございます

 

「改めて自己紹介といきましょか。儂は鷲峰組の若頭を務めとります坂東言います」

 

よろしく坂東さん。私の事はバラライカとお呼びください

 

東京、新宿。歌舞伎町にある一つの煌びやかなバー。

テーブルを囲って座るのはロシアンマフィア、ホテル・モスクワの頭目の一人、バラライカと彼女の仲間。隣には通訳として連れてこられたロック。

そして彼女たちと向かい合っているのは、関東の極道が名を連ねる和平会の一角。鷲峰組の組員達。

 

 

一流の洋裁屋に仕立ててもらった高級スーツに身を包み、ロックは緊張した面持ちで自身の仕事――通訳に臨んでいた。

 

 

お話はラプチェフ氏より伺っております。我々は永らく東京に本拠を築きたいと思っておりましたが動きが取れず、どうしたものかと頭を悩ませておりました。そこに貴方がたにお力添えいただけると聞き、大頭目を始めホテル・モスクワ一同ご協力に感謝しております

 

「おたくらとウチが手を組めば怖いものなしだ。話の通り、関東和平会はどうにも外人を閉め出したがっておりましてな。ラプチェフさんもそうやって追い出された口だ。そこでウチが助け舟出そうと思いましてね」

 

バラライカは口の端を上げたままブルーグレーの瞳で坂東を見据えた。

 

坂東さん、貴方がた鷲峰組も関東和平会に名を連ねている。我々に手を貸すのはあまり喜ばれることではないのでは

 

「おたくの懸念はご尤もだ。……だが、今となっちゃそんなこと気にしてられねえ状況でな」

 

と、言いますと?

 

鷲峰組(儂ら)はこれまで関東和平会に随分尽くしてきたつもりだ。親の香砂会にも大層な額の上納金を入れてるにも拘らず、未だ義理場で末席。――こんなんじゃあ義理を通すのも限度がある」

 

なるほど

 

坂東はどこか怒気を孕ませ言い放った。

バラライカは微笑を崩さず、長い脚を組み替える。

 

貴方がたは我々の力を。我々は貴方がたの力を欲している。利害は一致しているというわけです。この街に新たな火を灯すためにも尽力いたしましょう

 

「話が早えな。おたくらで香砂会を抑えてくれりゃ和平会も嫌とは言えねえ」

 

新たな葉巻を咥え、ボリスが火を点けた。

煙を優雅に吐き出すバラライカに、坂東は一呼吸間を空けて話を続ける。

 

「ところでおたくら、ロシアの連中の中でも一等鉄火場に慣れてるらしいが、儂らは実際のところどんなもんか知らん」

 

確かに、お互いの力を測るのは仕事において重要な事。今日はそのためにも来たのです

 

 

途端、不敵な笑みを浮かべバラライカは言葉を紡ぐ。

 

 

我々の力はこの国のそれと比べ物にはなりません。我々は軍隊であり邪魔するものは容赦なく殲滅する。――それを今から、お見せしましょう

 

 

視線を交わし差し出されたバラライカの手へすぐさまボリスが携帯電話を渡す。

流れるように番号を押し通話を始める。

 

「私だ。配置についているか?」

 

『はい大尉。いつでも動けます』

 

「よろしい。始めろ」

 

ロシア語で短く言葉を交わし、通話を終える。

訝し気な表情を浮かべている坂東を見ながら、ボリスの手へと携帯電話を戻す。

 

 

途端、間を空けずに爆発音と悲鳴が外から響く。

 

 

唐突の出来事に坂東を始め鷲峰組の組員達は驚愕し、戸惑っている様子を見せる。

一切表情を崩さないバラライカに気づき、坂東は気を取り直しすぐさま低い声音で言葉を発する。

 

「……あんたらか」

 

ええ。手始めに、香砂会の持つクラブを一軒吹き飛ばしました

 

「ふ、吹っ飛ばしたあ!?」

 

バラライカから発せられた言葉に坂東の隣に座っていたパンチパーマの男が声を上げる。

日本は世界一平和な国と呼ばれ、その呼び名は伊達ではない。

 

そんな国で建物を爆破するという行為は、あまりにも荒事が過ぎる。

 

 

最初からそんなことをしでかすとは予想しておらず、余裕そうな笑みを浮かべている彼女に向かって男は大声で怒鳴る。

 

 

「馬鹿野郎! テメェ何考えて」

 

拳銃で威嚇などお話になりません。そんなことそこら辺にいる子供に銃を渡すだけでもできますよ。初手から威力を見せつけ、相手を怯ます。これが我々の示威行動です

 

 

日本での戦争が始まったという現状にバラライカは口元を歪め、心底愉しそうな笑顔を浮かべた。その笑顔に、坂東は背筋に冷や汗が伝ったのを感じる。

 

 

先程申し上げた通り、我々は邪魔するものは容赦なく殲滅する

 

「……」

 

どうかご安心を、Mr.坂東。我々が協力すると約束したからには、貴方がたの障害も必ずや排除してみせましょう

 

「……は、はは」

 

その言葉に、他の組員達は息を飲むしかなかった。

 

 

一人、坂東は息を洩らしなんとか笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「いいじゃねえか。喧嘩はじめにゃ一等の大花火だ。気に入ったぜ、バラライカさんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

バラライカさんと鷲峰組の会合が終わると同時に俺の役目も終了した。

 

この後俺の出番はないため、ホテル・モスクワとは別行動となる。

今は護衛として着いてきてくれたレヴィとタクシーでホテルへ向かっている。

 

 

「ヤクザ共の顔見たか? 全員目ん玉剥きだして驚いてたな」

 

「そりゃいきなり“店爆破しました”って言われたら誰だってそうなるよ。久々に戻ったってのにあんまりだ」

 

「姐御は戦争マニアだからな。向こうからど派手にやれって言われたらビルの一つや二つ喜んで吹っ飛ばす。ここ最近ロアナプラじゃ大したドンパチなかった分大はしゃぎだ」

 

「どうかしてるよ」

 

あの街に一年近くいたおかげか、鷲峰組ほど取り乱すことはなかったが流石に驚いた。

まさか自身のテリトリーではない国でもロアナプラと変わらない行動をとるとは思わなかった。自身はそんな彼女の付き添いという事実に思わずため息が出る。

 

「姐御がイカレてんのは今更だろ。……と?」

 

「どうしたレヴィ」

 

「ロック、あれはなんだ」

 

「……ああ、縁日だ。年始には色んな露店が出て賑わうんだよ」

 

レヴィが指さす窓の外には、数々の店が並び多くの人が集まっている神社。

自身は見慣れていて“懐かしいな”という感想しか浮かばないが、レヴィは初めて見る光景に興味が湧いたようだ。

 

「へえ、カーニバルみたいなもんか。面白そうだ」

 

「覗いてみるか?」

 

「おう。Yo’driver, stop here.(運ちゃん、停めてくれ)

 

レヴィはどことなく楽しそうな声音を出してタクシーを停めた。

 

神社の目の前で停まるとレヴィはすぐさまタクシーから降りる。

運転手に金を渡し、物珍しそうに周りを見渡している彼女に追いつく。

 

「観覧車がねえな」

 

「日本じゃそういうのはないんだよ」

 

「ふうん。……お、ロック。あれはなんだ?」

 

「たこ焼きだね。買ってこようか?」

 

「たこ!? この国はあのゲテモンをカーニバルでも食ってんのかよ!」

 

「割といけるぞ。俺は買ってくるけど」

 

「アタシはいらねえ。とっとと行ってこい」

 

「ああ、すぐ戻ってくるよ」

 

“ありえねえ”という表情を見せるレヴィに苦笑しながら香ばしい匂いを漂わせている屋台へ歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これで三個目。は、チョロいもんだぜ」

 

二挺拳銃(トゥーハンド)の面目躍如ってところだな」

 

「あたりめえだろ。銃を持たせりゃ天下無双のレヴェッカ姉さんにとって、こんなゲームはイージーモードだ、ぜ」

 

さっきまで物珍しそうに周りを見るだけだった彼女だが、少しこの雰囲気に慣れてきたのか今では得意満面に射的を楽しんでいる。

始めてから一回も的を外していないのは、流石彼女の腕前と言ったところか。

玩具であっても銃となればレヴィの独壇場だ。

 

なんだかんだ楽しめている雰囲気に口の端を上げさっき買った出来立てのたこ焼きを頬張る。

 

「あーあ、残念だ。カトラスがありゃ数秒で店仕舞いできるってのに。やっぱあれが手元にねえってのは気合が入らねえ」

 

「しょうがないだろ。銃をこっちに持ち込むのは特別な許可が必要なんだよ」

 

「分かってるよ。まあ、ここは世界一ドンパチがやりにくい。警察も賄賂が通じねえし、豚箱に放り込まれたらことだ」

 

「ああ」

 

そう。レヴィの言う通りここは平和だ。

自分が生まれ育った平和の国。

普通に暮らしていれば争いごとに巻き込まれず、血を見ることなく一生を終えることができる。

 

 

あの街とは、何もかもが違う。

 

 

血と硝煙の匂いが常に漂っている悪徳の都に慣れてしまったからか、ここが知らない場所のように思えてしまう。

 

 

それと同時に、もう一つの疑念も湧き上がる。

 

 

 

――自身と同じでこの国で育ったあの人は、どうして帰りたがらないのか。

 

バラライカさんからの誘いを断ったと聞いた時、驚きを隠せなかった。

 

居てもたっても居られず、“一緒に帰ろう”と誘った。

それでも尚同じ言い訳を繰り返す彼女に、つい“張さんがいるからなのか”と口走った。

 

 

何故あんなことを言ってしまったのか自分でも分からない。

 

あの街の住民なら、あの時点で怒ってもおかしくない。

感情任せに詰め寄ったにも拘わらず、彼女は大目に見てあげると。“そういう時もある”と言って許してくれた。

 

そんな優しい彼女に、もっと生きるのにふさわしい場所があるのではないのか。

マフィアや荒くれ者たちと関わらずとも、生きていける場所が。

 

 

ロアナプラでは珍しく、悪に染まりきってない彼女はこの場所の方が似合っている。

 

 

この国に帰ってから、より一層そう思えて仕方ない。

 

 

「――ク。おい、ロック!」

 

「……え、何?」

 

「お前、さっきから話しかけても全然反応しねえからどうしたもんかと思ったぜ。何か考え事か」

 

「いや」

 

「たく、そう浮かない顔すんな。……またキキョウの事か?」

 

「え」

 

「図星か」

 

「……ごめん」

 

「謝ることじゃねえよ」

 

レヴィから何回か声をかけられてたらしいが、全然気づかなかった。

はあ、と一つ息を吐くと今度は少し遠慮がちに話し始める。

 

「アイツの事もいいけどよ、お前はどうなんだ」

 

「どうって、何が?」

 

「何がじゃねえよ。――ここはお前の国だろうが」

 

「……」

 

その一言で、レヴィが何を言いたいのか察する。

 

「お前だって誰か……なんかいるだろ。家族とか、友人とか」

 

「……まあ、な」

 

「だったら連絡くらい入れとけ。親も心配くらいはしてんだろ」

 

 

家族、か。

その単語に思わず苦笑を洩らす。

 

 

「俺さ、家族仲が良くなかったんだ」

 

「……」

 

「兄貴は出来が良くて省庁に入れたけど、俺は大学を一浪して普通の会社員だ。親はそんな兄貴と俺を比べることなんかしょっちゅうで、期待されていないってのは分かってたよ」

 

「……」

 

「だから、案外どうでもいいのかもな」

 

「それでも会っておくべきだぜ。まだ“後ろに手が回ってねえ”今しかねえんだ。こんなことやってたら、いずれ会えなくなる」

 

間髪入れず帰ってきた言葉に一瞬目を見開く。

レヴィは無表情で、新しい弾を先端に入れながら話を続ける。

 

「あたいらから見たら普通の家だ。帰る価値はある。盗みも殺しもせず、ここまで来てんだから」

 

「……それは、キキョウさんだってそうだろ」

 

「今はお前の話をしてんだロック。アイツはアイツ、お前はお前だ」

 

 

また一つ、射的の的が落ちる。

 

 

「ま、お前がどうしたいかはお前が決めることだ。ただ顔ぐれえ見てこいってだけの話さ」

 

「……」

 

そう話すレヴィの表情は、どことなく寂しさを漂わせていて何も言えなくなった。

 

「――よし、あれ落とせば最高得点だ。よっと」

 

気を取り直したように、レヴィは再び的に弾を当てた。

だが落ちることはなく、その事実にレヴィは眉根を寄せる。

 

「あー、重り突っ込んでやがる。くそ」

 

「あ、おい!」

 

「これで一等賞だな? ロック!」

 

「えー……あのう、一等賞の得点に達したから景品くれって」

 

「駄目駄目。お客さん、先で小突いたろ。ズルはあかん」

 

What did he say?(何だって?)

 

Says you cheated. Claims you knocked it over the gun.(無効だってさ 突いて落としただろって)

 

What the fuck!?(なんだと)

 

店主の言葉を伝えると、レヴィは持ち前の短気さで怒鳴り始めた。

俺は慌てて身を乗り出す彼女を抑える。

 

ああもう、こんなところで大事になんかしたくないんだけど。

 

レヴィ、落ち着けって!

 

言いがかりつけてんじゃねえよおっさん! こんな重り入れといてよ!

 

「な、なんじゃあコラァ! 何言ってんか分からんわ! ここは日本だ! 日本語で喋れ!」

 

んだとコラ!? 今悪口言っただろ!! 大体こんなもんこんな値段でとる代物かよ! ぼったくりにも程があらあ!

 

やめろレヴィ! よせってこんなところで!

 

Oops!(おっと)

 

必死に暴れる彼女を抑えていると後ろで誰かとぶつかってしまう。

咄嗟に振り返りながらも彼女から離れることはせず、口だけで謝罪を述べる。

 

「す、すみません!」

 

あー、いいんだ。兄さんも大変だな

 

「本当にすみませ……おいレヴィ暴れるなよ!

 

離せロック! 一回ぶん殴らなきゃ気が済まねえ!

 

彼女の怒りは収まらないらしく、どんな言葉をかけても全然引いてくれない。

周りの人の目線が痛い……。

 

どうにかこの場を収める方法はないかと頭を巡らせる。

 

 

 

「――お客さん」

 

 

 

その時、低い声音が聞こえてきた。

声の方を見ると、サングラスをかけロングコートを羽織った高身長の男。その男の隣にはセーラー服を着た少女が立っていた。

 

「松の内じゃねえですか。楽しくやりましょうや」

 

「銀さん……」

 

「どうか、悋気はお収めなすってくださいよ」

 

「――What the fuck are you?(なんだてめえ)

 

レヴィは鋭い視線で男の方を見ながら怒気を孕んだ声を出した。

 

ああもう、今日は散々だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「――やれやれ、祭りの日にあんな騒ぎに巻き込まれるとは。幸先悪いな」

 

神社の鳥居を出た少し先。

人の往来が激しい街道を金髪に碧眼の男が一人ぼやきながら歩いていた。

ヨーロッパ系の顔立ちをしたその男は、ため息とともに白い息を吐き出す。

すぐさま賑わっている表通りとは別の雰囲気を漂わせている小さな道へと入り、革靴の音を高らかに鳴らしながら進む。

 

人の賑わいを一切感じさせない寂れた酒場の前に立ち、すぐさまドアを開け中へと入る。

 

「よう、いつもより遅かったじゃねえの。なに、ナンパとかしてたのか?」

 

「おや、今日は貴方の方が早かったようで。少し騒ぎに巻き込まれましてね」

 

「そいつは災難だったな」

 

一人のバーテンダーが営んでいるその小さな酒場のカウンターに座っている人物は、軽い口調で男を出迎えた。

髪を金に染め、耳だけでなく鼻や眉にもピアスを開けており、派手な色のスーツを着た軽薄そうな男はニヤニヤとした表情を浮かべている。

男が隣に座り、すぐさま表情を崩さず再び軽い口調で話しかける。

 

「それにしても、相変わらずこんなボロい店を選ぶんだな。俺の店の方が楽しくお喋りできると思うぜ? 女も酒もあるんだし」

 

「商売柄人目につく場所は避けたいのです。常に慎重に行動するのが私のモットーでもありますから。どうかお付き合いください」

 

「堅いねえ。外人にしちゃ堅すぎやしねえか?」

 

「用心深いと言ってください。貴方の店にはこの国での仕事を終わらせた暁にお伺いさせていただきますよ」

 

「仕事終わりの一杯ってか。そん時や上等な酒と女用意してやるよ」

 

「楽しみにしておりますよ、Mr.チャカ」

 

 

チャカと呼ばれた軽薄そうな男は、既に頼んでいた酒を上機嫌に飲み干す。

グラスの中が空になったのを見計らい、今度は自らチャカへ言葉をかける。

 

 

「チャカさん、それでそちらの調子はいかがですか。私の商品は役に立っておりますか?」

 

「それがもうバカ売れでよ! アンタのブツが一番ぶっ飛べるって今じゃ大人気だぜ! おかげでボロ儲けだ!!」

 

男の質問にチャカは興奮しながら答えた。

その様子に男もまた口端を上げて機嫌がよさそうな声音を出す。

 

「それはよかった。まだ新宿のみに?」

 

「んな勿体ねえことするかよ。今は六本木や渋谷にも手を回してる」

 

「他のヤクザ達には?」

 

「まだ俺達が出処だってのはバレてねえ」

 

「貴方が所属してる鷲峰組には?」

 

「今はなんかバタバタしてっから気にすることねえよ。なんでもロシア人と手を組んで派手なパーティ開くらしいぜ」

 

「……ロシア人?」

 

 

 

英語でテンポよく話を進めていると、男はチャカの言葉に反応する。

 

 

「さっきここらでビルが爆破されたって大騒ぎだったろ。あれウチの若頭がロシア人呼んで起こしたらしいぞ」

 

「何故鷲峰組がロシア人と?」

 

「さあな。時代遅れのおっさん共の考えることは知らねえが、吉田の話じゃ和平会に一発ぶちかまそうって感じだったかなあ」

 

「……なるほど、そう言う事ですか。利害が一致している者同士、徒党を組んで事を為す。結局、考えることは皆一緒ということですね」

 

「ま、俺達はただ金儲けできりゃそれでいい。そうだろ、ジェイクさんよ」

 

「ええ。私達は私達の利益の事だけ考えておきましょう」

 

そう言ってジェイクと呼ばれた男は、ポケットからCamelと書かれた箱から煙草を取り出す。口に咥えると、チャカが自身のライターを差し出し先端に火を点ける。

 

 

 

煙を吐き出しお互い目線を合わせると、同時にニヤリと口元を歪めた。

 

 

 

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