ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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※蔑称あり


今話は少し短めです。








44 雪が降る街に悪党が集う 弐

高級ホテルの食事スペース。

そこにはロシアンティーを飲んでいるバラライカと新聞を手にしているボリス。そして彼女たちと同じホテル・モスクワの日本支部長、ヴァシリ・ラプチェフがテーブルを囲んでいた。

朝から厚いステーキを頬張るラプチェフを横目に、二人は軽く言葉を交わす。

 

「ロシアンティーなら別に用意させましょうか」

 

「いや、手間がかかるのはご免だ」

 

「ではトーストは」

 

「食べたいか、軍曹」

 

「いえ、自分は結構で」

 

「朝食を抜くのは体に良くないぞ軍曹」

 

自分の部下の体調を気遣ったところで、バラライカは本題を口にする。

 

「さて、軍曹。状況の推移を」

 

「は。昨夜から攻撃対象を地下賭博場へ変更。二件を壊滅、損害無し。痕跡は消毒済みであります」

 

完璧(スパシーバ)だ、軍曹。別動班は?」

 

「〇二三〇時に香砂会系組事務所を襲撃、殺害、確認戦果十二――損耗なし、負傷なし。〇二三七時までに総員、敵地より撤収」

 

「第三勢力の介入は」

 

「〇三〇五時より各作戦区において封鎖を開始。現刻に至るも、非常警戒体制を継続中です。警察無線の詳しい内容は鷲峰組組員に記述させました。詳細はロックの翻訳を待たねばなりませんが」

 

「情報の確度は生死を分ける。迅速に翻訳させろ」

 

一瞬の間もなく交わされる会話は、朝食の優雅な一時にはあまりにも物騒すぎるもの。

だが、ロシア語で交わされているおかげでその内容に気づく者は彼女たち以外一人としていない。

ラプチェフは彼女たちの様子に口の端を上げ、感心したような声を出す。

 

「ふん、流石だなバラライカ。スレヴィニン頭目もアンタに一目置くわけだ。仕事も話も早い」

 

「…………」

 

途端、バラライカは盛大なため息を出しそうになりながら呆れた表情を浮かべる。

数秒の沈黙の後、口を開いた。

 

「誰の尻拭いをしていると思っているのかしらね、ヴァシリー。あなたは組織の面汚しだわ。こんな遊び場の制圧ですらろくに行い得ない。大頭目(ピョートル)がなぜあなたを頭目の一人に据えたのか理解に苦しむわ」

 

「な……」

 

「とにかくここの仕事を片付けて、私は一刻も早くロアナプラへ戻りたいの。あそこは火薬だらけでいつまでも放っておけない。ここで遊んでいる暇は私にはないの」

 

ラプチェフは彼女の言葉に眉間に皺を寄せた。

それには構わずバラライカは席を立ち、軍用コートを羽織る。

 

「では、六時間後」

 

「……調子に乗るんじゃねえぞバラライカ」

 

立ち去ろうとするバラライカの背中にラプチェフは少しの間を空けた後、怒りを露にして声をかける。

 

「お前がここまで上手くいってんのは“あのヤクザ”がいねえからだ。あれがいたらここまで好き放題させる訳がねえ」

 

「……“彼”に取り入ることができず、何の成果も得られていないのはあなたの力不足。私は彼が万が一ここにいた場合も、予定より早く帰ってくる場合も想定して動いている。

私達の本目標を考えれば当然の事よ。――“腕より金で昇った人間ほど自分の無能さを理解できない”。本当に愚かだわ」

 

同じホテル・モスクワの組員同士であるはずの二人は、冷たい雰囲気を纏わせる。

今にも一触即発な空気に、ボリスは更に堅い面持ちとなった。

 

「吠えやがれ、軍人崩れの雌犬が!」

 

ラプチェフは怒りに任せ罵倒の言葉を彼女に浴びせた。

バラライカは溜まっていた息を吐き出すと、瞬時にラプチェフの前髪を掴み上げる。

 

「がッ……!」

 

そのまま力任せに片腕のみでラプチェフの体をテーブルに叩きつける。

 

今は本物の戦場に立つ軍人ではないにしろ、長年鍛え上げられた彼女にしてみれば軟弱な男の体一つ、力でねじ伏せることは容易い。

 

 

 

「――忠告だけしといてやる」

 

 

 

バラライカはニヤリと口元を歪め、鋭い視線と声音をラプチェフに浴びせる。

 

 

 

「私がこの世で我慢ならんものが二つある。一つは冷えたブリヌイ。そして、間抜けなKGB崩れのクソ野郎だ」

 

 

苦痛な表情を浮かべているラプチェフにより一層顔を近づけ、底が冷えそうな冷徹な声で囁く。

 

 

 

「弾にだけは当たらんよう、頭は低く生きていけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

縁日で連日数多くの人で賑わっている神社。

ずらりと並ぶ露店の中に、誰もが目もくれず通り過ぎる店がある。

戦隊ものや可愛いマスコットキャラクターの仮面が並ぶその露店を切り盛りしているであろうサングラスをかけた大柄な男は、ただ客が来るのを座って待っていた。

 

 

そんな男の元に、一つの人影が近寄ってくる。

 

 

「銀公、景気はどないや?」

 

「……若頭(カシラ)、何しに来たんで」

 

男に声をかけたのは、鷲峰組若頭である坂東次男。

店主のあまり歓迎してなさそうな空気を敢えて読まず、坂東は躊躇うことなく再び声をかける。

 

「我の面ぁ見に来ただけや、そない邪険にすな。……隣、ええか?」

 

何も答えない男の態度に、無言は肯定と受け取ったのか坂東はそのまま隣に座る。

コートのポケットから煙草を取り出し火を点ける。

 

「今日びの子供(ジャリ)ァよ、こんなモン買うたりせんよなあ。ピコピコやらのほうがええンやろ。

 ――なあ銀公」

 

煙を吐き出し、しばらくの沈黙の後話を続ける。

 

「我ァ、何時までこないな商売(シノギ)続けるつもりや」

 

「テキ屋はこいつが仕事でしょうよ」

 

「組ン中じゃワレのシノギァ、尻っぺたから勘定したほうが早いンやぞ。そこんところわかっとンのかい、銀公」

 

「……シャブ売ったり女売ったりするよッか、“なんぼかマシじゃアねェですか”」

 

どこか意味深にそう呟く男に、坂東は尚も調子を変えず言葉を返す。

 

「銀公、儂が好きでこんなシノギをやっとる。そう抜かすんかい」

 

「…………」

 

組長(オヤジ)が忌んでからよ、左前はずっと左前や。いや、左前だったんはその前からやが」

 

言葉を区切り、坂東はこれまで自身の組に起こったことを思い返す。

 

「上納金もろくに納められへんこんな組を残してたんは、組長と香砂ンところの先代が、兄弟盃交わしてたからや。それがのうなった今、香砂会にウチの面倒見る義理はあらへん。それでも今ウチが存続できとんのは“あん人”のおかげでもあるが……いくらあん人でも香砂をいつまでも抑えるのは無理がある。代行人のことも、もう限界や」

 

「……」

 

「組長に恩義のあるんは儂かて同じや。上方のほうから流れた儂に、ホンマようしてくれはった。――だからよ、何があっても看板だけは守らなあかん。何があってもや」

 

「組長もあの人も、そうは言ってねえ」

 

「看板がのうなりゃ極道もクソも関係あれへん。外道に手ェ出すんは極道の恥っつうのも、看板あっての話やないか」

 

灰を落とし再び煙草を口に咥えると、坂東は男の肩を掴み顔を近づけた。

 

「銀公、儂ァ今でかい仕事(ヤマ)打ってるんや。ロシア人と組んで親を刺す――そう言う話よ」

 

「……若頭、己の言ってることァ、分かってるんですかい」

 

「子分を潰すいうんはあっちが先や。何遠慮することがある」

 

「そうじゃねえ。あの人は――親っさんはそのこと知ってるんですかい」

 

「…………」

 

 

 

坂東は男の言葉に沈黙する。男は次第に眉間に皺を寄せ、低い声で話し出す。

 

 

 

「留守の間にんなことしでかして、あの親っさんが許す訳がねえ」

 

「分かっとる。それも覚悟の上や。――あん人には、北から帰ってきた時に儂から話をするさかい。……あん人は香砂とは違うからな、少しは話を聞いてくれるはずや」

 

「あっしが言ってんのは、恩を仇で返すのかってことですぜ若頭」

 

「自分らの組のことは自分らでなんとかする、それが筋ってもんや。……親っさんにはもう十分面倒をかけた。これから先、ずっと甘えるわけにはいかんやろ」

 

 

坂東はそう言うと、ため息とともに煙を吐き出した。

 

 

「あん人が外の者を毛嫌いする理由が今回でなんとなく分かったわ。外人はどこまで言っても外人や。義侠なんて考え、連中カケラもあらへん。――だからこっちも手練れ使てな、締めるところは締めんとあかん」

 

「……いったい、何が言いたいんで」

 

「己に、もう一度白鞘を握ってほしいんや。近在の極道者やったら震える“人斬り銀次”をよ――もっぺんここらで見せちゃアくれねェか?」

 

坂東は己の考えを理解してくれるであろう男――松崎銀次に鷲峰組の切り札となってほしいことを告げた。

銀次も根っからの極道者であり、坂東がロシア人と手を組んでまで香砂を潰そうとしている理由もすべて分かっている。

 

 

 

 

だが、それでも銀次は首を縦に振らなかった。

 

 

 

 

「若頭、お嬢の養育費やら何やらで面倒見てくれてんのは感謝しておりやす。言ってることも分かりゃします。――ただね、あんたの言ってることにゃ一ッ欠片も仁義がねえ。あっしが組長んところで白鞘握ってたのは、“そいつ”があったからですよ」

 

サングラス越しに坂東を見据え、己の意見を貫く。

その姿勢に坂東は了承を得られないことを悟り、煙草を地面に押し付けた。

 

「ほうか。しゃあない、また来るわ」

 

「若頭」

 

「あ?」

 

「くれぐれも気をつけなせえ。あの親っさんが注意深く見張ってた連中だ。下手をこくと自分に刃が返ってきやすぜ」

 

「……ああ。分かっとる」

 

坂東は一言そう返し、露店が並ぶ通りを歩いていく。

遠くなっていく坂東の背中を、銀次は見えなくなるまで見続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

「はあ、ここの気温は年寄りにはきついな。これはもう一種の異常気象だと思わんか、高橋」

 

「北海道はずっとこうでしょう。今更何言ってるんですか」

 

「相変わらず冗談が通じない男だな。たまにはこの老い先短い老人を労わってくれ」

 

「この前の健康診断であと十年以上は生きるって言われたでしょう」

 

「人生何が起きるか分からんぞ。そこらへんにいる若者に儂が襲われてぽっくりと」

 

「それはないでしょう。寧ろそうなったら相手の方を心配します」

 

「はは、嬉しいことを言ってくれるな。照れるだろう」

 

 

大雪が降る中、暖房が効いている旅館の一室で老人と若い男は和やかな雰囲気で談笑していた。

窓の外で雪が積もる様を眺めながら老人はずず、と若者――高橋が淹れた茶を啜る。

 

 

「すまんな、ここまで付き合わせて。本当は儂一人でもよかったんだが」

 

「一人にするわけにはいきませんよ。というか、付き添い俺一人って方がおかしいんです。もっと連れて来た方がよかったんじゃ」

 

「大勢で道中を歩くのは好かん」

 

「でしょうね。ですが、本当一人にするわけにはいかないので。どうか勘弁して下さい」

 

「ま、たまにはこうして若いもんとゆっくり過ごすのもいいだろうさ」

 

そう言って柔和な笑みを浮かべ再び茶を啜る。それでも高橋はぴしっとした姿勢を崩すことはない。

何故なら、彼にとって目の前の老人は姿勢を崩して話をすることは許されない相手だからだ。

 

だが、柔らかい表情に釣られ自身の口の端も上がった。

 

 

――瞬間、高橋の上着のポケットから軽快な音が流れ出す。

 

彼の趣味であろうポップな音楽が響く中、高橋は無言で老人に伺いを立てる。

 

「早く出てやれ」

 

「は。失礼します」

 

軽く頭を下げ、高橋は携帯電話を片手に部屋の外へと出て行った。

高橋が電話で何かを話しているのを聞きながら、老人はテーブルの上に置いてあるお茶請けの一つを手に取る。袋を開け、中から饅頭を取り出しゆっくり食べ始めた。

 

余生はこんな風に過ごしたいものだと、饅頭の味を堪能しながら老人はそんなことを考えていた。

 

全てを食べ終えもう一個と手を伸ばした途端、通話を終えた高橋が部屋に戻ってくる。

 

 

 

――その表情は、先程の柔らかな雰囲気を打ち消すような堅いものだった。

 

「どうした、そんな怖い顔して」

 

「先程、佐伯から報告が」

 

「そうか。で、向こうはどうだって?」

 

「それが、最近東京で動きがあったらしく」

 

「またどっかの馬鹿がウチに喧嘩吹っ掛けてきたのか」

 

「いえ、今のところウチに影響はないです。ですが、至急耳に入れておいてほしいと佐伯が」

 

「……ほう」

 

二個目の饅頭をテーブルに置き頬杖をつく。

彼の話を聞こうという姿勢に、高橋は電話で聞いた内容をそのまま口にする。

 

「ここ数日ロシア人が東京で暴れてるようで。香砂組系列の事務所や店がすでに三件以上爆破や銃で乗り込まれたりなどの被害に遭ってます」

 

「あの露助がか? あの金の亡者な軟弱者にそんな気概があったとは」

 

 

老人は先ほどの柔和なものとは違う笑みを浮かべる。

 

 

「ま、何にしろ好都合だ。このまま香砂が潰れてくれりゃ儂の手間も省ける」

 

「それはそうなんですが、事を起こしているのはラプチェフではなく新しく見る顔のようで」

 

「新顔か」

 

「ええ。佐伯からの話だと、その新顔は特に鷲峰組と関わってるらしく」

 

「……鷲峰が?」

 

途端、老人の顔から笑みが消えた。

真剣な表情へ変わり空気が一気に緊張感で満たされる中、高橋は言葉を続ける。

 

「なんでも、鷲峰組がロシア人と手を組んで香砂組を潰そうとしているようです。新顔と何回か会合をしていることも確認済みです。香砂もそろそろ動き始めるだろうと」

 

「たく、坂東の野郎焦りやがったな。……だが、そうか。その新顔さんはよほど派手好きらしい。たった数日でそこまでやらかす奴は珍しいな。そいつについて分かってることは?」

 

「詳しいことはまだ。分かっているのは、ロアナプラから呼び寄せたと」

 

「――なんだと?」

 

高橋が“ロアナプラ”という言葉を口にした瞬間、老人は低い声音を出した。

眉間に皺を寄せ、顎鬚を撫でながら呟く。

 

「坂東もそれなりの覚悟と考えがあって動いたんだろうが……そのロシア人と手を組むのはあまりにも危険だ」

 

「ロシア人について何か心当たりが?」

 

「そいつに関しては知らん。だが、ロアナプラで生き残ってる人間が東京で暴れてるとなると、相当厄介だぞ」

 

 

ロアナプラは悪党どもの住処として世界に名を馳せている街。

その名を聞けば、悪党であれば一度は憧れる背徳の都。

 

そんなイカれた街を生き抜いている人間となれば、日本という国で発揮される力は想像以上だろう。

日本に拠点を置こうと躍起になっていたロシアンマフィアがとうとう最強の刺客を送り込んできた。

 

 

 

――老人はその事実に優雅に茶を飲んでいられる程、衰えてなどいなかった。

 

 

 

「下手するとこっちにまで飛び火が来るかもしれん。火種が大きくなる前に手を打つしかない、か」

 

はあ、と一つ息を吐き姿勢を正している高橋を見据える。

 

「高橋、すぐ飛行機の手配をしろ。一刻も早く東京に帰るぞ」

 

「え、ですが宗谷叔父貴との食事会は」

 

「んなもん後回しだ、こんな状態でゆっくり食事なんかしてられん。あいつには儂から話をしとくから、お前はとにかく東京に帰る準備を済ませろ」

 

「は、はい」

 

高橋は信頼ある兄弟分との会合をすっぽかす程か? と疑問に思ったが、目の前の老人がここまで言うのであればそれなりの理由があるのだろうと結論付けた。

 

 

己は彼を信じ、従うのみ。

 

 

 

高橋は彼の命を遂行するべく、再び携帯電話を片手に部屋の外へと出た。

 

 






饅頭を食べてたご老人、一体何者なんでしょうかねえ。
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