ロアナプラにてドレスコードを決めましょう   作:華原

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45 動き始めた盤上

六本木のクラブハウス。中央に設置された広いステージの上には、露出が激しい衣装に身を包んだ女たちが鞭を片手にSMショーを披露している。目の前で繰り広げられる刺激的な光景に、ステージを囲んでいる客たちは上機嫌に酒を煽っていく。

 

――そんな光景を見下ろすことのできるVIPルームでは、鷲峰組とホテル・モスクワの会合が行われていた。

バラライカはつまらなさそうに葉巻に火を点け、煙を吐き出した。

 

そんな彼女の隣には、当然ロックも席に着いている。

 

「すまねえな姐さん、こんな場所で。女のあんたにゃ面白くねえ場所だろう」

 

場所も女の裸も大した問題ではありません。が、私はうるさい場所があまり好みではありませんね

 

「新宿はまずい、香砂会が動き始めた。六本木なら外人も多い、目立たなくていいんだよ」

 

我儘を言うつもりはありません。大事なのは仕事ですから。――さて、話を進めましょう

 

バラライカが本題を切り出すと坂東も煙草を口に咥え、隣に座っている男が火を点ける。

 

我々は順調に当初の攻略目標をクリアしています。しかし、祝杯をあげるにはまだ早い。香砂会を締め上げるにはまだ足りない。第二次段階へ移行するため、攻撃目標の転換を始めます

 

「転換?」

 

そう、転換です。我々は迅速な解決を欲しています。前段階として資金源となるべき、店舗、風俗店、産廃屋に対し合法的な封じ込めを

 

「連中も素人じゃない。ある程度以上やりこめれば流石に気づく」

 

勿論、これはあくまで揺さぶりに過ぎません。本目標は別にあります

 

「……どういうことや?」

 

どこの国の、どんな場所でも通用する方法ですよ。状況の進行度によっては、すべての懸案を解決できる

 

坂東は一呼吸間を空けた後、素直な疑問を口にした。

その質問にバラライカは少しの間を空けることなく答えを返す。

 

誘拐ですよ、坂東さん。目標は香砂会会長、香砂政巳の家族。我々はいつでも実行に移せる段階まで来ている

 

さも当然と言わんばかりに口端を上げながら言われた内容に、その場は動揺の波に包まれた。

坂東の隣に座っている男は「若頭……!」と焦ったように声を出し、周りに立っている他の鷲峰組組員も狼狽えた様子を見せた。

 

 

 

「――バラライカさん」

 

 

眉根を寄せながら、坂東は固い声音と表情で話し出す。

 

 

「水を差すようやがそれだけはあかん」

 

What was that?(なんだって)

 

He said “We can't do that”.(“それはできない”と)

 

訝し気な様子のバラライカにすぐさまロックが通訳する。

バラライカはロックの答えを聞いた後、訝し気な表情のまま坂東を見やる。

 

「お宅らに求めとるんは香砂会からの圧力を緩めるようにする、そういうケンカや。適当に暴れてくれりゃあとは口八丁でどうとでもなる」

 

「……」

 

「それにな、極道の家族と言えども堅気。堅気に手を出すのは儂らにとって最大の禁忌や。――東京にはそれを絶対許さへん人間がおる。そん人だけは怒らせたらあかん」

 

……成程

 

坂東から一通りの言い分を聞いた後、バラライカはただ一言そう呟いた。

数秒何かを考え、やがて足を組み替え徐に話を再開する。

 

貴方がたの考えは理解しました。では、こういうのはどうでしょう

 

「……なんや」

 

貴方の言い方から察するに、その人物は香砂政巳より権力を誇っているのでしょう。その人物が今回の最大の障壁。そして、今回の件において堅気に手を出してはいけないというルールを遵守するのであれば、道は一つです

 

坂東は眉根を寄せたまま、ただひたすら彼女の言葉を待つ。

 

 

バラライカは口元をニヤリと歪め、不気味な程愉しそうな表情を浮かべる。

 

その人物を東京にいられない程徹底的に叩くのです。香砂政巳より影響力が強い人物を叩きのめせば貴方がた鷲峰組の地位は確固たるものとなり、我々も拠点を築きやすくなる。香砂も強くは出られなくなるでしょう。まさに一石二鳥というわけです

 

「なんやと……!?」

 

バラライカの代替案に、先程よりも大きな動揺の波に包まれる。

坂東は冷や汗をかきながら、必死に彼女の考えを改めさせようと制止の言葉をかける。

 

「そないなことすれば関東だけやない、日本中のヤクザが儂らを潰そうと躍起になる! 香砂を真っ先に潰す方がよっぽどましや!」

 

ならどうするのです。あれもだめ、これもだめと躊躇っていては何も成しえませんよ。下剋上なら尚更。――それに、その人物が東京にいない今がチャンスなのでは?

 

坂東はバラライカの言葉に息を呑んだ。

自分は一切とある人物について名前を出していない。

 

 

 

だが、目の前のロシア人は確実に“知っている”。

 

 

 

 

東京の極道者にとってどれほどの影響力があるのか、全て分かった上で言ってるのだと坂東は悟った。

 

 

「……あんた、あん人のこと知っとんのか」

 

ええ、我らが大頭目も彼には一目置いていますから。それなりに調べさせていただきました

 

バラライカは短くなった葉巻を灰皿に押し付け、話を続ける。

 

――藤崎仁。関東和平会を設立した一人であり、年老いても尚絶大な権力を誇っている人物。関東だけでなく日本中に彼の世話になったヤクザ者が数多くおり、多くの尊敬と畏怖を集めている。貴方がた鷲峰組も彼に恩ある組の一つ。まさに、ヤクザ者の頂点と言っても過言ではない。我々ホテル・モスクワは、そんな彼を関東和平会の最高権力者と見なしています

 

「……よう調べたな。そこまで分かっとんのやったら」

 

ですが、我々には何一つ関係ない

 

はっきり告げられた言葉に、坂東は目を見開いた。

 

坂東さん、最初に申したはずです。“我々は邪魔するものは容赦なく殲滅する”と。それが誰であろうと関係ないのです。そう、それがどれほど強大な敵であろうとやることは変わらない。藤崎仁が最大の障壁なのであれば、それを切り崩し道を拓くのみ

 

 

バラライカは鋭い視線を坂東へ浴びせる。

 

 

我々は無条件の力を行使し、利潤を追求する。それがマフィアというものだ。その上で我々は多くのリスクを負担している。つまり、すべての決定権はあなた方ではなく我々にある

 

「……」

 

貴方がたと我々が欲しているものを手に入れるには、これくらいの事はしなければ。……まあ、藤崎組を叩くのはあくまでも最終手段です。当面の作戦に早期解決が望めないと判断した場合に実行します

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……それは」

 

坂東が戸惑った声で言葉をやっとのことで絞り出す。

 

 

――だが、その言葉は唐突に流れてきた軽快な音楽に遮られた。

 

 

あまりにも場違いな音楽が鳴っている方向へ全員が目を向ける。

そこには、派手な色のスーツに身を包んだ金髪の男が立っていた。男は周りからの目線を気にすることなく、平然と音の発信源である携帯電話を手に取る。

 

「はい、もしもし? ……ああ、ジェイクさん? この時間かけないでくれって言ったじゃないすか。――例のアレっすか。六番のロッカーに置いてあるっすよ。鍵はこの前渡したので開くんで。またこっちから連絡するんで、そん時に結果教えてくださいや。じゃ

 

「チャカ坊! テメェ何やってやがんだこの野郎! どういう話してんか分かってんのか!」

 

「え? あー悪ィっす、えへへへ」

 

坂東の隣に座っていたパンチパーマの男は大声でチャカに怒鳴りつけた。

その怒号に怯むことなく、チャカは軽い口調で謝った後誤魔化す様に笑う。

 

「いやあ、かけんなって言っといたんですけどね。でも、こっちも大事なビジネスの話だったんで無視する訳にいかなかったんすよ」

 

「あっち行っとけ! あほ!」

 

「吉田、ええわい」

 

チャカの態度に吉田は更に怒声を浴びせるが、坂東の制止の言葉に口を閉ざす。坂東は気を取り直すように、バラライカへと言葉をかける。

 

「お騒がせして申し訳ない。話の続きやが、今の件はこっちのみんなで改めて相談せなあかん。少し、時間をもらえへんか」

 

勿論。作戦計画に支障のない範囲でならお待ちします。祝杯は互いのためにあげられるよう

 

バラライカは余裕そうな笑みを浮かべ、坂東の申し出をすんなり了承した。

二人はそれぞれ真逆の表情を浮かべたまま会合は終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ねえタカさん、あの女なんなんすか?」

 

「あ?」

 

「ほら、あそこにつっ立ってる」

 

「馬鹿野郎、チャカ。おめえまだ懲りてねえのか。誰のせいで藤堂がムショ食らってると思ってんだ」

 

「いやいや、そーゆーんじゃねえっすよ」

 

「ったく」

 

チャカは吉田に怒鳴られた後、隅の方で煙草を吸いながらしばらくあるものを見つめていた。

その視線の先には、壁に寄りかかりながら煙草を吸っているレヴィの姿。

 

「ありゃおめえ、あのトッポイ通訳の用心棒だ。ロシア人やらと一緒にロアナプラから来たっつう」

 

「へえ! 女なのにやれるんすか! マジすか!」

 

「チャカ坊、でけえ声で喋んじゃねえ。声落とせ馬鹿野郎」

 

チャカは興奮気味に喋ると今度は嬉々とした表情でレヴィを見つめた。隣で話している男は眉根を寄せ、小さい声で諫める。

 

「マジでやめとけよ。客相手に問題起こされっとたまんねえぞ」

 

「……分かってますよぉ、心配性だなあタカさん」

 

口の端を上げそう一言だけ返すと、チャカは再びレヴィへ熱い視線を送る。

心の中で“でも、やれるもんなら見てみてえよな”と思っていることなど本人以外に知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ロック、姐御はまだいるのか?」

 

「ああ。ここから先は社交の時間だって」

 

「くだらねえな、さっさと帰って寝てえよ」

 

「ぼやくなよレヴィ。どこの世界でも物事を丸く回していくのは必要さ。それで話に片が付けばそれが一番安上がりなんだ」

 

鷲峰組とホテル・モスクワの会合がひと段落終了し、一足先にVIPルームを出でレヴィとロックは広い廊下で言葉を交わしていた。

ロックは最後にそう言い残すと、トイレの中へと入っていく。一人残されたレヴィは壁に寄りかかり、ポケットから煙草を取り出し火を点ける。

 

「理解できねえな。社交なんざ時間の無駄だってのに」

 

ため息を吐きそうな心持でレヴィは煙を吐き出す。

煙草の味を堪能していると、次第に足音が近づいてくる。

 

 

「お、いたいた」

 

 

足音の主は機嫌がよさそうな軽快な声で呟き、真っすぐレヴィの方へ向かってくる。

やがて目の前までやって来ると、勢いよく壁に手をついた。

 

レヴィは無遠慮に近い距離に入ってきた男を不機嫌そうに見やる。

 

「あのさあ。聞いたんだけど――君、ガンマンなんだって?」

 

日本語で話しかけられ何を言っているのか分からず、レヴィは鋭い視線を浴びせながら口を開く。

 

「……I don't speak no stinkin' Japanese. Speak English.(日本語、分かんねえんだよ。英語で喋れ)

 

レヴィはもう既に第一印象が最悪なこの男に不機嫌さを声に乗せ英語で返す。

 

 

初対面からここまで距離を詰められ機嫌など良くなる訳がない。

 

 

だから英語で返せば他と同様勝手にいなくなり、大人しく一人にしてくれるはず。寧ろ消えてくれた方がありがたい。

 

 

Oh right! Is that better?(あー、悪いね。これでいい)

 

 

 

――だが、そんなレヴィの考えとは裏腹にチャカは去るどころか流暢な英語で喋りだす。

 

 

 

「ここ、俺の店なんだ。土地柄、英語は喋れないと商売になんないんだよ」

 

「……」

 

「君さ、ロアナプラから来たんでしょ? 国際的な犯罪者がより取り見取り揃ってるって噂だけど」

 

「…………」

 

「ねえ、ヒト撃ったことあんの? 俺もあるよ、十人とか」

 

「おい色男。一言、言っていいか」

 

心底どうでもいい話に付き合わされ、レヴィは痺れを切らしチャカの話を遮る。

 

 

――やがて肺に残っていた煙をチャカの顔へと吹きかけた。

 

 

 

Your breaht stinks, fuck head.(息が臭えんだよ、クソボケ)

 

「ゴホッ、ゲホ……ッ」

 

チャカは唐突に煙を浴びせられ思い切り噎せる。

その様をレヴィは冷たい視線のまま眺めるだけ。

 

 

「香水ふっててもてめえの臓物が腐ってんのが丸わかりだボケ。……ほんと、キキョウの服着てこなくてよかったぜ。アイツの作った服にこんな匂いが移ったらたまったもんじゃねえ」

 

 

レヴィは再び煙草を口に咥えそう呟いた。

一刻も早くこの場から離れたかったが、まだ動くわけにはいかない。

 

 

いつまでかかってんだクソロック、と心の中で呟いたのと同時に、登場を待っていた人物がやっとトイレの中から現れた。

 

「レヴィ、お待たせ……って」

 

ロックはレヴィの近くにいる何やら噎せている男に気づくと、どことなく異様な空気が漂っているのを瞬時に感じ取った。

次第に眉を顰め、すぐさまレヴィへと近づきながら声をかける。

 

「……行こうレヴィ、バラライカさんが待って」

 

瞬間、レヴィに近づくのを許さないようにチャカはロックの前に足を出し壁を蹴った。

 

「あのね、通訳さん。見て分かんねえすか、今話し中」

 

「……」

 

チャカの態度と苛立った表情に、ロックの顔は険しいものへと変わっていく。

 

「割り込まんでくださいや。失礼とか思わねえすか?」

 

「……すみませんが、もう行かないといけないので。Revy. Let's go.」

 

淡々とした声音であしらうような言葉を口にし、二人でその場を立ち去ろうとする。

 

 

瞬間、ロックの腹から鈍い音が響いた。

 

 

唐突やってきた衝撃と痛みに、ロックは床に膝をつき腹を抑える。

 

「ごほっ……!」

 

「おい、何様だテメエその態度。何シカトぶっこいんだ、ンなろ」

 

チャカは怒気を孕んだ表情と声音で、うずくまっているロックへ言葉を浴びせた。その様をレヴィは一歩も動くことなくただ眺めるだけ。

 

「俺な? 神経切れっとワケわかんなくなんだよ。おい、聞いてんのかこの野郎!!」

 

未だ立ち上がらないロックを今度は足で蹴り上げる。

目の前で繰り広げられる仲間への一方的なリンチに、チャカを見るレヴィの目には次第に殺意も混じっていく。

 

「なあ姉ちゃん。女の前で殴られっぱなしなの、格好悪いよなあ。悪いことは言わないから、俺に乗り換えれば?」

 

「……」

 

チャカはニヤニヤしながら腰に刺している銃に手をかけ、黙っているレヴィへ声をかける。

舐めるように見つめてくる視線に気色悪さを感じ、レヴィは拳を握り必死に我慢する。

 

まだだ。ここで動けばこいつの思うツボだ。

 

心の中で何度もそう呟き、必死に殺してしまいたい衝動を抑える。

 

「こんな腑抜けのいちもつじゃ、君だって満足できないだろ?」

 

その言葉がレヴィの僅かな忍耐力を一気に削いでいく。

確実に己よりも遥かに格下のこの男に仲間を侮辱された挙句、自身を舐め切っている態度を向けられ続け、最早我慢の限界だった。

 

 

 

「おい! 何やっとんだチャカ!!」

 

 

 

懐にある銃へ手を伸ばしかけた時、騒ぎを聞きつけたのかVIPルームから吉田を先頭に鷲峰組組員達とバラライカらがぞろぞろと出てくる。

吉田は足早に三人の元へ駆けつけ、真っ先にチャカの胸倉を掴み上げた。

 

「お前何さらしとんねんッ! 場所と相手見ィやこのガキ!」

 

「あー、ヤダなあ吉田さん。ちょっとじゃれてただけっすよぉ。マジでやるわけないじゃないですか」

 

へへ、と軽く笑い、チャカは怒りを表す吉田に言い訳を並べた。数秒遅れて坂東もロックの元へ駆け寄り言葉をかける。

 

「兄ちゃん、大丈夫か? えらいすまんなあ、厳しく言っておくさかいに」

 

「……大丈夫です。ご心配なく」

 

「ロック、起きれるか?」

 

息を吐き、やっと解放されたレヴィもロックの元へ行き、背中を支え起き上がるのを手伝う。

 

「無能な上官に命令無視の兵隊。いよいよたまらんな軍曹」

 

「戦場であればよかったですな。すぐに戦死で厄介払いだ」

 

その様を遠くから見ていたバラライカは鼻で笑い、ボリスも呆れたような表情を見せた。

 

「助けに入れなくて悪かった。あの野郎は」

 

「分かってるよ、大丈夫だ。あいつは、ずっと拳銃に手をかけてた。お前に銃を抜かせたかっただけだ」

 

「よく見てたな。ダイヤの魂が入ってきた証拠だ」

 

鼻血を出しながらすぐさまそう答えたロックにレヴィはほんの少し口の端を上げる。

 

「お前がここで抜いてたら、俺達だけじゃなくバラライカさんもややこしいことになってた。……でも、よく耐えたなレヴィ」

 

「アタシだってそれくらい分かってたさ。それに、アイツの思い通りになるのも癪だったからな。――だが、あれ以上耐えるのは無理だった。連中があそこで来てくれてよかったぜ」

 

二人は何やら話している様子の坂東を含めた鷲峰組へ視線を向けながら言葉を交わす。

 

 

レヴィは「はっ」と息を洩らす、徐に立ち上がる。

 

「ロック、こりゃあカトラスが要り用になるかもな」

 

「……レヴィ、まさか」

 

「心配すんな、あたしからは手を出さねえよ」

 

ロックもレヴィに続き、ハンカチで自身の血を拭いながら立ち上がる。

レヴィの意味深な言葉にロックは浮かんだ予想に咄嗟に声をかけたが、彼の不安を打ち消すように一瞬の間もなく言葉が返ってきた。

 

 

 

「あのクソ野郎はどっかの段階で絶対何かをやらかす。尻と頭の区別もつかねえかけ値なしのノータリンだからな」

 

レヴィは少し離れた場所で吉田に何かを言われているチャカを見やる。

 

 

 

 

――その視線は、底が深く、光など一切ない冷徹なもの。

 

 

 

 

「こっちにまた今度銃を向けてきたら、そん時ゃ絶対殺してやる」

 

 

 

 

怒りの籠った声音で呟かれたその言葉は、ロックの耳にしっかりと届いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「――なあ、頼むよ……もうアレがねえとダメなんだよ俺は……」

 

「サキにカネをハラッてクダサイ。ハラッテくれレバワタシマス」

 

「今、これくらいしか……」

 

「コレじゃタリナイデスよ」

 

「頼むよ……アレがねえと、生きた心地しねえんだ……頼むよ……」

 

人が寄り付かないほど薄暗く、細い路地。そこでは金髪で長身の男とボロボロの服に身を包んだ男が言葉を交わしていた。

 

 

片言な日本語を喋っているヨーロッパ系の顔つきをしている男は、地面に膝をつきながら乞う目の前の日本人を憐れんだ目で見つめる。

 

 

「カネガナイならアキラメテくだサイ。デハ、しつレイ」

 

「待ってくれ! 金は必ず払うから……! 頼むッ!」

 

淡々と告げれば、日本人は外国人の男の足に縋りつき、一段と大きい声で何かを強請った。

 

あまりにも惨めな姿にため息を吐きそうになったが何とか堪え、どうしたものかと思案する。

 

 

 

しばらく思考を巡らした後、やがて口端を上げ碧い瞳を日本人へ向ける。

 

 

 

「アナタニはイツモオカイアゲいただイテイマス。ダカラ、コンカイはトクベツにテモチノカネでワタシまショウ」

 

「本当か……!」

 

「エエ。デスガ、カワリにワタシのオネガイをキイテクダサイマスカ?」

 

「お願い?」

 

「ソウ。ソンナにムズカシイコトじゃアリマセン」

 

拙い発音で発せられた言葉に、地面に膝をついたまま日本人は首を傾げた。

外国人の男は上着のポケットから小さな紙袋を取り出し見せつける。

 

「コレハ、ワタシがツくったモウヒトツの“サクヒン”デス。コレノカンソウをオシエてホシイのデス」

 

「それを試してアンタに感想を言えば、売ってくれるんだな?」

 

「モチロン。ヤクソクはマモリマス。イマココデタメシて、ツかったカンソウをオシエテくだサイ」

 

「わ、分かった! それで手に入るなら安いもんだッ」

 

日本人は口早にそう言うと男の手から紙袋を奪い取る。

早く何かを手に入れたがっているのか、雑に紙袋の中に入っているものを取る。

 

 

中から出てきたのは、透明の液体が入った小瓶と一つの注射器。

 

 

 

「これは……?」

 

「ソノままノムカ、チュウシャキをツカウかドっちでもイイデス。トニカク、ソレをタイナイにイレテどんなカンカくなのカ、オシエテクダサイ」

 

「これを飲めばいいんだな……!?」

 

男は瓶の中身が何なのか問うことなく、興奮したように乱暴に瓶の蓋を開ける。

そのまま口をつけ一気に中身を飲み干す。量が少ないおかげか、ほんの数秒で空になった。

 

「ドウデスカ?」

 

「……何もねえな」

 

「アじはシマシタか?」

 

「いや?」

 

「ニオイハ?」

 

「しなかった」

 

「シタやクち、ノドニシビレやイワカンはアリマスカ?」

 

「本当に何もねえよ。何だったんだ、あれ」

 

「タイシタものではアリマセン。キニナサラず」

 

今更になって中身が気になったらしく日本人は疑問をぶつけたが、外国人は軽くあしらった。外国人の男は感想を聞き満足そうな表情を浮かべ、今度は地面に置いていた黒いアタッシュケースを開き中から何かを取り出す。

 

男の手には、小奇麗な白い箱。

箱の蓋を開ければ、中にはさらに小分けにされた小さな袋がいくつも入っていた。

 

「ヤクソクデス。コレを」

 

「ああ……それだ! ホントにくれんのか!?」

 

「エエ。コノコトはヒミツデスヨ?」

 

「あああ……ありがてえっ! アンタ最高だよ!」

 

袋を二つ差し出せば、嬉々とした表情で日本人は受け取った。

箱を閉じてアタッシュケースの中へ戻し、既に袋の中身に夢中な目の前の男に笑顔で声をかける。

 

「コレカラもゴヒイキニ。デハ、シツレイ」

 

「ああ……最高だ……最高な気分だよ……」

 

最早何の言葉も聞こえていないのか、その場を離れる男には目もくれず袋の中身を堪能し続けている。

 

 

背後で日本人の悦に入った呟きを聞きながら、ニヤニヤと口端を上げ左腕の腕時計を見る。

 

 

 

「あと10分かな」

 

 

 

男はイタリア語で呟き、上機嫌に軽い足取りで歩く。

 

 

 

「どこにでもいるもんだな。ああいう救いようのない人間てのは」

 

上着のポケットからお気に入りの煙草――Camelを取り出し、口に咥える。

火をつけながら歩いていると、ふと一つの標識が目に入った。

 

「……へえ、GINZAはすぐそこなのか。気づかなかったな」

 

標識に書かれている“銀座”という文字を見やり、数回しか踏み入ったことのない場所だと思い返す。

 

 

途端、男の脳裏には数日前に商売仲間が話していた内容が浮かぶ。

 

 

 

 

 

『ジェイクさん、銀座の近くで商売やるなら今しかねえぞ』

 

『何故?』

 

『そこを仕切ってる組は鷲峰(うち)や香砂よりも立場がでけえ。その親玉が今東京にいねえんだ』

 

『どこにでもいるんですね、ヤクザというのは。それで、一体どんな組が仕切ってるんです?』

 

『あそこはな――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――藤崎組か。ま、気にしたところで手遅れだしな。どうでもいいか」

 

男は煙を吐きながら、心底興味がないと言わんばかりの声音で独り言を発する。

銀座とは真逆の方向へ歩みを進め、次第に人だかりが多くなっていく大通りへ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――数時間後、小さな路地裏で一人の男が静かに横たわっていたのが警察によって発見された。

 

傍らには、白い粉が入っている小さな袋が一つ落ちていた。

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