PM1.00
朝と同じように、静かさで飽き飽きとした昼食を取り終わった後方幕僚と指揮官は、副官の私、Zasm21と共に、いつも通りの書類作業に勤しんでいた。
ここのような、最前線ではない基地でさえも、作戦報告書というものは次々作らねばならない。
「「「.....................」」」
そして、人間である彼らは喋ることができるのにも関わらず、ここにいる大部分の人形と同じように口をつぐんでいる。
そして、いつもならばそれが終業まで続くのだ。
だが。
今日はいささか後方幕僚の虫の居所が悪かったようだ。
「......指揮官、本当に、昨日の人形はMIA扱いで申請するんですか......」
確認するにしてはすこし、いやかなり咎めるような口調で、指揮官へと言葉を投げ掛ける後方幕僚。
「ああ、それが一番効率的だからな。」
そして指揮官は、何時もと違う後方幕僚に対して、何時もと同じように答える。
しかし、それが後方幕僚の琴線に、悪いように触れてしまったようだ。
「何が効率的だからな、何ですかっ!」
凄まじい剣幕で、指揮官へと迫る後方幕僚。
しかし指揮官は身動ぎひとつせず、ジィっと後方幕僚の瞳を見据えていた。
それを知ってか知らずか、続けて捲し立てる後方幕僚。
「彼女は......あなたのことを尊敬していた。私たちの為に今まで身を粉にして戦ってきたんですよ!?
それを......効率的だからと見捨てるんですか!?」
ごもっともな意見だ。
確かに、普通の人間ならばそう考えるだろう。
「そうか。言いたいことはそれだけか......?」
だが、指揮官は動じない。
「貴方には人の心が無いんですか!?」
「人らしく理性的且つ心を持つからこそこういうことをしているのだよ。」
早くも対話は、平行線の様相を呈している。感情で物事を語る側と、理性で物事を語る側は、そのどちらもが高い水準で賢くない限り、延々わかりあえることはない。
「少し捜索隊を出せばすむ話でしょう!?」
「君ならわかるはずだ。この世界においてその少し、の捜索隊を出すことがどれだけ難しいことなのかとな。後方幕僚ならばなおさらだろう?」
指揮官の放つのは、あくまでも鋭く冷たい、理論による返事。
しかし、理詰めの言葉は更に若き青年をヒートアップさせる。
「彼女たちにも権利があります!
声を荒げる青年。
その言葉を放ったとき、今まで無反応であった、指揮官が動いた。
「いつ、人間が大事にされたのだ?」
言葉は先程と同じく冷たいが、その冷たさの原因は何か違ったものの用にも感じる。
鋭利な理論の冷たさではなく、ただただ冷えきった恐ろしく哀しい声だった。
「人間というものが、本当に大事にされていたのなら世界はここまで終わってなどいないのだよ。
わかるか?人形と違って強靭な体もない、力もない、演算ストレージなどあるはずのない、そんな同族の子供を戦争に行かせる種族だぞ?
確かに大事にされる人間たちはたくさんいたかもしれない。
だが、それは人間だから大事にされたわけでは決してない。
ただそいつらの運が良かったのか、それとも自らが勝ち取って得た権利かだ。」
思い巡らすような、憐れみを交えた声。
彼が、文明の崩壊する前から生きている、そこそこ高齢の人間であるからこそ出せる声だ。
「......っ!」
納得がいかない、という顔をしている。
その顔の構成する要素は、相手の意見に隙がない、と感じている表情は入っておらず、半分侮蔑の混じった、冷ややかな諦めに近い表情が大半だった。
そこで、彼は最後の切り札を切ったつもりだったのだろう。
全てを台無しにする事実を、彼は明かした。
「......居なくなった、喋るこのできない彼女が、何故貴方のことを慕っていた、と私が知っていたか、理由が貴方にわかりますか?」
突然の、意味深な指揮官への問い掛け。
勘のいい指揮官は、何かに既に気づいたようだ。
「お前......まさか」
指揮官が言い終わらないうちに、畳み掛けるように青年はいい放つ。
「そうですよ。私個人が、彼女に声帯機能を与えたのですよ、あの人形、MP5にね!」
勝ち誇ったような、そして自分に酔っている声を上げている。
それを聞いたあの指揮官の顔が、みるみる内に青ざめ、そしてすぐ真っ赤にそまり、彼は激昂した。
「お前っ!自分が何をしたのか分かっているのか!?」
怒り。長く側にいる私ですら聞いたこともない、怒号。
「ええ、彼女に声を出す権利を与えたのです!喜んでいましたよ、いつか貴方と喋ることが楽しみとも言っていました。それなのにあなたは...」
その声は最後まで紡がれることは無かった。
指揮官に頬を叩かれたからだ。
「ぐっ......そこまで自分の人形を縛りたいのか......!?自らの所有物を自由にされるのがそこまで嫌か!?」
煽りに煽る、人形人権論者。
「黙れっ!貴様の、いや、人間の価値観をあいつらに押し付けるんじゃあない!」
それに対する、老齢の指揮官。
「いいか!?人形は人間の延長線上だが、人間ではないんだ!わかるか?貴様のちっぽけな、権利だのなんだのという頼んでもないことを押し付けるのは冒涜だ!
あれらは人間のエゴの為に産まれたのだ!それを産み出した人間が否定するだと?お前らは自由だと、そういわれることはあれらにとって自分の存在意義を否定されるのと同義なんだぞ!人間如きの勝手な死生観と、価値観を押し付けるな!!」
機関銃の如く声をだし続ける。
そして彼の焦りの原因はまた別のところにもある。
「何故そこまで怒るんですか!別に何も害はないでしょうが!」
この状況で能天気なことを言う。
私は彼の脳がわからない。
なぜ他の存在の感情は想像できて、安易な行動がもたらす危険な結末の予想はできないのであろうかと。
「秘密を喋られたらどうするんだ!?ここの基地の正確な場所、人員、戦力、兵站......それが全部筒抜けになるんだぞ!?」
冷静沈着な指揮官が焦る理由はここにある。
「彼女は貴方を尊敬していた!裏切るはずがない!」
指揮官と裏腹に、彼はやはり感情を信仰している。
それがどれだけ無駄なものかと知らずに
「馬鹿野郎!尊敬や気持ちで相手の目をごまかせると思うな!人間ですら様々な方法で情報を整理して嘘を炙り出すロジックがあるんだぞ!そういったものの対人形用のものを鉄血がもってないと貴様は断言できるのか!?頭のいいやつがすこしネットで調べればすぐに戦術人形の思考ルーチンがわかるのだぞ!?」
そこでやっと、青年は黙りこんだ。
自らの行動がどのような結果をもたらすのかを、やっと理解したのだろう。
ただ、その顔は反省や後悔の顔ではなく、やはり納得のいかない、なぜこうなったのかと問い掛けるような顔だった。
「......お前はクビだ。ついでにこの基地にいる全ての人員もクビだ。即刻退去しろ。」
そして指揮官は、恐ろしい形相でそう吐き捨てると、書類業務をほっぽりだして、この後の作戦を練るために部屋を後にした。
よろよろと、私に歩み寄る青年
ゆっくりと、緩慢な動作で口を開いた。
「私は......間違っていたのか?
人形の君の意見を聞きたいんだ......」
私たちと違ってちゃんとした声帯があるのに、彼は蚊のなくような声で、私に意見を求めてきた
声を出せても思考が伴わなければ、それは雑音と同じだ。
私は声を出せないので、彼が指揮官に叩かれた方の逆の頬を、思いっきりひっぱたいてやった。
正直もう仲間とも思ってなかったので、攻撃へのセーフティーがかかるか心配だったが、彼は忌々しいことに立ち上がってこちらを睨み付けてきたので、私のセーフティーも壊れていないのは確認できた。
私たちは、これから死ぬと言うのに、彼は何故こうなのか。
声があるなら、罵倒してやりたかった。