原作の言葉遣いとか言い回しをトレースするのがムズすぎる……そしてタグの桃の一人称視点を二話から破っていくスタイル。シャミ桃は双方向に矢印ついて成り立ってるってはっきり分かりますね。
3巻ネタバレ、解釈違い、その他注意。
時系列は夏休みの最初の方、なんとかの杖探し前くらい。
それでも良ければ、暇潰しにどうぞ。
がらんがらん、という予想以上に大きなカウベルの音が周りに響きました。
気の良さそうなおばさんが楽しそうにそれを鳴らすのを見ながら、先程から同じ体勢のまま呆然としていました。目の前には抽選に使うガラガラがあって、それに手をかけている私と、そこから吐き出されたピンク色の玉があります。
「4等、映画『ろみじゅりっ!!』ペアチケット──おめでとうございます!」
「……ほえ?」
おばさんが大きな声でそう言うのを聞きながら、止まっていた思考が少しずつゆっくりと動きだし──。
「え、ええええほんとに当たったぁー!」
『おお! やるではないかシャミ子!』
たまさくら商店街の一角。
おかーさんから頼まれたお使いのついでに、今まで貯めてきた福引き券を大放出してガラガラに挑む権利を五回手に入れた私は、決死の覚悟でこれに挑戦。
そしてその戦果こそ──四つの鼻に優しいセレブなティッシュと、一枚の映画のペアチケットでした。
「おかーさんは出来れば二等のお米券がベストです、って言ってたけど、まさか本当に当たるなんて……今までこういう抽選やビンゴで当たったことなかったのに」
『セイコは一族の金運をシャミ子の健康運に変換したと言っておったが、一部の呪いが解けたせいかそれもゆるくなったのかもしれんな。余としては3等の自動掃除ロボ“エジソン”というのも気になっておったが……ともかく大金星だ! やるではないかシャミ子!』
「はい! それはさておきこの映画……ラブ、ロマンス……な、なんだかワクワクする響きですね!」
『ラァブだからなぁー! ……そうは言っても余は現代のラブはよく知らん。興味は無いことも無いが』
ぺらりと裏を見てみると、期限は明後日まで──想像以上にピチピチタイトなスケジュールを要求してきました。もしかしたらこの期限の短さだから4等だったのかもしれません。
幸いなことに今は夏休み、時間はあります。私の予定も空いてますが、ごせんぞはあまり乗り気ではないように見えました。多分いざ見に行けばテンションは上がると思うけど。
そうなると他の誰かを──そう考えて真っ先に思い出したのは宿敵の顔。
「……よし」
『? どうしたシャミ子?』
「私──桃を遊びに誘ってみたいと思います!!」
夏休みの昼下がり。
私こと千代田桃は、ばんだ荘の自室でソファに寝そべりながらダラダラしていた。日課である筋トレを終え、軽くシャワーを浴びたのがつい先ほどのこと。現在彼女はメタ子を腹の上に乗せながら、何回ナデナデすれば『時は来た』と言うのか周期を図るくらいには自堕落の限りを尽くしていた。
夏休みの宿題はやる気がない。夏休みとは学生の休業日であり、宿題は学生へのサービス残業ならぬサービス勉強であることは確定的に明らかだ。夏休みが終わった後、締め切りを伸ばしてもらってから学校の休み時間にでも適当に終わらせれば良い。
よって、私としては自身がこの街にやってきた理由でもある姉の探索──ひいてはこの街の魔族について調べたいのだが、問題はその協力者であるシャミ子にあった。
……最近シャミ子と顔を合わせづらい。
先日シャミ子をソファに投げ飛ばした後、ぷんすか怒った魔族を買ってきたハーゲンダッツで宥めたは良いものの、その時に芽生えた桃の感情は今も変わらず胸に燻っていた。
例えば、気付いたら目で追ってたりとか。
些細な行動に一々可愛いとか考えたりとか。
キッチンで夕飯を作る姿に若干ながら優越感に浸っていたりとか。
まるでシャミ子の能力で夢から干渉され、思考を誘導しているのではないかと疑うほどシャミ子の事を考えている。今も清子さんのお使いで買い物に出かけて──荷物持ちに付いて行ってあげたら喜んだかなぁ、などと少し後悔しているほど、彼女という存在は私の心を大きく揺さぶっていた。
そんな事を考えていると、コトリと玄関の方から音がした。郵便受けに何かが投函されたらしい。公共料金かチラシの類いか、はたまた水道会社のマグネットか。いずれにしても、あらゆる情報がメールらや無料通話アプリで送られてくるこの社会で私に対して郵便してくるものなど、その辺りのどうでも良いものばかりだろう。
何時もなら無視して、一週間位経って思い出したように受けとるのが常だが、暇を絶賛好評売り出し中の私はゆっくりとした動きで玄関の方へと歩いた。腹に乗っていたメタ子の『時は来た!』という良く分からない声を聞きながら、アンニュイな眼で郵便受けを適当にまさぐる。
するとガサガサというチラシの感触と共に、普通の手紙のような手触りの物を発見し、それを取り出してみる。
何だか黒っぽいシックな便箋を、少し訝しげに眺めなから何とはなしに裏面を見る。
『親愛なる宿敵 千代田桃へ
シャドウミストレス優子より』
「…………」
ガチャリと扉を開けて隣の部屋の方を見る。
そこには扉を楯にしながら此方の様子を伺う魔族が一人。
「……何やってるのシャミ子?」
「な、何で気付いたんですか!?」
「クロワッサンがはみ出してたから」
「ぐぬぬ……まさかこの角に首が痛くなったりバランスが偏ったり寝付きが悪くなる以外にも欠点があったなんて……」
そんな事を呟くシャミ子を見ながら、手元の手紙を掲げて、
「この手紙、何? 用があるなら普通に言えば良くない?」
「そ、それは……と、とにかく一度読むが良い! お返事待ってます!」
尻尾を挟まないよう掴みつつ、勢い良く扉を閉めるシャミ子を眺めつつ、次いで手にした手紙に視線を送る。あまりシャミ子らしからぬ可愛げのない手紙の柄に、不思議に思いながらも部屋に戻りながら手紙を丁寧に開けていく。
『拝啓 暑さも厳しさを増してまいりましたが、桃におかれましてはいかがお過ごしでしょうか』
……お中元?
毎日顔を合わせてたまにご飯も食べてるのに、いかがと言われても困るというか。
その後も続くお堅い文章に違和感を持ちつつ──そして何となく既視感を覚えつつ読んでいく。
『……つきましては、明日の午後からの時間を私にお譲りして頂きたいと思います。明日の午後一時にたまさくら商店街の……』
「……ふむふむ」
内容をまとめると、明日の午後の時間に何かに付き合って欲しいとの事らしい。
……さて。
ここまで読めば自然と思うことは──先日の一件、シャミ子が桃に手紙を渡したことから始まった、いわば『勘違いラブ(?)レター事件』だ。
シャミ子は私に勝負を挑もうとし、私はシャミ子が遊びに誘ったのだと勘違いした一連の流れは、最終的にはシャミ子の闇落ち髪飾りをもって終結した。それは桃も覚えているし、あの時貰った髪留めは毎日着けてるし寝るときは大切に引き出しにしまっている。
……問題は今回が『どっち』なのか……。
よって今回送られた手紙の意味とは何なのかが重要になる。候補としては。
①魔族の シャミ子が 勝負を しかけてきた!
②疲れたので筋トレは休ませてください。
③モモ、デートしよっ♡
③午後からは一緒に遊びに行きましょう。
の3つ辺りが妥当なところだろう……一部不適切な考えが浮かんだ気がするが、気にしない。
シャミ子はそんなこと言わない。
(……まあ、②ってことはないか)
二番目の候補はまずない。
何故ならシャミ子は意地っ張りで見た目より頑固で、弱音は吐いても諦めない娘だからだ。
確かにシャミ子の体には筋トレで負荷を掛けているし、毎日続けるのは大変ではある、がそれは彼女も承知の上であり、自分が成長するためにも許容、いや挑戦していることだ。
私は諦めない──そう言った傲慢で魔族らしい吉田優子を、私は信じている。
ならば候補としては①と③辺りだろう。
(……前回のことを考えると……また①ってことは、あり得るのだろうか?)
可能性としては低い、があり得なくもない。
前回リベンジとして同じように手紙で誘ったと考えるのなら、納得は出来る。けれどそれで一度失敗していることを考えれば、少しは文面を変えて、勘違いの無いようにするのが普通だろう。今回の手紙では前回あった挑発的な文言が無いことと、待ち合わせ場所に商店街を指定したことを鑑みれば──やはり③が最も妥当なところだろう。
つまりはデー……お出かけのお誘い。
(……普通に誘われなかったのが気がかりだけど……ある意味シャミ子らしいと言えばらしい、かな?)
少し考えてはみたものの、答えは出ない。
何はともあれ明日になってみれば答えは分かるだろう──そう結論付け、少し軽くなった足取りで手紙を丁寧に引き出しにしまうのだった。
翌日。
お昼に魔族のお手製料理を堪能した後、私は少しお腹を休めてから商店街へ歩き出した。既に季節は夏だが、雲が程よく陰を作るお陰か過ごしやすい。程よい暑さが汗を作り、風がそれを通り抜ける清涼感は気分としては悪くなく──きっとピクニック日和とは今日のことを言うのだろうと思う。
着込んでいるのは動きやすいパーカー。さっきも考えていたように、今回は十中八九お出掛けの誘いだが、前回の反省を踏まえて気合いの入れたよそ行きの服は着ていない。この格好はもし商店街でシャミ子以外の魔族を見つけた時の配慮も兼ねていたりするので、決して間違ったら恥ずかしいとかビビったわけではない。
「──あっ、桃!」
そんな言い訳を誰に語るでもなく考えていると、聞きなれた声がかかってきた。そこには先程まで食卓を共にしていた魔族の姿があった。
よそ行きの明るいワンピースを着たシャミ子は少し小走りしながらこちらに近付いてくる。彼女の長い髪がふわりと宙へと広がると、仄かに甘い香りが鼻をくすぐり、胸が高鳴るのを感じた。
……なんか、気合入ってる?
よく見れば、薄く化粧をしているように見える。シャミ子自身の物か、あるいは清子さんのものだろうか。柔らかな色合いを見せるチークと、薄く塗られたピンクのルージュが唇を濡らしていて──。
率直に言って、可愛い。
けれど何よりも。
……私のために、してるって事で……。
つまりは、今ここにいるのは、紛れもなく『私のためのシャミ──
「? どうしました桃? 顔赤いですよ」
「な、何でもない……もしかして、化粧してるの?」
「はい。出掛けるって言ったら、お母さんが折角だから練習したらって……ちょっとだけ、ですけど」
「そうなんだ……うん、可愛い、と思うよ」
「そうですか? ありがとうございます。でもちょっと意外ですね。桃はあんましお化粧とか、興味ないと思ってました」
「……姉にいつか使うだろうからって、少しは」
おかしな方向へ曲がった思考を、適当な話題で反らす。
……落ち着け、魔法少女はうろたえない。
「それじゃあ、行きましょうか。映画は大体金曜日にテレビでやってるのしか観たことないので、結構楽しみなんですよ?」
そう言って歩く彼女に着いていく。
位置は歩く彼女の隣。
ゆっくり歩く彼女に歩幅を合わせる。
──少し伸ばせば届く手を、握りしめて。
映画館は少しだけ混んでいて、席に着くお客さんの姿が疎らにあった。私たちが真ん中の方の二つの席に座ると、丁度良い時間だったのか、光源は画面に映るスクリーンだけになる。
『ああロミオ
ロミロミロミオ
ロミロミオ(五七五調)
あなたはどうしてロミオなの?』
『それはねジュリエット
──僕がロミ家に生まれた男だからさ』
目の前のスクリーンに映し出されているのは、二人の男女の語り合い。異形の男性は魔法の杖を持ちながら女性を見上げ、女性は窓辺で悲しげな瞳を浮かべながら男性を見下ろす。感動的な場面がそこにはあった。
──魔西暦426年。
隣国との百年にも渡る魔法戦争が停戦により終結しつつあるその年に、田舎町の木こりの少年ロミオは、進学のために来た城下町で、城から脱走したお転婆お姫様のジュリエットと出会い、成り行きで一緒に逃亡しながら町を見て回る内に恋をする。ロミオは正直に自分の内心を告白し、ジュリエットはつれない態度を取るも、いつか魔法師団の長として活躍すれば結婚するという約束をする。ロミオは国の運営する学校で勉学に励んだりドッジボールの才能に目覚めたり筋トレをする傍ら、週に一度城に忍び込んでは姫のいる部屋の真下まで来て話をするようになった。
平穏で充実した毎日を送るもロミオたちだったが、突如隣国の王が急死し、代わりに王となったワルイーヤ・ツダ4世は停戦を撤回。総戦力で進行を開始し、いまだ若輩ながらも徴兵されたロミオは、熾烈な戦争の中を元軍人だった父親からのアドバイスによって潜り抜けて生き残り続けるのだが、次第に国は劣勢になっていくのだが、隣国からジュリエットを婚約者として差し出せば戦線を引き下げると要求されてしまう。
国のためにも仕方がないのだと、泣きながらもロミオを諭すジュリエットと、自らのすべき事に迷い途方にくれ、心を鎮めるために滝に打たれて瞑想するロミオ。するとそこに森の主であるヤギみたいな羊みたいな鹿が現れ、隣国の王は実は死しておらず、悪の魔法使いに操られているため、そいつを倒せばまるっとスッキリ万事解決だと教えられる。どうすれば良いか聞くと、森の主と契約することで強大な森パワーで魔法使いを倒すことが出来るが、代わりに一生を森の管理者として生きなければならないという。
ロミオは悩みながらも、国とジュリエットを救うために契約して森堕ちし、動物感溢れるふわふわボディーを手に入れ、魔法使いを倒す前に最後の別れとしてジュリエットと会いに来たところでシーンが繋がる。
『行かないで
どうか行かないで愛しいロミオ
私のそばで
震える私の手を握って下さい』
『ごめんね愛しいジュリエット
その手は握れない
狼の爪の生えた手じゃ
白いドレスを破いてしまう』
『そんなの構わないわ
服なんて貴方と一緒に何度も汚したもの
お願いよこっちへ来て
また一緒に町を見て回りましょう』
『ごめんね愛しいジュリエット
もう町へは戻れない
ヤギの足ではきっと
君の隣は似合わないよ』
『そんなの構わないわ
町で貴方に似合う靴を探せばいいの
今宵は一緒に過ごしましょう
不安な夜も貴方となら乗り越えられるの』
『ごめんね愛しいジュリエット
僕はもう君を抱き締められない
熊のような怪力じゃ
君の体を傷付けてしまう』
『そんなの構わないわ
いっそ痛いほど抱き締めて
私を傷物にして下さい
傷のついた体なら
王も欲しがりはしないのだから』
物語は佳境にあった。
引き留める女と、拒絶する男。
平行線を辿る二人の会話は、突如鳴った鐘の音で終わりを告げた。化け物の体になったロミオを探す衛兵の声が、そこら中から鳴り響く。
『ごめんねジュリエット
君の幸せのための薪になれるなら
僕は木になったって構わない』
『薪になった貴方なんて見たくないわ
貴方が隣にいてくれるなら
他には何もいらないの
──愛してるわロミオ
どうか私のそばにいてください』
『さよならジュリエット
いつも元気でお転婆な
太陽みたいな君を愛してる』
走り去る男の姿を見て、泣き崩れる女性。
そんな姿を、どこか冷めた目で見ている自分がいた。
……つまらない映画では、無いと思う。
演出がチープだったり、脚本に若干の無理があるとはいえ、役者の演技は文字通り真に迫るものがあるし──何よりも綺麗なお話だった。
男を想う女と、女を案ずる男。
両者は互いに恋人を守るために行動して、だからこそ相手の自己犠牲に反発する。そのすれ違いは悲しくて、だからこそ感動的で──目を閉じたくなるくらいに、眩しい。
私は──千代田桃は、きっとそんなに綺麗ではないから。
だからきっと、真剣に見れないのだろう。
どこか冷めた視線で、一歩身を引いて、上から目線に批評して──まあまあだったね、なんてすました顔で語る私が容易に想像できた。
そんな自分に若干の自己嫌悪を抱きながら、椅子に深く座り直すと──不意に手を握られた。
……シャミ子?
驚いて左を見ると、そこには涙目になったシャミ子がいた。顔はスクリーンを向いていて、おそらく私の手を握っていることも気付いていないのだろう。私の左手の甲を、彼女のふにふにした右手がギュッ、と握り締める。
まるで縋るようだった。
ロミオを案じるジュリエットのように。
優しくてお転婆で、太陽のように笑う女の子──どことなく似ている彼女の横顔は、どうしようもなく綺麗で眩しくて──思わず守りたくなるくらいに儚い。
彼女の様子に顔を綻ばせて、改めてスクリーンの方を向く。物語は最後の戦いへと進んでいく。
二人なら、眩しくても見ていられそうだった。
「うぅ……感動しました……まさか悪い魔法使いがロミオのお母さんだったなんて……」
ざわざわと騒がしい映画館の中を二人で歩く。周りには今しがた見ていた映画の感想を語る歩いていて、それは私達も例外じゃない。感動で涙ぐむシャミ子の隣で、不覚にも私も若干の涙目で映画の内容を回顧する。
「……森の精霊だったお母さんが、旦那が戦争で亡くなったせいで砂漠堕ちして世界に混沌をもたらす……なるほど。ロミオが選ばれたのは当事者だったっていう理由より、元凶の息子だったからなのかも」
「うぅ、救われないお話です……でもそんな悲しい因果を、ロミオとジュリエットが断ち切った……いや、木こりとして刈り取ったんですね」
「まさかジュリエットが太陽の巫女で、それを危険視して排除しようとしたのに、危惧した通りに最後の戦いで覚醒して『太陽の斧』を作り出される……お約束だけど、熱い展開だった」
「ダッシュで逃げるお母さんに斧を投げて当ててましたし、序盤の何でもないドッジボールの才能がここで生きてくるなんて……なんだかとんでもない作品を目の当たりにしてしまいました」
並んで歩きながら感想を語る。あまり期待はしていなかったが、これは意外にも良作を引き当てたのではないだろうか。
そんなことを考えていて私だったが……先程から周囲の視線をしきりに確認していた。
休日の午後だからか人はそこそこ賑わっているから、もしかしたら同級生やクラスメイトに出くわす可能性があった。
クラスメイトと言っても、大抵は世間話をする程度の仲ではあるんだけど──さすがにこれは、今の私達の状況は見られると色々と困りそうだった。
「……ねぇ、シャミ子。流石にそろそろ離してくれるかな。ちょっと、恥ずかしい」
「? なにが──あっ」
疑問の声を途中まであげたシャミ子の目に写っていたのは──私の左手と彼女の右手。
私の手の甲を掴むような、不格好な繋ぎ方。それはまるでシャミ子の方が手を繋ぎたがっているように、回りからは見えるだろう。
瞬間、シャミ子の顔が沸騰したみたいに紅潮した。
慌てて手を離して歯切れも悪く「ご、ごめんなさい……」と呟く彼女に、私は「別に」と曖昧に返した。
──続く言葉は、言わないことにした。
「……これからどうするの? 帰る?」
「え、ええと……ちょっと、ゆっくりしていきませんか? 折角映画も見たんですから」
その方針通りに、二人で以前行ったフードコートの方へと歩く。前回一緒に来たときはうどんを食べたけど、昼食は既に済ましていたので、注文もすることなく適当な席に二人で座って話すだけ。
端っこの席に陣取って、さっき見た映画の話をする。あれが良かった、それが感動した。そんな他愛もない話を、二人でする。
話は思いの外盛り上がって、さっきの気まずい雰囲気も忘れた頃に、やっぱりこれはデートなのだろうかという考えが浮き上がって──同時にそれ以前の話が、疑問になってきた。
「ねぇシャミ子。今日はどうして誘ってくれたの?」
私がそう口火を切ると、シャミ子は驚いて──次いで困ったような顔やらなにやら、顔色を百面相みたいに変える。言いにくそうに唸ったり、微妙な様子だった。
数秒ほどそんな風にしていると、なにやら決心したのか……恥ずかしそうに顔を赤くしながら、
「……その、前にちょっと、失敗してしまったので」
「? 前って……」
言うまでもなく、前回……夏休みの最初にあったお出掛けのことだ。勘違いとすれ違いと、その他諸々に依って起きた事件だったが……それについては最終的に決着が着いたはずだ。
「……別に気にしなくても良かったのに。髪止めも買ってくれたし」
「いえ、確かにそうだったんですが……」
シャミ子は自分の尻尾を弄りながら。
「……よく考えたら、私は桃と遊んだことが全然なかったなって思って……か、勘違いするな! 別に遊びたかったってわけではなくて、ただその、前回は悪いことしちゃったなって思ってたし、これを機に敵情視察をしようとしただけなんですから!」
「……そっか。じゃあ、あの手紙は……」
「前回のやり直しです。次はちゃんと勝負を挑みますから、首を洗って待ってるがいい!」
ふはははははー、と笑うシャミ子の姿に一つ嘆息しつつ、自然と口端が上がる。
目の前にいるのは今までと変わらない、いつものシャミ子だった。真っ直ぐなくせにどこか素直じゃない。
「……さっきシャミ子はジュリエットに似てると思ったけど、やっぱりあんまり似てないかも」
「? そう、ですか? まあ確かにうちは一般魔族家庭ですし……でも、そういう桃はなんとなくロミオっぽいですね。筋トレ好きですし」
「……それって褒めてる?」
遠回しに男みたいって言われているのだろうか。
そうなると明日のシャミ子の筋トレはダンベルからバーベルにグレードアップしてしまうのだが。
「それにしてもラブロマンス映画、というのははじめてだったんですけど……結構、ドキドキしましたね。最後の方なんて情熱的で……と、とても良には見せられません」
思い出して恥ずかしくなったのか、顔を両手を頬に当ててほわほわしているほっこり魔族を、なんとなく微妙な目で見る。そんなにだっただろうか、と映画の内容を回顧しても、確かに情熱的な口説き文句や若干思わせ振りなキスシーンはあったものの、それは教育上に悪影響が出るほどだっただろうかと、首を傾げたくなる程度のものだった。
別に誰かと付き合った事があるとか経験があるというわけではないのだが……魔法少女やってれば、もっと衝撃的な事ばかりで耐性があるのかもしれない。
主に物理的な衝撃だが。
「……興味あるんだ。ああいうの」
「べ、別にそういうわけでは……ちょ、ちょっと気になるくらいです」
「それを世間では興味があるっていうだよ……シャミ子って、白馬の王子様とか信じてるタイプだった?」
「な、なんかそこはかとなくバカにしてるな! そこまで子供じゃありません! でも馬に乗ってるのはカッコいいと思います!」
──なんというか、大丈夫だろうか。
正直出会ったときから思ってはいたが、シャミ子は少し純粋すぎる嫌いがある。それは間違いなく彼女の美徳だし、私としても好きなところではある。
ただちょっと騙されやすいというか、絆されやすいというか、もっと言えばチョロいというか。
「……シャミ子、知らない人に情熱的な言葉を掛けられても、ホイホイ付いてっちゃダメだよ」
「それは間違いなく馬鹿にしてるな! 喧嘩売ってるんです買いますよ表に出るがいい!!」
ムキ~、と漫画みたいに怒るシャミ子。おそらく彼女を見る私の目は生暖かく映っているだろう。
彼女はそんな私を睨むと、
「ふん! それを言うなら桃はどうなんですか! 筋肉に利くサプリメントで懐柔されたりしそうですけど!」
「まさか、シャミ子じゃないんだか──」
「小倉さんの薬で買収されてたのに?」
「……そ、それは、シャミ子の筋肉のためで致し方なく」
「やっぱり図星じゃないですか!」
ムッとした顔のぷんすか魔族から、目を反らす。まさかそこを引き合いに出されるとは思わなかった。
「……それを加味したとしても、あくまでそれはサプリメントに引かれただけで、騙されたらこってり絞るだけで問題ない。チョロ甘夢見勝ち魔族とは違う」
「ぐぬぬぬぬ~──じゃあ、分かりました! 今ここで、ちゃーんと証明して見せてください!」
は、と疑問の声をあげる時間もなかった。
いきなり立ち上がったシャミ子は、そのまま机に片手を着き、もう片方の手を此方に伸ばす。柔っこくて小さな左手は、容赦なく私の手を掴む。映画館でしたように、けれど今度は確かに手のひらを合わせて握り締め、
「あ──愛してます桃
どうか私のそばにいてください」
そう、呟いた。
「────」
頭が真っ白になった。
何を言われた? 愛してる? 誰が、シャミ子が、私に言った? なにそれ初耳だけどでもそう聞こえたし、今も目の前にいるしメイクしてる唇が赤くて可愛い顔めっちゃ赤いし可愛いしでもシャミ子がこんなに素直な訳がないしでも嘘なら嫌だしこれデートだしならこれは告白なのは間違いなくてヤバい今すごい顔熱いうるさいしでもこれ私の心臓の音で手のひらをすべすべでずっと握ってたいしもうこれゴールイン
「──ほ、ほーら黙った! やっぱり桃もチョロいんじゃないですか!?」
その言葉で、我に帰った。
「は? いや、え、な、なにが」
「ふ、ふふーん? へーそんなんですかやっぱり桃もこういうの好きなんですね意外ですね人のこと馬鹿に出来ませんね! 桃色夢見勝ち魔法少女じゃないですかおそろですね別に嬉しくないですけどー!!」
「────っ!!」
──は、図られたっ!!
気付いたときには時既に遅し。
調子づいた魔族のマシンガントークが炸裂し、身体中の血液が頭に上ったと思えるほどに顔が紅潮し、羞恥が込み上げてくる。
不覚だった、屈辱だった。
なにより──迂闊だった。
追い詰められて現在進行形でテンパりながらあることないこと喋りだす魔族を見据えながら、さっきの自らの沈黙に歯軋りしそうになる。それは自らの選択ミスに対する憤りであり──同時に自分の本心の証明だ。
何も言い返せなかった?
──言い返したくなかったのだ。
突然の言葉に驚いたとかじゃない。
らしくない物言いに虚をつかれたとかじゃない。
百歩譲って──彼女の告白に対して心から喜んだのも間違いないがそうじゃない!
冗談だと──そう言われ、
テンパった末の悪戯に対して喜んで、冗談だと言われて残念がって──あまつさえ一瞬ながら嘘だと確信しておきながら、
──期待してたのだ。
彼女が情熱的に私を求める、そんな都合の良い展開を情けなくも夢見ていたことを、自分から肯定してしまった。
「──~~~~!!」
恥ずかしい。
浅ましい自分に反吐が出る。
耐性があるだの冷めてるだの偉そうに語っておきながら、心のどこかでそんな展開を望んでた?
──都合の良い白馬の王子さまを夢見てるのはどっちだ。
「ふ、ふん! 桃が悪いんですからね! 悔しかったら言い返してふぎゅう!?
「……今日のは、シャミ子が悪いんだからね……明日の筋トレは働く車のタイヤじゃすまないからね……!!」
「ふぁんふぇへふは!?」
副題
『夢見勝ち魔法少女の映画デート』
シャドウミストレス優子
言わすと知れた主人公。間違いなく良妻系。
巷ではなんとなく桃から迫る二次創作が多そうだが、作者的にはシャミ子から迫るタイプだと妄想。チョロいけどダメ男には引っ掛からないで尻を叩きそうだし、原作で桃にしたようにやる気にさせるのは上手そう。
少女漫画より少年漫画派だがそれはいつも読んでるからだったり手に取る機会が多いからで、ラブロマンスはラブよりもロマンの方にワクワクするけど、一回嵌まると沼へ落ちるのが早そうという作者の偏見。
原作では絶対やらないが、今回はテンパって告るし本音も駄々漏れのあぷあぷ魔族。映画は構成とか伏線の巧みさよりも登場人物の心情とか関係性とかを見るタイプ。
千代田桃
(頭のなか)桃色魔法少女。物理で誤魔化す系。
原作より多目に頭が夢見勝ちになっておりますが、今作のコンセプトだから許せサスケぇ……。でもやっぱり一歩を踏み出すのは桃じゃないしあんまりグイグイ行ったりしない。
普段はすました顔で『サバサバ』してる感をだしてるし、実際そうだけどシャミ子関連になるとチョロ甘だし全部好きだし欲望まみれになるけど意地でも顔に出そうとしない。ただし今作はラブコメだし片方が余裕綽々なのは解せぬのでガンガンいくぜ。
シャミ子の一挙手一投足に可愛いとか思ってる。映画は登場人物の心情とか関係よりも構成の巧みさや伏線の回収の鮮やかさを見るタイプ。
ろみじゅり!
今さらだけどこれラブロマンスなのか?
同監督の作品には『ハゲと髪長と不思議のダンジョン』(原作ラプンツェル)『死んでれらぁ……』(原作シンデレラ)『俺と君でメタモルフォーゼ』(原作とりかえばや物語)などお伽噺や文学作品などを原作とした作品が多いが、ほぼ別物になっている。やりたい放題だが構成が上手いと評判。