大体私に言わせれば、鬱だのなんだのは甘え以外の何者でもないわ。そうでしょうスーさん! ほら、スーさんもそう言ってる。だから、永遠亭から薬売りの役を任命されたけれど、私は絶対に抗鬱薬なんて処方したりしない。だって体を動かせばすぐに治る病気じゃない。少なくとも、薬売り先輩はそう言っていたわ。戦場? なら鬱は甘えだって。
とにかく、今日は私の初勤務なの。ルートも頭に入ってるし、薬を置く家も覚えてるし、どこにどの薬を置けばいいかも分かってる。
ただ、わたしの巡回ルートに一件、抗鬱薬の処方があるのよね。気に食わないわ。会って、薬に頼ろうなんて考え方を改めさせてやるんだから。運動よ! 運動!
野良猫軍団を見ると、里に着いたって感じがするわね。そういえば私、薬売りをやるって決める前は、えーりん先生に害獣駆除をやらされそうになってたの。みて、スーさん。あの猫達。あんなにまるっこくて、ふさふさしてて、愛らしい動物、私に殺せるわけがないわ! そうよね、スーさん? ああ、ダメよスーさん。スーさんは猫じゃないんだから、にゃあなんて返事をしたら。え? 関節が球体じゃないからイヤ? うーん、言われてみればそうね。あの、大腿骨が皮膚の下で蠢いてる感じが、なんともグロテスクだわ。
それはそれとして、初仕事よ! 巡回ルートのお客さん達は風邪だったり、風疹だったり、喘息だったり、不治の病だったりするらしいけど、そんなの、みんな自力で治すべきなのよ! 運動、運動をすべきだわ。……でも、体が動かせなくて運動ができない人もいるのよね。
だから私、偽薬? をいっぱい持ってきたの。薬なんだけど、薬じゃないんだって。薬売り先輩が言ってた。薬売り先輩はよく仲間? に飲ませてたらしいわ。効果はともかく、みんな幸せな最期を迎えられたって話よ。終わりよければすべてよし、いい言葉よね。私、好きだな。この言葉。よおし、気合い入れて配っちゃうんだから。
薬売りも簡単ね! 薬の入ったカバンを持ち歩かなければ声をかけられることもないし、ポケットの偽薬を郵便受けに放ればすぐに済んじゃう仕事だわ。
でも、大変なのはこれからよメディスン。いよいよ鬱病患者の家の前までやってきたわ。家の中が静かだから、多分寝てるみたいだけど、日中から眠るなんてとんでもない! 叩き起こして、すぐに更生させてやるんだから!
「ノックしてもしもーし」
……。
反応がないわ。出掛けてるのかしら。いえ、そんなわけないわ! きっと、自分は鬱病だから、急な来客に対応しなくてもいいって考えてるんだわ。絶対そうよ。ううう、許せない。甘えよ、甘え! 鬱だからって、そんな甘えが許されると思ったら、大間違いよ!
「もしもーし! コンコーン! ノックしてるんですけど! もしもーし!」
……あ! 今、家の奥から物音が聞こえたわ。やっぱり居るのね、畳み掛けるなら今だわ! 上り口十六連打よ!
「コンコーン! もしもーし! 居るなら早く出てきたらどうなの! もしもーし!」
「は、はい! 今行きます!」
うわぁ、聞いた? スーさん。蚊みたいに細くて、弱々しい声。情けないったらないわ。全く。
「どちらさまでしょう……?」
戸が不健康そうな音を立てて開くと、出てきたのはやっぱり不健康そうな男。というより、蚊みたいに細い、蚊そのものみたいな感じ! 私のちっちゃい手で叩けば、腕とか足とか、折れちゃうんじゃないかしら。ふにゃって。
「私メディスン。メディスン・メランコリー。薬売りです」
「ど、どうも。い、いつもの人と違うみたいだけど」
それがどうしたのよ! 怯えた目で人を見て、失礼しちゃう。
「薬売り先輩が部屋に引きこもっちゃったから、私が新しく薬売りに任命されたの」
「へ、へぇ。それはそれは。じゃ、じゃあ君が、薬、置いていってくれるのかい」
ダメね。完全に薬に頼り切っちゃってる。そんなんじゃ一生治るわけがないのよ。薬売り先輩が元気なときに言ってたわ。外の美しく素晴らしい空気を吸えてさえいれば、あとはもうなんにもいらない、って。
「そんなわけないでしょ! 甘えないでよね!」
「え、えぇ! そんな!」
「ほら、運動しにいくわよ。早く着替えてきて! 運動よ、運動。健康のためには運動が一番だわ!」
私が言うと、髭が伸びっぱなしのおじさんは狼狽した様子で部屋に引っ込んでいったわ。きっと、着替えたり、髭を剃ったり、外に出る準備をしているのね。鬱病患者って、思っていたより素直じゃない。感心感心。
……。
…………。
ねぇスーさん。あのおじさん、思ったよりおしゃれさんなのかもね。え? だって、外出の準備にこんなに時間がかかるなんて、それしか考えられないじゃない。どんなお洋服を着てくるのかしら、楽しみね。スーさん。
……。
…………。
………………。
来ないじゃない!!