全く、私をこんなに待たせるなんていい度胸じゃない、挙げ句、出てくる気がないなんて! ねぇ聞こえる? スーさん。家の奥の方からすすり泣く声が聞こえてくるわ。薬が貰えないのがそこまでショックなのかしら、情けないったらないわね。ほんと。
こうなったらアレをやるわ。薬売り先輩が部屋に引きこもってアルファとかブラボーとか激しい攻撃とか救援要請とか敵のスナイパーとか衛生兵とか、わけのわからないことを叫び始めたときにやったあれよ。お家の中に毒ガスを発生させるの。
それにしても、あのときの薬売り先輩の慌てっぷり、面白かったわね。スーさん。外に出た途端幸せそうに深呼吸して、呼吸が出来るのは特別なことだ、だなんて。ふふふ。今思い出してもおかしいわ。今回もやりたかったけど、えーりん先生がやめてあげて、って言うから、我慢してたのよ。私。
よおし。
コンパロ、コンパロー……。
……。
出てこないわね。でも、すすり泣きがやんだわ。泣き止んだってことは、あとひと押しよね。スーさん。
コンパロ、コンパロー……。
…………。
しぶといわね。薬売り先輩はこれをされると生きたくなる、って言ってたのに。全然出てくる気配がないわ。うーん、もう少しだけ、続けてみましょうか。
コンパロ、コンパロー……。
…………………。
死んじゃうわ!
スーさん、お家の窓を全部開けてきて! 私は玄関から入っておじさんを見つけて引きずり出すから! もう! なんで出てこないのよ!
上り口を上がって、あっ、靴を脱がないと。靴を脱いで、それから、それから。
「おじさん、おじさんどこー?」
ああ、もう。なんでこんなに部屋が多いのかしら。おじさんの一人暮らしにしては家も広いし、扉が多くてまだるっこしいったらないわ、まったく! この部屋は、わっ、汚い! なにこれ、絵の具? びりびりの画用紙もたくさんばらまかれてるわ、片付けすらもやらなくなっちゃうのかしら、鬱病って。ああ、そんなことよりおじさんを見つけないと!
「おじさん? おじさーん……あっ、いた!」
「おじさん、ねぇおじさん! おじさん……?」
おじさん伸びちゃってるじゃない!
「うぅ、あのまま殺してくれたらよかったのに……」
「殺すなんてとんでもないわ! 私は薬売りなのよ、人殺しじゃなくて」
お家近くの公園のベンチに座って、おじさんは顔を青白くさせて塞ぎ込んで私を人殺しに仕立て上げようとしてくる。もう、やんなっちゃう。
「でも、毒ガスを使って殺そうとしたじゃないか」
「違うわ! 私はおじさんに出てきてもらおうとしたの。おじさんがやろうとしてたのは自殺よ、自殺!」
「……自殺。自殺か、ははは……」
なんか笑ってる。こわいわ、スーさん。私なにかおもしろいこと言ったかしら? そうよね、言ってないわよね。
「おじさん笑ってるけど、なにがそんなに面白いの。わたし、ちっともおもしろくないわ」
だって、わからないことで笑われると、私が笑われてるみたいでつまんないんだもん。
「いやぁお嬢ちゃん。面白いんだよ。言われて気がついたんだ。動かなきゃ死ぬとわかってても動かないのはたしかに自殺だ。おじさんは絵を描く仕事をしてるんだけどね、仕事の絵、全部ダメにしちゃったんだ。今は貯金で食いつないでるけど、働かなきゃ貯金もいずれ尽きるだろう? でも、働けない、働かないんだ、おじさんは。ロープでも剃刀でも死ねなかったおじさんだけどさ、ただ動かないって自殺なら出来るんだ、って思うと、自分の臆病さが面白くてさあ……はは、はははは」
なんか長いこと喋ってたけど全然頭に入らなかったわ。声が小さいのよ、声が。
「おじさん、なんで絵をダメにしちゃったの」
「なんでって、そりゃあ……」
「鬱になったから? なんで鬱になったの」
「……なんで、か」
おじさんはため息を吐いて遠い目をしてる。きっと、昔のことを思い出してるのね。ほら、おもむろに口を開こうとしてる! なんだか長くなりそうね、スーさん。でも、これはちゃんと聞いておかなきゃ。根本の原因を叩き潰せば鬱だってなんだって治っちゃうに違いないわ。
「……おじさんはね」
声が小さい!