とにかく明るいメディケーション   作:kodai

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「おじさんには友達がいてね。そいつは易者をしていてね。易者と聞くと胡散臭い感じがするかもしれないが、そいつはすごくいいヤツだったんだ」

 おじさんの話が始まったわ! 第一声から長くなりそうな気配がむんむんで、気が滅入っちゃう。声小さいし。止めちゃおうかな。うん、そうしてみよ。

「読めたわ! 喧嘩したんでしょう、その友達と! そんなんで鬱だなんだって、舐めてるわよ。むしろ、おじさん鬱を舐めてるわ!」

「ははは……。それでね、そいつは小さい頃から頭も良くて、なんでも出来るやつだったんだよ」

 おじさんは短く笑って話を続ける。不快だわ! このおじさん、完全に私のことを無視してくれて! ねぇ、スーさん。え? スーさんこのおじさんの話聞きたいの? もう。スーさんは意外と好きよね、こういうの。

「その頃おじさんは、所謂弱視でねぇ。寺子屋に通っていたけど、周りの子みたいに駆け回ったりは出来なかった。悔しかったよ、なんで自分だけって。あぁ、思えばその頃から後ろ向きだったんだな、おじさんは」

 スーさん、弱視って知ってる? へぇ、目が悪いってこと? なるほどね。単に目が悪いって言えばいいのに、弱視だなんて病気みたいな言い方して、このおじさんはどうしても自分を病人にしたくて仕方ないみたいね! きゃっ、スーさんってば、なにするのよぅ。わ、わかったわ。ちょっと静かに聞くから、怒らないでったら。

「だからおじさん、教室の端でいっつも塞ぎ込んでたんだ。でもそんなとき、あいつが声をかけてくれた。あいつは成績も良くて、他の子ともよく遊んでたから、おじさん。正直あんまり好きじゃなかったんだけど、でもやっぱり、嬉しかったな」

 遠い目しちゃって。このおじさん、声が小さいわりに案外お話し好きね。静かにしてなきゃ聞き逃しちゃいそうで、逆にそわそわしてくるのよ。

「それから、おじさんとあいつは友達になったんだ。二人でよく遊んだよ。遊んだとはいっても、周りの子達みたいには出来なかったけど、本を読んだり、その感想を言い合ったり、虫を捕まえて観察したりしてさ。あぁ、楽しかったな。その頃かな、おじさんが絵を描き始めたのは。もともと部屋に引きこもってばっかりいたから、絵を描くのは好きだったんだけどね。目が弱かったからさ、あんまり本気になれなかったんだ。自分の目で見たものをそのまま描けたとしても、あんまり上手には見えないんじゃないか、って。でも、あいつが言ってくれたんだ。……あれ? なんて言ってくれたんだっけな。ははは……」

 あんな大切なことすら思い出せないなんて、とかなんとか謳いながら、おじさんは瞳に涙を浮かべている。正直、隣に座ってる私より数倍生きてる大人のおじさんに泣かれると、なんだかいたたまれない気持ちになるわ。こういうときはどうすればいいのよ! 私みたいな子供をこんな、得も言われぬ気持ちにさせるなんて! わ、わかってるわよ、最後まで聞くってば。

「あぁ、ごめんよ。それでね、おじさんは絵を描いた。そしてあいつは占術を勉強し始めたんだ。随分熱心にやっていたから、おじさんはそのときにはもう、ああこいつは将来易者をやるんだろうな、と思っていたよ。まぁ、実際そうなったんだけどね。あいつが本格的に易者を始めるってころに、おじさん一度聞いたことがあるんだ。お前はなんでも出来るのに、なんで易者なんて胡散臭がられるものを選ぶんだ、って。日陰者だったおじさんと友達になってくれるほどのやつだったから、予想はついてたんだけれど。あいつの返答は真っ直ぐだった。明日は喰われて死ぬともわからないこの世界で、みんなを安心させてやりたい、だなんて言ってね。わかっちゃいたけど、あのときは感動させられてしまったな、実際」

 声を震わせたままおじさんは続ける。私はなんだか、関節が固まっちゃって動けない。声を出すのもはばかられるってこんな感じよね。いつか薬売り先輩が静かに渡してくれた紙に書かれていたことが、今ならわかる気がするわ。音を出したら死ぬ、って。

「それからあいつはどんどん実力を付けていった。おじさんもそんなあいつを見てたらなんだかやる気がでてね。頑張っていたら、いろんな仕事が来るようになった。稗田の九代目に直接頼まれて、挿絵を書いたこともあるんだ。そんなとき、あいつに新しい友だちができたんだ。その場にはおじさんも居た。あいつと二人で、酒屋で呑んでいたときさ。そいつはよく呑むやつだった。あんまりにばかばか瓶を空けるものだから、あいつ気になって、声をかけたんだな。おじさんはやめておけって言ったんだけど、好奇心の強いやつだったからね、止められなかった。あいつとそいつが話してるとわかったことだったんだけどね、その、そいつは。よく呑むそいつは妖怪だったんだよ。おじさんはね、やっぱりか、って思ったよ。悪い予感がしてたんだ、その日は草履の鼻緒が切れてね……。そもそも、一時間もしないうちに十も瓶を空けるなんて、人間とは思えないだろう? ははは……」

 スーさん、私わかったわ。いいえ、今度は絶対よ! 止めないで、私もうこの雰囲気がいやなの!

「読めたわ! その易者の人、死んじゃったのね。ずばりその妖怪に殺されて!」

「ははは……。そうとも言えるかもしれないね。……でも、その妖怪はすごくいいヤツだったんだ。おじさん、最初は怖かったんだけれど、何度か呑んでるうちに、気付けばすっかり友達だったよ」

 うう、なんだか意味深にしれっと流されたわ。ごめんね、スーさん。うん、もう口挟んだりしない。諦める。あぁ、おじさんの声がまた震え始めたわ。おじさんが目を潤ませて声を震わせると、私の関節が固まっちゃうの。なんでかな。

「それからだった。あいつが妖怪に興味を持ち始めたのは。その妖怪は蟒蛇って名前でね。蟒蛇はどうやら外の世界から来た妖怪らしいんだ。外の世界って知ってるかな? 知らないだろうね、ああごめん、どうか忘れてくれ。ともかくとして、あいつは妖怪に興味をもった。なりたい、とまで言っていた。もちろん冗談めかして言っていたんだけれども、おじさんはどうも、こいつは本気なんじゃないかと思ってしまった。でも、おじさんの想像は杞憂でね、それからずっと平和な日々が続いたよ。日中仕事をして、夜になれば三人で呑んだ。楽しかったよ、青春だった」

 スーさんはすっかりおじさんの話に聞き入ってる。前から思うことはあったけど、スーさんってちょっとおじさん臭いところがあるのよね。普段はあんまり気にならないんだけど、いざ直視してみると、なんか寂しい。

「そんな折、蟒蛇が死んだ。理由はわからないけど、あいつは巫女の仕業だと言って聞かなかったな。まぁ、巫女からすれば妖怪退治が本分で、糾弾される筋合いなんてないんだけれど、どうも、おじさん達は憎くてたまらなかった。だって、友達を殺されたんだ。あんなに、いいヤツだったのに。まあ、最悪なのはそのあとだ。あいつ、おじさんを残して死んだんだよ。自殺だった。……ああ! こんな話を君みたいな小さい子に話して、僕はどういうつもりなんだ! ごめんよ、つまらない話をして。忘れてほしい、全部忘れてくれ! それから、聞いてもらうだけ聞いてもらっておいてなんだけれど、まぁ、悪いついでだ。どうかおじさんのことはもう放っておいてくれないか? 抗鬱剤も、もういらない。先生にもそう言っておいてほしい。だから、おじさんのことはもう、放っておいてくれ!」

「あっ、おじさん!」

 話終わるが早いか走って逃げていくなんて! なにか凄まじい敗北感を感じるわ! こんな気持ちのまま、放っておけるわけないじゃない! 一方的に泣かれる恐怖を味わわせておいて、ただで済むと思ったら大間違いなんだから!

「待ちなさい! 悪いとかなんとか言ってるけど、私許すつもりないんだから! 話すだけ話して逃げるなんて一方的よ、暴力よ!」

 

 ……。

 

「待ちなさい! 待って、待ちなさいったら!」

 

 …………。

 

「待って! こら、待てって言ってるじゃない! 待ちなさいよー!」

 

 ………………。

 めちゃくちゃ足速いじゃない!

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