とにかく明るいメディケーション   作:kodai

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「まずね、メディスン。私、あなたに謝らなきゃね。事情も伝えずに出ていっちゃって、不安だったでしょう。冷たくしてごめんなさいね」

 

 うぅ、怒られると思ってたのに、謝られるなんて。なんか、ほっとするような、調子狂っちゃうような、変な感じ。それよりおじさんよ! おじさんがどうだったか、聞かなくちゃ!

 

「ううん。私薬売り先輩から聞いたわ。元気になったときがいちばん危ないんだ、って。私の方こそごめんなさい、先生。それより、おじさんは! おじさんは大丈夫だったの!」

 

「そうね、結論から言うと……」

 

 ああ! ドキドキする! おじさん、大丈夫よね。死んじゃったり、してないわよね。スーさん、私こわいわ。薬売り先輩に抱きしめられたときよりずっと、ううん。いままで生きてきて、今がいちばんこわい!

 

「……生きてたわ。あなたの言った通り、絵を描いてた」

 

「ほんと!」

 

 よかった!

 

「ほんとよ。……首に縄はかかってたけどね」

 

 う、うわぁ! 私が悪いわ、私が悪いのよ。運動だなんて、おじさんに無理させたから!

 

「う、うぅ……。ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい。私、馬鹿だった。あぁ、でも、生きててよかった。いやでも、私のせいで」

 

「やめなさいメディスン。起きてしまったことは仕方ないわ。……それにね。私が焦って出ていったのは、おじさんよりも、あなたのことが心配だったからなのよ」

 

「……わたしのこと?」

 

 あぁ、スーさん。私、もうわけわかんない。安心したのと、後悔と、先生が妙に優しいので、もうぐちゃちゃになっちゃいそう! ……そうね、そうよね。まずは落ち着いて、先生の話を聞きましょう。でも、いいのかな。私はおじさんのこと、殺しちゃうところだったのに、こんなふうに優しくされて。あぁもう! 私、わかんないよ、スーさん!

 

「メディスン。大丈夫よ、大丈夫。おじさんは生きてたの、だから、私の前でそんな百面相みたいに表情を変えないの。もう。私はね、あなたがそんなふうになっちゃうのが心配だったのよ。あなたがおじさんや、……優曇華みたいに、落ち込んじゃうのが心配だったの」

 

「でも、でもわたし……」

 

「ねぇメディスン」

 

 先生が、いっとう優しい声で私に語りかける。先生の言葉の先を聞いちゃったら、私はきっと、絆されて、おじさんに対して悪いなって思ってる気持ちが消えちゃう気がする。でも、だからって先生の言葉が聞きたくないわけじゃない。でも、でも、ほんとにそれで、いいのかな。

 

「メディスン。私がいないあいだに、優曇華と話してどうだったかしら?」

 

「どうだったって、言われても」

 

「早く治さなきゃ、って思った?」

 

「……ううん。急に抱きしめられたのは驚いたけど、今にして思えば、けっこういつもどおりの先輩だった気がする」

 

「そうでしょう? 意外と普通なのよ、病気の人だって」

 

 そう、なのかな。

 

「じゃあ、おじさんも元からあんなふうなの」

 

「どうかしらね。病気のせいで少し過剰になってる部分があるかもしれないけど、でも、人ってそう簡単に変わらないわ。あのおじさんもきっと、元からあれこれ心配しちゃう性質だったんじゃないかしら。もちろん、きっと、だけどね」

 

「……先輩は、なんの病気なの」

 

「秘密。患者の事情はあんまり他の人に話しちゃいけないの」

 

 うぅ、そっか。聞かなきゃよかったかも。なんか、恥ずかしい。え。なに? スーさん。うん、うん……。わかった。

 

「じゃあアレだけ教えて。先輩のもってた鉄のプレート、あれがなにか、スーさんが知りたがってるの」

 

「私も詳しくは聞いてないけれど、あれはね。昔の仲間から預かってるのあの子、隊長さんだったみたい」

 

 ……よくわかんない。スーさんはわかる? うん、そうだよね。わかんないよね。でも、わたしも気になることができちゃった。聞いていいと思う? そっか。スーさんがそういうなら、聞いてみる。

 

「……返さなくていいの?」

 

「私もむかし、聞いてみたんだけど。そうね……。いいわ、特別に教えてあげる。あの子ね、もう少し……もう少しだけ、甘えていたいそうよ」

 

 先輩、自分でもそんなこと、言ってたけど……でも! じゃあそれはいつまで続くの? 先輩にしたって、……おじさんにしたって、いつか、どこかで元気になろう、甘えたりなんてもうしない! って決めなくちゃ、いつになれば、病気が治るのよ! スーさんは黙ってて、どうせ、スーさんだってわかんないくせに!

 

「ねえ、先生! じゃあそれって、いつまで続くの? 先輩やおじさんは、いつまで甘えてたらいいの? 甘えてるっていったって、あんなにつらそうじゃない! だったらきっぱり、その、なんというか、あきらめる、というか。そう、大人に! 大人になるとか、しないといけないんじゃないの!」

 

 なんだか言ってる最中に泣けてきちゃって、先生はわたしを抱きしめた。恥ずかしいけど、やっぱりうれしくて、どうしようもなくって、いやになっちゃいそうだった。

 

「少しずつ、少しづつでいいの。メディスン、焦ることなんてないのよ。ほら、スーさんもそんなに握りしめられたら、かわいそうよ。あらら、ほつれちゃってる」

 

「あっ……」

 

 そう言って、先生はわたしの手からスーさんを取り上げようとした。だから、つい子供みたいに、待って、って、言わずもがなの声なんかを出しちゃって、それで……。ああ、違う! スーさんが、スーさんが怪我をしちゃった! わたしの、わたしが、乱暴に握りしめたりなんて、しちゃったから……。

 

「……ごめんなさい、メディスン。でも、違うのよ。私、あなたからスーさんを取り上げたりなんかしない。ただちょっと、治してあげようとしただけなの。……どうかしら、明日まで預けてくれれば、スーさん、きっと、きちんと元通りになってくれると思うわ」

 

 先生はわたしの髪を撫でながら、優しく喋ってくれる。でも、それはわたしが泣いちゃったからで、きっと、気を使ってくれていて……。

 

「あの、その……」

 

「いいのよ、ゆっくりで」

 

 先生はどこまでも、気をつかって、優しくしてくれる。……ねえ、スーさん。わたし、どうしたらいいかな。ごめんね、わたしのせいで答えられないのに、こんなこと聞いたりして。でも、だけどね、わたしわかんなくなっちゃった。違うの、スーさんのことは、必ず先生に治してもらうわ。必ずよ。だけど、その。……わたし、これからもスーさんと一緒にいて、いいのかなって。わたしがスーさんをそんなふうにしちゃうのは、その……ごめんね、そんなふうにしちゃうのは、やっぱり、その、いつものことなんだけど。違うわ、本当に悪いと思ってるの。本当に、本当にごめんなさい。……でも、今日、おじさんや、先輩にいろいろなことがあって、わかんないけど、わたしはスーさんといちゃダメな気がして……。ああ、いやよ。そんなのいや。だって、無理だもん。スーさんと一緒にいられないなんて、いまちょっと考えただけで寂しくて、かなしくなって、余計に泣けてきちゃったもん。スーさん、スーさんわたし、どうしたらいいのかな? もう、なんにもわかんなくなっちゃうよ……。

 

「……いいわ。メディスン。スーさんは明日まで私が預かる。メディスンは朝、必ずスーさんを迎えに来てちょうだい。これはただのお願いじゃなくて、ちょっとだけ仕事。お仕事としてお願いしたいの。……いい? お願いできないかしら」

 

「……でも、薬売りのお仕事は?」

 

「あれは、そうね。ちょっとだけ、お仕事の量を減らすわ。私がお願いした仕事なのに、減らすだなんて言って、ごめんなさいね。ただその代わり、あのおじさん。あのおじさんのことは、ぜんぶメディスンに任せちゃうから。もちろんメディスンのわからない、お薬のこととか、不安なことは、私がちゃんと用意するから。……ね? それでどう?」

 

「……うん、そうする……」

 

 それから、先生はわたしの手からスーさんを優しくほどいて、代わりのお人形をくれた。明日まではこのお人形さんといればいいから、なんて言われたけど、初めて会うお人形さんとどうお話すればいいかなんて、わたしは知らない。だから、ごめんね。スーさん。わたし、もう絶対乱暴にしたりなんてしないから。そんなこと言うくせに、いっつも傷つけちゃうから、そんな資格、ないかもしれないけど……だけど、だけどもうちょっとだけ……。そう、もうちょっとだけ、一緒にいてね。ごめんね、スーさん。……いつもありがとう。

 

 ……。

 …………。

 

 それから、初めて会うお人形さんとすこしお話をしていたら眠っちゃって、すぐに朝がきちゃってた。先生に言われたとおりにスーさんをお迎えに行って、それから、おじさんの家に薬を届けに行った。なんだか、きれいな朝だった。きらきらしてて、空気が澄んでて、でも、ちょっとだけ曇ってて……。でも、不思議なくらいきれいな朝だったの。

 

 家に着いたらおじさんはいつもの調子で、すごく落ち込んだ様子でわたしに謝ってくれた。心配かけただろう? なんて言われたけど、わたしは思わず、なんのこと? って、知らないふりをして、おじさんに嘘ついちゃった。でも、そしたらおじさんはまた申し訳無さそうに笑って……えっと、もっとぴったりな言葉なら、そう。おじさんは、はにかんだの。はにかんで、描きかけのわたしの絵をみせてくれた。おじさんは描きかけだなんて言うけど、ひまわり畑のなかにいたのは間違いなくわたしで、わたしは楽しそうに、だけどちょっとだけ……なんて、言うんだろう。わかんないけど、笑ってた。とにかくその絵があんまりによく描けてるものだから、わたしはご褒美におじさんに薬をあげたわ。おじさん、あんまり嬉しそうじゃなかったけど、でもちょっとだけ、安心したみたいだった。

 完成したわたしの絵は、いまではわたしの部屋にきちんとした額縁で飾られてる。だって、あんまりに嬉しかったから、持ち帰ったときに、先生にお願いしちゃったの。自分の絵を飾るなんて、自意識過剰? っぽいかな、なんて悩んだけど、でもお願いしちゃった。だって、ほんとに、あんまりに嬉しかったんだもん!

 でも、おじさんはまだ治ったわけじゃないみたいで、だから、わたしもまだおじさんのところに通ってあげてる。先輩の持ってたプレートのことを思い出して、おじさんの死んじゃったお友達にお墓はあるの? って聞いたら、ふたりともないんだって。だから、わたしはおじさんにふたりのお墓を作ってあげることを勧めたの。おじさんはでもとかだけどとか、またしょうもない言い訳を始めるからイライラしちゃった。おじさんはお金と、遺留品? がないことを不安がってたみたいなんだけど、わたし、言ってやったわ。そんなのどっちも絵で解決したらいいじゃない、って! そしたら今度は、おじさんてば、本当に嬉しそうに笑ってくれたの。

 

「うん、おじさんそうするよ。頑張って絵を描いて、そしたら……そう。いずれ、あいつらのことだって、描いてやろうと思うんだ」

 

 なんて言って。ふふ、あのときのおじさんの笑顔ったらないわ。普段笑わない人の笑顔って、あんなに可笑しいものなのね。え? ……ああ、うん。それでね。先生にそのことを話したら、褒められちゃったんだから。褒めてくれる前に一瞬だけ、考え込むような顔をしてたけど、あれってやっぱり、気を使って褒めてくれたのかなあ。どう思う? スーさん。ふふ、そうね。まったく、大人って大変ね。

 それにしても、本当に久しぶりね。スーさん。ほんとは、迎えに行ったあの日に会いたかったんだけど、でもなんだか、やっぱりダメな気がしちゃって。ううん、今はもういいの。わたしね、気付いたの。なんとなく、スーさんと一緒にいちゃいけない気がしてたんだけど、そもそもスーさんはわたしのお人形だもの。わたしのお人形とわたしが一緒にいちゃいけない理由なんてどこにもないわ。そうでしょ? うん、スーさんもそう思うわよね、やっぱり。なんだか悩んでたのが馬鹿みたい。だって、わたしがわたしのお人形といて、悪いことなんてひとつもないもの! だから、たまにはどうしても乱暴にしちゃうかもしれないけど、わたしのお人形さんだもん。いいわよね? スーさん? ……なんて、いいわけないわよ。……絶対とはいえないけど、できるだけ、乱暴にしたりなんかしないようにするから。だから、だからもうちょっとだけなんて言わずに、ずっと一緒にいてね? ……うん、ありがと。

 え、どうしたのスーさん? ああ、先輩のことかしら? 先輩もね、よくなってるわ。先生には内緒だけど、わたし、よく先輩のお部屋に行ってるの。先輩ね、今度ひさしぶりに、お友達と遊んでくるって。照れくさそうに言ってたわ。今まで随分ドタキャン? しちゃったから、さすがにそろそろ行かないと。なんて、はにかみながら。

 

 さて、そろそろ行きましょうか。なにって、決まってるでしょ。おじさんのところよ。わたしとスーさんは薬売りなんだから、処方しに行かなきゃ。おじさんのところへ、抗鬱薬をね。さ、行きましょスーさん! 鬱病患者がわたしたちを待ってるの! 今はおじさんだけだけど、おじさんが寛解した暁には、先生、もっと患者を任せてくれるって! そうよ、わたしたち、里の鬱病患者を一掃するくらいの薬売りになるのよ! いいえ、ならなくちゃ! ……え? あ、ああ、そうね、鬱病患者じゃなくて、鬱病だけを一掃しないとね。わ、わかってるわよ! スーさんに言われなくたって!

 

 ほ、ほら行くわよ! メディスン・メランコリーとスーさんのとにかく明るいメディケーションは、まだ始まったばかりなんだから!

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