みんなに誕生日を祝ってもらった翌日、学校が終わって直ぐに、私は喫茶店"嵐ヶ丘"へと向かう。
カランカラ~ン♪
「いらっしゃ・・・・・・あら、この前の」
「兄k─────兄は、いますか?」
カウンターの女性(確か、伊予島杏子さんだっけ)に兄貴の居場所を訪ねると、黙ってカウンターの奥へ案内してくれた。
「良かった、もう来てくれないのかと思った」
「え?」
「春信くんったら、貴女の事が心配な癖に、変に意地張っちゃってねえ・・・・」
「はぁ・・・・」
「勇者に選ばれたのでしょう?春信くん、優芽ちゃんが亡くなってから、誰かがいなくなることを怖がって・・・・」
ああ、そうか・・・・・だから兄貴はあんな・・・・
「えっと・・・・夏凜ちゃん、って言ったっけ」
「はい」
「春信くんの事、頼んでも良いかな・・・・?私達には、どうすることもできないから・・・・・」
「──────元より、そのつもりです」
「そっか・・・・良かった」
杏子さんは、そう笑って最奥にある『故障中』の札が貼られた冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の中には地下へと続く階段が設けられていた。これはつまり、兄貴はこの先に居るってこと・・・?
「もし、春信くんが昔の春信くんに戻れたら、その時は、このお店で一番高いコーヒー、ご馳走してあげる」
「・・・・・ありがとうございます」
杏子さんに見送られ、私は、地下へと向かった。
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地下室は思ってたよりも広かった。
よく分からない機械が周囲に沢山置いてあるというのに、そんな感想が出るくらいだから、どのくらい広いのか・・・・・ちょっと想像し辛い。
「───────────」
「───────────」
兄貴は奥の台で、パソコンに向かっており、静かな室内にはキーボードを叩く音だけが響いている。
「───────────兄貴」
意を決し呼び掛けると、一瞬だけ、キーボードを叩く音が止まった──────────が、また何かを打ち込み始めた。
「───────────────ねえ、兄貴ったら」
兄貴は何も言わない。良いだろう。
そっちがその気なら………!!
「今日は、あんたと話をしに来たのよ?それなのに、こっちの事は無視?どうせあんたにとって、私なんてその程度ってこと・・・・・・・」
「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「え?・・・・ぅわぁぁぁぁ!?!?!?」
先日のこともあり、堪忍袋の尾が限界値だった私は、兄貴の襟首を引っ付かんで投げ飛ばした。
びっくりしたのは、兄貴の体重が予想していたよりも軽かった事と、投げ飛ばした先にあったガラクタの山に受け身も取らずに突っ込んだ事。
「───────随分と、弱っちくなったものね。昔のあんたなら、あんなの簡単にいなせたでしょ?」
「──────────────うるさいよ。夏凜には・・・・・関係無い」
「あるわよ!!」
「無いったら・・・・・」
「あるっつってんでしょうが!!!」
「────────────しつこいなあ!!いい加減にしてくれよ!!!」
ようやく、兄貴が私の方を見てくれた。
「・・・・・・父さんも、母さんも、他のみんなも、僕のことを『天才だ』って褒めてくれた・・・・それが嬉しくて、僕は色んなことをしてきた・・・・・」
知ってる。そんな兄貴の背中を、私はずっと見てきたのだから・・・・・
「でも・・・・優芽は死んだ・・・・・・それも僕の預り知らない所で・・・・・・・優芽だけじゃない、僕が好きだった人達は、みんな僕の知らない内に逝ってしまった・・・・・・」
泣きながら、兄貴は語る。
ああ、これが・・・・・・兄貴の本心なんだ・・・・・
「もう、嫌だ・・・・・どうしてみんな僕の知らない内にいなくなってしまう?・・・・辛いよ・・・・・怖いよ・・・・・ならもう、ここに閉じ籠るしか無いじゃないか!!!!!!」
・・・・・・・・兄貴の心って、こんなに、繊細だったんだ。知らなかったな・・・・
だからこそ、私が言わなくちゃいけない言葉は────
「私は死なないわよ」
「嘘だよ。人は簡単に死ぬ」
「兄貴が生きてる内は、死なない」
「優芽も一正くんも、僕にそう言ってくれた・・・・けど、結局逝ってしまった・・・・・・」
「何があっても生きてちゃんと帰ってくる!!」
「そんなの・・・・信じられないよぉ・・・・・」
泣き言を言って項垂れる兄貴に近付き、再び襟首を掴むと
「ふんッ!!!」
「んぎっ!?」
勢いに任せて頭突きをかました。
「な・・・・なにを────」
「八歳と九歳と十歳と、十一歳と十二歳の時も、私は!!ずっと!!!待ってた!!!!!!」
「は・・・?え・・・・?なに・・・を・・・?」
「あんたが、帰ってくるのをでしょうがっ・・・・!」
「っ!?」
「あの日、あんたが出ていった時────私、怖かった。見捨てられたって・・・愛想を尽かされてしまったのかと思って・・・・」
言葉を紡ぐ度、視界が滲む。袖で拭ってもすぐに滲んで兄貴の顔がぜんぜん見えない。
それでも、溢れだす想いを、抑えることは出来なかった。
「あんたはっ!今ここに居る、あんたの事を想っている奴を!!それでも無視するつもりなの!!!!!!」
「────────────かり、ん」
言ってしまった・・・・・兄貴がどんな顔をしてるのだろう・・・・見たいのに視界はぜんぜん見えない。拭っても拭っても、滲んだ視界が元に戻ることはなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・ごめんよ」
ぎゅ・・・・と、暖かい感触に包まれた。
それが兄貴の物と理解した瞬間、私の心は爆発した。
「バカ!・・・・・おにーちゃんのばかぁ・・・・・・・!!」
「うん・・・・・・ごめんね・・・・・・夏凜・・・・・ありがとう・・・・・・」
頭を優しく撫でてくれる手の温もりを感じながら、私はしばらく、泣き続けた………