さあ、引くぞお!!(フラグ)
「思ったんだけどさ」
「なぁに?」
隣に座るかぐやちゃんから、そんな感じで話かけてきた。珍しいなあ。
「さっき。ヤンキーにガン飛ばされてて、よく平気だったなー・・・・って」
「あー、あれね。そんなに怖いとは思わなかったし」
「なにさ、慣れたんか?俺の近くにああいうの多いから」
「んー・・・・そんな感じかな」
本音を覚られたくないから、適当にはぐらかす。
かぐやちゃんは満足したのか、それきり黙ってしまった。
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かぐやちゃんを迎えに行って、春信さんの工房へ戻って来た私たちは、「まだもう少しかかるから待ってて」と言われたので喫茶店で時間を潰している。
杏子さんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、ゆっくりと過ごすこの時間が、私はたまらなく好きだ。
「友奈ってさ、怖いと思うモンあるん?」
「今日はよくしゃべるねえ、どうしたの?」
「質問に質問で返すんじゃあないよ」
「はーい」
ちょっとふざけたらジト目で怒られた。「いつもはそっちがふざける側じゃん」と思ったけど、こんなにしゃべるかぐやちゃんは久々だから胸の内にしまっておこう。
それにしても、怖いもの・・・・・か─────
「─────うん。あるよ」
「へえ。ちょっと意外」
「なんで?」
「お前、物怖じしねーじゃん。何に対しても」
そうかなぁ?
「そんな事無いと思うけど・・・・」
「ナマコを素手で鷲掴みできる奴の言う事か」
「ナマコかわいいじゃん」
「マジかー・・・・」
「信じらんねえ・・・」って顔でかぐやちゃんはコーヒーを啜る。
いつも部活動中は楽しそうなかぐやちゃんだけど、今日は何時にも増して楽しそう。なんか良いことでもあったのかな?
「今日はほんと、どうしたの?こういう時のかぐやちゃん、あんましゃべんないのに」
「ん?んー・・・・そうだな・・・・・」
「なんか嬉しい事、あった?」
「─────おい友奈。お前俺の質問に答えろよ・・・・」
「うっ!?な・・・ナンノコトヤラー」
「とぼけんな」
ぺち、と頭にチョップされる。
「で?何が怖いんだよ。言ってみ」
「──────────────どうしても、言わなきゃダメ?」
「お前は俺の怖いモン知ってるだろ」
「鳥がダメなんだよね。よく突っつかれるから」
「だが俺はお前の怖いモンを知らない。不公平だー!」
「えぇ・・・・そんな理由?」
むくれるかぐやちゃんには悪いけど、その様子がちょっとかわいいと思った。
「いいから教えろって、そんな減るモンでもねーだろ」
「やーだ」
「おーしーえーろーよぉ~」
「やーだーよー」
かぐやちゃんにほっぺたをつんつんされるけど、絶対に教えたりはしない。
あとちょっとかぐやちゃんからかうの楽しい。
「ふふふ、仲良しだね~二人とも」
「えへへ・・・・はい!」
「今のやり取りの何処を見て、そんな感想が出るんスか・・・・・」
杏子さんが笑ってそう言うと、かぐやちゃんは呆れたようにため息をつく。
と、その時。春信さんからの呼び出しがあった。
「んじゃ、取りに行ってくるわ」
「一人で平気?」
「いつまでもガキじゃねーよ。一人で大丈夫だ」
「はーい」
手を振って、私は奥へと向かうかぐやちゃんを見送った。
その背中を見ていると、五年前のあのときを思い出す。
私にとって、一番怖いこと。その象徴とも言える、あのときの事故を───
―――――――――――†――――――――――
当時のかぐやちゃんは今よりもケンカっ早くて、なんだか放って置けなかった。
かぐやちゃんを引き取った文野おばあちゃんの話だと、「施設でも、からかって来た相手をボコボコに痛め付ける程の暴れん坊」だったらしい。その頃から、かぐやちゃんの左腕は無くて、聞いてみたら「物心付いた頃から無い」のだとか。
とにかく私は、そんなかぐやちゃんにケンカばっかりじゃなくて、他の事もして欲しくて一緒に遊ぶようになった。
そんなある日の事だった。
その日は三日ぶりの晴れの日で、私はいつもの様に、かぐやちゃんを連れて遊びに出掛けていた。
何をしたのかは正直あんまり覚えてない。でも楽しかった事だけは覚えている。
事故が起きたのはその帰り道だった。
「たのしかったねー♪」
「─────ん」
かぐやちゃんの手を引いて先を歩く。
ウキウキ気分で「明日はなにして遊ぼうかなー?」なんて考えながら、横断歩道を渡っていた、その時───
「友奈っ!!!」
「ふぇ?」
かぐやちゃんに急に呼ばれたと思ったら、後ろに向かっておもいっきり引っ張られた。
「いてて・・・・どうしたのかぐ────」
聞こえてきたのは、急ブレーキの音と、何かがぶつかる音、そして、
「か・・・・・ぐ・・・・・・・」
顔を上げた先で、かぐやちゃんはトラックと車の間に挟まれていた。その下からは、
「かぐやちゃん!!!」
「──────ぁあ、無事・・・・だな?」
周りから大人たちの声が聞こえてきたけど、その時の私には聞こえないでいた。
「よかった」
それだけ言って、かぐやちゃんは目を閉じてしまったから。
「・・・・・・いや・・・・・・やだよぉ・・・・・かぐやちゃん・・・・!」
そのまま、救急車が来るまで、私はかぐやちゃんの手を取って、名前を呼び続けた。
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あのときから、私はかぐやちゃんの側にいるようにしている。また何かあったら、次は私が、かぐやちゃんを助けるために。
「・・・・だからさ、輝夜くんは普通にしていてくれればいいんだって」
「だからといって実験台はゴメンだっつーの!」
「メンテナンス無料でやってあげてるんだからいいだろう?」
「それとこれとは話が別!」
かぐやちゃんが戻って来た。
あの事故は、居眠り運転のトラックが起こした玉突き事故で、かぐやちゃんはそれに巻き込まれたそうだ。そして、その時たまたま通りすがった春信さんの手によって、かぐやちゃんは無事助かった。
あのとき、春信さんが居なかったら、かぐやちゃんは助から無かったかも知れない。そう思うと背筋が凍る。
「かぐやちゃんは春信さんに感謝すべきじゃないかな?」
「ほらみろぉ!」
「友奈までそう言う・・・・」
がっくりと肩を落とすかぐやちゃんを見て、私は笑う。
その裏で、私は決意を新たにする。
何があっても、かぐやちゃんを守ってみせる・・・と。