とある五つ子のSS   作:いぶりーす

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天才とアホのいちゃつき頭脳戦。


押してダメなら。

 何事にもマンネリというものがある。マンネリズムの略で新鮮味や独創性がない事を指すその言葉は様々なものに当てはまる。趣味であったり仕事であったり、そして人との関係性であったり。それを打開するには何か大きな刺激が必要だ。

 参考書に埋もれていた『高校生のための恋愛ガイド』を掘り返して、それを片手に風太郎は眉をひそめながら大きく溜息をついた。

 

 まさか、またこの本を頼りにする日が来るとは……。

 

 もうこの本には頼らない。そう決めて五つ子達の想いと自身芽生え始めた感情に向き合い、そして一応の決着は付けた。そこに一悶着では済まない程の騒動があったが、それも今では遠い過去のように思える。結果だけを言えば、姉妹の一人と交際する事になった。相手はあの二乃だ。既に告白はされていたので返事という形で彼女に想いを告げたが、帰ってきたのは感極まって涙を流した彼女のキスだった。

 それからは互いに不慣れながらも男女の交際が始まった。この手の事は風太郎にとっては苦手分野だ。乙女の二乃にダメ出しされながらリードされる形になるのだろうと最初は思い浮かべていたのだが、彼女もまた異性との交際は初めだった。当然ながらデートもプラン通りに上手く行かない。

 気付けば互いに空回りした回数は既に両手の指を超えた。けれども、そんな手探りで互いの距離を詰めていく不器用な自分達の関係は確かに一歩ずつ歩んでいるのだと感じて自然と二人で笑い合った。

 

 だが、ここ最近はその歩みが止まってしまっているのではないかと思い始めた。

 何が原因、という訳ではないのだが強いて理由を挙げるなら互いに『慣れ』が生じてしまったからなのかもしれない。停滞しているのだ、自分と彼女の関係が。

 これは由々しき事態だと判断した風太郎は直ぐに行動に移した。まず真っ先に知人の中で唯一、自分と同じ共通の話が出来る前田に相談をした。

 僅かな差であるが彼女がいる経歴は彼の方が先輩だ。先人の知恵は間違いなく力になる。少し前の自分なら他人にこんな事を相談する姿なんて想像も付かないだろうなと自身の変化に少し感慨深さを覚えながら風太郎は彼に一部始終を話した。

 結果、これは所謂『マンネリ化』という事が判明した。それを語った前田自身もそんな経験があり、危うく彼女と別れる一歩手前まで行った事があると深々と嘆息し、風太郎は戦慄した。

 人間関係というのはこうも面倒なのかと改めて痛感する。基礎の反復学習だけではダメなのだ。慣れとは即ち『つまらない』ということ。つまらない相手と共に過したいと思う物好きはそうないない。それが男女が別れる原因になるのだろう。

 これは想像以上に厄介だ。早急に何とかせねば。そう思い立って過去に頼った経験のある恋愛本をわざわざ引っ張りだして久しぶりに眺めていたのだが、いまいち正解が分からない。

 刺激が必要だと書かれていたが打開案が思い付かない。そうこう悩んでいる内に二乃とのデートの日が訪れてしまった。

 

「よお、遅かったな」

「……」

「……?」

 

 前に期末試験の時に息抜きで訪れた遊園地に行こうと駅前で待ち合わせをしていたのだが、定刻を過ぎても彼女の姿が見えない。まあ何かと気合いを入れてお洒落を決め込んでくる彼女が遅れる事は別に珍しくもないのだが、今日はいつもよりも遅かった。

 少し心配になって電話でもしようとした矢先、漸く彼女の姿が見えた。しかし、どうしてだろう。いつもなら破顔しながら遅れてきた事を侘びてくる二乃なのにその表情はムッと口を一文字に結んでいる。

 そして開口一番に彼女は自分を見上げながら言い放ったのだ。

 

「何よ、遅れて悪い? 上杉」

「……!」

 

 久しぶりに聞いた棘のある彼女の言葉に目を見開いた。もしやこれが前田の言っていた『マンネリ化』による弊害なのだろうか。身構えて背中から汗を流した風太郎だったが、彼女のこのフレーズに何処かデジャブを感じた。

 

 ──ああ、なるほど。『押してダメなら引いてみろ』か。

 

 直ぐに彼女の意図を理解し、そして懐かしさを感じた。思わず笑みを零しそうになる。どうやら向こうも自分と同じく『マンネリ化』を危惧していたようだ。愛する人と同じ考えをしていた事に少し気恥ずかしさを感じたがそれ以上に、嬉しかった。彼女もまた、この関係を大事に想ってくれたのだ。

 この『押してダメなら引いてみろ』が二乃の考えたマンネリ打開のための刺激なのだろう。せっかくだ。同じ事を考えていたなら都合がいい。それならこちらも彼女に合わせよう。刺激はより強い方がいい。

 

「そっちが遅れた癖に酷い言い草だな、中野」

「……!?」

 

 風太郎の言葉に今度は二乃が目を見開いた。どうだ、驚いただろう。俺もお前と同じ考えだ。普段から鈍いだの何だのと彼女に文句を垂れ流されているが、これで少しはこちらも恋人関係について真剣に考えているのだと伝わっただろうか。

 そう言えば、中野姉妹に対して苗字で呼んだのはこれが初めてなような気がする。何というか新鮮な気分だ。そもそも名前で呼ぶ同級生など風太郎にとっては彼女達が初めてだった。もしも彼女達が五つ子でなかったのなら他の人間と同じように苗字で彼女を呼んでいたのだろうか。そう思うと彼女達姉妹はやはり特別な存在だったのだと改めて思い知らされる。

 

「……どうした? 中野」

 

 どや顔で返した風太郎であったが、少し二乃の様子がおかしい事に気付いた。何故か彼女は俯いて肩を震わせているのだ。何処か具合でも悪いのだろうか。

 

「ほら、さっさと行くぞ中野」

「ッ!?」

 

 心配して顔を覗き込んで、思わず息を飲んだ。風太郎の目には涙をボロボロと流す恋人の顔が写っていた。

 選択を誤った。怒涛の中野連打は確かに刺激を与えたがいかんせん強すぎた。

 

「わ、私を捨てないでぇ!! フーぐんッ!!」

 

 何か言葉を発そうとしたがもう遅い。風太郎が口を開く前に二乃がギャン泣きしながら抱きついてきた。

 周りから刺さる視線と氷のように冷たい空気。滝のように流れ出す冷や汗。全てが手遅れだった。

 

 後日、弁護人のいない中野姉妹裁判にかけられた風太郎は他四人からボロカスに罵倒され、二乃のご機嫌取りに普段は並ぶのが嫌だからと拒んでいたタピオカ屋に数時間並んで無事に元のバカップルに戻った。

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