「ねえ、フー君」
「なんだ?」
「好きよ」
挨拶のように呼吸のように瞬きのように行為を伝えるのは、それが私にとってそれらの行為と何ら遜色ないから。
息をするのもご飯を食べるのも人が生きていく上で必要なことで、大事なことで、当たり前のこと。
私が彼に愛を伝え囁くのもそれを同じだ。『私』という個の存在証明であり、中野二乃にとっては必要なことで、大事なことで、当たり前の事で───つまりは私がしたいだけ。
「……知ってる」
「ふふ、そう。嬉しいわ」
何処か諦めるように嘆息しながら、それでも小さくな声で『俺もだ』と返してくれる愛する人に満足して、そのまま抱き着いた。
まだ寝起きで互いに裸の上に毛布にくるまった状態のままなせいで、直接彼の肌の温もりが全身に伝わってくる。それだけで幸せがこみ上げて笑みが零れ落ちそうになるのは、我ながらとことん彼に惚れ込んだものだ。
「フー君」
「今度はなんだ?」
「愛してるわ」
「……っ」
『好き』や『愛している』なんて言葉を何度も日常的に使うといつしか陳腐に感じ取られてしまって意味合いが薄くなってしまうと雑誌か何かで前に読んだ事があるけれど、私は違うと断言する。
だって本当に『好き』で、本当に『愛している』のならその言葉は毎週、毎日、毎時間囁いたって陳腐になんかならない。腐り果てる事なんてなくて、きっといつまでも宝石のようにキラキラと輝いている筈だから。
「……それはさっき聞いたんだが」
「あら? 私がさっき言ったのは『好き』よ」
「似たようなもんだろ」
「違うわよ」
「どこが」
「だってフー君、さっきと違って恥ずかしがってくれてるじゃない」
「なっ!? 俺は別に恥ずかしがってなんか」
「癖、出てるわよ」
「なっ」
前髪を弄っていた手を指摘するとフー君は慌てて前髪から手を離して視線を逸らした。そんな彼にしてやったりと笑みを贈る。
もう何度も愛を囁いた。もう何度も唇を合わせた。もう何度も体を重ねた。だから慣れというのはある。互いにどうすれば嬉しいのか、楽しいのか、悦ぶのか、経験を積み重ねる事で確かに私達は未知を既知へと塗り替えてきた。
でも、それでも未だに変わらないものもある。それが私には愛おしくて堪らなかった。
「ふふっ、相変わらず可愛いわフー君」
「可愛いはやめろ、ちくしょう」
「そういうところが大好き」
「だから……」
「いいじゃない。いつまでも初心で新鮮な方が恋は燃えるのよ」
悔しがる彼にそう言って唇を奪う。最初は抵抗していたけど諦めて受け入れて、そのまま何度か唇を啄んで離した。
「恋って」
「何よ。不服そうね」
「そうじゃないが……もう結ばれてるだろ」
「はあ? 何言ってるのよ」
「なに?」
「私の恋は一生よ」
この先結婚して、子どもができて、孫ができて、私達は変わっていくだろうけれど。
それでも変わらないものはある。それは私のこの心に宿す炎と想いで、それはきっと特別でない毎日が続いてもずっと。