「なあ、五月」
「もぐ、んぐ。上杉君。私はいま忙しいんだよ」
「肉まん食いながらでいい。さっきから気になってたことなんだがな」
「……ごくん、なに?」
「その、もう少しどうにかならねえのか? 口調とか、その他諸々」
「……へ?」
はふはうと熱々の肉まんを食べながら五月に先程から抱いていた疑問をぶつけてみた。
案の定、何の事か分かっていない様子だ。アホ毛と首を可愛らしく傾げる恋人にため息を吐きながら頬に付いていた食べかすを取ってやると破顔しながら『ありがとう』と礼を言われた。
どういたしまして、と返しながらも何処かむず痒さを感じる。何とかいうかやりづらい。
このむず痒さの正体は明確で、自分でも分かっていたのだが中々言い出せるタイミングがなかった。そして今、間食を終えたこの瞬間こそがベストなタイミングだろう。
「どういうこと?」
「その、なんだ。前は敬語だったろ」
「うん。でも前に言ったでしょ? 母脱却って」
「聞いたよ。それが昔のお前の口調だってのも零奈に化けてる時に知ってる」
「あの時はばれないかドキドキだったよ」
「俺は見事に騙されたが……って、今はどうでもいい。話を逸らすな」
「それで、何が言いたいの?」
「……口調だけじゃねえだろ変わったの」
「え?」
「近いんだよ。色々と」
明らかに違うのだ。口調だけではなく、こいつとの距離感が。
こうしてる今だって、既に腕を組んでいる状態である。空いたもう片方の手はよく食べ物を持つ事が多いが、一方でこいつは俺の腕を決して離そうとはしてくれない。
「だって私達は、その……恋人同士だし」
「それは分かってる」
「……もしかして、嫌だった?」
「んなわけあるか。決して嫌とかじゃなくてだな……その」
「なに?」
「もう少しこう、段階を踏んでくれ」
五月の言う通り俺達の関係は友人から恋人というへとシフトした。それに伴って距離感も当然変わってくる。腕を組むくらいは当たり前の事だろう。
だが、それはあくまでも段階を踏んで距離を詰めていくものだと思うしそれが一般的な常識だろう。例の恋愛本にもそう書かれていた。
あまり急だ。距離感の詰め方が。……だって付き合ったのは昨日だぞ。
「段階?」
「いきなり腕を組むから始めるんじゃなくてだな、ほら手を繋ぐとかあるだろ」
「上杉君は手を繋ぎたかったの?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「……嫌なんだ」
「嫌じゃない」
「じゃあ繋ご?」
「あ、ああ」
流されるがままに手を繋いでしまった。しかもご丁寧に指を絡めた恋人繋ぎで。
違う。そうじゃない。何故こうなる。頭を抱えたくなったが、原因は俺自身にもある。
だってそうだろう。前までなら互いに張り合って軽く言い合いになっていたのが、今では向こうが勝手に折れてアホ毛を垂らしながらしゅんと落ち込むんだ。そうなるとこちらも折れざるを得ない。
「これで良かった?」
「……もうこれでいいさ」
今も零れそうな笑みを浮かべる五月に結局俺は何も言えなかった。言えそうにない。母から脱却し、ほんの少しだけ肩の力を抜いた五月は予測不能で回避不可。俺がこいつの歩幅に合わせるのがベストなのだと理解した。
それはきっとこれから先も同じで、俺はずっと振り回されてるのだろう。ある意味、敬語時代よりも厄介で、骨が折れそうだ。
だが、惚れた弱みとはよく言ったものだ。ああ、本当にどうしようもない。
───俺はこの全てを晒し出した彼女に心底惚れてしまったようだ。
「いこっ、上杉君っ!」