柔らかくて、そして濡れている。
張りがあって、艶があって、互いに絡み合って、交じり合って、ただ蕩けるように溶け合った。
いつまでも経っても慣れはしない行為に心臓は馬鹿みたいに速く鼓動を刻み、頬は茹でたように熱い。
「んっ」
互いに慣れなくて、どちらから離していいのか分らずいつも息が切れる限界まで互いに吸い合う。最初は触れるだけだったこの行為も、気付けば舌を絡み合うようになっていて、触覚だけでなく味覚でも相手を感じ取るようになった。
今日は仄かに苦味がするのは、先程彼女が飲んでいた珈琲が原因だろうか。苦手な筈の苦味なのに、それを夢中になって啄む自分の姿に風太郎は何処か滑稽に思えた。だけど、そんな滑稽な自分が不思議と嫌いじゃなかった。
「……まだまだヘタクソだね、フータロー君」
「息切らしてるお前が言えた口かよ」
二人同時に唇を離して、互いに抱き合ったまま笑い合う。
密着した体から互いの心音と熱が伝わってくる。二人揃って余裕など微塵もなくて、今にも理性の均衡が崩れそうで、それを分かっていながらも決して体を離そうとはしない。
ようやく自覚した己の本心と一度は諦めかけていた恋心。結び付いてしまったその二つは当人達が思っていたよりも固く強靭に結ばれていて、解こうにも解けず、抑えようにも抑えきれなかった。
映画の撮影で泊まっているホテルの一室は恋仲にある男女にとっては、互いの欲望をぶつけ合うのに都合の良い空間でしかない。そんな場所で一度箍を外してしまうと、歯止めが効かなくなる事は二人とも理解していた。
だから、この場所ではキスだけ。それ以上は我慢。そういう取り決めをしていた。
そもそも風太郎がこの場に訪れているのはあくまでも家庭教師として生徒である一花を無事に卒業できるよう教鞭を振るうのが目的である。恋人としてこの場にいる訳ではないのだ。
仮に。そう仮に、恋人らしい行為をするとするならば、それは勉強の合間の休憩時間だけだ。その僅かな時間であれば仕事と勉強に励んだ愛おしい彼女を癒す恋人としての振る舞いをするのは問題ないだろう。
───そう、考えていたのだが甘かった。
「ねえ、フータロー君、休憩時間って十分だけだったよね」
「そう、だな」
「もう十分過ぎちゃったよ?」
「あ、ああ。そろそろ勉強を再開しなきゃな」
「フータロー君」
「な、なんだ」
「ふふっ、本当はどうしたいのかな?」
「か、揶揄うな、一花」
こっちは真面目に家庭教師としての役割を協定通り果たそうというのに、残念ながら愛する恋人はそれを良しとはしない。こんなやり取りを既に何度も繰り返してきた。結果は負け越してばかりだが。
今度こそは負けはしない。家庭教師として公私混同をせずに接する事を誓っているのだ。体を更に密着させ己の胸元ので柔らかく形を変えている二つの山に何とか視線を逸らしながら抵抗を試みる風太郎。
「───ねえ、もっとしよ?」
「……っ!」
けれど、そんなちっぽけな矜持を打ち砕くのが彼女だ。己の耳たぶを甘嚙みしながら蠱惑的な囁きを漏らす一花に風太郎は唇を塞ぐ事で応じた。
───ああ、また負けちまった。
翌朝、敗北感に打ちひしがれながら風太郎は一糸まとわぬ姿で寝息を立てる小悪魔な少女に諦めたように笑みを浮かべて優しく髪を撫でた。