昔から姉妹の中で私が一番泣き虫だった。
ドジで鈍臭い私は何もない場所で転んでそれを見兼ねた姉妹がよく手を繋いでくれて、その度に私は涙をぽろぽろと零しながら彼女達の手を取った。
地面で膝を擦りむいた痛み泣いていたんじゃない。痛かったのは心だった。
転んでみんなの手を煩わせる無力な自分に、何も出来ない自分に、誇れる物のない空っぽの自分が嫌で惨めで、消えて無くなりたいと何度も何度も願った。どうして私だけ、と涙の水溜りを作くりながら幼い私は同じ顔と声と体を持つ姉妹に憧れを抱くようになっていた。
そんな他の姉妹への劣等感はお母さんが亡くなってから更に色濃くなっていった。
みんな私と一緒に涙を流していた筈なのに、いつの間にか私以外は前を向いていた事に気付いてしまった。
一花は私達と同じだった長い髪をばっさりと切って最初に『五人同じ』から脱却した。
二乃はお母さんがしていた家事全般を担うようになって『姉』としての自覚を持った。
四葉はスポーツも勉強も姉妹の中で一番になり、何処か遠い場所へ行こうとしている。
五月はお母さんの代わりになると口調まで真似てひたすら『母』に成ろうとしている。
私以外はみんな自分の道を見つけて歩み始めているというのに、私だけがあの時から時間が止まったままだった。私だけが未だに流れる涙を止める術を知らないまま立ち止まっていた。
私は、あの眩い四人とは違うのだと思い知らされた。顔や体や声は同じなのに中身は違うなんて幼い時から分かっていた。けれど、みんな違う髪型にしてみんな違う道を歩み始めてからは余計に未熟な自分の中身が浮き彫りになったような錯覚がして、全てに嫌気が差した。
いつしか○○とそっくりだね、と他者から受けるいつもの言葉に私は心臓にナイフを突き立てられるのと等しい痛みを感じるようになっていた。昔は大好きな姉妹と同じと言われ誇らしさを感じていたのに今では劣等感を刺激する罵倒でしかない。
あの輝く四人と一緒にしないで欲しい。それは彼女達に対する侮辱だから。
だからだろうか。顔を隠すような髪型にしたのも、音を遮るようにヘッドホンを常備するようになったのも、全ては外界から自分を断ちたかったからかもしれない。
何も見えなくていい。何も聞こえなくてもいい。ただ独りになりたかった。独りなら私のような石ころと宝石の彼女達を見比べてられる事などないのだから。
私はきっとこの先も光も音もない自分だけの世界に閉じ籠って、緩やかな死を待ちながら涙で海を作るのだろう。変わりゆく四人の背中が遠のくのを眺めながらずっと。
───だけど、そんな独りぼっちの私の世界を見つけて音を立てて壊しながら踏み込んできた眩い人がいた。
上杉風太郎。独りぼっちだった私の世界を壊してくれた人。
不器用な人。デリカシーのない人。鈍感な人。だけど、暖かい人だった。
私の心に深く突き刺さっていた姉妹への劣等感を優しく絆し溶かしてくれた。姉妹にできる事は私にもできると断言した。それは私が持ち合わせていなかった自信だった。
空っぼで欠けていた私の空洞をフータローは少しずつ埋めてくれた。それは私にとって今までにない家族以外から与えられた衝撃で、それに対して湧き出る彼に向けた感情に最初はただ戸惑いを隠せなかった。
後にこれが恋なのだと知った。そして同時に私だけの恋でない事も。
私が彼に恋焦がれたように他の姉妹もまた彼に惹かれたのは当然と言えるのかもしれない。
私よりもずっと凄い一花が、私よりもずっとオシャレな二乃が、私よりもずっと彼を知っていた四葉が、私よりもずっと彼と似ていた五月が、みんな違う理由で彼に惹かれていた。
姉妹を巻き込んだ始めての恋の中で私は何度も涙を流した。
彼が自分を選んでくれないかもしれないという絶望に。
手段を選ばない姉妹達に感じた、とてつもない恐怖に。
弱い私は何度も涙を流した。独りぼっちだった世界はなくなっても私は泣き虫のままだった。
泣いてばかりはダメだと自分を鼓舞したが、それは何処か諦観が混じっていたのかもしれない。
自分は選ばれないのだと。だからその時が訪れても、せめて涙を見せず彼の前で己の成長を見せたいと、ちっぽけな矜持を胸に抱いて始めての恋が迎える甘美な死を受け入れようとした。覚悟をした筈だった
───それなのに、また泣いちゃった。
「すまない」
彼の謝罪の言葉を聞いて、視界がぼやけた。零れそうな涙を我慢しようと、目に力を入れても、でも溢れる滴はこぼれ落ちていって。
「待たせて悪かった」
けれど、予想外の続く言葉に思考が止まって。
「俺はお前が好きだ」
「───」
大粒の涙が溢れんばかりの感情と共に湧き出た。
戸惑う彼に返す言葉が何も浮かばなくて。
いつもは冷たい筈の自分の涙がその時は何故か暖かく感じて。
この涙の理由を変えてくれた愛しき人の胸でずっと嗚咽を上げながら泣いていた。