残響
別に世界なんてどうでも良かった。鳴り響く
ガチャガチャと片づけをしながら、私は昼食用に買っていたカツサンドとペットボトルのコーヒーを思い出す。買った時は温かかったカツサンドは既に冷えて、冷たかったコーヒーは室温でとっくにぬるくなっていた。
『面倒くさい』
ここで食べるのもどうかと思い、私はビニール袋ごと無造作にリュックに突っ込んだ。ガサリとビニールの嫌な音に顔をしかめ、直ぐにヘッドフォンを耳につけた。無造作に流れる曲は、『キス・オブ・デス』だった。
ガチャリと自分が借りているマンションの扉を開けた。私が住んでる部屋は一人暮らしをするには些か広すぎていた。当時は、着替え用の衣服と下着、食品を保存するために冷蔵庫、洗濯機、机とパソコンぐらいだった。別にテレビなんて必要もなかったし、新聞を取ることもしなかった。外の世界なんて、別段そんなものが無くても勝手に解ってしまったからだ。色々と時間が流れていく中で、私は『このままなんだろうな』と思っていた。だがそう言った時に、大きな変化があった。
「お帰り」
奥の部屋から少年が歩いてくる。ひよこの絵が描かれたエプロンを着ているに、どうも料理中だったようだ。
「ただいま」
そのまま少年の傍を通り過ぎる。台所へと寄り、カツサンドとコーヒーの入ったビニール袋を冷蔵庫へ無造作に突っ込んで自室へ入る。整頓された本が収まっている棚。ピンク色に染まったベッド。犬や猫、虎に熊など、動物の人形がベッドの上を占領している。ドサリとリュックをベッドに放り投げ、私は台所へ歩く。途中で靴下を脱ぎ、浴室の洗濯たらいに落とす。
「今日は?」
台所の前にある椅子に腰を掛け、私は運ばれてくる料理の臭いを待ち遠しくて堪らない。
「スパゲティ」
ドンとテーブルに置かれた山盛りのスパゲティ。ミートソースとミートボールといい、昨日見た映画の料理にそっくりだった。
「ばれた?」
そのことを聞くと、少年はクスリと苦笑いをする。昨日の放送を見て作ってみたくなったとのこと。
「美味しいよ」
ソースを絡めたスパゲティを口に運びながら私は答えた。パアァァっと少年の顔が笑顔になる。
「ありがとう」
そう言うと、少年も食べ始めた。
スパゲティが盛られていた皿が空になり、グラスに入っていた水を飲み干す。ふと、彼の口にミートソースが付いているのが見えた。恐らく彼は気付いていないだろう。
「動かないで」
私は椅子から立ち上がり、そのまま彼に近づく。なんなのか分かっていない彼の顔に近づき、唇についていたソースを舐めとる。
「!?」
突然のことに驚く彼から顔を離し、目を開いて自分を見つめている彼に微笑む。また彼の顔に近づき、今度は彼の唇を吸う。逃げられないように彼の頭に右手に、左手を彼の腰に回してがっちりと固める。ジタバタと彼の両手が私を引き離そうと足掻く。今日のキスはミートソースの味がした。
唇を離すと、息が吸えなかったせいで真っ赤になっている彼の顔。私は自分の唇を舌で舐め、にこりと口元を歪めて唇を動かす。
『今日もお願い』
私はくるりと体の向きを変え、彼をおいて浴室へと歩いていくのだった。
ギシギシと音が部屋に響く。いつもは五月蠅いとしか感じない音だけど、やっぱりこの時だけは違う。とても心地がいい。彼から聞こえてくる心臓の音が、ドクンドクンと私の身体に伝わってくる。響いてくる。はぁはぁと彼と私の息遣いが重なり、まるでデュエットのように音楽を奏でる。私は彼を見下しながら、彼の顔を見ながら、彼からのぬくもりを感じようと、さらに速く音を奏でる。ふわふわとした心地よさを、空へと翔んでいきそうな気持ち良さに、自然と口元が歪んでしまう。何度も何度も繰り返した後、私は彼を抱きしめ、抱きしめられながら、彼の鼓動に耳をすませる。
『ずっとこのままでいたい』
ただその思いで満たされていた。
彼と出会ったのは偶然だった。いつものように音楽を聞きながらマンションへと歩いていく途中で、ぽつんと道端に腰を下していた。まるで壊れて捨てられた玩具のように、まるで人形のように、もはや死体のように動かない彼。異常な光景なのに、誰も彼もがその光景を意識していない。見えているのに見ていない。その空間だけが隔離されてしまったかのような、そんな光景だった。まるで彼は世界から拒絶されてしまったような印象だった。『トリカゴ』を聞きながら、その姿を見た時に思ったのは『同類』と、なぜか同族意識だった。まるで私のように、誰からも見られていない空虚さ。
無意識に私は少年を抱えた。まるで羽のように軽い…枯れ枝のような彼を、お姫様抱っこで抱えながら自分の部屋に運んだ。本来なら警察や救急車を呼ぶべきだったろう。それが一般的には正しいのだろう。しかし、誰にも気付かれなかった彼を見ていた私は、そんなことを考える気が無かった。単純に私はこう思ったのだ。
『誰にも渡したくない』と。
こうして同類を拾った私は、ただ空虚な世界ながらも彼と生活をし始めた。今思うと、拒絶されてもおかしくないほどに私はイカレテいただろう。そして今もおかしいのだろう。でも、私はそれが正しいと思えたからやっただけのことだ。そして私は今、こうして彼と共に生活している。それが事実なんだ。
彼が料理をしたいと言い出したのはいつの日だっただろうか。彼の手料理を食べた時、私はなぜか泣いてしまった。ただの味噌汁だったのに、なんでか私は泣いた。ハラハラと涙がこぼれた私に彼は慌て、なぜか抱きしめられた。その時、彼の鼓動を聞き、気付けば彼を押し倒した。戸惑う彼の顔を黙らせ、私と彼は一つになった。今では彼が料理をすることになり、そして私の仕事が終わった日は必ず身体を合わせるようになった。
すうすうと寝息が聞こえ始めるのを確認すると、私は静かに目を閉じた。
「こりゃ珍しい奴を見かけたぜ」
上司に仕事の件で報告をした帰り道、後ろから声をかけられた。隠す気もない下卑た声に、私はヘッドフォンの音量を上げる。『HALF』の爆音でアバズレの声を消し飛ばし、私はそのまま歩き出す。
「おいおい、無視はないんじゃねえか?」
無視をされたことに苛立ったのか、アバズレが道を遮った。やはりその顔は頗る悪い。視線から感じるのは「なに無視してんだよてめぇ」である。仕方無しに私は音楽を止めた。
「なに?」
「ったく相変わらず反応薄いなぁ。マジムカつくぜ」
『それはお前が勝手に苛立ってるだけだアバズレ』
そう思ったが、言葉にするのは止めた。言ったら多分、この廊下が戦場に変わるだろうから。
「いやね、めったに顔を見ない御同類に会えたからさ。仲間のよしみで声をかけてやったんだよ」
「そう」
『気が済んだなら、もう私にかまうな』
そう思い、私は彼女の横を通り過ぎる。
「そういや聞いたか?ISの男性操縦者が出たってよ」
何も言わずに歩く。
「それでそいつの名前なんだがな、かなり面白いんだよ」
歩く。
「織斑イチカ」
その名前聞いて……足が止まる。
「なあ面白いだろ?世界最強のIS操縦者の弟がまさかの初のIS男性操縦者だ。これはなにかあるんじゃねぇか、なあ?」
私に向けられた、意味ありげな声色と何か笑うような口調。
「私に何の関係がある」
「おいおい、お前がそれを言うのか。気にならないはずないだろ。なにせお前は…」
「
危うくアバズレに銃口を向けそうになった。挑発と頭では解っていても、まだ彼奴らに縛られているのだろう、この身体は。
「っち、面白くねぇぜ」
その言葉を吐き捨てながら、アバズレはどこかへと行った。どうせご主人様に可愛がって貰いに行ったのだろう。まあ、彼奴がタチだかネコだかは知らないし、知りたくもないが。
私は止めていた音楽の再生ボタンを押す。聞こえてきたのは『鯨』だった。
「どうかしたの?」
彼が私に尋ねてきた。いつものように肌を重ね、抱きしめられた。でもアバズレの言葉のせいで、貪るような振る舞いをしてしまった。それに違和感を感じとられたのだろう。
「ねえ」
私は彼に尋ねた。
「もしも…もしも私が、実はお前のことを憎んでいたって言ったら…どうする?」
暫しの沈黙。カチコチと、時計の針が進む音だけが響く。
「今は違うんでしょ?」
その言葉を聞いて、私はただ、
「………うん」
ぎゅっと彼を抱きしめた。
「好きだよ、まどか」
「私もだよ…一夏」
今日は、ぐっすり眠れそうだ。
イチャラブの作品を書こうとした結果がこれだよ!