「一夏、今日は私が作る」
いつものように台所に行こうとする一夏に、色違いのエプロンを着た私はそう言った。私の姿と言葉に、怪訝そうな顔になる一夏。
「でもまどか姉さん、料理出来たっけ?」
「………」
いぶかし気な表情で私を見つめる一夏と、一夏の言葉に口を閉ざさざるを得なかった私。
一夏の疑問はもっともだ。私は一夏の前で料理を作ったことは希にしかない。彼を拾う以前は、ただ腹が満たされればいい、栄養さえ補給されればいいと、カレーやスープなどのレトルトやスーパーのお惣菜やコンビニ弁当で過ごしていた。時には濃いものが食べたいとカップ焼きそばやカップ麺をすすったこともあっただろうか。下手をすれば今日活動できるエネルギーさえ取れればいいと、バランス栄養食のゼリー飲料、チョコ味やフルーツ味のエネルギーバーで過ごした時もある。ちなみに、私の好きなのはプレーンだ。チョコやメープルは、食べ過ぎると甘ったるくなるし、チーズはなんというか、癖が強かったからあまり好かない。
まぁ、それほどまでに食を気にすることがなかった。必要がなかったといった方が正しいだろうか。一夏を拾った時は、流石に病人に対しては悪いと思い、スーパーで適当に買ったレトルトのおかゆを温めた。
だからその後仕事から帰ってきたときに食べた、一夏が作ってくれたみそ汁の温かい味に泣いたと思う。そしてその後に
その後はもっぱら一夏が台所に立つようになり、今に至るというわけだ。
「何を言っている一夏。私はこう見えて一人で生活していたのだ。そのために必要なことくらいはしてきた。ゆえに、料理の一つや二つ作れないはずがないだろう」
「でも姉さんの作るのって、レトルトだよね?」
「…………」
「姉さん、目を逸らしたら肯定してる意味になるよ」
がっくりとうなだれる私に、一夏がため息を吐く。
「急にどうして料理をしたいと言い出したんだよ」
一夏の問いに私は目を反らしたまま答える。
「今日は一夏と私が出会った日だ。だからこそ、こういう記念日?という時に何かするのが、家族というものらしい」
というのも、偶々テレビを見ていた際に、そのようなCMが流れていたのを目に入れただけの話でしかないのだがな。
拗ねたような私の言動に、一夏は苦笑した。
「ならさ、一緒に作ろうよ。俺と姉さんでさ」
「………解かった」
その言葉は卑怯ではないか。
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包丁を握る自分の手が震えているのが分かる。おかしい、仕事でナイフを使っているから刃物に慣れ親しんでいるはずなのに、なぜか緊張してしまう。
「猫の手、猫の手…」
そうぶつぶつと言いながら私は材料を切っていく。今日作るのはカレーだった。一夏が一緒に作るなら簡単なものがいいといったので、カレーになっただけの話だ。
「姉さん、少し緊張しすぎじゃないかな…」
「ば、馬鹿を言うな一夏!私はこれでも刃物の使い方には慣れていてだな……!」
「はいはい、わかってますよ」
そう言いながら、一夏は私の隣に移動し、包丁を握る手を自分の手で包み込むように掴んだ。
「!?」
「いいから、ほら、姉さん」
トントンと子気味良く切れていく材料の音が響く。だが私が聞こえていた音は、隣にいる一夏の心音。ドクンドクンと響く音だった。切り終えたのか、一夏の手が離れる。
「あ…」
「どうしたの?」
「な、何でもない!」
ああ、情けない。
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「姉さん、カレーが冷めちゃうよ」
目の前に置かれたカレーライス。私と一夏が二人で作ったカレーライス。正直、味についてはいささか疑問を持っていない。それこそレシピ通りに作ったのだから、味がおかしくなるはずがない。だというのに、なぜか私の持つスプーンが動かない。おかしい、なぜ動かないのだろうか。
そんなことを思っていると、向かい側に座っている一夏は「おいしいおいしい」とカレーを頬張っていた。
「う、うむ」
謎の緊張感を抱いたまま、私はカレーライスを掬い、口元に運んだ。
「うまい…」
なんだろうか、レトルトカレーとは違った味がした。辛口と中辛のカレーを混ぜたせいか、下にピリピリとした刺激を感じる。だが、まずいわけじゃない。むしろレトルトよりもおいしい。
気付けば目の前のカレーライスは空になっていた。いつの間に食べてしまったのだろうか?
首をかしげる私に、一夏はほほえましそうな顔で見てくる。
「なんだ?」
「おいしそうにたべていたなぁってさ」
「ふん」
いささか恥ずかしかった私は、ただただ拗ねたような態度をとるしかなかった。
「おかわりあるけど、姉さんも食べる?」
「…………食べる」
食べ物を粗末にするのはいけないことだから…な。