雪国のおわりかけた短い夏の空は、少女の髪とおなじ色をしていました。
少女はお気に入りのゆたかな三つ編みを頭のうしろで揺らしながら、布をかぶせたバスケットをだいじそうに抱えて、石畳の町の路地裏へと入りこんで行きました。
入り組んでならぶ家々のあいだをなれた足どりで進み、みっつめの角をまがると、うすぐらい石階段をそろそろと上って、いちばん上の部屋のドアを肩で押し開けました。
片側がななめに傾いたちいさな屋根裏部屋で、少女とおなじ髪の色をした青年は、ドアを開ける音に気が付いてストーブにかけたおなべから目をあげると、しずかにほほえみました。
「おかえり、マヤ。ちょうどイモが煮えたところだ」
少女に向かってマヤと呼びかけた青年は、名前をカミュと言い、ふたりは兄妹なのでした。
「ただいま、兄貴」
マヤはそう言ってテーブルの上にバスケットをおろすと、おおきく息をつきながら、仲良くならんだふたつのベッドの片方に腰をおろしました。
「ごくろうさん、今日はなんだった?」
「えっとね、スープの赤いやつと…あと、今日はちょっとおまけしてもらったんだぞ。ほらこれ」
マヤがバスケットの中から、飾り気のないちいさな焼き物のポットを取り出してフタをあけると、部屋にツンとしたにおいが立ち込めました。
「ニシンの酢漬けなんだけど、残っちまったやつだから、タダで良いってさ。おやじさん、今日のうちに食えば、たぶん当たらないからって言ってたぜ」
マヤはそう言って表情をくずし、ししっと声をだして笑いました。
ふしぎな笑い方は、少女のふしぎなクセなのでした。
カミュは調子をあわせるようにははっと笑い、ポットの中身をたしかめました。
「おいおい、それ大丈夫か。酒場のおやじさん、いいかげんだからなあ」
カミュはポットからニシンをひときれ指でつまみだし、鼻を鳴らしてにおいをたしかめてから、かじってみせました。
「うーん、まあ食えるだろう。タマネギがまだ残ってたよな。いっしょに食うと当たりづらいって話だ、和えてみたらちょうどいいな。たしか、ニンジンの酢漬けも残ってたな…」
カミュはそう言うと、壁につり下げた麻袋から赤いタマネギをとりだし、テーブルに敷いたぼろ布の上で、ナイフをつかってざくざくと刻みました。
ぼんやりしたようすで手際を見つめるマヤに気がつくと、カミュは服のそでで顔をごしごしとこすって見せました。
「タマネギってのは、この目に染みるのがな…おっと、イモを鍋からあげないとな。それ、ボウルにいれて、酢漬けと混ぜといてくれるか」
「うん。全部入れちまっていい?」
「ああ、食いきれないぶんは晩飯にしよう」
マヤは言われたとおりに戸棚からボウルを取りだし、ニシンとタマネギを木のスプーンでぐるぐるとかき混ぜながら、テーブルにお皿をならべておイモとスープを取り分け、慣れたようすで食事の準備をすすめるカミュのすがたを、感心した様子でながめていました。
「よし、あとはそいつに塩をふって仕上げだな。こっちに貸してくれ」
「うん。なあ兄貴」
「ん、なんだ?」
「おれたちさ、できることもできないこともいっしょだったじゃん。それが、いつのまにか料理なんてさ。兄貴、ずいぶん違っちゃったね」
マヤが冗談めかしてそう言うと、カミュは手をとめて、眉をひそめました。
「こんなの料理のうちに入らないって。だから買いに出てもらったんだろ?それに……まあ、オレはマヤより五年も長く生きちまったからな。きっと五年後には、オレなんかよりずっと、出来ることが増えてるだろうぜ」
「そうかな。そうだといいけどな。わりぃね、なんだかいろいろ頼っちまって」
マヤがそう言い終えると、ふたりの間にかたとき沈黙がながれましたが、兄妹はすぐに、そろってくすくすと笑いだしました。
「急になにを言い出すのかと思ったが。マヤ、お前なにかたくらんでやがるな。まあいい、冷めないうちにさっさと食おうぜ」
「おう、そうしよう。おいのり、するか?」
「ああ、しよう」
ふたりはそう言って湯気のたちのぼるテーブルにつくと、両手を合わせてうつむき、声を合わせてお祈りの言葉をとなえ、食事をはじめました。
「それにしても」
ゆでたおイモをフォークの背中でぐにぐにとつぶすマヤに、カミュは感心したように言いました。
「マヤが食前のお祈りとはなあ。ちょっと信じられないものを見た気分だ」
「へへ」
マヤはすこし照れたように、顔の前で手をぱたぱたさせました。
「兄貴が戻ってくるまで、神父さまのとこにいただろ?みんなお祈りしてんのに、おれだけしないってのも、決まり悪くてさ。マネしてお祈りすると、みんなほめてくれるし」
「はは。オレも同じだよ。いっしょに旅をした仲間にな、双子の……やっぱりお祈りを欠かさないのがいてさ。マネしてやってたら、どうもクセになっちまった」
カミュがそう言うと、マヤはおかしそうに、ししっと歯を見せました。
「なーんだ、おんなじか。まあ、悪いことじゃねえよな、きっと。兄貴もほめてもらえたか?」
「聞くな」
小さな声でそう言ってスープを口に運ぶカミュを見て、マヤはいじわるそうな笑みを浮かべて、もぐもぐとおイモを食べ始めました。
テーブルの上のお皿がほとんどからっぽになったころ、意味ありげな視線を何度もおくるマヤに、カミュは呆れたようすで切り出しました。
「なあ、もう良いだろ?いったいなんだってんだ、なにを隠してるんだ?」
それを聞かれるのを待ちかねていたとばかりに、マヤはしししっと目を細めて言いました。
「それがさあ。あっ、そうだ、すわったまま目をとじてくれよ。いいって言うまであけるなよ」
「はいはい」
カミュが言われたとおりに目をとじると、マヤはテーブルの下によけていたバスケットを取り上げ、ごそごそと底をあさりました。
イスから立ち上がってカミュのうしろにまわると、すこし背伸びをして、金属がふれあう音をさせながら、カミュのツンツン頭になにかをぽんと置きました。
「なんだ?今日はオレの誕生日だったのか?そいつは初耳だな」
カミュが目をとじたまま口元をゆるめてそうつぶやくと、マヤはいそいで席にもどり、もういいよ、と声をかけました。
カミュはゆっくりと頭の上におかれたものに手をのばし、顔のまえでたしかめると、すぐにぎょっとしたようすで、マヤの顔と手元に交互に目をやり、やがてしぼりだすようにうめき声をあげました。
「お前、これ……」
カミュは手の中のものをおそるおそるつまみあげると、形がよくわかるようにテーブルの上にそっと広げました。
宝石をはめこんだ円盤をいくつか組み合わせたかたちの、黄金色のにぶいかがやきを放つ首飾りは、ふたりにとって見覚えの深いものでした。
「へへ、よく見つけただろ?通りのがらくた屋にならんでたんだけど、おれもびっくりしちゃってさ。はまってる玉の色は違うけど、形はおなじだよな?」
「ああ……玉は緑色だが、見事なまでに同じだ。あの首飾り、よくある形のものだったのか?」
カミュは首飾りをもういちど取り上げると、はまった宝石や裏側をじっくりとたしかめ、やがておおきなため息をつきながら、マヤに向かって苦笑いをうかべました。
「マヤ、お前……よく買ってきたよな、これを。オレはもう、見たくもねえぞ、こんなもの」
「なーんだ、おもしろいかと思ったのにな。いがいと冗談が通じねえな、兄貴」
そう言っておおきな声で笑うマヤに、カミュはおおげさに肩をすくめてみせました。
「まあ、いちおう礼は言っておくか。ありがとよ」
「おう。なあ、ちょっとつけてみてくれよ」
カミュはすこしためらうような表情を見せましたが、すぐに呆れたようにふっと笑うと、首飾りを広げて、首元にあてました。
「わかった。なにか罪滅ぼしでもさせられてるような気分だな……この酒には毒が入っているかもしれない、飲めるか?ってよ。どうだ?似合うか?」
そう言ってむりやりにほほえんで見せるカミュに、マヤはうれしそうに手をたたいて見せました。
「にあうにあう。兄貴には緑色がにあう気がしてたんだ。あと、そういうちょっとハデなやつね。だいじにしてくれよ」
「こいつを目にしたくないのは、どっちかっていうとオレよりマヤのほうだと思ってたんだがな。お前、心が強いなあ」
カミュは渋い調子でそう口に出しましたが、マヤのたのしそうな姿を見て、悪い気はしていないようでした。
首のうしろに両手をまわして金具をとめると、カミュはなにかを思いついたように、にやりと笑いました。
「なにしろおなじ形だ、これにも呪いがかかっていたら面白いよな。なあマヤ、欲しいものはあるか?」
「欲しいもの?うーん、きゅうに言われても思い浮かばねえな。兄貴はなんかないの?」
「そうだな……」
カミュは口元に手を当ててすこし考えこむと、テーブルの上のスープが入っていた焼き物のポットを取り上げて、目の前におきました。
「今はなにか飲みたいな。ぶどう酒でもはちみつ酒でもなんでもいい。ポットの中を飲み物で満たすってのはどうだ」
カミュがそう言っておどけて見せると、マヤはおかしそうに、ししっと笑いました。
「いいね。できるかもしれないぞ。ちょっとやってみせてよ」
カミュはわざとらしくゴホンとせきばらいをすると、おごそかな調子でとなえました。
「うむ、神よ……ってのはまずいか。なんでもいいが、オレはのどが渇きました。これなる器に、なにか飲み物を授けたまえ」
カミュはそういってまじないをかけるようにポットの上に片手をかざし、渦をまくようにゆっくりと回しました。
儀式をおえるとカミュはポットをひょいっと取りあげ、人差し指の背中でかるく叩いてみました。
ポットは、中にはなにも入っていないよと答えるように、コンコンという音をひびかせました。
カミュの芝居にマヤは大きな声でけらけらと笑い、にっと目を細めてなーんだ、と言いました。
「あはは。できたらおもしろかったのにね。そしたらふたりで酒場でもさあ……あれ、それなんだ?首飾り、なんか光ってる」
「はは。やめろよ、その冗談は面白く……」
カミュがそう言いかけたところで、首飾りはちいさな部屋を覆い隠すようにまばゆい光を放ち、マヤはわっと悲鳴をあげながら腕で顔をおおって、椅子からくずれおちました。
「なっ、なんだよ……」
マヤはなにが起こったのかわからないまま、うめき声をあげてふらふらと立ち上がりました。
あわてて部屋を見まわすと、見慣れた屋根裏部屋のなかに、カミュの姿がたりないことにすぐに気が付き、悲鳴のような叫び声をあげました。
「兄貴、兄貴!」
マヤはいそいでカミュがすわっていたはずのイスに駆け寄って、がたんと引きましたが、カミュの姿はどこにも見当たりませんでした。
「ウソだろ……どっ、どうしよう、どうしよう……」
マヤはすっかり表情をうしなってその場にぺたんと座りこみ、ぼうぜんとしたままどうしよう、となんどもつぶやきました。
すぐに心に後悔とかなしみがどっと押しよせてきて、座りこんだまま両手で顔をおおうと、マヤはどこか自分のそばから、かぼそい声が聞こえてくることに気が付きました。
「マヤ……マヤ……」
マヤは、はっと立ち上がり、きょろきょろとあたりを見まわしましたが、からっぽの部屋にかわった様子はありませんでした。
「兄貴……?」
「マヤ……おい、マヤ……」
マヤはカミュのものらしい声が足元から聞こえることに気がいて、がばっとその場に伏せると、テーブルの下でなにか動くものがあることに気が付きました。
「マヤ……なんだ、なにが起こったんだ……」
「兄貴……えっ……これか?」
マヤがあたりをさがすと、ちいさなテーブルの下で、ふたつの足で立ち上がったネズミのようなちいさな生き物と目が合いました。
「うそだろ……」
「うそだろ……」
不意に声が重なり合い、ひとりといっぴきはしばらくのあいだそのまま見つめ合っていましたが、マヤが両手をそっとさしだすと、ネズミは四つ足でちょこちょことその手にのりました。
「兄貴……なの……?」
「ああ……オレ、なにが起こったんだ?」
「わかんない……ネズミ……?なんで……?」
ネズミは手の上でたちあがり、自分のすがたをたしかめるように体のあちこちを動かすと、カミュがいつもするのと同じような、肩をすくめるようなしぐさを見せました。
「うーん……なにがなんだかわからんが……なあ、鏡を見せてくれるか」
「あ、ああ」
マヤは手の上にネズミを乗せたままゆっくりと立ち上がって、ベッドに腰をおろすと、ちいさな机にネズミをおろし、ふるびたコンパクトのふたを開きました。
ネズミは鏡のまえで、ドレスを身に着けた婦人がするようなしぐさで自分のすがたをたしかめると、首元にちいさな首飾りがかかっていることに気が付いて、ううむ、とうめき声をあげました。
「なるほど……こりゃハリネズミだな」
「ハリネズミ?おれ、はじめて見たな。あ、ほんとだ。背中、ちくちくしてる」
マヤはネズミの背中をおそるおそるなでると、感心したようにそう言いました。
「まあ、そんなことはどうだっていいんだよ。これ、外せるか?」
「ちょっとまってね……いてっ、トゲの山のなかだからむずかしいな……」
マヤは指先でハリネズミの首元にかかる首飾りをなんども引っ張ってみましたが、どうやらかんたんにははずれそうもありませんでした。
「とれないや……無理にひっぱると、ハリネズミをダメにしちゃいそう。これ、ハサミとかで切れないかな?」
「難しそうな気がするな……呪いだろ、これ?お前のときも、首飾りを壊せばと思ったんだが、どうやってもダメだったんだ」
「そっかあ……」
そう言って、泣き出しそうな顔で肩を落とすマヤを見て、カミュは明るい調子をつくって声をかけました。
「まあ、オレはこうして動いてしゃべれるんだ。なんとかなるだろ、きっと」
ふたつの足で立ち上がって自分をはげまそうとするハリネズミに、マヤはうつむいたまま、ごめんね、とつぶやき、ちいさな背中をそっとなでました。
「背中のトゲをさわって、痛くないか?」
「うん、なでるだけならだいじょうぶ……なあ、兄貴、おれ、どうしたらいい?」
「そうだな……」
ハリネズミはちいさな手を器用に顔にあてて、しばらく考えこむと、とりあえず、と答えました。
「首飾り、がらくた屋で買ったって言ってたよな?作ったヤツがわかれば、呪いの解き方もわかるかもな」
「うん、そうだね……」
暗い顔をしたまま、元気なくそう答えるマヤに、ハリネズミはもういちど明るく声をかけました。
「そんな顔すんなって。ほら、どうやらオレは死ぬわけじゃなさそうだし、頼れるのはお前だけなんだ」
「うん」
マヤはそうつぶやくと、じぶんの顔を両手でかるく叩き、むりやりに笑顔をつくって見せました。
「そうだよな。よし、おれに任せとけ。なんとかする。なんとかするから」
「ああ、頼むぜ」
ハリネズミがそう言って立ち上がり、片手を高くあげると、マヤはくすっと笑って人差し指の先でかるくタッチを交わしました。
「よし、とにかく行ってみるか。えーと……兄貴、おれの肩に乗れるか?」
そう言って手のひらを差しだすと、ハリネズミはちょこちょこと上に乗りこみました。
マヤがゆっくりと腕をあげて、左肩のあたりに持っていくと、ハリネズミはマフラーにしがみつきながら、器用に向きを変えて、マヤと同じほうを向きました。
「こんな感じか。しがみつくと、ツメが痛くないか?」、
「服の上ならだいじょうぶみたい。ツメはだいじょうぶだけど、ハリを立てないでくれよな。顔の横だからね」
「ああ、気を付けるよ。じゃあ、行こうぜ」
ふたりは家をでて、迷路のような裏通りをぬけて、にぎやかな大通りに出ました。
てっぺんをすこしすぎたお日様は、石造りの港町にもうすこしだけ夏をのこしてくれるようでした。
「なあ、兄貴。みんなこっち見てるね。肩乗りハリネズミ、めずらしいもんね」
「ああ、どっちを向いてもだれかと目が合うな。なんだか妙な気分だ」
「おれも」
いくらか元気をとりもどし、歩きながらそう話しかけるマヤに、肩のハリネズミはすこし安心しているように見えました。
「目立っているから、オレはしゃべらないほうが良さそうだな。人目のあるところではだまってるよ」
「そうだね、それがいいかも……お、おっちゃん、まだ店開けてるな」
棒切れで組んだかんたんなテーブルに、おナベや食器から装飾品をごちゃごちゃと並べた屋台に、マヤはとことこと駆け寄り、店の主に元気よくあいさつをしました。
「よお、おっちゃん」
「なんだ、嬢ちゃん。また来たのか。さっきの首飾り、人にやったんだろ?気に入ってもらえたか?」
茶色のヒゲを顔じゅうに生やした男は、愛想よくそういうと、人懐こい顔でにかっと笑いました。
「へへ、まあね。そんでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「お、なんだ?その肩のヤツは?なんて生き物だ?」
店主の男がマヤの言葉をさえぎるようにそう言うと、マヤはすこしうろたえて、つっかえながら答えました。
「あ、ああ……えっと、ね、ハリネズミって言うんだって。ほら、背中にハリがあるでしょ」
「へえ、ネズミにはそんなヤツもいるのか。はじめて見たぞ。ちょっと触ってもいいか?」
「う、うん」
店主の男が、毛深い腕をのばしてそっと背中をなでると、ハリネズミは肩の上でくるんと丸まって、ハリを立てました。
男はおおっ、と大げさな歓声をあげると、指先でちくちくとハリの鋭さをたしかめ、満足したように笑いました。
「面白いなあ。そのペット、きっと流行るぜ。そのハリネズミ、なんて名前なんだ?」
「えっとね、カミ……じゃない、えーと……エ、エリック。エリックっていうんだ」
「エリック、いい名前だなあ。お、そうだ。ネズミの仲間ってことは」
男はなにかを思いついたようにテーブルの下をごそごそと探ると、ちいさな革袋をとりだして、中からナッツを何粒かとりだしました。
「きっとナッツが好きだろ?食わせてもいいか?」
「えーと……た、たぶん。食べるか?エリック」
指でつまんで目の前に差しだしたナッツを、ハリネズミが両手でうけとってカリカリとかじると、男は顔をくしゃくしゃにして喜びました。
「かわいいなあ、おい。そのハリネズミ、俺も欲しいな。嬢ちゃん、どこで捕まえたんだ?」
「へへ……えっと……えっとね、ちょっと人から預かってる……そう、預かってるだけでさ、おれも知らないんだ」
マヤが答えると、男は腕組みをしながら心底ざんねんそうに、そうかあ、とうなりました。
「残念だな……なあ、こんど聞いといてくれよ。で、嬢ちゃん、なんか用があったんだろ?」
「あっ、そう、そうなんだよ。さっきの首飾りさ」
「金なら返さないぞ?嬢ちゃん、いくらで買ったと思ってんだ」
男がさえぎるようにそう言うと、マヤはえへへ、と笑顔を作って胸の前で手をふりました。
「そうじゃなくてさ。えっと……人にやったんだけど、自分のやつもほしくなってさ。おなじやつがいいんだ。おっちゃん、どこで買ったのか教えてくれない?」
マヤが両手をあわせてねだるようにそうたずねると、男は腕組みをしたまま答えました。
「ああ、それがなあ。なにしろがらくた屋だからよ。みんな一山いくらで仕入れたものばっかりなんだよ。捨てるならまとめて買うよってな。だから、俺ももう覚えてねえんだ」
「そっか……」
返事をきいてがっかりするマヤを見て、男はもうしわけなさそうに続けました。
「すまん、誓ってウソは言ってないぞ。もしよ、似たようなの見つけたら取っておいてやるからさ。そんな落ち込むなって」
「うん。おっちゃん、ありがと。じゃあ、またね」
「ああ、またな、嬢ちゃん。おっと、ハリネズミのこと、聞いといてくれよな」
力なく手をふってきびすをかえすマヤを、男は心配そうに見つめていました。
とぼとぼとした足取りで屋根裏に帰りついたマヤは、かるくため息をつきながら、ベッドに腰かけました。
肩のハリネズミを手のひらにのせて見つめると、ハリネズミは立ち上がり、かるい調子でマヤに話しかけました。
「どうだ、俺のハリネズミの真似、上手かっただろ?」
「へへ……完璧だったぜ、兄貴。ハリネズミって、ナッツをたべるんだな」
「そうみたいだ。なにが食えてなにが食えないのか、自分で知らないってのも変な話だな」
ハリネズミの言葉にマヤはなにも答えず、ちくちくする背中をだまってなでました。
ながい沈黙のあと、マヤがごめんね、とちいさな声でつぶやくと、ハリネズミは言いづらそうに口を開きました。
「なあ。俺、なにかアテがないか考えてみたんだが……」
「うん」
「呪いってのは、きっと魔法の一種だろ?仲間によ、賢者……魔法に詳しいのがいるんだ。そいつなら、なにかわかるんじゃないかと思ってな」
「うん」
表情のないまま相槌をうつマヤをみて、カミュが困ったようすで黙り込むと、マヤはハリネズミの鼻先をつんつんとつつきました。
「どうしたの?」
「ああ、いや……」
マヤはふたたび黙ってしまったハリネズミをじっと見つめて、まじめな顔で口を開きました。
「なあ、兄貴。おれ、なんだってするよ。できることなんか、たいしてないけどさ……おれに頼るのはイヤか?」
ハリネズミはすこし考えこんだあとに、自分を見つめるおおきな目に向かって、はっきりした口調でこたえました。
「いや……すまなかった。セーニャってヤツなんだ。山の上のラムダってとこで暮らしてるんだが……行ってくれるか?」
「あたりまえだろ」
マヤはにかっと歯を見せて、きっぱりとそう答えました。
「行こう。おれ、旅なんか出たことないからさ。どうしたらいいのか、おしえてくれ」
マヤはカミュに言われるとおりに家のなかから旅の道具をかきあつめ、片手でかかえられるほどの袋に詰め込みました。
ふだん使っている、あちこち穴のあいた毛布に金具を縫いつけ、マントの代わりに身にまとって、テーブルの上のハリネズミにくるりと回ってみせました。
「あはは。ボロだからカッコわるいね。これでだいじょうぶそうか?」
「ああ。俺のコートはマヤには大きいからな。毛布のほうが使いやすいはずだ。水筒も持ったか?」
マヤがマントをあげて、ベルトに下げた皮の水筒を見せると、ハリネズミはちいさくうなずきました。
「せいぜい二日の道行きだからな。水と食い物があれば、なんとかなるよ。荷物、重くないか?もっと減らしてもいいぞ」
「だいじょうぶ。ほとんど食いものだから、重たきゃ食っちゃえばいいよな。あ、兄貴のナイフ、借りてもいいか?」
「ああ、ベッドの下の箱の中だ」
マヤはカミュのベッドの下からちいさな箱を引きだすと、がちゃがちゃとあさって大きさのちがう二本のナイフを取りだし、鞘から抜いてテーブルにならべました。
どちらのナイフもきれいに手入れがされていましたが、柄に巻かれたぼろ布はすっかりよごれていて、鞘もあちこち傷だらけでした。
「こんなボロを使わなくても、マヤには自分のがあるだろ?」
ハリネズミがそう言うと、マヤはししっと笑って、小さいほうを手にとりました。
「こっちのがいいかな。まあ、かたいこと言うなって。兄貴のナイフは長い旅からぶじに帰ってきたんだ、エンギがよさそうじゃんか」
「はは。そういうことか。まあ、好きなようにしてくれ。さあ、日が高いうちに出発しよう」
「おう」
マヤはハリネズミに手をさしだして左肩にそっと乗せ、右肩に荷袋をかつぐと、いきおいよくドアをあけて、軽やかに階段を駆け下りました。