マヤとセーニャのものがたり   作:だる   

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マヤとセーニャのものがたり 3

 岩まじりのうす黒い大地をのぞかせる夏の雪原で、わずかに顔をだす青々とした下草を、お日さまが赤く照らしだしていました。

 すらっと伸びたモミの木たちの合間をぬって、まぶたにさしこむ光で目をさましたマヤは、毛布の中からゆっくりと体をおこして、まぶしそうに目をほそめながら、みだれた前髪を手でなでつけました。

 三つ編みを揺らしてあたりをきょろきょろと見まわして、岩陰に敷いたベッドがわりの木の板の上から、くるくるとまるめたあわい黄金色のマフラーを両手でとりあげると、中にくるまって眠るハリネズミを、指でやさしくなでました。

 ハリネズミはまるめた体をゆっくりとひらいて、ちいさな瞳でマヤの顔を見上げました。

「おはよう、兄貴。さむくなかったか?」

「……ああ、朝か。おはよう、マヤ。このマフラー、暖かくてな。バカでかいベッドで寝てるような気分だった。お前は眠れたか?」

「うん。でも、イヤな夢をみたな」

 マヤはおなじ毛布のなかで背をむけて眠るセーニャを見つめて、すこし遠い目をしながら言いました。

「あの穴ぐらで、いつもどおりに暮らしてる夢。お姉ちゃんと、くっついて寝てたからだな」

「はは。あの場所は寒くって、とても一人じゃ眠れなかったもんな。ちょうどこんな、板っきれの上でな」

「思いだしたくもねえな……お姉ちゃん、よく寝てるね。きのうみたいに、起こしたほうがいいか?」

「ああ。たぶん、起こさねえと日が昇り切るまで寝てるよ」

 ハリネズミが笑いながらそう言うと、マヤもくすくすとおかしそうに笑い、夜露でしめった毛布の上から、セーニャをゆさゆさと揺りうごかしました。

「お姉ちゃん、朝だよ。起こしてわるいけど、こんな寒いとこじゃなくてさ。町についてからゆっくり寝てよ」

 マヤがそう呼びかけると、セーニャは背中を向けたまま体をまるめました。

「お姉さま、おはようございます……私は、ちゃんと起きていますよ……すぐに起き上がりますから……」

 セーニャが寝ぼけたようすでむにゃむにゃとそう答えると、マヤはいたずらっぽい顔をしてハリネズミを抱き上げ、背中のハリをセーニャの顔にそっと押しつけました。

 セーニャは悲鳴をあげて飛び起きて、あわててあたりをたしかめると、歯を見せてわらうマヤに、決まりのわるそうに言いました。

「ああ……すみません、起こしていただいて。おはようございます、マヤさま」

「おはよ。ごめんね、ぐっすり寝てたのに」

「いいえ。ゆうべは、よくお休みになれましたか?」

「うん。一回も起きなかった。ねえ、ちょっとハリネズミ持っててくれる?」

 マヤは毛布にくるまったまま体をおこすセーニャのひざに、そっとハリネズミをのせると、ゆっくりと立ち上がって、うーん、とうなり声をあげながら、お日さまに向かってのびをしました。

 マフラーを手に取って、慣れた手つきでくるくると首元に巻きつけると、セーニャのほうを向いて、片手で口元を隠しました。

「わたし、ちょっとお花を摘んでまいりますわ」

 マヤがセーニャの真似をするよう声をつくってそう言うと、セーニャはおなじように口元を手で隠し、ふふっと笑いました。

「ええ、お気をつけて」

 マヤが小走りに岩陰のむこうに消えると、セーニャのひざの上で、ハリネズミがおかしそうに笑いました。

「マヤ、なんだか元気そうだな。ラムダに向かう途中もここで一晩過ごしたんだが、マヤのやつ、ロクに眠れなくてな。どうも、たき火を消すのが怖かったらしいんだ」

「まあ……それはお気の毒に」

 セーニャが背中のハリをそっとなでると、ハリネズミは続けました。

「一晩中、たき火の前でひざを抱えてうとうとしててな。見ちゃいられなかった。オレに出来ることもねえし……だが、今日はよく眠れたみたいだ。ありがとな、セーニャ」

「いいえ。夜のあいだ、寒さに目を覚ますことがありませんでした。マヤさまのおかげですわ。それに……私、はじめて一人で夜を明かした日のことを、よく覚えています」

 セーニャはそういって目を伏せ、つぶやくように語りはじめました。

「あの日、目を覚ましたら自分がどこにいるのかもわからず……歩き続けるうちに日が暮れても、私には火を起こすことさえできませんでした」

「セーニャ……」

「暗闇の中で、私はただうずくまって、子供のように泣きながら朝を待つばかりで。今でも思い出しますわ。お姉さまや、みなさまの顔が思い浮かんで、私はどれほど無力で、他人に頼ってきたのだろうと。ただ、みじめで……ですから」

 セーニャは眠たそうな目をしたままほほえんで、ハリネズミの鼻を指でつんつんとつつきました。

「私にはわかります。カミュさまがそばにおられて、マヤさまがどれほど心強かったか。きっと、すぐに楽しかった旅の思い出のひとつになりますわ。カミュさまにとっても」

 ハリネズミは言葉をさがしてすっかりだまりこんでしまいましたが、セーニャはなにも答えなくていい、とでも言うかのように、ハリネズミを両手でそっとつつみました。

 やがて、どこか遠くからひびく鳥たちの声にまじって、ざくざくと雪を蹴る元気な足音がちかづいてきて、両腕をかかえたマヤが岩陰から顔を出しました。

「おまたせ。やっぱり、日がのぼらないとさむいね。その毛布、着といたほうがすぐかわくかな?」

「ええ、きっと。お借りしてしまって、すみません。では、私もお花摘みに……」

 セーニャが立ちあがって岩陰のむこうに消えると、マヤは自分のぶんの毛布をひろげて砂をおとし、マントのように羽織って左肩にハリネズミをのせました。

 マヤが寝床のうえに腰をおろし、両手を口元にあてて吐息であたためていると、ハリネズミが、なあ、と呼びかけました。

「マヤ、どんな気分だ?」

「ん?なにが?」

「旅って、だいたいこんな感じだぞ。楽しいか?」

 マヤはししっと笑うと、カミュがよくするように、両手を広げて肩をすくめました。

「ズルいこと言うな、兄貴。まあ、しんどいこともあるけど。なにしろ、はじめてだから。ハリネズミにゃ悪いけど、たのしいかな」

「そうか……それなら良いんだ」

「でも、お姉ちゃんはどうなのかな。こうやって、ただ助けてもらうのって、なんだかな……兄貴ならいいんだけど」

 ほんのりと青さの見える夜明けの空を、ぼんやりとながめるマヤのもとに、セーニャはすぐに戻ってきて、いつもと変わらないほほえみを浮かべました。

 

 夜明けとともに女神像のみまもるキャンプ地を出た二人と一匹は、お日さまがてっぺんにたどりつくころには、クレイモラン城の頭をのぞめるところまで、順調に歩みをすすめていました。

 すこしづつ家や人の姿がみえはじめると、すぐにたくさんの船の泊まる桟橋までたどりつき、いそがしそうに人々が出入りする門をくぐって、にぎやかな城下町にたどりつきました。

 目の前にひろがる見慣れた景色に、マヤは安心したように、ふう、と大きく息をつきました。

「ええと……ウチを出て山のふもとで寝て、次の日はお姉ちゃんとこで……四日くらいだっけ?なんだか、ずいぶんひさしぶりに帰ってきた気がするな」

 マヤは指折り数えてつぶやくと、ハリネズミは小さな声で、ああ、と答えました。

「歩きっぱなしでよくがんばったよ。城に行く前にちょっと休んじゃどうだ?セーニャも疲れてるだろ」

「私は平気ですわ。お昼も過ぎてしまいましたし、すこし急いだほうが……マヤさま、大丈夫ですか?」

「うん。おれ、城に入れるの楽しみにしてんだ。魔女もみてみたいし」

「そうか。ああ、本人の前で魔女って言うのは、たぶんやめたほうがいいな。というより、マヤはできるだけしゃべらないほうが良いだろうな」

「あはは。そーだね。おれ、ことばづかいとか、全然わかんねえし。お姉ちゃん、たのむよ」

「ええ、お任せください。それでは、まいりましょうか」

 マヤたちは人通りの多い城下町の広場をとおりぬけて、ゆっくりとお城のほうへ向かいました。

 家々に色とりどりのガラスのはまったクレイモランの町並みは、くずれた大樹の傷跡をあちこちに残しながらも、かつての美しさを取り戻しつつあるようでした。

 セーニャは歩きながらそんな町のすがたを見て、さびしそうに言いました。

「この町でも、きっと多くの方が亡くなられたのですね。それなのに、こんなことを言うのは申し訳ないのですが……私のふるさとも、いつかこの町のように、元の姿に戻れるでしょうか」

「ああ。人の手で作ったものは、人の手で直せるさ。時間はかかるかもしれないが、かならず」

「この町も、さいしょはお姉ちゃんとことおなじくらい、ボロボロだったもんね。みんなでがんばって直してたよな、お城の兵隊さんたちまで。ねえ、お姉ちゃん。女王さまにたのんでみたら?この町がすっかりもとどおりになったら、お姉ちゃんとこも直してくれって」

 マヤがそう言うと、セーニャはきょとんとした顔でハリネズミと目を見合わせて、一緒にくすくすと笑いました。

「そうですね。せっかくですから、お願いしてみましょうか」

「女王さん、優しいからな。イヤとは言わないだろうな。さて、城は目の前だ、オレはもう黙ってるよ。悪いが頼むぜ、セーニャ」

 

 クレイモランのお城は、切り立った岩山を背にして、空に向けて連なるたまねぎのようなふしぎな屋根を、きらきらとかがやかせていました。

 あざやかな装飾のほどこされた門の前で、りっぱな槍をたずさえたふたりの衛兵が、ときおり言葉をかわしながら、退屈そうに番をしていました。

 セーニャがマヤの手を引きながらゆっくりとそばに歩みよると、ふたりに気がついた衛兵たちは槍をかまえて、止まりなさい、と落ちついた調子で呼びかけました。

 衛兵たちはふたりの身なりをたしかめるように、頭から足元までじっくりと見つめると、すぐに槍をおろして手招きをしました。

「ご婦人、我らが城になにかご用かね?」

 りっぱなあごひげを生やした衛兵がそうたずねると、セーニャはスカートのすそをもち上げておじぎをして、両手を胸のまえでそっと組みました。

「ごきげんよう……あの、ええと……私、セーニャと申します。お城にいらっしゃる、リーズレットさまにお力添えをいただきたく、旅をしてまいりました……」

「ふむ、魔女どのに?」

 衛兵は目を細めて、あごひげをなでながら、おだやかな声で言いました。

「大樹が落ちてからと言うもの、城には多くの者が助けを求めてまいりましてな。女王様は、何者も無下に拒むなと仰せ付けられた。ご婦人、なにかお困りなら、城の者も助けになれるのだが、いかなる用件で」

「それは……すみません、お話しづらいことなんです。直々にお目にかかれればと……セーニャという者が訪ねてきたと、お伝えしていただくことは、できませんか?」

「ご婦人は魔女どのと面識がおありで?」

「はい。女王さま……シャールさまのことで、ゆかりがありまして」

 セーニャがそう答えると、となりでだまって話を聞いていた若い衛兵が、おそるおそる口を開きました。

「あの。こんなきれいな方が、こんなぼろぼろの身なりで、子供を連れて……どう見てもワケありじゃないですか?とりあえず、通してさしあげたほうが」

「うむ……そうだな。我々も力になりたかったのだが、失礼した。急ぎお伝えしますゆえ。お名前は、セーニャどのと言われたか?」

 セーニャがだまってうなずくと、ひげの衛兵はかるく一礼してきびすを返し、扉の中へと消えてゆきました。

 セーニャがお礼を言って、若い衛兵に頭をさげると、衛兵は照れたようにかぶとのつばを片手で下げました。

「ちょ、ちょっとお堅いのがあれなんですけど。あの方は、すごくやさしい人なんで……気を悪くしないでくださいね」

「ええ、とても親切にしていただきましたわ。感謝しています」

「そ、それなら良かったです。あの、客間……ってほど立派じゃないんですけど、俺たちで勝手に通しちゃっていい部屋があるんで……良ければ、そこで休んでください」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますわ」

「よ、良かった。じゃあ、こちらへ」

 衛兵はそう言って背を向けると、お城の扉をひらいて、中へ入るよう案内すると、セーニャはマヤの手を取り、衛兵のうしろをついて歩きだしました。

 マヤは、セーニャの手がかたくこわばって、汗でじっとりとぬれていることに気がついて、ふしぎそうにセーニャを見上げました。

 

 マヤたちが通された部屋は、横にながい広々としたつくりで、廊下に続く扉がふたつあり、中には数台のちいさなベッドと、六人ほどが座れそうなテーブルがならんでいました。

 家具はどれも、お城にはあまり似つかわしくない、木目をそのままにして組まれたかんたんなもので、部屋をかざるものは、石炭の燃える暖炉のまえに敷かれた、りっぱなじゅうたんくらいでした。

「ベッドとか、自由に使ってもらって大丈夫なので……じゃあ、なにかあれば伝えに来ます」

 ふたりを案内してくれた衛兵が礼をして部屋からでていくと、セーニャはほっと胸をなでおろしました。

「お姉ちゃん、すごいね。ほんとうに入れちゃった」

「ふふ。大きなことを言ってしまったので、不安だったのですが。なんとかなりましたね」

「でも、なんか勘違いされてるよな。まあ、このカッコじゃな」

 ハリネズミがそう言うと、ふたりは羽織ったぼろぼろの毛布や、泥はねの目立つスカートのすそをひろげて、苦笑いをうかべました。

「そういうことか。そうだね、おれたち、どうみてもワケありだね」

「本当にワケがあるんだから、別にだましたわけじゃねえよな。セーニャ、助かったよ」

「いいえ。まだ、お会いできると決まったわけではないですし」

 ふたりが荷物をおろして、暖炉のそばにすわりこんで休んでいると、扉のひらく音とともに、恰幅のいい男が部屋に入ってきました。

 栗色の髪をうしろで結わえて、エプロンをかけた男は、ふたりをじっと見つめると、すぐに愛想よく笑って、声をかけました。

「ちょうどよかった。若い女の客を待ってたんだ。なあ、あんたたち、腹減ってないか?甘いもの好きか?」

「ご、ごきげんよう」

 セーニャはあわてて立ち上がり、おじぎをしましたが、男はだまったまま、返事を待っているようでした。

「ええ、甘いものには目がありませんわ。それに、今日はあまり食べていませんので……」

「おお、そうか。ちょっと待っててくれ」

 男はうれしそうにそう言って、足早に部屋を出ていきました。

「……なんだろ?」

「なんでしょうね?」

 ふたりは不安そうに顔を見合わせましたが、すぐに廊下からかちゃかちゃと食器のゆれる音をひびかせながら、男がおおきなトレイをかかげてもどってきました。

「さあ、テーブルについてくれ。ちょっとな、食ってもらいたいものがあるんだよ」

 ふたりがおそるおそる席につくと、男は数枚のお皿をならべて、ちいさなカップにお茶を注ぎました。

 お皿の上では、きれいな小麦色に焼きあげられた、平たいかたちの丸いパンのようなものが、甘い香りとともに湯気を立ちのぼらせていました。

「外国から来たヤツから教わった菓子をな、試しに作ってみたんだが。女王様にお出しするには、まだちょっと不安でな。よければ、感想が聞きたい」

「えっ、これ食って……たべても、いいんですか?」

「ああ、遠慮なく食ってくれ。いくつか味を変えてみたんだが、どれが好きかね」

 男はジャムやバターの乗った丸いパンを、すこしづつナイフで切り分けると、お皿に盛り合わせてふたりの前に差しだしました。

 マヤはフォークを手にして一切れほおばると、すぐに幸せそうな顔を浮かべました。

「あまい。それに、スゴくふわふわしてる。おれ、白いパンは、あんまり食べたときないんだけど、こんなにふわふわしたのははじめて」

「ええ。甘いものは久しぶりなので、身にしみますわ……この、コケモモのジャムもいいですね。甘酸っぱくて、ほんのり苦みがあって」

「おれは、この色のついてないやつが好きかも。あまいのかしょっぱいのか、よくわかんなくておもしろいね」

「それはバターだな。ちょっと素朴すぎるかと思ったが、そうか、うまいか」

 男は腕組みをして、ふたりの食べるすがたを満足そうな顔で見つめました。

「それでな、意見が欲しい。ここをこうしたらと、そういうものはあるかね」

 ふたりはフォークをせわしなく口に運び、もぐもぐと食べながら話し合いをはじめました。

「うーん。そーだね……塩味のもいろいろあったらいいかな。たまごとかどう?合いそう」

「良いですね。パンが甘いので、りんごのジャムはちょっと甘すぎるかもしれません。私は好きですけど」

「うん。おれはちょっとニガテかな。ジャムは、この黄色のやつがすき。これはなに?」

「あんずでしょうか?おそらく。ジャムとバターは一緒でも良さそうですね。はちみつも良さそうです」

「ミルクにひたしても、おいしいかもね。チーズは……だめかな、きっと」

「なるほど。なにしろ女王様はたいへんお若いのでな、若いお嬢さんがたの意見は参考になるよ。ありがたいね」

 テーブルの上のたべものがほとんど片付いてしまったころ、不意に扉のひらく音が聞こえると、男はおどろいた顔をして、いそいで姿勢をただしました。

「すみません、お待たせしてしまって。セーニャさん、お元気でしたか?」

 セーニャが声のしたほうを振りむくと、白いドレスとだいだい色のマントを身にまとった女性が、おおきな丸めがねの奥で、上品なほほえみを浮かべていました。

 セーニャはあわてて立ち上がり、スカートのすそをもち上げて、深々とおじぎをしました。

「シャールさま、お久しぶりです」

「あら、その髪、どうしちゃったの?シャールと同じ、きれいな髪をしていたのに」

 シャールについで部屋に入ってきた、うす紫のふしぎな色の肌をした女性がセーニャに声をかけるのをみて、マヤはあっとあげそうになった声をおさえて、肩のハリネズミにひそひそとつぶやきました。

「この人かあ……魔女っていうから、しわしわのおばあちゃんかと思ってた」

「ああ……マヤ、イスから立ちな」

 セーニャがひとしきりあいさつを終えると、シャールとリーズレットはそろってマヤを見つめて、セーニャにたずねました。

「そちらの方、お会いするのははじめてですよね?勇者様の、ゆかりの方ですか?」「ええと……この子は、マヤと申します。カミュという者を覚えておいでですか?この子と、同じ髪の色をした」

「ええ。よく覚えてるわよ。ツンツン頭の、寒そうな格好をした男の子でしょ」

「はい。実は、彼のことでご相談があって、訪ねてまいりました」

「そうでしたか。マヤさん、はじめまして」

 シャールがほほえみかけると、マヤはセーニャの真似をして、ぎこちなくひざをまげてスカートをつまむしぐさをして、緊張したようすで声をしぼりだしました。

「は、はじめまして。よろしく、おねがい、します」

「よろしくおねがいします。では、座ってお話をうかがいましょうか。あら、なんだかおいしそうな香りがしますね。私たちのぶんもありますか?」

「は、はい。すぐにお持ち致しますので」 

 男が駆け足で部屋から出てゆき、セーニャがシャールのためにイスを引こうとすると、シャールはどうかおかまいなく、と言って、テーブルにつくよううながしました。

「大樹が落ちてしまったとき、家や身寄りをなくされて、お城を頼ってこられる方が多かったので……この部屋はそんな方たちのためのものなんです。すみません、ちゃんとしたお部屋を用意できなくて」

「いいえ、こちらこそ、急におたずねしてしまって」

「で、シャールじゃなく、私をたずねてきたってことは、なにか面倒な事情があるんでしょう?どんな話なの?」

 リーズレットがそう言うと、マヤとセーニャは困ったように顔を見合わせました。

「それが、どこからお話すればよいものか……そうですね、まずは」

 セーニャはマヤの肩からハリネズミをそっと抱き上げて、テーブルの上におろしました。

 テーブルの上でふたつの足で立ちあがり、鼻をひくひくさせるハリネズミを見て、シャールはまあ、と歓声をあげました。

「実は、先ほどから気になっていたんです。かわいいですね。この子は、なんという名の生き物ですか?触っても?」

「えっと、ハリネズミっていう……んです。噛まないけど、ハリ、けっこうするどいから、気をつけて……ください」

 シャールがにこにこしながらハリネズミの背中をなでたり、鼻をつついたりする姿を、リーズレットはすこし呆れたようすでながめていました。

「ふーん。こんなに人によく慣れてるのは、私もはじめて見るわね。それで、このハリネズミがどうしたって言うの?」

 リーズレットがそう言うと、ハリネズミは意を決したように言いました。

「えーと……こんにちは。オレ、カミュです」

 ハリネズミがそう言うと、シャールとリーズレットはふしぎそうにあたりを見まわしましたが、テーブルの上で両手を振るハリネズミに気が付くと、えっと声をあげて、目を丸くしました。

「見ての通りなんですけど。この首飾り、見えます?どうも、コイツの呪いらしくて」

 ハリネズミがちいさな両手で首飾りをひっぱってみせると、リーズレットはおおきな声で笑いだしました。

「あはは。ハリネズミ……そうか、ハリネズミね。よく似合ってるじゃない?かわいいわよ」

「ちょっと、リーズレット。笑いごとじゃないでしょう?」

「好きに笑ってください。自分でも笑えるんで……」

 声をあげて笑い続けるリーズレットに、ハリネズミが自嘲するように言うと、シャールは申し訳なさそうに眉をひそめました。

「カミュさん、お気の毒に。ですが、事情はわかりました。リーズレット、なんとかしてあげられませんか?」

「ちょ、ちょっと待ってね。おかしくて……ふう。そうね、まずは見てみましょうか」

 リーズレットはハリネズミに顔をよせて、首飾りを指でひっぱって、じっくりとたしかめました。

 しばらくのあいだ、眉を寄せながらハリネズミをなでたり、首飾りをつまんだりしていましたが、やがて、うーん、とうなり声をあげました。

「なるほどね。まあ、そんなに強い呪いじゃないと思うわ。ただ……ちょっと試してみてもいいかしら?」

 リーズレットが左手を差しだすと、ハリネズミはちょこちょこと乗り込み、つぶらな瞳でリーズレットを見つめました。

「ふふ……ゴメンね。ちゃんとやるから。それじゃ」

 リーズレットが右の手のひらを胸のまえにかかげると、手のひらの上に、暗くゆらめく玉のようなものが浮かび上がりました。

 真剣な面持ちで手のひらを見つめると、玉のようなものはみるみる小さくなっていき、のばした人差し指の先にともりました。

 リーズレットは指先をすこしづつ、慎重にハリネズミに近付けていきましたが、触れるか触れないかのところで、ふう、と大きなため息をついて、右手をふりました。

「ダメね。強い魔力を送り込んで、壊してしまえばと思ったんだけど。小さすぎて、ハリネズミを無事にすませる自信がないわ」

「そう、ですか……」

 リーズレットはそう言ってうなだれるハリネズミをテーブルの上におろすと、足を組んで、両手を肩のあたりでひらひらさせました。

「でも、言ったでしょ。たいした呪いじゃないわよ。姿を変えるほかに悪さはしないし、それもせいぜい二年か三年……そうね、長くても五年はもたないわ」

「五年、ですか……」

 そうつぶやいて目を伏せ、肩を落とすセーニャとマヤを見て、リーズレットは不満そうに言いました。

「な、なによ。五年でしょ?壊そうとして失敗しました、じゃ話にならないじゃない。待っていれば解けるんだから、それでいいでしょう?」

「リーズレット、人間にとっての五年は……」

 シャールが悲しそうな目をしてそう言うと、リーズレットは両手で頭をかかえて、髪をくしゃくしゃといじりました。

「まあ、そうだけどさ。だからって、私にはどうしようも……」

 リーズレットはそう言いかけて、部屋にいる全員がすがるように自分を見つめていることに気が付き、もう、と声をあげて腕組みをしました。

「わかったわよ。私には無理でも、呪いを解く方法、心当たりがあるわ」

「まあ……本当ですか?」

 セーニャがそう言うと、リーズレットは渋い顔をして答えました。

「ええ。しゃくだけど、あなたたちと一緒にいた勇者なら、こんな呪いくらい、簡単に解けるはずよ。勇者の力って、そういうものだわ」

「勇者さまが……そうですか」

 セーニャががっくりとうなだれるのを見て、リーズレットは腹を立てたように言いました。

「なによ?あなたたち、一緒に旅をしてきたんでしょう?そんな頼み事くらい、聞いてくれるでしょう?」

「それが……勇者さまは、もうおられないんです」

「いない?どうして?」

 セーニャは顔をあげて、ベロニカの身に起こったこと、時渡りのこと、そして勇者が下した決断のことを、しずかな口調でゆっくりと語り終えると、シャールとリーズレットは、同情をしめすかのようにうつむきました。

「そんなことがあったのね……知らずにひどいことを言ってしまったわね。謝るわ」

「私も存じませんでした。そうですか、お辛いですね……」

「いえ、勇者さまの決められたことですから。私はそれで良いんです」

「でも、勇者って……いえ、やめましょう。とすると、他の手立てが必要ね」

 リーズレットは顔に手をあててしばらく考えこむと、すこし自信がなさそうに口を開きました。

「もしかしたら、の話なのだけど。あなたたちと一緒に、背の低いおじいさん、いたでしょう?」

「ロウさまのことでしょうか?赤い帽子をかぶって、おヒゲを生やした?」

「ええ。あの人からは、勇者とおなじ類いの力を感じたわ。強くはないけれど。残念だけど、私が力になれそうな事はもうないわ。あの人を頼ってみたらどうかしら」

「そうですね、そうしてみますわ。リーズレットさま、ありがとうございます」

「いいえ。悪いわね、せっかく頼って来てもらったのに。それと……さっきから気になっていたのだけど」

 リーズレットはそう言って立ち上がると、マヤの席にゆっくりと歩みよって、にっこりとほほえみかけました。

「あなた、ちょっといいかしら?」

「な、なん……ですか?」

 マヤがあわてて立ちあがると、リーズレットはマヤの瞳の奥をしばらくのあいだじっと見つめて、質問をしました。

「マヤと言ったかしら。あなた、呪われていたことがあるでしょう?」

「え。わかるの?」

「もちろん。あなた『残ってる』わよ。それも、かなり強く」

「のこってる?呪いが?」

「いいえ、魔力とでも言うのかしら。難しい話になるから、詳しくは言わないけど。あなた、魔法や呪いには、この先できるだけ関わらないようにしたほうが良いわね。気をつけなさい」

「そ、そう……ですか。ありがとう、ございます」

「ええ。そのハリネズミの呪いも……いえ、なんでもないわ。もし、この先なにか困ったことがあったら、私をたずねてちょうだい。その時はきっと、力になれるわ」

 すっかり困ったようすのマヤの肩を、リーズレットはそう言ってぽんぽんと叩きました。

「さて、もういいかしら。ごめんなさいね、あまりゆっくりお話もしていられないの。女王様って、忙しいみたいでね」

「ええ。すみません、セーニャさん、マヤさん、カミュさんも。よろしければ、また訪ねてくださいませ。城の者に、通すように言っておきますので……次はもうすこし、ゆっくりお話しできると思います」

 シャールはそう言ってゆっくりと席を立ち、セーニャとマヤと両手で握手を交わしました。

「ありがとうございます、シャールさま。リーズレットさま」

「親切にしてくれて、ありがとう……ございます。おれ、この国で暮らしてて、女王さまと会えたの、はじめてだったから……魔女さんも、たすかり、ました」

 たどたどしく感謝のことばを述べるマヤに、シャールとリーズレットは仲良く笑顔を浮かべてみせました。

「それでは、またお会いしましょう。それと、よろしければ受けとっていただきたいものが。城の者に案内させますので、この部屋でお待ちくださいね」

 マヤとセーニャがおじぎをすると、シャールとリーズレットはしずかに扉をひらいて、部屋から出ていきました。

 

「お城の中って、あんなにきれいだったんだね。外もだけど。それに、みんなやさしかったな。魔女さんもさ、魔女っていうから、もっと怖いかとおもってた」

 だいぶ日のかたむいたクレイモランの広場で、マヤは上機嫌に話しました。

「へへ。こんな良いものも、もらっちゃったし」

 お気に入りのマフラーとよく似た、あわい黄金色の立派なマントを、マヤは誇らしげに両手で広げてみせました。

「あのボロ毛布が、よっぽど哀れに見えたんだろうな……良かったな、マヤ。しかし、ずいぶん上等な毛織だな。これ一枚で、オレたちのあの屋根裏部屋に、半年は住めるぞ」

「私も肩掛けをいただいてしまいました。助けをもとめてお訪ねしたのに、なんだか申し訳ないですね」

「うまいものも食わせてもらっちゃったしね。でも、ハリネズミはハリネズミのままか……これから、どうしよう」

 マヤの肩の上で、ハリネズミはセーニャの顔をうかがいながら言いました。

「ロウさんか……オレ、どこにいるのか、はっきり知らないんだよな。なんとなく、マルティナさんと一緒なんだとは思うが」

「ええ。おそらく、ご一緒にイシの村におられるのではないかと」

「オレも、そんな気がする。とすると、船旅になるか。うーん」

 ハリネズミが口ごもると、セーニャは眉をつりあげて、ハリネズミの鼻をつんつんとつつきました。

「みなまでおっしゃらないでくださいませ。私もお供しますわ」

「……そうか。すまん。とりあえず、今日はこの町で休んでくれ。ふたりとも、疲れてるだろ」

 ハリネズミがそう言いながら、なにかの合図をするようにマヤの首元にハリを押し付けると、マヤはハリネズミの心を察したように、頭をかきました。

「うん。ずっと、歩きっぱなしだったもんな。ちょっとつかれたかも。きょうは、ベッドで寝たいな」

「ああ、それがいい。じゃあ、セーニャの宿を探すとするか」

「宿じゃなくてもさ、兄貴のベッドあいてるから、お姉ちゃん、ウチに泊まったらいいんじゃない?」

「いや、それは……あんな狭いとこに、セーニャを泊めるのは、ちょっとな」

 兄妹の話を聞いて、セーニャは申しわけなさそうに、あの、と切り出しました。

「すみません、これ、里のみなさまに持たせていただいたお金なのですが。私、じぶんでお金を持ったことが、ほとんどありませんので……これで、旅を続けられますか?」

 マヤはセーニャが懐からとりだした小さな袋を受けとると、口をあけてハリネズミといっしょに中身をたしかめました。

「うーん。けっこうあるけど……おれ、旅をするのにどのくらいかかるのか、わかんないや」

「まあ、心配ない程度にはあるが……あまり贅沢はできないな。そうだな、狭いとこだが、ウチで我慢してもらうか。セーニャが良ければ」

「ええ。助かりますわ」

「そっか。じゃあ、案内するよ。ということは、メシの用意もいるよな。お姉ちゃん、魚とか貝とか、食べられる?」

「はい。あまり得意ではなかったのですが、旅のあいだに、おいしくいただけるようになりました」

「それじゃあ、買い物しながらウチにいこう。えーと、市場はこっち」

 マヤはそう言ってセーニャの手を取り、元気よく歩き出しました。

 

 夕暮れの赤さがかすかにさしこむ、兄妹のくらす薄暗い屋根裏は、ストーブにかけたおナベから立ちこめる香りでいっぱいになっていました。

 マヤは、ハリネズミにひとつひとつ手順を聞きながら、おナベでスープをこしらえていました。

「ちょっとイモをクシでつっついてみな。うん、すっかり煮えてるな。ちょっと味見させてくれ」

 マヤはおナベの中身をスプーンですくって、ふうふうと吹き冷ましてから、左手にのせたハリネズミに差しだしました。

 ハリネズミは鼻先をちかづけてスープをなめると、おどろいたようにビクっと顔をひっこめました。

「わるい、まだ熱かったか?」

「ああ。どうやらハリネズミ、とんでもない猫舌みたいだ」

「ハリネズミも、なかなか大変なんだな」

 マヤがもういちど、念入りにスープをさましてハリネズミになめさせると、横でながめていたセーニャが、ふふっと笑いました。

「ハリネズミさん、本当に愛らしいですね」

「だ、だめだよお姉ちゃん。あげないからね。兄貴、味はどう?」

「ああ、なかなかいい感じだ。うまいよ。最後に塩だが、マヤにはちょっと難しいな。テーブルで足したほうがいい。あと、ナベからローリエの葉を抜いといてくれ」

「わかった。でも、お姉ちゃんが料理ニガテなの、ちょっと意外だな。おれも、兄貴がいなきゃ、できないけどさ」

「私のお姉さまも、お料理はあまり得意ではなかったので……そこは、姉妹で似たのですね」

 マヤはふーん、と言いながらスープをお皿によそって、テーブルにならべました。 ふたりは向かい合ってテーブルにすわると、おなじ姿勢で手を合わせて、声を合わせてお祈りの言葉をとなえました。

 小皿に盛られた塩を指でつまんで、スープにすこしづつ振りかけながら、マヤはすこし遠慮しながら言いました。

「お姉ちゃんのお姉ちゃん……あはは、ややこしいね。ベロニカさんだっけ。さびしいね」

「すみません、気をつかっていただいて。そうですね……マヤさまとカミュさまのように、ずっと一緒に育ってきましたので」

「そうだよね……なあ、兄貴はいっしょに旅をしてたんだろ?どんな人だったの?」

「うーん、そうだな……」

 ハリネズミがどうしたものかとセーニャの顔色をうかがうと、セーニャはしずかにほほえんで見せました。

 表情を作れないハリネズミも、セーニャに合わせるように、すこし笑ったように見えました。

「とにかくクチが悪かったな。チビのくせに気も強くて。旅のあいだ、いつもケンカばかりしてた気がする。元気がよくて、ギャーギャーうるさいヤツだったな」

 ハリネズミがそう言うと、セーニャは口元をおさえて、おかしそうに笑いました。 セーニャとハリネズミのようすを見て、マヤは呆れた顔をして、肩をすくめました。

「あはは。わかったよ。おれに似てたって言いたいんだろ、兄貴」

「まあ、そんなところだな。なんというか……セーニャとほとんど正反対だったな。双子なのにどうしてだろうって、不思議だった」

「そっか。でも、なんとなく想像できるな」

 マヤはセーニャの顔をじっと見つめて、眉をひそめました。

「お姉ちゃん、しっかりしてるもんね。正反対ってことはさ、お姉ちゃんがベロニカさんの面倒みて、世話焼いてたんでしょ。ちょうど、おれと兄貴みたいなかんじでさ」

 マヤがそう言うと、セーニャはきょとんとした表情を浮かべました。

「おれみたいな手のかかるやつでも、いなくなったらさびしいのかな……あ、ごめんね、お姉ちゃん。イヤな話しちゃって……」

「いいえ」

 セーニャはぽつりとそう言って、スープを口に運びました。

 

 すっかり闇につつまれた屋根裏で、寝息をたてるマヤのベッドに、セーニャはしずかに歩みよって、枕元のハリネズミをそっと抱き上げました。

 自分のベッドにもどって、マヤに背を向けて横になり、顔の前にハリネズミをおろして、そっと背中をなでました。

「ん……どうした、セーニャ?眠れないのか?」

 眠たそうにそう言うハリネズミに、セーニャは小さな声でひそひそと話しかけました。

「ええ……ちょっと、考えごとをしていて」

 セーニャは暗闇のなかでハリネズミを見つめながら、ひとりごとのようにつぶやきました。

「マヤさま、私がしっかりしていると……カミュさまがマヤさまにされるように、私がお姉さまの面倒をみていたのだろうと……私は……今の私は、そんなふうに見えますか……」

「……ああ。セーニャはずいぶん変わったよ。少なくとも、オレにはそう見える。

だが……」

 ふたりのあいだにながい沈黙がながれ、やがてハリネズミは言葉を待つセーニャに耐えきれなくなって、迷いながら声を出しました。

「……ちょっとな。セーニャの本心なんて、オレにはわからないし、わかりようもないが……すこし、無理をしているようにも見える。あの日から、セーニャは別人のように変わったが……オレは、出会ったころのセーニャを、よく覚えているんだ……」

 ハリネズミがなんとか声を絞りだし、そう言い終えると、セーニャはだまったまま、ハリネズミを何度かやさしくなでました。

 セーニャは起き上がって、ハリネズミをマヤの枕元におろすと、マヤの頭を起こしてしまわないようにそっとなでてから、自分のベッドにもどって、眠りにつきました。

 

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