マヤとセーニャのものがたり   作:だる   

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マヤとセーニャのものがたり 5

 ソルティコの町を出発したマヤたちは、一夜の野営をはさみながら、落ちた大樹のひろげた炎でいくぶん風通しのよくなった密林を抜けて、ふかい山間へとすすんでいきました。

 山肌がむきだしになった谷間に沿ってうねうねと伸びる山道を休み休み歩くと、やがて空がぱっとひらけて、見晴らしのいい丘が山あいに横たわっていました。

 丘をつつんでいたはずの緑はあちこちが黒く焼けこげていて、なにかの建物の名残りであろうガレキの山が、あたり一面にちらかっていました。

「まあ……このあたりは、ずいぶんヒドいわね」

 シルビアがあわれみを込めてそう言うと、セーニャは歩きながら顔を曇らせました。

「ええ。大樹さまからとおく離れた土地も、このように荒れてしまっているのですね……ソルティコのあたりは無事でしたのに」

「そうよね。そんなに距離があるわけじゃないのに、ここは特にヒドい気がするわ。そういえば、セーニャちゃんのふるさとも同じくらいヒドかったわよね……どう?少しづつ、元に戻っているかしら?」

「あまり、はかどっているとは言えませんね。人手が足りていませんので、どうしても……」

 かなしみの色を浮かべながら、足並みをそろえて進むセーニャとシルビアを見て、すこし後ろをついて歩くマヤは、機嫌のよさそうにハリネズミに話しかけました。

「兄貴さあ。お姉ちゃん、すっかりシルビアにとられちゃったね」

「そうだな。まあ、積もる話もあるだろ。ジャマすることはねえさ」

 気のない返事をかえすハリネズミに、マヤはししっと笑いました。

「つまんないこと言うな。なあ、おれがジャマさせてやろうか?」

「お前な……」

 ハリネズミはあきれたように言いました。

「まさか、マヤに気を回されるとはなあ。わが身が悲しいよ、まったく」

「へへ。でもさあ、お姉ちゃんとシルビア、おにあいってカンジだよね。まあ、ハリネズミじゃ、勝負にもならねえよな」

 そう言ってけらけらと笑うマヤの肩の上で、ハリネズミはそういうことか、と小さくつぶやき、冗談めかして言いました。

「ああ、ならねえが、勝負するつもりもねえから、安心しろ。オレはどこにも行かねえよ」

「あはは。そんなこと、言うなって。まあ、とにかく、まずは人間にもどらないとだな」

 マヤの笑い声に気がついたシルビアは、歩きながらうしろを振りかえり、目を細めて声をかけました。

「マヤちゃん、山道で疲れてないかと思ったのだけど、元気そうね。きっと、もうすぐ着くわよ。ねえ、お兄ちゃんと何を話しているの?」

「うん。シルビアとお姉ちゃん、仲がいいよねって。ねえ、兄貴は旅のあいだ、みんなと、なかよくやれてたの?」

「ええ、もちろんよ。だけど、やっぱり若い子同士のほうが仲が良かったみたいね。アタシが出会ったときは、カミュちゃんと勇者ちゃん、それにセーニャちゃんとベロニカちゃんの四人だったのだけど。ちょっと妬けるくらいだったわ」

「まあ。シルビアさまには、そのように見えていらしたのですね」

 セーニャはそう言って歩調をゆるめてマヤのとなりに並び、ほほえみかけました。「カミュさまと勇者さまは、とても親しくされていて。はじめて出会ったときは、ご兄弟なのかと思いました。私、男の方とあまりお話したことがなかったので、不安だったのですが……おふたりには、なにかと気にかけていただけまして。すぐに慣れましたわ。カミュさまには、ずいぶん気をつかわせてしまったかと思います」

「い、いや。オレは……」

 カミュがそう言ったきり口ごもってしまうと、マヤはからかうように、ししっと笑いました。

「なんかさ、兄貴が、だれかとなかよくやってるとこって、おれにはあんまし、想像できないんだよね。おれたち、トモダチとか、いなかったから。でも、そーなんだ。よかったな、兄貴」

「それはオレだって同じだよ。マヤがこんなに他人と上手くやれるとは、思ってなかったな。セーニャやシルビアさんに、オレにするのと同じように突っかかったらどうしようって、オレは不安だったんだ」

「ま、まあ。ふたりとも、やさしいからな……」

 マヤがぶつぶつと言うと、シルビアとセーニャは、笑顔を浮かべて顔を見合わせました。

「マヤさまのお兄さまは、私などよりずっと気がつく方ですし、お優しいと思いますよ?」

「そうよ。でも、マヤちゃんたちを見ているとなんとなくわかるわ。カミュちゃんがやさしい理由。それに、カミュちゃんにとっても、マヤちゃんは心を許せる相手なのね。きょうだいって良いわねえ」

 シルビアが細いまなざしをもっと細めて見つめると、マヤはすこし照れたように目をふせました。

 

 あちこちに転がるガレキの山を避けながら歩くマヤたちは、やがて山を割るように南へのびる谷と、丸太を組んでこしらえた門のようなものに気がつきました。

 谷への出入りをこばむために作られたはずの門は、どういったわけなのか、あちこちの丸太が取りはずされて閉じることのできないようになっており、すでに門としての役目を終えているようでした。

 マヤたちがふしぎそうに顔を見合わせて奥へとすすむと、風にのって人の声が聞こえ、それはだんだんと大きくなっていきました。

 ゆるやかな登り坂になった谷を抜けると、目のまえが不意にひらけて、丸太で組んだ小屋ややぐらと革張りのテントが、山あいを埋めつくすように立ちならび、ちいさな村のようなすがたになっていました。

 砦のような村には、田舎らしい素朴な衣装をみにつけた村人たちにまじって、鎧を身につけた兵士らしき者たちもあちこちを行き交っていました。

 人々のようすはどこかおだやかで、ゆったりとした雰囲気が村をつつみこんでいました。

「えーと。こういうの、トリデって言うんだっけ。兵士もいっぱいいるし。でも、いくさってカンジにもみえないね」

 目の前にひろがる村の景色にマヤが首をかしげると、肩のハリネズミはちいさくうなずいて、口をひらきました。

「オレは一度来たことがあるんだ。ここは相棒……いや、勇者のヤツの故郷で間違いねえよ。あの時とは、ずいぶんようすが変わってるが」

「ええ。グレイグが言ってたわよね。勇者ちゃんの故郷を砦にして戦っていたって。ねえ、ロウちゃんのこと、誰かに聞いてみましょうよ」

「そっか。ねえ、おれがきいてくるよ」

 マヤはそう言って元気よく駆けだすと、あたりの小屋のかげからとつぜんクリーム色の大きなかたまりが飛びだしてきて、マヤにむかって勢いよくとびかかりました。

 マヤはあわててきびすを返し、助けをもとめるようにセーニャの後ろに逃げ込みましたが、垂らしたマフラーをぐいぐいと引っ張られて、悲鳴をあげました。

「まあ。ずいぶんおおきなワンちゃん。ねえ、そのマフラー、放してあげてもらえませんか?」

 しっぽをぱたぱたと振りながら、マヤのマフラーをうれしそうに引っ張る犬の頭をセーニャがそっとなでると、犬はくわえたマフラーをぱっと放して、はっ、はっと息をあげながら、うれしそうにセーニャを見つめました。

「で、でっけえイヌ。ね、ねえお姉ちゃん、噛まれるよ」

 マヤが必死にセーニャの腕をつかんで止めようとすると、すみませーん、と叫ぶ声が聞こえて、すぐに女の子がそばに駆け寄ってきました。

 マヤよりすこし背の高い、金色の髪をした、真っ赤なバンダナを頭に巻いた女の子は、息をきらせて犬の首輪をひっぱりながら、こまった顔をして頭をさげました。

「ご、ごめんなさい。ルキが……あの、噛みついたりしませんでした?」

 セーニャは犬の頭をなでながら、女の子にむかってにっこりとほほえんで見せました。

「ええ、かわいいですね。このワンちゃんはあなたの……あっ、マヤさま、大丈夫ですか?」

 マヤは顔をしかめながらお気に入りのマフラーのすそをたしかめると、口をとがらせて女の子をにらみました。

「うん。穴はあいてない、けど、よだれでべとべと……」

「ごめんなさい……あの、よければお洗濯を」

「いーよ、自分でするから」

 すこしすねたようなマヤをみて、セーニャは話題を変えるように切り出しました。「あの、すみません。こちらはイシの村で間違いないでしょうか?」

「は、はい。そうです。最後の砦なんて呼ぶ人も、いますけど」

「良かったですわ。私たち、ロウさまという方をたずねて旅をしてきたのですが、こちらの村にいらっしゃいますか?」

「ロウ様、ですか。うーん……村の人じゃないですよね?お城の人のことは、ちょっと私には」

「ええと、背のちいさくて、まんまるのお身体をされた、赤い帽子をかぶって、立派な白いおヒゲを生やされた、おじいさまなのですが……

 セーニャがロウのすがたかたちを伝えると、女の子はああ、と声をあげて、にこっと笑顔を浮かべました。

「私、見たことあります。この村にいますよ。お話したことはないんですけど。たぶん、こっちです」

 女の子がそう言って返事も聞かずに歩きだすと、おおきな犬もしっぽを振りながらとことこと近寄り、寄り添うようにとなりを歩きました。

 

 マヤたちは女の子に案内されて、小川にかかる石橋をわたり、村の奥にあるもうひとつの谷へと入りこみました。

 村のほかの場所とおなじように、丸太の小屋とテントの立ちならぶ谷をすすむと、ちいさな桟橋のかかった川のてまえで、女の子はたちどまってあたりを見まわしました。

「いつもは、このあたりにいるんですよ。おじいちゃん、けがした人の手当てをしたり、お薬を作ったりしているので、私はお城のお医者さんなのかと思ってました。お姫様とも、よく話してるので」

「まあ。マルティナさまは、お元気でいらっしゃいますか?」

「はい、私たちとも、よくお話してくれます。もしかして、みなさんはお姫様とおともだち……あっ、いました、あそこです」

 女の子が目でしめした、入り口を開け放ったテントの中では、机や棚に雑然とならぶ本と薬ビンのわきで、ちいさな老人がベッドに体を横たえていました。

 シルビアはテント中へそっと入りこむと、ゆっくりとベッドに歩みよってひざまづき、老人の耳もとでロウちゃん、ロウちゃん、とささやきました。

「ロウちゃん、お昼寝のとこ悪いんだけど、目を覚ましてもらえるかしら?ロウちゃーん」

 シルビアが呼びかけるうち、ロウと呼ばれた老人はゆっくりと開くと、大声をあげて飛び起きました。

「な、なんじゃシルビア。気色の悪い起こし方をするでない……ん?シルビア?シルビアではないか」

「ごめんなさいね、起こしちゃって。ロウちゃん、久しぶりね。元気そうじゃない」

 シルビアが笑顔を浮かべてあいさつをすると、ロウは顔をしわしわにして、うれしそうに言いました。

「もちろんじゃ。元気だとも。おヌシも変わりなさそうじゃな……おや、そこにおるのはセーニャではないか。二人で旅をしてきたのか?」

「ロウさま、お久しぶりですわ。お変わりありませんようで、安心しました」

「おお、よく来てくれたのう。しかし、珍しい組み合わせじゃな。わしの顔を見にきたのか?」

「ええ、元気でやってるかと思って。ねえ、マルティナちゃんは元気?グレイグはしっかりやってる?」

「うむ、姫は相変わらずじゃよ。お主たちにも、会いたがっておったぞ。グレイグは……そう、ちょうど相談したいことがあったんじゃ。実はのう、ここのところ、姫とあまり上手く……」

 マヤはロウとの再会を喜びあうシルビアとセーニャを、テントの入り口からそっと見ていましたが、不意に女の子に肩をぽんぽんと叩かれました。

 女の子はこまった顔をしてマヤをみつめて、おずおずと口を開きました。

「ねえ、さっきはルキがゴメンね」

「あはは。だいじょぶ、気にしてないよ、もう。そのイヌ、ルキって言うんだ。なあ、おれもなでていい?噛まない?」

「うん、ときどき吠えるけど、人に噛みついたことはないよ。ね、ルキ」

 女の子がそう言って頭をぽんぽんとなでると、ルキはうれしそうにしっぽを振りました。

 マヤもおそるおそる腕を伸ばし、そっと頭をなでると、ルキは喜びをしめすように、マヤの手に頭をおしつけました。

「へへ、かわいい。おれ、でっかいイヌ、さわったのはじめて」

「ふふ。ルキも喜んでるわ。ねえ、あなたは遠くから旅をしてきたの?」

「そう。ずっと北のほうの、クレイモランってとこから来たんだ。船にのって。ああ、おれ、マヤだよ」

「私はエマよ。そうなんだ。あのふたりは、マヤのお父さんとお母さん?」

 エマがそうたずねると、マヤはししっと吹き出しました。

「ちがうよ。おれ、親はいねーんだ。だから、あのふたりは……なんだろね、話すと、ながくなるんだけど」

 どうやって話したものかと、マヤが腕組みをして考えこんでいると、テントの中から、マヤさま、と呼びかける声が聞こえました。

「あっ、ごめんね、行かなきゃ」

「ねえ、旅のお話、聞きたいな。あとで話さない?」

「うん、そうしよ。じゃあエマ、またあとで」

「マヤ、あとでね」

 エマと手を振りあって、マヤがテントの中に入ると、ロウはベッドに腰かけたままマヤの顔をじっと見つめて、おだやかにほほえみました。

「やあ、よく来てくれたのう。わしらみんな、お主のことを心配しとったんじゃ。身体はもう、すっかり良さそうじゃな」

「こんにちは……おじいちゃんも、おれを、たすけてくれた人なんだ」

「なに、わしはたいした事はしとらんよ。話は一通り聞かせてもらったぞい、あまり覚えていないなら幸いじゃ、すっかり忘れてしまったほうがよかろうな」

「ありがとう、ござい、ます。メーワクかけて、ごめんなさい。でも、ちょっと慣れてきたけど……おれがしらない人が、おれのことしってるの、フシギなかんじ」

 マヤがそう言ってはにかむと、ロウは大きなお腹をさすって、ほっほっと笑いました。

「そうじゃろうな。わしにも覚えがあるよ。さて……その肩に乗っとるのがカミュか。わしに見せてもらえるかね?」

 マヤが左肩に手をのばし、手のひらにハリネズミをつたわせて差しだすと、ハリネズミはロウの両手にちょこちょこと乗りこんで、二本足で立ちあがりました。

「ロウさん、お久しぶりです。まあ、見てのとおりっす……」

「ははは。まったく、あの鋭い目をした男が、ずいぶんと愛らしい姿になったのう。ふうむ、しかしハリネズミ。わしも触れるのははじめてじゃ。よく調べてもいいかね」

「好きに笑ってください、もう慣れたんで……ハリ、するどいんで気を付けてくださいね」

 ロウは目をほそめて顔を近づけると、鼻をつっつき、背中のハリをなでまわして、ちいさな首飾りを指でひっぱり、ハリネズミのすがたをじっくりとたしかめていきました。

 マヤたちは、ロウの姿をかたずをのんで見守っていました。

「どう?ロウちゃん。なんとかなりそうかしら?」

「うむ、たいした呪いではなさそうじゃ。しかし、おかしいのう……セーニャよ、解呪のまじないを試したと言っておったな?」

「はい。いままでに、上手くいかなかったことはありませんでしたので、私の手には負えない、強力な呪いなのかと思ったのですが」

「ふむ、そうか。どれ、ひとつ試してみるとしよう。マヤよ、カミュを持っていてくれるかね」

「うん。おじいちゃんから、見えるとこがいい?」

「うむ、頼むわい」

 ロウがマヤの手のひらにハリネズミをそっと乗せると、マヤは両膝をあわせて、祈るようなすがたでロウの前にひざまづき、胸のまえにハリネズミをかかげました。

 ロウは背筋をぴんとのばすと、深くしわをよせてふたつの眼をかたくつむり、なんどか深く息をつきました。

 やがて太い眉をつり上げて、かっと目を見開くと、ハリネズミに向かって右腕をのばし、縄ををたぐりよせるかのようにぐるぐるとまわすと、マヤの頭の上から、きらきらとかがやく光の粒が、雪のようにはらはらと舞い落ちました。

 光の粒がマヤを覆いつくすように降りそそぎ、やがてマヤのからだが淡い光につつまれると、ロウはなにかに気がついたようにはっと目を見開いて、手をとめました。 ロウが手をおろすと、マヤをつつんでいた光は、煙のようにぼんやりと立ちのぼって、すぐに消えてしまいました。

「ふうむ……なるほど。そういうことか」

 ロウがマヤの空色の瞳の奥をじっとのぞき込むと、マヤはおそるおそる口を開きました。

「だ、だめだったの……?」

 マヤの不安とかなしみを織り交ぜたような表情を見て、ロウはマヤを安心させるように、おだやかにほほえんで、マヤの頭をぽんぽんとなでました。

「いいや、心配はいらないよ。なあ、セーニャよ、シルビアも」

 ふたりが返事をすると、ロウは笑顔を浮かべたまま、やさしげな声でふたりにたずねました。

「この子とな、カミュと、それとわしのために、すこし助けになってはもらえんかな。おぬしたち、どのくらいの間、旅をしていられるかね?」

 シルビアとセーニャはおたがいに目くばせをして、なにかを確かめ合うと、きっぱりとした調子でいいました。

「アタシ、カミュちゃんを元に戻してあげるって、マヤちゃんに約束したのよ。だから、ちゃあんと約束を守るわよ」

「私もです。里のみなさまにも、そう伝えて旅に出てきましたので」

 ふたりがそう答えると、ロウは目を細めながら、りっぱな口ひげをなでました。

「そうか、ありがたい。実はの、姫とグレイグの助けがいるんじゃ。話の続きは、二人が戻ってからにしよう。日のあるうちには戻るはずじゃ、しばらく休んでいてくれ。おお、そうだ。部屋を用意せんとな」

 

 ロウに案内された、ありあわせの木切れで組まれたベッドが二台と、かんたんな机とテーブルのならぶ小さめのテントの中で、マヤは感心したようすで、革の天幕をぽんぽんと叩きました。

「へー、けっこうじょうぶだね。風もとおらないし。このへんのひとたち、みんなテントで暮らしてるんだね。このへん、あったかいから、これでいいんだな」

「うーん、そういうワケじゃないと思うぞ。でも、そうだな。これでも快適そうだ」

「ええ、助かりますわ。マヤさま、勇者さまが悪魔の子と呼ばれていたことを、ご存じでしょうか?」

「うん。兄貴が、なんか言ってたな。お城の王様が、じつはわるいヤツだったんでしょ?」

「はい。それが理由で、お城のみなさまが村を焼いてしまったのだそうで……元はマヤさまたちと同じように、石造りの家で暮らしていたそうですよ。今は、お城のみなさまで、元のすがたに戻しているのだそうです」

 セーニャがそう教えると、マヤは荷物をおろして、干し草のしかれたベッドに腰をおろし、そっか、と答えました。

「それで、お城のひとたちが、いっぱいいるんだ。村のひとたち、よく平気だね。さっきのおじいちゃんも、お城のひと?」

「それが……うーん」

 セーニャはマヤのとなりに腰かけて、ハリネズミに向かってひそひそとたずねました。

「ロウさま、こちらでもご身分を秘密にしていらっしゃるでしょうか?」

「どうなんだろうな?まあ、マヤが人に話さなければ、それでいいよな。マヤ、ナイショにできるか?」

「で、できるけど。なに?」

「あのじいちゃん、ロウ様な。もう無くなっちまったんだが、ユグノアって国の王様だったんだよ」

「え。そんな、エラい人だったんだ。おじいちゃんじゃ、まずかったか?」

「いや、それは大丈夫だ。たぶん、喜んでたと思う」

「よかった。でも、なんでなくなっちまったの?」

「それがな。ここにいる城の人たち、デルカダールって国の人なんだが。ユグノアを滅ぼしたのも、デルカダールなんだよ」

 ハリネズミがそう言うと、マヤはうーん、とうなって、腕組みをしました。

「なんか……みんな、たいへんなんだな。おれ、町でバイキングのやつら、みかけるとさ。まだ、すごくイヤな気持ちになる。でも、ここのひとたち、いっしょに暮らしてるんだろ」

「そうだな。全部忘れた、水に流した、とは行かないだろうが、まあ、恨んだところで、しょうがねえよな」

「ええ。わだかまりが残っていても、手を取り合えるのなら、私はそれで良いのかと思います」

「そーだね。おれもべつに、うらんでるワケじゃないし。そのうち、なんともおもわなくなるのかな、っておもう」

「ああ。その気になれば、オレたちはあいつらを目にすることのない土地で暮らすことだって、できるワケだしな。まあ、人間の姿に戻ったらの話だが……」

 マヤは頬杖をついて、ふう、とちいさくため息をつくと、左肩のハリネズミを、そっとなでました。

「でもさ。あのおじいちゃん、スゴい人なのは、わかったけど。だいじょうぶって、言ってたけど。だいじょうぶかな。お姉ちゃんたちに、ヘンなこと、きいてたよね。なんだか、時間がかかるかもって」

 マヤがそう言うと、セーニャはマヤの肩をぽんぽんと叩きました。

「大丈夫ですよ。ロウさまは、しっかりと今を見つめられる方ですので。出来ないことは、出来ないと正直におっしゃるはずです。きっと、なにかお考えがあるのでしょう」

「ああ。オレもそう思う。まあ、他に手があるわけでもないんだ、今は信じるしかないよな。しかし、悪いなセーニャ、あそこまで言わせちまって」

 ハリネズミがすまなそうにそう言うと、セーニャはハリネズミの鼻をつんつんと突っつきました。

「いいえ。おふたりには悪いですが、私はまだいっしょに旅を続けられることを、うれしく思っているんですよ。いけませんか?」

 セーニャがそう言ってほほえんで見せると、兄妹はおかしそうに笑いました。

「いつまでもハリネズミのままじゃ、こまるけどさ。おれひとりだったら、きっとこまってたけど。お姉ちゃんがついててくれるから、いまんとこ、おれもたのしいや。シルビアもいるしね」

「はは。まあ、それならいいか。マジメな顔してりゃ、なんとかなるってわけでもないもんな……ん、誰かいるみたいだぞ。オレは黙るよ」

 ふたりが外のようすをうかがうと、エマがあちこちをきょろきょろと見まわしながら、なにかを探すように歩きまわる姿が目にとまりました。

 マヤがテントから顔を出して、エマ、と声をかけると、エマのそばを歩いていたルキはいきおいをつけて走りだし、マヤにとびつきました。

 しめった鼻先を顔におしつけられて、マヤがうわっ、と悲鳴をあげると、エマはあわてて駆けよって、首輪をひっぱりました。

「こら、ルキ。人に飛びついちゃダメって、いつも言ってるでしょ?マヤ、ごめんね」

「だ、だいじょぶ。びっくりしただけ。でっかいから、チカラあるね」

 マヤが腕でごしごしと顔をぬぐっていると、エマの顔に見覚えのあることに気がついたセーニャは、こんにちは、とあいさつをして、ほほえみかけました。

「まあ、あなたは。先ほどは、案内していただいて助かりましたわ。お礼を言わなければと思っていたところでした」

「あっ、いいんです。たいしたことじゃ……私、エマっていいます」

「私はセーニャです。すこしの間、こちらの村でお世話になるつもりです。エマさま、よろしくおねがいしますね。ワンちゃんも」

 セーニャはそう言って、腰をかがめてルキの頭をぽんぽんとなでました。

「ねえ、お姉ちゃん。おれ、ちょっとエマと話してきても、だいじょうぶ?」

「ええ、もちろんですわ。村の方とご一緒でしたら、安心ですね。私はすこし休んでおりますので」

「ありがと。じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 マヤがエマに目くばせして、いっしょにテントを出ようとすると、セーニャはなにかを思いだしたように、ふたりに声をかけて、引きとめました。

 セーニャは自分の荷袋をほどいて、油紙につつまれた、こぶしほどの大きさのずっしりとしたかたまりを取りだし、マヤに手渡しました。

「シルビアさまに用意していただいた食べ物ですが、すこし残りましたので。おふたりで分けてくださいね」

「あっ、お姉ちゃん、ありがと。これ、うまいよね。エマは甘いものすき?」

 エマはにっこりと笑ってうなずき、セーニャにお礼を言うと、マヤを連れて外へ出て行きました。

 ルキはしっぽをぱたぱたと振りながら、別れを惜しむようにセーニャに体を押し付けると、マヤたちのあとを追いかけました。

 

 エマはマヤを案内しながら、ガレキのあいだにテントがたちならぶ村の中を歩いて、あたりにいくらかの草むらがのこる大きな木のかげで、いっしょに腰をおろしました。

 あたりには丸太や木箱がちらかっていましたが、人の声や物音があまり聞こえてこない、村のなかでは落ちついた場所のようでした。

 エマはとなりに座らせたルキをなでながら、眉をひそめてマヤに言いました。

「ごめんね、落ちつかないとこで。前は、もっとしずかな村だったんだけど」

「だいじょぶ。おれ、ここでなにがあったのか、なんとなく、聞いちゃったから……たいへんだったね」

「ううん。大変だったのは、みんな同じだもの。それに、元に戻そうって、みんなでがんばっているし。お城の人たちも」

 そう言ってエマは目をそらし、どこかさびしそうにひざを抱えると、ルキがなぐさめるように顔をよせました。

「ねえ、マヤは、大樹が落っこちちゃった時、どうしてたの?お家はだいじょうぶだった?」

 エマがそうたずねると、マヤはうーん、とうなって、苦笑いを浮かべました。

「う、うん……なんか、いろいろあって……ヒトにメーワクかけてたみたい……あ、あんまし、聞かないで、それ。なあ、これ食おうよ」

 マヤが油紙の包みをひざの上でひろげると、お酒のような甘いにおいと、バターのこうばしい香りが、あたりにふわっとたちこめました。

 がばっと立ちあがって、鼻先をつっこもうとしたルキを必死でおさえるエマをみて、マヤはししっ、と笑いました。

「うまそうなにおい、するもんな。ルキにもちゃんとやるから、ちょっとまってなよ」

 マヤは腰の短剣を抜いて、干した果物のたくさん入った四角いケーキを、食べやすい厚さに数枚切りわけると、はい、とエマに手渡しました。

「ねえ、ルキは、投げてとるやつ、できる?」

「うん、できるよ」

 マヤが自分のぶんをすこし指でちぎって、ルキの顔にむかって山なりに投げると、ルキはちいさく飛び上がって、ぱくりと食べました。

「あはは。すごい。かしこいなあ」

「ふふ。食いしん坊なだけだよね、ルキ。みんながそうやって投げてくれるから、いつのまにか覚えちゃった」

 もっとちょうだい、とでも言うかのように、しっぽを振りながら目を輝かせるルキを見て、エマは笑いながらケーキをかじりました。

 エマのようすをみて、マヤは安心したように笑うと、半分に割ったケーキを口に放り込み、のこりをハリネズミに差しだしました。

 ハリネズミが肩からそっと身を乗り出して、ケーキをちまちまとかじる姿を見て、エマは、わあ、と歓声をあげました。

「ねえ、ずっと気になってたんだけど。その子、ハリネズミよね?」

「あっ、しってるの?そう、ハリネズミだよ」

「うん。このあたりには、たくさんいるよ。でも、ハリネズミって、こんなに人に懐くのね。ねえ、お名前は?」

「え、えーと……エリックだよ。さわってもいいよ」

 エマがハリネズミにそっと手をのばして、おそるおそるなでていると、ルキが鼻先を近づけて、くんくんと鳴らしました。

 ハリネズミが怖がってくるんと丸まり、ハリを立てるすがたをみて、ふたりはくすくすと笑いました。

「ヘンな生き物だよね、ハリネズミ。だけど、マヤの住んでるところにもいるんだね。ねえ、どんなところなの?」

「う、うん。たぶん、外にはいないんだけど……えっとね、寒いとこだよ。夏でも、ここよりずっと寒くて。一年のほとんど、雪がふってるね」

「そうなんだ。この村も、冬のあいだは雪も積もるよ。でも、そっか。寒いところから来たから、暑くってそんなに薄着をしているのね。ねえ、怒らないでね。私、最初はマヤを男の子だと思ってた。足を出してるし、"おれ"なんて言うし」

 エマが探るように話すと、マヤはあー、と声をあげて、困ったように答えました。

「そー見えるんだ、やっぱし……ヘンかな?ヘンだよね……」

「うん。とってもヘン。でもね、似合ってるよ」

 エマが目を細めてほほえむと、マヤは力なく笑いながら、居心地わるそうに頭をかきました。

 肩の上のハリネズミも、表情を出さないまま笑っているかのように見えました。

 

 谷間の青空にほのかに赤みがさしはじめたころ、マヤとおしゃべりを続けるエマのそばで、退屈そうにうとうとしていたルキが不意にたちあがり、遠くをじっとみつめて鼻を鳴らし、しっぽをぱたぱたとふりました。 

「ルキ、どうしたの?だれか来た?」

 エマたちがルキのみつめる先をたしかめると、シルビアがふたりに向かって手を振っているのがみえました。

「ここにいたのね、マヤちゃん。それと、セーニャちゃんからお名前を聞いたわ、エマちゃんよね。さっきは、案内してくれてありがとうね」

 シルビアがそう言ってほほえみかけると、エマはあわてて立ち上がりました。

「いえ、たいしたことはしてません……私もマヤちゃんから聞きました、シルビアさん、ですよね?」

「ええ。シルビアでいいわよ。アタシもしばらくエマちゃんの村でお世話になるわ、よろしくね。それで、仲良くしてるところ、悪いんだけど、マヤちゃん、マルティナちゃんが戻ってきたみたい。一緒に来てもらってもいいかしら?」

「うん、わかった。じゃあ、いってくるよ。エマ、またね」

「また明日ね、マヤ。シルビアさんも」

 マヤは名残り惜しそうにしっぽをふるルキの頭をなでると、エマに手を振って、シルビアといっしょに歩きだしました。

 シルビアはそっとうしろを振りかえり、自分たちをみおくるエマとルキの姿をみとめると、ふふっとほほえみました。

「マヤちゃん、お友達ができたのね。良かったじゃない。どんなお話をしていたの?」

 シルビアがそうたずねると、マヤはどこか浮かない顔をして、シルビアを見あげました。

「うん……村のそとのこと、いろいろ、知りたいみたい。でもさ、シルビア」

「なあに?」

「うまく、言えないんだけど……」

 マヤは目を落としてすこし考えこみ、つぶやくようにぽつりと話しました。

「おれさ。ジマンしてるつもりじゃ、なかったんだけど。おれが、クレイモランとかさ、旅の話してると、なんか、さみしそうなカオするんだ。うらやましいって、思ってたのかも……そういうとき、どうしたらいいのかな」

 マヤがそう言って肩をおとすと、シルビアはマヤの肩にのったハリネズミをみつめて、しみじみとつぶやきました。

「カミュちゃん、こんなにやさしい子、なかなかいないわよ。きっと、お兄ちゃんのおかげね……」

 マヤがふしぎそうにシルビアを見つめると、シルビアは口元に手をあててすこし考え、そうね、と口をひらきました。

「マヤちゃんはどう思っているかしら?イヤな気持ち?かなしい?それとも、なんとかしてあげたいかしら」

「うーん……イヤじゃないよ。だけど、思ったんだ……おれ、住んでるところもさ、旅もだけど。たまたまだよね。すきなとこえらんで、住んだわけじゃないし。旅だって、そう。だから、おれがエマだったら、きっと、うらやましいって、思ったとおもう」

「そうよね。そんな時は……そうね、マヤちゃんはどうしたいかしら?自分がエマちゃんだったら、なにをして欲しいって思うかしら」

 マヤはうーん、としばらく考えこんで、弱々しく言いました。

「わかんない。言えることなんて、ないかもって、おもう」

「うふふ。それじゃあ、ちょっと考えてみてちょうだい。アタシならそんな時、どんなことを言うかしら」

 シルビアがそう言うと、マヤはなにかを考えるようにすこし目をふせて、すぐにふふっと笑いました。

 マヤは目を細くして両手を組み、体をしならせながら声を作って、おどけたようにシルビアの真似をしました。

「ダイジョーブよお。アナタにだって、きっとイイことあるわ。なんにもなかったら、いってちょうだい。アタシが、ゲンキにしてあげるから」

 シルビアは自分の真似をするマヤを見て、同じように首元で両手を組んで、大笑いしてみせました。

「そうよ!上手だわ!じゃあ、次はセーニャちゃんのマネをしてみてちょうだい」

「あはは。お姉ちゃんは、ちょっとむつかしいな……えーと」

 マヤは胸のまえで両手を組むと、シルビアの顔をじっとのぞきこみました。

「どうか、ゲンキをだして、くださいね。わたしが、そばにいますから。わたしに、できることがあれば、なんでも いってくださいね」

 マヤが高い声でそう言うと、肩のハリネズミが、ぶっと吹きだしてこらえるように笑いました。

 マヤが照れた顔をして、ハリネズミの鼻を指ではじくと、シルビアは拍手をしながら、笑顔を浮かべました。

「マヤちゃん、ものまねが上手ね。やってみてわかったかしら?アタシたちに言えることだって、そのくらいなのよ。励ましたり、なぐさめたり。だけど、アタシはそんな言葉には意味がないだなんて、思わないわ」

「うん。そーだよね……ありがとね、シルビア」

「いいのよ。エマちゃんも、笑顔にしてあげられるといいわね」

 マヤがちいさくうなずくと、シルビアはマヤの頭をやさしくなでました。

 

 マヤがシルビアに連れられてロウのいるテントに戻ると、中ではセーニャが、長い黒髪を腰までたらした女性と、親しげにことばを交わしていました。

 女性のとなりで、背のたかいシルビアでも見上げるほどの大男が、いかめしい顔をしてたたずんでいるのを見て、マヤはシルビアの背中にそっと隠れました。

 マヤのようすをみて、シルビアは大男に向かって、冗談めかして声をかけました。

「ちょっと。グレイグが怖い顔をしてるから、マヤちゃんが隠れちゃったじゃない」

「む……仕方がないではないか。俺は、元々こういう顔なのだ」

 グレイグが顔をしかめてそう言うと、セーニャはくすっと笑って、マヤの手をとりました。

「大丈夫ですよ、マヤさま。グレイグさまは、外見はすこし怖いですが、やさしい方ですので。こちらの女性は、マルティナさまです。私たち、いっしょに旅をしたんですよ」

「う、うん」

 マヤがセーニャに手をひかれて、おそるおそる前に出ると、ふたりは笑みを浮かべて、マヤに声をかけました。

「マヤちゃん、元気そうじゃない。みんな、心配していたのよ。ごめんね、グレイグが怖がらせてしまって」

「ああ。話は聞かせてもらったぞ。だが、安心してくれ。俺には、君の兄上に大きな借りがあるのだ。なにしろ、一度は命を狙った男だからな。俺に出来ることは、何でもさせてもらうつもりだ」

「え……いのちって……」

 ことばを失って、表情を凍りつかせるマヤを見て、マルティナは呆れた顔をして頭をかかえました。

 見かねたロウがマヤのそばに歩みより、おだやかにほほえんで見せました。

「心配はいらないよ。もう、過ぎた話だからのう。言葉の通りに、助けてもらうとしようじゃないか。ひとまず、ふたりにカミュを見せてやってもらえるかね」

 ロウにうながされて、マヤがこわばった動きでハリネズミを両手にのせ、ふたりに向けてさしだすと、ハリネズミは手のうえで立ち上がり、口をひらきました。

「ふたりとも、お久しぶりです。なんかもう、ハリネズミにもすっかり慣れちまって……笑ってやってください」

 ハリネズミが話すあいだ、マルティナは必死で笑いをこらえているようでしたが、グレイグが真面目な顔をして鼻をつっつく姿をみて、耐えきれなくなったようでした。

「あはは……ごめん、なさいね……気の毒だけど……ハリネズミって……ハリネズミでしょ……」

 大声で笑いながら、苦しそうになにかを言おうとするマルティナを見て、グレイグは表情をゆるめました。

「ハリネズミか……いや、すまん。笑いごとではないな。ふうむ、呪いか。君は、ずいぶんと呪いに縁があるようだ」

「いえ、せめて笑ってもらえれば……呪い、なんなんでしょうね」

 みんなが見つめるなか、マルティナはお腹を抱えて笑いつづけていましたが、ようやく落ちつくと、ふう、と大きく息をついて、目元をおさえました。

「ああ……ごめんね、カミュ。マヤちゃんも。私、ちょっと疲れているのかも……それで、どうするの?ロウ様……あっ、ごめんなさいね」

 マルティナはなんとかそう言い終えるとまた笑いはじめましたが、ロウはやれやれ、と首をふって、テントのすみから木箱をかかえあげて、みなの前にごとんと置きました。

 ロウは首飾りや腕輪、それにちいさなアクセサリーのたくさん詰まった木箱のなかをごそごそとあさると、親指ほどの太さにぶい黄金色をした、輪っかの一部が欠けたかたちの腕輪を取りだして、グレイグに手渡しました。

「すまんが、ちょっとそれを身につけてもらえるかね?左腕がよかろうな。大きさは大丈夫だと思うんじゃが」

「はい。これは、腕輪ですか?すみません、自分には着けかたが……」

「私が着けてさしあげますわ。グレイグさま、腕を出してくださいませ」

 セーニャがグレイグの腕をとり、手首の細いところに欠けた部分を押しあてると、腕輪はすぽっとはまりました。

 グレイグは感心したように手首をくるくるとまわし、腕輪をながめましたが、右手で腕輪をたしかめようとして、なにかに気がつきました。

「む……この腕輪、どうやって外せばよいのです?」

「着けたときと同じようにすれば、すっと外れますよ。このように……あら?」

 セーニャはグレイグの手をとって腕輪をはずそうとしましたが、腕輪は貼りついたようにびくともしませんでした。

「もしかして、これは呪いですか?」

 セーニャがロウにたずねると、マルティナがあわてた顔でグレイグの手をとりました。

 腕輪をさわって、外れそうにないことをたしかめると、マルティナはけわしい顔をしてロウをにらみました。

「ちょっと、ロウ様?これはどういうことです?」

「姫や、そうにらみつけんでおくれ。これにはちゃんと、ワケがあるんじゃ。教会の神父たちが、呪いを解くまじないを使えることは知っておるかね?」

「はい。目にしたことはありませんが、私が試したやりかたと、おなじものだと耳にしたことがありますわ」

 セーニャがそう答えると、ロウは片手でひげをなでながら、うなずきました。

「いかにも。それでの、神父たちが解呪を学ぶためには、呪いの品が必要なんじゃ。実際に試してみないことには、効き目があるのかわからんからのう。そういうわけで、頼まれて害のないものを作っておるのじゃ」

「まあ。それではこの腕輪は、ロウさまが呪いをかけられたのですか?」

「そうじゃ。だが、安心してくれ。わしがかけられるものは、ごく弱い呪いだけじゃ。グレイグよ、左手を動かしてみてくれんか」

 ロウがそう言うと、グレイグは言われたとおりに左手の指を曲げて、いろいろな動きを試しました。

「ううむ、これといって不自由はないようですが……おや」

 なんどか手を閉じたり開いたりするうち、グレイグはなにかに気がついて、顔をあげました。

「グレイグ、大丈夫なの?」

「ええ、見てください」

 心配そうに見つめるマルティナに、グレイグはこぶしを作ってみせました。

「いいですか、このように……小指が勝手に動いてしまいます」

 グレイグがじゃんけんのチョキを出すように中指と人さし指を立てると、小指もいっしょにぴょこんと立ちあがりました。

 おなじ動きをなんども繰り返して見せると、マルティナは呆れたように肩をすくめました。

「冗談かと思ったけど。グレイグにそんな冗談が言えるわけないわよね。そうね、たしかに弱い呪いだわ」

「あはは。呪いって、そんなのもあるんだね。ねえ、おっちゃん。おれとじゃんけんしよーよ」

「はは。左手では、絶対に勝てないだろうな」

 すっかり気の抜けたようすのみんなを見て、ロウは安心したように、セーニャに声をかけました。

「それでの。セーニャに覚えてもらいたいものがあるんじゃ。ある呪文なのだが」

「呪文、ですか?私にもできるでしょうか?ロウさまの身につけられた呪文には、私にはできなかったものもありますので……」

「いいや、おそらくはセーニャの得意とする種類のものじゃ、大丈夫じゃろう。今から試すのでな、よく見ていておくれ。グレイグや、腰をおろしてもらえるかな」

 グレイグがひざまずくと、ロウはグレイグの左腕をとり、両目をかたく閉じ、まんまるのお腹をなんどかふくらませて、おおきく息をつきました。

 やがて、かっと目を見開くと、腕輪に右手をかざして、おごそかなようすで、シャナク、と唱えました。

 呪文のちからなのか、腕輪はぼんやりとにぶい光を放ちはじめると、あちこちにひびのような光のスジが浮かび、やがていくつもの破片にくだけちって、床にとびちりました。

 ロウが大きなため息をついて手をおろすと、セーニャたちは感心したように、おお、と歓声をあげました。

「どうじゃ、セーニャ?できそうかね?」

 ロウが顔をのぞきこんでたずねると、セーニャはまじめな面持ちでうなずきました。

「ええ、呪文について書かれた本などがありましたら、おそらくは。ですが、この呪文でカミュさまの呪いを解いてさしあげることは、できないのですか?」

「うむ、実はの。この呪文、わしはあまり得意ではないのじゃ。だから、旅の中では見せなかったじゃろ?呪文は使い手によって、おおきく力が変わる。セーニャの魔力をもって用いれば、おそらくずっと強いものになるじゃろう」

 ロウの話をきいて、セーニャは不安そうにうつむきましたが、ロウはにっこりとほほえんで、セーニャの肩をぽんぽんと叩きました。

「なに、安心せい。上手くいかずとも、ほかの手立てを考えるまでじゃ。それに、身につけておけば、いつかは別のところで役にたつじゃろう」

 ロウはそう言って、テントのすみにある棚から一冊の本を取りだして、セーニャに渡しました。

「これは、他人に伝えるためにわしが書いたものじゃ。理解しづらいところがあれば、なんでも聞いとくれ」

「助かりますわ。すこし、目を通させてください」

 セーニャは何度か目をとめながら本のページをぱらぱらとめくり、書かれたことをたしかめると、ロウの目をじっとみて、力強くうなずきました。

「なんとかなりそうです。すこし、時間はかかると思いますが、がんばりますわ」

「うむ、苦労をかけてすまないが、頼むぞ。じゃが、くれぐれも無理はせんようにな」

 ロウとセーニャが呪文についての話をしていると、不意にマヤがおじいちゃん、と呼びかける声が聞こえました。

 ふたりがマヤのほうを振りむくと、マヤは呪いの品の入った箱を、なにやらごそごそとあさっているようでした。

「ねえ、お姉ちゃん、呪文のベンキョー、するんでしょ。かんたんなので、ためせるようにさ。おれも、なにかつけてみてもいい?」

「マヤ、お前なあ……オレたち、呪いでずっと苦労してるのに、自分から呪われたがるヤツがいるか?」

 ハリネズミが呆れはてたように言うと、マヤは歯を見せて、ししっと笑いました。

「いーじゃん。よわい呪い、なんかおもしろそう」

「ほほ。好奇心の強いのは良いことじゃ。ただのう、実はその呪い、かけたわしにも何が起こるかわからんのでなあ。まあ、危ないものならすぐに解いてしまえばよいかの」

「へへ、おじいちゃん、ありがと。ねえ、これはなに?」

 マヤがすこし暗めの赤色に染められた革でできた、輪っかの形をした金具のついたベルトのようなものを取りあげてたずねると、マルティナが自分の首元を指さしてこたえました。

「それはね、チョーカーって言うのよ。首飾りの仲間ね。ほら、私が着けているものと、同じものよ」

「へー。お姫さまとおそろいって、なんかいいね。これにしよっかな」

「マルティナでいいわよ、マヤちゃん。でも、なにが起こるかわからないんでしょう?首はちょっと、怖いような気がするわよ?」

「ああ。それに、なんだか犬の首輪みたいじゃねえか?さっきの犬が、似たのをつけてただろ」

「む……貴様、姫様のよそおいをそんな目で見ていたのか?なんと無礼な」

 ハリネズミがあわててあやまると、マヤたちはおかしそうに笑いました。

「ごめんね、カミュ。私は気にしてないから」

「あはは。おっちゃん、おもしろいね。あっ、ごめんね、おっちゃんはまずいよね……グレイグさん」

「いいえ、おっちゃんでいいわよ、マヤちゃん。じゃあ、私が着けてあげるわね」

 マルティナはマヤのうしろにまわると、三つ編みをすこし避けて、細い首元にチョーカーを巻きつけ、金具をとめました。

 マヤが両手で触ると、チョーカーは貼りついたように動かなくなっていました。

「あっ、もう動かない。それで、なにがおこるの……いてっ」

 マヤがしゃべりながら舌を噛んでしまい、口元をおさえると、シルビアは心配したようすで、マヤの顔を見つめました。

「マヤちゃん、大丈夫?しゃべれなくなる呪いだったら、困っちゃうわよね」

「う、うん。らいじょーぶ。えも、なんか、しゃべいづらい」

 マヤがもごもごと答えると、シルビアは目を丸くしておどろきました。

「そういうことね……ねえ、みんな、見てちょうだい。マヤちゃん、ちょっと歯を食いしばって、いーってしてちょうだい」

 シルビアがそう言うと、皆はかわるがわるにマヤの口元をのぞきこんで、ぎょっとおどろいた顔をしました。

「な、なんだ?オレにも見せてくれ」

 マヤの肩のハリネズミを、シルビアが手にのせてマヤの顔先にちかづけると、ハリネズミはうわっ、っと悲鳴をあげました。

「これは……まずいんじゃねえか?ふわふわの毛とか生えてこねえだろうな……」

「え、なんらの。おれ、どうらったの?かがみ、とか、あう?」

 ロウが小走りに机にかけよって、銅でできた小さな鏡をとってマヤに手渡すと、マヤはあわてて鏡をのぞきこみ、皆とおなじようにぎょっとした顔をしました。

 鏡には、上下の犬歯が牙のように伸びたマヤの口元が映し出されていました。

「そっか……ちょ、ちょっとあってね」

 マヤは口の中で舌をあちこち動かし、指で牙に触れてみたり、口をぱくぱくさせたりしていましたが、やがて落ち付いたように、声をだしました。

「うん、だいじょーぶ……ちょっとジャマだけど、ふつーにしゃべれる。でも、牙かあ……」

 マヤは鏡をみながら歯を食いしばると、満足げに笑ってみせました。

「いいね。これ、カッコよくない?」

「うーん……首輪もつけて、犬みてえだぞ」

「私には、お話に出てくる吸血鬼のように見えますね……ちょっと、怖いです」

 たのしそうなマヤのようすをみて、大人たちは笑いながら、すこし呆れたように顔を見合わせました。

「まあ、本人が気に入っているなら、いいのかしら?でも、マヤちゃん、外で人に見せないほうがいいわよ。みんな、びっくりしちゃうから」

「そうね。ねえ、マヤちゃん。マフラーで隠したらどう?ほら、こんなふうに」

 シルビアがマヤのマフラーをほどいて、口元が見えないようにくるくると巻きなおすと、マヤは鏡を見ながら、眉をうごかしていろいろな表情をつくりました。

「うん。ありがと、シルビア。でも、チョーカーが見えないのが、ちょっとだけ、ざんねんだね」

 マヤがそう言って、片手でマフラーをおさえてくすくすと笑うと、シルビアは苦笑いを浮かべて、肩をすくめて見せました。

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