マヤとセーニャのものがたり   作:だる   

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マヤとセーニャのものがたり 7

 イシの村を出たマヤたちは順調に旅をすすめて、とちゅう密林の丸太小屋で一夜を明かしてから、あくる日の明るいうちに、ドゥーランダ山のふもとまでたどりつきました。

 ドゥルダ郷への山登りにそなえて、ふもとで一泊することをきめた一行は、めいめいに野営の準備をすすめていました。

 あたりにひろがる草原よりすこし高いところにある、女神像のみまもる野営地は、マヤたちの通りぬけてきた密林よりずっとすずしく、砂と砂利のあいまのような地面もよく乾いていて、絶え間なくひびくおおきな滝の音をのぞけば、気持ちよくすごせそうな場所でした。

 シルビアはグレイグといっしょにテントを張りながら、そばでおもしろそうに見つめるマヤにすこし気をつかって、できそうなところを手伝わせていました。

 マヤはテントを張るためのロープの杭を、あたりに転がっていた石でなんども叩いて打ち込み、ふう、とため息をついて、額の汗を腕でぬぐいました。

「兄貴、これでいいかな?」

「杭はぐらつかないか?ちょっとロープを蹴ってみな」

 マヤがハリネズミに言われたとおりに靴をおしつけてみても、ロープはぴんと張られたまま、たわむことはないようでした。

「良さそうだな。もうほとんど出来上がりだ、あとは二人に任せとけばいいだろ」

「わかった。なあ、中にはいってみても、だいじょうぶかな?」

「ああ。ロープに気をつけろよ、足を引っかけるとあぶねえから」

 マヤが腰をかがめて、開いたままのちいさな入り口にもぐりこむと、まるいかたちのテントの中は、まんなかの柱にむかってとんがり帽子のようなかたちになっていて、小柄なマヤがなんとか立ちあがれるほどの高さがありました。

 皮の天幕は村で寝泊まりしていたテントよりずいぶん薄いらしく、お日さまの光が透けて見えましたが、それでも風は通さないようでした。

 マヤは中を歩きまわって、天幕を手でぽんぽんとたたきました。

「村のやつは、しっかりしてて、ほとんど家みたいだったけど。旅でつかうのは、こんなカンジなんだね」

「そうだな。あんなのは、馬でもなけりゃちょっと運べねえからな」

「そーだよね。これだっておもたそうなのに、おっちゃんはすごいな。でもさ、おれ、おもったんだけど。こういうテントなら、きっと、おれたちのねぐらにも、つくれたよな。こんなのがあったら、凍えずにすんだのにな」

「はは。そうだな。こんな形のテントを作るって考えが、まず頭になかったもんな。オレたち、本当にモノを知らなかったんだな」

 マヤとハリネズミが、あきれたように笑いあって外に這い出ると、どうやらテントはこれで完成らしく、グレイグとシルビアがならんで腰をおろして、ひとやすみしているようでした。

 マヤがそばに駆けよっていっしょに座ると、シルビアはにっこりと笑って、マヤに声をかけました。

「マヤちゃん、お手伝いありがとうね。中はどうだったかしら。穴が開いたりしていなかった?」

「うん。めだつカンジのヤツは、なかったよ、たぶん」

「そうか。それでは、これで完成だな。姫様にお休み頂くには少々小さいが、まあ仕方が無かろう」

「おっちゃんのおもたそうな荷物、これだったんだね。みんなで旅をしてるときも、おっちゃんがテント、かついでたの?」

 マヤが感心したようにたずねると、グレイグは胸を張ってこたえました。

「ああ。俺は皆より身体が大きい。そのぶん、他人より多く荷を担がねばな。それに、女子供を寒空の下に眠らせては、騎士の名が廃るというものだ」

 グレイグの言葉に、シルビアもそうよ、と言ってうなずくと、マヤはいじわるそうに歯をむきだして、ししっと笑いました。

「じゃあさ。おれがオトコだったら、おっちゃんたちは、たすけてくれないの?」

「いいや。若者は世の宝だ。男であれ女であれ、騎士たるものには助ける義務がある」

「じゃあ、おれがオトナだったら?」

「ふむ、己より力の弱きものは、誰であろうと助けてやらねばな」

「じゃあ、おれがおっちゃんよりでっかい、クマみたいなオトコだったら?」

 グレイグは言葉に詰まり、あごに手をあてて考えこむと、すこし表情をゆるめて言いました。

「そうだな。そんな男が困っているのであれば、手助けをしてやれば、いつか俺よりも多くの人間を救うことができるだろう。力になってやらねばな」

「あはは。騎士っていうのも、たいへんなんだね。でも、おれさ……おっちゃんたち、じぶんがたすけたひとに、なにしてほしいって、おもう?」

「して欲しい事か。ううむ、見返りを求めているワケではないのでな。ゴリアテも同じであろう?」

「ええ。アタシは、みんなに笑顔になってもらいたいだけ。ただ、それだけよ」

 シルビアがそう言うと、マヤはうーんとうなって、困ったような顔で腕を組み、言いづらそうに口をひらきました。

「うーん……おれね、じぶんがなんにもしてあげられないヒトに、たすけてもらうのって、ちょっと、イヤなキモチになるんだ。ジャマだったり、メーワクじゃないかって……おっちゃんたち、だれかにたすけてもらったことって、ないの?」

 マヤがたずねると、グレイグとシルビアは顔を見合わせて、おかしそうに笑いました。

「いいや、俺たちも他人に助けられてばかりだ。だからな……いや、俺よりゴリアテのほうが上手く言葉にできような」

「ふふ。アタシはね、自分が笑顔にしてあげられた人が、他の誰かを笑顔にしてくれたなら、それがサイコーって思ってるわ。マヤちゃん、わかるかしら?」

「えーと……だれかにたすけてもらったら、おんなじふうに、だれかをたすけてやれ、ってこと?」

「そうよ。それがいちばん大切なことなの。もし、気が引けるのなら……そうね、マヤちゃんのお兄ちゃんみたいに言うなら、借りだと思えばいいわ。だけど、アタシたちには返さなくてもいい借りね。いつか、ほかの誰かに返してあげてちょうだいね」「そっか……わかった。でも、そんなこといっても、おれには、なんにもできないんだけどね」

 マヤがさびしそうにつぶやくと、グレイグはのそっと立ち上がり、マヤを見つめて右手でこぶしを作り、左の手のひらを叩きました。

「なあに、焦ることはない。俺だって、お前と同じ歳のころは、なにも出来ない子供だった。他人を助けるためには、まずは己が強くならねばな。どうだ、疲れていなければ、稽古でもするか」

 グレイグがそう言うと、マヤは笑顔を見せて立ち上がり、グレイグに向けて、こぶしを突きだしてみせました。

 

 お日さまがすっかり山のかげにかくれて、空に赤みがさしはじめたころ、マヤはたき火にむかって煮炊きをするセーニャにハリネズミをあずけて、グレイグとマルティナといっしょに汗を流していました。

 マヤの物怖じしない態度がきにいったのか、あるいは子供あいての気安さなのか、三人はすっかり打ち解けてしまったようでした。

 マルティナは自分の体をあちこち動かしながら、マヤになにかを教えているようでした。

「マヤちゃん、自分の身体を武器に使おうと思ったとき、強いところがどこだかわかるかしら?」

「つよいところ?うーん、手でなぐったり……あっ、ケリのほうがつよいかな?」

「ええ。うんと鍛えればそうね。でもね、人間の身体には、鍛えなくてもはじめから強いところがあるのよ」

 マルティナはそういって、自分の頭、肩、ひじ、ひざを、声に出しながらじゅんばんに指でしめしました。

「あー、そっか。きたえなくても、はじめっからカタいもんね。だけど、アタマはじぶんがいたそう」

「ふふ。ちょっと覚悟がいるわね。だけど、ひじやひざなら、自分がケガする心配がないわ。あとは、背中ね」

「せなか?あんまし、つよそうじゃないけど……」

「そうね、見せたほうが早いかしら。グレイグ、いい?」

 マルティナが合図をすると、グレイグはうなずいて腰をおとし、体をまもるように、力強く腕をバツの字にかためました。

 マルティナは肩ごしに向きあうようにグレイグの正面にたつと、すこしひざを落とし、下から上に斜めにつきあげるように、肩と背中でおもいきり体当たりをしてみせました。

 体のぶつかるにぶい音がして、よろめくようにあとずさりをするグレイグを見て、マヤはすごい、と歓声をあげました。

 マルティナはグレイグの肩をかるく叩くと、マヤのほうを振りむいて、すこし得意げにほほえみました。

「わかったかしら?これだけ背の丈が違っていても、体ごと思い切りぶつかれば、姿勢を崩すことくらいはできるってワケね」

「そっか。だけど、たいあたりって、マモノとかケモノみたいだね。あはは」

「ふふ。だけど、バカにしちゃいけないわよ。こういう技はね、武器を持っていても使えるの。剣を持っているからといって、蹴りや体当たりを出してはいけないワケではないわよね?」

「うん、そうだね。おれも、やってみる。おっちゃん、うけてくれる?」

「ああ。全力でぶつかってみろ。いいか、体当たりは足腰の力を使うのがコツだ。腰を落として、下から相手を突き上げるようにな」

 グレイグはそう言って、さきほどとは違い、おおきく両手をひろげて腰を引いてかまえると、いかめしい顔をゆるめて、さあ来いとかけ声をかけました。

 マヤがすこし離れたところから、かるくはずみをつけて踏みこみ、よっと声をあげて体でぶつかると、グレイグは胸でかんたんに受け止めました。

 グレイグが両腕をマヤの肩ともものあたりにまわして、子供を抱くようにひょいと抱え上げると、マヤは大きな悲鳴をあげました。

 はやく降ろせと暴れるマヤにほほえみかけるグレイグを見て、マルティナは声をあげて笑いました。

 

「なんというか……不思議なものを目にしてるな。マヤがふたりにあんなに懐くなんて、思ってもみなかったな」

 あたりの岩を積みあげてつくった、かんたんなかまどで料理をするセーニャの肩のうえから、マヤたちをながめてハリネズミはおかしそうにつぶやきました。

 セーニャはお鍋のなかみをぐるぐるとかき混ぜながら、マヤたちのほうをのぞむと、おおきな声で騒ぎながらグレイグに肩車をされているマヤのすがたが目に入り、ふふっと笑いました。

「マヤさま、とてもたのしそうですね。まるで親子のように見えますわ。グレイグさまは、お子さまにたいしてはあのようになるのですね」

「そうだな。マヤはあんな風に子供扱いされると、いつも嫌がるんだが。優しくされるぶんには、構わないってことか。オレたちの周りには、ロクな大人がいなかったからな」

「そうですね。カミュさまのほかにも、自分を受け止めてくださる方を見つけられて、マヤさまもきっとうれしいのでしょう。ですが……ふふ、グレイグさまとマルティナさまも、ずいぶん和やかなようすで」

「はは、そうだな。マヤがすっかりダシに使われてる気がする。まあ、本人も楽しそうなんだ、構わねえよな」

 セーニャは返事のかわりにハリネズミをやさしくなでると、お鍋からスープをおたまですくって、ふうふうと吹き冷まして口にしました。

 目をとじてゆっくりと味わうと、うーん、とうなって、困ったようにハリネズミにたずねました。

「すみません、お塩やスパイスを足す前の味の見方が、私にはよくわからないんです……カミュさま、ちょっと味見をお願いできますか?」

「わかった。すまんが、念入りに冷ましてもらえるか。ハリネズミ、人肌よりすこしでも熱いとダメみたいなんだ」

 セーニャが言われたとおりにしばらく吹き冷まし、すこし手のひらにこぼして熱さをたしかめると、ハリネズミの鼻先にそっと差しだしました。

 ハリネズミは鼻をひくつかせてにおいをたしかめてから、長い舌をのばしてちろちろとなめると、満足そうに言いました。

「ヒヨコ豆とトウモロコシだったか。どっちも使ったことのない食材だったが、わりと上手く行ったみたいだ。良かった。干し肉からも、いい具合に味が出ているな」

 セーニャはほっと胸をなでおろして、お鍋におたまを戻すと、ハリネズミを肩から手のうえにつたわせて、瞳をのぞきました。

「良かったですわ。ですが、ここまでは上手くできますのに、私のお料理はどうして失敗してしまうのでしょうか?」

「ここから先は、ちょっと難しいからな。家で作ったとき、マヤにもやらせなかっただろ?コツは、そうだな……一口食べてウマいと感じたら、ちょっと味が濃すぎるんだ。食べてるうちに、辛くなっちまう。物足りないくらいがいいんだ」

「物足りないくらい……そうですか、勉強になりますわ。カミュさまも、はじめは失敗されたのですか?」

「ああ、もちろん。失敗したら捨てられる身分でもねえから、必死で食ったな。まあ、誰でも最初はそんなもんだ。数を作ってりゃ、いずれわかるよ。マヤにもいくつか教えたが、教えながらでもはじめは上手くいかなかったしな」

 ハリネズミがそう言うと、セーニャは安心したようにほほえみ、ハリネズミの背中をなでながら、なつかしむように語りました。

「ありがとうございます。実は私、カミュさまたちのお部屋にお邪魔させていただいたとき、マヤさまといっしょにお料理をされているすがたが、すこしうらやましくて。うまく言えませんが……おふたりでいっしょに暮らされているのだなと」

「暮らす姿がうらやましい?うーん、よくわからんが……しみったれた部屋の、たいしたことのない暮らしだからな。ベロニカと一緒だったころを思い出すとか、そんなのか?」

 ハリネズミがふしぎそうにたずねると、セーニャは目をそらしてすこし考えこみ、明るい調子をつくってこたえました。

「そうかもしれません。おかしなことを言ってしまいましたわ、忘れてくださいね。そういえばマヤさま、はじめのうちはカミュさまを私に貸してくださいませんでしたが、ちかごろはこうして預けてくださいますね」

「そういやそうかもな。たぶん、マヤは深く考えちゃいないと思うが。しかし、取らないでってのは笑えたな。みんな、冗談で言ってんのにな」

「ふふ。そうでしょうか。ですがきっと、あれはマヤさまのいつわらざる本音なのでしょうね。ふだんは照れていらっしゃるだけで、カミュさまのことを、心から大切に思われているのでしょう。取ってしまっては、いけませんね」

 セーニャがそう言って鼻をつっつくと、ハリネズミは照れたようすですっかり黙りこんでしまいました。

 しばらくのあいだ、セーニャはときおりお鍋をかき混ぜながら、ぼんやりとかまどの炎のゆれるすがたを見つめていましたが、やがてマヤが駆け戻ってきて、笑顔でとなりに腰をおろすと、なにも言わずにほほえんで、マヤの肩にハリネズミをそっと戻しました。

 

 あくる日の朝、マヤたちは日の昇りきらないうちに荷物をまとめて、ドゥーランダ山をのぼりはじめました。

 山のふもとにちいさく口をあけた洞窟におそるおそる足を踏みいれると、松明のあかりに照らされて、中は天井がやぐらほども高い、ひろびろとした空洞になっているようでした。

 洞窟の裂け目から音をたてて流れおちる細い滝と、その足元にひろがる、うすぼんやりと光る湖を横目に先へとすすむと、やがて肌を刺すようにつめたい風が吹き込んできました。

 風の吹くほうへ歩みをすすめ、洞窟をぬけだすと、あたりには一面に雪化粧をほどこされた山道が、はるかな高みへと向かって続いているようでした。

 ここが人の踏みいる地だとしめすかのように、あちこちに張られる五色の旗が結び付けられたロープをくぐって、一行は足元に気を付けながら岩山をのぼりました。

 マヤがふと振りかえると、背後にははるかに雲の海がひろがり、山々の頭だけが浮かぶように顔をのぞかせていました。

「すごい、あのとおくにみえる白いのって、雲だよね?おれたち、雲のうえまで、のぼってきたの?」

 マヤがそう言うと、一行はおなじようにふりむいて、おお、と歓声をあげましたが、グレイグはすこしだけ口元をゆるめて、腕組みをしました。

「俺も、初めて目にした時は感動したのだが。ロウ様が言うには、あれは雲ではなく、地上にかかる霧や湿気がそう見えるらしい。だが、ずいぶんと登ってきたのは確かだな」

「へー、そうなんだ。でもさ、おんなじ山の上でも、お姉ちゃんのとことちがって、ずいぶんさむいんだね。あっちのほうが、北のほうにあるのに」

「そうですね。私のふるさとは、大樹さまのおそばだからでしょうか?ふしぎです」

「言われてみればそうだな、ラムダはずいぶん暖かかった。ふむ、なぜだろうな」

「へへ、おっちゃんにも、それはわかんないんだ。まあ、おれ、アツいのよりは、サムいほうが得意だから、いいんだけどね。なあ、なんとかごうってやつは、まだだいぶ先なの?」

「いいや、あと半刻ほどだな。そろそろ見えてくるはずだ」

 マヤたちがふたたび頂をめざして登りはじめると、旗のついたロープの結わえられたまるい石塔が、山道にそって並べられているのが目にはいりました。

 やがて山道の先に、金と朱色の細工をほどこされた門が見えてきて、門をくぐぐるとながい石段が続いており、マヤたちが息を切らせて上りきると、山に抱かれるようにして、りっぱな宮殿がそびえたっていました。

 宮殿に足を踏みいれると、外からの旅人はめずらしいのか、そろってうす紫色をした、もこもことした暖かそうな装いの人々が、すこし遠巻きにマヤたちを見つめていました。

 グレイグが誰かを探すようにあたりをきょろきょろと見まわすと、だいだい色のゆったりした服を着た、髪をそりおとした頭に黒いあごひげを生やした男が、そばに寄ってきて声をかけました。

「あなたは……たしか、勇者様のご一行でしたね?ようこそ、おいでくださいました」

「ああ、そうだ。俺はグレイグと言う。サンポ大僧正に助けを求めよと言う、ロウ様の言伝で旅をしてきたのだが、お会いすることはできるだろうか?」

「ロウ様の?ええ、もちろんすぐにお連れします。ここまでの旅でさぞお疲れでしょう、それまで奥で休まれてください」

「かたじけない。ほかの皆も一緒で構わないか?」

 男はうなずいて、マヤたちの先に立って、奥へと歩きはじめました。

 宮殿の外と中をなんども行ったり来たりしながら、ぐるぐると階段をのぼり、扉をひらいて丸い広場のような部屋へとたどりつくと、男はお待ちください、と頭をさげて、どこかへ消えてゆきました。

 じんわりとあたたかい部屋のなかは、ドゥルダ郷をつつむ、甘いような香ばしいような、なんともいえないふしぎな香りがつよく立ち込めていました。

 セーニャはくんくんと鼻を鳴らしてあたりを見まわすと、壁にうめこまれた棚のなかに、糸のような煙をたちのぼらせるちいさな火鉢を見つけました。

 火鉢のそばに歩みよって、顔にむかって手をぱたぱたとあおいで香りをたしかめると、にっこりとほほえんでマヤに声をかけました。

「マヤさま、ごらんください。この不思議な香りのもとは、こちらだったのですね」「ほんとだ。ここの人たち、みんなこのにおいがするよね。これって、なんなんだろ……ねえ、あのオンナのひと、お姉ちゃんがきてたのと、おんなじ服きてるね。色はちがうけど」

「まあ、本当ですね。私のふるさとと、なにかゆかりのある地なのでしょうか。ゼーランダ山とドゥーランダ山、ラムダとドゥルダ……名前もどことなく、つながりがありそうですね」

「あはは、ほんとだ。だけどここって、お姉ちゃんたちのとことは、カンジがぜんぜんちがうね。ソルティコにいったときは、南の国ってこんなカンジなんだ、とおもったんだけど。ここは、もっとずっと、どこかとおい世界ってカンジがする」

「そうですね。建物だけ見れば、ホムラやプチャラオ、東のほうの村とすこしだけ似ているでしょうか」

「そーなんだ。おれも、いつか行ってみたいな。兄貴は、行ったことある?」

「ああ。マヤもいつか連れて行ってやるよ。だが、うんざりするくらい暑いぞ」

 マヤたちが部屋にかざられた見慣れないものや飾りを感心しながらたしかめていると、不意にシルビアに声をかけられました。

「マヤちゃん、セーニャちゃん、ちょっと良いかしら。みんなにお話があるみたいだわ」

 シルビアがそう言って、なにかをうながすようにグレイグとマルティナのほうに顔を向けました。

 ふたりは腰をかがめて、つるつる頭にまんまるのメガネをかけたちいさな男の子と、なにかを話しあっているようでした。

 マヤたちがそばにちかよると、男の子は胸のまえで両手をあわせて、ぺこんとおじぎをしました。

「お初にお目にかかります。私は郷で大僧正を務める、サンポと申します。すみません、どちらがマヤさんですか?」

 サンポと名乗る男の子がたずねると、セーニャはしぐさを真似するように、両手をあわせておじぎをしました。

「はじめまして、サンポさま。私はセーニャと申します。こちらの女の子がマヤさまですわ」

 セーニャがそう言って片手でマヤをしめすと、マヤも真似しておじぎをして、サンポを見つめてにかっと笑いました。

「こんちわ。そう、おれがマヤ。なあ、そのアタマって、髪の毛をそってるんだよね?さむくないの?」

「ええ、自分で剃髪をしています。寒いと思ったことはあまりありませんね、すっかり慣れてしまったので」

「へー、そうなんだ。おれたちのいたとこには、コドモでつるつるにしてるのは、いなかったな。さわってもいい?」

 サンポがうなずくと、マヤはサンポの頭をおもしろそうに両手でぺたぺたとさわり、なでまわしました。

 マヤのようすをみて、マルティナはふふっと吹きだすように笑うと、眉をひそめて言いました。

「マヤちゃん、サンポさんは小さくてもこの郷でいちばん偉い方なのよ。そのへんにしておきましょう?」

「えっ、そうなの……ごめんな、えーと、サンポ……さん」

 マヤがあわててあやまると、サンポはまるいメガネの奥で、目をほそめました。

「構いませんよ。それで、お話はだいたいうかがいました。ハリネズミと言うのは、肩に乗せられているそちらの生き物ですか?」

「うん。ヒトがいるから、ここじゃ、しゃべれないんだけど。さわってみる?」

「いえ。それには及びません。このあたりにはあまり小さな動物がいないもので。なにしろ山の上ですから。お恥ずかしいですが……触るのは、ちょっと怖いですね」

 そう言って照れたように目をそらすサンポを見て、マヤはししっと笑って、ハリネズミを手のひらに伝わせ、サンポの顔の前にさしだしました。

「だいじょうぶ。ハリ、けっこうするどいし、キバもあるから、こわいよね」

「そうですね。よく見れば強そうな姿をしています……人間と違って、はじめから武器を備えているのですね。なるほど」

 サンポは片手でメガネをもち上げて、しばらくハリネズミを見つめていましたが、やがてなにかを思いだしたように顔をあげて、ちいさくせきばらいをしました。

「すみません。ええと、カミュさんでしたよね、お気の毒です。それで、魔法の力を高める方法についてなのですが……ロウ様から、詳しいお話をうかがっていますか?」

「いえ、ドゥルダ郷でサンポさんにたずねればわかると、それだけ聞いてきたのよ。だけどね、ロウ様、なにかを隠しておられる気がして……もしかして、ご迷惑なお話だったかしら?」

 マルティナがおずおずと答えると、サンポは眉をひそめて、困ったような表情を浮かべました。

「いいえ、迷惑などではないのですが……そうですか。きっと、ロウ様にはなにかお考えがあるのでしょう。ですが……」

 なにかを言いよどむサンポに、セーニャは胸のまえで両手をあわせて、不安そうにたずねました。

「あの、なにか事情があるのでしょうか?たとえば、すごく危険ですとか、とても難しいですとか……私、がんばりますので」

 サンポはセーニャのようすと、おなじように不安をあらわにするマヤたちを見て、すこし考えこんでから、わかりました、とうなずきました。

「おそらく、実際に見ていただくのが早いですね。すこし歩きますが、みなさん郷まで登ってこられてお疲れなのでは?体を休めてからでも構いませんよ」

「いや、それには及ばない。皆で行ったほうが良いか?」

「ええ、力を合わせていただくことになりますので。もちろん、私もお手伝いします。それでは、背負われた荷物は丁重にお預かりしますので、こちらで降ろしていただいて構いません」

 サンポがそう言って合図をすると、部屋の男たちがそばへと寄ってきて、マヤたちの荷物を受けとりました。

 グレイグが背中の荷を床へとおろすと、男たちはふたりがかりでなんとか持ち上げて、ふらつく足どりでどこかへと運んで行きました。

「私たちで、みなさんの寝所をご用意させていただきますので、荷物はそちらへ。それでは、まいりましょう」

 マヤたちがうなずくと、サンポは宮殿の入り口のほうへ向かって、案内をはじめました。

 

 マヤたちはそれぞれに火のついていないたいまつを手渡され、サンポに案内されて郷をあとにすると、山頂へむかって、ふたたび山登りをはじめました。

 寒空の下で雪をかぶったけわしい山道をしばらくのぼり、山にぽっかりとあいた洞窟のそばをいくつか通りぬけると、空がはるかにのぞめる、切りたった崖に突き当たりました。

 山道はそこで行き止まりになっているようで、あたりはちいさな広場のようになっていました。

 マヤがおそるおそるふちへと近づき、そっと見下ろすと、ふもとには雲の海が一面にひろがって、大地を覆い隠していました。

 マヤはあわてて飛びのくと、両腕てじぶんのからだを抱きました。

「うわっ、ぞっとした。エマといっしょに岩山にのぼったけど、あれよりずっとたかいね。地面がみえねえもん」

「ああ。頼むから、オレを落とさないでくれよ……ん?洞窟に入るのか?マヤ、後ろを見てみろ」

 ハリネズミに言われてうしろを振り向くと、一行は崖に面するように山にひらいた洞窟の入り口で、なにかを話しあっているようでした。

 マヤが駆けよると、洞窟はお札のようなものが結びつけられたロープが何本もはりめぐらされていて、人の出入りをこばんでいるようでした。

 サンポは結びつけられた杭からロープをとりはずすと、皆を見上げて言いました。

「すみません、どなたか火をともせる方はいらっしゃいますか?」

「ええ、私ができますわ。みなさま、たいまつをかかげてくださいませ」

 セーニャが指先をちかづけて、たいまつに一本づつ火をつけ、最後にマヤのかかげたものにぽっと炎をともすと、サンポは眉をつりあげて、みなに注意するように言いました。

「それでは、中へ入りますが……できるだけ、物音を出さないようにしてください。しゃべるときは、小さな声でお願いします」

 マヤたちがたいまつの明かりであちこちを照らしながら、足音をたてないようにゆっくりと洞窟を進むと、やがてサンポが向きなおり、ここで止まるように言いました。

「この先です。いいですか、できるだけ、壁から頭を出さないようにのぞいてください」

 サンポは壁にぴったりと背中をつけて、そろそろと前にすすみ、壁の切れ目からすこしだけ身を乗り出して、中をのぞきこみました。

 マヤも真似をするようにゆっくりのぞきこむと、洞窟のさきには、岩壁の切れ目からあわく光のさしこむ、おおきな空洞が広がっていました。

 目をこらすと、あたりでは子供のようにちいさなものから、グレイグよりおおきなものまで、さまざまな大きさのなにかのかげが、あちこちでうごめいているのが見えました。

「あれは……みんな魔物たちですか?」

 セーニャが片手で口をおさえて、ひそひそとつぶやくと、サンポは右腕をのばして、指先でとおくをしめしました。

「そうです。気づかれると大変ですので……それで、見えますか?あそこに、扉があるでしょう。かがやく印のほどこされた……」

 マヤがサンポの指さすほうをさがすと、空洞の奥のほうで、あわく光をはなつ、ふしぎなまるい模様を見つけられました。

「うん。トビラはみえないけど、なにかひかってるのは、みえた」

「ええ、それです……みなさま、見えましたか?見えましたら、いったん引き返しましょう」

 一行はじゅんばんに身を乗り出してのぞきこみ、中のようすをたしかめると、音を立てないようにゆっくりとした足取りで外に引き返し、日の光の元へ出ると、そろって、ふう、と大きく息をつきました。

 マヤは洞窟の入り口にむけてたいまつをふりまわすと、笑顔をうかべて、おもしろそうにサンポにたずねました。

「うーん、なんかいいな、たのしい……それで、おれたち、ここでなにをするの?」

「ええ、それではご説明します。実は、あの扉の先には、かつて修行のために使われていた場があるのです」

 マヤたちがじっと見つめるまえで、サンポは身ぶりをまじえながら、語りました。

「あの扉の先は霊場……つまり、魔法の力を高める場所ですね。強力な魔法を上手くあやつる修行をするために、使われていたそうなのですが……ごらんいただいた通り、いつからか魔物たちが棲みついてしまいまして。なにか、魔力を求める魔物たちにとっては、居心地のいい場所らしいんです」

「ふうむ、俺は魔法には明るくないのだが……あの魔物のひしめく中を抜けて、その霊場とやらにたどり着かねばならんと、そういう事か?」

「はい。魔物が居ついているということは、霊場が無事な証ですので……私が生まれる以前からあの状態なので、中へ立ち入ったことはないのですが、封印が生きている以上、扉の先は安全だと思います」

 サンポがすこし自信なさそうに言うと、シルビアはサンポの前で目線をあわせるようにかがみこんで、ほほえみました。

「アタシも魔法には詳しくないけれど、魔物ちゃんたちが問題なら、アタシたちでなんとかできるわよ。扉の封印というものは、サンポちゃんに解くことができるの?

「はい、それは大丈夫です。同じ封印をほどこすこともできますので」

「まあ、それは頼もしいわ。それじゃ……グレイグ、ちょっと作戦を考えましょうか」

「ああ、そうだな。サンポどの、もう一度中を見に行っても問題ないか?」

「はい、魔物たちは、中へ入ろうとさえしなければ、襲ってこないようなので。ですが、どうかお気をつけて」

 シルビアが立ちあがると、マルティナはあーあ、と呆れたように声をあげて、肩をすくめて見せました。

「なるほどね。ロウ様がくわしくお話してくださらなかったのは、こういうことだったのね。なにを考えているのか、わからないけど……まあ良いわ。帰ったらじっくり聞くことにしましょう。ねえグレイグ、私も一緒に見に行くわ」

 マルティナはそう言ってマヤとセーニャのほうを振りかえり、切れ長の瞳をつり上げて、強気にほほえみました。

「だけど、いいわ。要するに、セーニャたちを魔物から守ってあげればいいだけの話でしょう。私たちに任せてくれればいいわ、安心してちょうだい」

「ええ、姫様も含め、私が立派にお守りいたしますゆえ。それでは、参りましょう」

 マルティナとグレイグは、そう言ってたいまつをかかげ、洞窟へと入って行きました。

 マヤとセーニャが後を追いかけようとすると、シルビアがふたりの前に立ち、引きとめるように言いました。

「マヤちゃんとセーニャちゃんは平気よ、アタシたちに任せてちょうだい。ここは寒いでしょう、戻って休んでいてね。サンポちゃん、ふたりを案内してもらえるかしら?」

「シルビアさま、ですが……」

 セーニャが口をはさもうとすると、シルビアはなにも言わなくてよいと伝えるかのように、口元に指先をあてて、ウインクをしました。

「そうじゃないの。今回の主役は、セーニャちゃんたち三人でしょう?アタシたちに出来ることは、アタシたちに任せてもらえるかしら」

「……わかりました。どうか、お気をつけてください」

 セーニャがそう言うと、シルビアはマルティナたちを追いかけて、洞窟の中へと消えていきました。

 のこされた三人と一匹がそっと顔を見合わせて、おたがいに気まずそうな表情を浮かべましたが、マヤはすぐに笑って、明るい調子で言いました。

「まあ、そーだよね。おれ、マモノとたたかうなんて、できないしさ。せめて、ジャマしないようにする」

「ああ、それがいい。あの三人に任せときゃ、なにも問題ねえよ。オレたちはオレたちで、準備をしようぜ。サンポに……おっと、サンポさんか。もうちょっと詳しく話を聞いといたほうがいいよな」

 サンポはしゃべるハリネズミをふしぎそうに見つめていましたが、ふと我にかえってうなずきました。

「はい、そうしましょうか。では、我々は先に郷へ戻っていましょう」

 マヤとセーニャがうなずくと、サンポはふたりの先に立って、山道を降りて行きました。

 

「これは、剣じゃなくて刀というモノよね。剣はないのかしら?片方だけじゃなくて、両方に刃がついているモノなのだけど」

 シルビアが一振りの武器をかかげて、目のまえでたしかめるようにそう言うと、だいだい色のゆったりとした衣装を身につけた、ひょろっと背の高いドゥルダ郷の男はすまなそうに言いました。

 シルビアたちは、郷の一角にある武具や旅の道具をあつめた部屋で、魔物との戦いにそなえて、準備をすすめていましが。

「稽古に使うようなものならあるんですが、あまり上等なものは無いんです。外の世界の方は、刀を使われないんですか?」

「いいえ、得意な人もいるけど、アタシは身につけていないのよ。グレイグは使える?」

「俺も覚えがないな。ゴリアテよ、俺の剣では重すぎるか?」

 グレイグが腰の剣を手渡すと、シルビアは片手で鞘から引きぬいて、かるく振りまわして見せました。

「ちょっと重たいけど、アタシにも扱えるわね。ありがとう、グレイグ。だけど、アナタはどうするの?」

 シルビアがたずねると、グレイグは穂先に短剣のような刃のついた槍を一本引きぬいて、腰のあたりでかまえ、かるく突きだすような動きして、使い勝手をたしかめました。

「うむ、俺はこれで良い。守る戦いには槍が向いている。ゴリアテよ、共に腕を磨いたはずだが、槍の鍛錬はしていないのか?」

「ええ。人並みには使えると思うけれど、アタシは剣のほうが得意ね。マルティナちゃん、グレイグの槍のウデはどうなのかしら?」

「そうね、兵たちに教えている姿をいつも見ているけど、私と渡り合えるくらいの腕はあるはずよ。悔しいけれど」

 マルティナが素直に言葉にすると、グレイグはおおきなせきばらいをして、照れたように顔をそむけると、シルビアは目をほそめて、おかしそうに笑いました。

 グレイグたちのそばで、武器や防具のならぶ棚をながめていたマヤは、棚からすこし外れたところに、先に輪っかのような金具と、ヒスイ色のちいさな宝玉のついた、朱色にぬられた杖のようなものが立てかけられているのを見つけて、取り上げました。

「ねえ、これって、魔法の杖でしょ。お姉ちゃん、こういうの、つかわないの?」

 マヤが声をかけると、セーニャは杖をうけとり、先についたかざりをたしかめると、かるく持ち上げて具合をたしかめました。

「ええ、良さそうですね。すみません、こちらの杖をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです。すみません、ずっとホコリをかぶっていたものなのですが……私には魔法の事はわかりかねますが、その杖は役に立つものなのですか?」

 郷の男がたずねると、セーニャはしずかにほほえみ、かざりに指でふれながら答えました。

「はい。杖がなくとも魔法は使えますが、あったほうが便利なんです。それに、こちらの杖はどなたかが大切に使われていたもののようですね。すこし、感じるところがあります」

「そうですか、それなら良かった。どうぞ、お持ちになってください」

 セーニャがおじぎをして、胸のわきで杖をつくすがたを見て、マヤは感心したように言いました。

「へへ。杖、もってると、カッコいい魔法使いってカンジがする。おれも、武器があったほうが、いいのかな?兄貴の短剣なら、あるんだけど」

「マヤ、やめてくれ。遊びに行くんじゃねえんだぞ。いいんだよ、お前は戦わなくて。ケガしたり、ジャマにならないように気を付けてりゃ、それでいい」

 ハリネズミが心配そうにひそひそと話すと、マヤはハリネズミの鼻を、指でぱちんとはじきました。

「わかってるけどさ。おれだって、なにかしたいじゃん。まあ、そんなこといったって、なんにもできねえけどな……」

 ハリネズミはちいさな両手でしばらく鼻先をおさえていましたが、すねたように目を落とすマヤの顔をのぞくと、なにかを思いついたようにあたりを見まわして、マヤにつぶやきました。

「マヤ、あそこの棚を見てくれ。薬草なんかが並んでるとこだ」

 ハリネズミが鼻をつきだして、こまごまとした雑貨やクスリびんのならぶ一角をしめすと、マヤは言われたとおりにそばに近づいて、薬草の詰められたちいさなふくろを手に取りました。

「やくそうか。そーだね、いくつかもっといたら、役にたつかもな」

「ああ、薬草もだが、そっちの隅に並んでる赤い袋、あるだろ」

 マヤが小箱に詰め込まれた、手のひらの半分ほどのおおきさの、赤く染められた布のふくろをつまみ上げて、なかみをたしかめようとすると、ハリネズミがあわてて止めました。

「待て、開けるんじゃない。その袋、毒が入ってるんだ」

「えっ、毒?そんなの、なににつかうんだ?」

「それはな、旅人が魔物から身を守るために使うものだ。投げつけると中の粉が飛びだして、目をつぶしたり、動きを鈍らせたり出来るんだ。なにか助けになりたいなら、そいつを投げとけ」

「あはは。そーだな、それなら、おれにもできそう。肩からさげるかばん、おいてたよね。あれに、やくそうといっしょにつめとくか」

「ああ、そうしろ……ん、他にも良いモノが並んでるな。そっちに石ころの詰まった箱、あるだろ?」

 マヤは床におかれた木箱から、黒ずんだ小石をひとつ取りあげて手のひらにのせてみると、欠けた小石の芯のところが、炭が焼けるかのようににぶく赤い光をはなっていました。

 顔のあたりにもちあげて、光に透かすようにたしかめていると、そばに寄ってきたセーニャが、ぎょっと驚いた顔を浮かべました。

「マヤさま、それは危ないものですわ。あまり、触れられないほうが」

「あぶない?この石ころって、なんなの?ちょっとだけ、ひかってるけど」

「それは……岩の姿をした魔物のひとかけらなのですが、投げつけると爆発が起こるんです。カミュさまがときどき使っておられましたが……」

「バクハツかあ。落っことすくらいなら、だいじょぶか?」

「ああ。かなり強めに当てないと爆発しないな。まあ、いくつか持っといてもいいだろ」

「そっか。お姉ちゃん、おれにも、できることがありそうだよ」

 そう言ってししっと笑い、郷の男にかばんを見つくろってもらうマヤを、セーニャは心配そうな顔で見つめていました。

 

 すっかり日の暮れたころ、マヤたちはあらかたの準備を終えて、あてがわれた部屋に戻りました。

 マヤとセーニャ、それにマルティナは、うす暗い部屋のなかで、どこか落ち付かないようすで、そわそわと荷物をたしかめたり、立ち上がってあたりを歩きまわったりしていました。

 ベッドの上で、ふしぎな姿勢をとって体を伸ばしていたマルティナは、不意に立ち上がって、かばんの中身をごそごそとあさるマヤに声をかけました。

「マヤちゃん、悪いんだけど、ちょっとお兄ちゃんを借りてもいいかしら?ちょっとグレイグたちのところで、明日の話し合いをしてくるわ。カミュの意見も聞きたいのよ」

「うん、いいけど。おれたちは、行かなくてもいいの?」

「ええ。明日話すから、セーニャと一緒にゆっくり休んでいて。私に構わず、先に眠ってしまっていいからね」

「わかった。兄貴、しっかりやってこいよ」

「ああ。マヤは早く寝ろよ。じゃあ、おやすみ」

 マヤがおやすみ、と言ってハリネズミをそっと手渡すと、マルティナは足早に部屋から出て行きました。

 マルティナの後ろ姿を見送ると、セーニャもそっと立ちあがり、マヤに向かってほほえみました。

「マヤさま、私もなにか落ち付かなくて。すこし、外を見てまわりませんか?」

「あはは。みんな、キンチョーしてんだね。おれも、ねむれそうにないや。いこっか」

「ええ。だいぶ冷えてきましたので、暖かくしてくださいね」

 マヤは立ち上がって、毛布のかわりにベッドに広げていたマントをばさっと羽織ると、セーニャとならんで部屋をでました。

 郷のなかは、あちこちに四角いランプがならべられて、夜でも外を歩けるほどにぼんやりとあかるく、昼間ほどではありませんが、いくらかの人影があちこちで動いているのが見えました。

 マヤはランプのそばでかがみこみ、美しくほどされた細工に感心していましたが、ふと自分のマントが気になって、すそを両手でひろげて、汚れや傷みをたしかめるようにながめました。

「このマント、あんなにきれいだったのに。ちょっと、ボロくなってきちゃった」

「ふふ。穴が開いたり、破けたりはしていないようですから、洗濯をすればきれいになりますよ、きっと。私の服も、すっかりぼろぼろになってしまいましたね……」

「あはは。もともと、ちょっと傷んでたもんね。旅のあいだ、せんたくもできなかったし……だけどさ、兄貴をハリネズミにしちゃって、お姉ちゃんのとこをたずねて。あれから、まだひと月もたってないんだね。ずっと、むかしのハナシな気がする」

 マヤはそう言って立ち上がり、ふたたびセーニャと並んで歩きはじめました。

「そうですね。マヤさまといっしょに始めた旅も、ずいぶんにぎやかになりました」

「ね。おれ、ずっと兄貴と、ふたりっきりだったから。兄貴がいればいいやって、おもってたんだけど……へへ、きのうのキャンプ、たのしかったよね。あんなふうに、ひとがいっぱいで、テントでいっしょに寝てさ……ああいうのも、いいなっておもった」

「本当に。上手く言えませんが、空の下で眠るのは不思議な楽しさがありますね。人が多くとも少なくとも……ふふ」

 セーニャは歩きながら、口元を手でおさえて、すこし照れたように笑いました。

「実は私、よく覚えているのですが……マヤさまとご一緒にふるさとを出て、雪原で夜を明かしたとき、懐かしい夢を見たんです。お姉さまとふたりで旅をしている夢……私たちが旅に出て、はじめて空の下で眠りについたのがあの場所だったので、そのせいでしょうか」

「へへ。おれも、夢みたの、おぼえてる。兄貴といっしょにさ、さむいあなぐらで、くらしてたころの夢。イヤな夢だったな。お姉ちゃんのは、いい夢だった?」

 セーニャはマヤの顔をのぞきこみ、にっこりとほほえみました。

「私もあのときは、さびしい夢を見たと思いました。ですが今は、幸せな夢だったなと、そう思っています」

「そっか。うわっ、外はさむいね。クレイモランより、さむいかも」

 ふたりが建物の外に出ると、山の上からのぞむ夜空では、まんまるの月がまぶしいほどにかがやき、小さな星たちの光を覆い隠していました。

 マヤは両手を口元にあてて、吐息であたためながら、お月さまをみあげました。

「おれ、夜の空、キライだった。あのあなぐらで、くらしてたときはさ……夜のあいだに目をさますと、いつもこんなだったから。いつも、さむい、ハラがへった、っておもいながら、ながめてたから……だけど、いまは」

 マヤは月明かりのもとでセーニャを見あげて、両手で口元を隠したまま、目をほそめました。

「いまだけじゃないね、きっと。夜の空をみたら、旅のこと、おもいだすとおもう。たのしかったなって。へへ、兄貴にはワルいけどね」

「ふふ。そうですね。早く元のすがたに、戻っていただかなければいけませんね。マヤさまのためにも、カミュさまのためにも」

 マヤはちいさくうなずいて、ししっと笑いました。

「うん。おれね……いまでも、はんぶんくらいは、このままみんなと、ずっと旅ができたらいーのにって、おもってるんだけど……だけど、半分くらいは、それじゃダメだって、おもってる」

「カミュさまのことで、気が引けるからでしょうか?」

「それも、あるんだけどさ。みんな、おれをたすけるために、いっしょにいてくれるワケだから。それじゃ、ダメだよね。ずっと旅をしたいとおもったら……うまく、いえないけど。おれも、なにかできる旅じゃなきゃ。いまのおれじゃ、まだ、ムリだけど。おれ、いろんなことおぼえて、できるようになるから」

 マヤはセーニャの顔をのぞきこんで、すこし照れたようすで言いました。

「そしたらきっと、もっと、たのしい旅になるとおもう。お姉ちゃんと兄貴と、それにみんなみたいになってさ。そしたら、エマとか……じぶんがいっしょに旅したい人と、旅ができるでしょ。みんながしてくれたみたいに、おれもたすけてやるんだ」

「まあ。それは、すばらしいお考えですね」

「へへ。そしたらさ、お姉ちゃんも、またこんなふうに、いっしょに旅をしようね。兄貴もいっしょにさ」

 セーニャは照れるマヤをじっと見つめて、うなずきました。

「はい。そんな素敵な未来があれば良いと……心から思います」

「うん。きっと、兄貴だって……あはは。ちょっと、寒くなってきたね。もどろっか」

 マヤがお月さまに背をむけて、部屋に向かって歩きだすと、セーニャもゆっくりとあとに続きました。

 

 あくる日、マヤたちはそろって郷を出て、洞窟のまえで最後の準備をすすめていました。

 グレイグたちが息をあわせるように武器を振るって、体を温めるすがたを横目でながめながら、マヤはそわそわようすで、セーニャのとなりにすわって、ハリネズミと話していました。

「なんか、キンチョーしてきた。おれがキンチョーしたとこで、しかたねえんだけど……」

「ああ、その通りだ。マヤはとにかく、落ちついてりゃそれでいい。みんなジャマにならないように、逃げ隠れしときゃいいんだ」

「うん。わかってんだけど……こわいな。兄貴たちの旅って、ずっとマモノと戦ってたんだろ。すごいこと、やってたんだな」

「はは、マヤに褒められるとはな。ありがとよ。だけど、そうだ。みんな慣れてるんだ、あのくらいの魔物なんて、ワケねえさ。安心して、任せときゃいいんだよ」

「はい。カミュさまの言われる通りですわ、マヤさま。私たち、慣れていますから。どうかお任せください」

 セーニャがそう言って、体をこわばらせるマヤの肩を抱くと、マヤはふう、と大きくため息をつきました。

 やがて、準備を終えたらしいグレイグたちが洞窟の入り口に立つと、マヤたちも駆け寄って、輪を組むようにあつまりました。

「よし。まあ、難しい作戦ではないが、最後にもう一度だけ確かめておく。まずは、俺とゴリアテで、洞窟の奥のほうへ魔物たちを引き付ける。その間に、姫様が機を見計らって、皆を扉の前へ」

「ええ。セーニャたちは、私に着いてきてね。サンポさんが扉の封印を解くまで、しっかりと守ってあげる。だけど、扉の中のことは、よくわからないのよね?」

「はい、すみません……郷の皆にもたずねてみたのですが、立ち入った事のある者はいないようで……こんなとき、ニマ太師がいらっしゃれば」

 サンポがそう言って目をふせると、シルビアは腰をかがめて、はげますようにサンポの肩を叩きました。

「いいのよ。サンポちゃんの助けがなくっちゃ、アタシたち、中に入ることも出来ないんだから。それで、あとはセーニャちゃん次第なんだけど……」

 シルビアは立ち上がって、セーニャの瞳をじっと見つめ、真剣な顔で言いました。

「いい?セーニャちゃん。絶対に無理はしちゃダメよ。ちょっとでも危ないと思ったら、引き返してきてちょうだい。カミュちゃんを元の姿に戻す方法は、きっと他にもあるんだから。大丈夫よ」

「はい。ありがとうございます、シルビアさま。私は、自分の力のおよぶところを、しっかりと理解しておりますので」

 セーニャがシルビアの目を見てきっぱりと告げると、シルビアはすこし表情をゆるめて、うなずきました。

「がんばってね。マヤちゃんは、お兄ちゃんと一緒にセーニャちゃんを助けてあげてちょうだいね」

「う、うん。できることなんて、ないけど、ジャマにならないように、がんばる。あはは」

「ふふ。そんなことはないはずよ。マヤちゃんもケガしないように、気を付けてね。それじゃ、行きましょうか」

 シルビアがそう言って目くばせをすると、セーニャはマヤとサンポ、シルビアの持つたいまつに火をつけると、最後に自分のぶんに、ぽっと灯りをともしました。

 マルティナは、手にした槍の柄でつよく地面を叩くと、気持ちのこもった声で、よし、と叫びました。

「無事に戻るわよ、みんな。気合を入れていきましょう」

 マヤたちがうなずくと、一行はたいまつをかかげたシルビアを先頭にして、洞窟へと入って行きました。

 できるだけ足音をたてないようにゆっくりと歩き、うっすらと明るい空洞の手前にさしかかると、シルビアは歩みをとめて、壁に隠れるようにして中をのぞきこみました。

 昨日と変わりのないことをたしかめると、シルビアはマヤたちのほうに向きなおりました。

「いいかしら。右手のほうに扉が見えるわよね?アタシとグレイグは、左の奥に魔物ちゃんたちを引き付けるわ」

 マヤたちはかわるがわるに中をのぞきこみ、そろって緊張した面持ちをうかべました。

 グレイグとシルビアは肩のあたりでこぶしを突き合わせ、それぞれの武器をぐっと握りしめました。

「ゴリアテ、灯りを頼むぞ」

「ええ、任せてちょうだい。よおし、行くわよ!」

 シルビアが意を決して走り出すと、グレイグも肩を並べるように走りだしました。 たいまつの明かりで闇に浮かび上がるふたりが、空洞の奥へとたどりつくと、グレイグの空気をふるわせるような雄たけびが響き、魔物たちのかげが群がるようすがみえました。

「よし。私たちも行きましょう!」

 声をあげて足を踏みだすマルティナに続いて、マヤたちができるだけ息を殺して扉の前にたどり着くと、マルティナは扉に背をむけて、警戒するようにあたりをうかがいました。

「それでは扉を開きます。マヤさん、たいまつを持っていてください」

 サンポは手にしたたいまつをマヤにあずけると、扉に向かって、くねくねとふしぎなおどりをはじめました。

「お、おい。なにやってんの。あそんでる場合じゃ、ないでしょ」

 マヤがあわてたように叫ぶと、後ろでマルティナが大地を蹴る音が聞こえて、ネズミのような甲高い悲鳴とともに、魔物の一匹がどさっ音を立てて地面に落ちると、すぐに煙のようになって消えました。

「マヤちゃん、静かに」

 マルティナが眉をつり上げてマヤに注意すると、マヤはいそいで両手で口をふさぎました。

 両手に杖とたいまつを構えてあたりを照らすセーニャと、飛び掛かってくる魔物たちをあざやかに切り伏せるマルティナを、マヤはたまらない気持ちでただ見つめていました。

 やがて、背後からさしこむ青白い光に気がついて、マヤが振りむくと、扉にはりついた青白い印が、つよくかがやきを放っていました。

 かがやきと共に、ふしぎなかたちの印はくるくると回りながら大きくなり、やがて粉のような光のつぶをあたりに振りまいて、ぱっと消えてしまいました。

「あっ、き、きえた。お姉ちゃん、シルシがきえたよ」

 マヤが呼びかけると、セーニャはすぐに振りむき、両開きのおおきな扉の取っ手のかたほうに手をかけました。

 んっ、と声をあげながら、腰をいれて思いっきり引っぱると、扉は耳をさすようなきしみをあげながらゆっくりと開き、人が通りぬけられるほどのすき間ができました。

「開きました。行ってまいります!」

 マルティナたちにそう呼びかけて、扉の奥へと消えるセーニャを見て、マヤはいそいでサンポにたいまつを手渡し、扉をくぐりました。

 背後からは、サンポがなにかを叫ぶ声が、かすかに聞こえました。

 

 セーニャがたいまつを高くかかげて、ふかい闇につつまれた扉の奥を照らすと、洞窟の壁を人の手でくりぬいたような岩壁にかこまれた通路が、わずかにうねりながらずっと奥まで続いているようでした。

 マヤとセーニャはおたがいの瞳をかたとき見つめると、すぐに肩をならべて駆けだしました。

 足音とともに、はあはあという荒い呼吸をひびかせて走るうち、マヤは通路のさきで、ゆらめく炎のかげのなかに、なにかがきらりと光ったのを見つけて、足をとめました。

 立ちどまったマヤに気がついて、すこし先でセーニャが気づかうようにマヤのほうを振りむくと、セーニャの向こう側から、おおきな影がいきおいよく飛びだしてくるのが見えて、マヤは大きな声で叫びました。

「お姉ちゃん、うしろ!なんかいる!」

 セーニャは影に気がつくと、いそいで身をかわそうとしましたが、なにかにつまづいたようにぐらっと体勢をくずして、おもいきり壁にぶつかりました。

 セーニャの横を通りぬけて、自分に向かってなにかがまっすぐに飛んでくるのを見て、マヤがあわてて床に伏せると、風を切る音をたてて、頭の上を通りすぎる気配を感じました。

 体を起こして背後をみると、おおきな目玉をぎょろつかせた魔物が、たくさんの触手をうねうねと動かしながら、ふたたび飛び掛かろうとするすがたが見えました。

「マヤ、かばんだ、なにか投げろ!」

 ハリネズミが叫ぶと、マヤはいそいで肩からさげたかばんに手を突っ込み、言葉にならない声をあげながら、手当たりしだいに中身を投げつけました。

 ちいさなふくろがいくつかあらぬ方向に飛んで行きましたが、そのうちのひとつが目玉に命中すると、魔物はきいきいと悲鳴をあげて、もだえるように体を揺らしました。

「マヤさま、伏せてください!」

 うす暗い通路にセーニャの声がひびき、マヤががばっと床に伏せると、人の頭ほどの大きさの炎の玉が魔物に命中し、マヤの背中に火の粉がふりそそぎました。

 マヤが顔をあげると、魔物は黒い煙のようなものをあたりに残して、消えてしまったようでした。

「や、やっつけたの?」

 マヤが床に両手をついて立ちあがり、うしろを振り向くと、セーニャが顔じゅうを血だらけにして、ふう、と息をつくすがたが見えました。

 マヤがあわててそばに駆けよって、心配そうに見あげると、セーニャはマヤを安心させるように、ほほえんで見せました。

「マヤさま、お怪我はありませんか?」

「お、おれはへーき……でも、お姉ちゃん、血がでてるよ……」

「ええ、壁に顔を打ち付けてしまいまして。私は癒しの呪文が使えますから、大丈夫ですよ。ですが……マヤさま、短剣をすこしお借りしても?」

「うん、いーけど……」

 マヤが腰の短剣を抜いて手渡すと、セーニャは腰をかがめて、スカートの右のもものあたりに突き立てました。

 目をまるくして、言葉をうしなったマヤを横目に、セーニャはびりっと音をたててスカートを縦に引き裂きました。

 顔の血をごしごしとぬぐうと、布地をよせて左ひざのわきで結び、両足をあらわにすると、目をほそめてマヤに笑いかけました。

「すそを踏みつけてしまって。長いままではうまく走れませんでしたし、これで動きやすくなりました」

「で、でも……その服、だいじなものなんでしょ?」

「いいんです。服は服ですから。あとで直せば良いでしょう」

 セーニャはそう言ってマヤに短剣を返すと、床にころがった杖とたいまつを手に取って、立ちあがりました。

 ふたたび走りだそうとするセーニャのすがたを目にして、ハリネズミはしぼりだすように声をかけました。

「ま、待ってくれ。扉の中にも魔物がいるとは思わなかった、そうだろ?引き返したほうがいい」

「たしかにそうですが……それほど強い魔物ではありませんでした。私たちが先に見つければ、危険はありませんわ」

「それは、そうかもしれないが……」

 肩の上でハリネズミが言葉につまると、マヤはすこし怒ったような声で、ゆっくりと言いました。

「なあ、兄貴。おれ、兄貴のキモチ、なんとなくわかる。じぶんのために、お姉ちゃんに、あぶないことさせるの、イヤなんでしょ。じぶんには、なんにもできねえのに、だれかにたすけてもらうの、イヤだよな」

「ああ、そうだ……マヤ、お前にもな」

 セーニャがマヤたちを見下ろして、困ったような表情をうかべると、マヤはぐすんと鼻をならして、声をふるわせました。

「そーだよね。でも、おれ……お姉ちゃんのキモチも、なんとなくわかるんだ……お姉ちゃんと……おれもだけど。いま、言ってほしいコトバ、それじゃない……」

 マヤがうつむくと、ハリネズミはふたりの顔を交互にみつめて、重たい調子で口を開きました。

「……すまなかったな。こんな思いをするのは、もうこりごりだ……頼む、オレを人間の姿に戻してくれ……」

 ハリネズミがか細い声でそう言い終えると、セーニャは笑顔をうかべて、ハリネズミの背中に触れました。

「もちろんです。もう、間もなくのはずですよ。マヤさま、まいりましょうか」

 マヤが顔をあげてうなずくと、セーニャはマヤの頭をぽんぽんとなでました。

 通路の先をみすえて、ふたたび走りだそうとするふたりに、ハリネズミは落ち付いたようすで、声をかけました。

「なあ、ふたりとも。どうやら魔物が出るんだ、全力で走ってちゃ気がつくのも遅れるし、気配も出ちまう。もう少しゆっくり進んでくれ」

「そっか。そーだね。ねえ、おれ、マモノを見つけたら、どうすればいい?」

「そうですね、私の腕でも背中でも、体のどこかに触れてくだされば伝わりますわ。私が魔法でやっつけますから、後ろに隠れてくださいね」

「わかった。兄貴も、みつけたらおしえて」

「ああ。ハリネズミ、けっこう夜目が利くみたいだ。よく見張っとく」

 マヤたちは、おたがいに視線を交わすと、いきおいよく足を踏みだしました。

 左右にうねる通路は見通しがわるく、どこまで奥に続いているのかもわかりませんでしたが、マヤたちは息をはずませて、小走りに先へと進みました。

 途中なんども魔物の影をみつけては、立ちどまって息を殺す場面もありましたが、さほど力のあるものではないようで、襲いかかられる前にセーニャが呪文をはなち、あっさりとやっつけていきました。

 どれほど奥まで進んだのか、くらやみの中で時の感覚をうしなっているマヤの心に、だんだんと不安が満ちはじめたころ、通路の先のほうが、ぼんやりと明るくなっているようすが目に飛びこみました。

 歩みをすすめると、人の手で作られた石だたみのようなものが敷かれた、ひろい空洞であることがだんだんとわかり、どうやらマヤたちは扉の奥の行き止まりまでたどり着いたようでした。

 マヤとセーニャが、あえぐようにはあはあと息を上げながらあたりを見まわすと、岩壁のあちこちから、ほのかに青白く光る水が湧きだしていました。

 地面には人の腕ほどの細い水路がはりめぐらされていて、よく見ると、空洞のまんなかにある、丸いかたちに敷かれた石だたみのあいまにながれこんで、ふしぎな模様を浮かび上がらせていました。

「ねえ、ここだよね?きっと……」

「はい。間違いないと思います。すこし、お待ちくださいね……」

 ふたりは苦しそうに言葉をかわすと、同じようなしぐさで、ひたいに浮かんだ汗を手でぬぐいました。

 肩をおおきく上下させながら、ぺたんと地面にすわりこんで息をつくマヤを見て、セーニャもとなりに腰をおろして、息をととのえました。

「マヤ、かばんに水筒を入れてきたろ?ちょっと飲んどけ」

 ハリネズミがそう言うと、マヤはかばんをごそごそとあさって皮の水筒をとりだし、のどを鳴らして飲み下しました。

 ふう、とおおきなため息をついて水筒を差しだすと、セーニャも水筒に口をつけて、深くため息をつきました。

「ありがとうございます、マヤさま……ずいぶんと、時間がかかってしまいましたね……すこし、急ぎましょうか」

 セーニャはかるく息をはずませたまま立ちあがって、マヤの手を引くと、まるい石だたみの真ん中に、ゆっくりと足を踏みいれました。

 たいまつに火をともすようなしぐさで、右腕を前にだして、人さし指を伸ばすと、指先にこぶしほどのおおきさの火の玉が、ぼっと浮かび上がりました。

 セーニャがあわてて腕をひっこめると、火の玉は薪のはぜるようなぱちんという音を立て、あたりに火の粉をふりまいて消えました。

「すごいですね……魔力が高まるというよりは、炎に風を送り込むような……送り風に背中を押されるような感覚ですわ」

 セーニャは感心したようにつぶやいて、マヤの顔をのぞきましたが、すぐになにかに気がついたように、はっと眉をひそめました。

「すみません。ただのひとりごとです。それでは、試してみましょうか」

「うん。おねがいね……おれは、いつもみたいに、兄貴をもってたらいい?」

 セーニャがうなずくと、マヤはハリネズミを手のひらにつたわせ、胸のまえで両手をあわせて、祈るようなすがたでセーニャに差しだしました。

「それでは、やってみます」

 セーニャはふるえる声でそう告げると、胸に手をあててかるく息をととのえ、ハリネズミに向けて右腕をゆっくりと回しました。

 動きをとめて手のひらを向け、おごそかな調子で、シャナク、と呪文をとなえましたが、あたりには、なにも変化が起こらないようでした。

 マヤがふしぎそうな顔で見あげると、セーニャはうろたえた表情を浮かべて、もういちど同じ動きを繰り返しました。

 セーニャが手のひらを向けて、呪文をとなえても、やはりなにも変化は起こりませんでした。

 マヤが心配そうに瞳をのぞきこむと、セーニャは力なく両膝を床につき、両手で顔をおさえました。

「なあ、マヤ」

 ハリネズミは手のうえでマヤのほうへ振りかえると、不安をうかべたマヤの顔を見上げて、落ち着きをたもったまま、ゆっくりと声をかけました。

「オレを、床に降ろしてくれないか」

 マヤがセーニャのとなりでひざをつき、言われるままにそっと床におろすと、ハリネズミはちらりとセーニャに目をやってから、ちいさな瞳でマヤを見つめました。

「マヤ、頼みがあるんだ」

「うん」

「セーニャの手を、握ってやってくれないか。オレの、代わりに」

 マヤはだまったままうなずいて、顔をおさえるセーニャの左腕をぐっとひっぱり、手を取りました。

 左手がかたくこわばり、わなわなとふるえている事に気がつくと、マヤはセーニャの顔をみあげて、かたく握りしめました。

 マヤはながいあいだ、なにも言わずに、手を握ったままで、祈るように目を閉じていました。

 セーニャの左手はすこしづつしなやかさを取り戻し、やがて手を握りかえす力を感じて、マヤが見あげると、セーニャは落ち付いたようすで、いつものようにマヤにほほえみかけていました。

「マヤさま、ありがとうございます……もう、大丈夫です。もう一度、やってみましょう

「うん。なにか、おれにできること、ある?」

「はい。どうかご一緒に、上手くいきますよう、お祈りをしてくださいますか」

 マヤはちいさくほほえんでうなずくと、そっと目をとじて、うなだれるように頭をさげました。

 セーニャは床の上でじぶんを見つめるハリネズミに右腕をのばして、円を描くようにゆっくりと回しました。

 手のひらを突きだすようにかざして、呪文を唱えると、あたり一面から雪のような光の粒が立ちのぼり、すがたを覆い隠すように、ハリネズミのからだを包みこんでいきました。

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