マヤとセーニャのものがたり   作:だる   

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マヤとセーニャのものがたり エピローグ

 北国のみじかい夏はすっかり過ぎ去ってしまったらしく、朝の聖地ラムダに吹く風は、かすかに冷たさを感じられました。

 この場所にあまり似つかわしくない、石を叩くような音や、おおぜいの男たちのかけ声は、宿屋のちいさなロビーにも届いていましたが、マヤとセーニャの耳には入っていないようでした。

 ふたりは並んでテーブルにすわり、まっさらな紙をまえにして、なにかを話しあっているようでした。

「ねえ、お姉ちゃんの名前って、どう書くの?」

 マヤがたずねると、セーニャは羽根ペンを手にして先をインクつぼにひたし、紙の上でさらさらと走らせました。

「これで、セーニャと読みます。名前はつづりが難しいので、覚えなくとも書き写せば良いですわ」

「そうなんだよね。名前って、みんな、どうしてそんなふうに読むの?ってカンジ。ねえ、みんなの名前、書いてくれない?」

 セーニャはほほえみを浮かべてうなずくと、それぞれの名前を声に出しながら、グレイグ、マルティナ、ロウ、シルビアと書き記し、最後にエマとつづけました。

「すみません、エマさまはすこし自信がありませんわ。お兄さまの名前も、書きましょうか?」

 セーニャがそう言うと、マヤは白い歯をみせて、ししっと笑いました。

「うん。手紙には書かないけど、いちおう。そーだね、言われてみたら、兄貴の名前の書きかた、しらないや」

 セーニャはふふっと笑ってペンを走らせ、カミュの名前を記すと、となりにマヤと書き加えました。

「へー、こんなふうに、書くんだね。ありがと。おれの名前、みじかいから、おぼえやすくてよかったな」

「そうですね、書くのも簡単ですが、呼びやすくて良いと思います。それと……マヤさま、お手紙を読まれたことはありますか?」

「ないや。おれ、もらったことないから。たぶん、兄貴も」

「でしたら、おふたりがクレイモランに戻られましたら、すぐに書きますね。ふふ。はじめて読まれるお手紙が、私のものだなんて、すこし嬉しいですね。それで、お手紙には、ちょっとした決まりごとがあるんです」

「きまり?ってどんな?」

「ええ。本文はなにを書かれてもよろしいのですが、ちょっとしたあいさつと言いますか。こんな風に書きます」

 セーニャはみじかい文章をふたつ書いて、指さしながらマヤに教えました。

「こちらは書きだしですね。"親愛なるあなたへ"です。あなた、はお相手のお名前でも良いですよ。そして最後に"マヤより 愛をこめて"です」

「あはは。愛をこめてって……なんか、はずかしーね。それ、ぜったい書かないと、だめ?」

「ふふ。別の言葉もありますよ。例えば……」

 セーニャが羽根ペンを手に取ると、階段からだれかのおりてくる足音が聞こえました。

 ふたりが顔をあげて階段に目をむけると、カミュがあいさつをするように片手をあげました。

「兄貴、おはよう」

「マヤ、おはよう。セーニャも」

「おはようございます、カミュさま」

 カミュはゆっくりとイスを引いて、マヤたちと向きあうように腰かけると、テーブルの上の紙とペンをながめて、感心したように言いました。

「へえ、朝から読み書きのお勉強か。えらいな。だが、勉強に紙を使うのはもったいなくねえか。いいのか?セーニャ」

「ええ。お手紙を書かれるそうなので、書き写せるように、みなさまのお名前を」

「ああ、そういうことか。悪いな。ちょっと見てもいいか?」

 セーニャがうなずいて、マヤのためのメモを手渡すと、カミュは上から目を通して、吹きだすように笑いました。

「はは。マヤに"愛をこめて"はちょっとな……なにか、他の言葉はないのか?」

「へへ。おれと、おなじこと言ってる。やっぱし、そーだよね」

 兄妹が顔を見合わせて笑うと、セーニャも釣られるように、くすくすと笑いました。

 

 マヤたちがあれこれ話し合いながら、紙にいろいろな言葉を書き連ねていると、

階段からふたたび足音がきこえて、荷物をかかえたシルビアが、ひょこっと顔をだしました。

 シルビアは足早にテーブルにちかよって、糸のように目をほそめて、笑顔を見せました。

「みんな、おはよう。朝から、読み書きのお勉強なのね。エライわ」

「シルビア、おはよ。おれ、手紙書くんだ。シルビアにも書くよ」

 マヤがそう言うと、シルビアはおおげさに、まあ、と歓声をあげて、胸のまえで両手を組みました。

「うれしいわ。アタシも書くわね、マヤちゃん。もちろん、カミュちゃんとセーニャちゃんにも」

「ふふ。ありがとうございます、シルビアさま。私からも、書きますね」

「あはは。せっかくだから、兄貴も書けよな……あれ、シルビア、荷物もってて、もう行っちゃうの?」

「ええ。あんまりのんびりしていると、お別れが湿っぽくなってしまうもの。だけど、大丈夫。きっと、すぐにまた会えるわよ。アタシ、旅芸人だもの。みんなのところに、旅をしていくわ」

「そっか……ねえ、シルビア。ありがとうね」

 マヤがシルビアを見上げてそう言うと、シルビアは顔の前で手を振って、ほほえみかけました。

「いいのよ。マヤちゃん、アタシがグレイグと一緒にお話したこと、覚えているかしら。誰かを笑顔にしてあげてちょうだいね」

「へへ。おれ、がんばる。じゃあ、またね」

「ええ。カミュちゃんと、セーニャちゃんも、また会いましょうね」

 ふたりがいそいで席を立つと、シルビアはちいさくウインクをして背中を見せ、宿から出て行きました。

 カミュはセーニャの肩をかるく叩くと、強い調子で声をかけました。

「セーニャ、里の入り口まで見送ってやれよ」

「そうですね。では、ご一緒に……」

「オレたちは良いんだ。行ってやってくれ」

 カミュはふしぎそうな顔をするセーニャの背中を押して、強引に宿から送りだすと、小走りにシルビアに駆けよるすがたを見届けて、安心したようにテーブルに戻りました。

 マヤはカミュを見つめて、いたずらっぽく口をひらきました

「ずいぶん気がきくんだな、兄貴。でも、いいのか?」

「ああ。でっかい借りを作っちまったからな。ちょっとづつでも、返していかねえと」

 カミュが目をそらして、頭をかきながら照れたようにこたえると、マヤはししっ、と笑いました。

「だいじょーぶ。だってさ、借りをつくったの、兄貴じゃなくて、おれだもん。おれがちゃんとかえすから、安心していいぞ」

「はは。そいつは、ありがたくって泣けてくるな。それにしても……おかしな旅だったな。まさか、マヤがあんなに頼もしく見える日が来るとは。おまけに、まだ人間の姿に慣れねえんだ」

「おれも、まだ慣れねえな。朝おきると、まくらもとでハリネズミ、さがしちゃうよ。あはは。でもさ、メーワクかけといて、怒るかもだけど……おれには、すごく、たのしい旅だったな」

 マヤが素直な気持ちを言葉にすると、カミュは両手を上にむけて、肩をすくめてみせました。

「かまわねえよ。オレは、マヤが楽しかったなら、それでいい。こうして丸くおさまったんだしな。ま、呪いについては、お互い様だ。これで、貸し借りナシってことにしとこうぜ」

「そーだな。そういうことにしといてやるよ、くそ兄貴。だけど、お宝さがしのこと、わすれんなよ」

「忘れねえから安心しな。そのうち、ちゃんと連れていってやるからよ。ほら、指切りしてやるよ」

 カミュがそう言って右手の小指を突きだすと、マヤは片手で払いのけました。

 ふたりは顔を見合わせて、おたがいに苦笑いを浮かべました。

「子供扱いするなってか。まあ、そうだな。あんな姿を見せられちゃ、もう子供扱いもできねえな。悪かったよ」

「へっ、兄貴もおべっかつかったり、するんだな。でもさ……おれ、なんか、わかったんだ」

 マヤはテーブルに目をおとして、ひとりごとのようにつぶやきました。

「いまのままじゃ、旅にでてもさ。兄貴に、メンドーみてもらうだけに、なっちまう。それじゃ、だめなんだ。相棒みたく、ならねえと。おれがなんか、兄貴をたすけられること、ないとだめなんだ」

 カミュはすぐになにかを答えようとしましたが、言葉をひっこめてすこし考えこみ、おだやかにほほえみました。

「別に……オレは、それでも構わねえんだがな。まあ、マヤがそう思うなら、それでいい。大丈夫、時間はあるさ。オレに出来ることなら、なんだって教えてやるよ。それにしても……」

 カミュがなにかを言いよどむと、マヤは顔をあげて、言葉を待つようにカミュを見つめました。

 カミュは両手をひらひらさせて、冗談であることをしめしてから、おかしそうに語りました。

「その悩みな。オレが相棒……勇者たちと旅した時も、似たようなことで悩んでたんだ。マヤ、今回一緒に旅した皆のこと、どう思った?すごい人たちだったろ?」

「うん。スゴくて、リッパなひとたちだった」

「そうなんだよ。あんな人たちに混じって、オレに出来ることなんか、たいしてありゃしなかった。だから、ずっとマヤと同じようなこと考えてたんだぜ、オレ」

 カミュがそう言って歯を見せると、マヤはおかしそうにけらけらと笑いました。

「あはは。そりゃそーだよな。そっか、兄貴も、たいへんだったんだな。そんで、やっぱり、おれたちキョーダイなんだな」

「ああ、悲しいほどに兄妹だな。まあ、スゴくもリッパでもない人間同士、仲良くやっていこうぜ」

「へへ。そーだね。おれは、それでいい。みんなみたいじゃなくても、兄貴は兄貴だから」

 兄妹がなごやかに旅の話をつづけていると、やがてセーニャが戻ってきて、ふたりのテーブルのそばに立ちました。

「おかえり。シルビアさん、行ったか?」

「はい。カミュさまとマヤさまにもよろしくと、言っておられました」

「そっか。おれたちは、もうすこし、ここにいるよ。兄貴が、こわれた家をなおすの、てつだうって」

「ああ、そのつもりだ。とは言っても、外で修理やってる音が聞こえてくるんだよな。それなのに手伝いもせず、こんな風になまけてる男のセリフじゃねえかもな」

 カミュがおどけたようにそう言うと、セーニャは片手で口元をかくして、くすくすと笑いました。

「ようやく人の姿に戻られたばかりなのですから。どうか、しばらくゆっくりなさってください。それで……すみません、すこし、お付き合いしていただいてもよろしいでしょうか?」

「構わないが、なんだ?」

「ええ、お姉さまに、旅のご報告をしようと思いまして。おふたりがご一緒なら、きっとお姉さまも喜びますわ」

「ああ……そうだな、行こうか」

 マヤとカミュはそっと立ちあがると、セーニャに続いて、宿をあとにしました。

 

 マヤたちは、ラムダからつづく木々の青々と生い茂る森のなかを、お散歩でもするかのように、のんびりと歩いていました。

 森の木々を切りひらいて作られたらしい小道は、木の葉が風でざわざわとゆれる音だけがかすかに聞こえる、ふしぎなほどに静かなところでした。

 そう長くはない小道を抜けると、あたりは大木をかこんだ広場のようになっていて、ちいさな花々が、気持ちよさそうにお日さまの光を浴びていました。

 マヤたちは大木のそばにちかよると、ふもとでたたずむ墓石のまえにならび、祈るような姿でひざまづきました。

「えーと……ベロニカさんのお墓?」

 マヤがたずねると、セーニャはしずかにうなずき、両手をあわせて墓石に語りかけました。

「お姉さま、無事に旅を終えて、こうして戻ってまいりました。ごらんのとおり、カミュさまの呪い、解いてさしあげることができましたわ。それと、こちらの女の子は、マヤさまと言いまして、カミュさまの妹さまなんですよ。ずいぶんと、旅の助けになっていただきました。カミュさまといっしょで、とても頼りになりました……」

 兄妹は顔をみあわせて、なにか目くばせをすると、口をつぐんだまま、セーニャのすがたを見守りました。

「みなさまとも、またご一緒に旅ができたんですよ。シルビアさまは、なにもお変わりなく、笑顔で過ごしていらっしゃいました。マルティナさまとロウさまも、お元気そうで……グレイグさまには、また助けていただきました。学ぶことの多く……楽しい旅でした。お姉さまが見守ってくださったおかげです……」

 そう語り終えたあとも、セーニャは目を閉じて、しばらくのあいだだまって祈りをささげていましたが、やがて、そっと立ちあがりました。

 マヤは、セーニャの真似をするように目をとじて、つぶやくように語りかけました。

「ベロニカさん、こんにちは、はじめまして……おれ、マヤっていいます。お姉ちゃん……セーニャさんには、ずいぶん、おせわになりました。お姉ちゃんが、いなかったら、兄貴はきっと、ハリネズミのままでした……ありがとう、ございます……」

 それぞれが祈りをささげると、三人は大木に寄りかかるように、お墓のそばに腰をおろしました。

 カミュはなにも話さないセーニャを気づかうように、明るい調子をつくって、声をかけました。

「なあ、ベロニカはマヤのこと、知らないんだったか?」

「はい。おふたりだけで、お話をされたのでなければ。妹さまがいらっしゃることは、なんとなくうかがっておりましたが……大樹さまが落ちてしまったあとに、はじめてお話を聞いて、驚いたことをよく覚えています」

「そーなんだ。兄貴、おれのこと、ヒミツにしてたの?」

「いや、悪気はねえんだ……話すと、みんな気をつかうかと思ってな」

 カミュが頭をかきながら言うと、マヤとセーニャはおたがいの顔をのぞきこみ、くすくすと笑いました。

「そっか。まあ、ゆるしてやるよ。ベロニカさんの、まえだしな」

「お姉さまに、マヤさまと会わせて差し上げたかったですわ。きっと、とても気が合ったと思います」

「ああ、オレもそんな気がする……いや、似たもの同士で、ケンカになっちまったかもな。アイツ、マヤに負けないくらい、気が強かったもんな」

「ふふ。私にとってのマヤさまは、とても心のやさしい方なのですが……お兄さまの前では、本音を出せるということなのでしょうか。すこし、うらやましいですわ」

「ベロニカは、誰が相手だろうと変わらなかったもんな。オレには、セーニャがちょっと気の毒に見えてたくらいだ。そう考えると、マヤはかわいげがあるか」

 マヤはすっかり照れてしまって、カミュをかるく殴りつけるフリをすると、勢いよく立ちあがって、ふたりの顔を交互にみつめました。

「もういーよ。おれ、先にもどってるから」

「いや……すまん。ちょっとからかっただけだろ」

 セーニャが困ったような表情をうかべて、あわてて立ちあがろうとすると、マヤは首を横にふって、ししっと笑いました。

「おこってないよ。ジョーダンだよ、ジョーダン。おれ、なんか、ちょっとねむたいんだ。けっこう、つかれてるのかも」

「まあ。それはすみません、一緒に戻りましょうか」

「だいじょぶ。おれ、ひとりでもどれるから。お姉ちゃん、あとでまた、読み書きおしえてね」

 マヤがそう言ってなにかを目くばせすると、カミュはなにかを察したように、肩をすくめて苦笑いを浮かべました。

「わかった、ゆっくり寝ろよ」

「おう。あとでな、くそ兄貴」

「あの……マヤさま、本当に大丈夫ですか?」

 マヤはなにも答えず、いそいで振りかえって小走りに駆けだし、小道へと戻りました。

 カミュとセーニャが見えなくなったところでマヤは足をとめて、すこし引き返して木のかげに身を隠し、ふたりのほうをのぞきこみました。

 セーニャはしばらく心配そうに、なんども立ちあがろうとしていましたが、やがてカミュと隣りあって腰を落ちつけ、笑顔をみせて和やかに話しはじめたようでした。

「お姉ちゃん、兄貴を貸しとくよ。これで、ちょっとだけ、借りをかえせたかな」

 マヤは小声でつぶやくと、にやりと笑って振りかえり、来た道を引き返しました。

 りっぱな三つ編みをゆらして、はずむように歩くマヤは、首をかしげて左肩のあたりを見下ろし、機嫌よく声をかけました。

「なあ、兄貴……」

 そう呼びかけてから、マヤはハリネズミのいないことに気がつき、ふと足をとめて、ハリネズミの乗っていたあたりを、片手でそっとなでました。

 マヤは自分自身に呆れたように、口の端をつりあげてむりやりに笑顔を作り、声をあげて笑いました。

 やがて、空を見あげておおきなため息をつくと、前髪を手でかきあげて、ゆっくりと歩きだしました。

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