カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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吹っ切れたカズヤはもう色々と自重しません。


嵐の前の姦しさ

最近、やたらと響の機嫌が良い。

話を聞くとどうやらカズヤが元気を取り戻したらしい。

結局彼が何に悩んでいたのかは分からず仕舞いだったが、響にとってはそんなことなど最早どうでもいいことなので、彼女はいつもニコニコしていた。

 

「ビッキーさ、カズヤさんとなんかあったでしょ」

「えっへへ、そんなことないよーん♪」

 

教室で友人から問われてもこんな感じだが、絶対に嘘だ。これは絶対にカズヤと何かあったに違いない。その場にいる全員が確信する。

安藤は未来に耳打ちした。

 

「ホントにビッキーに何があったの? ずっとあんな感じなんだけど」

「私も詳しくは教えてもらえてない。でもカズヤさん関連っていうのは間違いないんだよね」

「彼氏彼女の関係じゃないって言ってたけど、それは以前の話で今は違うのかな?」

「その可能性は無きにしも非ず...?」

 

未来はほわほわニコニコと上機嫌な親友の横顔を盗み見る。

 

「でもまあ、響が幸せそうなら私はそれでいいかな」

 

そう言いながら微笑む未来は、まるで娘の成長を喜ぶ母親のようであった。

その後の放課後。図書館に寄りたいという未来に響はお供として付き添うこととなる。

本棚を物色しながらも未来は響の様子を窺う。

 

「ふん♪ ふふん♪ ふふーん♪」

 

鼻歌を歌いながら上機嫌な響はとても可愛らしい。化粧なんてこれっぽっちもしてないのに艶やかで色っぽさがある。また女として磨きがかかったのではなかろうか。

正直、カズヤと何があったのか知りたい。しかし尋ねたところで、指でシーッという仕草と共に「それはいくら未来でもダメだよ」と思わずドキリとしてしまう色気溢れる笑顔で返されてしまって以降、聞くに聞けない。

...こうなったら強行手段。

響がダメならカズヤ、もしくは奏か翼などの他の人物に聞けばいい!

 

「響、この後"ふらわー"に行ってお好み焼きでも食べない?」

「え? "ふらわー"? うん、行く行く!」

 

色気ムンムンでも食べることが好きなところは全く変わってないのか、響はすぐに食いついた。

普通、女子は好きな男性ができると食事を抑えるようになるとよく聞くが、響はそれに該当しない。

まあ、バイト後にカズヤからの誘いで奏と翼を含めた皆で食事に行き、誰もが腹が膨れるまでしこたま食って帰ることから、カズヤは女子の食事量というものを一切気にしない男性のようだ。

最近ネットでは『いっぱい食べるキミが好き』という言葉が横行し、女子が幸せそうに食べているのを見るのが好きという男性も一定数存在している(らしい)ので、カズヤもそういうタイプなのかもしれない。

 

「それでね、私達だけじゃなくカズヤさん達も誘ってみない?」

「ホント? じゃあカズヤさん達も呼んじゃおーっと」

 

嬉しそうに携帯をスカートのポケットから取り出し電話する響。

さて、これで何処まで話が聞けるのか、少し楽しくなる未来だった。

 

 

 

 

 

【嵐の前の姦しさ】

 

 

 

 

 

「抹殺の、ラストブリットォォォッ!!」

 

右肩甲骨に発生していた三枚の赤い羽のような突起物──その最後の一枚が砕け散るとそこから翡翠色のエネルギーが噴出する。

同時にカズヤは右腕を振りかぶり、槍を構えた奏に突撃した。

対する奏は歌を歌いながら、槍の穂先を高速回転し竜巻を発生させ、迫るカズヤに槍を突き出す。

拳と槍がぶつかり合い凄まじい衝撃波と爆音が生まれ、

 

「うおっ!?」

「うあああ!」

 

二人揃って弾かれそれぞれ後方に吹き飛んだ。奏は槍を床に突き立てブレーキとして使い、カズヤは壁に叩きつけられそうになっていたので右腕を壁に突き刺し衝撃を緩和させる。

 

「...模擬戦はこれで終わらせるか」

「そうだね。さすがにこれ以上やって、いざって時に動けないのはいただけないし」

 

溜め息混じりのカズヤの言葉に奏も疲れたように返答後、それぞれアルター能力とシンフォギアを解除し、二人は場所を休憩室に移す。

予め用意していたタオルで汗を拭い、スポーツドリンクで喉の乾きを癒しソファーに並んで座る。

 

「それにしても、アンタのシェルブリットに複数の形態があるなんてね。今まで黙ってるなんて人が悪い」

「しょうがねーだろ。第一形態は第二形態と比べると技の使用回数に制限あるし、空飛べないしでノイズ相手だと使い勝手良くないんだよ」

 

少し拗ねたように言う奏にカズヤが勘弁してくれと肩を竦めた。

今日の模擬戦でカズヤが奏相手に行使したのは、シェルブリットの第一形態。普段はノイズ相手に第二形態を使っていたのだが、デュランダルの移送の一件からこれまでの間ノイズ出現やクリス襲来などが一切なくなってしまい、時間が余っていたので今まで一度も使ってこなかった第一形態を確認の意味で発動させ、奏に相手をしてもらっていたのだ。

 

「でも確かに、空飛べる飛べないの違いはでかいね。アタシら全員接近戦タイプだから敵が空飛んでると一気に手数減るし」

 

槍を投擲したり斬撃飛ばしたりはできるが、飛んで逃げていく敵や遠くの存在を狙撃するのが苦手というのは否めない。

だから、空中の敵まで一直線に飛んで接近可能な第二形態は非常に便利だった。第一形態だとこうはいかない。

 

「それに同調って第二じゃないとできないみたいだし、一緒に戦うんなら第二の方がアタシとしてはありがたいね」

「そうなんだよなー」

 

同調した時のメリットには、単純な出力アップや戦闘力の向上以外に、シンフォギアから装者への負荷を軽減するというのがあることも発覚した。

この事実は特に適合係数が低くLiNKERという投薬を必要とする奏にとっては喉から手が出るほど欲しかったものであり、シェルブリットの破片を用いたギアの改修には、同調による戦力アップと負荷軽減が目的とされている。その為、バージョンアップする度にカズヤは第二形態の破片を提供していたのである。

これについてカズヤはやはり『都合良過ぎる、シンフォギアと相性良過ぎる』と訝しんでいるのだが、装者三人が喜んでるしいいかと、もう以前のように深く考えるのはやめていた。

 

「で、今日アタシと第一で戦ってみて、雪音クリスとはどっちで戦うのよ?」

 

少し挑発的な物言いにカズヤはニヒルな笑みを浮かべた。

 

「第二だな。ネフシュタンの鎧には飛行能力あるし、鞭とエネルギー弾に対抗するには技に回数制限ある第一じゃ不利だ。始めっから第二でシェルブリットバーストぶち込んでやる」

 

というか、先程の模擬戦はあのまま続けていたらカズヤが負けていた可能性が高い。第一形態で最後まで戦い続ける場合『抹殺のラストブリット』で勝負を決められなければ正直後がないのだ。

そう考えると、"スクライド"の"カズマ"が第二形態を手に入れるまでの勝負強さとか、勝負所を見極める嗅覚とか、技が使えなくなってもそのままぶん殴る気概の強さとか、改めて尊敬する点は多い。さすが主人公、カズヤには真似をするのも難しい。

そんな風に思考を巡らせるカズヤに、奏はぐぐぐと近づき、至近距離からその顔を覗き込む。

互いの吐息が感じられる距離にさすがに戸惑いつつ、疑問の声を上げる。

 

「...急に近いが、何だよ?」

「アンタ、まだ力隠してるでしょ」

「!!」

「その反応、やっぱりね。アンタのシェルブリットが複数の形態を持ってるって聞いて、もしかしたらと思ったけど」

 

嵌められた、と言わんばかりに苦虫を噛み潰したような表情になるカズヤに奏はおねだりするように「ねーねー」と更に詰め寄った。

 

「ホラホラさっさと吐いちまいな。もし他の皆にばらされたくないってんなら、アタシとアンタだけの秘密にしてやるからさ」

 

休憩室には幸か不幸か奏と二人きりの状況。

暫しカズヤは自身の顎に手を当て、考えてから静かに語る。

 

「...シェルブリット、最終形態」

「最終形態...」

「第二形態でもアルター化させてるのは右腕までだが、最終形態は全身をアルター化させる」

「全身を、ねぇ」

 

イマイチどういうものなのかピンとこない奏。

 

「ま、最終形態はよっぽどのことがない限り使わないつもりだがな」

「なんで? それ使えば雪音クリスどころか誰が相手でも楽勝なんじゃないの?」

 

当然の疑問にカズヤは首を振る。

 

「強いことは強いが、加減できねーんだよ、あれ」

「そう言われても想像つかないね、具体例出してよ」

 

最終形態の普通のパンチは第二形態の最大火力と同レベルかそれ以上、と言ったら奏はどんな顔をするだろうか。若干沸き上がってくる悪戯心をぐっと押さえ、使いたくない理由をつらつら並べることにした。

 

「加減できねーだけじゃねー。ちゃんと制御できるか自信ねーのに使った後のことなんて怖くて考えたくねーの」

「...普段無茶苦茶なアンタがそんだけ言うってことは、相当ヤバい代物だってことで納得しとくよ」

 

酷い言われようだがこれ以上の追及は許して欲しかったので甘んじて受ける。

 

「でも、これだけは約束して」

 

奏は真剣な表情で小指を立てた右手をカズヤに差し出す。

 

「絶対に負けないって」

 

それに右手の小指を絡め、力強く頷いた。

 

「...あいよ」

 

こちらの返答に満足したのか、奏は柔らかい笑みを浮かべる。

と、その時である。カズヤの通信機から呼び出し音が鳴った。

対応しようとして、奏が指切りした状態の手を離してくれない。しかも彼女は不貞腐れた顔でそっぽを向いている。数秒前の笑顔は何だったんだと問い詰めたい。

仕方がないので自由な左手で通信機をズボンのポケットから取り出し受話ボタンを押す。

 

「カズヤだ」

『響です! いきなりですけどカズヤさん! お腹減ってません!?』

 

電話の相手は響だった。しかもこれは間違いなく食事の誘いだ。こういう前置きを抜きにした会話って話が早く進むのでカズヤは結構好きだったりする。

 

「それなりに減ってる」

『じゃあ行きましょう、お好み焼き食べに"ふらわー"行きましょう、奏さんと翼さんも誘って』

「だとさ。俺は行くつもりだが奏はどうする?」

「行く」

「奏も行くってよ」

 

通信機の音量が大きいのか響の声が大きいのか、隣の奏にもしっかり聞こえているのでそのまま尋ねて返事をもらい、二人共行く旨を伝えた。

 

『なら翼さんは私から連絡しておきます』

「頼むわ」

 

その後細かい合流場所を確認し、通話を切ろうとしたら悪どい顔をした奏に通信機を奪われる。

何だ? と思って事の成り行きを見守っていると──

 

「悪いんだけどね響、アタシとカズヤ二人共汗だくで臭いもきついからシャワー浴びてから行くんで、ちょっと遅れるよ」

『.........カズヤさんと奏さんが汗だくのドロドロのぐちゃぐちゃに酷く汚れてて臭いもきつい!?』

 

そこまでは言ってない。

 

『二人して何してたんですか! ナニしてたんですか!?』

「じゃ、また後でね」

『ちょっと待──』

 

問い詰めようとした響を無視して奏は通話を切ると、満足気に通信機をこちらに返却してくれた。

とりあえず今のやり取りで確信したことがあったので、カズヤはそれを口にした。

 

「響って絶対にムッツリスケベだよな」

「...どっちかって言うと、アンタっていう年が近くて親しい異性と出会ってそっちの方面に興味持つようになったんじゃない?」

 

この発言にジト目で睨んでくる奏にカズヤは一人納得したように頷く。

 

「響くらいの年齢の女子なら健全で良いことだな。健全な心と健全な体には健全なエロスが宿る...そういや最近の響から以前よりエロスを感じるのはそういうことなのか?」

「...エロス、ってアンタ...とりあえずアンタが一番のドスケベだってのが今分かったよ」

「響だけじゃねーよ、奏も翼も最近エロ──」

「言わんでいい!!」

 

顔を真っ赤にして叫びカズヤを黙らせ、一人足早にシャワールームに向かう。

先程響をからかうようなことをした手前、あまり人のことなど言えない奏であったが、カズヤの言動には彼女ですら最早呆れるしかない。

そして背後では一人腹を抱えて笑いを堪えるデリカシーのない男が取り残された。

 

 

 

カラスの行水並のレベルで手早くシャワーを浴び、地下と地上を繋ぐエレベーターの前で奏を待っていると、喪に服した弦十郎が現れた。

 

「...おっさん、その格好って...」

「ああ、先日殺害された広木防衛大臣の法要でな」

「確か二課の後ろ盾になってたお偉いさんか」

 

顔を知らない人物ではあるが、おっさん曰くかなり信頼できる人だったらしい。

 

「犯人については、相変わらず進展なしか?」

「残念だが...」

 

沈痛な面持ちで目を伏せるおっさんの表情に、俺は元気づけるつもりでおっさんの肩に手を置いた。

 

「ま、元気出せや。そのお偉いさんが置き土産として本部のグレードアップさせてくれたんだろ? だったら今はここの強化に努めようぜ」

「いや、違うぞカズヤくん。亡くなった広木防衛大臣は我々の後ろ盾ではあったが、二課への血税の大量投入には反対派の筆頭だ。今実施されている本部防衛システムの強化は、後任の副大臣の後押しによるものだ」

「...何?」

 

思っていたものと異なる事実に俺は眉間に皺を寄せる。

引きこもり&独房暮らしがそれなりに長かったので情報共有が正しく行われていないのかと考えたが、それにしても何か言い知れぬ違和感を覚えた。

 

「その後任ってのは?」

「協調路線を強く唱える親米派で、今後の日本の国防対策に米国政府の意向が通り易くなった訳だ。今回の広木防衛大臣殺害には米国政府によるものではないかという話も先程皆としていたんだが...どうしたカズヤくん? 随分険しい表情をしているが...」

 

俺の顔の変化におっさんが戸惑うのも無視して、胸の中に燻る疑念を告げる。

 

「広木防衛大臣ってのは、ここの防衛システム強化に邪魔だったから殺されたんじゃねーのか?」

 

この言葉におっさんの眼光が鋭くなり、胸の内に溜めていた感情を溜め息と共に吐き出すようにしてから「キミの考えを聞かせてくれ」と促す。

 

「あくまで俺の勘だから鵜呑みにすんなよ...クリスが早々に俺を認知してたことで、ここに内通者がいるのはほぼ確定してる。まずこの点はいいな?」

 

おっさんは首肯。

 

「次にお偉いさんの殺害。これはそのお偉いさんがいることで不都合があるから消された。つまりさっき言ったことが動機になってる可能性がある」

「...」

「次にデュランダルだ。あれの移送と護衛につくシンフォギア装者三人、強奪する為に現れたクリスとノイズ。戦闘は避けられないシチュエーション...完全聖遺物ってのは大量のフォニックゲインで起動するんだったよな?」

「雪音クリスの襲来は、デュランダルの強奪ではなく、戦闘によって発生したフォニックゲインによる起動が目的だった、と」

「もしくはどっちでもよかったか。で、結果として起動したデュランダルは今何処にあんだよ?」

 

足元に目を向ける俺とおっさん。

視線の先の更に下には"アビス"と呼ばれる領域があり、そこに現在デュランダルは安置されている。起動してしまったことで移送を断念し、再度二課本部で保管することになったからだ。

やがて顔を上げ、おっさんと視線を合わせる。

 

「最後に、デュランダルの件から今日までクリスやノイズが一切現れない。防衛システム強化が完了するまでその作業に集中させたい、と考えると」

「一連の出来事に辻褄が合う、ということだな。そこまでは俺も考えた」

 

そういやおっさんって元公安警察官だったっけ。

 

「クリスの後ろにいるのが二課の人間、もしくはここの施設とデュランダルを利用したい人間と仮定した場合の話だがな」

「...カズヤくん、率直に聞こう。誰を疑っている?」

 

この質問に俺は言葉を選ぶことはせず答える。

 

「櫻井了子、藤尭朔也、友里あおい、その他オペレーター陣を含む二課のシステムに精通してる全員だ」

「...やはりそうなるか」

 

心の何処かで俺と同じことを考えていたのだろう。情の厚いおっさんとしては仲間を疑うことなどしたくないはずだ。その顔は渋面を作っている。

 

「おっさん、せめて今からでも防衛システム強化を中止にできないか?」

「それは無理だ。既に多額の資金が投入され、施工もかなり進んでいる。今更中止するとなると、俺達全員が解雇された後に代わりがやってきてシステム強化が再開されるだけだ」

「敵にはクリスが使ってたノイズを操る武装がある。だから俺達全員がいなくなった後だろうが力ずくでどうとでもなる、か」

 

ちっ、と舌打ちし腕を組む。

 

「せめてシステム強化が完了する前にクリスとの決着つけられれば、あいつから情報の引き出しとノイズを操る武装の確保ができるってのに...」

 

クリスの捜索はほとんど緒川任せになってしまっているが、結果は芳しくない。俺もクリスと一緒に出歩いた場所や店で聞き込みをしたが彼女の目撃情報は今のところ皆無だ。

業腹だが今はクリスと敵の動きを待つしかない。

と、そこで俺は我に返った。

 

「ああ! すまねーおっさん、引き留めちまって。法要だったよな」

「っと、そうだった。つい話し込んでしまったな」

 

互いに笑い出すと、俺はエレベーターの呼び出しボタンを押した。

やがてエレベーターのドアが開き、おっさんが中に入る。

 

「カズヤくんは乗らないのか?」

「奏が来るまでここで待ってんだよ」

 

乗ろうとしない俺に質問がきたので返答するとおっさんは苦笑した。

 

「デートか?」

「奏と響と翼と響の友達、計四人の女の子と、な」

「...前々から思ってたんだが、キミ、いつか刺されるぞ」

 

ありがたい忠告を俺にくれるとおっさんは地上へ向かう。

奏がやって来たのはおっさんを見送ってから五分後だった。

 

 

 

「カズヤさん! 奏さんと汗だくでヌルヌルドロドロの臭いが取れなくなることってナニしてたんですか!?」

「ただの訓練」

「.........はい?」

 

俺の姿を見るなりトマトみたいに赤い顔で問い詰めてくる響に対し──そばに未来がいるので模擬戦とは言えないので──訓練とだけ言っておく。

 

「おいムッツリスケベの響くん。お前は一体どんなエロいことを考えてたのか言ってみ? ん? お兄さん興味あるなー」

「えと、その、あのぅ」

 

顔を両手で覆い小さくなり、しどろもどろになる響の頭の上に手を置いてぐりぐり撫でる。

 

「どうせそんなことだろうと思った」

 

そんな響を横目で見つつ「奏が立花のことをからかったんでしょ」と苦言を呈する翼。

 

「最近の響はカズヤさんのこととなるとすぐに過剰反応になるんだから」

「しょうがないよ、響もそういう年頃だし」

 

苦笑する未来の言葉を受け、奏が話を綺麗に纏めようとするが、この場の全員が「お前が言うな」と思いつつも口にはしなかった。

"ふらわー"に場所を移す。

 

「おばちゃん、五人ね」

「いらっしゃい、ってあんたこれまた可愛らしい女の子たくさん連れて、そんなんだから銀髪の彼女に愛想尽かされるんだよ」

 

店に入るなり俺の顔を見てとんでもないことを言い出すおばちゃん店員。

この店には以前クリスを連れてよく来ていたのだが、デュランダルの一件以降彼女は雲隠れしてしまったので、目撃情報を求め聞き込み調査をしたところ『俺がクリスに愛想尽かされ一方的に別れた』と勘違いされてしまったのだ。

そしておばちゃんのこの発言に女性陣が露骨に反応する訳で──

 

「へー。このお店、アンタと雪音クリスが逢い引きに使ってたお店なのかー、そーなのかー」

 

こめかみをひくひくさせる奏。

 

「...カズヤさんと二人でお出掛けご飯だなんて、クリスちゃんズルい...でも私もその内」

 

何やら対抗意識を燃やしている響。

 

「カズヤ、新月の夜は背後に気をつけなさい」

 

忠告なのか通り魔予告なのか分からん発言の翼。

 

「その銀髪の彼女について詳しく」

 

笑顔で恫喝する未来。

 

「おばちゃん、早く席案内してくんね? このままだと俺がお好み焼きの具材にされる」

「店内見りゃ分かんだろ、他の客いないんだから好きなとこ座りな色男」

 

両脇を響と奏にがっちり押さえられ、怖い黒服の兄ちゃんに引きずられる宇宙人のようにテーブル席の真ん中に座らせられる。両隣には響と奏。向かいには肘をついて手を組むという全く同じポーズの未来と翼。

 

「おばちゃん、俺お好み焼きの大盛で明太子と餅とチーズのトッピング付けて、飲み物はオレンジジュースな!」

「はいよー」

「この男、この状況下で全く動じていない、だとっ!?」

「神経図太いにもほどがあるでしょ」

 

翼が戦慄し奏が忌々しそうにしているが気にせず正論をぶつけてごり押しする。

 

「アホか。飯屋に来て飯食わねーとか飯屋冒涜してんのか? 食事処で生計立ててる人達に迷惑かけてんじゃねーよ。騒いだりごちゃごちゃ抜かすと店から叩き出して出禁にするぞ! 店には客を選ぶ権利があるし、売買契約上では客と店は対等なんだからな!」

「あれ? 私達なんでこんなに叱られてるの?」

「正論聞かされてるはずなのにこんなに理不尽な気分になるの初めて」

 

納得いかんと首を傾げる響と未来であったが、店とおばちゃんの迷惑になるのは避けたいのか大人しくメニュー表を眺めることにした。

暫くの間、女性陣はメニュー表と睨めっこしながらキャッキャしていたが、やがて食べたいものが決まると口々におばちゃんに注文する。

 

「で、銀髪の彼女、クリスって誰なんですか?」

 

注文を終えてお好み焼きが出来上がるのを待つばかりとなり、未来が口火を切った。

 

「俺のダチ」

「それだけじゃないですよね」

 

未来の追及は止まらない。

なので、翼と未来をじっと観察してから言った。

 

「特盛なダチ」

「おいカズヤ貴様っ! 何故今私と小日向をじっと見てから言った! それに特盛だと? まさか私と小日向は並盛以下だとでも言いたいのか!?」

「どういうつもりですかカズヤさん? キレそうなんですけど」

 

向かいに座る二人から黒いオーラと剣呑な空気が立ち上る。

 

「分かった、はっきり言ってやる。雪音クリス、お前らとほぼ同時期に知り合ったダチだ。名前からしてハーフ、銀髪が特徴的で、小柄なのにお前らと比べて胸が特盛で、女性らしい柔らかさと丸みのあるグラマラスな体型をした思わず抱き締めたくなる可愛い女の子だ。唯一の欠点は食べ方が汚い」

「『お前らと比べて胸が特盛』からは余計な情報だカズヤァァァァァッ!!」

「一度ならず二度までも堂々とセクハラ発言...張っ倒しますよ!!」

 

立ち上がった翼と未来の二人に襟首を絞められたので怒鳴り返す。

 

「うるせぇ並盛以下共! 発言したかったら大盛の響くらい魅力的になってからにしろ! 胸囲の格差社会を思い知れ!!」

「わ、私、カズヤさんにとって魅力的な大盛なんですか!?」

「自信持て響、お前は魅力的だ」

「どうしよう未来? 私男性にこんなに誉められたの生まれて初めてだよ!」

「フギギ...親友としては一緒に喜んであげたいけど女としては悔しいぃぃぃぃぃ!!」

「アタシは! アタシは!?」

「奏は超特盛で魅力的だぜ」

「よし!」

「私はカズヤさんにとって魅力的な大盛...えっへへ♪」

「無駄に大きい奏と明らかに小さい小日向はともかく、私と立花はそんなに変わらないだろう!?」

「あ!? 翼今なんつった? アタシの何処が無駄に大きいって!?」

「さりげなく私のこと小さいってディスりましたよね今!?」

「ち、違う、今のは言葉の綾で。決して胸の大きさで奏に嫉妬していたとか小日向より僅かに大きくて優越感に浸っていたとかではない、断じて!」

「本音と建前の使い方下手かよ。そもそも自分が響とそんなに変わらんとか、ハッ、ちゃんちゃらおかしいぜ」

「カズヤ貴様は黙っていろ!!」

「やかましいわよクソガキ共!! 騒いだりごちゃごちゃ抜かすと店から叩き出して出禁にするわよ! 店には客を選ぶ権利があるし、売買契約上では客と店は対等なんだからね! それが分かったら黙ってお好み焼きを食いな!!」

 

お好み焼きを手にしたおばちゃんが怒声を上げながら配膳してきたので、俺達は一瞬で黙り込み平謝りする。

すいませんでした...!!

 

 

 

"ふらわー"を後にして──

 

「帰ったら腹ごなしにまた訓練でもするかなー」

 

とぼやく俺の肩を翼が握り潰すくらいの強さで掴む。

 

「奇遇だな。私も今少し体を動かしたい気分だったんだ。付き合ってもらえるだろうか?」

 

全身から吹き出た怒気と殺気が肌をヒリつかせる。

 

「いいぜ。ただし、お好み焼き食った後にもんじゃ焼き作ることになっても後悔すんなよ」

「その言葉、そっくりそのまま返してくれる。先程受けた屈辱、忘れてないからな」

「意外に根に持つな。そんなんだからいつまで経っても片付けられない女なんだよ」

 

次の瞬間、翼は俺の肩から手を離し赤面しつつ距離を取った。怒気と殺気も嘘みたいに霧散。

 

「何故それを!?」

「俺が緒川とそれなりに仲良いの知ってるだろ」

「緒川さんの裏切り者め!!」

「あいつ愚痴ってたぞ。女子力ゼロのこのままじゃ嫁の貰い手がいなくて将来心配だって」

 

この話を聞いて響が隣で腕を組んでいる奏に質問していた。

 

「翼さんってなんでもそつなくこなしそうなイメージあったんですけど...」

「でも実際の翼はマジで女子力ゼロだよ。アタシとしては『人気歌手ツヴァイウィングの風鳴翼は女子力ゼロの汚部屋の主だった』ってタイトルでマスコミに報道される前に直して欲しいんだけどね」

「それはそれで撮れ高は凄く良さそうなのがまた...」

 

相棒として全くフォローしない奏に未来が必死に笑いを堪える。

そんな三人の反応に翼は餌を待つ金魚のように口をパクパクさせた後、俺の襟首を両手で掴んで締め上げつつがっくんがっくん揺さぶってくる。

 

「カズヤァァ、カズヤァァァ、カズヤァァァァァ!! もう全部お前のせいだあああああ!!」

「おい公衆の面前でやめろ。『人気歌手ツヴァイウィングの風鳴翼、痴情のもつれで知人男性相手に暴行事件を起こす』ってタイトルでニュースや新聞、SNSに晒されんぞ」

「そんなことになって生き恥を晒すくらいならお前を殺して私も死ぬ!」

「暴行事件が殺人事件になるだけで誰も幸せにならねーからやめろや!!」

 

そんな感じでギャーギャー騒ぎながらリディアンの寮に到着すると、未来と別れた。

俺達四人はそのまま二課本部に足を向ける。

 

「ああああああ! 話聞くの忘れたああああああ! これも全部カズヤさんのせいだあああああっ!!!」

 

背後から未来の絶叫が聞こえてきたが内容が内容なので俺達四人は揃って無視した。

 

 

 

 

 

それから暫くの間、クリスの襲撃もノイズの出現もない穏やかな日々が続く。

やはりおっさんと話した通り、敵は本部防衛システムの強化が完了するまで待つつもりのようだ。

念の為、もし何かあった場合は本部施設をデュランダル諸共破壊する旨はおっさんにだけ宣言しておいた。勿論、立場上おっさんは許可なんて出せないので、あくまでも俺の意志を伝えるだけに留まったが、いざという時は頼むとその目は語った。

ちなみに、二人で怪しいと疑っているオペレーター陣については、緒川を含めた黒服の兄ちゃん達に監視を命じたとのことだが、今のところ尻尾は出していない。元公安警察官だったおっさんが近くにいる以上、迂闊な動きをするつもりがないのか、それともこちらの動向を悟られたのか。あるいは本部防衛システムの強化が完了するまで動く必要がないのか。

何事もないまま、更に時間が経ち、そして──

 

「カズヤァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

本部防衛システムの強化が完了した翌日。

クリスが襲来した。

 




予告

かつて失った温もりを渇望する少女、
雪音クリス。
ただひたすら前に進むと決意した男、
カズヤ。
相反する想いを胸に秘めた二人は、
互いを尊ぶべき存在と知りながら、
互いの存在を懸けて真っ正面から対峙する。
二人の叫びが、力が、譲れない想いがぶつかり合う。
その戦いの行く末に、二人は何を見るのか。
次回
【雪音クリス】
花は、愛でられてこそ、美しい。

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