カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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雪音クリス

ズボンのポケットに収まっている通信機が鳴り響く。

最近定番となりつつあった放課後の"ふらわー"での皆との食事会は、リディアンの校舎を出て少し歩いた所で本日はなしになったことをカズヤは悟る。

通信機を取り出し受話ボタンを押し耳に当てた。

 

『カズヤくん!』

「分かってる、俺も捉えた」

 

弦十郎の声に短く応える。

先頭を歩いていたカズヤが急に足を止めたことを不審に思った皆が声をかけるその前に、

 

「カズヤァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

上空から絶叫と共に落ちてきた少女──雪音クリスが現れ、十メートル程度の距離を保ちカズヤの正面に着地、対峙する。

 

「そろそろ来る頃だと思ってたぜ、クリス。この日をどれだけ待ってたか」

「随分待たせちまって悪かったなぁカズヤ。だが待つのも待たせるのももう終わりだ。今日こそ決着(ケリ)をつけてやる!」

 

案の定、クリスはネフシュタンの鎧を纏っている。もう待ちきれない、これ以上我慢できないと既に手にした鞭をしならせ戦闘態勢になっていた。

 

身構える奏と翼を手で制し、せっかちな奴だなと苦笑しイヤホン型のインカムを取り出し、通信機は響に投げ渡しインカムは左耳に填める。インカムの電源を入れるのも忘れない。

 

「待ってくださいカズヤさん! 未来が、未来がいるんですよ!? 今この場でクリスちゃんと戦うつもりなんですか!?」

 

至極当然な響の意見だったが、カズヤはむしろこの場に未来がいた方が今後は都合が良いと考え、頷く。

 

「もう未来に隠し事はなしだ。響の一番のダチである以上、このまま隠し通すのは無理だ。だったら真実を見てもらって、後はどうするか本人に決めてもらう」

 

突然空から降ってきた少女、しかもそれが件の『雪音クリス』で、おまけに変な格好をしていて、挙げ句の果てにカズヤと戦おうとしている。未来にとっては訳が分からない事態だろう。事実、彼女の視線はクリスとカズヤと響の三人の間を忙しなく行ったり来たりさせていた。明らかに混乱しているのが丸分かりだ。

 

「ま、弦十郎のおっさんには俺のせいってことにしとけ。ただ、未来への説明はお前の口からちゃんとしてやってくれ」

 

言って、カズヤは拳を作った右腕を高く掲げた。

 

「シェルブリットォォォォォッ!!」

 

全身から淡い虹色の光が放たれ、足元の周囲の地面──レンガ造りの道路のそれが突如抉れ消え去る。

右腕が肩口から消失し、そこに虹色の粒子が集まり橙色の装甲に覆われた腕が現れた。

前髪が逆立ち、顔の右側──右目の周りを腕と同じ橙色の装甲が覆う。

右の肩甲骨には金色の回転翼が出現し、戦闘準備が完全に整う。

肩越しに振り返り、カズヤは未来に謝った。

 

「今まで黙ってて、いや、教えられなくて悪かった。機密やらなんやらがあって俺らも自由に口に出来なかったから嘘ついてたんだ。ただ、騙すつもりはなかった。特に響はお前を守る為に本当のことを教える訳にはいかなかった。今は何聞いても訳分かんねーだろーが、これだけは分かってくれ。もしそれでも納得いかないってんなら、そん時は俺のことでも恨んでてくれ」

 

戸惑う未来から視線をクリスに戻す。

 

「場所を変えるぜ。丁度あっちに人が少なそうな場所がある。そこでいいか?」

「ああ、邪魔が入らないんだったら何処でもいい」

 

クリスの返答に満足すると、右の拳を道路に叩きつけ、その反動で空高く跳躍し、人がいなさそうな場所に向かう。

後ろをクリスが追従してくる。

 

「カズヤ! 約束忘れんなよ!!」

「あいよ!!」

 

背後から聞こえてきた奏の声に大声で応じつつ移動を継続。

人がおらず、なるべく開けていてそこそこ障害物があるといい。

そして辿り着いたのは自然公園内の林の中と思わしき場所。

ここなら誰も邪魔しないだろう。

 

「さあ、始めるか」

「そうだな」

 

間合いにして約十五メートルの位置に降り立ったクリス。

 

「今日こそ、今日こそはお前をあたしのもんにする。覚悟しろ、カァァズゥゥヤァァッ!!」

「へっ、面白ぇ。やれるもんならやってみろ! クゥゥゥゥリィィィスゥゥゥゥッ!!」

 

クリスがカズヤに向かって鞭を振り回し、カズヤはクリスに向かって突撃した。

 

 

 

 

 

【雪音クリス】

 

 

 

 

 

カズヤの戦い方は相変わらず変わらない。近づいて殴る。その為に相手まで最短距離を突っ走る。それだけをバカの一つ覚えのようにひたすら繰り返す。

 

「おおおおおおおっ!」

 

だが、戦い始めて一分も経たずに気付く。以前戦った時と比べ動きの()()が明らかに違う。一挙手一投足が以前より確実に鋭い。

何より、パワーが格段に増している。

 

「おらぁっ!」

 

カズヤは自身に飛来するエネルギー弾を殴って迎撃した。それは以前と同じだ。しかし、野球のピッチャーが投げた球をバットで打ち返すが如く、()()()()()()()()()()()()()()()()

飛ばした攻撃が幾度となく跳ね返され、それを回避しながら最早この攻撃が有効ではないと悟る。

 

(これが、カズヤの本当の力か...!)

 

前回戦った時の彼が不調だったのは聞いていた。が、ここまで差があるとは思ってもみなかった。そう考えると前回途中で邪魔が入ったことが悔やまれる。

 

(それでもあたしは、負ける訳にはいかねぇっ!)

 

これ以上の失敗は許されない。失敗したら自分は捨てられる。そうしたらまた独りぼっちになってしまう。

そんなのはもう嫌だ!

 

「調子に乗るなよ、カズヤァァァァァッ!」

 

鞭を二本纏めて槍のように真っ直ぐ突き出す。鋭利な先端が彼の胴体を貫かんと迫る。

しかし、カズヤはむしろチャンス到来とばかりに獰猛な笑みを浮かべ唇を吊り上げた。

彼の右腕──シェルブリットの手首から拘束具のような金属が弾け飛び、それによって拳から肘まである装甲のスリットが展開し、手の甲に開いた穴に光が収束し、右腕全体から光が迸る。右肩甲骨の回転翼が高速回転し銀色のエネルギーを噴出させながら腕を振りかぶる。

 

「シェルブリット、ブワァストォォォォッ!」

 

鞭の先端が突き出した拳に触れるや否や()()()()。弾かれたとか跳ね返されたとかそんな生易しいものではない。莫大なエネルギーを前にネフシュタンの鎧の鞭が力負けして文字通り()()()()()()()

 

(なんてデタラメだ!?)

 

そのままカズヤは鞭を消滅させながら真っ直ぐこちらに突っ込んできた。勿論拳を真っ直ぐ突き出して。

避けられない。歯を食い縛って耐えるしかない。

 

「どおおおおおりゃっ!!」

 

腹に突き刺さるカズヤの拳。ネフシュタンの鎧は容易く打ち砕かれ、腹から背中まで貫通する大きな風穴が開けられたと勘違いするほどの衝撃が襲う。

 

(バカな、ネフシュタンの鎧が...!!)

 

殴られ"く"の字となった体が吹っ飛ばされる。

途中、木にぶつかるがその程度では止まらない。ぶつかる木など小枝のようにへし折りながらそれでも勢い止まらず、最終的に何処かの壁にぶち当たって体が埋まると漸く止まった。

 

「ぐっ...が...あぁ...」

 

猛烈な吐き気がする。腹が悶絶するほど痛くて苦しい。呼吸するのも難しい。いっそのこと意識など飛ばしてしまいたいのに、逆に痛すぎて意識がはっきりする。涎がだらしなく口から垂れて首元を濡らす。足腰に力が入らず立ち上がれない。

ミチミチと肉を浸食する音が鎧の砕けた部分から聞こえてくる。ネフシュタンの鎧の特性、無限の再生能力により破損箇所と使用者のダメージを回復させようとしているのだ。見る見るうちに破損箇所は時間が戻るように修復されていくが、同時に自身の体もネフシュタンの鎧と同化していく感覚がして怖気が走る。

 

「...クリス、降参するか?」

 

近くまで歩み寄ってきたカズヤが問いかけてきた。

 

(つ、強ぇ...)

 

分かっていたことだ。カズヤがあの三人のシンフォギア装者とは格が違うことなど、最初から分かっていたことだ。

ネフシュタンの鎧による鞭やエネルギー弾ではもう通用しない。

かといって接近戦はカズヤの独壇場。近づかれてしまえばどうなるかは今身を以て味わった。

このままでは勝ち目はない。あくまでこのままではの話だが。

 

「...お前が、もしあたしの立場だったら、諦めて降参すんのかよ?」

 

ダメージ回復を図りつつ、ゆっくりと四肢に力を込めて立ち上がる。

こちらの意図──ダメージがある程度回復するまで会話で時間を稼ごうとしているなどバレバレだろう。しかしカズヤなら付き合ってくれる。そんな確信があった。

 

「いや、しねーな。勝ちてーからな」

「だろ? あたしだって、負けたくねぇんだ。だったら、後は分かんだろ...」

「だが、俺はお前のことあんま殴りたくない」

「...戦場(いくさば)で何をバカなことを...」

 

鎧の力である程度は回復できた。

声も問題なく出せる。これなら歌える。まだ戦える。

本音を言えば勝つ為とはいえ歌うなど業腹だが、カズヤ相手にそんなことを言っている場合ではない。

 

「カズヤ、悪いがこっからはあたしのターンだ。だから──」

 

棒立ちだったカズヤが身構えるが気にせず実行する。

 

「吹っ飛べよ、アーマーパージだっ!!」

 

 

 

クリスの身に纏っていたネフシュタンの鎧が、彼女の声と共に弾け飛ぶ。小さな破片となって散弾銃のように破壊を振り撒くそれに対し、咄嗟に後ろに跳んで距離を取る。

 

「Killter Ichaival tron」

 

破壊によってもたらされた煙の向こうから、歌声が聞こえてきた。

 

「この歌、まさか響達と同じ...」

 

カズヤにとっては最早お馴染みの光が、煙の晴れた視線の先で映る。

 

「見せてやる、イチイバルの力だ」

 

閃光が弾け、クリスがその姿を現した。

 

「歌わせたな、あたしに歌を歌わせたな。教えてやる、あたしは歌が大っ嫌いだ! だからカズヤ、いくらお前でも許さねぇぞ!!」

 

赤と黒を基調とした装甲とボディスーツ。そして響き渡る激しい音楽。

間違いない。シンフォギアだ。その証拠に左耳に填めたインカムの向こうでは二課の本部の連中と響達が喧しい。

彼女がかつてギアの候補者だとは知っていたが、まさかシンフォギアまで保有しているとは予想外だった。しかもインカム越しに聞こえる翼の声には、イチイバルというものが十年前に二課で失われたものだということまで教えてくれる。

しかし、これで一つの疑念が確信に変わる。

 

「ハッ、やっぱそういうことかよ」

 

改めてクリスを睨む。彼女は腕の装甲からクロスボウのような武装──アームドギアを展開しこちらに狙いを定めて構えると、五本の赤い光の矢を扇状に広げ発射した。

 

「ちっ、遠距離攻撃主体のシンフォギアか!」

 

響達とは全く異なる戦闘スタイルに舌打ちしつつ回避に徹する。しかし、光の矢はある程度の追尾性を有しているのか避けにくい。

走る、とにかく走って射線上から逃げるが赤い光が追尾してくる。避け切れないのはシェルブリットを盾代わりにしてなんとか弾く。

と、クリスのアームドギアが変形しガトリング砲になる。しかも三連のガトリング砲が片腕に二門、両腕合わせて計四門。それが一斉に火を吹いた。

 

「マジかっ!?」

 

驚いている暇もない。これはさすがに厳しい。容赦なく注がれる弾丸の嵐に地面を無様に転がっているだけでは蜂の巣にされてしまう。

右の拳を地面に叩きつけその反動で跳躍。右肩甲骨の回転翼を高速回転させ──

 

「お見通しだああああああ!!」

 

大腿部の装甲を展開させるクリス。そこには大量の小型ミサイルが詰まっており、それら全てが同時に発射された。

数を数えるのもバカらしい小型ミサイルが飛来する。とてもじゃないがこの数は逃げれない。

だったらやれることは一つ。

 

「調子くれてんじゃああねぇぇぇぇっ!!」

 

回転翼が高速回転。右の拳に力を込めて、ミサイルの群れ目掛けて拳を打ち抜く。

拳から放たれる金色の衝撃波が飛来するミサイルの群れをカズヤに到達するその前に爆発させ、更にその先のクリスに襲いかかる。

 

「何だとっ!?」

 

今度はクリスが驚く番だ。

迫り来る衝撃波に彼女は横に跳んで躱すが、それが地面に着弾した瞬間、収束されていたエネルギーが一気に炸裂し発生した爆風に巻き込まれて転がっていく。

 

「これで終わりだ...食らいやがれぇぇぇぇっ!」

 

倒れたクリスに狙いを定め、カズヤが急降下。

全身から眩い金色の光を輝かせながら、拳を振りかぶる。

 

「シェルブリットォッ、バァァストォォッ!!」

 

これで決まった。そう確信したカズヤの目の前で、立ち上がろうとしていたクリスの全身からカズヤと同じ金色の光が迸った。

 

 

 

モニターには大爆発と共に発生した黄金の光が天を貫かんばかりに立ち昇る光景が映し出されている。

 

「...ど、どうなったんでしょうか...?」

「か、勝ったんじゃないかな...」

 

あおいと朔也が恐る恐るといった感じでそれぞれ声を出す。

 

「いや、まだだ」

 

しかし弦十郎は厳しい表情でモニターから視線を外さない。

それを証明するように甲高い電子音が鳴り響く。

 

「どうした!?」

「い、イチイバルより、異常なまでのアルター値の発生を確認、同様にフォニックゲインも上昇していきます!」

「これ、おかしいですよ!! なんでイチイバルから他の装者達と同じ反応が...?」

「まさか、イチイバルのシンフォギアが、他の装者達と同等かそれ以上のレベルでカズヤくんと同調している、だとっ!!」

 

光が収まったその中心で地面に拳を振り下ろした体勢のカズヤ。

その少し離れた場所に無傷で佇むクリス。

二人はまるで同じ力を行使しているかのように、同じ黄金の光を全身から漲らせている。

通常なら回避不可な一撃だった。だが直前に同調したことでギアの出力が急上昇し、回避に成功したのだろう。

この事実に弦十郎は歯噛みした。

最早疑いようもない。内通者の存在が誰なのか。

十年前に失われたイチイバル、及びそれを保有する雪音クリス。さらに彼女が纏うシンフォギアがカズヤの力に同調している目の前の光景。

そして何より、この場にその人物がいないこと。

 

「真の敵は...やはり了子くんだったか。当たって欲しくはなかったが」

 

かつて融合症例だった当時の響を除き、シンフォギア装者とカズヤが同調するには、シェルブリットの破片を用いたギアの改修が必要不可欠だからだ。

状況証拠ではあるが誰も擁護できず、反論の声は上がらない。

 

「...ですが司令、それでも一つ疑問が残ります。同調はカズヤくんのコンディションや精神状態に大きく左右されるものです。敵対していながらどうして同調できているんですか?」

 

このあおいの疑問に弦十郎を除いた司令部全員が内心で思っていたことだが、弦十郎にしてみれば愚問でしかなかった。

 

「そんなことは簡単だ。カズヤくんにとって、雪音クリスは敵じゃないからだ。むしろ彼としてはなんとしても力になってあげたい存在なんだ。たとえそれが今は敵対していたとしても、抑え切れない想いが無意識下で溢れ出ている...彼は、そういう男なんだ」

 

そう言いつつも弦十郎としては現状の不利は否めない。これから先はカズヤが力を引き出そうとすればするほど雪音クリスの戦闘能力が上昇していく。

 

(一体どうするつもりだ、カズヤくん!?)

 

 

 

「このバカ! 相手に同調させるな! その金ぴかな光を引っ込めろ! 力を使えば使うだけ不利になるのが分かんないのか!!」

『うるせぇぇぇぇっ! 黙って見てろ! 手ぇ出すんじゃねぇぞ! ......ぐおっ!?』

 

奏が通信機に向かって怒鳴るが、通信機越しに返ってくるのは一切こちらの話を聞こうとしないカズヤの声だ。

 

「あのバカ、バカだと分かってたけどホントにバカだ! もう勝手にしろ!!」

 

地団駄を踏む奏の隣で佇む翼もその顔は険しい。

 

「こんな状況でどうするつもりなの、カズヤ...?」

 

そう言う翼の手は指が白くなるほど強く握り締められている。

 

「...カズヤさん」

 

心配気な声音で呟く響。

戦況はクリス側に大きく傾いていた。

クリスのシンフォギアがカズヤの力に同調し、異常なまでの出力を発揮するようになってから、カズヤが押され始めている。

そもそも遠距離戦特化型と近距離戦特化型では、相性の問題など語るまでもない。

接近さえできればカズヤに分があるのは変わりないが、同調により戦闘能力が大幅に上昇したクリスがそれを許さない。

カズヤがクリスに接近しようとして弾幕を掻い潜り突撃をかますが吹っ飛ばされることを繰り返している。

 

「カズヤさん、どうしてですか! どうしてそんなに同調した状態で勝つことにこだわるんですか!? さっきまで同調してない状態でも勝ってたじゃないですか! どうしてそこまで──」

『決まってんだろ』

 

響の言葉を遮りカズヤが答える。

 

『普通に勝つよりこっちの方が面白そうだと思っちまったんだよ。だったらやるしかねぇだろが!』

 

響、奏、翼、二課の本部のメンバー、それどころかクリスですら絶句して動きを止める。

思わず未来が響から通信機を奪い取り、呆れたように口にした。

 

「バカなの?」

『そんなこたぁ先刻承知よぉぉぉぉっ!!』

 

クリスが動きを止めた一瞬の隙を突いて間合いを詰めたカズヤの右拳が彼女の顔にクリーンヒット。

錐揉み回転してぶっ飛んでいくクリスの姿にカズヤは両拳を高く掲げて大喜び。

 

『よっしゃ! やっと一発!! この調子でどんどん行くぜオラアッ!!!』

 

笑いながらクリスに飛びかかるカズヤの姿に、

 

「...超嬉しそう。そして超楽しそう...あの子のこと殴りたくないっていうのは何だったの? 真性のバカだよあの人」

 

頭痛を堪えるように片手で額を押さえ、通信機を響に返す未来。

 

「...」

「...」

「...」

 

最早何も言えない響達だった。

 

 

 

「...司令?」

「...」

 

 

 

殴られた左の頬が熱い。けどそれ以上に胸が熱い。

まるで血が沸騰したかのように体の隅々まで熱が広がっていく。

頭も冷静さを保てない。自分が信じられないくらい興奮しているのが分かる。

昂揚感が止まらない。漲る力が体内を渦巻き、体の疼きを抑えられない。

 

(やべぇ...何だよこれ...楽しい...超楽しい!)

 

カズヤと戦うのが、とてつもなく楽しい!!

そして自分と同じようにカズヤも楽しそうで嬉しい。

こんな気持ちで戦うのは、歌うのは生まれて初めてだ。

今までは破壊しか生み出さないと忌み嫌っていた力を、歌をこんな気持ちで振るうとは思ってもみなかった。

思わず絶叫が口から吐き出された。

 

「カァァァズゥゥゥゥヤァァァァァッ!!!」

「クゥゥゥリィィィィスゥゥゥゥゥッ!!!」

 

自身の声にカズヤが応えてくれる。それだけで胸がはち切れそうなほど嬉しくなる。

ガトリングを撃ちまくる。小型ミサイルを発射しまくる。

それでも弾幕を突き破って強引に殴りかかってくるカズヤは、頭部を切ったのか額から顎の下まで幾筋もの血で濡らしていた。

 

「おおおおっ、らああああ!!」

「ぐあっ...」

 

左の鎖骨部分にカズヤの拳がめり込む。ごきりと折れた音が聞こえた。

 

「もう一発!」

 

殴り飛ばされ、受け身も取れずに倒れ込んだところを追撃してくる。

転がって追撃を避け、地面に拳を突き刺した態勢のカズヤの顔面に蹴りを入れた。

 

「がっ!」

 

大きく仰け反りはしたが、すぐにこちらに向き直り、蹴り足の足首を右手で掴まれる。

 

「...温い(ぬるい)んだよぉ!」

 

カズヤは掴んだ足首を持ち上げそのまま素早く立ち上がると、ぐるぐる回転し始め、世界が五周回った時点でぶん投げられた。

悲鳴を上げることもできず何かの壁に叩きつけられる。

だがまだ動ける。体に、手足に力は入る。顔を上げ、拳を振りかぶり突っ込んでくる男の顔を睨みつけた。

 

「だったらこいつはどうだぁぁぁ!!」

 

アームドギアを電信柱よりも長大なミサイルに変え、二発ある内の一発を即発射。

 

「しゃらくせぇっ! シェルブリットバァァァストォォォォッ!」

 

ミサイルと拳が激突するが、カズヤはミサイルなどものともしない。その拳でミサイルを真っ二つに抉り割りながら突き進んでくる。

 

「ミサイルはもう一発あんのを忘れんなよ!」

 

残りの一発を最初のミサイルの尻に向けて発射。それが着弾する寸前にガトリング砲で撃ち抜く。

 

「何っ!?」

 

気づいたところでもう遅い。二発目のミサイルが大爆発を起こし、至近距離でカズヤがそれに巻き込まれた。

 

「...これで、少しは──」

「少しは何だってんだよぉクリスゥゥっ!!」

 

爆炎の中から血塗れになりながら、全身から血と黄金の光を噴き出しつつカズヤが飛び出してきた。

 

「シェルブリットブワァァストォォォッ!!!」

「があああああああああああああああああ!?」

 

胸の中心に光輝く拳が突き刺さる。拳に収束されたエネルギーが炸裂し、黄金の光が視界と意識を満たしていく。

 

 

 

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

視線の先でうつ伏せになって倒れているクリスの姿に油断せず、呼吸を整える。

正直言ってもう限界だ。シェルブリットバーストを撃ちすぎた。撃ててあと一発。肉体がアルター結晶体と同じ(?)もので構成されているおかげで、カズマのような浸食の心配はないがスタミナの消耗と出血がヤバい。強引に突っ込んで被弾しまくったせいで余計なダメージを抱えすぎたのも要因だろう。

というか、そもそも一度シンフォギア装者と同調した後にそれを切る方法なんて知らない。

たぶん、さっき弦十郎のおっさんが言ってた小っ恥ずかしい内容が正解なんだろう。さすがにあれを全肯定するのは恥ずかしいので上手い感じに誤魔化したが。

それでも"こう"と決めたら迷わない。もう迷うつもりはない。

俺と同調したクリスがやたら強くなろうが俺が勝つ。

 

「どうしたよ? これで終わりか?」

 

声をかけると、クリスはピクリと反応を示し、やがて体を震わせながらゆっくりと立ち上がる。

 

「まだ、だ。まだ、あたしは、歌える、歌えるんだ!」

 

膝が笑っているが、その眼光は衰えていない。

彼女もこちらと同じように体の節々から流血していたが、壮絶な笑みを浮かべていた。

 

「聞けカズヤ! あたしの歌を、お前の為の全力の歌を!!」

「いいぜ、聞かせてみろよ。最後までお前のライブに付き合ってやる。その上で真ん前から打ち砕く!!」

 

クリスが歌う。これまでとは異なる曲調。激しかった今までとは大きく異なり、むしろ穏やかな印象のある歌だ。

 

『ヤバい! そいつ絶唱を歌うつもりだ!!』

『ただの絶唱ならまだしも、カズヤの同調で強化したものなんてどれほどの威力を秘めているか計り知れない! 逃げろカズヤ!!』

『カズヤさん逃げて!!』

『カズヤくん、さすがにそれを正面から受け止めるのはまずいぞ!!』

 

まだ奇跡的に壊れてなかったインカムから奏が、翼が、響が、弦十郎のおっさんが、俺を心配して逃げろと言ってくれる。

バカな俺にここまで心配してくれるのはとてもありがたい。

しかし今のこの局面では、非常に悪いが余計なお世話だった。

 

「うるせぇ」

 

内心で謝りつつこの一言で全員黙らせる。

そして追加のこの言葉でこれ以上喋らせない。

 

「意地があんだよ、男の子にはなああっ!!」

 

拳を顔の高さまで掲げて構える。

俺と関わり合った奴には悪いが腹ぁ括ってもらう。

一方的で本当に申し訳ないにもほどがあるが、俺のやり方に、俺の道に、俺の我が儘に。

何より俺の意地の通し方に!!

右の拳に力を込める。シェルブリットの装甲のスリットが展開し、手の甲の穴に光が収束していく。

 

「...輝け」

 

クリスの腰部分から展開した装甲の内側から、大量の宝石のようなものが飛び出し、彼女の周囲の空間に静止。

彼女が両手にした拳銃型のアームドギアからそれぞれ一つずつ、宝石に向かって光が発射され、宝石から宝石へと光を反射し続ける。繰り返される光の反射によって、彼女の周囲にばら撒かれた宝石達が、蝶が羽を広げたような輪郭を描く。それはまるでクリスに蝶の羽が生えたように見えて綺麗だった。

 

「もっとだ、もっと」

 

両手に持った拳銃型のアームドギアの銃口がこちらに向けられる。するとアームドギアは変形し、長大な銃身となり、さらに二本の銃身が合わさって一本の銃身という形を成す。

銃口に光が集まりチャージが開始される。

 

「もっと輝けえええええええええええっ!!」

 

右肩甲骨の回転翼を高速回転させ、ヘリのローターが回るような音を聞きつつ足がふわりと浮き上がる。

 

「...シェルブリットバースト...」

 

回転翼から銀のエネルギーが放出する。生み出された推進力で前へと突っ込む。

全力でクリスに拳を振りかぶる。

 

「カズヤァァァァァァァァァッ!!!」

 

俺の名を叫びトリガーを引くクリス。

発射された光の塊が視界を埋め尽くす。

 

「クリスゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

その光に対して拳を突き出す、全身全霊のシェルブリットバーストを叩き込む。

俺の拳とクリスの光が衝突した瞬間、乾いた音を立ててシェルブリット全体に罅が入る。

同時に背中側から押される力がガクッと落ちた。どうやら回転翼までイカれてきたらしい。

もう限界なのだと悟る。じりじりと押されて後ろに下がっていく。

 

「...確かに()()はもう限界だよ、だがなぁ!」

 

咄嗟に歯を食い縛り体の奥底に眠る力を無理矢理引き出す。

そして()()()()()をアルター化させた。

 

「まだ俺にはもう片方の腕と、足が残ってんだよおっ!!」

 

アルター化させた足で大地を踏ん張り、ズタボロの右腕を引っ込め左腕を突き出した。

そのままクリスの放つ光を打ち砕きながら踏み込み走り抜ける。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

アームドギアの銃口を殴りつける。粉々に粉砕しなからそれでも止まらない。前へ、前へと突き進む。

 

「カズヤっ!?」

「クリスッ! これで終わりだあああ!!!」

 

驚愕する彼女の顔に、左の拳でストレートをくれてやった。

 

 

 

仰向けに倒れたクリスの体が一瞬瞬き、シンフォギアが解除され赤いドレスのような服装へ変貌したのを確認して、俺はアルター能力を解除し彼女に歩み寄る。

 

「生きてるか、クリス?」

「...死ぬほど体がいてぇよ、バカ野郎」

「そんだけ減らず口が言えりゃ、命に別状はねーな」

 

両膝を突いて彼女の顔を上から覗き込む。

 

「俺の勝ちだな」

「ああ、あたしの負けだ」

 

クリスの顔は憑き物が落ちたかのようにスッキリとしていた。

 

「...生まれて初めてなんだ」

「あ?」

「あんなに爽快な気分で戦ったのも、負けたのにこんなに気分が良いのも」

「ほう、それは貴重な体験したな」

 

俺はそんなクリスの頭を優しく撫でてやる。

 

「カズヤ...負けたのにこんなこと言うのは虫がいいって分かってる、でもお願いだ」

「ん?」

「あたしを独りぼっちにしないでくれ」

「...」

「パパとママみたいに、あたしを独りぼっちにしないでくれ...お願いだ...お前のそばにいられるなら、あたしは、負けた以上、お前になら何でもするから」

 

涙を零しそんな懇願をしてくる少女。

弦十郎のおっさんからクリスの家族のこと、その他諸々の事情は聞いていた。だがきっとこの少女は俺の想像を絶するような惨い経験をしてきたはずだ。

とりあえず彼女の上体を丁寧に起こし、可能な限り優しく抱き締めた。

 

「俺はお前のご両親になるのは不可能だけどよ」

「...」

「こうやって泣くお前を慰めるくらいだったらいつでもいいぜ」

「カズヤ...」

「だいたい俺のそばにいるかどうかなんてお前の自由だろ? 俺達、そばにいるのに相手の許可が必要な、そんな風に互いを気遣う間柄だったか?」

「カズヤァ...」

「お前はお前の好きにしろ。それこそ誰かの許可なんて要らねーよ」

「カズヤァァ」

「それにお前は俺と出会った時点でもう独りぼっちなんかじゃねー。そうだろ?」

「カズヤァァァ、うわああああああん!!」

 

クリスは何処にこんな力が残っていたのかと思うくらいに強い力で俺の背中に手を回し、胸に顔を埋めて泣き叫ぶ。

まるでその姿には、迷子の幼子が漸く親に再会できたような...そんな微笑ましさと愛しさがあった。

 

 

あったかい。

心が、あったかいもので満たされていく。

涙が止まらない。

ずっと欲しかった。パパとママがいなくなって以来、失ってしまったものが、ずっと望んでいたものがあたしのそばにある。

保証も証拠もないのに確信だけがあった。

カズヤは絶対にあたしを裏切らない。

この人なら大丈夫。この人なら安心できる。

あたしはずっと、この人のそばにいる。

そう、心に誓う。

この人のそばで、この人の為に生きる、と。

 

 

 

勝敗は決した。その結末を目撃していた奏は、事前に知らされていなければ、隣の翼と響のような呆然とした表情になっていただろう。

 

「...最後の瞬間、カズヤさんのシェルブリットが左腕にも」

「いえ、それだけじゃないわ立花。両足も同様にアルター化させていた。押されていると思ったら土壇場であんな力を魅せてくるなんて、一体どれほどの引き出しを抱えているのかしら」

 

ここまで知られたなら言ってもいいような気がする。シェルブリットには複数の形態が存在することを。

 

(でもあいつはまだ、全身をアルター化させる最終形態とかいうのを使ってない。さっきのは両手足までだから、きっと最終形態の一つか二つ前なんだろうね)

 

そう考えるとあいつの力の底は何処にあるのか。

と、その時だ。二課本部の弦十郎から焦ったような声が通信機越しに届く。

 

『ノイズの反応をそちらのすぐそばで検知した! おまけにカズヤくんのインカムがさっきのでついに壊れたのか連絡が取れん! 周囲の警戒とカズヤくんのフォローに当たれ、彼はもうこれ以上戦えない!!』

「くそ、このタイミングでノイズ!? 翼は周囲の警戒を、響は未来のそばを離れないで、カズヤと雪音クリスはアタシがフォローする!!」

「「了解!!」」

 

三人揃ってシンフォギアを纏い、奏は一目散にカズヤの下まで駆け寄った。

 

「羨ましい感じでイチャついてるとこ悪いけど、ノイズが出た。注意しな!」

「空気読めねーのか櫻井了子のクソ(アマ)はよぉ」

 

忌々しそうに毒を吐き捨てながらクリスをお姫様抱っこし立ち上がるカズヤだったが、何処か弱々しい。その姿は彼も消耗が激しかったことを物語る。

 

「...フィーネ...」

 

複雑な表情でクリスが女性の名を呼ぶ。

まるでそれに応えるように空からノイズが降ってきた。

 

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