カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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ズキュウウゥン!


暴走

自分が勝ってクリスが敗北した場合のノイズ出現をなんとなく予想していたカズヤであったが、クリスとの戦いで自身がポンコツ寸前にまで消耗したのは予想外と言えば予想外だった。

 

(もうちょい踏ん張れると思ってたんだが、ダメだこりゃ...全然体に力が入らねー。クリス抱えて走って逃げるくらいしかできねーぞ)

 

たとえアルター能力が行使可能でシェルブリットバーストを撃つことができる状態だとしても、動けないクリスを抱えて逃げるくらいしか選択肢がない。敵の狙いは明らかにクリスの始末だからだ。

故に頼む。信頼できる仲間にこの場を託す。

 

「奏、ここは任せたぜ」

「任された!!」

 

カズヤの言葉を受け奏が気合いの籠った返答をしながら槍を頭上で振り回してから構える。

 

「...フィーネ...」

 

腕の中でクリスが弱々しく呟いてから数秒後、上空に飛行型のノイズが複数体現れ、その体を槍のように変形させるとこちらに向かって降り注いだ。

 

「二人には指一本触れさせないよ」

 

低い声で宣言し、槍でノイズを迎撃する。奏が槍を振るう度にノイズが塵となって消滅していく。

ノイズの対処は奏に任せ、クリスを横抱きしながらカズヤは周囲の様子を窺う。

離れた場所では未来を守るように戦う響と翼の姿と、おろおろしながら二人に守られている未来。

遠くからわらわらとやってくるノイズの群れ。

 

(この状況、埒が明かねーな)

 

多勢に無勢。しかも装者三人は二人の死にかけと一人の一般人を守りながらというかなり不利な状況。

奏達の体力もいつまで続くか分からない。このまま物量作戦でこられたら押し切られる。

 

(状況を打開する何かがあれば...)

 

思考を巡らせるが何も思い浮かばない。戦闘に参加できない以上、考えるしかできないが、それでも妙案が浮かばないのが歯痒い。

 

「命じたこともできないなんて、あなたは何処まで私を失望させるのかしら?」

 

そんな時、第三者の声が鼓膜を叩く。

声がした方角に向き直れば、自然公園において街を見渡せる高台とも言えるその場所に、鉄柵に体重を預けるように佇む女性が一人。

黒い帽子と黒い服、黒いサングラスといった全身黒ずくめの出で立ちである為、やたら金髪が映える女がいた。

その手にはクリスが以前使用していたノイズを召喚し操ることが可能な武装。

 

「フィーネ...」

 

先程口にした言葉、否、女の名を呼ぶクリス。

 

「それともその男に絆されたの? 随分とご執心だったものね、あなた。拾ってあげた私よりも男を選ぶなんて、全く酷い子だわ」

 

責めるというより嘲りが幾分か混じっている口調に、腕の中のクリスが怯えたように体を震わせる。

それに対してカズヤはクリスを抱く力を強くした。

 

「...カズヤ」

「気にするな。さっきのお前は間違いなく全力だった。それは相手した俺が保証する」

 

笑いかけると安心したように小さく頷くクリス。

 

「...本当に仲が良いようね。心の底から羨ましいわ。愛しい男の腕の中で、どんなに責められても庇ってもらえて......羨ましすぎて、二人共仲良く殺してあげたくなる」

 

女──声からして間違いなく櫻井了子と同一人物のフィーネと呼ばれた敵は、全身から殺気を隠そうともせず手にした武装を使う。

緑色の閃光が放たれ、着弾したそこからノイズが現れては襲いかかってくる。

 

「くそ!」

 

その光景にそばで槍を振るいカズヤとクリスを守っていた奏が焦燥感を露にした。

視線を響と翼に向ければ彼女達もノイズに囲まれながら必死に未来を守っている。その為二人の援護は期待できない。

 

「やめろフィーネ! 殺したければあたしだけ殺せばいいだろ! 他の連中を巻き込むな!」

「他の連中? 何を言ってるのクリス。この場にいる以上、無関係な訳がないでしょう。全員死んでもらうわ。大体、男に抱かれながらそんな台詞言っても滑稽なだけよ」

 

腕の中で訴えるクリスにフィーネが嘲笑する。

 

「もうあなたに、あなた達に用はないわ」

 

そしてうんざりしたように溜め息を吐き、手に青白い光を宿す。すると、同じ青白い粒子状のものが周囲のあちこちからその手に集まり、やがて消える。

 

(何だ? 今、何をした? 何を集めていた?)

 

疑問に思うカズヤを置いてフィーネは更にクリスに告げた。

 

「ああ、そうそう。あなたのやり方じゃあ争いを無くすことなんてできはしないわ...精々、一つ潰して新たな火種を二つ三つばら撒くことくらいかしら」

「あんたが言ったんじゃないか! 痛みもギアも、あんたがあたしにくれたものだけが──」

「私が与えたシンフォギアを纏いながらも、毛ほどの役にも立たないなんて...そろそろ幕を引きましょっか」

 

侮蔑の視線と勝ち誇る声音というフィーネの態度にここまで黙って聞いていたカズヤが口を開く。

 

「ふざけんな...ふざけんじゃねぇ」

「か、カズヤ?」

 

怒りに震えるカズヤを下から見上げるクリスは、確かに聞いた。

プツン、と何かが切れる音を。

 

「...てめぇ、勝手なことをほざいてんじゃあああねぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

そして世界が激震した。

 

 

 

 

 

【暴走】

 

 

 

 

 

ノイズを相手に戦っていた装者達の前に現れた最初の異変は、目の前のノイズの群れが一斉に淡い虹色の光を発すると一瞬で消滅したことだった。

 

「ノイズが消えた!?」

「急にどうして?」

 

未来を間に挟んで背中合わせに戦っていた響と翼が次の変化に気づく。

ノイズだけではない。周囲の土や石などの地面、舗装の為のレンガやアスファルトなどの道路、戦闘で倒れた木やその木屑、草花、街灯、ベンチ、ゴミ箱などのありとあらゆるものが消えていく。

この現象はカズヤがアルター能力を発動させ、物質を分解し変換している時のものと同一だ。

しかし規模がおかしい。カズヤを中心にした周囲百数十メートルという範囲で同時に発生している。明らかに過剰で、異常事態だ。

次に確認した異常は地鳴り。続いて大地の小刻みな揺れ。それはやがて大きな地震となってその場にいた全員の体を大きく揺らす。

 

「きゃああああああ!」

「未来、しっかり!」

 

悲鳴を上げて倒れる未来を響が慌てて抱き留める。

 

「気をつけろ立花! 地割れが起きている!」

「嘘!?」

「それだけじゃないわ、陥没や隆起までこの周りで同時に──」

 

そこまで言って唐突に翼は止まる。何だと思って彼女の視線の先──カズヤの方を見ると、彼の背後で空間に裂け目ができていた。

水色の光を放ちながら、徐々に徐々に広がっていく空間の裂け目。その裂け目に向かって、虹色の粒子がまるで吸い込まれていくかのように集まっていく。

 

 

 

「異常なまでのアルター値の発生を確認、計測値を振り切りました、上昇値が予測できません!」

「カズヤくんの背後から位相変化を確認! 同時にこの空間からアルター値の異常発生を確認! これは!? こ、この世界とは異なる位相空間が拡大、いや違うぞ、こっちの世界を浸食しているのか!?」

 

とてつもない揺れと震動の中、あおいと朔也が内心の驚愕と焦りを外に出さないように努めながら情報を矢継ぎ早に報告するが、事態はどんどん深刻化していき対処が追いつかない。

 

「先日強化が完了した本部防衛システムに異常発生! 一部で致命的な破損が生じた模様です!」

「戦闘エリアの物質分解が止まりません! また戦闘エリア中心に半径千五百メートル圏内という超局所的範囲で発生した地震は推定震度6から7、収まるどころか強くなる一方で範囲も拡大中、現在マ、マグニチュード8.5!? 地盤が隆起したり沈下したりで理解不能な現象が立て続けに起きてます! このままでは本部も地上のリディアンも持ちません!」

「緊急避難命令を発令! 総員待避! 総員待避だ! 総員、緊急脱出経路を用いて二課本部より待避しろ!!」

 

地下に存在する二課本部がこのままでは危険だと分かると、弦十郎の決断は早かった。

手元のコンソールの端にある緊急スイッチを、透明なカバーごと叩き押す。カバーが砕けてスイッチが押されると、本部全体に警報と脱出するよう促すアナウンスが繰り返し響き渡る。

慌ただしくオペレーターの皆が脱出経路に向かう中、弦十郎は今一度、モニターを見つめる。

そこには、雪音クリスを横抱きしながら慟哭し続ける一人の青年。

 

(かつてカズヤくんは言っていたな。アルター能力は"向こう側"と呼ばれる現実とは異なる世界へアクセスし、行使されるものだと...)

 

そして、実力の高いアルター能力者複数人が同じ場所で同時に大きな力を引き出そうとアクセス過多を起こすことで、"向こう側"の扉が開くとも。

だとするならば──

 

(キミの背後にある空間の裂け目こそが、"向こう側"へ繋がる扉そのものなのか?)

 

心の中の疑問に答えを出せる者などいなかった。

 

 

 

突然起こった異常事態にフィーネは眉を顰め、毒を吐き捨て離脱を図る。

 

「一体何をした、化け物め...!!」

 

高く跳躍し、逃げ去るフィーネの後ろ姿がどんどん小さくなっていくのが視界の端に映ったが、クリスには最早フィーネのことなど眼中になかった。

 

「カズヤ! どうしちまったんだよ!? おい、聞いてんのかカズヤ!!」

「あああああああああああああああああ!!!」

 

怒りで完全に我を忘れ、こちらの声すら届いていない。

周囲の異常は増すばかり。大地が裂けたと思えばそこから大きく隆起、その直後虹色の粒子となって消滅し、その粒子が背後の空間の裂け目に呑み込まれていく。

そして虹色の粒子を吸い込む度に少しずつ大きくなっていく空間の裂け目。

あれをこれ以上大きくしてはいけない。何故か分からないが本能的に感じた。このままではいけない。カズヤを止めなければ、これからもっととんでもなく恐ろしいことが起きる気がした。

 

「くそ、誰かこいつを止めて──」

 

くれ、と続けることができない。カズヤの仲間達も彼を止める為に必死にこちらに向かおうとしていたが、既に辺り一帯は地割れと隆起と消滅を繰り返しており、迂闊に近寄れない。また、アルター能力が物質を分解する性質である以上、纏っているシンフォギアすら分解されてしまえばその後どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。

 

(あたしが、やるしかない。あたしがカズヤを止めなきゃいけないんだ!!)

 

自分の為に我を忘れるほど怒ってくれたこの男を。

しかしどうすればいいのか分からない。

試しに服の上から胸元を叩いたり服そのものを引っ張ったりしても効果なし。

声をかけるのはさっき何度もやってみたがダメ。

 

(外部からの刺激が弱いから反応しないのか?)

 

ならばもっと強い刺激をくれてやれということになるが、もうシンフォギアを改めて纏うほどの体力などないし、そもそもさっきの戦闘で鎖骨が折れているので痛くて体に力が入らない。

考えろ、何かあるはずだ、あるはずなんだ。

力を必要とせず、カズヤにお姫様抱っこされてる状態でも可能で刺激的なことが。

 

(...............!!)

 

一つ、あることを思いつく。

それを実行するには勇気が要る。恥ずかしさもある。何もこんな場面じゃなくてもという嘆きもある。

だが事態は一刻を争う。

だったらもう迷っている時間はない。

せめてもっとムードが欲しいとか、もっと相応しいシチュエーションがあったはずだという想いも捨て置く。

女は度胸! なんでも試してみるもんだ!!

痛む体に鞭打って、両腕を伸ばしカズヤの首の後ろに手を回し引き寄せつつ、自身も上体を持ち上げ顔を近づける。

 

「あ、あたしの初めてくれてやるんだ! 悪く思うんじゃねぇぞ、カズヤッ!!」

 

クリスは顔どころか耳まで真っ赤に染めながら、ヤケクソ気味にそう叫んで、カズヤの口を自身の口で無理やり塞ぎ、更に舌を奥まで強引に捩じ込み口腔内をかき回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が止まる。

物質の分解が止まる。

地震が収まり、大地の揺れが止まる。

そして、未完成のまま開き切ることのなかった"向こう側"への扉が、ゆっくりと小さくなり、煙のように消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に感じたのは口と口の中の違和感。

まず唇が何か柔らかいもので塞がれている。

更に生温かいものが口の中で蠢き、それがこちらの舌に絡んできたり、歯や歯茎をなぞったりを繰り返していた。

意識がはっきりしてくると、視界は肌色で埋め尽くされている。

それが超至近距離の為ピンぼけした誰かの顔だと理解する頃には、粘性のある水音とくぐもった声までしっかりと聞こえた。

 

「んん、んく、んううう」

 

目のピントを合わせて視界をなんとかクリアにし、現状把握に努めるが頭は混乱したままだ。

クリスをお姫様抱っこしている手と密着した体の感覚、これは最後の記憶と相違ない。だからこれはいい。

しかし何故、クリスとディープキスしているのか分からない。

しかもクリスからめちゃくちゃ積極的かつ情熱的なものを。夢でも見ているのだろうか?

混乱した頭で暫くの間されるがままでいると、やがてクリスは名残惜しそうにしつつもゆっくりと唇を離す。

 

「...よう、目は覚めたかよ」

「お、お陰様で...何がどうなってんだかさっぱり分からんが」

 

頬を上気させ、してやったりと言わんばかりの輝かしい笑顔で見つめてくる彼女に辿々しい返事しかできない。

とりあえずお姫様抱っこしていた彼女を降ろし、自分の足で立たせるが、こちらの首の後ろに回された両手を放してくれない。

至近距離から、潤んだ瞳に上目遣いでこちらの様子を黙って窺っている。

そろそろ離れてもらってどういう経緯でこんなことになっていたのか聞こうとして──

 

「なあ、もう一回だ」

 

またしても口を口で塞がれる。

侵入してくる舌がこちらの舌に絡みつく感覚に思考が停止。

絶対離すつもりはないという意思表示なのか、首の後ろに回された手の力が強くなり、より唇と唇を押し付け合う形になる。

口腔内から骨震動で直接聴覚に届く卑猥な水音、それに混じるクリスの喘ぎ声。

戦闘による疲労とダメージ、どうやら窮地を脱したと思われることによる緊張感の途切れ、更には彼女からもたらされる快感に、カズヤは意識が蕩けていくのを自覚した。

そしてカズヤはその体勢のまま、クリスに全体重を預けるようにもたれかかると意識を手放した。

 

 

 

 

 

水の底に沈んでいたものがゆっくり浮上するように、徐々に意識が明確になっていく。

瞼を開く前にまず最初に聞こえたのは、妙に緊張して上ずった翼の声だった。

 

「これより、被告人、雪音クリスの裁判を行う。罪状は、被害者であるカズヤに対し、べ、べべ、ベロチューをしたことについて!!」

 

開こうとしていた瞼を閉じたままにしておき、視界を確保せぬまま、視覚以外のもので現状把握に努める。

まず仰向けの体勢で、柔らかいベッドのようなものに寝かされていたことを理解する。服装も肌の感覚からして入院着のようなものだろうか?

 

「なんであたしが被告人扱いされてんだ!」

 

心外だと怒声を上げるクリスの声。

 

「被告人、あなたの発言は認めていません。発言の際は挙手するように」

 

再び翼の声がする。

 

「では、改めて。検察側の奏と立花から提出されたこの書類によると、被告人雪音はカズヤの唇を奪っただけでなく、その口の中にし、しし舌を入れ、口腔内をじゅ、蹂躙し、舌の感触や歯並び、唾液などをむさ、貪るように味わったとのこと...なんて卑猥でいやらしい文言が踊っているんだこの文章は!! ......ふぅ......この事実に誤りはありませんか?」

 

躁鬱病を疑いたくなるほどテンションのアップダウンが激しい翼にクリスが反論。

 

「蹂躙とか卑猥とか人聞き悪いこと言ってんじゃねぇぞ! そもそも何を根拠に──」

「でも舌入れてたよな」

「クリスちゃん、口回りべちゃくちゃだったのを舌舐めずりで綺麗にしてたよね?」

 

研ぎ澄まされた刀よりも鋭い突っ込みを放つ奏と響。

 

「被告人クリスが舌を入れてたのは事実です。私見ましたので」

「お前あたしの弁護人じゃねぇのかよ!?」

「弁護人小日向の証言を認めます」

 

裁判官が翼、検察が奏と響、弁護人が未来で、被告人がクリスという裁判が開始されているらしいが、裁判は裁判でも聞く限りだと魔女裁判にも等しい理不尽さを感じて戦慄する。

 

「では次に...被告人、その、ど、どうでしたか?」

「あ?」

「どうだったのかと聞いているんだ! 感想や感触や味などの、こう、とにかくどうだったのか具体的に、具体的に答えなさい被告人!!」

 

急に裁判官が横暴になった。絶対こいつの目は今血走っているに違いない。

 

「どう、って...」

 

蚊の鳴くような小さな声でモゴモゴするクリスに他の連中も詰め寄る。

 

「勿体ぶるな!!」

「早く、クリスちゃん早く」

「レモン味?」

 

荒い口調だがそれより鼻息が荒そうな奏に、ただひたすら急かす響に、興味津々な様子を隠そうとしない未来の三人。

ついに黙秘が許されなくなったクリスが恥ずかしそうな小さな声で一言、

 

「.....................良かった...」

 

とだけ言った。

しかし裁判官がそれだけで満足することはない。

 

「具体的にと言っただろう! これはな雪音、じゅ、重要なことなんだ...決して私が私利私欲の為にカズヤの唇や舌の感触や唾液の味について事細かに聞き出そうとか後学の為に知りたいとかいう理由で無理を強いている訳ではないぞ? これはお前が情状酌量の余地があるかを確認する為の、そう! これは確認作業なんだ!!」

「裁判官翼さん」

「何だ弁護人小日向」

「被告人の顔がトマトみたいに赤くて今にも頭から血を噴きそうなので、これ以上の追及は無理かと」

「このくらいで勘弁してやりなよ翼」

「翼さん、もうそのくらいで...」

「何故私が空気読めてない感じの雰囲気になってるんだああああああ!!」

 

実際読めてないだろ、と突っ込みたかったが必死に堪えて様子見に徹する。目瞑ってるから見えてないけど。

 

「...ちっ、物足りないが次に進みます」

 

ついに舌打ちしやがったこの裁判官。どんだけディープキスに興味津々だったんだよこの女。

 

「では次に被告人の話を聞きましょう。何故、カズヤにべべ、ベロチューしたのでしょうか」

 

恥ずかしくてどもるくらいなら言い方変えればいいのに、翼はベロチューという表現に異様なこだわりを見せる。

 

「あの時は、カズヤの暴走を止めたくて」

「それは皆理解しています。では質問を変えましょう。べ、ベロチュー以外に選択肢はなかったのでしょうか」

 

俺の暴走? 覚えてないので何の話か皆目見当もつかないが、気になる内容なので耳をそばだてる。

 

「いや、だって体力的な問題でギア使えなかったし、もうお前ら知ってる通り鎖骨折れてたし、あの体勢だとろくに動けないし」

 

クリスの弁明は続く。

 

「服引っ張っても大声出しても反応してくんないし、他にやることっつったらあの体勢で力が必要なくて刺激的なことを、する、しかない、と思って...」

 

思い出して段々恥ずかしくなってきたのか、声が尻すぼみになっていく。

 

「なるほどなるほど、それで執拗なまでにべ、べベロチューに及んだと、分かりました」

「執拗なまでにってどういう意味だおい!?」

「今の被告人の話を聞いて検察側は何かありますか?」

 

裁判官から検察側に意見があるか確認すると、奏が挙手をしたらしく、「では検察奏」と翼が促す。

 

「百歩、いや千歩譲ってあの時その方法しかなかった、不可抗力だったとして...二回目は?」

 

しーんと静まり返る。

沈黙が痛い。

誰もが喋らず、クリスの返答を待つが彼女は答えない。

痺れを切らしたのか響が声をかけた。

 

「クリスちゃん、二回目はしたかったからもう一回したんだよね? 一回目が凄く()()()()から」

 

この言葉に、

 

「...うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

ついにクリスがキレた。

 

「てめぇらいい加減しろ! こんなアホみてぇな裁判ごっこおっ始めやがって。どうせあれだろ、こん中でカズヤとキスしたことある奴なんていねぇんだろ!? 先を越されて羨ましくて悔しいからこんなことしてんだろ!! 残念だったな、カズヤの初めての女はてめえらの中の誰かじゃない、このあたし、雪音クリスだ!!」

 

怒濤の勢いで捲し立てるクリスに奏も激昂する。

 

「お前とうとう言いやがったなこの泥棒猫が! こそこそ隠れて逢い引きしてた癖に何当たり前のように開き直ってんだ!!」

「そうだよクリスちゃん! 私だってまだカズヤさんと二人で出掛けたりとかしたことないのに! 一人だけズルい!」

 

そして響も加わってドタバタと騒ぎ始める。どうやら物音からして取っ組み合いを始めたらしい。

 

「うるせぇバーカバーカ! そもそもあたしとの逢い引きを隠してたのはカズヤの方じゃねぇか! つまり、そういうことなんだよ!」

「残念だったな、アイツは逢い引きについて暇人同士の暇潰しっつってたんだよ!!」

「もしそうだとしても今回の件で嫌でもあたしのことを女として意識することになるから構うもんか!」

「友達として好感度を稼いだ後に女性として意識させる!? まさか今までの行動は全部クリスちゃんの計算だったの!? 何それ、いくらなんでもあざとすぎる! あざとい、あざといよクリスちゃん!!」

 

ギャーギャー騒ぐ横で翼と未来がとんでもないことを話している。

 

「小日向、大変なことになってしまった。どうすればいいと思う?」

「動画を撮ります」

「何故ここで動画!?」

「この光景を録画して保存します。そしたら後日何かに使えるかもしれないじゃないですか...強請りのネタとかに」

「おお、なんて恐ろしいことを思いつくんだ小日向は...では私は写真を」

 

ピロリン、カシャッカシャッ、という特有の音が携帯電話から響いてくる。こいつら取っ組み合いを止めるどころか嬉々として撮影し始めるとか頭沸いてるんじゃないんですかね?

このまま事態を放置したらどうなるんだろうか?

どんなボンクラだろうとヤバいと分かる状況なのに、この姦しさに巻き込まれたくなくて全く起き上がる気がしない。取っ組み合いをしてる女共を宥める気もない。俺がどのくらいの間意識を失ってたか知らないが、クリスは随分皆と打ち解けたんだなー、という暢気な考えしか浮かばない......俺も頭沸いてたわ、人のこと言えねー。

と、そんな時である。ガチャリとドアが開くような音が聞こえたと思えば、

 

「うるさいぞお前達! 患者が寝ている病室で騒ぐとは何事だ!! 全員出ていけ!!」

 

弦十郎のおっさんの怒鳴り声が空気を震わせた。

 

 

 

女五人がすごすご退室したのを見計らい、起き上がる。

 

「おはようさん」

「っ! おはよう、カズヤくん。もう起きていたんだな」

 

突然起き上がる俺におっさんは少し驚く。

 

「ついさっき目が覚めたんだが、いきなり魔女裁判の渦中にいたんでな。暫く寝た振りしてたんだ」

「魔女裁判?」

 

疑問符を浮かべるおっさんに気にするなと手をヒラヒラさせた。

おっさんの後ろには気配を感じさせない忍者、もとい緒川が控えている。視線を向けると笑顔で「意識が戻って良かったです」と言うので黙って頷く程度の挨拶に留めておく。

 

「おっさん、緒川、俺はどんくらい寝てたんだ?」

 

早速だがあの後どうなったのか情報の共有がしたかった。

どのくらい寝ていたのか?

寝ている間に何があったのか?

クリスがフィーネと呼んでいた櫻井了子の行方は?

今後のクリスの処遇はどうなるのか?

他にも色々あるが、とりあえず時系列順に教えてもらいたい。

二人は顔を見合わせると、おっさんが答えてくれる。

 

「キミが意識を失ってから今日で三日目だ。体に異常はないのになかなか目を覚まさないから皆心配したぞ」

「...三日、結構長いな」

 

さっきの女共の騒ぎが心配の裏返しだとしたら、寝た振りをしていたのは悪い気がしてくる。後日別の形で埋め合わせしておこうと思う。

 

「櫻井了子は?」

「未だ逃亡中だ。キミのお陰でクリスくんが全面的に協力してくれたので、拠点としていた場所などは判明したので突入を試みたが...」

 

そこまで言って首を横に振るおっさん。

 

「ただ、彼女が米国政府と繋がっていたと思われるものの発見は幾つかあった。米国の特殊部隊と考えられる者達の遺体というおまけ付きで、だ」

「米国の特殊部隊の遺体? もしかしてトカゲの尻尾切りしようとしたら返り討ちにされたとか?」

「確定ではないが、その可能性は高い。今は遺体の身元を洗っているところだ」

 

米国が今回の一件に絡んでるとしたら、政治的な問題が色々面倒なんだろうと考えるとうんざりしてくる。

次に一番気になることを尋ねた。

 

「クリスは、今後どうなる?」

 

利用されていたとはいえ、彼女は罪を犯した。その罪はそう簡単に贖えるものではないだろう。

どういう裁きが下されるのか、気にならないと言えば嘘になる。

 

「今後、クリスくんの身柄は二課で預かることになる。彼女はイチイバルのシンフォギア装者として極めて高い能力を持っているし、彼女も償いを望んでいると言っていた。その為、怪我が治り次第これから二課でバリバリ働いてもらう...もらうのだが」

「だが?」

「キミのそばにいられないなら生きる意味はない、この一点張りでな。暫くはキミが彼女の面倒を見ることになると思うので、そのつもりでいて欲しい」

 

拒否権なしの決定事項としておっさんは話しているが、奏や響には内密なんだろうかこれ。また後で取っ組み合いが勃発するだけじゃないのか?

 

「こちらからも幾つか質問がある。答えて欲しい」

「ああ、いいぜ」

「あの現象は何だ?」

「あの現象? 悪い、櫻井了子が出てきた辺りから記憶がねーんだ。何のことなのか説明してもらっていいか?」

 

俺が説明を求めると、緒川がタブレット端末を渡してきた。

 

「司令部でモニターしていた映像と、現場付近を僕が望遠レンズで録画した映像、それぞれを順に流します」

 

そこに映っていたのは──

 

「何だよ、これ!?」

 

虹色の粒子となって消滅するノイズ。いや、消滅していくのはそれだけじゃない。道路や土や岩、木や街灯などの、戦闘エリアとなったあの自然公園に存在していた物質がどんどんアルター化されていく。

 

「この時、物質分解の発生と同時に範囲は非常に狭いのですが震度7の地震が起きました。観測されたマグニチュードは最大8.9。自然公園とリディアン周辺には民家がほとんどなかったことと、短時間で収まった為、幸いなことに死者は出ていません。しかし地盤の隆起や沈下、地割れなどの発生したことにより、本部とリディアンは現在復旧作業に追われています」

 

緒川の言葉に耳を傾けながらも俺は映像に釘付けだ。

丁度映像の中の俺の背後には"向こう側"への扉が僅かに開きかけている。

周囲の物質の無作為なアルター化、地震や地割れ、地盤の隆起や沈下、そして水色の光を放つ空間の穴。

これはまるで、カズマと劉鳳が戦った際に発生した"向こう側"への扉とそれによってもたらされた大隆起現象に酷似していた。

異なる点を挙げるとすれば、俺がいつまで経っても"向こう側"に取り込まれないことと、開いた"向こう側"への扉がやたら小さいこと。

完全に開いた"向こう側"への扉は、宇宙空間に到達するほどの巨大な光の柱だ。しかし映像の中のものは精々、人一人入れるかどうかといったところだ。

 

「カズヤさんの背後のこれは、こちらの現実世界とは異なる位相空間だというのは判明しましたが、それが何なのかは結局分かりませんでした。カズヤさんにはこれが──」

「"向こう側"だ」

「何だと!?」

 

俺の発言におっさんが目を見開き、緒川も驚き呆然とする。

 

「これは確かに"向こう側"への扉だ。だが、扉としては小さすぎて未完成だ。開き切ってないのがその証拠だ」

「つまりあの時カズヤくんは、アルター能力の源、"向こう側"への扉を開きかけた、ということか?」

「覚えてないが、恐らくな...緒川、地震の規模と被害の状況を教えてくれ」

 

直ぐ様タブレット端末を操作してくれる緒川。

その内容を吟味した後、俺は安堵の溜め息を吐く。

 

「..."向こう側"への扉は開いてない。もし完全に開いちまったら、この程度の被害じゃ済まない。神奈川や東京くらいの小さな都道府県程度の範囲で、大地震と大隆起が起きる」

「...」

「...」

 

タブレット端末を操作し開きかけた"向こう側"への扉を映す。

 

「この扉は未完成だ。完全に開いた扉はもっとデカい。完全な扉は宇宙空間にまで届く巨大な光の柱なんだ」

「そんな大きなものなのか...」

「だから()()開くには足りない。足りてないんだが...」

 

刹那、脳裏に過るのは櫻井了子の言葉だった。

クリスを騙し、利用するだけ利用して消そうとしたあの女の身勝手な物言いを。

 

「...思い出した、思い出したぜ、あのクソ(アマ)!!」

 

あの時のことを思い出す。

あの時、櫻井了子がクリスに対して何を言ったのか。

それを聞き、怒りで我を忘れて"向こう側"への扉を開きかけたこと。

そして暴走した俺を止める為に、クリスが勇気を振り絞ってくれたのを。

 

「すぅー、はぁー」

 

怒りに震える気持ちと体を落ち着ける為に、一度大きく深呼吸すると、一つの妙案が浮かぶ。

 

「おっさん、今、二課本部は復旧作業中なんだよな?」

「ああ。地震などの発生していた時間が短かったこと、建設当時の耐震対策がしっかりしていたこと、そのお陰で本部施設の一部を除き致命的な被害が出ていなかったから、そこまで時間はかからないとの見通しだが」

 

え? 何それ凄くない? この世界の建築とか建設の技術どうなってんの? あんだけデカい地震とか起きたのに元に戻すのに『そこまで時間はかからない』とか。

あれで二課本部を破棄することなってたら、思いついたことがオジャンになるところだったから、それはそれで助かるから良かったけど。

 

「一つ、頼みたいことがある」

 




皆様お察しの通り、アニメ"スクライド"の戦闘シーンを彷彿とさせる戦闘描写を意識しております(いつまで続くか分からん)。
前回のVSクリス戦はスクライドの
VS立浪ジョージ戦におけるビッグ・マグナムや
VS劉鳳戦における絶影など
該当のシーンを視聴していると、思わずニヤリとできるようにしたつもりです。
ではまた次回!
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