カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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前回、最後のシーンでカズヤの病室から出ていく女性の人数に誤りがありました。四人ではなく、正確には五人です。感想でご指摘いただき気づきました。ありがとうございます。いつも誤字報告感謝しております。

そろそろタグって追加するべきなんでしょうか?
よく分かりませんが、こういうタグ付けろってあったら教えていただければ幸いです。



三人寄れば...

「腹減ったな...よし、話は済んだし飯でも食いに行くかな」

 

俺は弦十郎のおっさんと緒川との話を終え、ベッドから降りて立ち上がり、ぐぐぐと大きく伸びをする。

次に左腕に施されていた点滴の針を抜く。地味にこれ、さっきまで気づかなかったので、医者か看護師か不明だがやった人の腕の良さに驚いた。

 

「服と靴はこちらに」

 

緒川が言いながらベッドのそばの引き出しから俺の服と靴を取り出してくれる。

 

「サンキュー」

 

いつもの服と靴を受け取り、入院着を脱ぎ捨て手早く着替えた。

すると通信機と新しいインカムを緒川から差し出される。もう一度礼を言ってからズボンのポケットにそれらを捩じ込んだ。

 

「体に異常はねーんだろ? だったら意識が戻った以上、もう退院しても問題ねーよな?」

「それはそうなんだが、別の問題がある」

「?」

 

弦十郎のおっさんに質問すると意外な返答が返ってくる。退院すると発生する別の問題とは一体?

 

「キミの寝泊まりする場所だ。知っての通り本部は復旧作業中。当然、カズヤくんがこれまで寝泊まりに使用していた仮眠室は使えん」

「マジかよ」

「なので寝泊まりする場所を確保する必要がある」

「あー、仮眠室使えなくなるタイミングで入院したけど、退院したらそうなるのかー」

 

眉間に皺を寄せ、腕を組む。

これまで寝泊まりしていた場所なんて、思い返してみると二課本部の仮眠室と独房と今いる病院だけという、どう考えても()()()()()()()()()()()()であって住む場所ではない。

 

「前々からキミにはちゃんとした住居を用意するべきだと思っていたんだが、それよりも先にキミは完全に仮眠室の主として居座るようになってしまっていたからな」

「だって二課本部の設備って便利なんだよ。食堂行けば飯出てくるし、シャワールーム自由に使えるし、シャワールームのそばにただで使えるコインランドリーあるからシャワー浴びてる間に洗濯と乾燥同時にできるし」

「カズヤさん、皆からは二課に住んでる人って認識でしたからね」

 

半ば呆れたような弦十郎のおっさんに俺が言い訳染みたことを言えば、緒川が苦笑した。

 

「だがまあ、今後のことを考えるといい機会かもしれん。良さそうな物件をこちらで見繕っておこう」

「ではそれまでビジネスホテルで寝泊まりしてもらう、ということになりますか。予約でき次第、後程連絡しますね」

「何から何まで手間かけるな」

 

俺の寝床の話が済むと病室を出る。その間際、おっさんから「クリスくんの病室はこの右隣だ。皆そこにいるだろうから顔を見せてやってくれ」と言われたので「あいよ」と返事をし、教えられた通り右隣の病室のドアを開ける。

 

「おーす」

 

軽い感じで声を出しながら病室に踏み入ると、そこには普段着の奏、制服姿の響と未来と翼、入院着のクリスの五人が勢揃いしており、こちらを見て一斉に動きを止めた。

 

「「「カズヤ!?」」」

「「カズヤさん!!」」

「よっ」

 

右手を顔の高さまで上げて挨拶すると、まず最初に動いたのは一番近くに立っていた奏だ。

 

「このバカ心配させやがって!」

 

ラグビーのタックルを思わせる飛び込み、いや、これもうタックルだ。衝撃で変な声が出そうになったのを堪えつつ奏を受け留める。

皆の表情を見る限り、体に異常はなくても三日も昏睡してればかなり心配させてしまったのが分かった。

 

「すまねぇな」

「...目を覚ましてくれたからもういいよ、バカ」

 

罵りながらギューっと抱き締めてくる。ならばとこっちもギューっとやり返す。

すると奏の頬が徐々に上気してくるので、この後どうしてやろうかなと考えていると、

 

「次、私の番です」

 

奏の背後で、位置的に出遅れた響が今か今かと待っている。まるで大好物を前にして『待て』と命令された大型犬みたいだ。

名残惜し気に奏が離れると、

 

「うわあああん! カズヤさん心配したんですからねぇぇぇ!!」

 

飼い主の帰りを待っていた犬、と表現するのがこれほど適切だと感じたことはない。こちらに飛び込んでくると、腰をガッチリホールドしつつ胸に顔を埋めてぐりぐり額を押し付けてきた。

 

「よしよし、よーしよしよしよし」

「.........うぇへへ」

 

甘えてくる犬に対してやるようにわしゃわしゃ頭と背中を撫でてあげると、だらしなく嬉しそうな声を漏らす。本当に犬みたいだなと思ってたら、スカートから尻尾が生えててブンブン左右に振っている幻覚を見た。

やがて満足した響が離れると、俺は翼と未来に向き直る。

 

「お前らハグは?」

「し、しし、しません!! して欲しいんですか!?」

「なっ!? 私が奏達のようにすると思っていたのか!? べ、別に私はしなくてもいいけど、カズヤが仲間との親愛の証としてどうしてもと言うなら吝かでは──」

「じゃあ要らね」

 

恥ずかしそうに顔を赤くした未来と翼が、一瞬にして般若と化す。

 

「ちょっと待ってください、要らないって何ですか要らないって!?」

「カズヤ貴様...貴様という奴は!!」

「俺、基本的に来るもの拒まず去るもの追わずなんだよ。だからそういうメンドくせー態度取られたら放置に限る」

「「誰が面倒臭い女だって!!」」

「そういうとこだぞ」

 

怒りの唸り声と歯軋りをする未来と翼を捨て置き、ベッドの上で頭から布団を被っている物体に近づく。

確認するまでもなくクリスなのだが、布団を被る際に勢い余って頭隠して尻隠さずの状態になっていることに気づいていないらしい。

入院着のズボンを穿いた形の良い尻がこちらに向いてるので、なんとなくデコピンしてやった。

 

「ひゃああああああん!?」

 

可愛らしい悲鳴を上げて飛び跳ねたところを、後ろから抱き締めて捕まえる。

 

「ほい、つっかまえた!」

「あうあうぅ」

 

なんかクリスの態度が知ってるものと比べてやけに大人しい。まるで借りてきた猫みたいだ。

いや、どちらかというと怯えている...か?

 

「どうしたよ?」

「...その、怒ってねぇか?」

「ん? 俺が? 何に?」

「あたしに...」

 

俺がクリスに怒る? なんで? 一体何に?

 

「無理矢理キスしたし」

 

ああ。俺が暴走したのを止める為にキスしたことを、他に方法がなかったのかと怒られると思ってるのか。

だから顔合わせづらくて布団被ってたとは。

まるで親に叱られるのを恐れている子どものような態度に、俺の中の父性本能的なものがふつふつと沸き上がっていく...ような気がする。

 

「バカだなお前、怒る訳ねーだろ。あれはお前が俺を止める為に勇気を振り絞ってくれたんだろ?」

 

こちらに背を向けて抱き締められているクリスは無言で小さく頷いたのが分かる。

 

「だったらいいんだよ、それで」

「本当に?」

 

恐る恐るこちらに向き直るクリスの頭に手を置き、安心させるようにポンポン叩く。

 

「サンキューな、クリス。恩に着る」

 

そしてクリスの耳元まで口を寄せ、彼女だけに聞こえるように囁く。

 

「それになかなか良かったぜ」

 

次の瞬間、茹で蛸のように顔を赤くさせ、へなへなと脱力してしまうのでちゃんとベッドに座らせてからパッと離れる。

よし、五人への挨拶はこんなもんだろ。

さてこれで飯にでも行こうか、と思って振り返り──

 

「無防備な女の子のお尻にデコピンとか、最っ低」

 

絶対零度の眼差しの未来と、

 

「このセクハラ男...見損なったぞカズヤ!」

 

怒髪天を突く翼がいた。

二人は口を揃えて男子最低! 男子最低! と非難の唱和を繰り返す。

しかもその横で奏と響が真剣な表情でコソコソ話し合っている。

 

「なるほど、つまりああいう仕草や態度、リアクションが男を()()()()()んだな」

「前にカズヤさんが言っていたという()()()()()()()ってやつですね」

「あれが計算か天然か知らないけど、雪音クリス...恐ろしい女だ」

「クリスちゃん、女の私達から見てもあざと可愛いですもんね」

 

未来と翼とはまた違ったベクトルで奏と響は意気投合してるようだ。

このままでは話が進まないので俺は「そんなことより、これから俺飯食いに行くんだが」とバッサリ話を切り替える。

 

「...飯食いに行くって、カズヤの格好、いつもの服ってことはもう退院するつもりなの?」

 

まだ少し心配してるのか、奏が気遣わしげな視線で見つめてくる。

対して俺は心配御無用とばかりに笑い飛ばした。

 

「体に異常はないって話だからな、いつまでも病室を占領する訳にはいかねーよ」

「...まあ、アンタがそう言うならいいけど」

 

納得する奏の隣で響が疑問の声を出す。

 

「あれ? でもそうなるとカズヤさん、今日から何処で寝るんですか? 二課の仮眠室、まだ使えないですよね?」

「それなんだがな、暫く泊まる場所ねーんだわ」

 

ええぇっ!? と一同驚く。

 

「つってもまー、おっさんには手頃な部屋探してもらってるし、緒川には部屋が見つかるまで金出すからビジネスホテルに泊まれって言われたし、そこまで切羽詰まった状況じゃ──」

 

詳細を伝えようとして、それを遮る形でポケットの中の通信機が鳴き喚く。

相手は緒川だ。どうやらビジネスホテルの部屋の予約が取れたらしい。

 

「もしもしカズヤだ」

『もしもし緒川です。カズヤさん、今話せますか?』

「おうよ、ビジホの部屋取れたか?」

『そうです。先程お話しましたビジネスホテルの件、駅前の──』

 

俺が聞き取れたのはここまで。

後の部分は横から奏に通信機をかっ浚われたので不明だ。

 

「キャンセル」

 

通信機の向こうで緒川が困惑しているのが手に取るように分かる。

 

「だから、キャンセル。部屋探しも必要ないから、カズヤは今日からアタシの部屋に住むから、弦十郎の旦那にもそう伝えといて」

 

一方的に告げて通信機を切ると、それをこちらに手渡しつつ一仕事やり遂げたようないい笑顔で、

 

「じゃ、そういうことだから」

 

と宣った。

 

「いや、そういうことって──」

「どういうことなんですか奏さん!!」

 

興奮しながら奏に詰め寄るのは頬を膨らませた響。

だが奏は何がおかしいのか分からないとばかりにすっとぼける。

 

「え? 何? どうかした?」

「ふざけんなてめぇ! カズヤのことどうするつもりだ!?」

 

響に続いて、へなへなしていた状態から復活を果たしたクリスも怒り心頭で奏に迫った。

 

「アタシは住居のない仲間に住む場所を提供しただけさ。ただ、そうだね、若い男女が一つ屋根の下で暮らすとなると、ナニか起こるかもしれないけど、アタシは全然困らないし」

「こいつ、いけしゃあしゃあと...!!」

「奏さん...一人暮らしの大人だからってその方法は卑怯じゃないですか?」

 

何処かで知ってるような展開──今にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気の中、俺はあることを思い出す。

 

「そういや弦十郎のおっさん、俺にクリスの面倒見ろっつってたな。これって二課の仕事以外にも衣食住って入んのかな?」

 

なんとなく疑問に思って口にしたことであったが、それを聞いたクリスが天啓を得たとばかりにニヤリと笑い、奏に頭を下げた。

 

「カズヤ共々今日からよろしくお願いします、天羽せ・ん・ぱ・い」

「嘘だろおい!? っていうかお前怪我して入院してる身じゃないか!」

「カズヤが退院するならあたしも退院するに決まってんだろ!!」

「通るかそんな理屈! 大人しく骨折治るまで入院してろ!!」

 

ちなみに鎖骨を骨折して完治するまでの期間は軽度のものでも約一ヶ月から三ヶ月と言われている。

俺と同調していたことで回復力が上がっているとかなければ奏の言う通り大人しくしているべきなのだが、目の前で喚き散らすクリスは元気いっぱいで、へし折った張本人の俺ですらとても骨折しているようには見えない。

 

「嫌だ退院する、もう鎖骨治った!」

「治ってないだろ! カズヤと同棲できると思ったらコブ付きとかふざけんな!!」

 

ついに始まる奏とクリスの言い争い及び取っ組み合い。それを前にして響が踏み込んだ。

 

「じゃあついでに私も奏さん家お泊まりします。無期限で」

 

しかし響の肩を背後から未来が掴みかかり、必死の表情で訴える。

 

「ダメだよ響、響はまだ清い体でいないと! まだ高校生なんだよ!? カズヤさんと一つ屋根の下で暮らして妊娠したらどうするつもり? もしそうなったら私は響のご家族になんて説明すればいいの!? このろくでなしが響の身も心も奪って孕ませました、私は響を止めることができませんでした、でも響と生まれてくる赤ちゃんには罪はありませんって言えばいいの!?」

「に、妊娠!? い、いいいくらなんでも話飛躍させすぎだよ未来!!」

 

場が混沌としていく中、翼が顔を赤く染めつつ遠慮がちに質問してくる。

 

「カズヤは、その、女性から、ね、閨を共にと求められた場合、ど、どど、どうするの?」

「据え膳食わぬは男の恥。そもそも俺が女に迫られて尻込みすると思ってんのか? 嫌いな女じゃなければ拒否しねーよ。そして何より俺は女に恥をかかせるつもりはねー」

「...お、男らしい。やはりカズヤは昨今の草食系男子とは違うのだな。しかしカズヤ」

「あ?」

「その節操の無さはいつか刺されるわよ」

「それ弦十郎のおっさんにも言われた」

 

 

 

 

 

【三人寄れば...】

 

 

 

 

 

混沌の渦と化した病室が静かになったのは、当事者達が騒ぐだけ騒いで誰もが疲れてぐったりした後だった。

 

「じゃ、俺とクリスは今後奏の部屋で寝泊まりするってことでいいか?」

「...もうそれでいいです」

 

部屋の隅で大人しく待ってたカズヤの問いに、奏はげっそりした口調で返事する。

 

「響は週末に泊まりに来るのはいいが、基本的には今まで通り寮で暮らすこと、いいな?」

「...もうそれでいいです」

 

奏と同様、疲れ切った響が頷いた。

 

「クリスは──」

「もうそれでいいです」

「まだ何も言ってねーけどいいならいいや。未来──」

「もうそれでいいです」

「だからまだ何も言ってねーっつの」

 

大分お疲れのようである。止めずに放置して静かになるまで、味噌汁の具で至高の組み合わせは何なのかという雑談で最終的に大根と油揚げが至高と結論が出るまで我関せずな態度でいたのはカズヤと翼なのだが。

 

「よし、なら飯食いに行くぜ。"ふらわー"でお好み焼き食いに」

 

くたびれていた面子がガバッと復帰する。皆あの店のことが大好きのようだ。

 

「あ、着替えるからちょっと待っててくれ」

 

入院着のままのクリスが言うので、カズヤが「部屋の外で待ってる」と告げて退室すると、他の者達もぞろぞろそれに続く。

あまり待たせてはいけないと意気込み、クリスが現在所有している唯一の服──赤いドレスのような服に手早く着替えて部屋を出て、皆と合流を果たす。

 

「もしもし緒川? なんかクリスも俺と一緒に退院するって。んで、奏ん家に二人で厄介になるから。クリスの退院手続きとかその他諸々よろしく、じゃあな」

「...待たせた」

「よし、飯食いに行くぜ」

 

男一人に女子五人という騒がしい集団は病院を後にする。

"ふらわー"に到着後、店内にクリス、カズヤという順で入った瞬間におばちゃんが、

 

「あんた達、いつ()()を戻したの!?」

 

と驚いたのも束の間。

すぐ後に他の面子もぞろぞろ入店するのを見て、

 

「...この女の敵め!」

「この店よく来るからもういい加減メンド臭がらずに誤解を解くか...」

 

凄い形相でカズヤを睨むおばちゃん。彼女の中でカズヤがどんだけクソ野郎として認識されてるのか垣間見た瞬間だった。(最初にカズヤとクリスが付き合っていると勝手に勘違いしたのはおばちゃんで、否定するのが面倒で放ったらかしにしたカズヤが原因なのだが)

当たり前だが六人というそこそこの人数なのでテーブル席に案内される。

なお席は無用な争いを避ける為、奏とクリスと響の三人、翼とカズヤと未来の三人、という割り振りだ。

思い思いにそれぞれ食べたいものを注文し、さて後は待つのみとなった段階で、カズヤが非常に面倒そうに呟く。

 

「この後、歯ブラシとかの日用品買わなきゃいけねーんだよなー」

 

二課の仮眠室の主だった時は、泊まり込みで仕事をする職員の為、ホテルのアメニティのように無料で利用可能なものがかなりあったのだが、今後は奏の部屋に居候をさせてもらう上で最低限の日用品は購入する必要があった。

更には、クリスは着の身着のままだ。日用品以外にも替えの下着や寝間着を含めた服の類いは必須となる為、買い出しは大変そうである。

クリス自身は恐らく物にこだわらない考え方なので、自分と同じように必要最低限を揃えればいいと思っているはずだが、他の女性陣がそれを許さないだろう。女の子なんだからこれは必要、あれも必要と買わされるに違いない。

そして自分はきっと荷物持ちになるのだろう、そんな確信がカズヤにはあった。

お好み焼きで腹を満たした後、案の定、長時間に渡る買い物に付き合わされ荷物持ちをさせられたのだが、これも男として生まれてきた運命(さだめ)として諦めることにする。

 

 

 

案内された奏の部屋──というか住んでるマンションは金持ちが住んでそうな高層マンションだ。建物を見上げつつトップアーティストというのはやはりこういう場所に住んでるものなのかと感慨に耽っていると、

 

「アタシ個人としてはもっと庶民的で小さな家とかでも良かったんだけど、ある程度セキュリティがしっかりしてないと、ね...」

 

困ったように笑う奏の姿で察した。

なお家族と昔暮らしていた実家はまた別にあるとのこと。そっちは二課の装者や歌手として生活する上での利便性から、今はほとんど帰っておらず、たまに暇を見て掃除しに行く程度らしい。

 

 

「ああ、ドルオタって頭おかしい奴多いしな。ストーカーと変わらん迷惑行為してるのに自分は間違ってないって思ってる人間のクズとか」

「何一つ間違ってないけど、言い方」

 

両手にたくさんの買い物袋を手にしたカズヤの脇腹を肘で軽く小突いてから、自動ドアへと進む奏。その後ろに皆ついていく。

こういうマンションの内部は見慣れてないのか、響と未来とクリスがへーとかほーとか言いながらキョロキョロしている。

 

「凄い、エレベーターが低階層用と高階層用で別れてますよ!?」

 

エレベーターホールで響が興奮気味にはしゃぐ。

 

「そういやこの面子の中で誰かの部屋に行くのって奏ん家が初めてなのか」

「言われてみたらそうだけど、よくよく考えるとそういう機会がそもそもなかったね。学生三人は女子寮だからカズヤ入れないし、カズヤは二課の仮眠室住まいで"カズヤの部屋"って訳じゃなかったし、アタシだけ離れた場所でマンション暮らしだから」

「集まる場所っつったら二課のどっかだったしな」

 

高階層用のエレベーターに乗り込みそんなことを話していると目的の階に到着。

 

「じゃあ入って、と言いたいところだけど、カズヤだけは悪いけどここで暫く待ってて」

 

ついに奏の部屋に到着した、と思ったらこんなことを言われる始末。

 

「その、ちょっと散らかってるから、片付ける時間ちょうだい」

「なら翼も一緒に待つべきだろ。こいつ入れると余計散らかるぞ」

「...カズヤ、そろそろ私は泣いていい?」

「お前の汚部屋に泣かされてる緒川の涙を止めることができたら泣いていい」

「すみません緒川さん、私はまだ泣けないようです」

「そんなんだからツヴァイウィングの女子力ゼロの方って言われるんだよ」

「それ言ってるのカズヤでしょっ!?」

 

即席の漫才をカズヤと翼が繰り広げているのを尻目に、奏は玄関のドアを開け響と未来とクリスに入るように促し、三人が入ると即ドアを閉めた。

すると奏は両の手を合わせて三人に頭を下げる。

 

「ここ最近まともに家にいる時間なかったしカズヤを部屋に連れ込む機会なかったから全然片付いてないの助けてお願いします!!」

 

「「「ええぇぇ..」」」

 

緒川に対して通信機越しにあれだけの啖呵を切っておきながら、おきあがりこぼしのように何度も何度も必死にペコペコ頭を下げるトップアーティストの姿に三人は思わずドン引きする。しかも言い方からして部屋にカズヤを連れ込む機会を虎視眈々と狙っていたのも窺えた。

 

「時間がないから早く、ほら早く手伝って!」

 

背中を押され半ば強引に奥に通され、片付けを手伝わされる破目になったが、外でカズヤと翼を待たせるのは悪いと思い渋々片付けをすることに。

 

「アタシ、翼ほど酷くないけどカズヤに『プライベートでは結構だらしない女なんだな』って思われるのやなんだよ~」

「部屋に連れ込む気があった癖にいざ連れ込む段階で準備できてねぇとか、よくそんなんで偉そうにカズヤに住めとか言えたなおい!!」

 

脱ぎ捨てられていた服を集めながら言うクリスの辛辣かつ手厳しい意見に奏が「グーの音も出ない」と溜め息を吐く。

 

「未来、私達の部屋さ、常に綺麗でいられるように小まめに掃除しようね」

「響まさかカズヤさんを部屋に連れ込む気!? ダメだよ女子寮なんだから!」

「カズヤさんなら『大丈夫ですよ』って言って誘えば『そうか、大丈夫なのか』って感じで躊躇せずに来てくれるよ」

「そうじゃなくて私達の部屋は寮! 女子寮! 校則違反だしバレたら私達もカズヤさんも大変なことになるから本当にやめて!!」

 

カズヤの存在はクラスメートや教師陣に知られているが、それとこれとは別問題である。

もしバレた時の悲惨な結末を想像して未来が血相変えて響を説得した。女子校の学生寮に暮らす女生徒が男を連れ込んでお泊まりさせたなんてことが周囲にバレたら...

 

「それに根も歯もない変な噂立てられたら嫌でしょ? それについては響がよく分かってるはずだよ?」

「う...そうだね。なら諦めるよ」

 

未来の指摘に響は嫌なことを思い出したのか、あっさり折れた。

そんなこんなで急いで片付けを行うが、結局二十分ほどかかってしまう。

片付けを終えて奏が慌てて玄関を開けると、

 

「カズヤ、たくあんだ。これは譲れない」

「いやいや、たくあんも捨てがたいが梅干しだろ」

 

カズヤと翼がご飯の最高のお供は何か、白熱の議論を繰り広げていた。

 

 

 

通された奏の部屋の間取りは3LDKで、一人暮らしとしては持て余す広さがある。確かにこれだけ広くて部屋も余っていれば居候が二人増えたところで問題なさそうだった。

 

「疲れた~」

 

リビングに入るや否や、勝手にソファーに寝っ転がってテレビの電源を入れてくつろぎ始めるカズヤに奏が苦言を呈する。

 

「いや、ウチに住めとは言ったけど色々早くない?」

「適応なしに進化はあり得ねーよ」

「アンタの場合は遠慮がないだけでしょ」

「遠慮する俺って気持ち悪くねー?」

「...確かに。偽物じゃないかと疑う」

「ならいいだろ」

「...理解できるが納得いかん...初見の、しかも女の一人暮らしの部屋で、なんで秒で自分ん家みたいな態度なんだコイツ」

 

ソファーの上で勝ち誇るカズヤを放置して、ダイニングテーブルの上に買ってきたものを皆で広げる。

女性陣が買ってきたものを手に取りキャッキャッしている光景を一瞥し、興味が失せたのかテレビに視線を戻すカズヤ。

テレビに映し出されるニュースを見るともなしに見ていると、段々瞼が重くなってきたのでそのまま抵抗せずに目を瞑り、寝た。

 

 

 

暫くして、カズヤがグースカ寝ているのを目敏く見つけたのは未来だ。

 

「あっ...なんか静かだと思ったら熟睡してる。奏さん、毛布みたいなのありません? このままだと風邪引いちゃう」

「あるよ、取ってくるから待ってな」

 

駆け足でタタタとリビングから出ていく奏を見送り、他の皆はソファーの上で気持ち良さそうに眠るカズヤを囲むように集まる。

 

「眠ってる時は子どもみたいで可愛いのに」

「起きて口を開けばデリカシーのない発言やセクハラの連発、まるでスケベなガキ大将ね」

 

未来と翼が左右から人差し指でカズヤの頬をぐりぐりと突っつくが、全く起きる気配が見えない。睡眠は結構深い方らしい。

 

「はい毛布」

「どうも」

 

奏が持ってきてくれた毛布を受け取り、未来はカズヤにかけてあげる。

 

「まあ、なんか世話焼きたくなるよな、このバカ見てると」

「何々? 何の話?」

「カズヤさんが手のかかる子どもみたいって話です」

「ああ、確かに」

 

ポツリと独り言のように呟いたクリスの言葉に奏が質問すると、響がクスクス笑いながら教えてあげる。

 

「...でもさ、アタシはそんな子どもっぽいところもコイツの魅力だと思うよ。戦ってる姿の印象が強烈すぎて、ギャップ凄いし」

「俗に言うギャップ萌えというやつですね」

「ハハッ、そうかも」

 

未来の指摘に奏は快活に笑う。

目を細め、優しい視線でカズヤの寝顔を見つめながら響が語り出す。

 

「魅力って言えば、カズヤさんって何がなんでも自分の意地を貫き通そうとしますよね。戦ってる時も、そうじゃない時も。それってある意味凄い我が儘なんですけど、そういう生き様っていうんですか...なんか、羨ましく思うし、格好良いですよね。クリスちゃんと戦ってる時に『意地があんだよ、男の子にはな』って叫んで一歩も退かずに立ち向かっていったのを見て、嗚呼、カズヤさんって男の人なんだなぁって心の底から感じました」

 

──お父さんと違って。

 

そんな声なき声を聞いたのは、この場で響の家庭事情を知る未来だけだったが、彼女が響に何か声をかける前にクリスが笑い出した。

 

「あれな! 冷静に考えると強化された絶唱を真っ正面から受け止めようとするとか、マジでトチ狂ってるとしか思えねぇのに、今振り返ってみるとカズヤらしいなってなるから恐ろしいよな」

「カズヤに向かって絶唱歌ったお前もかなりトチ狂ってるだろ...」

 

呆れたように突っ込む奏をクリスは華麗にスルーし、

 

「カズヤの寝顔見てんのは飽きねぇけど、いつまでもこうしてる訳にもいかねぇだろ。とりあえず続きしねぇか」

 

そう言って皆を促すと、順々にソファーから離れた。

その際、未来は響の横顔をチラリと盗み見る。

彼女がカズヤに好意を抱くのは、蒸発した父への想いもまた影響していたのではないか。そう疑問に思いながら。

 

 

 

カズヤが目を覚まして起き上がると、部屋の中にいるのは奏とクリスの二人だけになっていることに気づく。

外もすっかり暗い。

 

「他の三人は?」

 

誰かが寝ている間にかけてくれた毛布を畳み、寝ぼけ眼を擦りつつで聞いてみると、既に飯食って帰ったとのこと。

 

「なんか食べる?」

 

クリスと共にテーブルで頬杖をつきながらテレビを見ていた奏の質問に「ご飯と味噌汁だけでいいや」と答えると、二人が立ち上がりクリスが炊飯器からご飯を茶碗に盛って電子レンジへ、奏がコンロの火を点け味噌汁を温め直してくれる。

ご飯のお供は梅干しとたくあん。味噌汁の具は大根と油揚げだ。

 

「サンキュー、いただきます」

 

食べ始めると、奏が「風呂用意するから食ったらカズヤ先に入って」と告げてリビングを出ていくので「あいよ」と答えて味噌汁を流し込む。

やがて食べ終えて茶碗やお椀をシンクまで運ぶと、クリスが「あたしがやっとくから風呂入れ」と言うのでお言葉に甘えることにした。

 

 

 

(風呂は意外と普通だったな)

 

風呂上がり、寝間着姿でリビングのソファーに座り、テレビを見ながら奏とクリスが風呂から出るまで待つ。

クリスは育った環境も影響しているのか不明だが、風呂に入っている時間はあまり長いと感じなかったが、奏がかなり長かった。

しかし寝る部屋の相談、使用する布団がどれかなどの話をしていないのに勝手に寝る訳にもいかない。

パジャマ姿で隣に座るクリスと共にテレビを見ながら待つこと一時間。

漸く出てきた奏の指示に従い、今夜はとりあえずカズヤはそのままリビングのソファーで毛布を使って寝ること、クリスは奏の寝室で翼が泊りに来た時に使っているらしい折り畳み式簡易ベッドを使うことになった。

 

「じゃ、おやすみ」

「おやすみ」

「おやすみ」

 

寝る前の挨拶をしてから思い出す。

 

「そういやこの三人って身寄りいねーんだよな」

 

ぼやくカズヤの言葉に奏とクリスがハッとする。

カズヤはほとんど記憶喪失の状態で異世界から来た。当然、身内と呼べる人間は存在しない(ということになっている)。

奏は幼い頃、ノイズに家族を殺され天涯孤独に。

クリスも幼い頃に地球の裏側で唯一の肉親である両親を殺され独りぼっちになった。

 

「奏、クリス。いつまでこの生活が続くか分からねーけど、改めてよろしく頼むわ。身寄りのない三人が集まっただけのただの家族ごっこになるかもしれんが、それならそれでごっこ遊びを楽しもうぜ」

 

それぞれに握手のつもりで手を差し伸べると、奏とクリスは示し合わせたかのように指と指を絡ませる手の繋ぎ方、だけに留まらず両手を使ってカズヤの手をぎゅっと握り締め応じる。

 

「ごっこ遊びで終わらずに、アタシはカズヤと本当の家族になれると嬉しいよ」

「あたしも、あたしもカズヤの家族になりたい。ずっと一緒にいられるように」

「おいおい初日から気合い入れすぎだ。二人共もうちょい肩の力抜けって。それに俺とじゃなくて、()()()、だ」

 

苦笑するカズヤの反応に二人は顔を見合わせてから笑みを浮かべて頷くと、寝室に向かった。

カズヤも電気を消してソファーに横になり、毛布を被って目を瞑る。

 

 

 

「雪音」

「何だよ天羽先輩」

「ごっこ遊びになるかどうかは置いといて、仮にも家族に苗字で先輩呼びはねぇだろ」

「そっちこそ」

「...」

「...」

「く、クリス」

「...奏」

「...」

「...」

「クリスはカズヤの妹な。で、アタシがカズヤのお嫁さん」

「いや違うだろ。奏が姑であたしがカズヤのお嫁さん」

「お前そこはせめて姉にしとけ、何だよ姑って!」

「思ったことを言ったまでだ」

「張っ倒すぞこのガキ!!」

「やんのかゴラァッ!!」

 

ドタン! バタン!

 

 

 

「...なんかうるせーな」

 




響。
人懐っこくて甘えん坊で寂しがり屋な大型犬。しかし餓狼の側面があり、ぐいぐい迫るタイプ。かつて蒸発した父との確執により、確かな絆を求める傾向があるので、もしカズヤと二人っきりで一つ屋根の下に暮らすことになったら確実に食べる側。

奏。
姉御肌で積極的だが、恋愛事には実は初心。ある程度お膳立てしとけば男の方から来てくれんでしょ、という風に一歩手前で自分から踏み出せない、男の方から来て欲しいと思ってるタイプ。

クリス。
奏同様、初心で何より恥ずかしがり屋。自分からはかなり難しい。あくまでもライバルの存在が彼女を奮い立たせているのであって、恋敵が皆無な場合は、今の関係を壊したくないからと踏み出せず、友達以上恋人未満が長く続き悶々とするタイプ。

未来&翼。
年の近い兄がいたらこんな感じなのだろうかと思っており、カズヤの歯に衣着せぬ物言い、下らないやり取りや喧嘩紛いの言い争いが結構楽しくてお気に入り。
なお、彼の据え膳発言について聞いていたのは翼のみなので、翼のみが彼と肉体関係を即結べる情報を持っていたりする。誘い方は「ムラムラするからしない?」という原始人みたいなナンパの仕方で十分。

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