カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした 作:美味しいパンをクレメンス
復旧作業中の二課本部内にて、カズヤは安全帽を被って右へ左へと忙しそうに駆け回っていた。
先日、意図したものではないがカズヤが引き起こしてしまった地震などによってもたらされた被害に対して、彼は少しでも罪滅ぼしができればと復旧作業の手伝いを買って出た。と言っても、専門の知識や技術などはないので、資材の移動や瓦礫の撤去、その他簡単な雑用などではあるが。
「...一度ぶっ壊れたもんを元通りに戻すってのは、ぶっ壊すよりも遥かに難しいってのが骨身に染みるな...分かっちゃいたんだが」
作業が一段落したのを見計らい溜め息を吐きつつ、安全帽を脱いで首に掛けていたタオルで汗を拭う。
「そう考えると、アルター能力ってのはつくづく業が深いトンデモ能力なんだよな」
自身のエゴを具現化する為に周囲の物質を原子レベルまで分解し再構成を行うそれは、分解対象となる物質が生命体でなければ問答無用で虹色の粒子に変えてしまう。ある意味、破壊と創造が表裏一体であることを象徴とする力だ。
そして──
(エゴの強さが能力の強さに直結してるってんなら...あいつらの為にも、俺は今よりもっともっとエゴイストになる必要があるってことか?)
チラリと視線を動かす。丁度そこには、復旧作業に従事している作業員の方々の為に、お盆におにぎりとお茶のペットボトルを満載した食器カートを押してくる奏とクリスの姿があった。
「はーい、おっちゃん達っ! 休憩だよ休憩!!」
「お茶は一人一本、おにぎりの種類は梅干し、おかか、鮭、明太子だ。好きなものを早い者勝ちで持ってけ!」
数日前に二人はカズヤが復旧作業を手伝うと聞くと、やることがないのでそれを手伝うと言ってくれたので、作業員の方々へのサポートをお願いしたのである。こういう肉体労働は汗をかいて脱水症状になりがちなので、水分や塩分補給、タオルの用意などを承ってくれた。
「わーい飯だー!」
「可愛い女の子が作ってくれたおにぎりだああ!」
「明太子だ、明太子を寄越せ!」
「鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭!」
おにぎりとお茶を手に入れんと、作業員の方々が我先にと群がっていく。
「相変わらずスゲー人気」
実はこれ、数日前までは作業員の方々一人ひとりに普通に弁当が支給されていたのだが、奏とクリスが持ってきた手作りおにぎりを三人で食べていたのを見た作業員の一人が「俺も可愛い女の子の手作りおにぎりが食べたい! もしその願いが叶うなら作業三割増しで頑張れる!!」と叫んだのが切っ掛けなのだ。
まあ、作業員の方々の想いは無理もないのかもしれない。奏は言わずと知れた超美人の超人気トップアーティスト。クリスは有名人や芸能人ではないが、アイドル顔負けの超が付く美少女。男所帯の職場にとって、美人や可愛い女の子というのは心のオアシスそのもの。モチベーションも違ってくるのは事実。実際、作業効率も上昇し、当初の見通しよりも早めに終りそうだとのこと。
おにぎりとお茶をある程度配り終えると、二人はカズヤの分を手に近寄ってきた。
「ほい、お疲れさん」
「早く食おう。あたし腹減って何度か摘まみ食いしそうになっちまった」
「おう、そっちもお疲れ。休憩室行って食おうぜ」
三人は休憩室へと移動し、お昼御飯を開始する。
まず一口お茶を飲んで口の中を潤してからおにぎりを頬張る。ホカホカの白飯に多めの塩、パリパリの海苔が実に美味い。具が入ってなくてもこのまま三個くらいは平らげてしまう自信があった。
奏とクリスも黙々と、それでいて美味そうにパクパク食べている。クリスは相変わらず食べ方が下手なのか夢中になるほど美味しいのか不明だが、唇にご飯粒が付いているのでそれを取ってやった。その際、摘まんだご飯粒はそのまま食べる。最初の内は真っ赤になって恥ずかしがっていたクリスも段々慣れてきたのか、一言「ワリィ」と謝罪するだけになってきた。その様子をこれまで何度も見てきた奏は「アンタいい加減、もうちょい落ち着いて食いな。それとカズヤもクリスをあんま甘やかすんじゃないよ」とお母さんみたいなことを呆れつつ言うのも日常と化してきた。
ごちそうさまをした後、三人で雑談をしていると、緒川が現れる。
「カズヤさん、少しよろしいですか?」
「...ちょっと行ってくるわ。すまねぇが、ペットボトルとゴミ片しておいてくれ」
二人にそう声を掛け、緒川の後ろをついていく。
彼が休憩室を出て暫く歩いたところで、曲がり角から弦十郎が姿を現し、無言のままこちらについてくるが気にしない。
そのまま三人で男子トイレに入り、それぞれ便器の前に立ちズボンのチャックを開けたタイミングでカズヤが切り出した。
「どうなってる?」
「復旧については概ね計画通りだ」
「こちらは残念ながら進展なしですね」
三人並んでジョロロロロロ~というかなり下品な音をBGMに話し合う。
「復旧についてはなんとかなるにしても、足取りは未だ掴めずか。まさかもうとっくに国外逃亡とかしてねーよな?」
「海外か。そうなっていたらもうお手上げだな」
カズヤのぼやきに弦十郎は渋面で唸る。
「確かネフシュタンの鎧も見つかってねーんだろ? あれって俺が分解してないんだったら、確実にあん時回収されただろ? あの女が手に集めてた青い光」
「そうですね。既にネフシュタンは彼女の手にあると考えて問題ないかと」
出すもんだしたら身支度を整え手を洗う。
「せめてノイズを操る、ソロモンの杖だったか? あれだけでも回収できれば良かったんだがなー」
「クリスくん曰く、キミとの一対一の勝負にそんな無粋なものを持ち込みたくなかったので預けてしまったとのことだ」
「最初に無粋なもんって言い出したの俺だったわ畜生」
ハンドドライヤーに濡れた手を突っ込み乾かす。
「また以前みてーに敵のアクション待ちか...歯痒いな」
トイレの出入口で立ち止まり、後ろを振り返る。
弦十郎がハンドドライヤーを使って手を乾かす後ろで、緒川がハンカチで手を拭いていた。
「カズヤくん、彼女は来ると思うか?」
厳かな口調で質問してくる弦十郎に、カズヤは顎に手を当て少し考えてから答える。
「五分五分、ってところだな。奴は覚醒したデュランダルと二課の本部施設を使って何かを企てていた。これは確かだ。だからあの時、邪魔になりそうな俺と装者達を皆殺しにしようとした」
「しかしカズヤさんがアルター能力を暴走させ、撤退せざるを得なかった」
緒川の補足にカズヤは頷く。
「そして発生した地震などの影響で本部にダメージが出た為、その復旧が終わるまで待っている、と」
「ま、さっきも言ったがその線は五分五分だ。もしかしたらもうとっくに諦めてどっかに逃げてるかもしれねーしなー」
「それはそれで脅威が残ったままになるので恐ろしいですね」
トイレから三人揃って出ると、カズヤは歩きながら腕を組んで目を細めた。
「何にせよ、敵の目的は未だ不明。クリスも核心に迫る部分は何も知らされてなかった。ただ気になることがあるとすれば、クリスには『痛みが人を繋ぐ』、『人類は呪いから解き放たれる』みたいなことを言ってたってことだ。哲学的っつーか抽象的すぎて訳分からんが、その辺りが鍵になってるんじゃねーかな」
「...そう言えば以前、響くんに対して『人類は呪われている』ようなことを言っていたな」
「呪い、呪い、呪いねー。何のことやら」
思い出したように告げる弦十郎の言葉にカズヤは天井を仰ぎ眉に皺を寄せた。
いくらアルター能力者と元公安警察官と忍者が集まろうと、さすがに三人は呪術の類いとは無縁、完全に門外漢だ。
「残念ながら現状で後手に回るのはこの際仕方がありません。今はできることを確実にこなしましょう」
「...だな」
緒川に同意し、組んでいた腕を解き、右の手の平を眺めてから、人差し指、中指、薬指、小指、そして親指と順に指を曲げて握り込み、拳を作って力を込める。
「だが次で
【交錯するのは想いと力と思惑と──】
と、意気込んだのはいいものの、復旧作業が完了しても敵の襲撃どころかノイズ一体すら現れない。
「マジでどっかに逃げたかあのクソ
待ち人ならぬ待ち敵来ず。なかなか現れてくれない敵に業を煮やす日々がここ数日続く。
「それとも他に何かを待ってるのか...」
もしかしたら二課本部施設とデュランダルを用いて、何か企んでいたという考えがそもそも間違っていたのか不安になってくる。
頭を抱えて考えるが答えは出ない。やはり自分には頭脳労働など向いていない。頭が痛くなってきた。
「...ムニャムニャ...」
「くかー」
そんな風に悩むカズヤを差し置いて、奏とクリスがソファーの上で気持ち良さそうに昼寝をしている。座って眠る奏と、奏の膝を枕に横になって眠るクリス。その光景をダイニングテーブルの席に着いて見ているカズヤは、とりあえず当初よりも仲良くなったことに微笑みつつ近づくと、ついこの前に緒川におねだりして買ってもらったプライベート用の携帯電話で写真撮影をしておく。
そのまま響達に写真を送信した。
「これでよし」
ニヤリと一人悦に入るが、彼は知らない。自分が二人に無防備な姿を晒している際に全く同じことをされているのを。
『今週は週末まで今日のような天気の良い日が続く予報です。なお、本日は雲も出ない陽気なので夜はお月様が綺麗に見えそうです。しかも今晩は満月。是非意中の相手を誘って月見などいかがでしょう? 二人っきりで見る満月はとてもロマンチックですよ』
つけっぱなしのテレビからお天気キャスターがそう言って締め括ると画面が切り替わりCMが入る。
「満月ねぇ...」
なんとなくテレビで言ってたことが気になった。
視線をベランダに移す。
奏の家は高級マンションということもあって、部屋も広ければベランダも広い。建物自体も高く遮蔽物も少ないので月見するにはもってこいだ。
月見もなかなか良いものかもしれないなー、夏なら花火とか見れんのかなー、とぼんやり考えているとポケットの中の通信機が鳴った。
プライベート用の携帯電話ではなく通信機が鳴るということは、二課からの連絡だろう。
「もしもしカズヤだ」
『カズヤくん、ノイズが出たぞ! 通信機の位置的に三人共同じ場所にいるようだが、今キミは奏とクリスくんと一緒か!?』
「マジか待ってた! 今三人で奏のマンションにいる! 二人は昼寝中だが叩き起こすから安心しろ!」
通信越しの弦十郎の声に立ち上がりソファーで眠りこけている二人の肩を揺する。
「起きろ二人共! 起きろや! ノイズ! 敵が仕掛けてきたんだよ!!」
「...カズヤ、夜の十二時を過ぎたらあの子達に餌あげちゃダメだって言ったじゃないか...!」
「...カズヤが餌あげたせいで皆化け物になっちまった...モコモコしてて可愛かったのに」
「二人揃って昨日テレビで見た映画そのまま夢に見てんじゃねぇっ! っつーかなんで十二時過ぎて餌やったのが俺ってことになってんだ!!」
本当に寝ぼけたこと抜かす二人に突っ込みを入れつつ肩を揺する力を強くすると、漸く意識がはっきりしてきたのか二人の目の焦点が合ってきた。
「おっさんノイズの出た場所は?」
『ノイズは巨大な飛行型が複数体、それぞれが東京スカイタワーに向かって進行中のようだ』
「スカイタワー? おいおいここからだとちょっと遠いぞ」
『既にヘリを迎えに出している。マンションの屋上で待っていてくれ』
指示に従い、まだ少しぼんやりしている二人の手を引っ張りながらマンションの屋上に向かう。
その後迎えに来てくれたヘリに乗り、東京スカイタワーを目指す。
「飛行型のノイズがいるってんなら、クリスをメインアタッカーにして戦った方がいいな。頼りにしてるぜ、クリス」
カズヤも一応、飛べると言えば飛べるのだが、遠距離攻撃が乏しいので対処が遅れる。
その点、クリスのシンフォギア、イチイバルによる攻撃は遠距離攻撃と広域殲滅に特化している。ノイズの群れ相手にこの特性は心強いしありがたい。
「任せろカズヤ。ノイズがいくら来ようがあたしのイチイバルでちょちょいのちょいだ」
「カズヤに頼られるとすーぐ調子に乗るよねクリス」
「う、うっせぇ。それに奏だって人のこと言えねぇだろが」
「...」
ムフー、と大きな胸を更に強調するように胸を張り、やる気を漲らせるクリスに対し奏が半眼になって呟くと、クリスが言い返し奏はそっぽを向いて黙り込む。
仲良くなったなこいつら、と二人のやり取りを眺めていると、
「飛行型ノイズを目視で確認!」
ヘリのパイロットがノイズを目視できた旨を教えてくれる。
すると通信機の向こうで弦十郎の切羽詰まった声が轟く。
『聞こえるか皆! たった今入った情報によると巨大な飛行型のノイズは、他のノイズを大量に街へと降下させているようだ。どうやら輸送機としての側面を持っていると考えられる。被害が拡大する前に優先的に叩いて欲しい!』
ヘリのドアを開けて体を乗り出し進行方向の先にいるノイズを睨む。
まるでその姿は海中をゆったりと泳ぐマンタを連想させるが、その実態はそんな可愛いもんじゃない。大きさは飛行機並みで、腹部と思われる場所からはバラバラと小型──あくまで巨大なものと比べての話で人より大きい──のノイズを吐き出している。
このままヘリで進むと撃墜される危険性が高い。
自分達は平気だがパイロットに死ねとも言えない。
「ちっ」
忌々しそうに舌打ちして、カズヤはヘリから飛び降りた。その際に奏とクリスが驚いたように名を呼んだが気にしない。
予め用意していたシェルブリット──拳に力を込め、右肩甲骨の回転翼が高速で回り出す。推進力を得たことで自由落下していた体がノイズに向かって一直線に突き進むような軌道に変わる。
「食らいやがれぇぇぇっ!!」
右腕を振りかぶり、ノイズを吐き出す巨大な飛行型ノイズに向かってシェルブリットバーストを叩き込もうとして──
「っ!?」
横から別のノイズに邪魔される。タコのようなそのノイズは、その多脚を大きく広げてこちらを呑み込むような形で体当たりを仕掛けてくるので、そいつに向かってシェルブリットバーストを叩き込む。
邪魔してきたノイズは一撃で塵と化す。邪魔者は排除できたがカズヤの勢いが一瞬止まる。
そこに一斉に大量のノイズが群がってきた。
(あの大型はやらせねーってか)
纏わりついてくるノイズを片っ端から殴って迎撃するが、完全に動きが止められてしまう。
またしても舌打ちしそうになった時、クリスのガトリング砲がカズヤの周囲のノイズを蹴散らした。
「サンキュー、クリス!!」
「バカ野郎! 何一人でいきなり突撃してんだ!? あたしがメインアタッカーっつったのは何処のどいつだ!!」
プンスカ怒るクリスが怒鳴りつつ雑居ビルの屋上に着地。そのままガトリング砲を乱射しながら小型ミサイルを大量に発射、空を飛ぶノイズが面白いように落とされていくのを眺めながらすぐそばに降り立った。
「いや、その、あのデカイノイズ見たらついシェルブリットバーストをぶち込みたくなってだな」
「で、実際にぶち込めたか?」
攻撃を止めずにジト目で睨んでくるクリスにカズヤは困ったように、誤魔化すように笑って答えた。
「全然ダメだったわ」
「一人でやろうとするからだバカ!」
「シェルブリットの弾丸って意味は無鉄砲と同義かい?」
「確かに奏の言う通り、カズヤは考えなしの無鉄砲ね」
クリスに叱られていると、ある程度周囲のノイズを殲滅してきた奏と翼が集まってくる。
「響は?」
「叔父様の指示で、念の為リディアンの防衛に回ったわ」
この場にいない響の行方を翼から聞き出し、「そうか」と納得してから改めてノイズを見上げた。
「...ありゃダメだな。近づこうとすると雑魚が群がってきて近寄れねー。ヘリで頭上を取りたかったが撃墜されるのは確実だからそうもいかねーし」
「遠距離用のシェルブリットバーストは?」
苦虫を噛み潰した表情で呻くカズヤに奏が提案してくるので早速試してみた。
「...どぅおおおおおりゃっ!」
上空の大型に向けて拳を振り抜く。発生した金色の衝撃波が一直線に襲い掛かるが、間に大量の雑魚ノイズが割って入りその身を犠牲にしてシェルブリットバーストの威力を大幅に減衰させてしまう。威力が衰えたそれでは目標の大型に届く前に射線から逃げられてしまった。
「こっちもダメか。ここからじゃ距離があり過ぎて──」
「あのデカブツと空飛んでる奴は全部あたしとカズヤがぶっ潰す。だから他の雑魚は二人に任せた」
カズヤが言い終わる前に、攻撃を止めたクリスが一歩進み出る。
「イチイバルの特性は長射程広域攻撃、カズヤと同調した状態でぶっ放してやる」
「それなら威力も射程も申し分ないね。分かった、クリスとカズヤに任せるよ。そんでアタシ達がその他を受け持とうじゃないの」
聞いて勝手に納得した奏がニヤリと笑い、直ぐ様槍を振るって跳び去っていくと、
「託したぞ、二人共」
翼が一言声を掛けた後に奏に追従した。
二人の背中を見送って、カズヤはクリスの右肩に左手を置いて苦笑。
「やれやれ、責任重大だな、俺達」
「......でも悪くねぇよ、こういうの。それだけ頼りにされてるってことだし...なんてったってあたしとカズヤが組むんだ。できねぇことなんてねぇ、そうだろ?」
「ハッ、違いねぇ!」
二人で笑い飛ばし、上空を睨みつける。
「やるぞ! カズヤ!!」
「おお! やってやろうぜクリス!!」
目を瞑りクリスが歌い出す。カズヤとしては初めて聴く曲だった。鼓膜に優しく響く歌声に気分が高まるのを感じながら拳を高く掲げた。
クリスが歌えば歌うほど徐々にフォニックゲインが高まり、彼女の体から淡い光が放たれる。
シェルブリットの手首から金属の拘束具が弾け飛び、装甲のスリット部分が展開する。それにより手の甲に穴が開き、クリスから発生した光が収束していく。
するとカズヤの全身から黄金の光が迸り、それに同調したクリスも同じ色の光に覆われた。
掲げた拳を顔の高さまで下ろし、拳に、右腕全体に力を込める。
「「輝け」」
二人の声が重なった。
チラリと互いの顔を見合わせる。
どちらも似たような笑顔を浮かべているのに気づき、更に笑みを深めた。
「「もっとだ、もっと」」
体が熱い、胸の奥が熱い、心が昂ぶる。
胸の高鳴りを押さえられない。
「「もっと輝けえええええええっ!!!」」
二人の叫びに呼応するように輝きが増していく。
力が、想いが、心が一つになったかのような一体感。
細胞の一つひとつにまで余すところなくエネルギーで満ち溢れていく感覚。
力が、力が漲る...!!
「カズヤ!」
「クリス!」
互いの名を呼び相手に向かって手を伸ばす。事前に打ち合わせていたように二人は正面から抱き締め合うように密着し、カズヤは左腕でクリスの腰を抱き、クリスは右腕でカズヤの腰を抱き、互いを支えるような形になる。
クリスが左腕を上空のノイズに対して突き出し、拳銃型のアームドギアを展開。それは瞬く間に変形、巨大化し、奇しくも以前クリスが絶唱を用いてカズヤにその銃口を向けた時のような、長大な銃身を持つ砲となった。
銃のグリップをカズヤが右側からシェルブリットのまま優しく覆うように、二人で銃を支えて持つように重ね、人差し指を引き金にかける。
「「シェルブリットォォォォォ──」」
狙うは上空の大型ノイズ、空を我が物顔で飛行するノイズの群れ。
この一撃で全てを終わらせる。
「「──バァァァストォォォォッ!!!」」
二人で同時に引き金を引く。
発射されたのは金色に光輝くエネルギーの塊。
その光弾は猛スピードで一直線に大型ノイズに向かう。邪魔しようとする小型ノイズの群れを消滅させながら、その体を貫き、一撃で爆散させる。
一体目を仕留めた光弾は弧を描き二体目へ。二体目を爆散させると三体目、四体目という風に次々と連鎖的に大型ノイズを爆散させながらも止まらず、やがて計十二体の大型ノイズ全てを殲滅すると、今度は光弾自体が凄まじい閃光を伴って爆裂し、光の雨となって街に降り注ぐ。
光の雨は一つひとつがそれぞれノイズのみを正確に狙い、一体残らず、寸分違わず命中しその体を貫き塵と化す。
暫くして幾千もの光が降り終わると、全てのノイズが殲滅され、街に静寂が訪れていた。
「...やったのか?」
「みてーだ。クリスのお陰でな」
呆然としながら口にした疑問にカズヤが何処か誇らし気に答える。
「何だよ、今の? なんかとんでもねぇもんをぶっ放しちまった...」
一撃で終わらせるつもりで撃った。それは確かだ。
だが本当に一発の弾丸でノイズを一掃できるなんて、自分でしたことなのに正直信じられない。
役目を終えたアームドギアが手の装甲に戻るのを見つつ、先程までカズヤと同調していた時のことを振り返る。
以前に同調した状態でカズヤに銃を向けていた時とは明らかに違う。
ギアの出力上昇も、精神の昂揚も、胸や体の熱さも、あったかいもので満たされていくような幸福感も、解き放った力も、何もかもが段違いだ。
心の底から、カズヤと一緒ならできないことはない、そんな風に改めて思う。
少し首を動かせば彼の顔がすぐそばに。
抱き合うように密着し互いの腰に手を回している体勢だったのを思い出し......そのまま彼にもたれかかるように体重を預ける。
「おっと。疲れたか?」
「...ああ。少しだけ、こうさせてくれ」
真っ赤な大嘘だ。疲労は少ない。ただ単純にこのまま離れるのが勿体なかっただけ。
周囲からあざといと言われるようになってから、本当にあざとくなってきてしまったのだろうか。
同調は既に終わっており、その余韻に浸りながらカズヤに密着し彼の体温を感じる。
何だこれ...凄ぇ幸せ。
もうちょっと、もうちょっとだけこのまま、
「クリス、カズヤ!!」
と思ってたら無粋な呼び声が聞こえてきてしまう。
心の中で舌打ちしながら視線を向ければ、笑顔で駆け寄ってくる二人の姿。
「...ん? おいおい大丈夫かクリス? カズヤに良いとこ見せようとしてちょっと無理しすぎたんじゃないの?」
ぐったりしてるように見えてたのか、奏が心配したような声音で慌ててそばに寄ってきた。
とんでもないズルをしている気分になってきたところで、翼も心配気にこちらの顔を窺ってくる。
「無事か、雪音?」
「...問題ねぇよ、ちょっと疲れただけだって」
皆が純粋に心配してくれてるので、罪悪感が凄い。名残惜しいがカズヤから離れる。
と、カズヤは目を細め、とある方向に体ごと向き直り、静かに言葉を紡いだ。
「...よし、お前ら、このままリディアンに行くぜ。そろそろ響とおっさん達が心配だ」
そうだなと誰もが頷きかけた時、カズヤの通信機が鳴り響く。
不安が的中したのか彼は急いで通信に出た。
「もしもし!!」
『カズヤさん!? 学校が! リディアンがノイズに襲われてるの!! 響が頑張ってくれてるけど一人じゃ──』
聞き取れたのはここまで。どうやら通信が切れたらしい。あれだけでは未来や響、二課及びリディアンの状況は分からないが、分かったことが一つある。カズヤの心配が杞憂で終わらなかったってことだ。
「奏! 俺達が乗ってきたヘリはまだ撃墜されてねーよな!?」
「ああ、向こうのビルの屋上で待機してもらってる!」
「上出来! 急ぐぜ!!」
奏が指差した方向へ一目散に走り出すカズヤの背に誰もが黙したまま続く。
未来からカズヤに通信が入る少し前のこと。
私立リディアン音学院の敷地内、及び校舎などを含む建築物はノイズの集団により襲撃を受け、無惨な光景を晒していた。
あちこち火災が発生し、崩れて瓦礫と化した建物。見渡せばそこら中にノイズがおり、犠牲者を求めてうろうろと徘徊している。
銃撃がノイズに対して有効ではないと理解していながら、生徒達をシェルターに避難させる為に、身を呈してノイズの気を引く自衛官達。
必死に逃げ惑う女生徒達。
容赦なく炭素分解されてしまい、宙を舞う塵。
「ふっ! はぁっ! せやっ!!」
目を覆いたくなるような地獄絵図の中、響は孤軍奮闘していた。一人でも多く助けられるように。これ以上犠牲者を出さない為に。この場にはいないカズヤ達の分まで必死に戦っていた。
そんな響の戦いを無駄にしない為に、未来は懸命に避難誘導を行う。
不幸中の幸いか、ノイズによる犠牲者の数は響のお陰でそこまで出ることもなく、シェルターへ誘導することができた。
避難誘導が終わり、他に逃げ遅れた人がいないか未来が探しに行こうとした時、建物のガラスをぶち破って侵入してきた複数のノイズに襲われるが、間一髪のところを緒川に救われ、二課本部に繋がるエレベーターに逃げるように乗り込み事なきを得る。
しかし今度はノイズとは異なる存在──事件の黒幕、かつて櫻井了子だった者、フィーネが現れた。
「最低でも装者の二人か三人、もしくは"シェルブリットのカズヤ"をここに配置していると思っていたが、まさか立花響を除いた四人を街の方に向かわせていたとはな」
緒川の首を片手で締め上げ宙吊りにしながら嘲笑する女。
その身には予想されていた通り、ネフシュタンの鎧を纏っていた。
「まあ、街には五人揃っても足りないほどのノイズを放ってやった。たとえ"シェルブリットのカズヤ"が装者達の能力を跳ね上げることができたとしても、それを上回るだけの数を用意すればいい。ここには暫く来ないだろう。それでも地上の方は、立花響一人では手に余るようだがな」
己の思い通りに事が進んでいることに気分を良くしたのか、くつくつと笑い声を漏らし、緒川を壁に叩きつける。衝撃で壁に大きな罅が入り、気絶した彼の通信機を奪うと踵を返す。
「...何が目的なの?」
恐怖に震えながらも、未来が敵意を込めた目でフィーネを睨む。
「ノイズを操って、皆を騙して、裏切って、たくさんの人を殺したり不幸にして、あなたは一体何がしたいの!?」
「...麗しいな。少しでも時間を稼ぐつもりか? 奴らの救援が間に合うと信じているのか?」
「信じてますよ。響も、カズヤさんも、奏さんも翼さんもクリスも、私は皆を信じてる! 絶対、絶対助けにてくれるって!!」
「だから言っただろう。奴らでも対処できないほどの──」
「羨ましかった癖に」
呆れた口調でもう一度繰り返そうとしたフィーネを未来の挑発的な言葉が遮った。
「...今、何と言った?」
「あなたは羨ましかった。カズヤさんと、カズヤさんと心を一つにすることで光輝く響達を。私には分かる。あなたのその目に宿る感情は嫉妬。私も少し前まで同じ目をしてた」
「...っ!」
「あなたは響達が脅威になるから遠ざけたんじゃない。カズヤさんと強い絆で結ばれてる響達を見たくないから遠ざけた。何故なら、自分が誰かとあんな風に繋がれたことがなかったから」
「黙れっ!!」
激昂したフィーネが未来に掴みかかり、平手打ちを二回食らわせた。
硬い床に這いつくばりながらも未来は更に告げる。
「...あなたが、あの時クリスを殺そうとしたのはクリスが用済みになったから。でも本当はそれだけじゃない! あなたが手にできなかったものをクリスが手にしたから嫉妬して─」
「この小娘が! まだ言うかっ!!」
倒れた未来の腹に蹴りを入れて漸く黙らせることに成功したフィーネは、自身の呼吸が荒くなっているのに初めて気づく。
そのことに更に苛立ちを募らせ、未来の襟首を掴み持ち上げ高く掲げた。
「ぐ、うぅ」
苦し気に呻く未来にフィーネは怒鳴るように喋り出す。
「いいだろう、私にそこまで生意気な口を利いた褒美として教えてやる! 私の目的は、今宵の月を破壊することだ!!」
「つ、月...?」
「そう。月とはこの世界の人類にかけられている呪い、"バラルの呪詛"の発生源。人類の意志疎通と相互理解を阻むもの。私は月を破壊することで人類を呪いから解き放つのだ」
「何を、言って──」
「"バラルの呪詛"はこの世界の人類である以上逃れられない運命だ。しかし、唯一無二の例外が最近になって現れた...それが誰だか分かるか?」
フィーネの言う呪いが何なのか理解はできないが、唯一無二の例外には心当たりがある。
「まさか」
「そう。"シェルブリットのカズヤ"。奴はこの世界で生まれ育った人間ではない、異世界からの来訪者だ。この世界の人類にはないDNAを持ちながら、またその逆に人類なら共通して誰もが持つDNAを持っていない、正真正銘、別世界の住人」
フィーネの説明は続く。
カズヤは確かに人間、及び人類だが、正確には
だからこそ呪われていないのだ、と。
「奴の存在とその力には驚かされたし、"バラルの呪詛"に対しあの同調現象は何かの役に立つかと思ってはいたが...もう遅すぎた。奴が現れた時点で
そう締め括ると、未来を放り捨て歩き出す。
「今度こそ私は呪いを解き、世界を一つに束ね...そして今度こそあの御方に──」
「待ちな、了子」
突如響いた声のすぐ後、轟音を伴い天井がぶち破られ、一人の男が姿を見せた。
舞い上がった粉塵が晴れたそこには、特異災害対策機動部二課の司令官、風鳴弦十郎が仁王立ちしている。
常人では到底不可能かつ派手な登場をした彼は、何かに耐えるように辛そうな表情で唇を噛み締めてから、覚悟を決めたように鋭い眼光でフィーネを睨む。
「私をまだ、その名で呼ぶか」
「...俺はカズヤくんのように割り切ることもできなければ、覚悟も足りていなかった...これは甘さの表れなのだろう」
両の拳を握り、フィーネに向けて構え、自嘲気味に笑った後、身に纏う空気が変わる。
「だがもう迷わん。お前をここでぶっ倒す」
「ほう? だがそれで私を止められるとでも? 装者やアルター能力のような力がないというのにか?」
「確かに俺には彼らのような力はない。しかし、俺はカズヤくんと同じものを持っている。いや、元々持っていたことを忘れていたが、彼が思い出させてくれたと言った方が正しいか」
「何?」
訝しむフィーネに、弦十郎は床を砕くようにして踏み込んだ。
十の間合いを一瞬にして零にするその爆発的な突進力──カズヤや装者達ですら対応に窮するほどの人間離れした動きに驚き、フィーネの反応が遅れたのを見逃さない。
「意地があるのさ!」
左ボディブローが腹にめり込み、
「俺達!!」
『く』の字に折れたところを右アッパーでかち上げ、
「男の子にはなっ!!!」
棒立ちにして無防備な状態の顔面に右ストレートを叩き込む。
「...ごっ、がはぁっ」
地面と平行な軌道でぶっ飛んだフィーネが壁に衝突し、大きく壁を凹ませた後、そのままゆっくりと崩れ落ちて大の字となり悶絶する。
「...何だその力は!? か、完全聖遺物を、りょ、凌駕する...だと!?」
信じられないものを見る目で睨む彼女に弦十郎は叫ぶように宣言した。
「立て了子! こんなものでは済まさん! 少なくともカズヤくんが殴る必要がなくなるまで、俺が徹底的にお前を叩きのめすっ!!」
もうすぐ一期終わりそう(白目)