カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした 作:美味しいパンをクレメンス
早々に指摘してくれた方、ありがとうございます!!
フィーネが企んだ月の破壊の事件から二週間後。
月の損壊、及びそれらに纏わる一連の処理や調整が済むまでは行方不明扱いにしていた方がいい、という弦十郎の判断によりカズヤと装者達四人は行動制限──軟禁されていた。
しかし、軟禁状態からついにカズヤが我慢できなくなり、騒ぎ始める。
「...ちょっと出掛けてくる」
え? と装者達が唐突に立ち上がった彼に視線を向けると、軟禁されている部屋で唯一の出入口のドアノブに手を掛けていた。
「出掛けるって何処に?」
ソファーに座って女性向け雑誌を片手に奏が呆れながら、とりあえずといった感じで問う。
「何処でもいい、此処じゃねー何処かへ。世界を縮める為に」
ちょっと格好いい台詞な気がするがよくよく考えると意味不明なことを口走る彼は、ただ単に退屈で外に出たいだけなので、誰もが半眼になりつつ思う。そろそろこうなるんじゃないかと。
元々じっとしているよりもアクティブに動くことを好む男だ。むしろ二週間よく持った方だと感心するくらいだ。
「シェルブリットのカズヤ、フリーダム求め、行きます!」
相当ストレスが限界値に近づいてるのか、とうとう普段の口調ですらない。
ドアを開けっ放しのまま楽しげにダダダと駆け出していくカズヤの背中を見送った四人は、顔を見合せ相談に入る。
「どうする? ついてってみる?」
奏の声に翼が首を横に振る。
「いや、ここは様子を見るべき。叔父様や緒川さんがカズヤ対策をしていないとは思えない」
「...なんであいつは味方から対策されることが前提になってんだよ」
「あははは...カズヤさんだし」
翼が至極真面目に言うとクリスがげんなりし、響が乾いた笑い声を上げる。
なお、ほぼ毎日お土産を手に未来が遊びに来てくれていたが、本日は既に帰宅済みだ。
と、外から当のカズヤの声と、弦十郎と緒川の声が響いてきた。
「緒川、おっさん、これは何のつもりだ!!」
「すまないカズヤくん、ここを通す訳にはいかない」
「残念ですが、まだ行動制限は解除されていませんよ」
「うるせぇ! 俺はこっから出て太陽の光を全身に浴びてーんだ。このままじゃストレスでハゲ散らかしそうなんだよ!!」
「さっき夕飯食べただろ。もう夜だぞ」
「今、午後九時前です」
「揚げ足取るな! ちょっとくらい外出たっていいだろうが!? 邪魔するってんなら力ずくでも押し通るぜ」
「ほう? シェルブリットの第一形態か? 普段ノイズ相手に使用している第二形態を使わないのは、生身の俺達二人への気遣いかな?」
「さすがに生身の人間相手にシェルブリットバーストは叩き込めねーからな」
「余裕ですねカズヤさん。でも、これならどうですか?」
「質量を持った残像だと!?」
「隙だらけだカズヤくん!!」
「ぐあああっ!」
ズドン、という腹に響く重低音の後、何かが爆発したような轟音。
外からの振動で部屋全体が揺れる。
「よし緒川、筋弛緩剤だ。これで少しは大人しく──」
「まだです司令!」
「衝撃の、ファーストブリットォォォォ!」
「何っ!?」
「司令!!」
「テメーも分身がいつまでも俺に通用すると思ってんじゃねぇ! 撃滅の──」
「くっ!」
「セカンド──」
「まだだ、まだ終わらんぞカズヤくん!!」
「がはっ!?」
「ご無事ですか、司令?」
「さっきのはなかなか効いたぞ、寸前でガードに成功した腕の痺れが取れんし、ガード越しでも膝が笑う威力だ」
「あれまともに受けて反撃してくるあんたホントに人間なのか!? 腹に穴空いてたんじゃねーのかよ!!」
「もう治ったぞ」
「そうかい! だったら、抹殺のぉぉぉぉ──」
「来るぞ、緒川!!」
「はい! あの術を使います!!」
「ラストブリットォォォォォォォォッ!!!」
なんか部屋の外が凄いことになってる。
翼の言う通り、様子を見る選択は正しかったらしい。
外から絶え間なく轟く怒声と雄叫び、爆音に破砕音、伝わってくる大きな振動。
やがて──
約二十分後。
早々に形振り構わなくなりシェルブリット第二形態まで発動して暴れたカズヤに、緒川が弦十郎と連携の末に見出だした隙に筋弛緩剤を打ち込んで辛くも勝利を果たした。
更にアルター能力を使えないように、追加で静脈にアルコールを適量直接打ち込み、酩酊状態にしておくという念の入りよう。
二人が指一本動かせないカズヤを引き摺りながら部屋へと入ってくる。
三人共、これ以上ないほどボッコボコのズッタボロな状態で。
「これ、じゃなかったカズヤさん、皆さんに差し上げます。退屈凌ぎにどうぞ...ご存知の通りやたらとタフで体力お化けなのでナニしても構いませんよ」
「暫くは動けないし、酩酊状態で頭がフワフワしてアルター能力も使えないはずだ...後はお前達の好きにしろ」
二人は若干怒っているのか、それとも激闘の興奮が冷めてないのか、カズヤの扱いがかなり雑、というかぞんざいだ。
カズヤという餌を与えておけば、装者達が不満の声を上げないと踏んでいるのかもしれない。
「この生活を始めていただく時にもお伝えしましたが、この部屋には監視カメラや盗聴機の類いなど設置してませんし、防音もしっかりしてるので外に音が漏れる心配もありません。皆さんのプライベートは最大限尊重しますし、保証します。何かこちらから皆さんへご用がある際は、必ず事前に備え付けの内線にご連絡するのを徹底します。逆に何か入り用になりましたら内線でご連絡ください」
「それではな.........また基礎から鍛え直すか」
カズヤを捨て置き、ドアをしっかり外から施錠して立ち去っていく大人二人。
残されたのは装者四人と、全く動けず床に這いつくばったままのカズヤ。
しかも彼は酩酊状態で理性と意識がガバガバだ。
「...」
「...」
「...」
「...」
...............ゴクリ。
当然だが、軟禁生活でストレスが溜まっているのは、カズヤだけではない。
それから一週後、行動制限は解除されることになるものの、カズヤが暴れて以来、不平不満の類いは一切出なかった。
むしろ装者達からはもう暫く軟禁生活が続いてもいいという意見が出たのは、また別の話。
【しないフォギア風な閑話】
case1 奏の場合
行動制限が解除されてから暫くした平日のある日。
「実家の掃除と墓参り、手伝ってよ。お願い、聞いてくれるんだろ?」
そう言って奏は、二課よりレンタルした車にカズヤを無理矢理押し込むと、走り出す。
ちなみにクリスは復学した学校に登校しているのでいない。
最近カズヤは緒川と行動を共にするようになってきたので、ツヴァイウィングの活動がないと奏の休みが被り易かったりした。
奏が運転する車に揺られ、高速道路を使って一時間ほど経過して到着したのは閑静な住宅街。
「ここが?」
「そ。アタシの実家...思ってたよりも普通でしょ?」
一般的な二階建ての一軒家。奏が亡くなった家族と共にかつて暮らしていた家とのこと。
「さあ、入った入った。前に帰ってきたのは結構前だから掃除大変だよ!」
「掃除終わった次は墓参りだろ?」
「そうそう。だからあんま時間はないの。テキパキやるよ」
促され、家に踏み入る。
家の中は少し埃っぽい。すぐに換気をする必要があると感じて、カズヤは奏に伺って許可をもらうと家の部屋の窓という窓を開け放つ。
そこから二時間はひたすら掃除だ。掃除機、ハタキ、雑巾などを駆使して数ヶ月放置されていた家を綺麗にする。
風呂は使ってないので浴室をやらなくていいのが唯一の救いか。
掃除が終わる頃にはヘロヘロになったカズヤを、奏は容赦なく車に叩き込む。
「はい次、墓参りに行くよ」
「...あの、奏さんや、少し休憩いただけませんでしょうか?」
「何敬語になってんの気持ち悪い。さっきコンビニで買った飲み物でも飲んでな。それにお寺着くまで休んでればいいでしょ」
提案を鼻で笑ってアクセルを踏み込む。
人使い荒いなー、と思いつつも文句を言う気にはなれず、言われたままコンビニ袋からペットボトルのお茶を取り出し中身を飲み下す。
「アタシにもちょうだい」
「ん」
蓋を閉めずペットボトルを手渡す。
ハンドル片手に受け取った奏は手早くお茶を胃に流し込むとペットボトルを返した。
「いつもはさ、一人でやってんだ」
実家の掃除と墓参りのことだろう。
「...翼も連れてきたことないのか?」
「墓参り自体には来てくれたことあるけど、翼がいるのに湿っぽい空気になるの、嫌でさ。基本的に一人だよ。誰か連れてこようと思ったのはアンタが初めて」
「そうか」
それ以上会話することはなく、二人はお寺に到着するまで黙ったままだった。
お寺に到着すると、奏がまず住職に挨拶し、線香を購入する。
その間にカズヤはバケツと柄杓を借りて水を汲んでおく。
天羽家の墓。至って普通の墓だ。
「前に来てからかなり時間開いちゃってごめんね、今綺麗にするから」
墓石にそう語りかけ、奏は雑巾を使って墓石を磨く。
丁寧にしっかりと。
やがて掃除が終わると、コンビニで買ってきた酒やお菓子──亡くなった家族が好きなもの──をお供え物とし、花屋で買った花も添えて線香を立てる。
そして数珠を取り出し手を合わせ、黙祷。カズヤも奏に倣い手を合わせ黙祷した。
「...仇は討った、って言ってもいいのか分からないけど、一つの区切りはついたよ」
奏は墓石に──亡くなった家族に報告する。
あの時のフィーネの語りにより、奏の家族の死──ノイズの出現はフィーネの差し金だというのが判明した。
「だから、安心して。これからはもう復讐なんて一切考える必要なんてないし、心強い仲間も増えたしさ」
チラリと流し目を送ってくるので、カズヤは笑い返す。
「アタシはこれからも歌い続けるよ」
そう言って、奏は一滴だけ涙を零した。
今、彼女がどんな想いを胸に秘めているのか、カズヤには分からない。察することも難しい。
ただ、静かに泣いた奏の姿が、酷く儚げに映って──
「...カズヤ?」
衝動的に彼女を優しく抱き締めた。
急な行動に戸惑う彼女の頭と背中に手を回す。
「なんとなくだ。なんとなく、こうした方が良いと思ったし、こうしたかった。それだけだ」
「......何だよそれ...でも、ありがとう。アタシも丁度、アンタにこうして欲しかった」
嬉しそうにそう言って、奏はカズヤの腰に手を回し胸に顔を埋めた。
「もう帰るのか?」
車の助手席に座りつつカズヤは問う。
久しぶりの実家なんだからもう少しゆっくりすればいいのに、というカズヤの意見に奏は首を横に振る。
「アタシの今の家はアンタとクリスと一緒に暮らしてるあのマンションだし、早めに帰らないと渋滞酷いしね」
それに、と付け加えた。
「あんまり遅くなるとクリスに何言われるか分かったもんじゃないし」
キーを捻って車のエンジンを始動させる奏。
「ハハッ、そうだな」
「三人で暮らし始めたせいで、誰もいない部屋ってのが寂しくてね。クリスなんて人一倍寂しがり屋だから早く帰って安心させてやんないと」
イタズラっぽい笑顔を浮かべた後、
「今日はありがとう。面倒なことに付き合わせたね」
礼を述べてくる奏にカズヤは肩を竦めて応じる。
「気にすんな。掃除は確かに大変だったが、また付き合ってやるって」
言ってシートベルトを締めると、車が滑るように走り出した。
「それじゃ、帰るとしますか」
「おう、安全運転で頼む」
case 2 クリスの場合
「...知らなかった。"とっきぶつ"のシンフォギア装者やってると、小遣いもらえるんだ」
自分の通帳の残高を見て目を丸くしてるクリスに、カズヤが笑いながら話掛ける。
「小遣いっつーか、給料な。一応、俺らの所属は政府の特務機関だし、命張ってる危険な仕事だ。高い報酬を払うのは当然だろ...ところで奏母ちゃん飯まだー?」
「母ちゃん言うな! 皿出すとか少しは手伝えアホンダラ!!」
場所は奏の部屋、というか最早三人の家。
ソファーに座りほえ~と感心しながら改めて通帳を眺めるクリスに、カズヤが後ろから通帳を覗き込みつつ奏に夕飯の催促をすると、キッチンでフライパンを振るいながら炒飯を作っているエプロン姿の奏が怒鳴る。
「ほいほい、皿出しゃいいんだろ」
キッチンに向かうカズヤが離れていくのを感じつつ、クリスはこのお金をどうしようか考える。
「あのバカはきっと...」
クリスの頭の中で響が「ご飯&ご飯...ウェヒヒ」と涎を垂らしていた。
「とか言って、食費に溶かしてそうだし」
次に浮かぶのは何台も同じようなバイクを前にして「常在戦場」と満足気に頷く翼。
「こっちはこっちで、乗り捨て用のバイクを何台も買い集めてそうなイメージがあるな...いや、勝手な想像だけれども」
夕食ができあがり、三人で食卓を囲んでいる時、クリスは二人に質問することにした。
「給料の使い道? アタシの場合、食費とか光熱費とかの生活費でしょ。あとは化粧品とか服かな。家賃は二課が出してくれてるし、あとは貯金だね。そんなに金使う趣味持ってないし」
トップアーティストで二課のシンフォギア装者という高給取りなのに、奏はお金を全く使わないことが判明。
まあ、彼女は金を使って遊びや趣味に興じるよりも、装者としてストイックに強くなりたいと訓練に励んでいたこれまでがあるから、あまり金を使う機会そのものがなかったのかもしれない。
「カズヤは?」
「俺? あんま使ってないからほとんど貯金行きだぜ」
「「嘘だろ!?」」
意外過ぎる返答に驚きハモる二人。
「だってお前、いつも買い食いばっかしてたじゃねぇか!!」
「あの時のあの金は厳密には俺の給料から出てるもんじゃなくて、通信機に入れてもらってた経費扱いの金だ。今でもそれだけで俺のやりたいこと欲しいものなんて、事足りるんだよ。さすがに服とか日用品や娯楽の類いは完全なる私物私用になるから給料から出すが、仕事中に出た飲食代とか交通機関の利用は全部経費扱いにしちまえばいいんだよ」
...あれ全部仕事中ってことで経費で落とさせてたのか。確かに当時そんなことを言ってたのは覚えているが。
平然と応答したカズヤが「塩もうちょい欲しいな」と卓上塩に手を伸ばし、炒飯に振りかけるのを見つつ、クリスは考える。
考えて考えた末に──
「ご両親の為に仏壇が欲しい、ね。良いんじゃねーの? クリスがそうしたいっつーならそうすれば。家主の奏からクリスの部屋に置くなら好きにしろって許可出たし」
休日。
クリスがカズヤの手を引っ張るように握ってやって来たのは、家の近くの仏具店だ。
「悪ぃな、付き合わせて」
「気にすんな。とりあえず入ってみようぜ」
店内に足を踏み入れると、スーツを着た店員から「こんな若いカップルがウチの店に何の用だ!?」という感じに驚愕の視線に晒されるが二人は気にせず物色する。
「多少高くてもいいから格好良いのが欲しいんだ」
「お前が気に入ったもんならご両親も満足すんだろ」
「っだよな! へへ!」
カズヤの返しが嬉しくて、思わずクリスは繋いでいた手を更に強く握り、そのまま彼の腕に抱きつく。
商品の仏壇を前にイチャつき始めた二人に、店員達は大困惑だ。いつからウチの店は、仏具店はデートスポットになったのか!?
しかもそのまま物色するだけ物色して帰ると思ってたら、暫くして気に入ったものを見つけたのか女の子が「この仏壇ください」と言い出して更に混乱に拍車が掛かる。
仏壇って安くても数十万から百万以上は軽くいくんですけど!?
「お、お支払方法は?」
店員が恐る恐る尋ねると、クリスは事も無げに「一括で」と返答。
仏壇を一括で購入できるこの銀髪の美少女は何者だ?
店員の混乱は収まるどころか酷くなる一方だ。
「今の時間帯なら当日配送とかできるんじゃねーの?」
「あ、それいいな。すいません、当日配送ってできますか?」
「は、はい! できますよ!」
狼狽えながらも笑顔で応じる店員。疑問なんて捨て置いて四の五の言わずに対応するしかない。商品を購入してくれるならこの際美少女でも若いカップルでもなんでもいい。
「ありがとうございました。後程、ご指定いただきました時間とご住所にお伺い致しますので、ご対応の程、よろしくお願い致します」
よく分からんカップルだったが、店で上から順に数えた方が早い金額の仏壇を本当に一括で購入して去っていく二人に、店員一同深々と頭を下げたのであった。
その後二人はレストランで昼食を摂ることに。
「そういやご両親の写真とか持ってんのか? 遺影はあった方がいいだろ」
「...」
「あ」
悲しそうな顔になるクリスを見てカズヤは自分が失敗したことを悟った。
幼少期に異国で両親を失い天涯孤独となった彼女が、両親の写真を持っていたらとっくに家の彼女の部屋に飾ってるに決まっていた。
「...ま、まあ、ご両親って有名な音楽家だったんだろ。だったらネットで画像検索してみれば良いのが見つかるんじゃねーの?」
この一言でパァーと花咲くように笑顔になるクリス。
「そうだよな! なんで今まで思いつかなかったんだよあたしは! ナイスアイディアだカズヤ!!」
喜色満面で早速スマホを弄り出すクリスに、カズヤは内心でホッとするのであった。
昼食後、家に帰る前にネットで見つけたご両親の画像をプリントアウトし、手頃な写真立ても購入しておく。
それから家で二人でのんびりしていたら、指定した時間通りに仏具店の店員がやって来るので対応する。
そしてクリスの部屋に、ついにご両親の為の仏壇が設置された。
「サンキューな、カズヤ。お前のお陰でパパとママの為に立派なもん揃えられた」
「俺はお前にくっついて出掛けただけだぜ。礼を言われるほどのことじゃねーよ」
「それでも礼を言いてぇんだよ、素直に受け取れ」
「それもそうだな」
クリスの頭の上に手を載せて撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。
その後仕事から帰宅した奏が購入した仏壇を見て、
「...これはまた、随分立派なの買ったんだねクリス」
おおーっ、と感嘆の声を上げる。
「まあな!」
えっへん! と胸を張るクリス。
互いに大切な家族を失った者同士。
そんな二人が今、本当の家族のように楽しそうにしているのを見て、カズヤは微笑ましいと思うのであった。
case 3 響の場合
「...カズヤさん、その、デートしてください! 私と二人っきりで!! な、なんでも言うこと聞いてくれる約束ですよね!?」
響が顔を真っ赤にしながらそうお願いしてきたのは、まだ行動制限中の時である(カズヤが緒川と弦十郎相手に殴り合いをする前)。
これをカズヤは二つ返事で了承。
そして、とある休日。響にとって待ちに待った、生まれて初めて異性と二人っきりでのデートの日がやって来た。
待ち合わせ場所で、響は緊張した面持ちで自身の姿を繰り返しチェックする。
「変なところないよね? 未来も『可愛い』とか『自信持って』とか言ってくれたもんね?」
彼女の今の格好は、ピンクのロングスカートをメインにコーディネートした服装で非常に女の子らしいものだ。
これまでカズヤとはしょっちゅう同じ時間を共有していたが、こんな風に二人だけでデート、というのは意外ながら一度もない。そう考えると、彼と初対面でいきなり逢い引き紛いことをしていたクリスがいかに恐ろしい娘なのかを改めて思い知り、響は戦慄した。
「よっ、待たせたか?」
そんな感じで考え事をしていたら、いつの間にかすぐそばまで近づいていたカズヤの声に悲鳴を上げそうになりながら、慌てて取り繕う。
「お、おお、おはようございますカズヤさん、本日はお日柄も良く──」
「ハハッ、緊張しすぎだ響。もっと肩の力抜いて、気楽に行こうぜ」
やはり生まれて初めて異性とデートする、という事実に意識し過ぎてガチガチに緊張していた響の頭に手を載せ、落ち着かせるようにポンポンしながら笑う。
(あうぅ~、格好悪いところ見せちゃったよ~......それに分かってたけど、カズヤさんのこの女慣れしてる感じがちょっと悔しい)
「それにしても今日はかなり気合い入れてるな。普段制服以外で響のスカート姿なんてあんま見ないから新鮮だぜ。女の子らしさが出てて可愛いし...どれ、写真でも撮るか」
「え? ちょっ、何してるんですか!?」
おもむろにスマホをズボンのポケットから取り出し、カメラモードで撮影を開始するカズヤに仰天するが、カシャッ、カシャッという音は止まらない。
「はい、笑顔でこっち見て、いいね! その恥ずかしがってる表情も絵になる!」
「やめて止めてやめて止めてやめて止めてカズヤさぁぁぁぁん!! 消して! 撮ったデータ全部消してぇぇぇっ!! 怒りますよぉぉぉっ!!」
「ブハッ、アハハハハハハ!!」
写真を撮りながらついに吹き出すカズヤ。
必死にスマホを奪おうとするが、ひらりひらりと避けられる。
ある程度満足したのか、彼はスマホをズボンに仕舞うが、くつくつと楽しそうに笑い声を上げて腹を抱えていた。
「もう、もうっ!!」
頬を膨らませた響がカズヤをポカポカ叩く。
「くははっ、いて、やめろ、でも緊張解れただろ?」
「もっと他にやり方ないんですか!?」
「いや~、響が可愛くてついからかいたくなっちまんだ。悪かった、ごめんな、ワリィ、すまねぇ、許せ」
「そんなに謝るくらいなら最初からしないでください!!」
ふん! と響がそっぽを向くが、カズヤは気にせず響の手を取り駆け出した。
「ほら行こうぜ、響!」
「...もう、カズヤさんのバカ!!」
いきなり引っ張られて当然驚くが、そんな少し強引なところがカズヤらしくて、響は満面の笑顔で彼を罵り横に並んだ。
「砂糖吐きそう」
少し離れた場所から二人の様子を物陰から監視していた未来が、口元を押さえて思わず呻く。
「...ていうかあの二人、前より距離感近くありません? いや、前々から二人の距離感近かったですけど、それよりもって意味で...私が知らない内に何かあったんですか?」
未来の両隣には奏とクリス、奏の更に隣に翼の姿があったが、彼女達三人は未来の質問に答えず沈黙したままだ。
「...聞いてます?」
訝しげに左右に首を振って両隣に問うが返事がない。
......おかしい。明らかにおかしい。
翼はまだいいとして、独占欲が強い奏とクリスが、目の前でカズヤと響の二人がイチャついてるのを見て、何故黙って大人しくしている?
未来の中にある二人の人物像なら、血涙を流してあの場に乱入しているはずだ。
「...皆、私に隠し事してない?」
ドキンッ!
僅かに三人がビクッとしたのを未来は見逃さなかった。
「あああ! カズヤと響が行っちまうよ!!」
「このまま二人を見失ったら大変よ小日向!!」
「確かに見失ったら大変だな! 二人がどんなデートするのか気になるもんな!!」
まるで予め打ち合せしていたかのように奏の叫びに続いて翼とクリスが応じるように叫ぶ。
なんでこんなに息合ってるの!? なんか一緒に戦う仲間だからとか、シンフォギア装者達だからとか抜きにして妙な連帯感を発揮して誤魔化そうとする三人に未来は疑念を深める。
何だろう。この、蚊帳の外感というか、秘密を共有されていない疎外感は...?
(...まあ、今は別にいいけど)
今はとにかく響とカズヤのことだ。
なお二人の行き先など既に把握済み。
まず最初に映画館で映画を見る。そもそも席のチケットを予約したのは未来なのだ。
ついでに二人を監視する為の席も別途予約済みよ!
「ポップコーンと飲み物買うか」
「たくさん買いましょう。私映画館で食べるポップコーン好きなんです」
「その気持ち分かる。こういう場所で食う物って美味いよな」
でかいカップに山盛りのポップコーンを一つ、Lサイズのコーラとメロンソーダを一つずつ。購入したそれらを手にして席に着く。
「この映画、おっさんのオススメだろ?」
「はい。師匠が好きなシリーズの最新作なんです」
「そいつは期待できそうだ」
人気アクションシリーズの最新作。弦十郎のオススメということもあって、ストーリーはよくある王道ものだがかなりド派手な演出やアクションシーンが盛りだくさんで、二人は当初の予想以上に楽しめたことに満足した。
上映後は場所を近くのレストランに移し、食事を摂りながら先程の映画について話す。
映画観賞の後に、それについて感想を言い合ったり批評したりするのは映画館を出た後の醍醐味だろう。
「確かに映画自体は面白かったが、俺は上映前の新作映画紹介にあった『カニボクサーVS忍ばないNinjaシャーク』ってのが気になってしょうがねぇよ!」
「もうタイトルだけで突っ込み所多過ぎて頭爆発しそうなB級映画ですよね!」
二人で大笑いしながら様々なことを話しつつ、腹を膨らませていく。
「今度はそれ見に行きます?」
「いや、見るんだったら見えてる地雷はやめて、今日みたいなもっとまともなもんにしとこうぜ。ああいうのは、レンタルで安く済ませるのが一番良いんだ。映画館で見たらそれこそ金と時間の無駄だ」
「アハハッ、酷い! 今気になるって言ったのに!」
「気にはなるが、そこまでじゃない」
「じゃあレンタル開始した時に覚えてたら一緒に見ましょう」
「でも二人共その頃には忘れてそうだな」
「あり得る!」
二人の楽しい時間は続く。
昼食を終えて、ゲーセンやカラオケ、ボーリングなどを梯子して一通り遊び倒した頃、時刻は夕方に差し掛かっていた。
「...あっつー間に夕飯の時間になっちまった」
「ご飯どうしましょう?」
「"ふらわー"行こうぜ。ルナアタック後も変わらず頑張って店開いてるし、売り上げに貢献だ」
「賛成!」
心の底からデートを楽しむ二人を少し離れた場所から監視しながら、未来はなんだか寂しい気持ちになってきたのを自覚する。
なんだか仲間外れにされている気分。
二人に混ざりたい。凄く混ざりたい!
これが響とカズヤの二人きりのデートではなく、自分を含めた三人で、もしくはそばにいる奏達を含めたいつもの六人ならこんな寂しい思いをすることもなかったのに...!!
何だろう? この嫌な感じは? 言葉で表せない不安が胸を過る。
まるでいつか、響とカズヤが自分を置いて遠くに行ってしまうような気がする。
(...そんなことない! そんなことないよ! だってあの時も二人はちゃんといつも通り帰ってきてくれたじゃない!)
首を左右に何度も振って嫌な考えを追い出し、視線の先の仲睦まじい二人を見つめる。
しかしながら、随分前に収まったはずのあの感情が再び沸き上がってきた。
ドロドロと黒いタールのようなそれは嫉妬だ。
カズヤに嫉妬しているのか、響に嫉妬しているのか、それとも自分に構ってくれない二人に──自分がいないのに楽しそうにしている二人に嫉妬しているのか分からない。
そんな時、横から暢気な声が届く。
「この鯛焼き堪んないね!」
「そういやカズヤに初めて会った時に最初にもらった食べ物って鯛焼きだった」
「ふふ、雪音にとって鯛焼きは思い出の味か」
視線を奏達に移す。
一人悶々としている自分とは対照的に、余裕綽々な態度で鯛焼きに食らいつきながら響とカズヤを観察する三人。
それにしても自分とこの人達の差は、一体何なのだろうか...?
響達が通うリディアン音楽院は、カ・ディンギルが起動したせいで瓦礫の山と化したので、政府が廃校となっていた学校施設を買い取り設備を改修することで生まれ変わった。
それにより校舎や寮などの学校施設は全て移転したので、今響達が暮らしている寮は、以前と住所が異なる。
男が女を送るまでがデート、というカズヤの持論により寮まで二人で手を繋いで歩いてきた。
なんとなく別れるのが惜しくて、響の足取りはゆっくりとしたもので、それにカズヤは何も言わず合わせていたが、寮は逃げないので普通に歩くよりも時間はかかるがやがて辿り着く。
こんな時にもしどちらか片方が一人暮らしだったら、お
そんな栓のないことを考えてから、寮の手前で響は立ち止まってカズヤに顔を向けた。
「今日はワガママ聞いてもらってありがとうございました」
「礼なんて要らねーよ。俺も楽しんだしな」
嗚呼、今日が終わってしまう。楽しかったデートが終わってしまう。
「...また、たまにワガママ聞いてもらっても、いいですか?」
さっきまで元気一杯だった少女が、今はしおらしい態度で、しかも上目遣いでそんなお願いをしてくる。
そんな響に、カズヤはこちらから是非にとお願いしたい気分になる。
「当たり前だろ......またな、響」
繋いでいた手を放し、放した手をそのまま響の頬に添えた。
次に何が起こるのか期待して、頬を赤く染めて瞳を潤ませた響がゆっくりと目を閉じた...その時──
「あれ? 響とカズヤさんじゃん! 何してんの?」
最高に空気読めてない板場の声が聞こえてきて、二人は固まった。
「ホントだ。やっほービッキー、カズヤさん!」
「こんばんわ、立花さん、カズヤさん」
安藤と寺島も現れる。どうやら三人で出掛けて丁度今帰ってきたらしい。
「...よ、よう」
いつも飄々として余裕の態度を崩さないカズヤも、流石にこのタイミングでは動揺を隠せない。
「さささ三人も、で、でか、出掛けて、たんだ」
響なんて羞恥で頭が爆発寸前だ。
声を掛けられるのがあと数秒ずれていたら、とんでもない場面を見られるところだったのだから無理もない。
そんな二人の態度に三人は顔を見合わせてから、
「...もしかして響とカズヤさん、デートしてた? 響の格好、超気合い入ってない!?」
「ホントだ! ビッキー超可愛いよそのスカート!」
「女の子らしさが全面に出ていてとてもナイスです、立花さん!」
こんなことを言ってくる三人に響は頭から湯気を発生させ、
「...ひゃああああああああああああ!!」
ついに耐えきれず、日々鍛えた足腰を用いて猛スピードで寮の中へと消えていった。
「...お前ら、あんま響のことからかうなよ」
響の周囲にいる人間の中で一番響をからかっているカズヤがやれやれと溜め息を吐くと、三人はこの人にだけは言われたくないと思いつつ、後で彼女に謝っておこうと反省する。
「またな、響...おやすみ」
そして、カズヤは誰にも聞こえないくらい小さな声で、一人言のように呟いた。
case 4 翼の場合
「なぁ、翼」
『何だカズヤ?』
インカム越しに聞こえる翼の声は非常にご機嫌だ。
「今何時だよ?」
『午前五時だが?』
それがどうした? と言わんばかりの返しにカズヤは半眼になるも、続いて問う。
「今ここ何処だよ?」
『神奈川県の西湘バイパスを使って静岡県方面に向かっている最中だ』
つまり神奈川県の端っこ、南西部地方。もうすぐ静岡県だ。
「ちなみに今日は何処まで行くつもりなんだ?」
『...そうだな...とりあえず往復でカズヤのバイクの慣らし運転が終わるまで、かな』
「...正気かお前? 俺のバイク、二日前に納車したばっかなんだが?」
『知ってる』
「...バイクの免許取って一週間も経ってない初心者なんだが」
『そんなことは知ってる。♪~♪~』
ついに翼はインカムの向こうで楽しそうに歌を歌い始めた。
「翼」
『♪~、っと、何だカズヤ?』
「排気量250ccのバイクの慣らし運転に必要な距離って何キロ?」
『メーカーや車種にもよるが、大抵は千キロだ』
「...千キロ...往復つったな? 片道五百キロあったら東京から何処まで行けるか教えてくれ」
『ルートにもよるが、だいたい大阪くらいまで行けるな』
大阪!? 大阪だと!!
東京から大阪まで、片道五百キロ!?
「お前、このペースで大阪まで何時間掛かるか分かってんのか!?」
『カズヤのバイクが慣らし運転中だから高速道路は使えない。エンジンの回転数は出せても精々五千から五千五百、250ccの場合それだと時速六十から七十前後、行きも帰りも下道となると、片道で半日くらい』
「それ、今日中に帰るの無理だろ?」
『当然大阪で一泊のつもりだが?』
何を今更、みたいな返事にカズヤは血相変えた。
「奏とクリスに今日外泊するなんて言ってねー、つーかあの二人まだ起きてすらいねーぞ!!」
『アッハッハ! 後で私が二人のスマホにメッセージでも入れておこう! 今日と明日の二日間、カズヤは私が独り占めするとな!!』
「...」
最早カズヤは絶句するしかない。
まだ暗い自動車専用道路(高速道路ではないが有料)を、翼と二人でそれぞれのバイクに跨がり疾走しながら、なんでこんな状況に置かれてるのか、一から記憶を探ってみることにした。
今思い返してみれば、全ての切っ掛けは緒川の一言から。
「カズヤさん。そろそろ車の免許を取ると便利ですよ。費用はこちらが全額負担しますので、いかがでしょう?」
これまでの移動手段といえば徒歩か公共交通機関。誰かが運転する車かヘリ。
いざとなったらシェルブリットで飛ぶことも可能だが、それはあくまで緊急の場合のみ。
公私問わず移動手段を複数用意しておくのは、確かに便利と言える。
「まあ、あって困るもんじゃねーし、ただなら」
「ではこれから免許取得まで教習所に通ってもらいますが、書類上の苗字はどうしましょう?」
「あー、流石に免許証の名前が『カズヤ』だけじゃ色々面倒だよな。テキトーでいいのか?」
「今後名乗る上で差し支えなければなんでもいいですよ」
「苗字...苗字ねぇ、なんか良いのねーかな」
「僕から候補を挙げるとすれば、『風鳴』『天羽』『立花』『雪音』なんてのがありますが」
「あいつらの間で殺し合い始まるからやめろ」
「なら他に何かあります?」
「...『君島』、『君島』で頼む」
「ちなみにこれにした理由は?」
「なんとなくだ。ちょっと呼んでみろ」
「君島さん」
「"さん"は要らねー」
「君島」
「もっと乱暴に、がなる感じで」
「君島っ!!」
「よし、満足!」
「?」
そんなこんなで教習所に通うことが決定したその日の夜。
もうそろそろ寝ようかと思っていたら翼から電話が掛かってきた。
「もしもし」
『カズヤァァァァァァァァッ!!!』
「...いきなりうるせぇよ! 何だってんだ!?」
『緒川さんから聞いたわよ、車の免許を取るって』
「あ? ああ、そうだが」
『バイクの免許も一緒に取るのはどう?』
「バイク?」
『そう、バイク』
少し考えてから尋ねてみる。
「バイクの免許、今の俺に要るか? 車なら分かるが──」
『要る! 絶対要る! ないと私とツーリング行けない!!』
めっちゃ食い気味な言葉に凄い必死な感じが伝わってきた。
とりあえずそのまま話を聞いてみると──
・曰く、翼はバイク好き、ツーリングが趣味だが、一緒にツーリングに行ってくれる仲間がいない『ボッチライダー』であるとのこと
・そもそもの問題として、トップアーティストとしての翼、及びシンフォギア装者としての翼の事情を理解しており、一緒にツーリングに行ってくれる仲の良いライダーなど皆無であること
・奏を含めた他の面子からは既にお断りされていること
・カズヤなら男性なので、女性よりもバイクを好きになってくれる可能性が高いこと
などなど。
要するに、同じ趣味を持つ仲間が欲しいのである。
『お願いだカズヤ! あの時何でも言うこと聞いてくれるって言っただろう!?』
「言ったは言ったが、お前のお願いだけ他の皆のと比べて異常に金と時間と労力使うんだが...」
主に俺が、と口にはしない。それは翼も承知しているはずだ。
車と違ってバイクを趣味にするというのは、それだけハードルが高いのだ。
社会人なら車の免許は誰でも持っている。これは最早常識だ。故に、車の運転はしないが身分証明として免許を更新し続ける人などかなり存在するだろう。
しかしバイクの免許というのは、バイクが好きな人しか取らない免許。
車と違って雨風防げないし、夏は暑いし冬は寒い、荷物はあまり積載できないし、何より事故った時の命のリスクは車と比べものにならない。
そういったマイナス要素を加味した上で、それでもバイクに乗りたいから、バイクが好きだから免許を取る、という覚悟を持った者だけが踏み入る世界なのだから(仕事でどうしても必要な人は除く)。
『お願いカズヤ! もうカズヤしかいないんだ! もういい加減ボッチライダーは卒業したい! ツーリング先でマスツーリングしてる人達を見て羨ましくなるのはもう嫌なんだ! お願い聞いてくれたら私がカズヤのお願いなんでも聞くから!!!』
「必死過ぎだろ」
ただまあ、移動手段を増やす為に車の免許を取ることになったのだ。
バイクもついでにあったとしても困ることはないだろう。
「いいぜ」
『...本当?』
「ああ」
『...やった...ありがとうカズヤ...じゃあ免許取ったら一緒にツーリング行ってくれるか?』
電話の越しの声が涙声に聞こえるのだが、まさか泣いてるのだろうか? そんなにツーリング仲間欲しかったのか。
「ツーリングくらい一緒に行ってやるから、今日は遅いからもう寝ろ」
『うん...おやすみなさい。手続きの方は私から緒川さんにお願いしておくから』
「はいはい、おやすみ」
後日。
カズヤは免許を取る為、一日のほとんどを教習所で過ごす日が始まる。
緒川がなるべく短期間で免許を取れるようにと、仕事の時間に融通を利かせてくれたので、学科や実技を可能な限り詰め込んでいるのだ...合宿免許じゃないのに。
その初日。
「...ただいま...」
「おかえり。お疲れみてぇだな、カズヤ」
「まあ、な」
くたびれたカズヤを、制服の上から赤いエプロンを身に付けたクリスが出迎えてくれる。
「飯にするか? 風呂にするか? それとも...」
「それとも?」
「客の相手するか」
「...客? 誰か来てんのか?」
「私よ、カズヤ」
奥から姿を現したのは制服姿の翼だった。
「今日はカズヤにこれを持ってきた」
差し出されたのは数冊の本や雑誌。
バイクの新車紹介、ツーリングや観光関連、ライディング講座などの、全てバイクに関係する本だ。
「カズヤには私と同じ沼に沈んでもらうから」
「...沼に沈んでもらうって、他に言い方ねぇのかよ」
クリスが隣でドン引きする。
翼は本気だった。そしてカズヤは彼女がバイクガチ勢だというのを改めて思い知った。
「カズヤカズヤ! この動画、動画見て! バイクにカメラ付けて撮影したものを動画化した車載動画だ! 凄く面白いから見て! 私この人のシリーズ大好きなんだ! ね? この動画の人みたいに録画して動画にするのって楽しそうだろう?」
「カズヤ! バイク何買うか決めた? バイク選びはスペックや排気量じゃなくて、自分の直感で『これだ!』っていうのが一番良いから!」
「カズヤ! 今日はバイク用品店に行ってみないか? あると便利なグッズとか、追加のオプションパーツ、プロテクター入りのライダージャケットとかブーツとか見ておいた方が良いと思う!」
「私、自慢じゃないがバイク弄りも得意だ。エンジンオイルの交換なんて朝飯前。お店でやってもらうとお金掛かるけど、私に任せればタダだ、タダ!」
「スマホをナビとして利用する場合、バッテリーからの給電は必須。あとドライブレコーダーは今のご時世、前後にカメラがあった方が良い。ETCもあると高速道路や有料道路を使う際に手間が省けるから付けましょう」
もうここまで来ると、楽しそうな翼を見ているのが楽しくなってきて、ノリノリで翼に付き合っていることに気づく。
で、毎日毎日教習所に通っていることが功を奏したのか、車もバイクも学科と実技はつつがなく進み、試験の類いも難なく終わり、カズヤはついに免許を取得した。
翼は自分のことのようにそれを喜んだ。
バイクは既に契約済み。免許取得に合わせて納車が完了するようにしたので、翌日に翼が運転するバイクの後ろに乗ってカズヤのバイクを受け取りに行く。
新車で購入したそれは、フルカウルのスポーツタイプ。扱い易さと乗り易さと燃費を重視した排気量250cc。
ETCやドライブレコーダー、スマホ給電、スマホホルダーの類いは契約してから納車までの間に追加で付けてもらうよう頼んでいたので、全てすぐにでも利用できるようにしてもらっている。
見た目の格好良さで選んだのだが、実際に乗ってみると教習所で乗っていたものより断然走り易いし、運転してて楽しい。
興奮冷めやらぬままガソリンスタンドに寄り初めての給油を終え、翼と別れて帰宅。
「明後日は翼と初めてのツーリングか」
正直ちょっと楽しみにしていたのだった。
だったのだが──
回想終了。
「いきなり午前三時にモーニングコールされるとは思ってなかった!」
『すまない。今日のツーリングが楽しみで、つい』
「その言い方卑怯だからやめろ。これ以上文句言えなくなる」
事前にしていた約束では、良い感じの時間になったらマンションまで翼が迎えに来る、というものだったので、ちゃんとした時間を決めようとしなかったカズヤにも非はあるのだが、まさか新聞配達よりも早く来るとは思ってなかった。
『カズヤ!』
「何だよ!?」
『楽しい?』
「楽しいよ!」
『そう...良かった』
ヘルメットの中で翼が微笑んだような気がした。
「楽しいけど、こっちはド素人なんだからもうちょいお手柔らかにしてくれると有難い」
『う...それについては、次回から』
「次回からって、マジでこのまま下道で大阪まで行くのか!? お前バカかよ!!」
『何言ってるのカズヤ、知らないの?』
翼は盛大に笑った。
『バイクは、バカにしか乗れない!!』
ツヴァイウィング公式サイト
新コーナー『風鳴翼のバイク日和動画』
※不定期更新
登場人物紹介
・風鳴翼
バイク好き、ツーリング好き。
最近ファンや関係各所から歌が上手いボケ芸人と呼ばれ始めているが、そこにバイクバカも追加すべきである。
後述のKさんをバイク沼に引きずり込むことに成功し、念願のツーリング仲間を手に入れる。
バイクの免許を取得して一週間も経たないKさんをいきなり片道五百キロ、往復千キロのロングツーリングに連れ出すド畜生。都内に住んでるのに距離ガバ勢。バイク乗るなら百キロ圏内は近所とか言い出すアホンダラ。
この動画内で使用するバイクは、ズスキのポン刀シリーズ排気量750cc。
・Kさん(ツヴァイウィングのマネージャー助手兼ボディーガード)
※顔出し声出しNGの為、動画内での台詞は編集の際にのんびりボイスに変換されています。
この動画における最大の被害者。
動画を作る為のカメラ撮影係でもある。
上記のバイクバカとある約束をしてしまったせいで沼に嵌まって抜け出せなくなった人。
ボディーガードなので喧嘩めっちゃ強い。動画内では割りとまともっぽいこと言うが、ツヴァイウィングのケータリング勝手に食ったり、素手のパンチでコンクリート粉砕したりする実際ヤバい人。
愛車はズスキのZSX-R250。
ちなみに後日車を購入した。車の愛称は『クーガー号』、バイクの愛称は『ラディカルグッドスピード』という風に、ネーミングセンスもヤバい。
・ツヴァイウィングのマネージャーO
動画編集担当。
全ての元凶。
ガワザギのNinjaを駆る忍者という噂があるが詳細不明。
奏についてはルナアタック終わったら一つ区切りがついてお墓参りするかなと思いました。
クリスはほぼアニメと同じ展開。その為少し物足りなかったかも。
響は、響みたいな彼女が欲しかった青春時代だったんや...おや、誰かフォースの暗黒面に導かれている気が。
問題の翼。半分ギャグのつもりで書いてたのに...途中から『ばくおん』ネタに走りました。すいません。
翼のバイクの元ネタはスズキの刀シリーズ。普段剣云々言ってるのでじゃあこの作品では実在する刀という名前のバイクに乗せてやろうということで。つまりこの作品の翼は鈴菌ならぬズス菌に感染してます。
なお奏は翼のガチツーリングには付き合いません。二人乗りで長時間シートに座ってると尻が痛くなるので。一回それで痛い目みたのでもう勘弁してくれと。ちょっと近所に遊びに行く、くらいは構わないのですが。
カズヤのバイクの元ネタはスズキのGSXシリーズ。見た目重視だが、メーカーについては翼に誘導された感がある...というイメージで。
あ、カワサキのNinjaというバイクも実在します。