カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした 作:美味しいパンをクレメンス
ファッ!? てなりました。皆様ありがとうございます。
XDのキャラソンアルバムCDバージョン2と水樹奈々さんの新作アルバム買いました。あと一緒に一期から順にキャラソンCD集め始めたので、今月計一万以上消えました。
OVERTURE
カップ麺の『黒い豚野郎カレーラーメン』をカズヤが啜っていると、テレビからツヴァイウィングが来週行うライブの話題が出ていた。
自然と視線がテレビに向く。
今回のライブは、ツヴァイウィングにとってコラボレーションライブとして行われる。
コラボの相手はマリア・カデンツァヴナ・イヴという女性。
デビューから僅か二ヶ月で全米ヒットチャートの頂点に登り詰めた気鋭の歌姫。
テレビに映し出されるマリアの姿を見てから、カズヤは『黒い豚野郎カレーラーメン』のスープを一口飲むと、奏に尋ねる。
「そっちのうどん少しもらっていいか?」
すると奏は『赤い女狐うどん』を啜っていたのを一旦やめると、カップ麺の容器ごと渡してくれた。
「じゃ交換、カレーラーメンちょうだい」
「ん」
こちらも容器を渡し、受け取ったうどんを味わう。
それからカズヤはクリスともカップ麺を交換した。
クリスのは『緑の狸爺かき揚げそば』。後載せサクサクのかき揚げを一口もらい、そばを啜って一息つく。
「来週かー。コラボライブ」
カズヤがぼんやり呟くと、二人ものんびりと「そうだねー」と応じる。
夜食にカップ麺食べて満足したので、そろそろ歯を磨いて寝るか。と思ってるとテレビでは丁度マリアがインタビューを受けているシーンが映る。
『日本に来るのをとても楽しみにしていたのよ』
威風堂々かつ高飛車な態度で流暢な日本語を話す姿に、カズヤは日本語凄い上手いけど日本好きな外国人なのかな? と考えた。
「翼が侍ガールで緒川が忍者って知ったら喜びそうだな」
「外国人の日本のイメージってそれだよね~」
「そういやママが言ってたな。日本に初めて来て一番驚いたのは、侍と忍者はもういないこと、って」
テキトーな発言に奏が苦笑し、クリスは自身が小さい頃に亡き母が言っていたことを懐かしむように話す。
「でも実際はまだいるんだよなー。緒川の奴なんて普通に忍法使うし」
「もしママが生きてたら喜んだのに」
「クリスのお母さんだけじゃなく、外国人は皆喜ぶでしょうね」
暢気な会話が暫くの間続く。
この時、当日にとんでもないことになるとは、誰も予想していなかった。
ツヴァイウィングとマリア・カデンツァヴナ・イヴのコラボレーションライブ、『QUEENS of MUSIC』の当日。
奏と翼が衣装室に入ると、二人が着替え終わるまで会場では特にやることがないカズヤが暇を持て余し、関係者以外立ち入り禁止の区間を当てもなくフラフラしていると、通路の隅に熊の着ぐるみが置いてあるのを見つけた。
「確かこれって...」
北海道のご当地ゆるキャラ、『蝦夷野熊五郎』だ。鮭を咥えた熊の木彫りがモチーフになっていて、着ぐるみの方も口に鮭を咥えている。本物の熊みたいな、やたらとリアルな造形にこだわった外見が話題を呼び、テレビで何度か紹介されたのを見たから間違いない。
なんでこんな所に熊の着ぐるみが? そんなことを思いながらスマホでこの会場とゆるキャラ名で検索をかけてみると、どうやら数日前から一昨日までの間、この会場で大規模なご当地グルメやゆるキャラグランプリが開催されていたらしい。
だとすると、この熊の着ぐるみは哀れにも北海道の観光協会が持って帰るのを忘れてしまったのか。
「こういうのって、この会場を管理してる業者に連絡すればいいのか?」
というか、警備員なり会場スタッフなりがカズヤより先に気づいて対処すべき問題ではなかろうか。
「...」
なんかこのまま放置するのも気が引けるし、防災センターまで持ってってあげることにした。
が、しかし。
「...アンタ何してんの?」
「一瞬、カズヤが暇潰しに野生の熊を殺害して、その死骸を会場に持ってきたと勘違いしたぞ」
「翼の中の俺ってどんな野蛮人なんだ!? いくら暇でも暇潰しの為に野生動物殺したりしねーよ! ...熊鍋食ってみたいって思ったことはあるが」
熊の着ぐるみを背負ってえっちらおっちら防災センターへ向かう途中、ライブの衣装に着替え終わった奏と翼にバッタリ遭遇。
やはりというか、奏は橙色系、翼は青系の色を基調とした衣装で、デザインは左右対称となるのはお約束だ。
翼お前、後でお仕置きな。そう口にすると恥ずかしそうに両頬に手を添え赤くなる...違う、そうじゃない、まさか今の発言はそれが狙いかと突っ込みつつ、なし崩し的にツヴァイウィングの控え室に熊の着ぐるみを背負ったまま入室する。
「...今まで色々な方々が色々なものをツヴァイウィングのお二人に差し入れとして持ってきてくれましたけど、熊の着ぐるみを持ってきたのはきっとカズヤさんが最初で最後ですよ」
「違う。俺は北海道の観光協会から忘れられたこいつをさっき偶然発見し、防災センターに届ける最中だったんだが」
黒縁の眼鏡を装着しマネージャーモードの緒川が、この人頭おかしいという視線を向けてくるので弁明しておき、とりあえず熊の着ぐるみは控え室内の隅っこにでも置いておく。
(もういいや、防災センター持ってくのはライブ終わった後でにしよ)
パイプ椅子に座ってテーブルに突っ伏していると、スマホが震える。
確認してみると、別任務を言い渡されてライブ行けないと嘆いていた響からメッセージだった。
『任務は一応終わりましたけど、終わった瞬間にまたノイズが出て残業が発生したせいでライブ開始には間に合いそうもありません!
うえーん(T0T)
追伸:ノイズと戦ってる時にクリスちゃんが、カズヤさんと同調してシェルブリットバースト撃てれば一発で片が着くのにとぶつぶつ言ってました。私もそう思うので次は絶対一緒ですよ!』
どうやら響とクリスは無事に任務を終えたらしい。文面からして怪我などはしていないようだ。
『お疲れ。怪我とかしてないようで何よりだ。残業については災難だったなとしか言えねー。クリスについては後で本人から聞くとする。任務に誰が就くかはお前の師匠に文句言え』
簡単ではあるが響に返信しておくと、控え室のドアがノックされる。
「...ほいほい、今出ますよー」
建前上、カズヤはツヴァイウィングのマネージャー補佐兼ボディーガードということになっているので、誰かが訪ねてきた場合は率先して対応するようにしている。人気歌手がトチ狂ったファンに襲撃されるなんて古今東西よく聞く話だし、いきなりナイフや銃を向けられてもアルター能力で即分解し無力化が可能なので、誰よりも適任なのだ。
若干警戒しながらゆっくりドアを開けると、そこには今日のコラボ相手のマリア・カデンツァヴナ・イヴと、彼女とよく似た雰囲気を持つサングラスをかけた女性がいた。
緊張で震える手を深呼吸で落ち着けてからノックをする。と、それほど間を置かずに男性の応じる声が聞こえてきて、私とセレナはドキリとした。
今の声は...!
ドアがゆっくり開けられると、この六年間憧れ続けていた人物が顔を出す。
"シェルブリットのカズヤ"。右腕も髪型も記憶の中の彼とは異なるが、逆に言えばそれ以外は全て記憶のまま。間違いなくあの時セレナの命を救ってくれた人物がそこにいた。
六年前とは違う、手を伸ばせば届く距離。
今すぐにでも彼に抱きついてあの時のお礼を言いたい衝動を必死に堪える。
なんとか踏み留まることができたのは、そばに控えたセレナが震えていたのを察したから。妹が耐えているのだ。姉の私が耐えられないのは情けない。
「おっ」
「...」
彼は私の顔を見ると、一瞬きょとんとした後、背後に振り返り口を開く。
「奏、翼、今日のお相手がわざわざ挨拶に来てくれたみたいだぜ...こちらへどうぞ」
「...ご丁寧にどうも。邪魔するわよ」
カズヤに促され、入室する。
私の声は震えていないだろうか? そんな不安を押し隠しながら、髪をかき上げ傲岸不遜な態度の歌姫として振る舞ってみせる。
「今日はよろしく。ツヴァイウィングの天羽奏に風鳴翼。今日のライブ、精々私の足を引っ張らないように頑張ってちょうだい!」
するとこれを挑戦と受け取ったのか、日本を代表する二人の歌姫は不敵に笑う。
「そっちこそ、アタシと翼に付いてこれる?」
「私と奏、ツヴァイウィングの歌がどれほどのものか、しかとその耳で聴くことね」
...これが、真のトップアーティストとしてのオーラ!!
内心で気圧されているのを必死になって顔には出さないようにする。
ていうか、こっちは一人なのにそっちは二人っていうのが少しズルい気がした。やっぱり恥ずかしがって嫌がるセレナを無理矢理加えて姉妹二人でデビューすれば良かったかしら?
「そういや、そちらさんはどなた? マネージャーか?」
セレナの存在が気になったのか、カズヤが質問してきた。
するとセレナはサングラスを外し、カズヤに一礼してから名乗る。
「セレナ・カデンツァヴナ・イヴと申します。マリア姉さんのパーソナルアシスタント、日本風に言えば付き人になります」
「マリア姉さん? ってことは妹?」
「はい。私達、姉妹です」
「へー、似てると思ったら姉妹か。姉が歌手で妹がその付き人ね。姉妹で頑張ってんだな」
満面の笑みを見せるセレナに対して、カズヤは感心したように腕を組む。
そこで会話が途切れるが、セレナはカズヤから熱い視線を外さない。じっと彼を見つめ続けている。
無理もない。六年前の命の恩人。そしてあの光と輝きをセレナは間近で目撃したのだ。
私も同じだ。あの時のあの光と輝きに惹かれている。美しく、それでいながら荒々しくも生命力に溢れたそれは、六年前に私達姉妹の魂に刻み込まれていた。
「...あなた、『Kさん』よね」
私の言葉にカズヤは目をぱちくりさせた後、何かを諦めたように溜め息を吐く。
「まさか海外の歌姫にあの残念な動画を見られてるとはな」
額に手を当て頭痛を堪えるような仕草のカズヤに翼が詰め寄った。
「残念って言うな、残念って! 私とカズヤの努力の結晶、クールでスタイリッシュな動画だろう!」
半眼になって胡散臭いものを見つめる眼差しとなるカズヤ。
「お前は視聴者から寄せられる動画へのコメントを見たことねーのか? 完全にコメディ扱いじゃねーか」
「そんな!? アルファベットの『w』や『草』がたくさんあるのは良いことだと皆言ってくれたのに!?」
翼の必死の訴えに彼はついに哀れなものを見る目で告げた。
「アルファベットの『w』は『笑い』を簡略化しただけだからな。で、『草』ってのは『w』がたくさんあると草がたくさん生えてるみたいだろ? つまりはそういうことだ」
「つまり私の動画は最初から最後まで笑われている、と...?」
「笑いが取れるコメディってことだよ」
「...」
ガーン、とショックを受けて項垂れる翼は、先程のトップアーティストとしての顔ではなく、年相応の少女のものだ。
へぇ...カズヤの前でならそういう顔をするのね。
少しからかいたい気分になってきたので、私は一歩カズヤに近づき手を差し伸べた。
「私、あなたのファンなのよ。動画、いつも楽しませてもらってるわ。のんびりボイスと言ったかしら? あの台詞、実際にあなたが喋った言葉を変換したものなんでしょ?」
「あの動画の主役は私のはずだが!?」
「歌が上手いバラエティー芸人はすっ込んでろ。ま、俺なんか顔も声も出してねー撮影係で、バイク運転中のそいつの話相手に過ぎねーから、あの動画については正直コメントに困るんだが、楽しんでもらえてるなら良かった」
こちらが差し伸べた手にカズヤが手を伸ばして握手してくれる。それだけで私はとてつもない感動に襲われた。
嗚呼、私は今、"シェルブリットのカズヤ"の手を握っている。
この手が、六年前に大切な妹──セレナを守ってくれた。
この手が、私達が求めて止まない光と輝きを生んでいるのだ。
三ヶ月前に『ルナアタック』から世界を救った真の英雄。
男性らしく大きくて、ゴツゴツしていて少し硬い。
でもとても温かい。その温かさは人を安心させる優しさを感じる。
「...」
「...」
「...」
「.........?」
なかなか手を離そうとしない私にカズヤが不思議そうな表情を浮かべる。
それが不覚にも可愛く映ってしまい、ドクンッと心臓が跳ねる。
ヤダ、そんな顔を見せられてしまうとますますこの手を離したくない気持ちが強くなる。
私の中で勝手に妄想していた人物像──英雄像を良い意味でことごとく裏切ってくれる。六年前は年上のお兄さんかと思っていたのに、今は私の方が年上っぽくなっていて、さっきから子どものようにコロコロと表情を変化させる姿がとても可愛らしい。
「Kさんのお名前、教えてくれる?」
「カズヤ、君島カズヤだ」
本当は知ってるけど尋ねると快く教えてくれる。
「カズヤね。覚えたわ、カズヤ。私はマリアよ、よろしくね、カズヤ」
「ああ、よろしくマリア」
きゃああああああ!? 私、カズヤにファーストネームで呼ばれてる!!
心臓が、車のエンジンみたいにバックンバックン激しく動いているのを感じる。
気づけば口から勝手にこんなことがポロッと出てきた。
「今日のライブ、私の歌をあなたに捧げるわ」
周囲が驚いているようだが体が勝手に動く。
半歩踏み込み、左手でカズヤの頬に手を添え、至近距離で彼の瞳を覗き込む。
「だから、ライブが終わった後、ディナーに誘ってもいいかしら? 素敵な夜にすると誓うわ」
自分で言ってて完全にナンパだ、と理解するがもう遅い。時間は戻らないし、吐いた言葉はなかったことにできない。
「.........マリア姉さん......!!」
背後でセレナが慌てていることに今更気づき、名残惜しいがカズヤから手を離し、退室する為ドアの前まで歩いてから反転、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしているツヴァイウィングとそのマネージャー、そしてカズヤの顔を眺めてから、カズヤにだけ向けてウィンクをし、控え室を出た。
「マリア姉さん...どうしてあんなことを...!?」
カツカツとヒールで足音を立てつつ足早に歩く私をセレナが怒ったように疑問を投げ掛けながらついてくる。
カズヤを前にし、握手をしてもらい完全に舞い上がっていたことをセレナにそのまま伝えるのは、なんかちょっと嫌だったので話題をすり替えた。
「マムとウェルに作戦変更できないか打診してみるわ」
「それは...!」
「セレナ、分かってるでしょ。隠しているつもりのようだけど、ウェルはカズヤのことを敵視してる。英雄願望と自己顕示欲の塊が白衣を着てるような男が、真の英雄であるカズヤに嫉妬するなんて烏滸がましいにもほどがあるけど、事実は事実」
今言ったことはセレナも思い当たる節があるのか、反論してこない。
「私ね、はっきり言ってウェルを信用してないの」
マリアとセレナが去った後、奏は鋭い目付きで呟いた。
「...似てる」
何のことだ? と問う前に奏は続けた。
「あのマリアとセレナっていう二人、似てる」
「誰に?」
翼の質問にはっきり告げる。
「カズヤに再会するまでのアタシと、初めて会った時のクリスに」
「それってつまり...」
視線がカズヤに集まる。奏、翼、緒川の三人に見つめられたカズヤは顎に手を当て、先程の二人を何処かで見たことないか記憶を探るが、該当するものはない。
「俺は知らねー」
「たぶんアンタが覚えてないだけだと思う」
「私もそう思う」
「僕も同意見です」
そんなこと言われても知らないものは知らないのだ。一体どうしろと?
「...厄介なことになんなきゃいいんだがな...」
嫌な予感がする。
もしかしなくてもあのマリアという女。バイク動画のKさんのことではなく、"シェルブリットのカズヤ"のファンと言ったんだろう、と。
カズヤが一抹の不安を抱えたまま、定刻がやってきてライブが始まり、嫌な予感は的中した。
『私...私達はフィーネ。そう、終わりの名を持つ者だ。私達がまず日本政府に要求するのは、とある人物の身柄を引き渡してもらうこと。先のルナアタックから世界を救った真の英雄でありながら、日本政府の重要機密事項として秘匿されている人物、"シェルブリットのカズヤ"、彼の身柄を要求する! なお、彼がこの会場にいることは既に確認済み...さあ、私の声が聞こえているのなら、このステージに姿を現せ。"シェルブリットのカズヤ"!!』
【OVERTURE】
ライブが始まり三人が歌った後にトークに入ったと思ったら、突如としてノイズが発生。
しかしノイズは無差別に来場の観客を襲うことはせず、まるで制御されているかのように出現したその場で微動だにしない。
ノイズの出現に恐慌しそうになった観客達に「狼狽えるな!!」と一喝したマリアは、世界中で生放送中のこの状況下で、各国政府に要求することがある旨を告げる。
次の瞬間、彼女はカズヤ達にとって馴染み深い歌を歌い、その身にシンフォギアを纏ってみせた。
そして、まず最初に日本政府に対してカズヤの身柄を要求──カズヤにステージの上に来いと要求したのだ。
一連の流れをヘリの中で、モニター越しに見ていた響とクリスは画面に噛みつく勢いで怒声を上げる。
「カズヤさんを要求するってどういうこと!? 何なんですかあの人!!」
「ふざけんなこのマリアとかいう女、蜂の巣にしてやる!!」
地獄の鬼も裸足で逃げ出す二人の剣幕に、隣にいたあおいが「ヒエッ」と怯えた。しかしこのままだと二人がモニターを叩き割りかねないので、ビクビクしながら落ち着くように声を掛ける。
「ふ、ふた、二人共落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!?」
「自分の男盗られそうになってあんたは落ち着いてられんのか!?」
ぐるるるる! シャーッ! とまるで野獣が威嚇するように矛先がこっち向いた。藪蛇だった。装者達は普段なら何処に出しても恥ずかしくない、とても器量良し揃いの乙女達だが、一度カズヤのことになると冷静さを失いすぐ感情的になるのを忘れていた。
「ノイズを操ってカズヤを要求するようなクソッタレ、どうせろくでもねぇこと考えてるに違いねぇ、現場着いたら生かしちゃおかねぇかんな!!」
「クリスちゃん特大ブーメランぶっ刺さってる!」
「うるせぇっ! あたしは事前にカズヤの好感度稼いどいたし、ろくでもねぇこと考えてた訳じゃねぇ! ただ、もしカズヤに勝ったらあたしのものになれって言うつもりだったけどな!!」
響の鋭い指摘にクリスは自身を棚の最上段に上げる発言をし、モニターに向き直る。
「それにしてもあのノイズ、どう見ても制御されてるよな。人を襲おうとしねぇ」
「やっぱり米軍基地で消えたソロモンの杖と関係あるよね?」
「関係ない、っとは言い切れねぇな。むしろ関係ありありだろ、この状況」
二人にそもそも言い渡された任務は、三ヶ月前の『ルナアタック』が終息した際に回収された完全聖遺物『ソロモンの杖』を山口県の岩国の米軍基地まで護送すること。
この任務自体はノイズの襲撃もあり犠牲者も多数出たが、任務は完了。届けるもん届けたし、さて帰ろうと思った矢先、米軍基地にノイズが大量発生。慌ててノイズを殲滅するも、ソロモンの杖は行方知れずとなっていた。
ついでに言えば、ソロモンの杖と一緒に護送していた科学者、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス、通称ウェル博士(本名が長くて誰も覚えられない)も米軍基地でのノイズ襲来で行方不明だ。
「...カズヤさん、どうするかな?」
響が不安そうに尋ねてくるので、クリスは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「あいつのことだ。真っ先に飛び出してってノイズに向かって突っ込むだろ」
「そうならないように緒川さんが必死に止めようとするだろうけど、カズヤさん絶対振り切るよね。『急がねーと観客に被害が出んだろが!』って」
「...目に浮かぶ」
二人は揃って頭を抱えた。
カズヤにとってノイズなど敵ではない。しかし問題はそこじゃない。マリアの狙いが彼であること、そして何より彼は人質を取られると動けなくなる可能性が高いこと、ついでに言えば彼は存在そのものが秘匿されているのにライブ会場は全世界に生放送配信中であること。
不確定要素と不安の種が多過ぎる。
(カズヤさん、観客に被害が出ないようにしたいのは分かります。未来や奏さん、翼さんや皆を守りたい気持ちも分かります...けど、どうか早まらないでください)
(せめてあたしらがそっちに着くまでこれ以上事態が悪化すんじゃねぇぞ...カズヤ、お前はいつも放っておくと一人で突っ走っちまうんだからよ)
響とクリスの二人は祈るしかなかった。
黒いガングニールのシンフォギアを身に纏ったマリアを、奏と翼は最大限に警戒しながら睨み付ける。
「カズヤを、どうするつもりだ...!?」
「マリア...やはり貴様は、カズヤのことを知っていたんだな」
二人の視線を受けて顔をそちらに向けると、マリアは口を開く。
「六年前、カズヤは私達の目の前に突然現れた」
「六年前だと!?」
「そんなに前に!?」
奏と翼はさすがに驚く。カズヤがまだ"向こう側"に囚われていた頃は、時間の流れがこちらの世界と異なると聞いていた。実際、奏と翼がカズヤと再会するまでに二年間も要したが、カズヤにとっては数時間から一日程度の時間だったらしい。
「そして現れたカズヤは、その腕と拳を光り輝かせ、私の大切な妹、セレナの命を救い、虹の粒子となって消えた」
「...アタシの時と同じ...!」
そこまで言うとマリアは口元にマイクを寄せる。
『次に、日本政府以外の各国政府に対して要求するのは、差し当たって国土の割譲だ。もしも二十四時間以内にこちらの要求が果たされない場合は、各国の首都機能がノイズによって不全となるだろう』
どう考えても無茶苦茶な要求に奏と翼は眉を顰める。こんな要求、何処の国だろうと呑める訳がない。
「本当に、何が目的なんだ?」
「何処までが本気なのか...」
「世界を救った真の英雄、"シェルブリットのカズヤ"、彼を王とし、私達が住まう為の楽土だ。素晴らしいと思わないか!」
勝手な言い分が頭に来たのか、奏がついに怒鳴る。
「ふざけんな! カズヤのことをろくに知らない癖に、勝手なこと抜かすな!! あいつが、そんなことを望む訳ないだろうが!!」
「そうだ! むしろカズヤは、王という立場など面倒臭がって嫌がるに決まっている!!」
奏に便乗するように翼も叫ぶ。彼の性格をよく熟知している二人からしてみれば、マリアの発言はナンセンスも甚だしい。
「行くよ、翼!」
「分かってる、奏!」
二人が首に下げたペンダントを手に取り、シンフォギアを起動させる為の聖詠を歌おうとした時、二人のインカムに緒川の声が届く。
『待ってください! 今お二人が動けば、ツヴァイウィングがシンフォギア装者だということが全世界に知られてしまいます!』
「そんなことを言ってる場合じゃないだろ!」
「そうです、このままでは──」
『だから僕とカズヤさんがなんとかします! 間もなくステージにカズヤさんが到着するはずです!!』
緒川の言葉の意味を理解し、二人は瞠目した。
マリアの狙いはカズヤだ。そのカズヤを投入するだと!? しかもよりにもよって全世界に中継しているステージの上に!!
何を考えているんだ緒川とカズヤは!? と二人が頭を抱えたくなったその時、舞台裏から一つの影がのそりと現れた。
「..................え?」
そんな戸惑いの声を上げたのは誰だったのか。
自分だったかもしれないし、他の誰かだったかもしれない。
それほどまでに、舞台裏から姿を現したその存在が突拍子もなかったのだ。
奏と翼、マリアもそれを見て同じようなリアクション。開いた口が塞がらない。
観客達も、中継を見守っていた世界中の人々も、それを見て動きを固める。
ライブ会場どころか全世界の時間が止まった。
そんな中、いち早く再起動した奏が蚊の鳴くような小さな声を絞り出す。
「..................く、熊」
全身が黒い毛皮で覆われ、口に鮭を咥えたその存在は、知らない人が見たら本物の熊と勘違いするほどのクオリティとインパクトがある。しかし熊は熊でも本物の熊ではない。
熊の着ぐるみだ。
北海道とその観光協会が代表するゆるキャラ、つい数日前のゆるキャラグランプリでは全国十五位に食い込んだそこそこの人気を誇る『蝦夷野熊五郎』がそこにいた。
熊の着ぐるみは、舞台裏からノソノソと二足歩行でステージの中央まで歩いてくる。
唖然とする奏と翼の横を通り過ぎ、ポカンとしてるマリアの前まで来て観客側に体ごと向き直ると、何かを探すようにキョロキョロし始めた。
まるで観客達全体を見渡し観察するように。
「...ちょ、ちょっとあなた、何なのよ! 今のこの状況が分かってるの!!」
謎の着ぐるみが現れたことに我を忘れていたマリアが正気に戻り、熊五郎の背後からその右肩を掴もうとして不用意に近づき──
ドスッ!!!
マリアが手にしていたマイクに入ってしまうほど大きな音──それもとびっきり鈍くて重い音が会場中に、世界中に響く。
「がふっ!?」
苦悶と驚愕に顔を歪めるマリアの腹には、熊五郎の右肘が突き刺さっている。
手にしていたマイクが床に落ちて、キーンと耳を劈くハウリング音が轟いた。
誰もが思わず耳を塞ぐ中、ステージの上で熊が美女の腹に肘打ちしているという、なんともシュールな光景が広がっているが、それだけでは終わらない。
続いて熊五郎は肘打ちしていた腕、もっと具体的には右の拳を左肩まで移動させると、遠心力に腰の捻りを加えて背後のマリアに向かって振り回す。
情けや容赦など一切なしの、右の裏拳だ。
「がぁっ!!」
顔面に綺麗に決まる裏拳。悲鳴を上げて転がりステージの床に倒れるマリア。
熊五郎は倒れたマリアを一瞥すると、すぐに観客側に向き直り、右腕を高く掲げた。
次の瞬間、観客席の通路を塞ぐように配置されていた全てのノイズが、淡い光を放つ虹の粒子となって消滅。
更に虹の粒子は吸い込まれるように熊五郎の右腕全体を覆うように集まっていく。
それにより熊五郎の右腕は肩から虹色に包まれ、次第に淡い光は眩いほどに強くなる。
「この光は、カズヤの...」
「...シェルブリット」
奏と翼が眩い光から目を腕で庇いながら答えを口にする。
やがて熊五郎の右腕は黒い毛皮に覆われていたものから変化していた。
肩口と手首から指先までが赤く、それ以外は全体的に橙色でカラーリングされた鎧のような腕へと。
腕の変化に合わせて現れたのは、熊五郎の右目の周りを覆うような橙色の装甲と、右肩甲骨部分に金属片のような一本の羽で構成された金色の回転翼。
カズヤのアルター能力、シェルブリットの第二形態が発動した姿だ。
かつて"向こう側"の世界に囚われていた時から響に出会うまで、カズヤはノイズとの戦闘に世界各地で明け暮れていた。名前を尋ねられれば律儀に"シェルブリットのカズヤ"と答えていた。だから、カズヤを知ってる人間は世界規模で見れば極僅かだが、存在している。
その知ってる人達が、全世界に向けてライブ配信されているこれを見ていたら、どうなる?
口を揃えて言うはずだ。自分達をノイズから救ってくれた人物と同じだ、あの右腕は、あの光は間違いない、と。
この時点でもう既に"シェルブリットのカズヤ"という存在を誤魔化すことも秘匿することも不可能。
世界的にカズヤの存在が認知された瞬間だ。
それについてはもう、覚悟の上だった。
(...なんとか、上手くいったか。集中力と神経使ってスゲー疲れたけど)
着ぐるみの中でカズヤは荒い呼吸を繰り返しながら安堵した。
ステージの上から視界に映る観客席側のノイズを一度に全て分解する。この提案を緒川から受けた時、無茶言うなと本気で思ったが、緒川はカズヤなら絶対にできると頑として譲らなかった。
できないのならステージの上には絶対に行かせない、と言われてしまえばカズヤもヤケクソ気味に首を縦に振るしかない。
そもそも、人質となった観客達に被害が出る前に飛び出そうとしたカズヤに、緒川はまず最初に全力で反対した。
怒鳴り合いの口論となって、最終的に力ずくでも向かおうとするカズヤに、緒川がいくつか条件を出す形で折れたのである。緒川としては苦肉の策にして、かなり譲歩した方だった。
一度こうと決めたら止まらない、まるで弾丸のような男を止めるのは不可能。ならば最低限こちらが提示する条件を呑ませた上でやらせた方がいい、と。
また、これは賭けに近いものであったが、彼は忘れていなかったのだ。カズヤがかつてアルター能力を暴走させた際に、半径百メートル以上離れた場所にあるものすら分解した時のことを。
能力を暴走させた時に及んだ範囲がカズヤのポテンシャルの一端だとしたら、それを自身の意思で制御できるようになってもおかしくないはず。
だから、もしカズヤの意識がしっかりした状態で、本人の強靭な精神力と集中力、何より『できる』という自信があれば、たとえ百メートルだろうが三百メートルだろうが離れていても視線という指向性を以て分解可能な範囲を伸ばし、観客席のノイズを物質分解だけで一掃できるはずだ。
緒川は信じた。この若者はどんな時でも期待に応えてくれた。いや、期待以上の奇跡としか思えないことを何度も起こしてみせた。彼ならできると心の底から信じ、本人にもそう伝えた。やるのなら、最初から最後まで完璧なまでにやってみせないと許さない、と。
そこまで言われて、できねーなんて言えるか!
いいぜ緒川、お前の口車に乗ってやる!!
『やりましたね、カズヤさん。本当に、あなたという人は...』
「...全く、お前の注文は、難易度、高いっての」
賭けには勝った。しかし、その代償は──
「やべっ、慣れねー力の使い方したせいか、立ち眩みがしやがる」
緒川の耳に届く通信機越しに聞こえるカズヤの呼吸が異常に荒い。
一瞬、カズヤは体がフラつきそうになるのをなんとか堪える。
こんな力の使い方、"スクライド"の"カズマ"だってしたことないし見たことなかった。自身のシェルブリットがカズマのシェルブリットと異なり、この世界に特化しているのは理解していたが、やはり無理をした反動というのは大きい。
『カズヤさん!?』
「心配すんな。シェルブリットバースト一発くらいならまだ撃てる。それよりそっちはそっちでやることやれ」
撃ったらたぶん気絶するだろうが、とまでは口には出さず、振り返り立ち上がったマリアを睨む。
「...まさかそんな格好でステージの上に立つとは予想外だったけど、ここまでは計画通りね」
「何が、目的だ?」
疲労していることを悟られてはいけない。
またノイズを召喚されたらさっきのようにはいかない。何度やっても無駄だという風に思い込ませる必要がある。
「あなたをディナーに誘う。そう言ったはずだけど」
「普通の誘い方はできねーのかよ」
「こんな形での誘い方は私としても本当に不本意なんだけど......やっぱりお気に召さないわよね?」
「こんな誘い方で喜ぶ男がいたら、そいつはただのアホだ!!」
マリア目掛けて走り、跳躍。右の拳を振り下ろす。
だが、マリアの纏うシンフォギア──黒いガングニールの一部であろうマントが盾のように広がり防がれる。
力と力が衝突し、それにより稲光のように激しく明滅するエネルギーの奔流。
押し切ることができず、カズヤは弾かれるようにその場を離れた。
(クソッ! 同じガングニールだってのに、奏とも響とも違う戦闘スタイルかよ!? しかも二人より防御面に特化してんのか!!)
万全な状態ならものともしないはずだが、今の疲弊した状態では正直厳しい。
それに懸念は他にある。
ノイズが消えたのに観客達は何故逃げ出さない?
目の前の相手から視線を逸らさないまま、考えること数秒、最悪な予測をしてしまう。
(まさか、ここまでのことが全部ライブの演出だと思われてたら?)
人的、物的被害がここまで出ていない。ノイズの出現と消滅、マリアのシンフォギアも熊の着ぐるみも、それらは派手でやり過ぎな演出と捉えられていたら?
顔を隠す為に熊の着ぐるみで出てきたのが、観客の危険意識を阻害する結果になっているとしたら?
「奏、翼! マイクで観客に逃げるように言え!!」
視線をマリアから外さず二人に叫ぶ。
『っ! 皆さん、ノイズの脅威は去りました。今なら会場の外に逃げられるはずです! 安全な場所に避難してください!』
『今すぐ逃げてください! 間もなくここは戦場となります、命の保障はできません、どうか一刻も早く安全な場所へ!!』
歌姫二人の必死の訴えに、会場全体からざわざわと騒ぐ音が聞こえてくる。
観客達も戸惑っているのだ。これまでのことが過剰演出なのか、本物のテロリストによるテロ行為なのか。観客達の中で唯一判別がつくのは未来を含めた響の友人達だけだろう。
この後どう動くべきか悩んでいると、マリアが歩き出す。その先にはさっき落としたマイクがあった。
「させるか!」
これ以上余計なことはさせまいと駆け出した瞬間、右の手首に白銀色の何かが絡み付き、動きを止められる。
咄嗟にそちらを見やれば、いくつもの刃が数珠繋ぎとなったもの──アニメやゲームでよく見る蛇腹剣が伸びており、元を視線で辿れば、剣と同様に白銀の姿をしバイザーで口から上を隠した女性がいた。
顔を隠しているが、背格好と雰囲気、髪の色からマリアの妹、セレナで間違いない。
(姉妹揃ってシンフォギアだと!?)
足留めされたことでマリアに悠々とマイクを拾われてしまう。
『会場のオーディエンス諸君、そして世界中の人々よ! 今のノイズを消滅させる力、そしてその光と輝きを見ただろう! 彼こそが"シェルブリットのカズヤ"! その存在を日本政府により秘匿、独占されながらも、人知れずノイズの脅威に立ち向かい、陰ながら人々の平和を守り、先のルナアタックでは世界すら救った真の英雄だ!!』
ステージセットの巨大モニターに『蝦夷野熊五郎』がアップで映される。
六年前。突如現れた謎の男──"シェルブリットのカズヤ"の手により、暴走していた完全聖遺物ネフィリムは粉々となり、その心臓は仮死にも似た休眠状態へと陥った。
それを再起動させる為に今回のQUEENS of MUSICを利用し、かつてフィーネがネフシュタンの鎧を起動させた事例に倣い、高レベルのフォニックゲインを獲得することでネフィリムを再起動させようと試みるが、残念ながらこれはフォニックゲインが不足しており上手くいかなかった。
ならば、日本政府が秘匿するもの──"シェルブリットのカズヤ"の存在そのもの、もしくはツヴァイウィングがシンフォギア装者であること──を世界に知らしめ、この後に語る新たな世界の危機──月の落下の真実性を高める。
「これに関しては、マリアの思惑通りと言っていいのかしら」
ナスターシャはライブ会場のステージ上の映像を見ながら溜め息を吐く。
「しかし、本当にノイズですら分解するとは...フィーネからもたらされた情報を見た時は眉唾だと思いましたが...アルター能力、生物以外の存在を分解し自身の力として再構成させる。なるほど、人類の天敵であるノイズにとっての天敵、それが"シェルブリットのカズヤ"ですか」
手元の端末を操作し、これまで何度も繰り返し読み込んだカズヤの情報を今一度眺めた。
「そして特筆すべきはやはり装者との同調現象。彼がアルター能力を用いて再構成した物質をギアに組み込むことで、ギアの出力上昇や負荷の軽減をもたらすだけに留まらず、繰り返し同調することで適合係数すら徐々に上げていく、か......マリアやセレナでなくともこだわりたくなるのは分かりますね」
これほどまでにシンフォギアと相性が抜群な存在などいないだろう。
ましてや、セレナは彼に命を救われ、マリアは妹を救ってくれた彼に憧れを抱いている。あの姉妹のカズヤへのこだわりは、育った環境のせいか異常を通り越しているが、それは仕方のないことかもしれない。
「...本当なら、こんな形ではなく、一人の女性として彼に近づきたかったでしょうに」
一度瞼を閉じ、心の中で懺悔の言葉を紡ぐと、モニターに向き直る。
さあ、ここからが正念場だ。
世界を救う為の計画は、まだ始まったばかりなのだから。
『さて、彼の紹介が終わったところで、本題に入らせてもらう』
マリアはそう言って一度言葉を切ると、マイクを少し離し静かに深呼吸をした。
ここからだ。ここから話す内容はとても大切だ。だから気合いを入れ直す。
失敗する訳にはいかない。世界を救うと決めたのだから。
『民衆に対して国家が秘匿、隠蔽しようとしているのは彼だけではない。また、先のルナアタックのような──』
「......おおおおおおおおおおおお!!」
『未曾有の大災害や脅威は遠くない未来に──』
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
『起こり得る、ってさっきから何!?』
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
マイクには入っていないので観客達には聞こえていないが、カズヤが何か叫んでいるので集中できずそちらに顔を向けて、目を見開く。
カズヤの全身から眩い虹色の光が放たれ、その光がやがて虹色から金色に変わる。
ヒュンヒュンヒュンとヘリコプターのローターが高速回転する音に合わせてカズヤの足が地面からふわりと浮く。
次の瞬間、カズヤが消えた。と思ったらセレナがステージセットの巨大モニターに叩きつけられていた。
液晶が途方もない衝撃を受けて粉々に砕け散り、盛大な破砕音を立てる。
今までセレナが立っていた場所にはカズヤが拳を振り抜いたポーズでいた。
セレナがカズヤに殴られた。それだけは分かったが、頭の整理が追いつかない。
『え?』
思わず間抜けな声が漏れる。
右の手首をセレナのアームドギアで拘束されていたカズヤであったが、彼女を殴って自由を取り戻すと、元々手首に付属していた金属の拘束具を弾け飛ばし、手の甲から肘まである装甲のスリットを展開する。
装甲のスリットが展開したことで手の甲に開いた穴に、凄まじいエネルギーが収束していく。
着ぐるみ越しにカズヤの鋭い視線がこちらを射抜いたと感じて、腰が抜けそうになる。尻餅をつかなかったのは奇跡としか言いようがない。
『ま、待って、ここから大切なことを、話すの。だからお願い、話を聞いて』
そんなマリアの懇願など当然聞く訳がない。
カズヤの頭の中にあるのは、観客達を逃がすこと、観客達が自発的に逃げたくなる状況を作ること、マリアにはもうこれ以上何も喋らせてはいけないこと、気絶してもいいからとにかくシェルブリットバーストを全身全霊で叩き込むこと。
そして、このテロリスト共をぶっ倒すこと。
拳をステージの床に叩きつけ、その反動でカズヤは空高く舞い上がる。
ちなみに、奏と翼の二人はカズヤが叫び始めた辺りから、ヒールを脱いで文字通り裸足で恥も外聞もなくステージから全力疾走で逃げ出していた。彼が何をするのかいち早く察したからだ。
『人の話を聞かないのあなたはぁぁぁぁっ!?』
上空にいるカズヤからの返答は、
「輝け!」
聞いてないのである訳がない。
彼の声に応じて輝く光がより強くなる。
「もっとだ、もっと!!」
直視していると視力を失ってしまうのではないかと錯覚するほどの光。
「もっと輝けええええええええええっ!!」
叫びながら、光輝きながら、拳を振りかぶったカズヤがマリア目掛けて、猛スピードで急降下してきた。
「シェルブリット、ブワァストォォォ!!!」
当たったら死ぬ。
本能的に感じて咄嗟に後ろに跳んで回避。ギリギリ避けることに成功するが、拳がステージの床に着弾すると視界が金色に染め上げられ、その一瞬後にはステージが大爆発を起こした。
爆風でステージ付近のあらゆるものが吹き飛ばされる。
ライブ会場全体を揺るがす強い振動。
地面や柱や階段などのあちこちに生まれる大量の罅割れ。
電気系統が漏電やショートを起こしたのか、発生する火災。
それによりライブ会場は大混乱になり、観客達は蜘蛛の子散らすように逃げ惑う。
そしてこの段階になって、漸く生放送配信が中断された。
なお、未来はカズヤがノイズを消滅させた時点で友達連れてライブ会場からとっとと逃げ出しました。有能!