カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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Q:マリアさんの最善の選択肢は何だったの?
A:普通にライブを終わらせて、普通にカズヤをディナーに誘って、といったテロ行為の類いを一切せずに仲良くなったり信頼を得る為のイベントを複数こなし、時間をかけてからちゃんと話を聞いてもらうこと。
前回、クリスちゃんが言ってましたが、カズヤの好感度稼ぎしないと無理ということですね。つまり本能的かつ無意識に好感度稼ぎしてたクリスちゃんはなんて恐ろしい子!!
「話はベッドで聞いてもらうわ!!」
でもオーケーだが、マリアさんの初期ステータス値ではガッツが足りないのでフラグが立たない。

感想にあった質問に返答のコーナー
(質問は私の独断と偏見で選択してますのであしからず)
Q:一期の最後でシェルブリットモードを経た響達のギアは、G編でどんな外見、性能なの?
A:基本的に私の脳内でイメージし易いように原作アニメ(G編)と外見の変化はあまりない、けどスペックは通常時の場合出力の面が大幅に高くなっている、とだけ今はお伝えしておきます(つまりカズヤと同調すると?)。唯一奏のみ、響と色違いとする感じです(響はマフラーありの黄色系、奏はマフラーなしの橙色系)。

あ、そういえば今日は性夜の、聖夜の夜でしたね。
ということで、念の為にR-15のタグ付けときます。


進化を促す光

観客達の悲鳴や怒号の類いはもうほとんど聞こえない。既にあらかた逃げたのだろう。遠くで火災報知器が鳴っている音だけがやけに耳に響く。

カズヤにより爆砕され舞い上がった瓦礫──かつてステージの一部だったものに埋もれていた状態から抜け出すと、セレナが弱々しい足取りでそばまで寄ってきた。

先程まで顔を隠す為に装着していたバイザーは、紛失したのか壊れたのか装着していない。

 

「...セレナ、無事?」

「死ぬかと思いましたけど、なんとか。マリア姉さんは?」

「私も死ぬかと思ったわ」

 

直撃は免れたし咄嗟にマントを盾にしたものの、シェルブリットバーストの爆発には至近距離で巻き込まれたせいで吹き飛ばされ、暫く体が動かなかった。

周囲は惨憺たる有り様だ。まるで空爆か爆弾テロがあったかのようで、先程まで観客が満員だった人気歌手のライブ会場とはとても思えない。

観客は人っ子一人残っておらず、ステージだった場所は粉々に粉砕され瓦礫で溢れ返り、会場全体はあちこちに痛々しい罅が入って脆く見えて今にも崩れそうだ。電気系統の類いは配線が途中で断線したことで火花を散らし、それがそこら中で火災の原因となっていた。

この惨状がたった一撃の、しかも拳によって引き起こされたものだというのだから笑えない。

 

「...っ! そういえばカズヤは?」

「分かりません。あの光の後、カズヤさんがどうなったのか...」

 

ハッとなって問うが、セレナはゆっくり首を横に振るだけだ。

逃げたとは思えないし、あり得ない。力の差は歴然だ。状況的にも戦力的にもカズヤの方が圧倒的に有利。なのに自分達は未だに捕まっていないどころか、追撃すら受けていない。

 

「一体何処に──」

 

消えたのか、と口にしようとした時だ。マリアには槍が、セレナには蒼い斬撃が飛来。

咄嗟にマリアは黒いマントで、セレナは蛇腹剣で弾くように防ぐ。

攻撃が飛んできた方に目を向ければ、それぞれシンフォギアを纏った奏と翼がアームドギアを手に歩み寄ってくる。

 

「いきなりじゃない」

 

不敵な態度を装うマリアの言葉に、二人は目を刃物のように鋭く細め、アームドギアを構える。

 

「今日のライブはさ、アタシも翼も結構楽しみにしてたんだ」

 

マリアとセレナを睨んだまま、奏は一人言のように呟く。

 

「何より、皆楽しみにしてた。コラボってあんましないし、きっといつもとは違ったものになるって期待してたし、期待もされてたのに......こんな形でぶち壊されるとは思ってもみなかったよ」

 

奏の声が一気にドスの利いた低い声となる。

 

「しかも、カズヤの身柄を要求だぁ? ふざけるのも大概にしろよ。誰がお前らみたいな連中に渡すか!」

「過去にカズヤとどんな経緯があったか知らないが、カズヤについては諦めてもらう!」

 

翼が宣告すると同時に二人は踏み込んだ。

 

「マリアはアタシが潰す」

「奏ならそう言うと思ったから、セレナは私が相手する」

 

迎撃の為に、舌打ちしてからマリアはアームドギアを顕現させる。それは奏が手にしている槍と色が異なるだけで、それ以外は寸分違わぬものだった。

振り下ろされた槍と槍がぶつかり合う。

金属と金属が衝突する甲高い音が響く。

鍔迫り合いの状態で奏とマリアが睨み合う。

 

「どうやらお前のガングニールは偽物じゃないようだね」

「ガングニールの使い手にお墨付きをもらえたようで何よりだわ」

「ふん。けど、本物ってだけでそれだけさ」

「何?」

 

マリアを鼻で笑う奏。

意図が分からず疑問を浮かべた刹那、鍔迫り合いの拮抗が崩れ、マリアは後方に弾き飛ばされた。

踵で地面を擦りながらブレーキをかけてなんとか踏み留まる。

 

(...パワーが、いきなり上昇した! どういうこと!?)

 

更なる疑問が浮上すると同時に、セレナがすぐそばに吹っ飛んできた。

 

「セレナッ!」

「...大丈夫、です。まだ...」

 

翼によって吹き飛ばされたセレナが立ち上がり構えるが、その表情に余裕がない。

また、マリアと同じものを感じたのか、一度チラリと隣の姉に横目で視線を向け、互いに頷き合う。それから確認の意味も込めて声を上げた。

 

「あなた達のギアに僅かな違和感があります。私達と同じはずなのに、何か違う...折角ですから教えてもらえませんか?」

 

この質問に奏と翼は誇るように、そしてまるで持たざる者に自慢するが如く答える。

 

「アタシ達のギアはルナアタックの時に一度完全にぶっ壊れた」

「だが、私達の歌に応えてくれたカズヤが、新しく生まれ変わったものを与えてくれた」

「カズヤのこと狙ってたんだ。カズヤの能力がどういうもんか、それが何を意味するのか分かるだろ?」

 

アルター能力の基本は物質の分解と再構成。

それを思い出したマリアとセレナが驚愕する。

まさかそのギアは!!

 

「そうさ! アタシ達のギアは、聖遺物の欠片から作られたシンフォギアであると同時にカズヤのシェルブリットでもある! これはアタシ達の歌とカズヤの想いが一つに融け合って形となったもの! だからアタシと響のガングニールは、お前が持つ()()()()()()()()()とは格が違うんだよ!!」

 

言い終わるや否や、爆発的な速度で奏がマリア目掛けて突撃してくる。

奏のガングニールによる刺突を、マリアは己のガングニールの刃の腹で受け止めようと試みるが、あまりの重さに踏ん張っても足が地面を抉るだけで、体が後ろに押されてしまうのを止められない。体勢を崩さないだけで精一杯だ。

 

「吹っ飛べ」

 

紡がれた言葉に呼応して奏のガングニールの穂先がドリルのように高速回転し、風を生み出す。

 

「しまっ──」

「オオオオラアアアアッ!!」

 

発生した竜巻に宣言通り吹き飛ばされるマリア。

 

「マリア姉さん!」

「人の心配をしている余裕があるのか?」

 

マリアの身を案じたセレナの前に翼が迫る。

刀の形状をした翼のアームドギアが振るわれる。下段から掬い上げるかのような二連撃、×の字を下から描くような逆袈裟二連斬に、セレナはアームドギアを手放すことはなかったが、両の手を頭上に掲げるような隙だらけの体勢になった。

そこに翼の左手が伸び、セレナの首を掴むと無理矢理引き寄せ、

 

「フンッ!」

 

気合いの声と共に頭突き。頭が割れそうな痛みに怯んだところで、腹にヤクザキックが決まる。

 

「先程カズヤが遮る前に何か言い掛けていたようだが、話はベッドで聞かせてもらう!!」

 

そして刀を構えると再度斬りかかってくる。

マリアとセレナの姉妹は早々に窮地に陥っていた。

 

 

 

 

 

【進化を促す光】

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。

 

「やっべぇ! 何デスあれ!? 熊が、熊がこっちに走ってくるデスよ調!」

「何言ってるの切ちゃん、熊がこんな所にいる訳............いた」

 

慌てふためく相棒の暁切歌の反応を見て、月読調が何をバカなと思い物陰に隠れた状態から関係者以外立ち入り禁止のスタッフ用通路の奥を覗き込むと、二本の足でドスドス足音を立てながら人間離れした速度で疾走してくる鮭を咥えた熊の姿を目撃し、動きが固まる。

見つかったら何されるか分からない謎の恐怖に支配され、二人は揃って身を隠す。

幸い、熊は二人に気づかず通り過ぎていく。

更に熊の後を、黒いスーツ姿の男性が追いかけていったのを追加で目にし、切歌は呆然としながら呟く。

 

「...日本ってやっべぇ国デス...」

「うん。ヤバいね」

 

調もとりあえず同意しておく。

それから暫しの間、手元の情報端末で会場の様子を窺いつつ切歌と調はスタッフ用通路にて待機していると、ステージの上に今さっき見た熊が現れて二人は固まった。

 

「え? 何これ? この...何?」

「やっべぇ熊がマリアのすぐそばに...マリアがやっべぇデス」

「あ! マリア、ダメ! その熊なんかヤバい──」

 

不用意に熊に近づくマリアに、通信機を使わずモニター越しで言っても聞こえないというのを忘れて調が叫ぶが、言い切る前にエルボーと裏拳を熊から食らってマリアが倒れる。

次に観客席側のノイズが消滅し、熊の右腕が鎧のような装甲を纏ったものに変化したのを見て、切歌が驚愕の声を上げた。

 

「なんと! シェルブリットの()()()って熊のことだったデスか!?」

「違うよ切ちゃん、カズマじゃなくて、()()()だよ」

「間違えたデス!」

 

調の指摘に悪びれる様子のない切歌。

 

「それに熊が"シェルブリットのカズヤ"だったんじゃなくて、熊の中に"シェルブリットのカズヤ"が入ってたんだよ」

「およよ? そうなんデスか?」

「切ちゃん、前にカズヤの資料見たでしょ。写真見た時に『筋肉モリモリマッチョマンの変態を想像してたけど思ってたより全然普通デス!!』って、言ってマリアとセレナにお説教されたの忘れたの?」

「い、いや~、あの時は二人が本気で怒った恐怖で記憶がないデスよ......あは、あははは」

「もう」

 

乾いた笑い声を絞り出す切歌に調はしょうがないなぁと溜め息を吐く。

その時だ。

 

『人の話を聞かないのあなたはぁぁぁぁっ!?』

 

マリアの絶叫が響き、何事かと思い手元の情報端末に視線を戻すと、金色に光輝く熊が空からマリアに向かって飛びかかる瞬間だった。

 

「「マリアッ!?」」

 

そしてモニター内が金色に染まり、そのままブラックアウトする。

 

「た、たたた大変デス調! マリアが熊に襲われたデス!」

「熊じゃなくて"シェルブリットのカズヤ"だよ、切ちゃん」

「そんなのこの際カズヤでもカズマでも熊でもどれでもいいデスよ!!」

 

確かに切歌の言うように呼び方など気にしている暇はない。

 

『調、切歌、聞こえて?』

 

そんな時、通信機越しにナスターシャの声が二人の鼓膜を叩く。

 

『"シェルブリットのカズヤ"がやってくれたお陰で計画に支障が出ました。これ以上この場に留まるのは得策ではないと判断します。マリアとセレナを回収し、撤退準備を』

「了解、マム」

「了解デス、すぐにトンズラするデス!」

 

与えられた指示に返事をし、走り出そうとしたところで調は頭を抱えて蹲る。

 

「調! 大丈夫デスか!?」

「...大丈夫だよ、切ちゃん。ただの頭痛だから」

「頭痛って...最近の調、ずっとそんな感じデス。ちゃんと診てもらった方が...」

 

心配する切歌の意見に対して首を横に振って拒否を示す。

 

「私のことより、今はマリアとセレナのこと。だから、行こ」

 

心の中で切歌にごめんねと謝りながら促し、再度走り出そうとして、また蹲ってしまう。

 

「調!」

「大丈夫、大丈夫だから」

「でも、やっぱり無理しない方がいいデスよ。マムにはあたしから言っておくデス」

「本当に大丈夫、心配しないで」

 

歯を食い縛り今度こそ走り出す。

こんな場面で切歌に余計な心配をかけてしまうのが不甲斐ない。

だが、本当のことを言う訳にはいかない。

何故なら、もっと心配させてしまうし、頭痛と偽っているだけなのだから。

本当は頭痛ではなく幻聴。遠くから『声』が聞こえてくるのだ。

その幻聴を振り払うように首を左右に振るが、残念ながら効果はない。

 

(一体何なの、この『声』...?)

 

数日前から急に始まった幻聴は、調の行動を阻害するように頭に響く。

 

 

知らない女性の声が──"シェルブリットのカズヤ"には、彼には決して手を出すな、と言う声が。

 

 

調と切歌の二人がどうにかこうにか現場に辿り着くと、地面に倒れ伏すセレナと、槍を支えに片膝を突くマリアの姿を目にし、頭がカッとなって考える前に聖詠を唱えシンフォギアを纏う。

 

「マリア、セレナ、今助けるデス!!」

 

切歌が手にした鎌の形状をしたアームドギアを振りかぶる。鎌の刃が分裂し、分裂したそれが切歌の動きに合わせて射出。それぞれが弧を描き奏と翼に向かう。

調もツインテールがそのままアームドギアとなったものを展開し、丸鋸を大量に飛ばし弾幕とする。

 

「新手か!」

「装者が、四人!?」

 

新たな闖入者に奏と翼は驚くが、後ろに跳んでその場を離れ回避した。

その間に調と切歌はマリアとセレナのそばに急行し、二人を守るように奏と翼の前に立ち塞がる。

 

「遅れてごめんなさい」

「ギリギリだったデスよ~。大丈夫デスか?」

 

声を掛けると顔を上げたマリアとセレナが痛む体に鞭を打って立ち上がった。

 

「二人共...マムの指示?」

 

マリアの問いに調と切歌は頷く。

 

「そう...手間を掛けさせたわ」

「マムは何て?」

「二人を回収して撤退」

「カズマ、じゃなかった熊、これも違った、カズヤがとんでもをやらかしたからトンズラするデスよ!」

 

悔しそうに歯噛みするマリア、追加の質問をするセレナ、簡潔に返答する調、相変わらずカズヤと言えない切歌。

四人の装者を前にし、奏と翼の二人は油断なくアームドギアを構え直す。

 

「ちっ、二人倒したと思ったらまた二人追加かよ。これじゃあカズヤ探すのがどんどん遅くなるっての」

「いえ、数的不利はもうないみたいよ、奏」

 

翼が顔を上げたそこには、ヘリからシンフォギアを纏い飛び降りてくる響とクリスの姿があった。

 

「土砂降りの、十億連発!!」

 

アームドギアをガトリング砲に変化させたクリスがマリア達四人に弾丸の雨をお見舞いする。

調と切歌はその場から離れる回避を選択。マリアはマントを展開し盾として防ぎ、セレナもマリアと同様にアームドギアで白いガラスのようなエネルギーで形成された壁を張って防ぐ。

響は地面に着地すると、マリア達など眼中にないとばかりに捨て置き、通信機を片手にある一点に向かって走り出す。

 

「位置情報だとここらへんに...」

 

通信機の反応を頼りに進み、当たりをつけると足を止め、通信機を仕舞い足元の瓦礫を両手で掘り返す。

数秒後、瓦礫に埋もれていた『蝦夷野熊五郎』を発見。

 

「...シェルブリットが解除されてる! 緒川さんが言ってた通り、やっぱり気を失ってるんだ」

 

上体を起こし、着ぐるみの頭の部分を上に向かって引っ張ると、ワインのコルク抜きのような感覚で熊の頭部が胴体からすっぽ抜け、カズヤが顔を出すが、意識がないのかその目は開かれない。

だが呼吸はしっかりしているし、顔色も悪くない。普段よく見る彼の寝姿と変わらないことに響は安堵した。気を失ってるというより、眠っている状態に近い。

一度ギュッとカズヤの頭を胸に抱えて涙を零す。

 

「もう、心配させないでくださいよ、バカァ...緒川さんから、無理な力の使い方をさせてしまったせいで気を失ってるかもって聞いて、凄く心配したんですからぁ」

 

そして仲間にカズヤが無事であることを知らせる為大声を上げた。

 

「カズヤさん、無事に確保ぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

響の声を聞いた瞬間、奏と翼とクリスの三人はマリア達への攻撃を一斉にやめると、三人揃って響とカズヤのそばまで最速で駆け寄る。

 

「「「カズヤ!!」」」

「大丈夫です。疲れて眠ってるだけみたいだから」

 

しかし三人の声にカズヤは応えない。ただ手短に響からカズヤの状態を聞いて、やはり響と同じように安心したように肩の力を抜く。

 

「...っ、そっか。良かった、カズヤが無事で...」

 

クリスが嗚咽を漏らしそうになって、必死に堪える。四人の中で彼女が一番『カズヤが盗られる』と心配していただけに、敵に奪われず怪我もしておらず無事確保できたことにその喜びも一入だった。

それから彼女は一瞬にして鬼のような表情になると、怒りに全身を震わせながらマリア達に向き直り、その銃口を向け火を吹かせる。

 

「てめぇぇぇぇぇらぁぁぁぁぁっ!!」

 

ガトリング砲を撃ちまくりながら、

 

「よくも、よくも、あたしのカズヤに!!」

 

小型ミサイルを大量にバラ撒き、

 

「薄汚ぇ手で触ろうとしてくれたなぁっ!!!」

 

電柱よりも大きなミサイルを計十二発を顕現させ、一斉に発射。

弾幕と爆撃の嵐が吹き荒れ、ライブ会場の外まで爆音が響き渡った。

 

「後悔しやがれクソッタレ共がぁぁぁっ!!!」

 

ガトリング砲で釘付けし防御に専念させつつその防御を削り、もしそれが避けられても蛇のように執拗に追尾してくる大量の小型ミサイルで捕まえて、大型ミサイルで防御ごと粉砕する。

クリスの怒濤の攻撃にマリア達は抵抗虚しく呑み込まれていく。

それでもクリスの怒りは収まらない。まるでガソリンに火が点いたかのように、次々と絶え間なく繰り出される攻撃は激しさをどんどん増していく。

既に煙と爆炎でマリア達の姿は目視できなくなっているのにクリスは攻撃をやめない。明らかに過剰な火力を投入しているというのに止める気配がない。

銃声と砲火、爆発、爆炎、爆風、爆音が支配するライブ会場は、先程カズヤがシェルブリットバーストを叩き込んだ時とは比べ物にならないほど破壊尽くされていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

やがて気が済んだのか、それとも疲れたのか、その両方か不明だがクリスは荒い呼吸のまま漸く攻撃の手を止めてアームドギアを仕舞うと、その肩に奏が手を置いた。

 

「なんかアンタに全部持ってかれた気がするけど、凄くスッキリしたからいいや。ナイス、フルオープンアタック!」

「...そっちはさっきまで暴れてただろうが、ったく」

 

奏に苦笑で返すと、煙が次第に晴れていき、最早戦闘が始まる前の様子など見る影もない惨状が広がっている。

 

「あーあ、こりゃ一回更地にして建て直した方がいいね、ここ」

「するか? 更地に。あいつら纏めてペンペン草も生えねぇくらいにしてやるよ」

「雪音、これ以上は流石に...」

 

クリスの肩に置いていた手で後頭部をかきながら奏が呆れたように言えば、一度仕舞ったアームドギアを再び用意しようとするクリスに、翼が倒れ伏したマリア達を眺めつつ止める。

腕の中で未だ眠るカズヤの顔を眺めながら響は疑問を口にした。

 

「カズヤさんを狙った理由って、やっぱり私達と同じシンフォギア装者だからかな?」

「それもあるだろうけど、少なくともマリアと、その妹のセレナってのはアタシと一緒みたいだよ」

「へ?」

「マリア曰く、カズヤは六年前の命の恩人なんだとさ」

 

奏の言葉に響とクリスはなるほどと納得しかけて、あれ? と首を傾げる。

 

「なんでテロ行為の際に、政府に恩人の身柄を要求するんですか?」

「そもそも恩があったらこんなことするか?」

「アタシが知るかっての。ま、話なら後でゆっくり聞こうじゃないの」

 

肩を竦めてから奏が翼に目で合図を送り、頷いた翼が通信機で二課本部に連絡を入れた。

 

「こちら翼です。ライブ会場は酷い有様ですが、フィーネと名乗る武装組織の構成員、及び装者四名の無力化に成功しました。無理をしたカズヤの意識はまだ戻りませんが、私達装者四名を含め全員無事です。これより敵装者の拘束に移ります」

 

 

 

意識を取り戻すと、自分が横向きに倒れていることに気づく。

身体中が痛い。全身に痛くない箇所などないくらいで、指一本でも動かそうとするだけで激痛が走る。

銀髪の装者──確かイチイバルの雪音クリスだったか──の攻撃を防ぎ切れず爆発に巻き込まれたところで記憶が途切れていた。

 

「おい。カズヤの着ぐるみ脱がしてやるから前押さえててくれ」

 

クリスの声に反応して、視界の奥を注視する。

90度横になった視界では、彼女はカズヤの背後に回るとジッパーを開き、着ぐるみの内側に両腕を無理矢理突っ込んでカズヤを引っ張り出し、彼を後ろから抱き締めたまま座り込む。

 

「ああ、やっぱカズヤはあったかいなぁ...カズヤァ...」

 

その声は男に甘える女の声。先程まで怒号を上げて攻撃してきた者と同一人物とは思えない見事な豹変ぶりだ。

まるで猫が飼い主に甘えるように、自分のものだと主張するように、自分の匂いを擦り付けるように、愛しげに頬擦りするクリス。

惨めな敗北感とドス黒い嫉妬が胸を占めていく。

ふと、こちらの視線に気づいたのか、クリスと目が合う。

 

「...ふっ」

 

明らかにこちらに向かって勝ち誇った笑みを見せると、クリスはカズヤが気を失っているのをいいことに、その頬に唇を寄せた。

思わずギリッ、と歯を食い縛る。すぐそばで同じような音がしたので、姉のマリアも今の光景を目撃していたらしい。

悔しい。

悔しい悔しい悔しい!

次に沸き上がるのはどうしてという疑問。

どうして彼を抱き締めているのが自分ではないのか?

どうして彼のそばにいるのが自分達ではないのか?

どうしてあの子達に手も足も出ないのか?

どうして自分はあの時、消えゆく彼に手を伸ばせなかったのか?

もしあの時この手を伸ばしていれば、彼の手を掴んでいれば、彼は自分の隣にいてくれたはずなのに!!

 

 

 

「ああ! クリスちゃんズルいよ! カズヤさん返して!」

「お前は今まで抱っこしてただろうが」

「だから、返して?」

「ふざけんな!」

「ふざけているのは二人共だ立花と雪音! まだ仕事は残っている! そういうことは家でやれ!」

「はい翼さん! 迅速にあの子達を拘束します! ということで奏さん、終わったら今晩お(ウチ)泊めてください」

「......あ、奏、その、私も」

「分かったから、泊めてやるからアンタ達は全員仕事しろ! コイツら拘束するまでカズヤに触るの禁止!! アタシだって我慢してんだかんね!?」

 

 

 

四人の装者が、敗北し地に這いつくばる敵装者四人を拘束しようと動き出す。

が、四人と四人の間に割って入るように緑色の光が迸り、巨大なノイズが現れる。

 

「わああ!? 何あのでっかいイボイボ!?」

 

驚きの声を上げる響の言う通り、イボがいくつも積み重なったような醜悪な外見のノイズは、ゆっくり鼓動を打つ心臓のような動きを繰り返しながら徐々にその巨体を大きくしていく。

そのノイズの巨体を隠れ蓑にし、マリアがよろよろと立ち上がり、伸縮自在の黒いマントを伸ばすとセレナ、調、切歌の三人を絡め取り、弱々しい足取りで歩くよりは速い程度の速度で走り出した。

 

「「「逃がすか!!」」」

 

今更逃がすつもりはない。進行方向及び射線上を邪魔するノイズに向かって、奏が槍を投擲し、翼が蒼い斬撃を飛ばし、クリスが小型ミサイルをバラ撒く。

三人の攻撃をまともに受けたノイズは、パンパンに膨らんだ水風船が破裂するように肉片を撒き散らす。

 

「炭素化しない!?」

 

どういうことだと訝しむ奏の目の前で、肉片の一部がうねうねと蠢き、少しずつ大きくなる様を見て戦慄した。

 

「このノイズ、分裂と増殖を際限なくするのか!」

「...だとすると迂闊な攻撃では、悪戯に増殖と分裂を促進させるだけ」

「はあっ!? どうすりゃいいんだよ!? こんなの放っておいてもその内ここから溢れ出すぞ!!」

 

ノイズの特性を一目で見抜いた奏、厳しい表情になる翼、焦りと苛立ちを隠せないクリス。

その時、緒川の声が通信機越しに聞こえた。

 

『皆さん聞こえますか! 会場のすぐ外には、避難したばかりの観客達がいます。そのノイズをここから外に出す訳には...』

「観客!? 皆が!!」

 

響の脳裏に未来とクラスの友人達の顔が浮かぶ。

 

『それに、そこには意識のないカズヤさんがいます! アルター能力を使ってない今、もし彼がノイズに触れたらどうなるか!!』

 

それを聞いて四人は心臓を鷲掴みされた気分を味わう。

アルター能力によるノイズへの攻撃と防御は、シンフォギアシステムとは逆理論だ。

例えば、位相差障壁に対しては、複数の世界に存在を跨がせているノイズを、こちらの世界に無理矢理引きずり込んで攻撃を通すのがシンフォギア。アルター能力は完全に逆で、能力者が現実とは異なる世界"向こう側"を無意識に理解しているが故に、ノイズの存在する位相の異なる世界を無意識に理解し攻撃を通している。

防御も、シンフォギアはノイズの炭素変換率をゼロにする『音のバリア』、バリアコーティングを身に纏っているのに対し、アルター能力は『生物は物質分解の対象にはならない』という能力の基礎的な部分がノイズの炭素分解を阻害しているのだ。

だが、今のカズヤは眠っている。

アルター能力の正式名称は精神感応性物質変換能力。文字通り能力者の精神力が発動させる為の鍵となっており、カズヤが眠っている状態で能力を発動させたことは、響達が知る限り一度としてない。

どんな手段を使っても守らなければ。

四人は顔を見合せ覚悟を決める。

口に出さなくても全員の気持ちと決断は全く同じだ。

絶唱を歌うと。

背後で眠るカズヤを守るように横一列に並び、響と奏を中央にする形で二人が手を繋ぐ。

反対側の手で響はクリスと、奏は翼と手を繋ぎ、四人は瞼を閉じると絶唱を歌い始めた。

四人の歌声が、観客が存在せず、破壊の限りを尽くされたライブ会場に響き渡る。

とても穏やかで、静かな曲調。

やがてそれが歌い終わると、次の瞬間、絶唱の四重奏による凄まじいエネルギーと光が四人の装者から迸り、四人の近くに存在していたノイズの肉片やその塊が消し飛ばされる。

四人はカッと目を見開き、

 

「スパーブソング!」

 

翼が、

 

「コンビネーションアーツ!」

 

クリスが、

 

「セット、ハーモニクスッ!」

 

響が、

 

「S2CA・クアッド・バースト、行くよ!!」

 

奏が叫ぶ。

その胸の想いをさらけ出すように、秘めた力を解放する為に。

体に掛かる負荷など今はどうでもいい。

ただ今だけは、大切なものを守る為の力が、力が欲しい!

これは、もし今のようなカズヤが戦闘に参加できない状況を想定して編み出したコンビネーションアタック。

カズヤとこれまで繰り返し同調してきたことで上昇した適合係数を利用し、肉体が耐えられるギリギリのラインで負荷を抑えつつ絶大な破壊力を生み出す技。

たとえカズヤと同調していなくても、四人でハーモニーを奏でることで擬似的に同調状態のシェルブリットバーストに匹敵するだけの威力を発揮する為の切り札。

 

「「「「あああああああああ!!!」」」」

 

絶叫なのか雄叫びなのか自分達でも分からない声を上げ、四人が意識を集中させていると、

 

「シェルブリットォォォォォォォォッ!!!」

 

背後で、眠っていたはずの男が目を覚ましたことに気づく。

 

 

 

「カズヤさん!」

「「「カズヤ!!」」」

 

四人が振り向くと、拳を高々と掲げて雄叫びを上げるカズヤを目にする。

彼の右腕が肩から一瞬なくなると思えば、虹色の光と共にシェルブリット第二形態として再構成された。

拳を頭上から顔の高さまで下ろすと、手首の拘束具が勝手に外れ、手首から肘までのスリットが展開し、それによって手の甲に穴が開き光が収束していく。

カズヤの全身から虹色の光が放たれ、すぐにその光が金色に変わると、呼応するように四人の全身からも金色の光が溢れ出す。

すると絶唱による負荷が四人の肉体から一気に激減した。

 

「良かった、目が覚めたんですね!!」

 

喜色満面の響。

 

「全く、心配させるんじゃないよ!!」

 

嬉しそうに怒鳴る奏。

 

「少しは考えて行動し、以後は慎むように!!」

 

安心しつつも説教臭いことを言う翼。

 

「一人で突っ走るなっていつも言ってんだろ!!」

 

本気で怒っていながら喜びを隠せないクリス。

 

「お前ら、喜ぶか怒るか説教するかのどれかにしろってんだ!!」

 

四人の反応にニヤリと不敵に唇を吊り上げ、

 

「寝てたせいで心配掛けてたみてーだが、寝てる場合じゃねーよなぁ? 折角お前らが歌ってんのに、それを聴き逃すなんてあり得ねーからよ!!」

「「「「っ!!」」」」

 

どうしてこの男は、いつもいつも不意打ちでこちらが喜ぶ言葉を恥ずかしげもなく言えるのか。

拳で地面を叩いて軽く跳躍し、四人の前に降り立つと、カズヤは背を向けたままいつもの言葉を紡ぐ。

 

「輝け」

 

五人から放たれる光が強くなり始める。

カズヤの言葉に奏が続く。

 

「もっとだ!」

 

これではまだ足りないとばかりに翼も叫ぶ。

 

「もっと!」

 

体の芯から熱くなる。全身が燃えるように熱い。

それでも足りない、もっと熱くなれるとクリスが口を開く。

 

「もっと!!」

 

力が漲る。フォニックゲインが爆発的に上昇していく。

心と体が一つになるかのような一体感と昂揚感を味わいながら、まだまだこんなもんじゃない、もっと行けるはずだと響は声を出す。

 

「もっと!!!」

 

魂に火を点けろとばかりに五人は同時に雄叫びを上げた。

 

もっと輝けえええええええええっ!!!

 

最早、夜でありながらライブ会場は昼間よりも明るい。それどころか太陽にも勝る光と輝きに満たされ、会場の外どころではなく周囲一帯の街全域すら巻き込んで光輝いた。

 

「奏、響!」

 

カズヤが合図を送ると、それぞれ繋いでいた手を離し、奏はアームドギアの槍を顕現し、響は拳を構え腰を落とす。

右肩甲骨の回転翼がヘリのローターのような音を立てて高速回転し始める。

それに合わせて二人の腰部分のスラスターが光の粒子となって消えると、両の肩甲骨に金色に光るエネルギーで構成された一対の翼が現れた。

三人の体がふわりと宙に浮く。

先程まで醜い肉片や肉塊を分裂させ、ぶくぶくと増殖していたノイズは、莫大な量の力と光に晒されたことにより肉そのものが全て削ぎ落とされ、人の脊髄だけをそのまま取り出したかのようなおぞましい本体を見せていた。

 

「今だ!」

「ぶちかませ!」

 

翼とクリスがチャンスを逃すなと訴えて、三人はそのノイズに狙いを定め、三つの光輝く弾丸となって飛翔しながら突撃する。

 

「これがアタシ達の絶唱!!」

「そしてこれが俺達の!!」

「シェルブリットバーストだああああ!!」

 

奏が穂先をドリル状に高速回転させた槍の先端を、カズヤと響が握った拳を振りかぶり、全力でノイズに叩き込む。

 

「「「どおおおおおおおおおりゃっ!!!」」」

 

収束していたエネルギーが一際強い光を伴って爆裂する。

膨大なエネルギーを内包した光の渦が黄金の輝きを世界に知らしめながら天を貫く。

そして、とてつもない爆風が周囲一帯に吹き荒れた。

 

 

 

「何デスかあのとんでもは!? あれが、()()()の力デスか!!」

()()()だよ、切ちゃん...それにしても相変わらず綺麗」

 

ボロ雑巾のようなシンフォギアを身に纏い、這う這うの体(ほうほうのてい)で逃げてきたマリア達は、ライブ会場から少し離れた場所にて、今しがた放出された力を目にしそれぞれが異なる表情を見せていた。

 

「......」

 

無言のまま唇を噛み締め、一筋の血を垂らすセレナの肩をマリアが抱く。

 

「カズヤの引き込みには失敗した。けれど、"シェルブリットのカズヤ"という英雄の存在を世界に知らしめることには成功した...これで世界はもう、カズヤという英雄の存在に見て見ぬ振りをすることはできない」

 

先程の明るさが嘘のように、すっかり夜の暗さを取り戻した街を眺めつつマリアは一人言のように呟く。

 

「...これで、世界を敵に回した悪と世界を救う英雄が舞台に揃ったのね」

 

 

 

ノイズを完全に殲滅したことを確認してから、改めて会場全体の惨状を目の当たりにして、カズヤは眉を顰めた。

 

「...これ、全部俺一人がやったことになるのか?」

 

まるで戦争でも勃発して戦禍に晒されたみたいな有り様だ。

被害総額を想像して、やめる。また意識が飛ぶかもしれない。

 

「お前らズラかるぞ! 後のことは全部緒川と弦十郎のおっさんと黒服の兄ちゃん達に任せて逃げるぜ!!」

 

言って、カズヤは熊の着ぐるみ『蝦夷野熊五郎』を拾うと走り出す。

 

「アンタそれ持って帰るの!?」

「借りたもんはちゃんと返すべきだろ」

「...いや、そうだけどさぁ」

 

追いかけながらの奏の質問にカズヤは即答するが、それカズヤ本人がここで持って帰らなくてもよくない? と四人は思いつつ、何故か口にするのは憚れた。

 

「車の駐車場は地下三階だから、俺の『クーガー号』はきっと無事のはず、だと信じたい!」

 

祈りが通じたのか、車は無事だったので五人はとっとと乗り込むと、アクセル全開で脱兎の如き慌てようで家路を急ぐ。

幸いなことに、スピード違反で捕まることはなかった。

 

 

 

翌日。

昼前になって一人目を覚ましたカズヤは、とりあえず頭と体をすっきりさせたくてシャワーを浴びる。

その後。いつもの服を着て誰もいないリビングでソファーに座り、恐る恐るテレビの電源を入れ、手にしたスマホでネットニュースを漁って、

 

「うげぇ」

 

踏み潰されたヒキガエルの断末魔みたいな声を出す。

何処のテレビ局も、どのサイトのネットニュースも、昨日のことについてしかやってない。

SNSもカズヤにとっては酷い様だった。しかもトレンド入りしている単語やタグ、閲覧回数の高いコメントを見てみれば、

 

『熊五郎がいればテロなんて怖くない(白目)』

『テロリストより熊の方がヤバい、ヤバくない?』

『シェルブリットの熊』

『シェルブリットのカズヤ(熊)』

『カズヤ(熊)』

『熊(カズヤ)』

『これもう分かんねぇな』

『英雄』

『蝦夷野熊五郎』

『→さんを付けろよデコ助野郎!』

『ルナアタックを解決した英雄の正体』

『→まさか熊だったとは...』

『QUEENS of MUSIC』

『ツヴァイウィング』

『...ゆる...キャラ?』

『→いいえ、戦士です』

『熊ってノイズ倒すのか(困惑)』

『試される大地の熊やべぇ』

『北海道貫攻強壊(かんこうきょうかい)

『北海道の熊は怒ると光って爆発する』

『地球防衛軍蝦夷本部』

『テロ』

『今後のノイズ対策は熊を飼えばいいのか』

『→その熊怒ると周囲吹っ飛ばすけどええのか?』

『→強い(粉みかん)』

『テロリスト』

『何の光ぃ!?』

『テロを許さない熊、ライブ会場で大暴れ』

『→なおライブ会場はステージごと消し飛んだ模様』

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』

『熊五郎が帰ってこない 北海道観光協会(公式)』

『→昨日ライブ会場でテロリスト相手に戦ってたぞ、帰ってきたら鮭差し上げて労って、どうぞ』

『で、真面目な話、熊五郎の中の人って誰なん? シェルブリットのカズヤってマジで誰?』

『→残念ながら誰も知らない、本当に』

『→誰も知らない...あっ(察し)』

『→マジレスすると国家が秘匿してた人物らしいから消される可能性あり』

『ヒエッ』

 

などという心踊り過ぎて心臓がバクバクする文言が飛び交っていた。

そしてちょっと面白いコメントが散見してて若干腹立つ。

背後でガチャリとドアが開く音を耳にし振り返れば、シャワーを浴びたすぐ後なのか、バスタオルを一枚体に巻いただけの翼が、濡れた髪をもう一枚のタオルで拭きながら入室してくる。

 

「いないと思ったら、もう起きてたの」

「おはようさん。三人は?」

「おはようカズヤ、奏達はまだぐっすり寝てるわ」

 

挨拶と返答を済ませ、翼はカズヤにしなだれかかるように隣に座った。

 

「どう? 一晩明けた世間の反応は?」

「いかに緒川とおっさん達の情報規制が重要なのかよく分かった」

「でしょうね」

 

クスクスと無邪気に翼が笑うと、通信機が鳴り響く。二課からの連絡だ。

 

「もしもし熊五郎です」

『カズヤくん、いきなり突っ込み待ちはやめてくれ。反応に困る』

 

出てみれば相手は弦十郎からだった。

 

「昨日の件か?」

『まあ、そうだな』

「俺ってもしかしてお偉いさんに呼び出し食らって説教でもされんのか?」

『ハハッ、何を言う! ノイズを使って会場全体を人質に取った連中相手に、死者を一人も出さずに観客達を逃がしたんだぞキミは。そんな人物相手に偉そうに説教できる人間などいないさ』

 

通信機の向こうで弦十郎は豪快に笑い飛ばす。

 

「そう言ってもらえると助かる。ネットとテレビ見て笑いが止まらねーからな、今」

『今や時の人だな、"シェルブリットのカズヤ"』

「熊だがな!」

 

二人で一頻り笑うと、弦十郎が話を切り替えた。

 

『昨日の件も含めて今後のことを話し合いたい。今日の夕方頃で構わないから本部に来てもらえないか?』

「いいぜ、女性陣にも伝えとく」

『ああ、頼む。ではまた後でな』

 

通信が切れると、翼がこちらの顔を覗き込みながら問う。

 

「叔父様は何て?」

「夕方頃に本部に召集だとよ」

「そう。なら、それまで時間はあるわね」

 

壁掛け時計で現在時刻を確認すると、翼が妖艶に微笑み、カズヤを押し倒す。

続いて仰向けのカズヤに跨がると、体に巻いていたバスタオルを剥ぎ取り放り捨て、一糸纏わぬ姿になるとそのまま覆い被さってきた。

 

「おいおい、お互いさっきシャワー浴びてさっぱりしたばっかじゃねーか」

「どうせこの後誰かが起きてきても、本部召集まで時間があるから結局汚れるわよ」

 

互いの吐息がかかる至近距離まで迫り、舌舐めずりの後に濡れた髪をかき上げる仕草が、男の劣情を誘う。

ついさっきまで無邪気に笑っていた少女はもういない。男を知り、その味を占めた女がいた。

 

「悪い子だな、翼。数時間前に散々やったってのに、もう欲しいのか?」

「周りを振り回して好き勝手する誰かさんの影響でね。真面目でいるのは歌手として歌う時、装者として防人として戦う時、学生として勉強する時。それ以外は肩の力を抜いてやりたいことをする。そんなメリハリをつけるだけで毎日がもっと充実するって気づいたのよ」

「初耳だそれ。なら今は肩の力を抜いてる時か」

「そういうこと。そもそもカズヤが何でもかんでも受け入れるから私達があなたに依存するの。知ってる? 女性って自分の全てを嫌な顔一つせず受け入れる男に依存すると、もう抜け出せないんだから......装者という特殊な立場が影響していないとは言わないけど」

 

翼はすぅーと目を細めるとこちらの首筋を一舐めしてから耳を甘噛みし、体内で疼き滾る熱を吐き出すように耳元で囁いた。

 

「しましょう、カズヤ。あなたと()()()()でする機会なんて滅多にないのよ」

 




翼さん、普段はバラエティー芸人だったり防人ってるけど、カズヤと二人きりだと急に女になるよ! ということで口調の変化もそのせい。
響は奏ん家泊まる時は未来に皆で本部に泊まるって嘘ついてるよ! 口裏合わせし易いからね、しょうがないね!
奏とクリスは一緒に暮らしてるから、言わなくても分かるよね!

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