カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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繋ぎ留める手

 

「また、あの夢か」

 

目が覚めると一人言を呟き、先程まで見ていた夢に思いを馳せる。

 

「...今も何処かで、あの時みたいに戦ってんのかな」

 

これまでに何度となく繰り返し見た夢は、家族の死と同等か、ある意味でそれ以上の強さで自分の中に刻まれ、色褪せることなく息づいていた。

二年前。ライブ会場に現れたノイズの群れ、逃げ惑う観客、ノイズと戦う自分と相棒の翼、二人で奏でる歌、遠く聞こえる絶叫、悲鳴、怒号、爆音、瓦礫、塵と化し舞うかつて人だったもの、ボロボロのライブ会場、そして――

 

「...シェルブリットの、カズヤ」

 

焦がれるように吐き出された言葉。

シェルブリットのカズヤ。それはここ数年の間ノイズの脅威から人類を()()()救う存在として、ほんの一握りの人間に知られた名。

分かっていることは男性であること、シンフォギアとは異なる力でノイズを殲滅すること、そして唐突に現れノイズを倒すとすぐに消えること。

何処から来たのか、一体誰なのか、何が目的なのかも分からない。

加えて移動手段が極めて不可解だ。

発光と共に現れ、消える際は粒子のように分解されて霧散する。

記録によればロンドンで消えた数分後にワシントンに出現したという報告もある。

行動原理は一貫してノイズの殲滅。

しかしながらノイズ災害の際に必ず姿を現してくれる訳でもない。むしろ頻度としては本当に極稀で、数十件の中に一件あるかないか。

ノイズを倒してくれるなら毎回出てきて欲しいものだが、そういう訳でもないらしい。

 

「アタシはアンタに、いつになったらあの時の礼を言えるんだ」

 

思わず拗ねた声が出た。

一瞬で現れ、凄まじい早さでノイズを殲滅した後、十数秒の内に消え失せる。

おまけに出現頻度が低い。

その神出鬼没さから、ノイズと戦う使命を背負ったこの身でも、あれから二年も経過するというのに未だに再会を果たせない。

一応、話によると出現してから消えるまでの間に名前を尋ねれば律儀に返してくれることがこれまでに複数件確認されているので、時間に余裕があれば色々と答えてくれそうではある。

あるのだが――

 

「会いたい、な」

 

――会ってちゃんと礼を言いたい。もっと色々話したい。それだけじゃない。叶うなら、ノイズ殲滅という同じ目的を持つ者なら、仲間となって一緒に戦いたい。

最終的にはいつも同じ考えに至る思考を通信端末の電子音が止めに入る。

 

「あ、翼から電話だ」

 

今日のスケジュールを思い出しつつ、微睡んでいたべッドから出る覚悟を決めた。

天羽奏は、二年前に見た男の後ろ姿とその輝きを、今も追い続けていた。

 

 

 

 

 

【繋ぎ留める手】

 

 

 

 

 

最早何度目となるか分からない行為が続く。

"向こう側"の世界に黒い穴が開き、そこを潜ると何処か懐かしさを覚える人類の営みが繰り広げられる現実の世界。そんな場所に降り立ち、そこを我が物顔で蹂躙している化け物をぶっ倒すと"向こう側"の世界に戻ってくる。そしてまた少し経つと黒い穴を通って化け物を倒し"向こう側"に戻る。

 

「いつまで続くんだこれ?」

 

時間感覚が狂ってるせいで、一時間も経ってないような気がするし、数日間も経っている気もする。

 

「...ほんっとにこの状況、何なんだよ?」

 

考え事をする精神的な余裕が生まれたので、ずっと思考を巡らせているが答えは出ない。

そもそも情報が少なすぎる。

相も変わらず分からないことだらけである。何故アニメ"スクライド"のカズマと同じ姿なのか、何故カズマと同じ能力なのか、何故スクライドに関連すること以外の記憶が無いのか、何故"向こう側"に居続けることになるのか、何故現実世界に見たことも聞いたこともない異形の化け物が存在するのか、何故その化け物を倒すと"向こう側"に戻されるのか。

 

「...」

 

無言のまま、アルター能力を解除した右の手の平を睨む。

そのまま指貫グローブを外し、手の平を返して手の甲をじっと観察した。

 

「何もねぇな...」

 

おかしい。

アルター能力には複数の種類が存在する。

『融合装着型』『自立稼動型』『具現型』『アクセス型』などであり、カズマのアルター能力『シェルブリット』は第一形態から最終形態まで複数の形態を持つ『融合装着型』だ。

その名の通り体の一部に、鎧のように装着することで、筋力の増強や知覚の加速など、超人的身体能力が得られる。

しかし、体に直接触れる、もしくは肉体そのものをアルター化させている為、負担は大きい。

特に体への負担が顕著になるのが第二形態から。つまり、俺がこれまで使ってきたものだ。

カズマですら使用後は激しく消耗し、激痛に苛まれ、腕の感覚が無くなっていたり、能力を解除しても腕に傷痕のようなアルター痕が残ってしまっていた。

物語終盤、というかエンディングではアルター能力を使用し過ぎた代償として、右腕はアルターの浸食によりアルター痕でズタボロ。痕は顔面にまで到達しており、頭髪の一部も変色。そして能力を使用していないにも関わらずコンクリートを素手で殴って粉々にするといった人間離れなことができるようになってしまっていた。

しかしながら、俺にはその負荷がない。

確かにカズマは劇中で化け物染みた強さを見せてくれたが、アルター能力を使用していない時は、普通に負荷で苦しむ姿を見せつつ、激痛に耐えながら能力を駆使していた。

生物である以上、能力を使い続けたことによる負荷や浸食は免れない。

免れているのであれば、それは最早生物ではないと言われているのも同然だ。

 

「アルター結晶体、それと同じってことか...」

 

アルター能力を負荷やリスクを無しに無制限に使用可能、居場所は常に"向こう側"、現実世界に干渉できるのは僅かな時間だけ。まさにアルター結晶体と同じ存在ではないか。

 

もしかしたら記憶が無いのも、それに関係しているのかもしれない。失ったのではなく、生まれたばかりで最初から存在していないなら理解はできる。

 

「俺はずっとこのままなのか...?」

 

この何も無い"向こう側"の世界でふわふわと漂いながら、現実世界へ誘う黒い穴を待ち、化け物を殲滅して戻ってくる。

 

「さすがに飽きた、他のことがしてぇ」

 

カズマのアルター能力を使って戦う、これ自体は悪くない。むしろスカッとして気持ちいい。だが同じことの繰り返しはいくらなんでも退屈だ。もっと別の、戦闘から離れたこともしたい。

いつまでもこんな時間が続くと、肉体的な疲労はなくても精神的に参ってくる。

 

「ラーメン食いてぇ」

 

一言口に出してしまえば、欲求は堰を切ったように溢れ出てきてしまう。

美味いものを腹一杯食いたい、テレビゲームしたい、アニメや漫画を読み漁りたい、面白い映画とか見たい、音楽を堪能したい、車とかバイク運転して何処か観光したい、自然豊かな場所で癒されたいーー

 

「ああああああっ!! こっから出せええええええ...え?」

 

我慢の限界がきて思わず絶叫。それに合わせて都合よろしく黒い穴が目の前にこんにちわ。

 

「...ま、あっちで化け物倒しながら留まれる方法でも考えるか」

 

とりあえず今は化け物退治だ。急がないと化け物の餌食になる人が出る、もしくは増える可能性がある。

 

「じゃ、いっちょやりますかね。シェルブリットオオオオッ!!」

 

俺はシェルブリット第二形態を発動させ、黒い穴に喜び勇んで飛び込んだ。

 

 

 

 

「くたばれぇぇぇ!」

 

真っ直ぐ突っ込んでぶん殴る。直接殴られた化け物は勿論、周囲の化け物達も拳圧に巻き込まれて塵と化す。

 

「次ぃっ!」

 

アスファルトを右拳で叩きその勢いで跳躍、着地点にいた化け物達がこちらに顔を向ける前に右肩甲骨の回転翼が高速回転、回転翼の軸部分から噴射されるエネルギーを推進力に加え、急降下しつつ右腕を振り下ろす。

 

「おおお、らぁっ!!」

 

一際デカイ芋虫のような外見の化け物、その頭部に拳がめり込むと腹に響く爆音を伴い、拳に内包されたエネルギーと光が爆裂。

辺り一面の化け物が消し飛ばされると同時に着地。

視界の化け物達は残り僅か。

これで今回はおしまいらしい。

当初は現実世界に留まる方法を、化け物を倒しながら考えるという方針だったが、全くこれっぽっちも考えてない。

化け物を見た瞬間、沸き上がる闘争心に突き動かされて突っ込むことしかできない。

あれ? これなんかスクライドのカズマよりバカじゃない? 彼、劇中で敵味方問わずバカ呼ばわりされてるけどここまで酷くないぞ。

ヤバい、もう時間がない。でももう止まらん。

 

「これでラストだ」

 

右の拳に力を込める。収束されたエネルギーが眩い光をさらに強くする。

 

「シェルブリットォ、ブァワアアアストオオッ!!!」

 

 

 

 

 

「...凄い...」

 

目の前に広がる光景に対する既視感。それは間違いなく二年前の『ツヴァイウィング』のライブ会場での出来事。

発生したノイズ。

多勢に無勢で戦う二人の『ツヴァイウィング』。

私を庇うようにノイズの群れに立ちはだかる天羽奏さん。

そして、奏さんとノイズ達の間に割って入った男性の後ろ姿。

当時は怪我で意識が朦朧として、断片的なことしか覚えていないけど、あの後ろ姿と光の輝きは記憶に刻み込まれている。

 

「あの時と、同じ」

 

助けてくれた。命を救われた。

でも、お礼を言えなかった。私はそのまま気絶してしまったから。だから名前を聞くこともできなかった。

 

「今度こそちゃんと言わなきゃ」

 

自分の中で深く決意を固めると、隣で呆然としてる女の子が無事であることを確認し、ノイズを殲滅し終えた男の人に歩み寄る。

 

「あ、あ、あああのっ」

 

緊張で舌が上手く回らない。

 

「たす、助けてくれて、あり、ありがとうございます」

「ん? ああ、どういたしまして」

 

気さくな感じで応じる男の人を改めて近くで見て、

(私より少し年上のお兄さん、かな?)

ノイズと戦っていた時は苛烈な印象があったが、こうして相対してみると雰囲気は何処にでもいそうな男性だ。

 

「無事で何よりだが、その格好は何だ? 何かのコスプレか?」

 

こちらを下から上まで眺めてから疑問符を浮かべたので、私は自分の格好を思い出す。

 

「いや、その、これには深い訳がありまして...私にもなんでこうなってるのかよく分かってないんですけど...」

 

しどろもどろの受け答えに対し男の人はニッと笑う。

 

「ま、俺も人のこと言えねーか。二人でコスプレ大会してるみてーだな!」

 

楽しそうに言う男性の笑み。とても話し易い感じが好印象に映る。

そんな対応にこちらも自然と笑みを浮かべてしまう。

(優しい人なん、だ...!?)

と、その時息を呑む。

男の人の体が少しずつ虹色の粒子となって、存在感が薄くなっていくのに気がつく。

 

「あの、体が!」

「ちっ、時間切れか」

 

忌々しそうに舌打ち、こちらを安心させるような優しい声音で言う。

 

「あー、これは別に死ぬ訳じゃねーから。上手く言えねーけど元の場所に戻るっつーか」

 

何かを説明してくれてたようだが、私には聞こえていなかった。

理屈は分からないけど目の前の男の人が消えちゃう!

そう考えた瞬間、

 

「ダメっ!!」

 

踏み込んで男の人に手を伸ばす。装甲に覆われた右手を離すまいとギュッと握り締める。

いきなりの行動で驚かせてしまったけど、

 

「...止ま、った? いや、この世界に留まったのか?」

 

今にも消えそうだった男の人は、もう虹色の粒子を出すこともなければ、存在感が薄くなったりもしていない。

ただ呆然と、私の顔と繋がったお互いの手を交互に見比べる。

 

橙色の固そうな装甲に覆われた男の人の手と、

ゴツいグローブに包まれた私の手。

 

私、知り合って間もない男の人の手を握ってる!!!

 

この事実に顔が熱くなる。早く離さなければと思うも、ガチガチに緊張してきたせいで逆に変な力が入ってしまった。

 

「突然ごめんなさい、今手をはな、ひゃああああ!?」

「うおっしゃやったぜ! なんか知らんが"向こう側"に戻んなくて済んだヒャッハー!!」

 

手を離そうとしていたところ、逆に握り締められ腕を引き寄せられ、そのまま横抱き、つまりお姫様抱っこされると男の人は高笑いを上げながらくるくる回り出す。

これまた唐突な事態にパニックに陥った私は「お、おおお、おろ、おろろ、降ろし、降ろして、降ろしてくだしゃい!?」と喚くが、嬉しそうに笑っている男の人は聞いてない。

やがて満足したのか、ゆっくりと降ろしてくれた。

顔を真っ赤にして文句の一つでも言おうとしたら、男の人はぐっとこちらに近づくと、顔を覗き込んできた。

(ち、近いです...!)

かつてないほどの異性との近さに心臓がバクバクする。

 

「俺はカズヤ、シェルブリットのカズヤ。お前は?」

「私は、響、立花響、今年から私立リディアン音楽院の高等科に通うことになった十五歳です!」

「響か、分かった。よろしくな、響」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。カズヤさん」

 

装甲に覆われた右手が差し出されたので、グローブに包まれた手で握り返す。

装甲とグローブ越しなのになんだかとても温かい。それが無性に嬉しかった。

 




原作アニメにて響覚醒後、翼(今作品では奏が生存してるので彼女も含む)が現場に到着するより早くカズヤが現れ響と邂逅。
次回更新は来週以降になる予定です。

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