カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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年内中に投稿するの無理だったので今年初投稿となりました。
皆さん、新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


WANTED

あの騒ぎから一週間が経過。

騒ぎが起きてからこれまでの間、行方知れずとなったマリア達がまたノイズを使って騒ぎを起こしたり、なんてことはなく、何処かの国や組織に対して示威行為や交渉の類いを行ったという情報もなく、今も彼女達の目的は不明のままだ。

カズヤ個人としては何もない平穏な一週間だったな、くらいの認識なのだが、他の様々な場所では蜂の巣を突ついたような騒ぎになっていたりしていた。

例えば北海道の観光協会。カズヤが『蝦夷野熊五郎』の着ぐるみを用いて暴れたことで、連日問い合わせが凄いとのこと。ちなみにまだ着ぐるみは返していない。カズヤと奏とクリスの三人が暮らす部屋のリビングの一角を占領している。いつかちゃんと返したいが、タイミング的なものがあるので、弦十郎からは少し待ってくれと言われている。

次に日本政府。各国政府から"シェルブリットのカズヤ"について情報開示を求められるが、これをのらりくらりとかわしているらしい。答えは全て櫻井理論の中にある、という感じでアルター能力については一切答える気がないようだ。

というか、今は亡き櫻井了子を含めた二課の面々は、アルター能力の詳細についてお偉いさんに報告していない為、政府としても答えようがないのが実情だ。

理由としては、カズヤが異世界からやって来たことなどを含めた"向こう側"については下手に話すと混乱させるか信じてもらえないかのどちらかである為。故にシンフォギア・システムを生み出す過程で生まれた副産物を、試験的に運用したら偶発的に上手くいったが再現性が皆無な唯一無二の能力、というのがカズヤが二課に加わった頃に報告した内容らしい。これについてはカズヤを含め、装者達も初耳だった。

なお、シェルブリットがアルター能力の中でも身に纏うタイプの『融合装着型』であり、第二形態が右腕までしかアルター化させないからこそ、シンフォギア・システムの副産物という扱いにできたらしい。発動の際に周囲の物質を分解するのは、他のシンフォギアと異なりシステムが不完全の為、質量保存の法則から脱することができないので、周囲から分解した物質を取り込む必要があるとかなんとか。

こんな言い訳染みた言葉で各国政府が納得する訳もないが、日本政府はこれで押し通すとのこと。

ネットやテレビ、一般人が利用するSNSなどでは相変わらず熊五郎とカズヤの話題について持ちきりだ。

一つ変化があるとすれば、やはりかつてカズヤが助けた人々が世界各地におり、その人々があの時と同じ人物だと主張していること。

東洋人、名前からして日本人、男性、やや細身、身長は170半ば、などなどの主に外見に関するパーソナルデータも拡散されている。

流石にノイズに襲われている時に写真や動画を撮っていた猛者はいなかったようで、画像や動画の類いはない。

六年前、五年前、四年前、三年前、二年前、一年前、半年前、時期はそれぞれ異なるが、言っていることは皆一緒だ。

ノイズに襲われたところを助けてもらった。

命を救われた。

今でも感謝しています。

できるなら直接会ってお礼を言いたい。

確かにあの時、彼に名を尋ねると"シェルブリットのカズヤ"と名乗っていた、と。

 

(...どういたしましてとでも言えばいいのか)

 

こそばゆい気分になってきたので、ブラウザアプリを閉じ、スマホを仕舞う。

 

「お待たせしましたカズヤさん。では、行きましょうか」

 

その時だ。カズヤの耳に緒川の声が届く。

視線をそちらに向ければ、上の階に繋がる階段から降りてくる緒川の姿がある。その手には書類の束が入っていると思える茶封筒を持っていた。

緒川を筆頭にした黒服の兄ちゃん達の活躍により、マリア達の行方とまではいかないが、手がかりになるかもしれない何かを掴んだらしく、数時間前に反社会的な方々にカチコミしに行きませんかと誘われたので、物見遊山気分でついてきたのだ。

 

「どうだった?」

 

何人も倒れて積み重なってできあがった木っ端ヤクザの山──主にカズヤが素手で殴り倒した──椅子代わりに座っていたものから立ち上がり、カズヤが問えば、先程まで上階で兄貴ヤクザや親分ヤクザを叩きのめした後に家捜ししていた緒川はにこやかな笑みを見せた。

 

「なかなか興味深いものがありましたよ」

「そいつは良い。ヤクザの事務所一つ潰してなんにも出てこなかったら、何しにこんなゴミ溜めに来たのか分かんねーからな」

 

二人でヤクザの事務所を後にする。

 

「それにしてもマリアの、フィーネって名乗った連中の目的は一体何だったんだ?」

「自分達とカズヤさんの存在を世界に知らしめるのが目的、だけではなさそうなのは確かなんですがね」

 

近くの有料駐車場に向かいながらカズヤが疑問を声にし、緒川が考え込むが答えは出ない。

 

「奏と翼がマリアから直接聞いた話じゃ、俺は六年前にセレナの命を助けたらしいが、心当たりが多過ぎてどれがどれだか分かんねーよ」

 

今思えば、精神的に切羽詰まっていたので話もろくに聞かずにシェルブリットバーストをぶち込んだのは、早計だったかもしれない。今更ではあるのだが。

 

「命の恩人であるカズヤさんの身柄を要求した意図は不明。現れた四人のシンフォギア装者、ノイズを操る力、まだこれだけでは情報が足りません。焦るつもりはありませんが、諜報部でもなるべく情報収集と捜索は急ぎます」

「そうしてくれ。どうにも俺は戦闘以外の頭脳労働とかは向いてねーわ」

 

駐車していた車に乗り込むと、本部に向けて発進した。

 

 

 

完全聖遺物ネフィリム。六年前、起動に成功したものの制御不能な暴走状態に陥り、最終的に粉々にされた代物。

しかし、その心臓は無事、とは言い難い仮死状態になってしまったが、先週の一件で発生した莫大なフォニックゲインを吸収し、復活を果たす。

それだけに留まらずネフィリムは極僅かな餌──以前日本から送られてきたシェルブリットの破片──を与えただけで成長をし続け、最初は中型犬程度の大きさが、現在は熊よりも大きな体躯を誇っていた。

そのネフィリムは今、眠るように、何かを待つようにじっと動かず静かにその身を横たえ大人しくしている。

 

「くく、くくくく...かつて"シェルブリットのカズヤ"の手によって粉砕されてしまったネフィリムが、彼から放たれた力を吸収してここまで成長を果たすとは、実に皮肉な運命だとは思いませんか?」

 

モニターで監視しているネフィリムの姿を見ながら、上機嫌に笑う白衣の男──ドクター・ウェルが眼鏡越しに見せる怪しい目の光に、マリアは内心の不快な気分を押さえ込みつつ言う。

 

「けれど、これで私達はカズヤと、特異災害対策機動部と敵対してしまったわ。やっぱりノイズを使ったテロリストの真似事なんてするべきではなかったと思うのだけど」

 

この発言に、そばにいたナスターシャが何か言おうとして、やめる。マリアの気持ちを汲んでやりたかったのはやまやまだが、自分達が目的を果たす為には手段を選んでいる場合ではないからだ。

 

「またその話ですか? ソロモンの杖も手に入り、結果的にネフィリムも起動できた。あなたの要望である"シェルブリットのカズヤ"を名実共に英雄にすることもできた。これ以上何を望むのです? いくらなんでも高望みが過ぎますよ」

 

若干呆れた口調のウェルにマリアは語気を荒げた。

 

「カズヤの力はとっくの昔に見たでしょう!? 彼は単体の戦闘力ですら暴走状態のネフィリムを一撃で粉砕するほどとてつもないのに、ギア装者の能力を倍増させることもできるのよ! 敵対することになったら戦力で劣る私達が圧倒的に不利なのが分からないの!!」

「だからこそ、こうしてコソコソと隠れているのでしょう」

「だから、あんなことをせずに最初からこちらの事情を説明して協力を仰げば、敵対することもこんな風にコソコソ隠れる必要もなかったと言っているのよ!!」

 

ついに怒鳴り出したマリアを、ナスターシャがすっと出した手で制する。

 

「マムッ...!」

「少し落ち着きなさい」

 

言われて、内に溜まっていたものを吐き出すように溜め息をついてから謝罪するマリア。

 

「...ごめんなさい」

「マリア、あなたの言いたいことも分かります。しかし、彼は特異災害対策機動部に所属しており、更に言えばその組織は日本政府の特務機関。彼個人が協力的だとしても、彼の組織が、ひいては日本政府がそれを許しはしないでしょう。政治家や特権階級の人間がいかに自分達の利権や身の安全のことしか考えていないか、知らないあなたではないでしょう?」

「そもそも彼はあの時、あなたの話を、我々だけではなく世界にとって重要な話を聞こうとしましたか? いきなり殴りかかってきたではないですか。つまりは、そういうことなんです。たとえ世界を救った英雄だとしても、所詮彼も組織人。権力者の犬でしかないのですよ」

「...」

 

ナスターシャの嗜める言葉とウェルの追撃に、マリアは歯噛みし黙り込む。

本当は、あんなことなどしたくなかったのに。

できることならライブを終わらせた後、予め宣言したようにディナーに誘って、その時に六年前のお礼を言って、彼と色々な話がしたかった。

 

(...カズヤ...)

 

控え室で相対した気さくな青年の顔を思い出す。

子どものようにコロコロと表情を変える、とても可愛らしい男性。

 

(やっと、あなたに会えたのに...)

 

あんな暴露するような形で彼を英雄として世界に知らしめたかったんじゃない。

協力してもらって、一緒に世界を救って、その上で世界中の人々から称賛されるような英雄として凱旋して欲しかった。

自分の憧れの男性はこんなにも素敵な人なのだと、世界に自慢したかった。

何故なら彼は──

 

(六年前のあの時から...あなたは私の英雄なんだもの...)

 

 

 

熱いシャワーを浴びながら、セレナは一週間前の光景を思い出す。

眠る彼に寄り添う、四人の装者。

後ろから彼を抱き締め、その頬に口づけした雪音クリスの勝ち誇った忌々しい笑み。

腹立たしい。

来日する前、事前に調べた情報から彼が装者達から好意を寄せられているらしいことは分かっていたが、いざ目の当たりにすると、これまで覚えたことのない激しい怒りと嫉妬が沸き上がる。

どうすればいい?

どうすれば彼を奪える?

思考がどんどん好戦的かつ攻撃的になっていく。

普段のセレナであれば、争いを好まない優しい性格の為、こんなことなど考えることさえ嫌がるだろう。

しかし、育った環境が特殊だったことによる弊害と、これまで姉と共に『いつかカズヤと再会できること』を夢見て、心の支えとして生きてきたセレナにとって、カズヤの存在はそれだけ大きく膨れ上がっていたのだ。

 

「セレナ、いつまでシャワー浴びてるデスか?」

 

ふと気づけば、切歌が心配気に顔を覗き込んでいる。

隣には調もいた。

 

「...切歌さん? 調さん?」

「さっきシャワー浴びるって言ってから、その後に私と調がシャワー浴びに来て終わるまで、結構時間経ってるデスよ」

「あ...ごめんなさい」

 

どうやらかなり長い時間、シャワーを浴び続けていたらしい。手の平を見ればふやけていた。

シャワーを止めてタオルを手に取りシャワールームを出る。

それに二人は無言でついてきた。

濡れた髪や体をタオルで拭いていると、

 

「うっ!」

「調!?」

 

調が突然頭を抱えて蹲る。

 

「調さん!?」

 

切歌に両肩を掴まれた調は、ゆっくりと首を横に振ると「心配しないで、大丈夫だから」とまるで自分に言い聞かせるように呟く。

これで心配するなというのは無理な話だが、調は頑なに自分は平気だと主張した。

 

 

 

 

 

ほら、だから言ったじゃない。カズヤくんに回りくどいこと仕掛けると痛い目見るどころか全部叩き潰されて、完膚なきまで滅茶苦茶にされた上に吹っ飛ばされるって。

 

(そこまでは聞いてない)

 

あらそうだった? でもこれで分かったでしょ。彼と敵対するということがどういうことか。

 

(...あなたは、彼とどんな関係だったの?)

 

そうね...一応、仲間だった。

 

(だった?)

 

ええ。私は裏切り者。たくさんの人々を裏切り、騙し、そしてカズヤくんと、皆と敵対し...最終的にどうなったと思う?

 

(どうなったの?)

 

これ以上ないほどボッコボコにされたわ。シェルブリットバーストなんて何発食らったか分からないくらい。

 

(あれを...何発も...)

 

でも私はあれで良かったわ。彼にぶん殴られて、大切なことに気づくことができた。

 

(...)

 

だからあなた達も今ならまだ遅くないわ。全員、額が割れるくらいの勢いで地面をめり込ませる土下座をすれば、一人につきシェルブリットバースト三発程度で許してくれる......といいわね。

 

(え? 許してくれないの?)

 

...たぶん、『おう、考えてやるよ』って感じで、殴ってくるわよ。

 

(...酷過ぎる)

 

でもきっと大丈夫よ。クリスも以前彼にコテンパンにされたけど、元気にしてたし、相変わらずカズヤくんにベッタベタみたいだし。

 

(クリス? イチイバルの、ギア装者...そういえば凄い怒ってた)

 

見事な怒りっぷりだったわね。でもあれ、少し心配よ。あの子、どれだけカズヤくんに依存してるのかしら。もし彼に何かあれば後追い自殺でもするんじゃない?

 

(恋人関係、なの? カズヤとイチイバルの装者は?)

 

...............えっと...............。

 

(?)

 

......恋人関係というより、きっと彼は装者全員と爛れた関係なんじゃないかしら?

 

(はあ...)

 

わ、私も詳しくは知らないの。だから先に言っておくけど、これは鵜呑みにしないでね?

 

(???)

 

彼女達、パッと見た感じ...私が最期に見た時より妙に艶っぽいというか、綺麗になってたというか、雰囲気が大人の女、って感じだったのよ。分かり易い言い方をすれば、男を知った女の顔、って言えばいいのか......あの時、カズヤくんが装者達になんでもするとか言ってたけど、本当になんでもしたとしか思えないわ。

 

(よく分からない)

 

え? あ、そそそそうよね! あなたにはまだ早過ぎたわねこの話! ということで今のなし! 聞かなかったことにしてちょうだい!!

 

(なんでそんなに慌ててるの?)

 

あー! 時間がない! 時間がないわー! ということで、名残惜しいけどまた今度ねー!

 

(あ、ちょっと...)

 

 

 

 

 

目が覚めると、ベッドで寝ていることに気づく。

調は仰向けの状態から起き上がる。

 

「また、あの人...」

 

顔も名前も分からない女性との会話。

すぐ隣で切歌が寝ていることに気づき、咄嗟に声の大きさを抑えた。

 

「...カズヤと仲間だったけど、裏切って、最終的にシェルブリットバーストを何発も食らって、ボッコボコにされた...」

 

数日前にナスターシャが閲覧していた映像が脳裏に浮かぶ。

 

『これがアタシ達の絶唱!!』

『そしてこれが俺達の!!』

『シェルブリットバーストだああああ!!』

『『『どおおおおおおおおおりゃっ!!!』』』

 

ヒッ、と喉の奥から小さな悲鳴が漏れる。

 

「あんなのを、最低でも三発...」

 

その夜、調はそれ以降眠ることができず、朝まで膝を抱えていた。

 

 

 

 

 

【WANTED】

 

 

 

 

 

夜の戸張がすっかり降りて真っ暗となった時間帯。

閉鎖されてから結構な時間が経過した廃病院を前にして、カズヤが天を仰いで喚く。

 

「うぅぅぅそぉぉぉだぁぁぁろぉぉぉ!?」

 

頭を抱えて蹲ると、イヤイヤと首を横に振る。

 

「昨日の夜に病院を舞台にしたホラー映画見たばっかだぞ俺はぁぁぁぁ!!」

 

情けないことを嘆くカズヤのすぐ後ろで、同じ映画を見たクリスが青い顔をしていた。

 

「そんな俺とクリスに廃病院の中に突入しろとか鬼かアンタら!!」

『...知らんよ...』

 

通信機越しの弦十郎がすげなく返答する。

 

「カズヤさんってお化けとかダメだったんですね」

「本人曰く、もし出たら殴ってもすり抜けて倒せないから、だって。だからゾンビ映画とかのスプラッタ系とか洋画のホラーは平気みたい。和風なホラーがてんでダメ、というか物理的に殴れないのがダメなの」

「なんとまあ、カズヤらしい」

 

カズヤの意外な弱点に響が良いことを知ったとばかりに唸り、奏が惜しくもないとばかりに暴露し、理由を聞いて納得する翼。

ちなみにお化け屋敷は物理的に殴れるので怖くないと豪語するが、奏としてはカズヤがお化け役の人や機械をぶん殴る方がある意味怖いので、絶対にコイツをお化け屋敷に連れて行ってはいけないと誓っている。

 

「後ろで固まってるクリスちゃんは...」

「クリスもクリスで、怖いのにホラーもの見たがるんだよね~。一人だと絶対見ないのに、アタシかカズヤがいると、ね」

「まさか雪音もか」

「でも、ホラーものをあの二人と一緒に見ると楽しいよ。いつもテレビの前でソファーに座って見るんだけど、二人共寒さに震える子犬みたいにぶるぶる震えてさ、全く同じタイミングで叫びながら抱きついてくんの! 右から左から抱きつかれて、なかなか幸せだよアタシは!!」

 

いーっひっひっひ、と奏が腹を抱えて大笑いする横で、彼女の態度に怒る余裕すらないカズヤとクリスが絶望的な表情をしている。

 

『翼、二人を連れて突入しろ。奏と響くんは正面玄関と裏口でそれぞれ待機』

「了解。ほら行くぞ、カズヤ、雪音、二人共いい加減腹を括れ!」

 

後ろから二人の腕を取り、無理矢理歩き出す翼に引き摺られ、カズヤとクリスは青い顔のまま廃病院に突入した。

経緯としては、廃病院となって久しいこの場所に、二ヶ月前から不審な物資の搬入が行われているという情報を、緒川率いる諜報部が掴んだ。

怪しいのなら突入するのみ。虎穴に入らずんば虎児を得ず。

ということで突入メンバーに選抜されたのが、高い突破力と爆発力を持ち、接近戦に優れ、装者と同調し他のメンバーの出力を底上げできるカズヤ。

カズヤ同様接近戦に優れ、高い機動力と汎用性を誇る翼。

二人(というより全員)と異なり遠距離攻撃に特化しているクリス。

というバランスを考えた三名。

奏と響は三人が中で暴れて何か出てきたら、ドスっとやる待ち伏せだ。

要するに五人で突入させるのではなく、折角五人もいるんだから突入と待ち伏せで分けた采配だ。突入前にして先のようにカズヤが散々駄々を捏ねたが。

 

 

 

「二人共...そんな風にくっ付かれると歩きにくいのだが」

 

少し困ったように告げる翼の両腕を、カズヤが右から、クリスが左からピッタリ抱きつくようにしていた。

 

「そんな悲しいこと言うな! 今俺は、翼の手を離したら、俺の魂ごと離しちまう気がするんだ!!」

 

指と指を絡めて繋いだ手に、ぎゅっと力が篭る。

震えているので、演技ではなく、本当にビビっているのが分かった。

 

(常に余裕の態度で飄々としているカズヤが...かつてないほど私を頼りにしている、だと!?)

 

任務中だというのに、翼はカズヤの意外過ぎる姿に母性本能を刺激され胸がときめく。このまるでダメな男は私が守ってやらなくては! という謎の使命感が生まれていた。

 

「カズヤ! こんな場面で『魂』とかいう単語を使うんじゃねぇ! もし沸いてきたらどうすんだ!?」

 

こちらもこちらで、クリスは怯えた小動物が必死に威嚇するように訴える姿が、可愛らしい。こんなに後輩に頼られるのは先輩の冥利に尽きるというもの。

 

(しかし気の強い雪音すらもこの有り様なのか)

 

昨夜見た病院を舞台にしたホラー映画というのが、余程怖かったらしい。

普段は気が強いというか、我の強い二人。それが今、必死に翼の手を離すまいとしている様子に、翼は思わず唇を喜悦に歪めた。

沸々と胸に込み上げてくるこの愉悦は一体何なのか!?

 

(ズルいぞ奏。家でホラー映画を見る時は常にこの幸せサンドイッチを味わっているのか! 今度ホラー映画を大量にレンタルして皆で鑑賞会だ!)

 

聞く人が聞けば鬼畜と罵られるような所業を考えながら、翼は繋いだ両の手をしっかり握り締め、廃病院の奥へと進む。

 

「な、なんにも出ねーな」

 

暫く廃病院内を歩き続けてみるが、ネズミ一匹出てこない。

相変わらずおっかなびっくりしているカズヤの呟きに翼は同意する。

 

「ああ。もしかしたら我々の接近に気づき、この場所を根城にしていた輩は既に逃走した可能性もある」

「まさかこんな目に遭ってんのに無駄足か?」

 

隣のクリスが少し不満気だが、何か出たら出たで彼女が一番悲鳴を上げそうだった。

 

「まだ何が潜んでいるか分からない。注意しつつ、隈無く探索しよう」

 

勇ましい翼の発言に、カズヤとクリスは揃ってカクカクと首を縦に振って頷く。

 

 

 

それから一時間半後。

緊張と恐怖から解放されたカズヤとクリスが、廃病院の外の壁際に憔悴し切った様子で寄り添うように力なく座っている。

結局、何も出なかったのだ。

しかし、カズヤ達にはよく分からない設備や機器といったものが綺麗な状態で捨て置かれていたり、人が過ごしていたと思われる痕跡を見つけたのだ。閉鎖されてかなりの時間が経つ廃病院であるにも関わらず、である。

また、緒川達が別口で調べた結果、電気の供給が行われていた痕跡を発見。

実際はもぬけの殻。翼が言う通り、既に逃走された後らしいのが残念だが。

カズヤと装者四名は、後のことは緒川率いる諜報部の者達──黒服の怖い兄ちゃん達──に任せ、帰宅するよう指示される。

帰宅の際、奏が運転する車の中で、助手席に座るカズヤが力ない声で懇願した。

 

「...誰か楽しい話してくれ」

 

これに元気に応じたのは響。

 

「そういえばウチの学院、もうすぐ秋桜祭です! カズヤさんと奏さん、是非来てくださいね!」

「文化祭みたいなもんか?」

「はい、そうです!」

 

それから秋桜祭で隣のクラスがメイド喫茶をやるとか、優勝すれば生徒会権限の及ぶ範囲で願いが叶う歌の勝ち抜きステージがあるとかの話が上がり、段々車内のテンションが高まる。

 

「雪音、そういえばクラスメートから学校行事に参加して欲しいと言われてなかったか?」

「「ほう?」」

「ちょ、バカ何バラしてんだ!」

「何? 何々? 何の話? クリスちゃん、秋桜祭でなんかやるの!?」

 

翼の何気ない一言にカズヤと奏が揃ってニヤリと笑い、クリスが赤面して慌てると、響も食いつく。

詳しい話を聞けば、クリスはクラスメートから先程話した勝ち抜きステージに出場して欲しいと頼まれているとのこと。

 

「へー、いいじゃねーか。クリスが出るなら俺絶対見に行くぜ」

「面白そうだからアタシも。クリス、楽しみにしてるよ」

 

案の定、カズヤと奏は秋桜祭に行く旨を告げると、クリスは赤い顔のまま縮こまる。

 

「それにな、クリスにとっては恥ずかしいかもしんねーけど、学生の時にしかできねーことは可能な限りやっとけ。後で『あん時やっとけばよかった』って悔いても花の女子高生活は戻らねー。学生の今しか、学校での生活は楽しめねーからな」

 

何処か悟ったような口調で諭すカズヤの言葉に、クリスは小さく素直に「うん」と頷いた。

 

「...カズヤ、今良い話したって感じの雰囲気だけど、アンタは学校通う気ゼロだったよね」

「当たり前だ。学校なんて今更行くかよ面倒くせー」

「学生の時にしかできないことをやっとけというのは一体何だったのか」

「まあ、カズヤさん学校通うイメージ皆無だから、そこがらしいと言えばらしいですけど」

 

半眼で奏が突っ込むがカズヤは鼻で笑い、翼と響はしょうがないなコイツ、と呆れた。

 

 

 

二課が突入する数時間前の時点で、アジトにしていた廃病院から必要な物資をエアキャリアに積み、既に移動していたマリア達は、一先ず今夜落ち着ける場所に停泊していた。

その際、ウェルが他の者達にあることを告げる。

 

「ネフィリムが、餌を食べない?」

 

告げられた事実にナスターシャは首を傾げる。

暴食と共食いの伝承を持ち、無限に食らい続けるはずの堕ちた巨人が、餌である聖遺物の欠片に全く反応を示さないという。

 

「正確には、シェルブリットの破片以外は餌として認識しないようです。それ以外は何を与えても無反応。これは少々、厄介なことになりましたよ」

 

そう言ってウェルは肩を竦める。

聞かされた内容にマリアとセレナが顔を顰めた。

 

「どうしてそんな事態になっているか説明してもらえる?」

 

目を細め詰問するマリアにウェルは「これはあくまで推論ですが」と切り出した。

 

「六年前、ネフィリムは"シェルブリットのカズヤ"から強大な力を受けて破壊されました。しかし、一週間前に彼の力によって復活。その後シェルブリットの破片を与えたところ、今の大きさまで順調に成長を果たしています。しかしそれ以降他の餌を摂らないということは、ネフィリムは復活してから、ずっと彼の力を求めていると考えられます」

「つまりネフィリムがこれ以上成長するには、カズヤの、アルター能力で生成された物質が必要ということね」

「ええ。恐らくですが」

 

マリアの言葉に満足気に首肯するウェルとは対照的に、ナスターシャは渋い表情で呻く。

 

「困りましたね。以前日本から送られてきたシェルブリットの破片は半分以上をギアの改修に回してしまいました。今日までネフィリムに与えていたのはその余り。その余りも残り僅かです。他の聖遺物を餌として認識しない場合、このままでは与える餌が無くなってしまいます」

「シェルブリットの欠片自体は、ギアも含めればもう少しありますがね」

 

マリア、セレナ、切歌、調が咄嗟にウェルの視線を遮るようにそれぞれ首から下げたペンダントを握り締めた。

その反応に彼は「冗談です」と苦笑。

兎にも角にも、餌がないとネフィリムはこれ以上成長しない。しかし餌はある意味で聖遺物よりも手に入りにくい代物。

現状、カズヤがこちらに協力するのはあり得ない。

ならば、無理矢理協力させるか、餌と代わるものを奪うかの二択。

 

「マリア姉さん、覚えてる? 二課の装者のギアを」

 

セレナの声にマリアは先の敗北を思い出し、苦い顔になる。

 

「...そういえば自慢してたわね。私達のギアはお前達のものとは格が違う、一度壊れたギアをカズヤが再構成して新しく生まれ変わらせてくれた、シンフォギアでありながらシェルブリットでもある、って」

 

切歌と調がそれを聞いて顔を見合わせた。

 

「だったらそれを奪ってしまえばいいのデス!」

「そうすればネフィリムの餌に関する問題は解決」

「更に連中の戦力も減らせるデスよ!」

「ペンダントを四つ奪えば残るは"シェルブリットのカズヤ"のみ」

 

名案デス! と切歌が唱え調が同意するが、そんなリスキーな役目を誰が担うかという話になる。

 

「私がやります」

 

一歩前に進み出て言うのはセレナだ。

だが、ナスターシャは彼女の瞳の奥に宿り燃える黒い炎に危険を感じ、咄嗟に反対していた。

 

「いけません」

「どうして!?」

「セレナにはマリアや私達の護衛に就いてもらいます」

「...」

「なら私と調がやるデス!」

「任せて」

 

反論できず黙るセレナに代わり切歌と調が言う。

そんな二人にマリアは何か悩むように瞼を閉じて暫し考え込んでから、ゆっくり口と瞼を開く。

 

「...切歌、調、二人共気をつけて。カズヤは当然だけど、装者の方も一筋縄ではいかないわ。だから、無理だけはしないで。危険を感じたらすぐに逃げるのよ」

「分かってるデスよマリア。あいつらが全員やべぇのは百も承知デス」

「身を以て思い知った」

 

鬼と化したクリスの姿を思い出し、調は予測する。

爛れた関係というのが具体的どういうことを示すのか分からないが、他の装者もカズヤに何かあればクリスのように情け容赦なく、一切の手加減もなしに攻撃してくるのだろう。

そうなる前に、ペンダントを奪う必要がある。

何か、いい方法はないだろうか?

 

 

 

秋桜祭の当日。

一般公開されたリディアン音学院は、学院に在籍する生徒を除けば老若男女の区別なく、多くの人々が来場していた。

そんな多くの人々に混じってカズヤと奏は学院に踏み入り、皆と合流して一緒に見て回ろうと思いスマホでメッセージを送信。

程なくしていつもの面子に未来を加えた計六人となったところで校内を練り歩く。

やはりというかなんというか、カズヤと響が率先して飲食物を取り扱う出店やクラスの出し物に、まるで誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように足をそちらに向けるので、他の四人は予想通りだと笑うしかなかった。

そんな中、奏の視界に一つ気になるものが映る。

 

「手相? 女子高の文化祭でタロット占いとかなら分かるけど、手相見るのを出し物にしてるクラスなんてあるんだ」

 

手相を見るとは、占いの類いの中ではなかなか渋い選択をする生徒がいるもんだと唸り、ちょっと面白そうだから行ってみない? という奏の提案はあっさり受け入れられ、六人でぞろぞろ並ぶ。

そして──

 

「ブハッ、ワハハハハッ! あなた、これヤバいですよ! とんでもない女難の相が出てますっ!!」

 

カズヤの手を取り虫眼鏡で相を見ていた女生徒が、何がそんなにおかしいのかゲラゲラ笑いながら告げた。

 

「スゲー、よく分かるな...何者だよ」

「でも一番ヤバいのはそんなことなどちっとも気にしないあなたの性格ですね! あなた、よく周りを振り回して好き勝手やる男って他の人達から認知されてるでしょう?」

「まあな」

「原因はそれです」

「は?」

「あなたが傍若無人に振る舞えば振る舞うほど、あなたの言動に巻き込まれた周囲があなたに感化されていくんですよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんです。あなたが普段から全く自重しないから、本来なら自重するべき場面で周囲の人間が突然自重しなくなる。いえ、我慢しなくなると言った方が正しいかもしれません。特に、あなたに近ければ近い女性ほど、その傾向が強いですよ」

「...」

「でもね、私はそれでいいと思います。自分の思うがままに生きることが、最もあなたらしくて魅力的なんです。だからあなたは、これまで通り傍若無人でいてください」

「...キミ、ホントに女子高生かよ?」

「当然です。見れば分かるでしょ」

 

将来絶対大物の手相占い師になるぞこの子、と内心で確信しながら手相占いを出し物にしていたクラスの教室から出る。

 

「よう、どうだったよ? 俺は今まで通りでいい、って言われたんだが...」

 

最後に出てきたカズヤが待っていた女性陣に尋ねると、皆口を揃えて「男に苦労させられるって」とジト目で宣った。

 

「.........そういや、そろそろクリスが出場する勝ち抜きステージの時間じゃねーの?」

 

コイツ都合が悪くなって話無理矢理変えやがったな、という目線が女性陣から突き刺さるが断固たる決意で無視すると、やがてクリスが溜め息を吐いてから踵を返す。

 

「...じゃ、行ってくる。あんま期待すんなよ」

 

そう言って立ち去ろうとするので、カズヤは後ろから彼女を抱き締めるように捕まえると、耳元で囁く。

 

「楽しめ、クリス。俺はお前が歌うこと好きなの知ってるし、それを恥ずかしがることなんてねーって。心のままに歌えばいい...それに俺はお前の歌も、楽しそうに歌ってるお前も、超大好きだぜ」

「...っ! バカ野郎...こういうことは、こんな所じゃなくて、家でしろっての...!!」

 

頬を赤く染めながら文句を言うと、クリスはたたたと廊下を走り去った。

 

 

 

舞台裏で出番を待ちながら、あたしは緊張を解すように大きく深呼吸をする。

切っ掛けは、あたしを何かと理由をつけて学校行事に参加させようとするクラスメート達。

最初は関わることさえ怖かった。あたしと違って、普通に育って普通に暮らしてきた普通の女の子達。あたしと関わったら、何かの拍子に傷つけてしまうのではと思っていた。

けど──

 

『クリス、友達できたか?』

『学校で何か楽しいことあったら、アタシとカズヤに聞かせてよ』

 

家に帰れば、毎日のように学校生活について聞きたがる家族が二人。

カズヤと奏のお陰で、あたしは自分の気持ちに以前より素直になれたと思う。

たくさんの人達の前で歌うという事実に恥ずかしさはあるものの、あいつがあたしの歌を聞きたがっているんだ。だったら言われた通り、心のままに歌おう。

 

『さて、次なる挑戦者の登場です!』

 

ついに出番がやってきた。

 

「雪音さん、頑張って!」

 

クラスメート、否、友達に背中を押され、舞台裏からステージの中央まで出る。

ステージからはカズヤ達が何処に座っているのか分からない。でも、見守ってくれているのだけは感じ取れた。

音楽が流れる。それにリズムを合わせて体を揺らす。

あたしは歌う。大好きな人の為に、大切な家族の為に、こんなあたしを仲間だと、友達だと言ってくれる人達の為に、胸の想いを歌に乗せて全力で歌う。

歌い始めて改めて思う。

楽しい!!

あの時、カズヤが気づかせてくれた。忘れていた大切なことを思い出させてくれた。

歌を歌うのは楽しくて、それを聴いてくれる人がいることが嬉しくて、そして何より、あたしは歌うことが大好きなんだってことを。

ありがとうという感謝の気持ちが歌に乗る。胸に込み上げてくる熱い想いがそのまま歌となる。

歌いながら、今更ながらにやっと自信を持つことができた。

ここは、あたしがいていい、あたしが帰る場所なのだということを。

 

 

 

『勝ち抜きステージ、新チャンピオン誕生!!』

 

暗闇の中、ステージに立つクリスにスポットライトが当たる。

 

『さあ、次なる挑戦者は!? 飛び入りも大歓迎ですよー!!』

 

びっくりしている当の本人であるクリスを置いて、歓声と拍手が巻き起こる中、司会者が次なる挑戦者を募った。

 

「やるデス!」

 

その時観客席の中から、元気な女の子の声と手が上がる。

そして二人の少女が立ち上がり、その二人を見てクリスが思わず身構えた。

 

「あいつらっ!!」

 

片方は月読調。もう片方は暁切歌。

 

「チャンピオンに」

「挑戦デス!」

 

 




カズヤの同調があるせいでAnti_LiNKERが効きにくい、というかろくに効かないこと、そもそも戦闘要員の数で負けており戦力差が開いていることにより、マリアさん達は戦闘せずにとっとと逃げました。
というか、書いてて思いましたがカズヤ達とマリアさん達との温度差よ...

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