カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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何度アニメのG編見直しても、切歌の一人称って「私」なのか「あたし」なのか分からない時がある。私の耳腐ってんのかな?


獅子身中の虫

勝ち抜きステージに挑戦者として名乗り出た二人を指差して、カズヤは両隣に座る響と奏に低い声で質問する。

 

「あの二人が敵の装者で間違いねーのか?」

 

彼の横顔はつい先程までクリスの歌を聴いていた時の穏やかなものではない。敵を睨む際に見せる、鋭い眼光を放っていた。

そばにいる装者三名のリアクションから切歌と調を敵と認識したらしい。

マリアとセレナの姉妹は直接見たが、他の二人を実際に目にしたのはこれが初めてだったのだ。

右手の指を人差し指から中指、薬指、小指、最後に親指と順に折り曲げ拳を作り、グググと強く握り締める。

今にもアルター能力を発動させかねない空気を纏うカズヤに、咄嗟に右隣の奏が両手で彼の右拳を握り、続いて左隣の響が横から彼の頭を自身の胸に埋めさせるように抱える。

 

「落ち着けこの無鉄砲の鉄砲玉! カズヤはここを戦場にするつもりか!?」

「カズヤさんお願い抑えて、抑えてください!」

「フガフガ」

 

響の腕の中及び胸の中でカズヤが呼吸困難に陥っている間に、司会者に促されステージに二人の少女が登壇し、マイクを手にしていた。

 

『それでは歌っていただきましょう! えーと──』

『月読調と』

『暁切歌デス!』

 

名乗りを上げる敵装者二人。

 

『オーケー! 二人が歌う"ORBITAL BEAT"、勿論"ツヴァイウィング"のナンバーだぁ!』

 

ミュージックスタート。

リズムを取る二人から視線を外さず、カズヤの頭をギュウギュウ抱き締めながら響が声を漏らす。

 

「この歌...!!」

「奏さんと翼さんの...」

「何のつもりの当て擦り? 挑発のつもりか」

 

未来が奏と翼に視線を移し、翼の語気が少し荒くなる。

 

「へぇ、アタシらに戦いだけじゃなく歌でも喧嘩売るっての? 面白い」

 

獰猛な笑みを見せる奏。

 

「...フガフガ、フガ...」

 

ステージの上で歌う二人に注目した為、カズヤが必死に自由な左手で響の肩を弱々しくタップしていることに誰も気づかなかった。

 

 

 

同時刻。

マリア達が潜伏している閉鎖工場に、米国から派遣された特殊部隊が襲来していた。

聖遺物に関する技術を独占したマリア達の目的が、米国がひた隠しにしている事実を公開することと判断し、抹殺しに来たのだ。

ナスターシャより特殊部隊を排撃するよう命令を受けたセレナは、シンフォギアを纏い、自身の内側に燻る苛立ちをぶつけるようにアームドギアを振るう。

殺すつもりは当然ないが、邪魔立てする以上は少し痛い目に遭ってもらうつもりだ。

銃声が響き渡り鉛弾が降り注ぐ。

しかしそんなものなどシンフォギアには一切通用しない。むしろ銃による攻撃はセレナに雪音クリスを思い出させて逆効果だった。殺さない程度に攻撃が苛烈となり、特殊部隊の面々は白銀の蛇腹剣の一撃を食らい吹き飛ぶ。

程なくして特殊部隊の無力化が完了すると、倒れ伏し苦し気に呻く男達を見下ろしながら、セレナは解消されない苛立ちをそのまま口にする。

 

「...こんなことがしたい訳じゃ、ないのに...!」

 

血塗れの蛇腹剣は鈍く光るだけで、何も応えてくれない。

 

 

 

切歌と調が歌い終わる。同時に歓声と拍手が起きる中、響の力が緩んだことでカズヤがその拘束から抜け出した。

 

「...プハッ、柔らかな幸せの中で、ち、窒息するかと思った」

 

一人ゼーハーゼーハーしている彼に一度視線を向けてから、奏と翼と響の三人は顔を見合わせて頷き合うと席を立つ。

 

「響...」

 

未来が心配気な表情で名を呼ぶ。

 

「大丈夫、心配しないで未来。一応、話し合うつもりで接触してみる」

 

けど、と表情を引き締めた。

 

「あの二人の出方次第では最悪、戦闘になるかもしれない」

 

告げると、息も絶え絶えなカズヤを引き摺り起こし、その首根っこを脇に抱えて歩いていく。

 

「...ぐえあ...まだ続くのか、この苦しい幸せは...!」

「幸せなら文句言わないでください」

「くっ! 抜け出せねー、これも男の悲しい(さが)か!」

 

丁度ステージでは、採点結果が発表される寸前で、切歌と調が慌てた様子でステージから逃げ出すように走り去るところだった。

 

 

 

切歌と調の二人にはすぐに追いついた。建物の外だが学院の敷地内、出店が並ぶ道路にて二人の前方から奏と翼が回り込み、後方からカズヤと響とクリスが迫り挟み撃ちの形となる。

カズヤが一歩前に出て、腰を落とし、二人に向かって真っ直ぐ右腕を伸ばしてから、拳を握り締めた。

 

「さあ、どうする? 数じゃこっちの方が分があるし、俺が考えなしのバカ野郎ってのは先刻承知だろ? それとも前みてーにノイズ使って人質でも取るか? やるんだったら好きにしろよ...その代わり、テメーらにしこたまシェルブリットバーストぶちかますから覚悟しやがれ」

 

最早どちらが悪人なのか分からない雰囲気で恫喝しているとしか思えないカズヤの発言に、切歌と調が怯む。

しかし切歌は勇気を振り絞り、調を自身の背後に庇うように前に出てから「大丈夫、調を守るのが私の役目デス」と微笑んでからカズヤを睨み返す。

 

()()()!」

()()()だ!!」

 

名を間違えて呼ぶ切歌にカズヤは反射的に訂正する。

 

「そっちがその気なら私が相手になってやるデス!!」

 

目の前のカズヤに人差し指を突きつけ勇ましく啖呵を切る彼女の背後で、調がスカートのポケットからおもむろにハンカチと小さな小瓶を取り出し、蓋を開けて中の液体をハンカチに染み込ませると、小瓶に蓋をしてポケットに仕舞い、背後から抱きつくように切歌の口と鼻をハンカチで覆う。

 

「っ...!?」

 

自身に何が起こったのか理解もできないまま、切歌は意識を失い力なく崩れ落ちる。

そんな彼女を優しく抱き留め支えながら、調はこう言った。

 

「流石よ()()()くん。思った通り、あなたを前にして調()が心に隙を見せてくれたわ...全く、寝ている時かこうでもしないとこの子の魂を塗り潰さずに体の主導権を奪えないんだから、不便なものね」

 

明らかに纏う空気と口調が豹変した調の様子に誰もが驚き戸惑うが、カズヤ達は同時に懐かしさを覚える。

 

「あんた、まさか...!?」

 

カズヤが呆然としながら口を開く。

それに調は、否、調の姿をした別の何かが応答した。

 

「久しぶりね、カズヤくん、クリス、奏ちゃん、翼ちゃん、響ちゃん。そうよ! 私はあなた達にとってできる女、櫻井了子こと永遠の刹那を生きる巫女、フィーネよ!!」

 

そう言って、バチンッ、と調の体を使って可愛らしくウィンクした。

 

 

 

 

 

【獅子身中の虫】

 

 

 

 

 

「とりあえずカズヤくん、切歌のことよろしく。調の体って見ての通り細くて筋力ないからこの体勢辛いのよ。あと学生三人組、近くにベンチみたいな休める場所はない? 切歌をそこに運んで欲しいの。時間がないから急いで!」

 

調、ではなく櫻井了子もといフィーネは矢継ぎ早に指示を出す。

戸惑いながらも言われたままに切歌を横抱きするカズヤ。

ベンチまでの先導を響に任せつつ、歩きながらカズヤが尋ねる。

 

「どういうことか説明してもらってもいいか?」

「時間がないから要点だけ話すわ。櫻井了子の次の転生先がこの月読調だったの。この子は現在、武装組織フィーネの構成員にしてシュルシャガナの装者。ちなみにマリアとセレナと切歌と調は、昔私が切っ掛けで設立された米国連邦聖遺物研究機関"F.I.S"における私の転生先候補として世界中から集められた"レセプターチルドレン"という存在なのよ」

 

いきなりもたらされる大量の情報にカズヤ達は混乱するが、フィーネは構わず続ける。

 

「武装組織フィーネの構成員は全員で六名。知っての通り、マリア、セレナ、切歌、調の装者四名。加えて聖遺物研究専門の技術者、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。マリア達からはマムと呼ばれ慕われている老齢の女性で、マリア達にとっては育ての親のような存在ね。最後に生化学の研究者、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。通称ウェル博士。いい年こいて英雄願望拗らせてるいけ好かない眼鏡のマッドな小僧で、こいつが今ソロモンの杖を所持してるわ。六人共、元F.I.S所属で今は米国から粛清の対象とされているみたい」

 

中庭のような場所に到着し、カズヤが横抱きにしていた切歌をベンチに横にする。

それから五人はフィーネを囲むようにして彼女の話を聞く。

周囲は秋桜祭の喧騒から少し離れており、話をする場所としてはおあつらえ向きだった。

 

「マリア達がF.I.Sを離反しテロリストとして武装蜂起を起こした理由は、ルナアタックの影響で月の公転軌道に微妙なズレが生じ、遠くない将来、月が地球に落ちてくるからそれを防ぐ為。つまり、米国が月の落下について発表した内容は全部嘘っぱち。政治家や特権階級の権力者が自分達だけ助かろうとコソコソしていたところ、彼女達は隠された真実を知り、それを公表しようとしてた。米国に粛清の対象として狙われてる理由はこれ。で、この前のライブを利用して真実を全世界に向けて公表しようとしたんだけど...カズヤくんがシェルブリットバーストで全部台無しにしたのよね」

 

カズヤくんが、からのくだりを聞いてカズヤが心外だとばかりに叫んだ。

 

「おいこら待てっ! いくらなんでもあん時は仕方ねーだろ!! つーか、何か? マリア達は本当はテロリストじゃなくて、世界を救う為に、世間的にテロ行為としか思えねーことをしてたってことか!?」

「そういうこと。そもそもノイズを使ったテロ行為自体にマリアとセレナは反対してたの。あの二人は最初からカズヤくんに全ての事情を話した上で協力を要請するつもりだったんだけど、それをウェルの馬鹿がね...ナスターシャも研究一筋だったせいで、あの年で人生経験足りてないとか致命的だし。あの若造の知識と技術が必要とはいえ、何から何まで杜撰なのよ、ナスターシャの人類救済の計画は...余命残り少ないから焦ってるっていうのもあるんでしょうけど」

 

頭が痛いわ、とばかりにフィーネは額に手を当てる。

 

 

 

「F.I.Sの装者に了子くんがいるだと!?」

 

翼からもたらされた情報は、弦十郎は当然として、二課のメンバーに与えた衝撃はとてつもなかった。

リインカーネイション。

フィーネが自身の遺伝子に組み込んだ転生システム。彼女の子孫がアウフヴァッヘン波形に触れた際に、その子孫がフィーネとして復活する輪廻転生。かつて二課の一人であった櫻井了子の次が、月読調だという。

しかも彼女は、今回の一連の事件について全ての情報を提供してくれた。

 

「それで翼、彼女は...了子くんは我々に協力を求めているということでいいのか?」

『はい。彼女が宿主の、月読調の魂を塗り潰さずに動くのは厳しいらしく、主に私達がF.I.Sの動きに合わせて動く必要があるとのことです。場合によっては私達が芝居をすることになるかも、と』

 

顎に手を当て、弦十郎は唸る。

 

「世界を相手に演技をしたマリア達に対し、今度は我々が芝居を打つというのか」

 

フロンティア計画。マリア達の目的の全貌。それに対し二課はマリア達と敵対しながら計画遂行を手助けすることになった。

 

 

 

フィーネが全てを話し終えると、カズヤは納得したように頷く。

 

「とにかく、そのウェルって奴を最終的にぶん殴ればいいってことだな」

「...カズヤくん、お願いだからタイミングだけは間違えないでよ? ナスターシャの容態を診ることができるのは現状あの眼鏡だけ。ナスターシャが実質的に人質として取られてる以上、マリア達はあのクソ眼鏡に従うことになる。しかも最悪なことに、カズヤくんを踏み台にして自分が英雄になる為なら、どれだけ犠牲が出ようと"必要な犠牲"として割り切ることができる狂人よ...あなた達としては業腹でしょうけど、眼鏡の機嫌を取るような立ち回りをお願いね。眼鏡を叩き割るのは用済みになってからよ」

 

先程から、特にカズヤに対して何度も繰り返し念を押すフィーネが不安そうな表情を浮かべた。

 

「レセプターチルドレンの四名は、はっきり言って覚悟が足りてないし、特殊な環境下で育ったから経験も乏しい。だからウェルの口車に簡単に乗せられてしまうし、時間がないナスターシャの指示も受け入れてしまう...でも、本当はただの優しい女の子達なのよ」

 

だからこそ、あの四人をお願いしたいとカズヤ達に頼み込む。

 

「...本来なら、あんなことを仕出かした私が頼める立場じゃないのは分かってる。でも、あなた達にしか、"シェルブリットのカズヤ"とその仲間達にしか頼めないの...この子達を、どうかお願い。そして月の落下を必ず阻止して...もう私は、あの御方の意思に反するようなことはできないし、見過ごせないの」

 

小さな調の体を折り曲げて真摯に頭を下げるフィーネ。

カズヤ達五人は互いに顔を見合わせてから、誰もが笑顔を浮かべると、カズヤが代表するように短く言った。

 

「任せろ。こいつらと一緒ならどんな無理難題もなんとかしてみせるぜ、了子さん」

「ありがとう...相変わらず頼もしいわね、カズヤくんは」

 

顔を上げたフィーネが安心したように笑う。

 

「っと、そろそろ時間だわ。名残惜しいけどこれでお別れね」

 

寝ている切歌に膝枕をしてあげるようにベンチに座る。

 

「...ところで女の子達は、カズヤくんに抱かれてる時はちゃんと避妊してるの?」

 

刹那、装者四人がピシリと固まり動きを止めた後、それぞれが明後日の方向に視線を反らすのを見て、怒声を上げた。

 

「その反応、やっぱり爛れてたわねあなた達! どうせ四人が無理矢理カズヤくんに肉体関係迫ったんでしょ!? で、快楽に溺れて抜け出せなくなってズルズル関係が続いてるんでしょ!! 白状しなさい!!」

 

有無を言わせぬ口調でいきなり始まる詰問。

渋る女性陣だが、誤魔化しは許さない眼光に不承不承といった感じで溜め息を吐く。

そして女性陣からポツポツと赤裸々に語られる性事情、及び爛れたヤりまくり性活。

最初は官能小説の内容を聞かされてるのかと勘違いしたが、違った。

語り部たる装者達の口調も、たどたどしかったのは最初だけで、途中から興が乗ってきたのか自慢気なものへと変わり、四人分の惚気話を聞かされている気分になってきて永遠の万年処女な巫女のフィーネとしては、羨ましいやら幸せそうやらで腹が立ってきてしょうがない。

 

「女の子達ののめり込み具合が想像の三倍以上でお姉さんドン引きよ! 精神的にも肉体的にもカズヤくんに依存しまくりじゃないの!!」

 

フィーネは段々頭が痛くなってきた。

かつて純粋だった少女達が、軟禁生活の末に欲望とストレスを抑え切れず男を襲い、それ以来肉欲を満たすことに味を占めずっと関係を続けており、今更以前のような『ただの仲間』には戻れない、死んでも嫌だと頑なに主張するとは!!

正直知りたくなかったが、無理矢理聞き出したのはこちらなので聞かなかったことにはできない。

 

(でも、仕方がないと思えてしまうのは何故かしらね...)

 

シンフォギア装者達は皆うら若き乙女だ。その華奢な体が背負っているものの重さと大きさは、きっと当人達でしか理解できないだろう。

しかし、自分と同じような立場で、自分のことを間違えることなく理解してくれて、力強く支えてくれて、寄りかかっても問題なくて、それでいて年相応の女の子扱いしてくれて、ありのままの自分を受け入れてくれる存在が、年の近い異性としてすぐそばにいたら。

ましてや、クリスと奏の家族はそれぞれが幼少の頃に既に他界しており、響の父親はかつて身元を調べた際に一家が迫害を受けていた時期に蒸発していることを確認している。

翼は極めて特殊な家庭で育った。

彼女達が無条件で甘えられる相手に、無条件で自分に味方をしてくれる人間に、無条件で注がれる愛情に飢えてない訳がないのだ。

加えて、同調現象。あれが装者にもたらすのは単純な力や負荷の軽減ではない。

あくまで聞いた話だが、まるで心と体が一つになるような一体感と昂揚感。全身が燃え上がるような心地の良い熱さ。溢れる力による万能感、足りないものが満たされていくような多幸感などを感じるとのこと。

それは一種の麻薬のような快楽ではないのか。

そしてトドメに肉体関係。

こんなので依存しない方がどうかしてると思えてきたが、少なくともこれだけは言っておかなくてはならない。

 

「ああもう! だったらいいわよ、あなた達は好きなだけ爛れてなさい! でもね、この子達をあなた達の乱れた性に巻き込むんじゃないわよ!」

 

そりゃ勿論、と頷く五人だがフィーネの不安と心配は拭えない。

切歌と調はともかく、マリアとセレナの姉妹は六年前からカズヤに対して好意を抱いているし、クリスのような敵対していたからこそより燃え上がるパターンもある。

そもそもレセプターチルドレンという境遇を考えれば、響達よりもマリア達の方が依存する可能性があった。

 

(...なんかもう、フロンティア計画のことより、事件が終わった後の人間関係の方が心配だわ)

 

内心でそう呟くと、フィーネは調に肉体の主導権を明け渡した。

 

 

 

「...あれ?」

 

気がつくと、調はベンチに座って横になっている切歌に膝枕をしていた。

今まで何してたんだっけ?

 

「...あれぇ?」

 

切歌も目を覚ますと、頭の上に疑問符を浮かべて起き上がる。

 

「なんで私、寝てたデスか?」

「分からない...なんで私も寝てたんだろう?」

 

二人で暫くの間不思議な状態に首を傾げていたが、ナスターシャから合流の指示が出ていたのを思い出し、足早にリディアンを後にするのであった。

 

 

 

「ノイズの発生パターンを検知!」

「位置特定...ここは!?」

 

二課本部にて、あおいと朔也の二人のオペレーターがノイズの発生に素早く仕事にとりかかるものの、朔也の驚くような反応に弦十郎が疑問を口にする。

 

「どうした?」

「...東京番外地、特別指定封鎖区域」

「カ・ディンギル跡地だと!?」

 

人の立ち入りが禁止されている場所で確認されたノイズの反応。

かつてのフィーネとの決戦場。移転する前のリディアン音楽院と二課本部が存在した場所だ。

空いていたオペレーター席にだらしなく座っていたカズヤは、大きく全身で伸びをしてから立ち上がると、首を右に左に傾けゴキゴキと音を鳴らす。

 

「さて、行くか」

 

呟き、左の手の平に右の拳を打ちつけ、パンッ、と甲高い音を立てて気合いを入れる彼の姿に装者四人が不安気な表情で歩み寄る。

 

「本当にやるのかい?」

 

奏が問う。

 

「まあ、やるしかねーだろ」

 

平然と答えるカズヤとは対照的に四人の顔は沈痛そのものだ。

 

「でも! カズヤさんが痛い思いをすることになるじゃないですか!」

「こいつの言う通りだ! よくよく考えてみれば、どうしてカズヤが連中の為に右腕をくれてやる必要があるんだ!!」

 

響とクリスは今にも泣きそうになりながらカズヤの右腕を二人で抱え込む。まるで親が仕事に出る際に玄関で行かないでと我が儘を言う子どものようである。

 

「もうやめろ二人共。気持ちは分からんでもないが、当の本人のカズヤが覚悟を決めている。これ以上は余計な口出しだ」

 

翼の防人らしい発言に響とクリスがキッとそちらを睨み付けるが、二人はカズヤに自由な左手でそれぞれ頭をポンポン叩かれて大人しくなる。

 

「大丈夫だって。元々俺の右腕は、シェルブリットを発動する度に分解と再構成がされてるんだ。たとえ肘から先がもげたとしても、再々構成しちまえば元通りだから、そんな心配すんな」

 

これまで何度も繰り返し説明したことを改めて行う。

響とクリスの二人は、これからカズヤの身に起こることについて理解はしているが感情的な部分が納得するのを拒んでいるのだろう。奏と翼は二人よりも割り切れてはいるが、やはり複雑そうではある。

底抜けに優しいなこいつらは、と内心で思いながら安心させる為に笑いかけた。

 

「この程度、へいき、へっちゃらだ。な?」

「ズルいですよぉ、こんな時に私の口癖使うなんて...」

 

左手で響とクリスの頭を順に撫でてあげると、二人は諦めたように右腕を離してくれる。

 

「じゃ、ちょっくら行ってくらぁ」

 

軽い調子でそう言って、カズヤは装者四名を引き連れ司令部を後にした。

 

 

 

月と星々が夜空を照らす中、カズヤは一人、旧リディアン音楽院敷地内──カ・ディンギル跡地に向かって徒歩で進む。

といっても、実際はヘリで近くまで送ってもらったので、ノイズの発生場所まではそんなに時間は掛からない。

響達は乗ってきたヘリの付近で待機。もしもの時の為に控えてもらっている。

 

(あれから三ヶ月経つってのに、マジで雑草すら生えてねーのか)

 

かつての戦闘によって発生した高エネルギー同士の衝突。

聞いた話によると、土地に残留したエネルギーが土壌汚染のような影響を周辺地域にもたらし草木の生育を著しく妨害しているらしい。

なかなか自然環境に優しくできないな俺達は、と苦笑しながら、ペンペン草も生えない荒れ地となってしまった丘をいくつも登ったり降りたりして、やがてノイズの群れが待ち構えている場所に辿り着く。

 

「これはこれは、ルナアタックの英雄"シェルブリットのカズヤ"。ご足労いただき誠に恐悦至極」

 

ソロモンの杖を手にノイズを従え、芝居がかった仕草と口調で丘の上からこちらを見下ろすのは、白髪と眼鏡と白衣が特徴的な白人男性。

 

「あんたがウェル博士か」

「うふふふ、英雄に名前を覚えてもらえているとは光栄ですね」

 

いちいち言動が癇に障る鬱陶しい男。それが最初にカズヤがウェルに抱いた印象。

許されるなら、とりあえず一発殴って必要最低限喋らせたくない。そう、思わせた。

 

「別に、俺は英雄なんてもんじゃねーよ」

 

ピクリと眉を動かすウェル。

 

「面白いことを言いますねぇ。あなたは三ヶ月前のルナアタックを、あれだけの大事件を解決した。それだけで英雄と呼ばれるに足る存在だと思いますが?」

「あれは俺一人で解決した訳じゃねー。英雄って呼ぶなら俺だけじゃなく、俺と一緒に戦った仲間達も、事件解決の為に色んな形で尽力してくれたたくさんの人達も英雄って呼ぶべきだ」

「それはそれは、随分と謙虚な考え方で」

 

ソロモンの杖を手にしていないもう片方の手で眼鏡の位置をクイッと直し、ウェルは意外そうに言った。

 

「正直に言えば、僕はあなたのことをもっと粗野で傲慢な人間だと思っていました」

「へっ、その認識は間違っちゃいねーさ...ただまあ、他人からどう思われてるかなんて気にしたことねーからどうでもいいんだがな」

 

鼻で笑い、アルター能力を発動させる。

 

「シェルブリットォォォォッ!!」

 

カズヤの全身から淡い虹色の光が放たれ、周囲の地面が一瞬にして大きく抉れるように消滅した。

前髪が逆立つ。

高く掲げた右腕が肩から消失した後、そこに虹色の粒子が集まり橙色の装甲に覆われた鎧のような腕へと再構成される。

右目の周りを覆う橙色の装甲、右肩甲骨部分の金色の回転翼も、腕と同様に虹色の粒子が集まりそれが物質として形を成すことで現れたもの。

シェルブリット第二形態。

戦闘態勢が整ったカズヤを目の前にしながら、ウェルは怯むどころか待っていたとばかりに唇を嫌らしく歪める。

 

(どうやらネフィリムってのを成長させる為の餌にシェルブリットが必要っつーのは本当らしいな)

 

ウェルの反応を目にし、調の肉体に宿るフィーネからもたらされた情報に誤りがないことを確認し、安堵した。

 

(全く、面倒な話だぜ)

 

現時点でマリア達を捕縛しても、意味はない。

また、マリアとセレナが最初に望んでいたように、最初からカズヤ及び二課と協力体制になっても、米国の横槍を受けずに計画を進めるのは難しい。二課が日本政府の特務機関である以上、必ず何かしらの干渉を受けるからだ。

鍵となるのは、月にある遺跡にアクセスし月の公転軌道を正常に戻すことを可能とする"フロンティア"。

しかしフロンティアは封印されているので、その封印解除に必要な"神獣鏡"という聖遺物とその力。

そして封印解除後のフロンティアを起動させる為のネフィリムの覚醒心臓。

全ての条件が揃って、やっと準備が整う。

ならばこのままマリア達は独自に動いてもらい、フロンティアを起動して世界を救ってもらえばいい。

彼女達を直接手助けするのは難しいかもしれないが、できる限りのことはさせてもらう。

二課で出した行動指針はこのように決まった。後は役者達がそれぞれ舞台の上で如何に上手く踊るかだ。

 

「そういえば、そちらの装者はどうしたのですか? いつもあなたは誰かしら侍らせているはずですが?」

「それに俺がバカ正直に答えると思うか?」

 

ウェルの純粋な質問に質問で返答すれば「それもそうですね」と納得したように頷く。

 

「そっちこそ装者はどうしたよ? ソロモンの杖さえあれば俺一人が相手でもなんとかなるって思ってんなら、随分舐められたもんだな、おい」

「彼女達は謹慎中ですよ。これから行うことを邪魔されない為の、ね!」

 

ソロモンの杖から緑色の光が放たれ、カズヤを包囲するように大量のノイズが出現した。

 

(さてさて、演技経験のない大根役者の三文芝居が何処まで通用するやら)

 

心の中でこっそり溜め息を吐いて、一番近くにいたノイズに向かって走り、ぶん殴って塵へと化してやる。

 

 

 

マリア達四人の頭の中で、数時間前にウェルが提案したことが、いつまでもリフレインしていた。

ネフィリムを成長、進化させる為に、カズヤの右腕そのものを食わせる。

当然、マリアとセレナは大反対した。切歌と調もほぼほぼ同意見だ。

だが、ウェルは澄ました顔でこう言う。

 

『このまま世界が救われなければ、いずれたくさんの人達が死にますよ』

 

病に冒され血反吐を吐く頻度が増えてきたナスターシャも、覚悟を決めるように告げた。

 

『血で穢れるのを恐れないで......それとも、ここで全てを諦めますか』

 

そんなことを言われても、はいそうですかと納得できる訳がない。

どうすればいい? どうすればいい? どうすればいい?

最早何が最善でどうすればいいのか分からない。

ウェルやナスターシャは世界を救う為に必要だと言う。

それは分かる。ネフィリムの力はフロンティアの起動に必要だ。

けれど、これから彼の右腕が失われる光景を目にしてしまえば、本当に自分達は正しいことをしているのか分からなくなってしまう。

モニターにカズヤがシェルブリットを発動させる姿が映る。

それを見て、マリアとセレナは半ば反射的に体が動く。

 

「待ちなさい二人共!」

 

ナスターシャがピシャリと叱りつけるように叫ぶが、既に聞こえなかった。

 

「調」

「切ちゃん」

 

切歌と調がマリアとセレナの背中を見送った後、互いに名を呼び、顔を見合わせ、同時に頷くと二人を追いかける。

 

「切歌と調まで!?」

 

ナスターシャが驚愕の声を上げるが二人は聞こえない振りをした。

そして一人残されたナスターシャは、懺悔するように言葉を紡ぐ。

 

「...そう、ですね...こんなことを優しいあの子達が見過ごせる訳がない...人として間違っているのは、きっと私達」

 

 

 

殴っても殴ってもノイズがなかなか減らない。減っても次々と補充されてしまう。

ウェルは未だにネフィリムをけしかけてこない。

こちらがシェルブリットバーストを使うのを待っているのだろうか。

 

(右腕なんてくれてやっから出るなら早く出てこいよ。こっちは下手クソな演技がいつバレるかビクビクしてるってのに)

 

元々気が短い方なので、ノイズを淡々と倒すだけの作業に面倒臭くなってきた。

とりあえずこれから使うポーズだけでも見せておこう。

拳を顔の高さまで掲げ、右腕全体に力を込める。

手首の拘束具が弾け飛ぶ。それにより肘から手首までの装甲のスリットが展開し、手の甲に穴が開き、穴に光とエネルギーが収束していく。

ニヤニヤしていたウェルの顔が喜悦で更に歪む。

 

(おっと、そろそろか...姿が見えねーから、地中からか?)

 

なんとなくそんな気がしてバックステップを踏む。

すると、立っていた場所を下から周囲数メートルを纏めて吹き飛ばすような勢いで、熊より大きな化け物が現れた。

ノイズとは異なる姿形をした存在。

 

「こいつは...!?」

 

瞬間、脳裏に映る光景。それは初めて"向こう側"からこの世界に来て、初めてシェルブリットバーストを撃った時に相対した化け物の姿と、自身の背後で戸惑った様子を見せる幼い少女。

奏から聞いたマリアとセレナの姉妹の話を思い出す。

六年前にカズヤがセレナの命を救ったという事実。

 

「じゃあ、セレナはあん時の...!?」

 

目の前の化け物が記憶の中の化け物と重なる。

同時に、あの時の幼い少女が、控え室で微笑んでいたセレナに重なった。

化け物──否、ネフィリムが姿勢を低くして口を大きく開く。

 

「ちっ!」

 

セレナとネフィリムのことを思い出そうが忘れてようが、どちらにせよ計画に変更はない。

この右腕をくれてやる。

こちらを狙うネフィリムの動きをよく観察しつつ、右腕を食われる演出をする──

 

「「駄目えええええええええええっ!!!」」

 

その時だ。突如響き渡る悲痛な女の声。しかも二人。

そしてカズヤとネフィリムの間を割って入るように現れる、白い三角形の形をしたガラスのような障壁。

既に突進を開始していたネフィリムは、突然目の前を障壁に阻まれ、頭からぶつかり、ひっくり返った。

 

「は?」

 

何が起きたのか分からず、呆けた声が漏れる。

そんなカズヤの目の前に、二人の人物の後ろ姿が上空から降り立つ。

まるでネフィリムからカズヤを庇うように。

 

「この人は、カズヤさんだけは何があっても傷つけさせない!!」

「セレナの言う通りよ! 自分の気持ちを偽るのはもう終わりにするわ! これ以上、受けた恩を仇で返すなんて真似、できるもんですか!!」

 

白銀と漆黒のシンフォギア。

蛇腹剣を手にしたセレナと、槍を両手に握るマリア。

二人は起き上がるネフィリムの前に立ちはだかると、アームドギアを構えた。

 

「...な、な、な、なぁぁぁぁんのつもりだ二人共ぉぉぉぉっ!!」

 

先程まで余裕の態度でノイズを操っていたウェルが狂ったように絶叫し、二人を非難する。

 

「人を束ね、組織を編み、国を立てて命を守護する、ネフィリムはその為の力! そしてネフィリムはこれからの新世界に欠かせない存在だ! だからこそ、その力を育む為にその男の右腕が必要なんだ! そんなことは二人だってよく分かっているだろう!? 何故邪魔をする!? 人類を救済するんじゃなかったのか!?」

 

事態が把握できていないカズヤとしてもそれは知りたかった。フィーネの話では、ネフィリムにシェルブリットの欠片を与えたことで、本来の餌である聖遺物の欠片に反応を示さなくなり、響達のペンダントを狙って切歌と調がリディアンに現れた。

また、今回の作戦もカズヤが一人でやってきたのは、ネフィリムにシェルブリットそのものを食わせて一気に成長させた後、その覚醒心臓を抉り出す為だ。

そこで思い出す。フィーネが言っていたではないか。マリア達は覚悟が足りていない、ただの優しい女の子達なのだと。

本当はノイズを用いたテロの真似事にも反対だったと。

 

(...俺のことを助けにきたのか)

 

右腕を差し出す為にここまで来た身としては、作戦を潰されて複雑な気分だったが、マリアとセレナが本当は善良な人間だと知ることができて良かったとしよう。

 

「デェェェェス!!」

 

声と共に降ってきたのは緑色のシンフォギアを身に纏った切歌と、桃色のシンフォギアを身に纏った調の二人。

二人はやはりマリアとセレナと同様に、カズヤをネフィリムから守るように立ちはだかる。

 

「切歌、調?」

「二人共、どうして!?」

 

マリアとセレナの疑問の声に二人は即答した。

 

「私はマリアとセレナのことが大好きデス! そんな二人がマムの命令を無視してでもやりたいことがあるなら、私は二人を支持するデス!」

「だって二人には笑顔でいて欲しいから。カズヤが傷ついて二人が泣く姿なんて、見たくない」

 

この言葉にマリアとセレナがそれぞれ礼を述べる。

 

「バカね...でも、ありがとう」

「二人共、感謝します」

 

そして、自分の思い通りにことが運ばず、頭を掻き毟りながら奇声を上げているウェルと、動きを止めているネフィリムに向き直る。

 

「ドクター、こんなやり方はやめましょう。誰かを傷つけるこんな方法は、自分達だけが助かろうとしている権力者達と何も変わりません」

「セレナに同感デス!」

「そもそも私とセレナが、いくら世界を救う為とはいえ、カズヤのシェルブリットを、セレナの命を助けてくれた恩人の腕を奪うようなこと、許せる訳ないでしょう!!」

「マリアの言う通り」

 

四人がウェルを責め立てるが、彼も彼で黙っていない。口から汚ならしい泡を飛ばしつつ反論した。

 

「だったらどうすると言うんです!? 世界を救う為には、フロンティアを起動させるにはネフィリムが必要だ! しかもネフィリムはネフィリムでも、完全に成長したネフィリムが、だ! なのにネフィリムは今のままではこれ以上成長しない、聖遺物の欠片を餌と認識せず、シェルブリットの欠片しか食べないからだ! その欠片ももう残っていない! それとも何ですか!? その男が今更我々に協力するとでも? そんなはずないでしょう? 人の話も聞かずいきなり殴りかかるような英雄様が、私達テロリストの話を聞いてくれる上に協力してくれるとかいう都合のいい話がある訳──」

「あるぜ」

「ないでしょ......は?」

 

耳障りなウェルの声をカズヤが一言で黙らせる。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ、当事者放置して盛り上がってんじゃねーか。しかも世界を救うとかどーたら、なかなか面白そうな話してんじゃねーかよ」

 

もうこうなったら作戦を変更するしかない。

ネフィリムにシェルブリットを腕一本丸ごと食わせて成長させ、マリア達に独自に動いてもらう作戦は、現時点で不可能だと判断した。

次に、心の中で響達や二課の面々に土下座して謝りまくる。

二課の人間として動くのではなく、個人としてマリア達に協力してやることを許して欲しい、と。

まあ、皆事情は全部知ってるので問題ないとは思うのだが。

 

「話してみろよ、お前らの目的を。内容によっちゃ、協力してやってもいいぜ。当然、"とっきぶつ"の君島カズヤとしてじゃなく、"シェルブリットのカズヤ"としてな」

 

この言葉に、マリアとセレナの表情が花咲くように明るくなり、とても嬉しそうな笑顔になったのが印象的だった。




フィーネ「は? F.I.Sルート突入!? もしかしてこれって私のせい!? だってまさかマリア達があのタイミングで出てくるなんて思わないもの!! ていうか、このままじゃ私がクリス達にボコボコにされちゃう!!」

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