カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした 作:美味しいパンをクレメンス
「
「...
仰向けで寝ていたカズヤの腹の上に跨がり、楽しそうに彼の肩を揺すって起こしてくる切歌。
それに訂正の叫びを上げて目を覚ましたカズヤ。
「えっへへ! 間違えたデース」
全く悪びれない彼女は、何が楽しいのかニコニコしながら腹の上から下りると、今度は彼の腕をグイグイ引っ張ってきた。
「早く顔洗って朝ご飯食べるデス!」
「わーった、分かったから引っ張るなって」
たった五日で随分懐かれたものである。
彼女はまるで散歩が待ち遠しい飼い犬のように、輝やかしい笑顔でカズヤが寝袋から這い出てくるのを待っていた。
マリア達の話を聞き──内容そのものはフィーネから聞いたものと同じ──協力するようになって今日で五日目。
やったことと言えば、神社の賽銭箱に投げ銭するようにシェルブリットの破片をほんの少しネフィリムにくれてやることが一つ目。
二つ目は、マリア達の食生活があまりにも侘しいものだったので、スーパーで食料品を自腹で買いまくって食料事情を改善させたこと(通信機とスマホはカ・ディンギル跡地に置いてきたので、ATMで現金下ろしての現金払い)。
これに関してマリアとセレナが感涙しながら何度もお礼を言ってきたが、数百円のカップ麺をご馳走だとか宣う切歌と調を見て泣きたくなったのはカズヤの方であった。
で、食料事情が改善してから、切歌と調が懐いてきた。特に切歌がちょこちょこと足に纏わりつく子犬のように、何かとカズヤに構いたがるのだ。
(レセプターチルドレンは特殊な環境下で育った、か)
フィーネの言葉を思い出す。
切歌の場合は単純に食い意地張ってるだけの可能性もあるが。
だとしても、マリア達のカズヤに向ける態度の親しさはちょっと度が過ぎる気がする。少し優しくしてやってこれとは。
逆にこちらを騙そうとしているとか籠絡しようとしているとかの方が、まだ納得できる。
「なあ、つい数日前まで敵対してた俺とこうして仲良くしてることに、なんか思うところとかねーの?」
「ふぇっ? 特にないデスよ」
質問に首を傾げてから即答する。
「マジかよ」
「うーん...強いて言えば、カズヤがこっち来てくれたお陰でマリアとセレナがいつも嬉しそうに笑顔でいることに感謝してる、くらいデスかねぇ」
「二人が?」
「デスデス! 二人共、ずっと前から言ってたデス。恩人のカズヤにいつか会ってお礼を言うのが夢なんだ、って」
「...」
「ライブの後から、二人共ずっと元気なかったデス。カズヤと敵対することになって、お礼もできなくなって...でも、今はカズヤが味方になってくれたデス! だから二人共ずっと嬉しそうデス! だから私はカズヤに感謝してるデスよ!」
屈託なく笑う切歌に何も言えなくなってしまう。こちらを騙そうとか、体よく利用してやろうとか、そういう悪意の類いは一切感じない。
いや、切歌だけじゃない。マリアもセレナも調も彼女と同じだ。自分に対して感謝が滲み出ていた。
(ただの優しい女の子達、ね。了子さんの言う通りだな)
少しでも疑ったことに罪悪感が生まれたので、それを誤魔化すように切歌の頭を撫でる。
「えへへ。くすぐったいデスよー♪」
言いながらも上機嫌でされるがままの彼女は、やはり年相応の女の子だ。
(それにしても、俺のことを
何故だ? と一人悩むカズヤであった。
【Attention, please!】
カズヤがF.I.S側についたとしても、二課の面々は装者を除き予めそうなる可能性を考慮していたので、作戦司令部や諜報部などの実働部隊には特に影響が出ることはなかった。あくまでも今後の作戦に修正が入る程度で、最終的な目的は変わらないからだ。
むしろ一部の面々からは『シェルブリットのことだ。あいつまた絶対女引っ掛けて帰ってくるぞ』と言われ始めており、それが結局『じゃあ賭けるか? 俺はF.I.Sの装者全員お持ち帰りに今月の給料全額賭ける!』『俺も』『私も』『俺も俺も!』という風に賭けになりそうでならない光景が本部内で散見し、オッズが偏り過ぎてトトカルチョが始まる前に賭けとして成立せず終わる始末。
ちなみに二課本部内でのカズヤの渾名は『装者キラー』『女っ誑しのカズヤ』『女の敵』『ドクズ』『カスヤ』『クズヤ』『蝦夷野熊五郎』など割りと散々なものばかりである。
そんな本部にて、弦十郎が厳かな声で緒川に命じた。
「昨日のカズヤくんからの報告を聞こうか」
「今のところ、ネフィリムが象よりも大きくなるとエアキャリアでの輸送は困難となる為、ネフィリムへの餌やりは必要最低限に留めるとのことです。それ以上の成長は封印されているフロンティアを浮上させてからだと」
報告する緒川の肩には一羽の猛禽。鷹が止まっていた。
F.I.S側につく際に置いてかれた通信機とスマホの代わりの連絡手段として、伝書鳩ならぬ伝書鷹だ。
カズヤの靴には、本人了承の上で底部分に位置情報を特定する為の機器が仕込まれている。それで常に現在位置を特定し、彼が一人になった時に指笛を吹くと伝書鷹が手紙のやり取りをするという方法。
なかなか古典的だが、こういう局面で思わぬ効果を発揮してくれた。
「了子くんと情報交換はできているのか?」
「それが、月読調さんは常に暁切歌さんと一緒にいることと、もし二人きりになれても宿主の意識がはっきりしていると了子さんは表に出てこれないみたいです」
「なるほど」
「ただ、
「ふむ」
弦十郎は顎に手を当て少し考え込む。
その後、二人は今後について一段落するまで話し合い、それが済むと弦十郎が渋面を作りつつ意を決したように切り出す。
「...それで、装者達の様子は?」
「ウチの、二課の装者達ですよね?」
「ああ」
できれば聞きたくないが、司令という立場である以上聞かなくてはならない。
「ご存知の通り、皆さん表面上はいつも通りを振る舞おうと必死です...しかし」
「しかし?」
「禁煙中のヘビースモーカーよりも苛立っていますね。見た目以上にピリピリしてます」
「まだカズヤくんがいなくなって五日目だぞ...もしこれが一週間や二週間と続いたら、禁断症状を起こした麻薬中毒者みたいになるんじゃないか」
「司令、洒落にならないことを言わないでください。本当にそうなりそうで笑えません」
「...すまん」
真顔で訴える緒川に弦十郎は素直に謝罪。
「それでですね、その苛立ちをぶつけるように暇を見つけては、狂ったようにひたすらマラソンをしているのは今日も変わりません」
「相変わらずか」
「相変わらずです」
緒川は実際に本人達から聞かせてもらった話をする。
「曰く、体力作りだそうです」
「体力...カズヤくん関連と考えるとろくでもないことが目的だと思うのは気のせいか?」
「奇遇ですね、僕も同じことを考えていましたよ」
「...」
「...」
二人は暫し黙り込む。
「...緒川」
「何でしょう? 司令」
「今朝、未来くんから電話があった」
「僕もですよ」
「響くん達の様子が最近おかしい、本人達に問い詰めても機密だからと答えてくれない、しかもカズヤくんに連絡がつかない、何が起きている? と」
「内容も同じです」
「まあ俺も機密で答えられないと断ったが、完全に悟られているな」
「未来さんなら当然気づきますよ」
二人はゲンナリした気分になり、同時に溜め息を吐く。
立場上仕方がないとはいえ、友人を心配するいたいけな少女に嘘をついたり、真実を教えないのはなかなか心苦しい。
「...とりあえず緒川は引き続きカズヤくんとの連絡係を頼む。彼の位置情報がフロンティアが沈んでいる海へと移動したその時が、恐らく正念場となるだろう」
「了解しました」
ジャージ姿のクリスが大の字になって倒れる。
「もう、ダメ、無理、走れ、ない」
汗だくで、ヒーヒーゼーゼーと荒い呼吸をしているクリスのそばで、彼女と同じジャージ姿で、立った状態の奏と翼と響が各々首にかけていたタオルで汗を拭い、スポーツドリンクを飲んでいた。
「体力ないぞークリス」
「まだまだだな、雪音」
「クリスちゃん、水分補給しなきゃ」
まだ余裕がある三人を睨み付け、プルプル震えながら上体を起こし、差し出されたペットボトルを受け取り中身をガブ飲みする。
「...プハッ。ちきしょう、体力バカ共め」
クリスは悔しげに呟く。
「アタシらなんかまだまださ。カズヤとか弦十郎の旦那なんて体力お化けだよ」
奏が笑って二人の男の名前を出すと、クリスがあからさまに不機嫌になって文句を言う。
「つーかよ、なんであたしらもカズヤにくっ付いて行っちゃダメなんだよ? あの状況なら別に違和感ねぇだろ?」
「またその話か雪音。何度も議論したはずだ...カズヤならともかく、マリア達が現時点で私達を信用する訳ないだろう?」
「ああああああああああっ! あたしも付いてけば良かったああああああ!! おっさんの命令なんて無視してあん時に即介入すべきだったんだあああああ!!! お前が隣にいてくれないと寂しいよぅカズヤァァァァァァッ!!!」
「聞けええええええええ!!」
諭す翼を無視し、再び地面に大の字になってジタバタと駄々っ子のように喚くクリスに、翼は襟首を掴んで無理矢理引き起こし、ガックンガックン揺さぶった。
「泣き言を言うな! だいたい何が寂しいだ! 雪音には一緒に暮らす奏がいるだろう!? 寮で一人部屋の私の方が一人寝で寂しいわ!!」
「知るかよ。そういう時こそ趣味のバイクに跨がって九州辺りにでも行って気を紛らせればいいんじゃねぇの?」
「今はバイクよりもカズヤに跨がりたいんだ私は!!」
「あんたずっとそればっかだな!!」
「雪音も人のこと言えないだろう! 昼寝しているカズヤに跨がってそのまま一緒に昼寝するのが趣味の癖して!!」
「人のささやかな幸せの時間にケチつけてんじゃねぇぞ!!」
「何処がささやかだ!?」
恥も外聞も捨てた言い合いの末、ついにギャーギャーと騒ぎながら取っ組み合いを始める翼とクリス。
そんな二人を見て、奏と響はまた始まったと呆れた。
最早何度目となるか不明なやり取りに、むしろ、よく飽きないなと感心すら覚える。
まあ、これがカズヤがいなくなったことに対する寂しさの裏返し、代償行為だとしたらかなり切ない話だ。
ただ、マラソンの後では体力面で劣るクリスが翼と取っ組み合いを始めると──
「あっ、ちょ、アルゼンチンバックブリーカーはやめ──」
「ふんっ!!」
「があああああああああ!?」
当然こうなる訳で。
その後地面に押さえ込まれスリーカウントを取られてぐったりしているクリスと、その横で両腕を掲げて「コロンビア!!」とガッツポーズをする翼を眺めながら、響が奏に問う。
「あの、奏さん。奏さんは、大丈夫ですか?」
「何が?」
「その、見た目は大丈夫そうに見えますけど」
「腹に抱えてるもんは、ってかい? 全然、全然大丈夫じゃないよ!!」
にこやかな笑みで空になったペットボトルを両手でペシャンコする奏の姿に、響は苦笑いを浮かべる。
「響は?」
問い返されて響は即答。
「かなりヤバいですね。ストレスでドカ食いしちゃってますし」
普段のあれはドカ食いじゃなかったのか、と思いつつも奏は大人なので「そっか」と流した。
「しかしカズヤがいないとアタシ達ガタガタだね...寂しいやら切ないやら...イライラするわストレス溜まるわ欲求不満になるわ」
「仕方がないですよ。カズヤさん、ずっと私達の中心だったじゃないですか」
「いつも一緒だったからさ、アイツがいざこうやっていなくなると、どんだけアイツに依存してたのか嫌ってほど思い知ったよ」
奏はペシャンコにしたペットボトルを近くにあった自販機のゴミ箱に放り捨てると、自嘲するように呟く。
「そりゃ了子さんも怒るし呆れるわな」
「...だってカズヤさん、全く嫌がる素振りとか、文句言ったりとかしないんだもん。むしろバッチ来いって感じで全力で構ってくれるし」
言い訳っぽく響が言葉を紡ぐ。
「甘え易いし、甘えさせてくれるんだよね、カズヤって...よくよく思い返してみるとさ、誰かに甘えるのって家族が死んで以来カズヤが初めてだったんだよ、アタシの場合は」
それはきっとクリスも同じだろうけど、と追加する。
「おらぁっ! 悪質タックル!!」
「ぐっ! 背後から不意打ちとは卑怯なり雪音!」
第二ラウンドを始める翼とクリスをひたすら無視し、響は奏の言葉を自分に当てはめて考えてみて──
(...お父さんなんかより、カズヤさんの方が!!)
一番そばにいて欲しい時に自分を含めた家族を捨て、一人で逃げた男──仕事に向かうと言ってそのまま消えた父の後ろ姿が脳裏を過る。
慌てて頭を横に振ってから父の後ろ姿を追い出し、カズヤの後ろ姿を思い描く。
妄想の中のカズヤは、こちらに背を向け、シェルブリット第二形態を発動させた状態で、肩越しに振り返り、こう言った。
『あいよ』
たったそれだけでこちらの不安を払拭し、とてつもない安心感を与えてくれる男性を、
(まだたった五日なのに......会いたいなぁ、カズヤさん)
マリアとセレナの姉妹は内心でどぎまぎしながら、カズヤを挟んで道を歩く。
いつも食料品を買い出しする際は、切歌と調の二人に頼んでいたのだが、
「いつも私と調ばっかり楽しんでるのは二人に悪いデスよー」
「マリアとセレナ、二人共、たまにはカズヤと一緒に出掛けるのを強くオススメする。カズヤは、美味しいものたくさん知ってる」
と言われて出掛けることになったのだ。
(狼狽えるな、狼狽えるな私! これは買い出し、そう、これはただの買い出しなのだから!)
(マリア姉さんも一緒だから、カズヤさんと二人きりじゃないけど、これは実質デートと言っても差し支えないのでは!?)
いつもの猫耳のような髪型ではなく、ポニーテールにキャップ帽を被り、デニムのジャケットにジーパンというラフな格好にサングラスをしたマリア。
全世界に向けてテロ行為をライブ配信した以上、出歩く場合素顔はなるべく晒さないようにした措置だ。
また、マリアと同じ服装だがキャップ帽とサングラスはしていないセレナ。
ちなみに二人の服は、切歌がスーパーの婦人服コーナーで安売りしていたものをカズヤにせがんで購入してもらったものだ(胸が二人共かなり大きめなのでサイズ選びが大変だったのは余談で、調が何故か二人のスリーサイズを知っていたのは更なる余談)。
「なんか食いたいもんあるか?」
カズヤが何気なく二人に尋ねる。
「へ? あっ、そ、そうね! でもあまりこういうことに詳しくないからカズヤに任せていいかしら?」
「私もよく知らなかったりするので、カズヤさんにお任せしてもいいですか?」
明らかに浮き足だっている二人に、カズヤはこういうの慣れてないんだろうなぁ、と一人納得して頷く。
「ならテキトーに行こうぜ。色々見て、食べてみたい、って思うもんがあったら言えばいい。だが、その前に...」
右手でマリアの右肩を、左手でセレナの左肩を軽く叩く。
「「っ!!」」
ビクッ、と姉妹揃って同じように一瞬震える二人。
「二人共、緊張し過ぎだ。もうちょい肩の力抜けって」
じゃねーと疲れちまう、と付け足す。
「ほら、深呼吸しろ。少し緊張解れっから」
言われた通りゆっくり吸って、吐いてを二度三度繰り返した後、マリアが言った。
「ありがとう、カズヤ。少し気を張り過ぎていたみたいね」
「分かりゃいいんだよ」
ある意味あなたのせいでもあるんだけど、とは口が裂けても言えない。
セレナも漸く落ち着くことができたのか、肩の力が抜けてかなりリラックスした様子だ。
そんなこんなで三人は大型スーパーへと足を踏み入れる。
ショッピングカートに籠を二つ載せ、カズヤがそれを押す。
それをマリアとセレナが追従。
「欲しいと思ったもんはとりあえず入れとけ」
「そう言ってくれるのはありがたいんだけど、本当にお金は大丈夫なの? あなたがこちらに来てくれてから、金銭面でずっと頼りきりなんだけど」
「気にすんな。切歌くらい、とは言わねーが、調くらいなら我が儘言っても困んねーよ。こう見えて俺は高給取りだからな」
「...あの子達ったら、道理でカズヤと出掛けたがる訳だわ...」
申し訳なさそうにするマリアにカズヤはヒラヒラと片手を振る。
「何から何まで、本当にカズヤさんには頭が上がりません」
セレナが隣で恐縮する。
三人はお惣菜コーナーへとやって来て足を止めた。
「うわぁ、どれも美味しそうです!」
「ええ、目移りしてしまうわ」
マリア達が移動手段及び拠点としているエアキャリアにはキッチンが備わっていないし、調理道具もないので、料理をすることができない。精々、お湯を沸かすくらいだ。
なので、基本的に食料品と言えば出来合い品や非常食のような調理作業が不要なものを買う必要があった。
それさえもカズヤが食事を改善しようとATMから現金を引き落とすまでは、カップ麺がご馳走扱いされていた訳だが。
「あ、これ昨日食べましたね」
「竜田揚げか。そういや切歌に今日も買ってきてっつわれたな」
「またあの子は...お肉ばっかり食べたがるんだから」
セレナが指差した竜田揚げをカズヤが籠に入れると、マリアが額に手を当て唸った。
次にマリアが天ぷらに興味を示す。
「...あ、これ、ちょっと食べてみたいかも」
「天ぷらか? そういやそれはまだ買って帰ったことなかったな。じゃ、買うか」
『天ぷら各種七点盛り合わせ』とシールが貼られたものを手に取り籠に投入。
そんな風にして三人は今日明日の食料、及び非常食などを買い込むと、少し休憩する為にフードコートに立ち寄った。
「小腹減ったからなんか食おうぜ」
「あの、じゃあ一つお願いしてもよろしいですか?」
「ん?」
「あれが、食べてみたいです」
おずおず言いながらもセレナがじーっと見つめるそこには、パフェやケーキなどのスイーツを専門に取り扱うお店。
女の子ってのは古今東西問わず甘いもの好きだよなぁ、と思いながらマリアにも確認を取る。
「分かった、セレナはあの店な。マリアは?」
「私もセレナと同じで大丈夫よ」
「オーケー、なら先に席確保して荷物置くか」
適当なテーブル席を確保し、荷物を置くと財布をマリアに渡す。
「俺はここで荷物見てるから、好きなの買ってこい」
「カズヤは?」
「二人の後でいい」
そう言って送り出すカズヤ。
二人は一言彼に礼を言うと、お店まで小走りしていく。
そして店のメニューを眺めながら楽しそうにあれこれ言い合う姉妹の後ろ姿を見て、カズヤは溜め息を吐いた。
(...本当に、ただの女の子か...きっとあれが素なんだろうな)
なお、マリアとセレナの二人は、切歌と調の前では年上として振る舞おうとしているが、カズヤの前だけは取り繕う必要がないと先程気づき、今はもう実年齢より幼く見えていた。
施設での生活は辛かった、というのを切歌と調から聞いた。レセプターチルドレンは半ば実験動物扱いだったらしい。
そんな辛い日々の中でも、マリアとセレナの姉妹は切歌と調に優しく接していたとのこと。
だから切歌と調はマリアとセレナの力になりたい、その為にもカズヤには力を貸して欲しいと訴えられて、心が動かされないカズヤではない。
(世界を救う、ね...どうして俺の回りの女の子達は、あんなに細い両肩にそんな重てーもんを背負わされてるのか)
やがて思考はマリア達から響達へと移る。
(あいつらは今どうしてる? 喧嘩とかしてねーよな)
緒川との定期連絡では、カズヤがいなくなったことで相当不機嫌になっているらしい。
何の相談もなしにマリア達側についたことに関しては、流石に悪いと思っていたので、いつかちゃんと謝るなり話し合うなりしたいとは考えている。
(...またあいつらのご機嫌取りに奔走する破目になるんだろうが、それが楽しくてしょうがねーから離れられねー)
今度会った時にはどんな我が儘を聞かされるか楽しみにしていると、マリアとセレナがスイーツを手に戻ってきた。
「はい、お財布」
「おう、美味そうなの買ってきたな」
「お陰様で」
マリアから財布を受け取り立ち上がる。
「たこ焼きでも食うかな。先食っててくれ」
一言そう告げてたこ焼き屋に向けて足を進めた。
たこ焼き屋は並んでいなかった上、丁度タイミング良く出来立てをもらえたのですぐに買うことができた。席を立ってから数分も経たず戻ると、
「あれ? まだ食ってねーの?」
「その、カズヤと一緒に食べようと思って」
「待ってました」
なんだか飼い主を健気に待つ忠犬みたいだなー、と思いつつ席に着く。
マリアが買ってきたのはチョコレートケーキにコーヒーのブラック、セレナはプリン・ア・ラ・モードにカフェラテだ。
「じゃ、いっただきまーす」
「い、いただきます」
「...いただきます」
熱々のたこ焼きで口の中を火傷しないように食べながらカズヤは二人の様子を窺う。
「んぅ~♪」
「ああ、美味しいです」
それぞれケーキとプリンを口に入れ、悶える二人。
どうやら口に合ったようで何よりだ。
「折角だしこっちも食ってみるか?」
たこ焼きを一つ、マリアに向かって差し出せば、彼女はキョトンとした後、
「そうね、折角だからいただくわ」
と頷く。
「じゃあはい、あーん」
「え?」
一瞬、カズヤに何を言われたのか、目の前に迫ったたこ焼きにどうすればいいのか戸惑い、やがてこのまま食べさせてもらえると気づいたマリアは、その顔を見る見る内に赤くした。
(ま、ま、ま、まま、まるで恋人同士みたいじゃないの!?)
だが、カズヤはさも当然といった顔でたこ焼きを差し出してくるので、これが日本では当たり前なのかと無理矢理納得し、恐る恐る口を開く。
「熱いから火傷すんなよ」
口の中に入れられるたこ焼き。
「あ、熱っ!」
「熱いっつったろ」
熱いのでハフハフしているマリアの横で、カズヤは笑いながらセレナにも、
「はい、お前も」
とたこ焼きを差し出しており、セレナも赤くなりながらおっかなびっくり口を開き、熱々のたこ焼きを入れられ、姉妹揃ってハフハフすることになる。
「熱いけど、美味いだろ?」
「ええ、とっても」
マリアが同意の言葉を紡ぎ、セレナが無言のままコクコクと首を縦に振るのを見て、カズヤは満足気にニヤリと笑う。
彼のいかにもイタズラが上手くいった、みたいな表情に少し仕返ししたくなり、マリアはフォークでチョコレートケーキを一部切り崩し、それをフォークに載せて差し出す。
「はい、お返し」
「おっ、サンキュー」
「「っ!!」」
一切躊躇せずカズヤはケーキに、マリアが使用していたフォークにパクつく。
「チョコレートケーキも美味いなー」
暢気に感想を述べているが、マリアとしてはそれどころではない。顔を真っ赤にして震える手で自身が握るフォークを睨み付ける。
(そそ、そういえば、今更だけど、た、たこ焼きもらった時から、か、か、カズヤと、間接、キスよね、これ!!)
「セレナもプリンくれよ」
「ふぁっ!? ど、どどど、どうぞ!!」
隣でセレナもスプーンで掬ったプリンを差し出し、やはり躊躇しないカズヤがスプーンを口に入れて「美味い」と言っており、言われたセレナはトマトみたいに赤くなって俯いてしまう。が、マリアと同様にスプーンを震える手で握りじっと見ていた。
(...セレナ)
(...マリア姉さん)
二人はチラリとお互いの様子を盗み見て、覚悟を決めたように同時に頷くと、手にした食器を皿の上のスイーツではなく、自身の口に入れる。
その瞬間、ゾクゾクと背中をかけ上がってくる甘美な背徳感が二人を襲う。
((なんだか凄くいけないことをしている気分...!!))
その後のスイーツの味なんてもう分からなくなってしまった。
各々食べ終わる頃になると、カズヤが「トイレ行ってくるから荷物見ててくれ」と言い残し席を立つ。
「セレナ...私はもうダメだわ」
「マリア姉さん、私もです」
二人きりになると、カズヤが戻ってくる前に本音で話し合いたかった。
「私達は世界を救わなければならない...こんな時に不謹慎なのは重々承知してる...! だけど、カズヤのことを知れば知るほど、カズヤに触れ合えば触れ合うほど、私、どんどんカズヤのことが好きになっていく...この生活が続けばいい、ずっとこうしていたい、って思ってしまうの...! こんな浮わついた気持ちじゃダメだって頭では分かっているのに、気持ちを押さえられない...!!」
人目があるので声量は抑えているが、マリアの本音と苦悩がセレナに正しく伝わる。
セレナはマリアの両手を両手で握ると、安心させるように微笑む。
「私もマリア姉さんと一緒です。カズヤさんのことが好きで好きで胸がとても苦しいです」
「...セレナ」
「だからこそ私達はこの想いを歌にして、世界を救いましょう...カズヤさんと一緒に」
この言葉にマリアは大きく目を見開いた。
「カズヤさんと一緒なら、私達、きっと世界を救えます」
「...そうね、そうだったわ。私達にはカズヤが、"シェルブリットのカズヤ"が一緒なんだわ...彼と一緒なら──」
世界の一つや二つ、必ず救ってみせる!!
大型スーパーの屋上というのは、イベント会場か駐車場のどちらかになっているのが大抵で、この店の場合は駐車場だった。
カズヤは屋上に踏み入ると、一度全体を見渡し人目がないことを確認し、そのまま念の為屋上の角──隅っこまで足早に向かう。
そして、右手の人差し指と親指を咥えて思いっ切り吹く。
ピーッ!!
甲高い指笛の音が鳴り響くと、彼の足下の影からズルリと闇色の何かが這い出てきた。
その闇色の何かは、やがて一羽の鷹として形を成す。
鷹はその鋭い嘴に一通の封筒を咥えており、それを早く受け取とれと言わんばかりに差し出してきた。
「...鷹なんだからいい加減飛んで来いよ! なんで無駄に忍法使いたがるんだお前は!? 俺がわざわざ屋上にまで来た意味考えたことねーのか!?」
カズヤの影から現れたのは、緒川の実家から派遣されてきた伝書鳩ならぬ伝書鷹だ。この鷹を利用してカズヤは二課と連絡のやり取りをしているのだが、この鷹、鷹なのになかなか飛ばない。登場と退場に必ず忍法を使うという、よく分からない鳥だ。
飛べないのかと思って尋ねれば、首を横に振った後にこちらの肩に
もしかして、おちょくってんのか? と邪推してしまうが、気にするだけ無駄なような気がして考えるのを止めた。
とにかく封筒を受け取り中身を改める。
入っているのは一枚の紙とボールペン。
紙は表面に二課からの情報が記載されており、それを確認したら裏面にこちらから報告することを書き記し、封筒に仕舞って鷹に渡す。
「じゃ、よろしく頼むわ」
「グギ、グゲ、ゲゲ」
「...ホントに鷹なのかお前のその鳴き声...」
「ピィーッ!?」
「今更取り繕ってもおせーよ」
カズヤから封筒を受け取り、右の翼で敬礼のポーズを取り、ドロンッ、という効果音と共に白い煙を発生させ、煙のように消え失せる鷹。
それを見送った後、次は絶対飛んで来いよと思いつつ、カズヤは一人呟いた。
「...そろそろ事態が動く気がするな」
「ヒナ...カズヤさんが行方不明って本当なの?」
「うん。皆、機密だから、って教えてくれないの。絶対に何かあったはずなのに心配する必要はないの一点張りで取りつく島もないんだ」
「でも私昨日カズヤさん見たわよ!」
「板場さんそれ本当なの!?」
「ナイスな目撃情報です!」
「スーパーで普通に買い物してたよ。なんか見たことない美人の女の人連れて。しかも二人!」
「は?」
「その美人二人がいたから私声掛けられなくってさー、一人はキャップ帽にサングラスしてたから顔はよく見えなかったんだけど、長くて綺麗な髪でさ、スタイル超良いの! 胸なんて奏さん並みでバインバイン! なんかもう顔見えないのに『THE 美人』ってオーラ出しててさ! もう一人は顔隠してなかったから見れたけど外国人さんで、こっちもモデルか女優並みに美人でスタイル良いし胸もクリス先輩くらいでさ、三人で仲良くフードコートでなんか食べてて。あれってデートなのかな? 買い物袋いくつか持ってたけど」
「...詳しく」
「ヒナ?」
「小日向さん?」
「未来?」
「詳しく!!!」
Q:なんでこれまで誰も妊娠してないの?
これに関しては設定面でほんの少しネタバレとなります。
なので、一向に構わんという方だけお願いします。
A:遺伝子レベルで問題があります。
シンフォギア世界の人類(カストディアンより創造されたルル・アメル)と"向こう側"で生まれたアルター結晶体?のような存在のカズヤは、『人間』という姿形を取る為の共通の遺伝子は保有しているが、互いに持っていない遺伝子もあります。
この点は無印編で了子さんもといフィーネさんが言及してました。無印編で彼女は『この世界の女性と子どもを作ることはできる』という発言をしてますが妊娠率や出生率自体は当時それ以上調べようとしていないので知りません。
で、カズヤ以外は『人と人』だと思ってますが、実は『人(ルル・アメル)と未確認知的生命体(アルター結晶体?)』、つまり異種間交配、別の生命体同士の交わりな訳です。
遺伝子的には問題ないように見えていたのでフィーネさんは問題ないと言いましたが、厳密には『カズヤはシンフォギア世界の女性との間に子どもを残せるが、そもそも妊娠させる確率自体が極めて低い』というのが正解です。
あんだけやってんのにできない原因はこれ。
響達との関係が異種間交配であること、それ故の妊娠の難しさをカズヤだけが自覚しており、『妊娠云々気にする必要ないじゃんラッキー』ではなく、もっと悲観的に『自分を好いてくれる女性との間に子どもを残せなかったらどうしよう』と考えているので、『もし奇跡に奇跡が重なって子どもが生まれてくれたら何がなんでも責任を取らせて欲しい』と思っています。
カズヤは決して口には出しませんし、考えまでは響達には読めてないけど、彼が子どもを欲しがってることを彼女達はなんとなく察しています。
Q:女性陣がドはまりしてる理由は?
A:これは響達がルル・アメルであることが原因。
そもそも生殖行為とは子孫の多様性を求め、自分が持っていない遺伝子を持つ異性に強く惹かれ、互いの遺伝子を交換することに重きを置いています。
現状、子孫を残す為の伴侶として魅力的なんだけど、そもそも別の生命体同士なので少し厳しい。ならば生命体として遺伝子レベルで互いに今よりもっと近づけば、妊娠率が僅かでも上げられる、というお話。
頭では理解していないけど肉体が求めている、自分が持ってる遺伝子を相手が持ってないなら持ってけ泥棒! そして寄越せ、ってな感じ。
これは、カストディアンという神から創造され、バラルの呪詛から解放された場合は神の力を宿す器に成り得るルル・アメルだからこそ、自身をより上位の存在へと押し上げようとしている過程の段階。
全ての切っ掛けは同調現象。
同調を繰り返す度に適合係数が少しずつ上昇するのは生命体として進化している証。
粘膜接触でカズヤの遺伝子情報を取り込むことは進化を促進させる一環。
それでも『極めて低い』が『低い』になるまで数年単位必要。
無意識的、意識的、肉体的、本能的、そして感情的かつ快楽目的などの諸々の理由により響達は避妊自体をしたがりません。
本人達には全く自覚がありませんが、響達は徐々にルル・アメルから逸脱した存在になりつつあるし、カズヤも純粋なアルター結晶体?とは異なる存在になりつつあります。
Q:実は女性陣よりカズヤの方が妊娠について重く考えてる?
A:そうです。
女性陣は内心ドキドキしながら、もしできたら『歌手やめる』『風鳴の姓を捨てる』『復学したばっかだけど主婦になる』『未来と実家のお母さんとお婆ちゃんをなんとか説き伏せる』くらいは考えてますが、カズヤは『このまま何年経っても誰一人としてできなかったらどうしよう』なので。
Q:R-18版を書く予定は?
A:(今はまだ)ないです。
ちなみに上記の設定、本編では一部を除きあまり活かされることはありません(強いて言えば四期、五期から)。
避妊しない爛れた関係なのに誰も妊娠しないのは、一応設定上の理由がありますってことを開示しただけ。