カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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愛憎という想いは重いが故に圧し掛かる

「今日は何を食べるんデスか?」

 

楽しみで堪らん、とばかりに切歌が質問してくる。

隣の調もその瞳を期待でキラキラさせていた。

 

「お前らお好み焼きって知ってるか?」

 

質問に質問で返すカズヤに二人は首を横に振る。

レセプターチルドレンで施設育ち、ということで日本の食文化に詳しくないのは分かっていたが、念の為確認してみると、悲しいことにやはり知らなかったようだ。

 

「じゃ、楽しみにしとけ。どんなもんかは見てからのお楽しみ。味は保証する、とだけは言っとく」

「気になる」

「気になるけど楽しみデスよー」

 

期待に胸を膨らませる二人を引き連れて、お好み焼き屋"ふらわー"の暖簾を潜った。

 

「あら? いらっしゃい、女の敵。またあんた新しい子に手ぇ出したの?」

「開口一番に人聞き悪いのやめてくんない?」

 

相変わらずカズヤに対してのみ、やたらと手厳しい接客をするおばちゃん店員に、苦笑しながら勝手にテーブルに座る。

切歌と調は興味深そうに店内を見渡してから、おばちゃんに促されカズヤの対面に座った。

 

「カズヤ、気にすることないよ。私達、カズヤが女っ誑しって知ってるから」

「そうデ~ス。確か『装者キラー』って言われてること、日本に来る前に聞いたデス」

「マリアはこのことについて『古今東西、英雄色を好むって言うし、仕方ないわよ...奪えばいいんだし』って言ってた」

「セレナもそれを聞いて納得してたデス!」

「実際、マリアとセレナの二人を誑し込んでる」

「二人共カズヤにメロメロデース!」

「そんなことよりお好み焼き! お好み焼き食おうぜ! いや~、腹減ったわー、俺大盛にしちゃおう! お前らも大盛にするよな!? この店、スゲー美味いからいくらでも食えるんだぜ!!」

 

二人がとんでもないことを言い始め、厨房にいたおばちゃんが「またかこのクズ野郎が」とばかりに殺人光線を飛ばしてきたので、カズヤは慌ててメニュー表で視線を遮り大きな声で話を無理矢理変える。

この試みは容易く成功し、切歌と調も一つのメニュー表を二人で仲良く話し合いながら眺めることになった。

 

(命拾いしたな、小僧)

 

包丁片手にこちらを睨んでくるおばちゃんに心底恐怖しながらそれをひたすら無視しつつ、カズヤはメニュー表を注視する。

なお、お好み焼きは二人から大好評で、マリア達へのお土産としていくつかテイクアウト用に追加で作ってもらうことに。

店を去り際、おばちゃんは会計を終えたカズヤにだけ聞こえるような声で、

 

「今度はそのマリアとセレナって子達も連れてきな」

 

と告げてくる。

謎の圧力に負け、カズヤは小さな声で「あ、ハイ」と返答するのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

【愛憎という想いは重いが故に圧し掛かる】

 

 

 

 

 

「おばちゃん! 女の敵がここに来ませんでしたか!?」

 

店の暖簾を潜って開口一番、未来はおばちゃんに問い詰めた。

走ってきたのか、呼吸が荒く肩を大きく上下させている。

 

「さっきまでいたよ、初めて見る可愛い女の子二人も連れて。あっちの方に行ったけど、走ればまだ間に合うと思うよ」

「っ!! ありがとうございます!!」

 

微笑みを浮かべてあっさり答えるおばちゃんに礼を述べて、未来は脇目も振らず、元陸上部の足の速さを活かして走り出す。

やがて、見覚えのあるシルエットを目視して思わず叫ぶ。

 

「見つけたぁぁぁぁぁっ!!!」

「ん? ......っ!?」

 

声に反応したカズヤが振り返り、こちらを見てあからさまに、しまった、という顔をしたがもう遅い。

既にすぐそばまで迫った未来から彼は逃げることができなかった。

 

「捕まえたっ!!」

「ぐえあっ!」

 

逃げられたら元の木阿弥なので、鳩尾に頭突きをかますようにして飛び込み腰をガッチリとホールド。その際、変な悲鳴が聞こえたが気にしない。

しかし流石と言うべきか、未来を受け止める時に一歩後ろに退いたものの、カズヤが倒れることはなかった。

切歌と調が「デデデス!?」「誰この人!?」と驚く。

 

「み、未来、お前、どうしてこんな──」

「どうしてはこっちですよカズヤさん!!」

 

ガバッと顔を上げた未来が互いの吐息が届く至近距離から問い詰める。

 

「あなた何やってるんですか!? 連絡はつかないし、響達の様子はおかしいし、機密だから誰も何も教えてくれないし!! なのにこんなに可愛い子達連れてるし、昨日も板場さんが美人の女性二人連れ回してるの見てるんですからね!! このクズ、変態、スケベ、女っ誑し、ドクズ、女の子なら見境なしですかこの節操なし!!!」

 

マシンガンのような怒涛の勢いに、迫力負けして思わず一歩退くが、襟首を掴まれ引き寄せられて距離が離せない。

 

「黙ってたら分かりませんよっ!? 何とか言ったらどうなんですか!?」

「クズとドクズはどっちか片方だけでよくね?」

「そういう突っ込みを待ってた訳じゃありませんからね!!」

 

フガーッ!! と怒髪天を突く未来を見て、切歌と調が横で、

 

「これは、修羅場デスよ調」

「そうだね、修羅場だよ切ちゃん」

「なんだか分からないけどワクワクしてきたデース」

「これが日本で有名な"ドロドロのヒルドラ展開"」

「痴情のもつれってやつデスねー」

「これが女っ誑しの末路」

 

他人事だと思って勝手なことを言い出す二人。

引っ叩いてやろうかこいつら、とカズヤが微妙にイラッとしたところで未来が落ち着く訳ではないので、襟首を掴む彼女の手を握り、ゆっくり襟首から外す。

 

「とりあえず落ち着け、な?」

「じゃあ事情を説明してください。この子達は誰ですか? 昨日一緒に買い物していた二人は誰ですか? どうして今まで連絡がつかなかったんですか? 響達の様子がおかしいのはどうして? 機密って一体何なんですか? 今あなたは何をしているんですか?」

「おいおい待て待て、一気に聞いてくんなって。こっちにもお前に説明できるもんとできねーもんがある」

 

一気に捲し立てる未来にカズヤが降参とばかりに両手を上げる。

その時、カズヤ達を挟むように道路の前後でほぼ同じタイミングで、車のタイヤがアスファルトを擦る耳障りな音が鳴り響く。

黒い二台の車。まるで道を塞ぐようにして現れたそれは、ご丁寧にナンバープレートが外されている。

中からブラックスーツにサングラスをかけた男が数名、手に拳銃を持った状態で出てくると、こちらに銃口を向けてきた。

体格や肌の色からして白人と黒人だと気づき、カズヤはこの者達が二課や日本政府の関係者ではないことを悟る。

そして一人が代表として流暢な日本語で言う。

 

「"シェルブリットのカズヤ"だな。我々に同行願おうか」

 

カズヤは咄嗟に左腕で未来を抱き締め、右腕で切歌と調を背後に庇う。

 

「どちらさんで?」

「答える必要はない。大人しく従え。さもないと死人が出るぞ」

「ちっ」

 

銃で脅してくる連中に質問しても答える訳がないと分かっていても舌打ちが出てしまった。

旧リディアン近辺の市街地はルナアタック時の被害が特に酷く、復旧はあまり進んでいないし、引っ越しや移転をした住民や店舗などが多いので、時間帯によっては人通りがかなり少ない。そこを狙われたのだ。

 

「...カズヤさん」

 

腕の中で未来が怯え震えている。背後の切歌と調も同様だ。

当然だ。いきなり銃を向けられ、悪意と敵意と殺意に晒されて恐怖を感じないほど、彼女達は精神的に強くない。たとえそれがシンフォギア装者であったとしても。

 

(こいつらはただの女の子なんだぞ...それを!)

 

密着しているカズヤから、ブチリッ、と何かが切れる音を、未来は確かに聞いた。

次の瞬間、カズヤから淡い虹色の光が瞬き、黒服の男達が手にしていた銃が、サングラスが、上半身に身に付けていた服が、道を塞いでいた二台の車が、それら全て同時に一瞬で虹の粒子となって消滅する。

上半身裸になって戸惑う男達が目にしたのは、虹色の光を放ちシェルブリット第二形態を発動させたカズヤの姿。

 

「...これが、アルター能力...」

「クソ、この化け物め!!」

 

戦慄し勝手なことをほざく男達を、カズヤは酷く冷めた眼差しで睨む。

 

「女子ども相手に平然と銃を向ける畜生共に言われたかねーんだよ...切歌、調、ギアを纏って未来を守れ」

 

低く静かでありながら有無を言わせぬ口調でカズヤが指示を出し、二人は即座に言われた通りに聖詠を歌う。

 

「Zeios igalima raizen tron」

「Various shul shagana tron」

 

各々が緑、桃色の光を放出しシンフォギアを纏うのを確認し、左腕で抱き締めていた未来を二人に預けると、カズヤはアスファルトを蹴って男達に無言のまま殴りかかる。

半裸で武器を持たない丸腰の男達に対して、容赦なくシェルブリットを叩きつけた。

頬骨が砕けて顔が変形しようが、あばら骨が砕けてそれが内臓に突き刺さろうが、拳を防ごうとした腕がぐしゃぐしゃに折れ曲がろうが一切気にしない。

殴る。殴りまくる。あくまで死なない程度に。死なないならどうなろうと知ったことではない。

一人残らず逃がさない。逃げようとしたら、拳をアスファルトに叩きつけた反動で跳躍し回り込んでぶん殴る。

一分も経たずに男達を無力化し終えると、先程代表として日本語を喋っていた男を──仰向けになっているので上から見下ろしつつ問う。

 

「何処のどいつの差し金だ? 大人しく従って答えな。さもないと死人が出るぜ」

 

今しがた言われたことを言い返す。

 

「誰が──」

「あっそ」

 

屈んで、男の右腕の肘関節をシェルブリットで殴り砕く。

ゴギャッ、と耳を塞ぎたくなる音がした。

 

「おごおおおおお!!」

「あと三回あるから我慢しろ。次は左腕、その次は膝な」

「言う! 言うから助けてくれ! 我々は米国のエージェントだ! 与えられた任務は"シェルブリットのカズヤ"の拘束とマリア・カデンツァヴナ・イヴなどの元F.I.Sメンバーの抹殺、それに伴う異端技術の回収だ!!」

 

涙と鼻水を垂らし、プライドをあっさり投げ捨て情報を吐く男。

必要最低限のことが聞ければ男にもう用はない。立ち上がってから男の頭に蹴りを入れて気絶させ、シェルブリットや服に付着した返り血を分解して綺麗にしてから未来と切歌と調に向き直る。

 

「怪我はしてねーな?」

 

三人が揃って首肯した。

 

「ならいい。急いで移動するぜ」

 

言って、カズヤは呆然としている未来に近づき、そのまま横抱き──お姫様抱っこする。

 

「ひゃっ!?」

「今は時間がねーから文句は後でな」

 

突然のことに驚愕する未来に一言告げると、右肩甲骨の回転翼を高速回転させ、そのまま浮き上がった。

 

「切歌、調、マリア達へのお土産拾ったら足に掴まれ、飛ぶぞ」

「りょ、了解デス!」

「...人間ヘリコプター」

 

素直にこちらに従う二人に内心で感謝しつつ、カズヤは飛翔した。

 

「振り落とされねーようにしっかり掴まってろよ二人共、飛ばすぜ!!」

 

 

 

警報が鳴り響き、朔也がその原因を確認して目を見開く。

 

「高レベルのアルター値を検知! 続いてアウフヴァッヘン波形も検知、イガリマとシュルシャガナです!!」

 

報告を聞いて弦十郎が顎に手を当て何があったのか考えながら問う。

 

「場所は!?」

「旧リディアン近辺の市街地です! 三つの反応は現在高速で移動中、三つ共固まったように同じ方角に向かっています!」

 

朔也の言葉に続き、メインモニターにマップが表示され、三つの点が纏まった状態で移動しているのを確認できた。

 

「一応、装者を急行させますか?」

「いや、カズヤくんのことだ。反応の動きからして何か考えがあるに違いない。ここは緒川に──」

 

連絡を、と続けようとしてあおいが遮る。

 

「司令、未来ちゃんから緊急入電です!」

「このタイミングで未来くんから!? 無関係とは思えん、繋げ」

 

通信が繋がると、数日ぶりの声が司令本部に響く。

 

『おっさんか緒川はいるか!?』

「「「カズヤくん!?」」」

 

弦十郎、朔也、あおいの三人の声が見事にハモる。

 

『今、未来を抱っこした状態で飛んでるから手短に言うぜ。米国のエージェントとかいう連中に襲撃された。奴らの目的は俺の拘束、マリア達の抹殺、そんでマリア達から異端技術を強奪することだとよ!』

 

もたらされた情報に更に驚く司令部だが、弦十郎が状況把握の為にいち早く驚愕から復活し口を開く。

 

「未来くんは無事か?」

『幸い怪我一つねーが、俺といるところを連中に見られた。今後の未来の安全を考えると、このまま俺が預かることにする。これに関しちゃ完全に俺のミスだ、すまねぇ。響にも謝っといてくれ』

「分かった。俺から響くんに言っておこう」

『助かる。あと、連中は市街地でも構わず銃で脅してきやがった。制服姿の未来を見られたし、響達もリディアンの生徒である以上、リディアンの周辺は警戒しといた方がいい。無関係な生徒が巻き込まれるなんざご免だ!』

「そちらも手配しておく。他は?」

『う~ん、今のところはこんなもんか? あ、忘れてた。叩き潰した連中、このまま治療しないと死ぬから早く拾ってやって。治療費は全額米国請求でな』

 

そこまで言うと通信が向こうから切られてしまった。

すると弦十郎は矢継ぎ早に部下達に指示を出す。

 

「皆、カズヤくんから状況は聞いたな。事態が動いたぞ。これより装者を緊急召集、緒川と一課に情報共有、リディアンの校舎と寮及び通学路などの周辺地域を警戒しろ、警察にも協力を仰げ。諜報部に米国のエージェントの回収、緊急手術室の手配、外務省に連絡し斯波田事務次官にコンタクトを取れ!」

 

司令の命令にオペレーター陣は一斉に了解と唱和した。

 

 

 

カズヤの腕の中で、彼の耳元に寄せていた携帯電話を離し、ボタンを押して通話を切る。

彼は未来をお姫様抱っこしており両腕が塞がっているので、手が使えない。なので彼女が通話する為に文字通り手を貸していたのだ。

 

「すまねぇな未来、巻き込んじまって。怖かったろ...もっとよく考えればこうなる可能性があるって分かるはずだったのに、俺が迂闊だった」

 

謝罪の言葉に首を横に振る。

 

「私の方こそ、ごめんなさい...カズヤさんに迷惑かけて」

 

未来としては自身の軽率さが恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分だった。今は、カズヤに抱かれて空を飛んでいるので物理的に不可能だが。

未だにカズヤは詳しい話をしてくれない。しかし、米国からその身柄を狙われたという事実を目の当たりにし、かなり危ない綱渡りをしていたこと、未来が預かり知らぬ場所で戦っていることを思い知らされ、自分は何様のつもりだったのかと責めた。

 

(最悪...私、何してるんだろ)

 

彼は、"シェルブリットのカズヤ"なのだ。その存在は自分のような一般人が思っているよりも遥かに大きく、今は世界中で重要視されている。

もし響がシンフォギア装者になっていなかったとしたら、決して知り合うこともなく、雲の上の存在のままだったはず。

 

(私、本当に子どもで、本当にバカみたい)

 

自分はあくまでも一般人で、二課にとっては民間の協力者で、それだけだ。緒川や弦十郎、シンフォギア装者である響達が危険な任務に就いているカズヤの現状を、未来に教える訳がないのだ。

響達の様子がおかしいのは、カズヤが心配なのと、そばにいてくれないことに寂しさを覚えているからだと何故分からなかった?

ずっと思い違いしていたことを、今更になって自覚する。

親しい男友達として友人付き合いをしてきたけど、それはあくまで彼のプライベートでの話。

彼の仕事は戦うこと、そして仕事場は戦場。常に命の危険があるそこに、一般人でしかない自分が飛び込めば迷惑をかけるのは──自分の命もカズヤの命も危険に晒すことになると少し考えれば分かるはずなのに。

 

「ぐ、うう、うっ」

 

己の不甲斐なさに涙が出てきて、それは一度溢れてくると抑えることができなかった。

 

「うああ、あああ、ああああああ!!」

 

大声で泣き出す未来に、カズヤは緊張の糸が切れたかなと勝手に勘違いし、少し考えてから飛行する高度と速度を落とし、適当な雑居ビルの屋上に向かう。

屋上にカズヤが降り立つ前に、彼の足にしがみついていた切歌と調が離れる。

シェルブリットを解除して屋上に着地し、横抱きにしていた未来を自分の足で立たせた後、ギュッと抱き締めた。

 

「大丈夫、もう大丈夫だから...俺が未来を守るから」

 

幼い子どもをあやすように、安心させるように頭を撫で、一定のリズムで背中を優しく叩く。

 

「ごめ、んなさ、い、ごめん、なさい」

「いいんだ。未来は何も悪くねー、未来が謝る必要はねーって」

 

嗚咽混じりの謝罪を気にするまでもなく、ただ優しく抱き締める。

そんな彼の胸に顔を埋め、彼の優しさと暖かさに甘え、泣くことしかできない自分自身が、未来は許せなかった。

面と向かって迷惑だとか、邪魔するなと言われた方が、どれだけマシか。

 

「カズヤ、さんは、優し、過ぎますよぉ」

「そうか?」

「だって、私が、私が悪いのに!」

「それについてはもう言うな。起きちまったことはどうしようもねーさ」

 

微妙に会話が噛み合ってないことにカズヤは気づかないまま、未来の泣き顔を覗き込む。

 

「さ、そろそろ泣き止んでくれ。折角可愛い顔してんのにいつまでも泣いてたら美人が台無しだぜ?」

 

ズボンのポケットからハンカチを取り出し、涙を拭う。

彼の気遣いといつもの軽口が嬉しくて、漸く未来は泣き止むことができた。

それを確認すると、カズヤがニッと笑う。

皆と一緒の時によく見せる彼の、いつもの笑顔。

至近距離に、それがある。

これまで何度も見ていたはずなのに。

普段の精神状態でなら絶対に考えないと自信を持って言えることを考えてしまう。

魔が差した、と言っても過言ではない。

思う存分泣いた後だからだろうか。

それとも仕事の邪魔をし迷惑をかけたのに、こんな不甲斐ないバカな自分の身を最優先にしてくれて、普段通り接してくれるからだろうか。

俺が未来を守るから、なんて言われたからだろうか。

響が、皆が大好きなこの笑顔を、この男を独占したいと思ってしまった。

 

──ドクンッ。

 

心臓が、一際大きく跳ねる。

 

(...あっ!)

 

ドクンッ、ドクンッ、ドクンッと早鐘が鳴るかのように心臓が脈打つ。

 

(ウソ!? ちょっと待って! こんな...!)

 

胸が苦しい、顔が熱い、心臓がうるさい、それでも目の前のカズヤの顔から視線を外せない。

胸の奥から沸き上がる想いが止まらない。

 

「未来? どうした? 急に顔赤くして。空飛んで気分悪くしたのか? もしかして酔ったか?」

 

こちらを訝しむカズヤが見当違いな心配をしてくれる。

今この瞬間、カズヤが自分だけを見てくれる、彼を独占していると思うと、言葉では言い表せない歓喜が溢れてくる。

響は、響達は、カズヤを前にするといつもこんな気持ちなのだろうか。

だとしたらズルい。

自分ももっと味わいたい。彼に触れたい、彼を感じたい、彼に甘えたい。

既に先程の、彼の優しさに甘える自分自身が許せなかったことなど忘れた。

だいたい響達だって彼に散々甘えていたではないか。自分だけダメという道理はない。

そもそも響達は、あの四人は嘘つきだ。通信機の互いの位置情報を確認する為のツールを使えば何処で何をしているかなどバレるのに。

こちらが知らない振りをし続けていれば、いつまでも調子に乗って。

 

「...カズヤさん」

 

熱に浮かされたような声を漏らし、彼に抱きついた。

 

「本当に、大丈夫か?」

 

すると、やはりカズヤはギュッと抱き締め返してくれる。

暖かくて、心地良い。こうしていると何故か安心した。

鼻腔をくすぐる彼の匂いが、こちらの理性を少しずつ溶かしていくような錯覚を覚える。

何よりも、親友達の好きな男を奪っているかのようなこの行為に、全身に甘い痺れにも似た背徳感が駆け巡っていく。

 

「...歩けないです。抱っこしてくれませんか?」

「分かった。こっからはタクシーでも捕まえて移動するつもりだから、それまで我慢してくれ」

 

我ながら甘ったれたことを試しに抜かしてみれば、カズヤは何一つ疑うことはせず、先と同様にお姫様抱っこをしてくれた。

 

(心配してくれてるんだろうけど...)

 

甘えれば甘えた分だけ甘えさせてくれる男だこの人、と未来は妙に納得する。

響達がこぞって甘えたがる訳だ、と。

 

「二人共、ギアを解除しろ。こっからの移動は車だ」

「...なんか凄いのを見てしまった気がするデース」

「これが、カズヤの本気」

「聞いてんのか!? ギア解除してとっととタクシー捕まえてこい!!」

 

怒鳴り声に我に返り、慌ててギアを解除し普段着となり屋上から駆け出す二人。

それをカズヤは未来を横抱きにしたまま歩いて追う。

タクシーに乗るまでの時間、未来はカズヤの腕の中を堪能しつつ、思考を巡らせる。

最初に嘘をついて、自分を仲間外れにしたのは響達だ。

いくら幼馴染みの親友でも、どんなに仲が良い友人達だろうと、こればっかりは見過ごせないし、やられっぱなしは気が済まない。

だったら、どうやって響達にお仕置きを、仕返しをしてあげられるか?

女を甘やかすカズヤの性格上、彼はその嘘に付き合わされているだけだろう。

そこで一つの名案が浮かぶ。

まずは響達と同じ立場になる必要がある。

その為にも──

 

(私も...シンフォギア装者になる)

 

カズヤの温もりを感じながら、未来は仄暗い笑みを浮かべた。

 

 

 

二課本部に集合した装者四名は、先の一件を弦十郎から聞かされ大いに驚く。

カズヤが米国に狙われ、未来がそれに巻き込まれた。彼女は無事だが、この件が片付くまでは彼の保護下で元F.I.Sメンバーと共に行動することになってしまった。

 

「制服姿の未来くんを目撃されたという事実は、同じ学院に通う三人、及び我々と懇意であることが米国に悟られた可能性がある以上、彼女を今のタイミングで日常に戻すのは危険とカズヤくんが判断した。元F.I.Sメンバーと行動を共にすること自体が危険かもしれないという意見もあるかもしれないが、そこはカズヤくんを信じよう」

 

厳かな口調でそう言う弦十郎の言葉に、装者達は頷き納得する。

 

「弦十郎の旦那、米国がカズヤを狙った理由は何なのか分かったのかい?」

 

奏が軽く挙手をして質問。

 

「だいたいの予想はつくが、まだ尋問すらできていないから不明だ」

 

口を割らないならまだしも、未だに尋問すらできていないのはどういうことか? と四人の顔に出ていたのだろう。弦十郎が呆れたように続けた。

 

「考えてもみろ。カズヤくんを狙って、返り討ちにされたんだぞ連中は。そして彼が敵と定めた相手に容赦などすると思うか?」

 

あっ、と四人は察する。

 

「ほぼ全員、緊急手術が必要な重体だ。現場で高レベルのアルター値が確認されたことから、間違いなく彼は連中相手にシェルブリットを使った。状況が状況なだけに、それを咎めようとは思わん。しかし、だからこそ尋問は連中が回復してからだ」

 

誰もがそれを聞いて「うわぁ...」と呻く。生身の人間でシェルブリットの攻撃を食らって無事だったのは、知る限りで目の前の弦十郎だけ(緒川は右腕では殴られていないらしい)。規格外かつ超人的な身体能力を持つ弦十郎ですら当時はボコボコにされていた(カズヤも同じくらい弦十郎からボコボコにされたが)。米国のエージェントに同情は決してしないが、酷い目に遭ったということだけは容易に想像できた。

 

「とにかく、連中に関して今後は諜報部に一任する。また、斯波田事務次官にも話は通してある。米国政府への対応はそちらに任せ、カズヤくんの位置情報が洋上へ向かい次第、仮設本部で追跡する。我々はそれまで、いつでも動けるように待機だ」

「「「「了解」」」」

 

 

 

「小日向未来と申します」

 

名乗り終えると丁寧にお辞儀する少女に、マリアとセレナは唖然とした後、説明を求めるようにカズヤと切歌と調へ視線を向けた。

ちなみにカズヤがマリア達側につく経緯などは、既に未来へ説明済みである。

 

「...話すと長くなる」

 

疲れた表情でそう告げるカズヤの背後で、切歌と調がコソコソと話し合う。

 

「これはまたしても修羅場の予感デスよ、調」

「本日二度目、今日の放送はスペシャル版だね」

「帰ってきた男を出迎えたらそこには知らない女が」

「女同士の譲れない戦いが、今、火蓋を切る」

「楽しそうだなお前ら!!」

 

カズヤが背後に向かって怒鳴ると、二人はワーキャー楽しそうに叫びながら何処かへ行ってしまった。

 

「で、これは一体どういうこと? カズヤ」

「説明してください」

 

言い逃れは許さんと言外に言っているマリアとセレナの態度に、カズヤは頭を抱えたくなるのを必死に堪えながらどう説明しようか悩んだ。

 

 

 

何度も説明するのは嫌なので、ナスターシャとウェルを加えた四人が揃った状態で、どうにかこうにか説明を終える。

 

「そうですか、再び本国から...」

 

そう呟いてナスターシャは黙考し、ウェルは「やれやれ、これだから権力者は」と肩を竦めてみせた。

 

「事情は分かったわ。でも一つ教えて。あなた、未来だったかしら...カズヤとはどういう関係なの?」

「愛人です」

「「「は?」」」

 

マリアの質問に対する突拍子もない未来の返答に、カズヤとマリアとセレナが同時に声を上げ、ナスターシャが「まあ」と僅かに驚き、ウェルがくつくつと声を抑えて笑う。

そしていつの間にか戻ってきていた切歌と調がワクワクと期待を込めた眼差しでこちらを観察していた。

 

「おま、お前何言ってんだオイィィィッ!?」

「間違えました。愛人候補です」

「さらっと嘘をつき続けてんじゃねぇ!!」

 

怒号を上げるカズヤに未来はしれっとした態度で応じる。

 

「このくらいの牽制は必要かな、と」

「何の為の牽制だ!?」

「当然、響達の為ですよ」

「...」

 

二の句を継げられなくなるカズヤに未来は笑みを深めた。

 

(まあ、私の為でもあるけど)

 

そんなことを考えながら、未来は続ける。

 

「けど、カズヤさんは女性関係にだらしないので、今こんなことを言っても意味はないと思いますが」

「......そう、ね。英雄色を好むと言うし、カズヤも年頃の男の子だし、しょうがないわよね」

 

こめかみをピクピクさせつつ、マリアは無理矢理自分を納得させるように口に出す。

 

「そう言えば、さっき抱き締めてもらった時、カズヤさんから凄く良い匂いがしたんです。知ってますか? 異性の体臭が良い匂いだと感じた場合、その相手との相性バッチリらしいですよ」

「んなこと俺が知るか!?」

「あ、でもそれ分かる。カズヤって良い匂いするわ。そうよね、セレナ」

「...はい。服を洗濯した時、その...」

 

促されたセレナが俯き頬を染めながらゴニョゴニョと何か言うが聞き取れない。

後ろから「確かにカズヤは良い匂いするデース」「美味しそうな匂い」と聞こえてくるが、それはさっき食ったお好み焼きのソースの匂い、だと思いたい。

 

「分かった! この話はやめよう。ハイ! やめやめ」

「確かに良い匂いがする異性というのは、自分が持つ遺伝子とは遠い遺伝子情報を持つ為、遠ければ遠いほど優秀な子孫を残せると証明されていますね」

「その辺りは僕の分野でも当然とされています。本能に従いパートナーを選ぶことこそが、人にとって最も正しい愛の形なのだと」

「やめろっつってんだろが! 婆さんも眼鏡もしゃしゃり出てくんな! もうこの話は終わったんだよ!!」

 

エアキャリアの中でカズヤの怒号が轟いた。

 

 

 

モニターに映り出されたのは、檻の中で静かに横たわるネフィリム。

 

「本題に入りましょう」

 

映像を差し示しウェルが切り出す。

 

「十分な餌を与えたネフィリムは、漸く本来の出力を発揮できるようになりました」

 

現在のネフィリムは象と同程度の体躯にまで成長している。

これ以上の成長はエアキャリアの移動に支障をきたす為、現時点ではまだできないとされていた。

 

「このネフィリムとあなたが五年前に入手した...」

「っ」

 

上機嫌なウェルがマリアを指差し、それに彼女は少し戸惑うような仕草を見せた。

 

「お忘れなのですか。フィーネであるあなたが、皆神山の発掘チームより強奪した神獣鏡のことですよ」

「...ええ、そうだったわね」

 

ウェルから視線を反らすマリア。

 

「カズヤさん、それってもしかして奏さんの──」

「しっ」

 

隣から小さく声を掛けてくる未来に、カズヤは彼女を黙らせるように人差し指で優しく未来の唇を押さえる。

 

(そういうことを平気でするからっ...もう!!)

 

未来は唇に触れた指の感触に赤くなり、それ以来黙りを決め込んだ。

セレナがそんな二人のやり取りに気づきジトっとした目線になるが誰も気づかない。

 

「マリアはまだ記憶の再生が完了していないのです。いずれにせよ聖遺物の扱いは私の担当。話はこちらにお願いします」

「これは失礼」

 

ナスターシャがマリアの態度にフォローするように述べると、ウェルは軽く頭を下げた。

 

「話を戻すと、フロンティアの封印を解く神獣鏡と、起動させる為の成長したネフィリムが漸く揃った訳です」

「そしてフロンティアが封印されたポイントも先だって確認済み」

 

補足するナスターシャの声に、パンパンパン、とウェルは拍手。

 

「そうです、既にデタラメなパーティーの開催準備は整っているのですよ。あとは、私達の奏でる狂想曲にて、全人類が踊り狂うだけ...ウェヘヘハハハ、ハーッハッハッハ!!」

 

怪しい笑い声をケタケタ上げつつ変な躍りをし始めるウェルを、その場の全員が胡散臭いものを見る目で見つめた。

 

「近く、計画を最終段階に進めましょう...ですが今は少し休ませていただきますよ」

 

痩せた老婆は疲れたように言うと、手元で車椅子を操作し退室した。

マリアが操縦席に着き、エアキャリアが発進する。

エアキャリアに搭載された神獣鏡の力の特性により、機体が発見される心配はない。この世で恐らく最高のステルス機能を保有した乗り物だろう。

いよいよ、世界を救うとかいう壮大な計画の最終段階に入る訳だが、何故かカズヤは内心でそう上手くいくのだろうかという疑問と、漠然とした不安があった。

 

(何だ、この、モヤモヤした感じ...?)

 

カズヤの為に用意してもらった部屋で一人、簡易ベッドに仰向けになり、頭の後ろに組んだ手を枕代わりにして天井をぼんやり見つめる。

 

(せめて了子さんと少し話せればいいんだがなー)

 

その為には調と二人きりとなり、更に調の意識がない状態を作らなければならないが、そんな状況、なかなか作れない。

どうすっかな、と考え込んでいると、ドアがコンコンと二回ノックされた。

 

「はーい」

「未来です、入っていいですか?」

「ああ」

 

返事をしてきた未来は入室してくると、簡易ベッドまで近寄り仰向けに横になっているカズヤを見下ろす。

 

「どうした? 切歌と調と話してたんじゃんねーのか?」

「二人は話疲れて部屋に戻りました」

「そうか」

 

頷き、脳内でこのエアキャリアに乗っている人物達が何をやっているか思い描く。

マリアはエアキャリアの操縦、セレナはその補助及び居眠り運転を防ぐ為の話し相手を兼ねているはず。

ナスターシャと切歌と調は休む為に部屋に戻った。

ウェルは基本的に、研究室みたいなよく分からない機器や設備がある部屋か、ネフィリムのそばだ。

 

「未来は休まなくていいのか?」

「休みますよ、この後に」

 

言い草からして何か話でもあるのだろうか? そう疑問に思った刹那、妖しい笑みと潤んだ眼差しの未来が突然カズヤに跨がった。

 

「へ?」

 

予想だにしない彼女の行動に間抜けな声が漏れる。

こちらの両肩を両手で押さえられ、驚いてろくに抵抗もできぬまま、覆い被さってきた未来の唇が強引にこちらの唇を塞ぐ。

暫しの沈黙。

やがて唇同士が離れると、彼女は恍惚とした表情で妖艶に笑う。

 

「アハッ、最高! 頭おかしくなりそう! カズヤさんの唇、私奪っちゃった!」

「...お前、何のつもりで──」

「次は舌を入れますよ、あの時のクリスみたいに」

 

宣告し、本当に次は舌を入れるディープキスをしてきた。

 

「んっ、んん、んぅ...」

「んんんんんん!?」

 

くぐもった声とぴちゃぴちゃと濡れた音が部屋に響く。

カズヤの口を舌で無理矢理こじ開け、舌で舌を絡み取り、舌で歯茎をなぞり、舌で口腔内を蹂躙するようにぐりぐり掻き回す。舌を吸い、唾液を吸い、唇を吸い、味わい飲み下す。

 

「...はぁ、はぁ、はぁ」

 

唇と唇が離れると、上体を起こした未来が、酸素不足ではなく性的興奮から荒い呼吸を繰り返す。

二人を繋ぐ糸が名残惜し気に伸びるのを見て、未来は喜悦に唇を吊り上げ目を細めた。

 

「お前、どうして...?」

「どうしてこんなことをしたのか、ですか? そんなの、したくなったからでいいじゃないですか。響達だってカズヤさんとしたくなったらするんでしょ? 奏さん家とか、ラブホテルとかで...皆の通信機の位置情報、私でも確認できるの忘れてました?」

「っ!?」

 

バレてる! とカズヤは顔に出さないようにすることができない。

 

「なら、私としてくれてもいいじゃないですか」

 

そんなことより続きをしましょうよ、と囁く未来の声は、完全に情欲に染まった雌のものだ。

再度、未来の顔がカズヤの顔に迫る。

しかし──

 

「ここでいかがわしい真似はやめてください」

 

開け放たれたドアの前で、絶対零度でそう言い放つセレナの声が鼓膜を叩く。




それぞれの聖遺物とシェルブリットバーストとの相性について。

・ガングニール
相性度:★★★★★
槍の『突く』という特性上、相性抜群。突進力と破壊力はトップクラス。
その代わり攻撃範囲は狭く、直線的。

・天羽々斬
相性度:★★
斬撃武器としての側面が『殴打』という属性のシェルブリットと相性が良くない。
しかし『刺突』との相性は悪くない。

・イチイバル
相性度:★★★★★★
『撃つ』『射撃』という特性がシェルブリット(弾丸)と相性が良い。
様々な銃火器を扱うクリスに応じて多種多様に変化しありとあらゆる状況に対応可能。その柔軟性は他の追随を許さない。

・イガリマ、シュルシャガナ
相性度:★
天羽々斬同様、斬撃武器の為相性は良くない。

・アガートラーム
相性度:???
斬撃武器の為相性は良くないはずだが、射撃武器として利用することも可能であり、絶唱特性が『エネルギーベクトルを操作』であるので、装者の能力次第で大きく変化する。










・神獣鏡
相性度:★★★★★★★★★
『鏡』が持つ特性は、カズヤが放つ『光と輝き』──『"向こう側"の力』との相性がこれ以上存在しないほど良い。
その力は未知数。
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