カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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OVER DRIVE

「ちっ」

 

突然の闖入者に未来は不快気な顔で舌打ちした。

 

「何のつもりですか? 邪魔しないでください」

「言葉が分かりませんか? ここで、いかがわしい真似を、しないでください、と言ってるんです」

 

語気を強め、一つ一つ区切りながらセレナが未来を般若のような形相で睨み付ける。

そんなセレナに未来はいかにも面倒臭いとばかりに溜め息を吐き、カズヤから跨がった状態から立ち上がり、正面から睨み合う。

背はセレナの方が若干高い為、未来は彼女を見上げるような構図になるが、怯む気配は見受けられない。

向かい合う二人を見て、豊満な胸と尻、腰回りのラインと太ももの脚線美はセレナの方が魅惑的で圧勝だな、とかそんなスケベかつ失礼極まりないことを考えてしまうが、軽口を叩ける雰囲気ではないことくらい分かるので、カズヤは傍観に徹する。

 

「どうしていかがわしい真似をしてはいけないんですか?」

「あなたはここが何処だか分かっているのですか。ここは、私達武装組織フィーネが保有するエアキャリア。本来ならあなたのような人物など乗せる訳がありません。あくまでもカズヤさんのお願いだから乗せてあげている、それだけです」

「だから、そのカズヤさんに夜のご奉仕をしてあげようと思ったんですよ」

「ご奉仕? ハッ、笑わせないでください。随分と一方的だったじゃないですか。あれをご奉仕というならこの世の性犯罪が全て合法レイプに早変わりです」

 

二人は今にも相手に掴みかからん勢いで言い争いを始めた。

 

「日本では女が男に迫るのが常識なんです!」

「私が日本人じゃないからって見え見えの嘘言わないでください! バカにしてるんですか!?」

「そんなつもりはありませんが、どのように受け取ろうとそちらの自由です」

「...っ! いくらカズヤさんのご友人だからって、あまり調子に乗らないで欲しいですね」

「さっき私が言ったこと覚えてないんですか? 愛人ですよ、愛人」

「それはさっきカズヤさんご本人が否定したじゃないですか!!」

「ええ、今まさに候補から本当の愛人になろうとしてたところに思わぬ邪魔が入っていい迷惑です」

「口の減らない...!!」

 

竜虎相搏つ、とはこのことか。

凄まじい怒気と圧力を放ち相対する二人は、まさに竜と虎。

視線と視線がぶつかり合い火花が弾け、二人の背景には燃え上がる炎と降り注ぐ雷が見える。

しかし──

 

「大きな声出してどうしたの? 喧嘩してるの?」

 

新たな闖入者の存在のことは誰も予想しておらず、二人は揃ってそちらに顔を向けた。

そこには眠たそうに目を擦る調。

 

「いえ、これは...」

「...その」

 

バツの悪そうな表情で言い淀むセレナと未来の様子に、調はハッ、となって大きく頷いた。

 

「分かった。カズヤを取り合ってる修羅場の最中だったんだ! どうぞ続けて、でもすぐには終わらないで、今、切ちゃん起こしてくるから!」

「「待って待って待って!!」」

 

駆け出そうとする調をセレナと未来が血相変えて引き留める。

流石に見世物になるのは嫌なのか、互いに矛を納めた。

 

「調さん違います、これは、違うんです...とにかく、違うの!」

 

何がどう違うのかはっきり言わないセレナ。

 

「調ちゃん、わざわざ切歌ちゃんを呼ぶ必要ないよ。これは夢だから。調ちゃんはまだ夢の中、夢を見てるの。いーい?」

 

あくまで調が見たものを夢だと言って強引に押し切ろうとする未来。

 

「はいはい調ちゃん、ちゃんとしたベッドでちゃんと寝ようねー」

「そうですよ調さん、寝ましょう寝ましょう」

 

二人は調を挟み、左右からそれぞれ手を取り退室していく。

一人部屋に残されたカズヤは──

 

「......久々だったから、ちょっと期待しちまったんだが」

 

と、クズの中のドクズ発言をしていた。

 

 

十五分後。

 

「余計なお世話だったかしら」

 

先程二人に連れていかれた調が戻ってきたが、身に纏う雰囲気も違えば口調も違う。

調の中に宿るフィーネだ。ついさっきの態度は二人を欺く為、フィーネが調の真似をしていたのだ。

 

「いや、了子さんが来てくれて良かったと思うぜ」

「ちなみに私が来なかったらどうするつもりだったの?」

「さてね。ご想像にお任せする」

 

いかにも十代の女の子が魅力を感じてしまいそうな、"悪い男"のニヤリとした笑みを浮かべるカズヤを見て、フィーネが眉根を寄せる。

どうせ二人纏めて抱くつもりだったんだろ、と言いそうになって口を噤む。

この節操なしに言ってやりたいことは山程あるが、今はそんなことを言いにきた訳ではない。

 

「んなことより、話があんだろ。時間ねーから早速話そうぜ」

 

ベッドの上に胡座をかいて促せば、フィーネは部屋のドアを閉じてから壁に寄りかかり、腕を組む。

 

「どうもね、ウェルの動きが大人しくて逆に気味が悪いの」

「そっちか。俺としては、後はフロンティアの封印を解除して起動すればいい、って段階まできて上手くいくか不安になってきた」

「その根拠は?」

「根拠なんてねーさ。ただの勘」

「やめて。あなたの野性の勘ってやたら鋭いんだから」

 

渋面になるフィーネにカズヤは真剣な表情で続ける。

 

「漠然とした不安はそれだけじゃねーんだ。未来のこともある」

「未来ちゃん? 確か響ちゃんの幼馴染みよね? そういえば()()()()はほとんど面識ないんだったわ。勇ましく啖呵切ってきた子だとは思ってたけど、普段からあんなに積極的な子なの?」

「いや。そもそも未来からあんな風に迫られたのは初めてだ。あいつ、そういうことに関してはかなり潔癖なところあったし、俺のことを恋愛とか性欲の対象として見てなかったはずなんだが...」

 

ゆっくり首を振った後、唸りながら傾げる。

 

「ただ、響達との肉体関係がとっくにバレてた、ってことをさっき本人から聞いた。だから、私ともしてくれって」

「...原因、それじゃない?」

「だとしたら、なんで急にこのタイミングで? っていう疑問が浮上するし、いつ俺をそういう対象として見るようになったのかも分からねー」

 

口を閉ざし考え込むカズヤに、フィーネは呆れたように言う。

 

「...前々から思ってたけど、カズヤくんって自分がこういう風に動いたら周囲がこうなる、って予測立てて動いたことないでしょ」

「ある訳ねーだろそんなん」

「でしょうね」

 

フィーネは額に手を当て天井を仰ぐ。この朴念仁、唐変木、すっとこどっこい、と罵りたくなって必死に堪えたのだ。

あなたのその無自覚な行動で、一体何人のうら若き乙女が毒牙にかかっているのか、と。

たとえ実際に襲われているのがカズヤだったとしても、だ。

 

「で、未来ちゃんに関してはそれだけじゃないんでしょ?」

「ああ。あいつ、普段と違ってなんか危うい」

「なんかって何よ」

「言葉で言い表せないなんか」

「まあ、言いたいことはなんとなく分かるわ」

 

未来のことは、とりあえず今はお互いに可能な限り注意しておこう、という具合に締め括った。

その後、情報共有やお互いの認識に齟齬がないかなどを確認し、解散となる。

 

「それじゃ、おやすみなさい」

「おう、調の為にも早く寝てやってくれ。切歌と比べて発育悪いから、栄養足りてねーのかって心配なんだ」

「道理で出先でたくさん食べさせると思った。けどそれ、本人も気にしてるから絶対に言っちゃダメよ」

「あいよ」

 

 

 

 

 

【OVER DRIVE】

 

 

 

 

 

フロンティアが封印されているポイントにまでエアキャリアが到着した。

ナスターシャの指示により、マリアが操縦席に座ったまま何か操作すれば、機体からシャトルマーカーと呼ばれる機器が飛び出す。

ヘリのプロペラのようなものが付いており、それは空中でホバリングを開始。

よく見れば鏡のような部分があるその物体は、神獣鏡の力──光を屈折させるらしく、機体から発射された光を正確に海底へと着弾させる為のものらしい。

フロンティアの封印解除の為神獣鏡の力をこれから使用する。故に、機体に施しているステルス機能にリソースを割く余裕はないらしく、ステルス機能が切られた。それによりエアキャリアが現代科学でも発見可能な状態になる。

ナスターシャがカズヤと未来に説明してくれてるのか、一人言か知らないが語り出す。

 

「長野県、皆神山より出土した神獣鏡とは、鏡の聖遺物。その特性は、光を屈折させて周囲の景色に溶け込む鏡面迷彩と、古来より伝えられる魔を祓う力」

 

カズヤは思わず目を細めた。奏から、彼女の両親が神獣鏡の発掘チームで、フィーネの手により両親と妹がノイズに殺害された話を思い出したからだ。

これについては未来も知っているので、だからこそ先程声を掛けてきたのだが、マリアがウェルとの会話でフィーネの演技にボロが出ていた為、未来が喋った内容で更なるボロが出ないように、あの時はあえて彼女の口を塞いだのだ。

 

「聖遺物由来のエネルギーを中和する神獣鏡の力を以てして、フロンティアに施された封印を解除します」

 

隣にいる未来が指でカズヤの肩をつんつん突ついてくる。

 

「どうした?」

「ちょっとドキドキしますね。フロンティアってどんなものなんでしょう?」

「きっとラヒ○ュタみてーなやつだろ」

「でも、それだと滅びの呪文的なの唱えたらなくなっちゃいますよ」

「あれよくよく考えると、呪文一つで崩壊するとか欠陥建築にも程があるよな」

「うふ、確かに」

 

クスクス笑う未来との距離感が、以前よりずっと近い。肩と肩が触れるか触れないかの距離だが、これが悪くないと感じるのは事実だ。

という感じで二人で話してたら、ナスターシャが操縦桿のようなものを握ってスイッチを押す。

紫色の光──神獣鏡の力がエアキャリアから発射される。

光はシャトルマーカーの鏡部分に命中し、目論見通り屈折して海面に向かう。

 

「これで、フロンティアに施された封印が解けるぅ~解~け~るぅ~」

 

興奮したウェルがうるさい。

海面が沸騰したように激しく泡立ち、海水が空高く打ち上げられ飛沫となって飛散した。

海底から一体どんなものが浮上してくるのか、フロンティアとはどんな存在なのか固唾を飲んで見守っていると──

 

「...解け...ない...?」

 

呆然としながら呟くウェルの言う通り、待てど暮らせど何も浮き上がって来ない。

やがて海面の泡立ちも打ち上げられた海水もすっかり止んで、静かになってしまった。

 

「どういうことだ?」

 

腕を組んだカズヤが疑問符を頭の上に浮かべて口にする。

 

「出力不足です」

「はあ!?」

 

やけに冷静に答えたナスターシャの言葉が信じられず、つい大きな声が出てしまう。

これにナスターシャを除いた全員がビクッと驚き体を強張らせるが、気にする余裕がない。

 

「いかな神獣鏡の力といえど、機械的に増幅した程度では、フロンティアに施された封印を解くまでには至らないということ」

「だったら出力をもっと上げりゃあいいだろが」

「これが最大です」

「嘘だろ!? 話が違うぞ!!」

 

フロンティアの封印を解除して月の軌道を修正できないなら、何の為にこんな場所まで来たのか...!!

嫌な予感が的中したことにうんざりしつつ、カズヤは拳を握って叫び、踵を返す。

 

「納得いくかこんなん! 俺が合図したら今のもっかいやれ!」

「待ってカズヤ! どうするつもりなの!?」

 

マリアが慌てたように問い詰めれば、彼は鼻息荒く返答した。

 

「神獣鏡の力に合わせてシェルブリットバーストを叩き込んでやる! もしかしたら何かの間違いで封印が解けるかもしんねぇだろ!!」

 

 

 

二課の仮設本部として稼働している次世代型潜水艦は、丁度カズヤ達が乗るエアキャリアの真下よりやや後方に位置する海底スレスレに、息を潜めるように存在していた。

海面に浮かばせた小さなカメラが潜望鏡の役割をしており、艦内の司令部から外の様子を確認できる。

今しがた、エアキャリアから放たれた神獣鏡の力でフロンティアに施された封印を解かれるのを待っていたのだが、フロンティアが浮上する気配がない。

誰もが頭の上に「?」と浮かべて首を傾げる中、突然警報が鳴り響いて全員が驚く。

 

「高レベルのアルター値を検知!!」

 

そして、朔也の報告を聞き、誰もが「知ってた」と内心で呟いたり、実際に口にする。

 

「この海域から全速離脱する!」

「「了解」」

 

弦十郎の指示に朔也とあおいが落ち着いた声で応答。

外では、エアキャリアから放たれた紫色の光が海面を叩いたと同時に、金色に輝く一筋の光が海中に飛び込んだ。

そして、海底から眩い光が生まれ、それが巨大な金色の光の柱となって天を貫き、海が割れる。

 

「モーゼかアイツは!?」

「こんな力ずくのモーゼの十戒があってたまるか!!」

 

外の様子を見て奏、次いでクリスが叫ぶ。

海水が吹き飛んで海底が見える光景。海が左右に割れて、海水が壁となって聳え立ち滝のように流れつつ、海底部分が一本の道のようになって百メートル以上続いているなど現実的な光景ではない。非常識と非科学的なものを足して二で割った何かだ。

それから潜水艦を襲う激しい海流の変化に、艦内が立ってられないくらい揺れた。

 

「重力が仕事してねぇぞ!? なんだあれ!?」

「雪音、カズヤがやることにいちいち突っ込んでいたらキリがないぞ!!」

「物理法則無視してんだから突っ込みたくなるっての!!」

 

クリスと翼が手すりに掴まり体をさ支えつつ言い合う。

 

「違うよ! クリスちゃんはカズヤさんがやることならなんでも気になって夜も眠れないんだよ!!」

「うるせぇぇぇぇぇっ! わざわざ口に出すなこのバカ!!」

 

余計なことを口走る響に、クリスが真っ赤になりつつ怒鳴る。

 

「アハハハハハッ! 無茶苦茶だあの野郎!!」

 

奏が嬉しそうに大笑い。

 

「でも少し安心してしまうのは何故?」

「バカみたいな行動でバカみたいな事態を引き起こすのがカズヤらしいからだろ」

 

笑みを浮かべる翼の疑問に、同じような笑みを浮かべたクリスが答える。

 

「でも本当に凄いっ! 海がテレビでしか見たことない海外の秘境のジャングルにある滝みたいになってるのって凄くないですか!? まさにこれが大瀑布なんだ、って感じで旅行に来た気分!!」

 

モニターに映る光景に大興奮する響。

次第に海が正常な状態へと戻る。

 

「それで、フロンティアは!?」

 

弦十郎の問いに朔也が首を振る。

 

「反応ありません。やはり物理的な力では封印解除は無理かと考えられます」

「いくらカズヤくんのシェルブリットバーストでも、装者を介さなければ聖遺物が持つ力を増幅することはできないか」

 

ままならんな、と唸る弦十郎に奏が言う。

 

「弦十郎の旦那、たぶんカズヤはそこまで考えてないよ。神獣鏡の力単体じゃ封印解除できなかったから、自分の力も加えて『開けゴマァッ!!』って感じだと思う」

「バカだなあいつ」

「ああ、バカだ」

「でも私、こういうのってカズヤさんらしさが出てて凄く好き」

「「「分かる!」」」

 

奏の言にクリスと翼がうんうんと頷き、続く響の発言に三人は納得し、四人で仲良くイエーイ! イエーイ! イエーイ! とハイタッチを決めてそのまま手を繋ぎ、輪になって回り出す。

 

「...しかし、これではフロンティアの封印が解けないままだ。他に何か方法はあるのか?」

 

自身の顎に手を当て考え込む弦十郎の声に、装者四人はピタリと動きを止め、黙り込んだ。

 

 

 

濡れネズミになってエアキャリアに戻ってきたカズヤは、盛大にくしゃみをした。

 

「...クソ、思ったより海水冷たかったってのに」

 

結局シェルブリットバーストは無駄撃ちの無駄骨で終わった。

封印を解くには物理的なエネルギーではなく、神獣鏡のような特殊な──"魔を祓う力"が必要なのは間違いない。

しかし肝心要の神獣鏡の力は生憎と出力不足。

どうすりゃいいんだ? と苦手な頭脳労働に辟易しつつ、タオルを求めてエアキャリア内をノロノロとした足取りで歩いていると、

 

「デース!!」

 

いきなり背後からタオルを広げた切歌がタオルで攻撃してきた。

タオルが欲しかったので、振り向き甘んじてタオル攻撃を受ける。

身長差があるので、切歌はそのまま爪先立ちでカズヤの頭をわしわし拭って水分をタオルに吸収させていく。

 

「いきなり海に飛び降りてくから驚いたデス。しかも海を殴って割るとか理解の範疇超えてて頭爆発するデスよー」

「なかなか見れないもん見れたろ」

「デスねー」

「とりあえず着替えてくる」

「いってらっしゃいデス!」

 

用意してもらっている部屋に行き、手早く着替えてからコックピットに向かう。

すると、皆カズヤが戻ってくるのを待ち構えていた。

 

「夜の海水浴はいかがでしたか?」

「頭を冷やすには丁度良い温度だったぜ」

 

小馬鹿にするようなウェルに、カズヤはまだ微妙に濡れた髪をかき上げながらニヒルな笑みで応えておく。

 

「そんなことより朗報です。神獣鏡なのですが、なんとかなるかもしれませんよ」

「ああん?」

 

ウェルの勿体つけた言い草にイラっとして語気が荒くなる。

 

「要するに、機械的に増幅させた神獣鏡の力ではフロンティアに施された封印は解けない。ならば、人のフォニックゲインを、あなたのシェルブリットと同調させることで増幅させればいい。簡単でしょ?」

「...具体的には?」

「彼女ですよ」

「っ!?」

 

指し示された存在にカズヤは己の目を疑う。

 

「是非協力させて欲しいとのことです」

 

目の前に、手を伸ばせば届く距離まで進み出た未来の姿に釘付けになってしまう。

彼女の首には、赤いペンダント──待機状態のシンフォギアが掛かっている。

 

「彼女が持っているのは神獣鏡のシンフォギア。それを彼女が纏い、あなたと同調する。これで問題は解決です!」

 

得意気なウェルが言い終わるや否や、カズヤは思わずウェルの襟首を掴んで壁に叩きつけていた。

冷えていたはずの頭が一瞬で沸騰し、グツグツと煮え滾るマグマとなって噴き出しそうになるのを必死に堪えながら叫ぶ。

 

「てめぇぇぇぇ! 俺のダチに何勝手なことしてやがる!! ぶっ飛ばすぞ!!!」

「ぐはっ、があ!?」

 

急に暴力を振るうカズヤに周囲が驚きの声を上げるが、知ったことではない。

 

「こいつは、未来は一般人だ、何処にでもいる普通の女の子なんだよ! 俺やてめぇらの事情に巻き込むことは許されねぇんだ!! それを──」

「カズヤさん」

 

静かな呼び声にカズヤが動きを止め、ゆっくり振り返る。

 

「...未来」

「私なら大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます」

 

掴んでいたウェルを放り捨て、今度は未来に詰め寄り彼女の両肩に手を置く。

 

「お前、装者になるってことがどういう意味を持つか本当に分かってんのか?」

「はい」

「これっきりのつもりだとしても、一度装者としてシンフォギアを纏った事実は、何があっても絶対に消せねー。一生、付き纏うことになるんだぜ?」

「分かってます」

「俺や響達みてーに、いざとなったら戦うことになる。相手はノイズだけじゃねー、場合によっちゃ人間相手に力を振るうことになる」

「百も承知です」

「この前の俺みてーに、日常生活の中で突然身柄や命を狙われることもあるんだぞ!?」

「その時はカズヤさんが守ってくれるんですよね? だって言ってくれたじゃないですか。『俺が未来を守るから』って」

「...っ!!」

 

その言葉はカズヤから反論の余地を奪う最強の一手だった。

黙りこくり固まった彼を嘲笑うように、ウェルが立ち上がり白衣の襟元を直しながら告げる。

 

「女の子に守ると約束した言った以上、責任を取らなければいけませんね」

 

ギロリと睨まれてもウェルは何処吹く風。

 

「...適合係数の問題はどうするつもりだ?」

「愚問ですね。最低限彼女用に調整したLiNKERの投与は必要だとしても、そこから先はあなた次第ですよ。あなたと同調した際の装者の適合係数の上昇、戦闘力や単純な出力の向上、フォニックゲインの増幅、そして肉体への負荷の軽減は僕よりもあなたの方が詳しいのでは?」

 

搾り出すような声で問うカズヤをウェルは軽くあしらう。

ことごとく、ありとあらゆるものがカズヤから『未来を装者にしない為の理由』を奪っていく。

聖遺物の欠片から作られたシンフォギアは、歌で起動し、運用する。それは誰でもいいものではない。聖遺物に応じた適性を持っている者だけが可能とするのだ。

そしてカズヤのシェルブリットの欠片を組み込んだシンフォギアは、カズヤと同調現象を起こす。

これは、カズヤが引き出し収束した『"向こう側"の力』を、シェルブリットの欠片や再構成した物質を媒介に相手と共有する行為だ。

故に、同調している状態の装者は、同調していない状態と比べ強大かつ爆発的な力を運用できる。

ノーリスク、ハイリターンだからこそ細かいことを考えずにバンバン使ってきたのだが──

 

(だが、それで未来を装者にするのは......)

 

これは個人的な感傷だ。神獣鏡の力が出力不足でフロンティアの封印解除ができないなら、ウェルの言う通り、未来を装者にし彼女と同調して増幅させた力を放てばいい。そんなことは頭では分かっている。

しかし、カズヤにとって未来は、平和な日常の象徴なのだ。そう思っているのは彼だけではない。響達装者にとって、彼女の存在こそが『日常に帰ってきた』と思わせると言っても過言ではないのだから。

そもそも、未来が本当に装者となってしまったら、響にどの面下げて説明すればいい? それを考えるだけで足下が崩れて奈落の底に落ちていく気分だ。

 

「...少し考えさせろ」

「考えるのは構いませんが、あまり時間はありませんよ。今、このエアキャリアは神獣鏡がもたらすステルス機能がない、丸裸の状態です。しかもあなたが盛大な花火を打ち上げたお陰で、捕捉される可能性が高まっています。彼女用に調整したLiNKERを用意するにも多少の時間がかかりますからね」

 

神経を逆撫でするウェルの言い方に腹を立てつつ、今一度未来に向き直る。

 

「本当に、覚悟はできてんのか?」

 

この問いに未来は迷わず頷く。

 

(...これじゃあ、俺が覚悟できてねーみてーじゃねーかよ)

 

大きく溜め息を吐く。

最早腹を括るしかない。

だがその前に、ウェルよりも信頼できて、シンフォギアについて詳しい人物に確認を取りたい。

チラリと調の様子を窺う。

すると彼女は一度瞼を閉じてから開く。すると金の瞳──フィーネの目の色に変化してから小さく頷いた。

 

(...分かった)

 

フィーネから確認が取れてカズヤは少し安堵すると、未来のその華奢な両肩に手を置いたまま告げた。

 

「お前が覚悟を決めてるってんなら、もう何も言わねー。ただ、無茶はするなよ」

「はい」

 

こくりと未来は笑顔で頷く。

だが彼は、彼女の笑顔の真意に気づかない。

 

 

 

適当な場所で停泊し、一晩明けた翌朝。

コックピットでは耳障りな警報の音が響いていた。

 

「米国の哨戒艦艇デス!?」

 

モニターに映る光景に切歌が大きな声を出す。

昨晩にシェルブリットバーストを撃ってから半日も経過していないが、むしろ遅いくらいだ。よくぞこれまで時間を稼げたとカズヤは感心する。

どうやら以前米国のエージェントに襲撃された件を、いつも蕎麦食ってる外務省の偉いおっさん──斯波田事務次官のことだが名前をちゃんと覚えてない──が上手い具合に利用してくれたのだろうと勝手に想像した。

 

「俺が無力化してくる。お前らは絶対に出てくるな...余計な手出しはすんじゃねぇぞ」

 

マリア達に──特に最後の言葉はソロモンの杖を持つウェルに一方的に告げ、返事も待たずエアキャリアから飛び降りる。

自由落下に身を任せ、風を全身で感じつつ眼下に映る艦艇へ落ちていく。

もう少しで甲板に激突する、というタイミングでアルターを発動。

視界の中の甲板が抉れ、虹の粒子と化したそれがシェルブリット第二形態として再構成される。

次の瞬間には右の拳を甲板に叩きつけ、衝撃を緩和させ、無事着地。

顔を上げたそこには、突然空から降ってきたカズヤに驚き、銃を向けてくる乗組員の姿が。

 

「仕事とはいえ、俺の相手をさせられるのは同情するぜ」

 

一言、一人言を呟くと、視界に映る全ての銃器を粒子化してから、甲板をそれなりの力で殴った。

轟音と共に衝撃で揺れる船。大穴が空く甲板。

 

「んー? 力加減が分かんねー。艦橋ん中の船操作してる機械殴ればいいのか? あとは確か、こういう軍用の船ってバイタルパートがあんだよな? 気をつけねーと」

 

怪我人も死者も出したくないので探り探り船を攻撃する。

駆逐艦なのかイージス艦なのか空母なのか、艦種は不明だが、とりあえずヘリや戦闘機の類いが使えないように見つけ次第殴って爆発させ、船底や横っ腹は殴ると浸水して沈む可能性が出てきてしまうので、殴らないように注意し、それ以外の大丈夫そうな場所はそこら中に穴を空ける。

加えて、艦橋の中に飛び込み機器類を粒子に変え、対空砲やミサイル迎撃装置などの武装の類いを片っ端から破壊する、という一連の行動をしてみると、やがて船が全く抵抗できない状態になることに気づく。

コツを掴めば後は簡単だ。作業感覚で一隻一隻丁寧に無力化させていき、少し時間はかかったが全ての艦艇をただの水の上に浮く巨大な鉄屑へ変え終えた。

 

「手加減って難しい...」

 

甲板の上で疲れたように呻いたその時、近くの海面から飛沫を舞い上げ水柱と共にミサイルのようなものが飛び出す。

それは空中で縦に割れると、内部に収まっていた存在を露にする。

 

「そろそろ来る頃だと思ってた」

 

待ち焦がれていたと言わんばかりにカズヤは嬉しそうに笑う。

姿を現したのは歌姫にして戦乙女。四人のシンフォギア装者。それぞれがギアを纏い、カズヤの前に降り立った。

 

「よっ、久しぶり」

 

軽い感じでいつものように挨拶をすれば、

 

「会いたかったよ。カズヤ」

 

まず奏が微笑み、

 

「お久しぶりです、カズヤさん!」

 

続いて響が元気に手を振ってきて、

 

「カズヤァァァ、カズヤァァァァァッ!!」

「カズヤ! 私はもう我慢の限界だっ!!」

 

最後に、理性があるか怪しいクリスと翼が素手の状態でいきなり襲い掛かってくる。

 

「がっつき過ぎだぜ二人共!!」

 

不用意に飛び込んできた二人に向かって右の拳を振り抜く。

拳から発生した金色の衝撃波に吹き飛ばされながらも、二人はしっかり防いで受け身を取って体勢を整えた。

 

「...ワリィワリィ、カズヤを目の前にして、つい」

「その、今のは見なかったことにして欲しい」

 

恥ずかしそうに頬を染め、瞳を潤ませ、熱い眼差しでそんなことを言ってくるクリスと翼。

可愛いくて魅力的だ。とてつもなく惹かれてしまう。純粋にそう思った。

 

「...おいおい、我慢できねーのは分かるが、こういうのは『よーいドン!』で始めるのが礼儀だぜ?」

 

今さっきまでカズヤが叩き潰していた、米国所属の哨戒艦艇から応援の要請があって来たのであろう四人に、カズヤは腰を落とし拳を構える。

それに応じるように、響も腰を落とし拳を構え、他の三人はそれぞれのアームドギアを展開した。

 

「へへっ」

 

カズヤが堪え切れないとばかりに声を漏らし、飢えた獣のような獰猛な笑みを見せると、四人も同じような表情を浮かべる。

顔の高さまで掲げたシェルブリットの手首に付いている拘束具が弾け飛ぶ。それによって装甲のスリットが展開し、手の甲に穴が開き、その穴を中心に金色の光が集まり、収束していく。

右肩甲骨の回転翼が大きな音を立てて高速回転し始め、カズヤの体がふわりと宙に浮くと、応じるように四人の背中にエネルギー状の翼が発生した。

カズヤの全身から虹色の光が放たれ、それがすぐに金色の光に変化すれば、四人も呼応して全身に金色の光を身に纏う。

 

「会いたかったよ、お前らに。たった数日離れてただけなのに、いざ再会してみるとこんなに嬉しくて楽しい気分になるなんて思ってもみなかった...そう思うだろ? お前らも」

「ああ、そうさ。それはアタシ達も一緒さ」

 

皆を代表して奏が応えた。

この場の五人の気持ちは同じだ。

目の前の相手に胸の高鳴りを抑えられない。

魂に火が点いたかのように心と体が滾って疼く。

この胸の衝動に突き動かされるままに、自分の全てを相手にぶつけたい。ぶつかり合いたい。

どうしてこんな気持ちになるか自分でも分からない。

恐らく、本能なのだろう。積もりに積もった欲求不満やストレスもそれに拍車を掛ける。

 

 

彼女達のことが──

この男のことが──

大好きだからこそ──

 

 

「さあ、喧嘩だ喧嘩ぁ! とことんやんぞっ!! 四人纏めてかかってきやがれっ!!!」

「おっしゃ行くぞ、アタシが一番槍だ! ゴリゴリ押しまくってやるよ!!」

「私の歌と想いとこの拳、そして全力を受け止めてくださぁぁぁい!!」

「ヒャッハァー! あたしの、あたしのカズヤァァァァァッ!!」

「この瞬間を私はずっと待っていた、覚悟しろカズヤ!!」

 

特にこれといった考えもなければ主張もない、そして掲げるべき大義もない。

あるとしたら、カズヤは二課を離反し元F.I.S側についた(ということになっている)ので、体のいい口実。それがマリア達を欺く為のパフォーマンスでしかないとしても、それだけで戦う為の辻褄合わせには十分なのだ。

ただそうしたかった、という理由の、赤の他人からしてみればバカげているとしか言い様のない、だからこそ本人達にとっては最も重要な意味のない戦いが始まる。




現場猫「いつもの殴り愛だな。ヨシッ!」

この作品のセレナは奏と同い年なので普通に大人の女性。しかもあのマリアの妹なので、スタイル抜群です。なお私の脳内では胸はクリスと同等で他はマリア並み。

海を割るシーン。構図は異なりますがアニメ"スクライド"にてカズマが実際やるシーンでもあります。カズマに惚れている女性が病弱な弟の命を救う為にカズマに戦いを挑む、という作中で五指に入る切ないシーンでもあり、かなりぐっとくる場面をこの作品でコメディ調に使っていいのかと少し悩んだり...。

・カズヤ
響達と離ればなれになって、自覚ないけどなんだかんだで欲求不満やストレス溜まってた人。
とにかくなんでもいいから頭空っぽにして暴れたい。

・奏、響、クリス、翼
最早ただの飢えた野獣。肉眼でカズヤを確認してもう我慢できない。人目があろうがなかろうが関係なく色んな意味で彼を滅茶苦茶にしたいし、されたい。

・フィーネ
「...あわわわわわ...!!」

・未来
「今こそ響達にお仕置き&仕返しのチャンス!!」

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