カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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両の拳に想いを込めて──

未来がこれまで抱えていたものを知って、その彼女がカズヤと激闘を繰り広げている光景を目の当たりにして、響は力なく崩れ落ち、艦艇の甲板に両膝を突いて泣き出した。

 

「...私のせいだ...私が、私が未来にカズヤさんとのことを打ち明ける勇気がなかったから...」

 

ごめんね未来、ごめんね、ごめんね、と泣きじゃくりながら謝罪の言葉を繰り返す響に奏が隣に屈んでその肩に手を置く。

 

「それを言うならアタシ達も同罪で共犯さ。秘密を守ることを最優先にして、未来のことを考えようともしなかった」

 

言って、奏は唇を噛み締める。

全部未来の言う通りだ。

誰もがカズヤに甘えていた。だが彼は四人の全てを受け入れた。それが四人にとって堪らなく嬉しかった。だから四人はどんどん彼にのめり込んでいった。

その結果が、これだ。

 

「ちきしょう...なんでアタシ達の不始末のツケを、カズヤが背負うことになってんだよ」

 

響の肩に置いていないもう片方の手を痛いくらいに握り締める。

彼女達は先程の未来の攻撃により、シンフォギアを強制的に解除させられている。神獣鏡の"魔を祓う力"が原因だ。

聖遺物に対して特化した攻撃はギアを機能不全に陥らせ、それにより聖詠が浮かばず、ギアを纏えない無力な存在へと成り下がった。

何もできない。

歯痒さと不甲斐なさと申し訳なさが、負の感情が胸に渦巻くのを自覚しつつ、戦いを見守る。

終始、カズヤが押されていた。一対一の戦いで彼があそこまで劣勢を強いられるなど初めてだろう。

 

「クソッタレ、クソッタレがぁぁぁぁっ!!」

 

すぐ後ろで突然クリスが目に涙を溜めながら絶叫する。

 

「何だよ、何なんだよこれは!? あたしらはどうすりゃよかったんだよ!? 最初から最後まで全部包み隠さず話せばよかったってのか!? そんなの無理に決まってんだろ!! だってあたしらは、あたしらはカズヤと毎日のように──」

「雪音、落ち着け...!!」

 

背後から翼がクリスを羽交い締めにして落ち着かせようとして、一瞬クリスの動きが止まるものの、またしても叫ぶのを再開する。

 

「そりゃ確かに秘密にしてたし、仲間外れにしてたのは事実だ! 内心で悪いなって謝ってた! だからってこんなやり方あるかよ! カズヤを奪うって、そんなふざけた真似許せる訳ねぇだろ!! あいつはあたしの大切な家族で、やっと手に入れたあったかい人なんだよぉっ!!」

 

ついに大粒の涙を零し大声を上げて泣き出し、膝から崩れ落ちるクリス。

 

「謝るから、いくらでも謝るからカズヤを盗らないでくれ!! あたしはカズヤがそばにいてくれないと生きてけねぇんだぁっ!!」

 

そんな彼女の姿につられたのか、クリスを背後から抱き締めながら翼も静かに涙を零す。

 

「これが友を傷つけた報いだというのか...」

 

仲間達の惨状を見て、奏も啜り泣くことしかできなかった。

 

「...くそ...アタシ達、カズヤがいないと本当にガタガタだ...」

 

 

 

 

神獣鏡の光を受けたシャトルマーカーが、また一つ破壊される。

既に撃墜された数は全体の八割。残りのシャトルマーカーもこの様子では期待できない。

 

「何故だ!? 何故だぁぁぁぁっ!?」

 

信じられない、信じたくないと頭を掻き毟りながらウェルが叫ぶ。さっきからずっとこの調子だ。

 

「何故神獣鏡の光を反射できない!? シャトルマーカーの耐久性は十分のはず!! なのに何故破壊されてしまうんだぁぁぁぁっ!?」

「ドクターウェル、あなたも分かっているでしょう。出力過多です。シェルブリットと神獣鏡の相性が我々の予想以上に良過ぎました。光に込められた莫大なエネルギーがシャトルマーカーの耐久力を大きく上回り、反射する前に破壊されてしまうのです」

「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

ナスターシャの諭すような声に、嫌だと首を横に何度も振り狂ったように自身の髪を引っ張りぶちぶちと毛を抜いていくウェル。

マリアとセレナと切歌と調は気持ち悪いものを見てしまったという表情となり、思わず揃って顔を背けた。

 

「マム...シャトルマーカーが使えないなら、どうすればいいの?」

 

気を取り直したマリアが問うが、ナスターシャは首を横に振るだけ。

 

「彼女の攻撃をフロンティアが封印されているポイントに誘導する、というのはあの二人を見る限り無理でしょうね」

 

最早あの二人はフロンティアのことなどすっかり忘れている。覚えていたとしても、どうでもいいことだと考えているはずだ。

あの二人は、もう目の前の相手のことしか見ていない。

ハイレベル過ぎて一般人では目で追うことすら難しい激しい戦いを見守ることしかできないのが、歯痒い。

さっきからカズヤはずっと押されっぱなしで──

 

「...ん?」

 

そこでふと、マリアは違和感を覚えた。

戦いを注視する。

 

「カズヤ...?」

 

少しずつだが、戦局に変化が現れ始めていた。

徐々に、徐々にだが、カズヤが押し返し始めている?

彼から放たれる光が、その輝きが強くなっていくのを感じた。

 

 

 

『みぃぃぃぃぃぃくぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!』

『カァァァズゥゥヤァァさぁぁぁぁんっ!!!』

 

モニター内に映る二つの光。金の光と、金の光を纏った紫の光。

高速で飛び交う二つの光は、時にぶつかり合い、離れ、絡み合うように螺旋や弧を描いて青い空に尾を引いていく。

カズヤはひたすら未来を追いかける。

なんとか距離を離したい未来は、突撃してくるカズヤに紫の光を発射するが、彼は怯まない。被弾しながら雄叫びを上げ、未来の名を呼びながら、バカの一つ覚えのように拳を振るう。

 

『どおおおおおりゃあああああああっ!!!』

『ぐっ......!!』

 

しかも戦局は、先程まで圧倒されていたはずのカズヤが、未来を押し返し始めていた。

まるで時間が経てば経つほど気迫と勢いが増していくカズヤに、未来が押されていくように。

 

『この、調子に乗らないで!!』

 

未来の全身から全方位に向けて光が迸り、接近していたカズヤが吹き飛ばされるが、彼は直ぐ様体勢を立て直すと何度目になるか分からない突撃を再開。

 

『こんなんで行く道退いてられっかあああ!!』

 

既に多少のダメージなどには一切怯まない。被弾を全く恐れず、まさに弾丸のように突き進む。

そんな二人の戦いを見ながら弦十郎が指示を出す。

 

「今の内に装者の回収を行う」

「「了解!」」

 

潜水艦が浮上し、その船体を海面から露にした。そのまま四人が乗った米国艦艇へと近づく。

緒川が装者四名を回収する為に司令部から走り出す。

 

「司令、未来ちゃんのことは...」

「今はカズヤくんに任せるしかあるまい」

 

心配気なあおいの言葉に弦十郎は鷹揚に応答する。

 

「原因がなんであれ、今のあの二人の間に割って入ることなど誰にもできない。そしてこれは彼と彼女達の問題だ。俺達大人がいくら口出ししようと、聞く耳持たんさ」

 

ただ、と彼は続けた。

 

「カズヤくんのことは、大人として、男として後で一発ぶん殴る必要があるがな」

 

まるで冗談を言って周囲の者達を笑わせるように弦十郎は豪快に笑い飛ばし、それにオペレーター陣は苦笑を浮かべる。

彼の声には、カズヤが必ず未来を連れ戻して帰ってくる、ということを信じて疑わない想いが込められていたのを誰もが理解していた。

 

 

 

何度跳ね返しても、何度突き放しても、何度吹き飛ばしても目の前の男は諦めない。

絶対に折れない強靭な意志を胸に、燃えるような熱い想いを拳に秘めて、真っ直ぐこちらだけを見据えて進んでくる。

しつこい、いい加減諦めろ、そう思いながらも心の何処かで、彼は絶対に自分に屈することはないという根拠のない確信があった。

当然だ。

彼は、"シェルブリットのカズヤ"。

自分にとって"太陽"というべき存在が──大好きな親友が心惹かれた男。

未来が確信を持つ理由など、それで十分だった。

 

「だとしても!!」

 

そんなことで簡単に勝ちを譲る訳にはいかない。

神獣鏡の力を──紫の光を放つ。細いものから人を容易く呑み込む極太のものや、面制圧の為の広範囲の光を。

時に直線的に、時にカーブを描き、時に避けられない壁となってカズヤを襲う。

当たるものもあれば、躱されるものもある。両腕や両拳で防がれたり弾かれたりするものもある。

だが男は止まらない。止められない。この程度でこの男を止められる訳がない。

ただひたすら未来に向かって最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に、そして真ん前から打ち砕くとばかりに迫ってくるのだ。

 

「おおおおおらああああああああっ!!」

「っ!!」

 

左拳を顔に叩き込まれる。悲鳴すら上げられず殴り飛ばされた。

気のせいか先程よりも速い。少しずつ速くなっている。おまけに速度だけではなく、拳の()()と重さがどんどん増している。

 

(何なのこの人!? さっきより全然強い!! 今までは優勢だったのに、いつの間にか引っ繰り返されてるのはどうして!?)

「まだ終わりじゃねぇぞ!!」

 

いつの間にか目の前にカズヤがいる。自分で殴り飛ばした相手に追いついて更に殴り掛かってくるという、頭が悪くなりそうな追撃が彼らしいと納得する前に右の拳が腹に突き刺さった。

 

「ぐっ、げぇ!」

 

意識が飛ぶほど痛くて、今すぐ吐きそうなくらい気分が悪いのに体が勝手に動く。とにかく距離を取らなくてはと全身から光を放とうとした刹那、カズヤが両腕を交差して防御体勢に入るのが映る。

予備動作なしで広範囲故に回避不可能な光が放たれるが、彼は少し仰け反っただけで吹っ飛ぶことはなかった。

 

(こっちの攻撃を見切り始めてる...!?)

 

交差した両腕の奥に、ギラついた眼差しがこちらを射抜き、

 

「食らえ!!」

 

頭上に掲げ握った右拳を左手で包んだ後、それがそのまま上から下へと振り下ろされた。

頭部にとてつもない衝撃を受けて、その勢いのまま海面に叩きつけられ海の中に沈んでいく。

海中からカズヤを狙い光を放射するが、拳で容易く弾かれた。

 

「プハッ...ハア、ハア、ハア、ハア」

 

海面から飛び出し酸素を肺に取り入れる。

気がつけば、完全に立場が逆転していた。

 

「さっきまでの勢いはどうしたよ?」

 

一旦攻撃の手を止め、鋭い視線でこちらの様子を窺うカズヤ。

 

「...っ」

 

体は先程よりも熱い。明らかに彼から流れてくる力の量が多くなっているのは確かだ。彼が力を引き出せば引き出すほどこちらも強くなっているのは間違いない。なのに押し負けてしまう。

まさか彼の自己強化に消費されるエネルギーは、こちらに供給される量を遥かに上回っているのか。

 

「そろそろ終わりにしようぜ、未来」

 

腰溜めに構えた両腕の装甲部分──手首から肘まであるスリットが展開し、それによって手の甲に穴が開き、エネルギーが光となって穴に収束していく。

 

「使えよ、絶唱を...先手は譲ってやる。お前の全部を俺にぶつけてこい」

「...言いましたね。後悔しないでくださいよ」

「後悔なら、もうとっくにした」

「そうですか」

 

短いやり取りを終え、未来は絶唱の歌詞を口にする。

静かな歌声が青い海と空に響いていく。

何のつもりか知らないが、絶唱を使ってこいというのなら使ってやる。

右膝部分の装甲と左膝部分の装甲から、それぞれ鏡のようなパーツが大きく円を描くように連なって現れ、未来の頭上で左右から現れたパーツの端と端が連結した。

未来の正面の空間に、周囲から光が集まり収束し、莫大なエネルギーの塊となって尚その存在を膨らませていく。

カズヤは動かない。ただじっとこちらの攻撃を待っていた。

歌い終わり、エネルギーの充填が完了。最大出力で光を解き放てる段階になっても彼は動こうとしない。

 

「...未来...」

 

ただ一言、

 

「すまねぇ...全部俺のせいなんだ...」

 

心からの謝罪をした瞬間、強大かつ膨大な光の渦が彼を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来が言った。響達は俺に甘えていると。

確かにそうだろう。あの四人の俺に対する依存度は、それはもう笑ってしまうくらい酷いもんだ。

しかし、甘えているのは俺も同じだ。

甘えられるのが嬉しかった。期待されると応えたくなった。

あんな風に求められ、必要とされることに喜びを覚えない訳がない。

だから俺はあいつらの為ならなんでもしてやりたいと思っている。

皆が俺を好いてくれるから力になりたいんじゃない。

俺が皆のことを好きだから力になりたいんだ。

結論を言えば、俺も響達に依存している。

けど、それで結局皆に悲しい思いをさせてしまったことが心苦しい。

誰かが泣くのは見たくないし、見るのなら皆の笑顔が良い。

俺のせいで人間関係拗れてしっちゃかめっちゃかな感じになっちまって、本当に申し訳ないと思う。

確かに俺はダメ人間だ。そこにクズとウスノロと女っ誑しを足していい。

自分が戦い以外はどうしようもない奴だというのは俺が一番理解してるし、そのせいで周りの連中に迷惑かけてんのも重々承知してる。

 

(...重てぇ!!)

 

真っ正面から未来の絶唱を、神獣鏡から放たれた光を受け止める。

受け止めた両腕にかかる力は半端ではない。俺と同調し強化された絶唱。しかも相性が最も良いと推察される未来の力は、こっちが第四形態だというのに、もう既に逃げ出したいくらい強い。

でも逃げられない。逃げたら意味はない。逃げることは許されない。

たとえどんな形であれ、俺は彼女の全てを受け止めなければならない。

ピキピキと乾いた音を立てて両腕の装甲に罅が入っていく。

そうだ...甘えてたのは俺の方なんだ。

あいつらが嬉しそうにしてくれると俺も嬉しくて。

喜んでくれたり、幸せそうな顔をしてくれると俺も幸せな気持ちになれて。

そんな風にしていたら、いつの間にか歯止めが利かなくなってしまっていた。

そして俺達は一番そばにいた未来のことを何一つ考えてなくて、泣かせてしまった。

あんな泣き顔を見たかったんじゃない!

決して寂しい思いをさせたかったんじゃない!

シンフォギアを自ら纏うほどに追い詰めるつもりなど毛頭なかったのに!!

どう謝ればいいのか分からない。許してくれなんて口が裂けても言えない。

ましてや、彼女の決断や激情を非難する気など全くない。

 

それでも──

 

...俺は、未来にそんなもの(シンフォギア)を纏っていて欲しくない。

かつて響が言っていた。「未来は私の陽だまりだ」と。

まさにその通りだと思う。

当たり前の日常──帰るべき場所の中にある暖かな存在。

彼女は響にとっても、俺にとってもそういう存在だと認識していた。

だから、これは俺の我が儘なんだ。

 

「...輝け」

 

紫の光が視界を埋め尽くし、押し潰されそうになりながらも抗う。

"向こう側の世界"から強引に力を引き出す。

罅が入っていた両腕の装甲が光に覆われ修復されていく。

 

「もっとだ、もっと!!」

 

全身から金の光が迸る。

それでも足りない。まだまだ足りない。この程度じゃ未来の全てを受け止めるには至らない。

 

「もっと輝けええええええええええっ!!」

 

手の甲の穴に光が集まり、吸い込まれていく。

いつもの彼女に戻って欲しい。

響達と仲良く笑う、いつもの未来に。

俺の、俺達の帰るべき場所として──

 

「シェェェェルブリットォォォォォォッ!!!」

 

ただそれだけを願って、魂の奥底から叫んだ。

 

 

 

 

「どういう、こと?」

 

絶唱を用いた攻撃を放った未来は、眼前の光景に疑問の声を上げる。

カズヤを呑み込んだ光は、彼を中心とした空間に滞留したまま消えることなく揺蕩うという状態が続いていた。

 

「一体何が...」

 

何が起きているのか分からない。

あれだけの大規模なエネルギーをぶつけたのだから、それ相応の爆発でも発生するかと思っていたがそんなことは起こらず、放った光がまるでカズヤを包む繭となってその場に留まっている。

と、その時だ。カズヤから流れてくる力が爆発的に上昇した。

次いで、神獣鏡の力が、紫の光が何かに吸収されていくかのように萎んでいき、その代わりに眩い金の光が世界を塗り潰す。

その中心に浮かぶ存在を未来は見た。

獅子の鬣を連想させる赤い頭部装甲と、橙色の全身装甲。

全体的に細身なフォルムでありながら、殴ることに特化した拳はこれまでより大きく、腕は太くなっている姿。

 

「シェルブリット...最終形態」

 

かつて一度だけ目にしたその姿を目の前にし、思わず口にする。

 

「なあ未来。お前が勝ったら俺は自分のもんとか言ってたが、俺が勝ったらお前は俺のもんになるのか?」

 

質問しながら彼は両の拳を腰溜めに構える。装甲のスリットが展開し、手の甲の穴から()()()を放ち、拳を燃え上がらせた。

 

「...嘘...私の、神獣鏡の力を取り込んだの?」

 

これまで民間協力者でしかなかった彼女はシェルブリットの詳細を知らない。

シェルブリットにはフォニックゲインを吸収する能力があることを。

そして彼女は自分で言ったことなのに失念していたことがあった。

神獣鏡とシェルブリットの相性が良いことを。

更には、『光』を取り込む能力は神獣鏡の専売特許ではないことを、今、初めて思い知る。

 

「なかなか苦労したが、お前の全部は受け止めたぜ」

 

右肩甲骨の羽が高く大きく振りかぶられ、彼の背後の空間を叩く。

 

「行くぜ未来、今度はお前が俺を受け止める番だ」

 

上空に飛び上がったカズヤが更に強く輝いた。

シェルブリットの金の光を全身に、神獣鏡の紫の光を両拳に纏わせて。

 

「そんでもって今日からお前は俺の女だ。誰にも文句は言わせねぇ!!」

 

右の手と左の手を合わせ、一つの拳とし、突っ込んできた。

 

「受け取れ未来! これが、これこそが!!」

 

 

 

 

 

【両の拳に想いを込めて──】

 

 

 

 

 

「俺の、自慢の拳(全部)だああああああああっ!!!」

 

真っ直ぐ飛び込んでくるカズヤが放つ光から目を反らすことができないまま、呆然としながら未来は小さく呟いた。

 

「...綺麗...」

 

そして次の瞬間、未来の胸の中心をカズヤの両拳が打ち抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金と紫の光が瞬き、二つの光が混ざり合うと、二人を中心に巨大な水色の光の柱が発生。

光の柱は天を貫き、海を貫き、その存在を世界へ知らしめる。

完全なる"向こう側の世界"への扉。

それが今、開いた瞬間だった。

そしてその中心にいた二人は、秒も経たずに虹の粒子となって"向こう側"へと取り込まれていく。

やがて"扉"に引き摺り出されるようにして、封印が解除された『フロンティア』が海面に浮上しその姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発生した現象に目を奪われて、エアキャリアに搭乗していた誰もが気づくことはなかった。

セレナの胸元にあるペンダント──待機状態のアガートラームが"扉"に反応し、僅かに瞬いていたことを。

 

 

 

 

 

艦内司令部に警戒アラートが鳴り響く。

朔也とあおいが血相変えて順に叫ぶ。

 

「光の柱全体から空間の位相変化を確認! い、以前カズヤくんが暴走した時とは規模が比べ物になりません!! 光の柱が大気圏を突き抜けて宇宙空間に到達しています! 恐らく"向こう側の世界"への扉が開いたと考えられます! ですが、地震や地殻変動などの類いはまだ発生していません!」

「アルター値の上昇率、計測不能! 同時にカズヤくんと未来ちゃんをロスト、シェルブリットと神獣鏡の反応が途絶しました!!」

 

反応を見失った。これだけで二人の身に何が起きてしまったのかを理解してしまい、弦十郎が思わず呻く。

 

「...まさか、"向こう側"に取り込まれてしまったのか?」

 

その一言に空気が凍りつき、皆は息を呑んで押し黙る。

"向こう側の世界"。それはアルター能力の源。カズヤがそこからやって来て、全てが始まった。

任意に"扉"を開く方法は、複数の強力なアルター能力者が能力を酷使し、"向こう側の世界"に対して過剰アクセスを行うこと。

響達と未来との二連戦、シェルブリットと神獣鏡の相性の良さ、最終形態を用いたことでアクセス過多により"扉"が開いたのだ。

そして"向こう側"に取り込まれた者の末路は──

 

「う、嘘だよな? カズヤも未来も、この世界からいなくなっちまったのかよ?」

 

奏が唇を震わせて泣きそうな声で言うが、答えられる者はいない。

一時的に取り込まれただけなら時間がかかるが帰ってきてくれる可能性は僅かでも存在する。たとえそれが数年単位の時間を必要だったとしても。

しかし、カズヤは元々何処から来た?

彼は別の世界からやって来た来訪者。

"向こう側"を抜けた先がこちらの世界とは限らない。

 

「なあ藤尭さん、あおいさん、もっとちゃんと探してくれよ。もしかしたら何かの間違いかもしれないだろ」

 

言われた二人は沈痛そうな表情になりながらも奏に従う。

 

「ふざけんな、ふざけんなよ...こんな別れ、アタシは認めないぞ」

 

二人が懸命にコンソールを叩くのを睨みながら奏が呟く後ろで、翼が両手で自身の顔を覆い隠し膝を突いて啜り泣きを始めた。

 

「...カズヤ...小日向...」

 

続いて、

 

「クリスさん!?」

 

クリスがショックのあまり気絶して、ふらりと倒れるのを緒川が咄嗟に抱き留めた。

更に、その隣では響が四つん這いになり、丸まって絶叫する。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

二課本部はこれまでにないほど、暗雲が立ち込めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来、未来、おい起きろ!」

 

名を呼ばれて肩が揺すられ、意識が戻ると、吐息がかかりそうなすぐそばにカズヤの顔がある。

 

「カズヤ、さん?」

 

頭がはっきりしないのでぼんやりした声を返せば、彼は大袈裟なくらいに安心したような顔になって深く溜め息を吐き、全身から力を抜いた。

アルター能力が解除された、普段の姿のカズヤだ。

 

「良かった...無事か」

 

そう呟き、こちらを愛しいとばかりにギュッと抱き締めてきた。

 

(...暖かい...)

 

まだ完全に意識が覚醒していない状態でそんなことをされたので、あまりの心地良さに幸せな気分を味わいながら抱き締め返す。

やがて少しずつ頭がはっきりしてくると、視界に映るものに初めて気づいた。

 

「カズヤさん...ここ、何処?」

 

自分とカズヤ以外は何も存在しない、虹色で埋め尽くされた極彩色の空間。

無重力状態なのか、体に重さを感じない。まるでテレビで見たスペースシャトル内の宇宙飛行士のように、体がふわふわと浮いているのだ。だから上も下も分からない。

異様なまでの静けさ。自分達以外は何も存在せず、風の音もしない。聞こえるのは目の前のカズヤの息遣いのみ。

 

「ここは、"向こう側の世界"だ」

 

密着状態を一旦やめて、両肩に手を置いて話す為の距離を僅かに開けてからカズヤが答えた。

 

「"向こう側の世界"?」

「そう。俺の、アルター能力の力の源。能力者は皆、生まれる前からこの世界を認識してきたことで、この世界に無意識にアクセスする方法を覚える。能力を行使する時はこの世界にアクセスして、物質を分解、変換して己のエゴを具現化、要するに再構成しているんだ」

 

鸚鵡返しすれば丁寧な説明をしてくれる。

改めて虹色に染められた極彩色の世界を見渡す。

本当に、何もない空間が何処までも広がっていくだけの光景。

音を出すものも、自分達以外の生命体も、重力すらない。

完全なる無重力で、天地がないので上も下も分からないのが不安を煽る。

呼吸はできているようなので大気はあるようだが、風が発生することもない。

怖気が走った。

もし、こんな場所に一人で放り込まれたら、三日も経たずに発狂するだろう。

そばにカズヤがいてくれることに内心感謝し、彼にしがみつく力をより強くする。

 

「お前、そもそも意識が飛ぶ前の、最後の記憶は何だったか覚えてるか?」

「えっと...」

 

問いに対して記憶を探って出てくるのは、

『俺の、自慢の拳(全部)だああああああああっ!!!』

神獣鏡の力を吸収したカズヤが光輝きながら両拳を突き出し迫ってきた時のこと。

 

「私、負けちゃったんですね」

「ああ。俺の勝ちだ」

「まさか神獣鏡の力を吸収するなんて思ってなかったですよ」

「俺もあの土壇場であんなことができるとは思ってなかった」

「...って、あれ? 神獣鏡は!?」

 

今更自身の姿に気づく。シンフォギアを纏っていない。リディアンの制服姿だ。

待機状態のペンダントになってるのかと考えたが、ペンダントすらない。

何処に行ったのかと視線で問えば、カズヤはバツの悪そうな顔で頬をかいた。

 

「あれな、消えた」

「消えた?」

「最後に殴った時、消えちまったよ。たぶん、神獣鏡の"魔を祓う力"じゃねーの? お前が持ってたシンフォギアは、俺の力で再構成した響達のと違って、シンフォギアにシェルブリットの破片を強化パーツとして組み込んだだけだろ? だから...」

 

言いたいことが分かってきた。

やっと手に入れたと思った力だったのだが、失ってみると何故だか少しも惜しくない。

なんだか憑き物が落ちたみたいで、随分スッキリした気分だ。

今まで胸の中を占めていた負の感情の類いもすっかり消えていて、実に晴れ晴れとしている。

 

「でもまあ、お前には必要ない力だ。折角手にしたもんだったとしても、俺はお前にシンフォギアを纏っていて欲しくない」

 

言って、カズヤは再び抱き締めてきた。

こんなことを言われて、こんな風に抱き締められると、なんだかとても大切にされているようで凄く嬉しい。

確かにあの力は、今にしてみれば自分には分不相応だったと思う。

彼の胸に顔を埋めながら、未来は謝罪の言葉を述べる。

 

「ごめんなさい」

「謝るのは俺と、響達の方だ」

「それでも、ちゃんと謝りたいんです。私は...」

 

皆が誰かを助ける為に使っている力を、自分の為だけに、しかも大切な人達を傷つける為に使ってしまった。

 

「謝りたいと思うなら、俺じゃなくて響達に頼む......それと、できればあいつらを許してやってくれ...全部俺が悪い、ってことにしてもらえると助かる」

 

穏やかな声でそんなことを告げてくる。

 

「...少し前から疑問だったんですけど、カズヤさんはどうしてそこまで自分を悪者にしてまで私達の仲を守ろうとしてくれるんですか?」

「ん? そんなの決まってんだろ」

 

疑問を投げ掛ければ、彼は当たり前のように深く考えず即答した。

 

「女の子同士が仲良くしてるのって微笑ましいだろ。それが俺のせいで泣き顔に変わるなんざ死んでもご免だからな。それだけだ」

 

あまりにもあっけらかんと言うので、数秒の間耳を疑ったが、どうやら本当らしい。

単純明快と褒めればいいのか、実にカズヤらしいと呆れたらいいのか分からない。

でも、今の一言で分かった気がする。

どうして響がこの人に惹かれたのか。

どうしてこの人の周りに色々な人が集まるのか。

どうして響達と同じように自分もこの人のことが欲しくなったのか。

 

「もう、バカ」

 

一言罵ってから顔を上げ、至近距離からカズヤの顔を覗き込む。

 

「条件があります」

「条件?」

「私が響達を許す為の条件です」

「お手柔らかに頼むわ」

「簡単ですよ」

 

彼の耳元に口を寄せ、囁く。

 

 

──私を、響達と同じように愛してください。

 

 

ポカンとしているカズヤに微笑んでから、その唇を唇で優しく塞ぐ。

たっぷり十秒ほど彼の唇の感触を楽しんだ後、ゆっくり離れた。

 

「言ったじゃないですか。今日からお前は俺の女だ、って」

「あ...覚えてたのか、あれ」

「忘れられませんよ。私の全部を受け止めて、私に全部をぶつけてくれたんですよ、カズヤさんは」

「あれは、その、なんていうか響達と仲直りして欲しくて思わず──」

「無意識下で私を響達みたいに自分のものにしたいと思ってたってことですよね。いいですよ! 勝負に勝ったのはカズヤさんですから、今日から私はカズヤさんのものです! はい、決定!!」

 

矢継ぎ早に言って反論の余地を許さない。

やがて観念したのか、彼はこちらの額にコツンと額を当て、瞼を閉じて言う。

 

「...これからよろしく頼む」

「はい、是非! あ、でも私って嫉妬深いんで、ちゃんと構ってくれないと後が怖いですからね」

「身を以て思い知ったから既に肝に命じてるって」

「うふ、いい心掛けです」

 

一旦離れて、見つめ合う。

 

「カズヤさん」

「ん?」

「響達のことは許します。謝ってもらって、私も謝って、私のことも許してもらいます...だけど」

「だけど?」

 

 

「私は死んでもあなたを許しません(離しません)

 

 

宣言し、彼の首の後ろに腕を回して引き寄せ、キスをする。

彼はこちらの後頭部に手を置いて、背中に回した腕で強く抱いてくれた。

嗚呼...暖かくて、気持ち良くて、幸せだ。おまけに良い匂いまでする。

いつまでもこうしていたかったが、気掛かりなことがあったので名残惜しいがキスを止めて体を離す。

 

「それで、これからどうやって帰ります?」

「それなんだが、実は──」

 

カズヤが何か言い掛けた時、視界の奥の端の方に、唐突に黒い穴が発生するのを目にした。

 

「カズヤさんあれ! もしかして出口じゃないですか!?」

 

指差し訴えれば彼はそちらを振り向き、じーっと観察してからゆっくり首を振る。

 

「...ありゃたぶんダメだ。帰れたとしても俺達が"向こう側"に来てから数年後、とかいうタイミングになる気がする」

「ええ!?」

「奏達とかマリア達から聞いてるだろ。俺と再会するのに奏達は二年、マリア達は六年待ったって。俺の経験則だと、"向こう側の世界"は元の世界とは時間の流れが違うから、下手な穴に飛び込むと何年後になってるか分かんねーぞ」

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

 

彼は、ふむ、と少し考えてから妙案が思いついたのか大きく頷いた。

 

「要は、帰るべきあっちの場所と時間が分かればいいんだ」

「と言うと?」

「あっちから位置と時間を教えてもらうってこと......ああ、そうだ! もう俺は、響に出会うまでの独りぼっちだった俺じゃねぇってことだ!!」

 

ニッと笑い虹色の光を放ってシェルブリット第二形態を発動させると、装甲に覆われた右手を差し出してくる。

 

「未来も」

「はい」

 

意図を察して、彼の右手に指を絡めるようにして左手で手を繋げば、未来の左腕も橙色の装甲に覆われた。

カズヤの右腕のシェルブリットと、未来の左腕のシェルブリット。二つのシェルブリットが手を繋いだ状態だ。

 

「...なんだかペアルックみたい」

「こんなゴツいペアルックはこれっきりだから安心しろ」

「ちぇっ、残念」

「ええぇ...要らねーだろこんなの」

 

興味津々といった感じで装甲に覆われた自身の左腕を眺める未来に、カズヤは呆れるような声音で言うと目を細めた。

 

「じゃ、帰るか。響達の所に」

「はい!」

 

二人は顔を見合わせて互いに微笑みかけると、前を向いて声を重ねる。

 

「「輝け」」

 

二つのシェルブリットから、それぞれの手首の拘束具が外れ、肘から手首までの装甲のスリットが展開し、手の甲に穴が開く。

その穴に周囲から虹色の光が集まり収束する。

するとカズヤ全身から金の光が発生し、それが繋いだ手を伝って未来の全身を覆い尽くす。同時に体が熱くなるのを感じた。

 

「「もっとだ、もっと!!」」

 

光は強くなる。繋いだ手からカズヤの力が流れ込んでくる。

手を繋いでいるのに、強く抱き締められていると錯覚してしまうくらいに暖かくて、幸せな気持ちになってくる。

 

「「もっと輝けええええええええええ!!」」

 

響達のシンフォギアは、カズヤによって再構成されたシェルブリットでもある。

だから、シェルブリットを介したこちらの呼び掛けに、彼女達なら必ず歌で応えてくれるはず。

そう、信じて──

 

「「シェルブリットォォォォォォォッ!!!」」

 

 

 

 

 

"向こう側の世界"への扉は、発生してから五分も経たずに消滅した。

その後、フロンティアに仮設本部が接近したら、フロンティアから月に向かってアンカーが打ち込まれてフロンティアが宙に浮いたとか、そのせいで真下から浮き上がってきたフロンティアの一部に本部が乗っかったとか、月の落下が早まったとかで司令部内は非常に慌ただしかったが、装者四人にとっては最早どうでもいいことだった。

未来が、カズヤがこの世界から消えてしまった。

大切な友達を、愛しい男を同時に失った四人の目に光はない。

司令部の隅で四人で固まって座り、俯くだけで何もしない。たまに思い出したように啜り泣くだけ。

そもそもシンフォギアがろくに起動できない状況では、何の役にも立たない。

四人の姿が痛ましくて見ていられないが、放って置くこともできず、邪魔だと司令部から放り出す訳にもいかず、弦十郎は目の届く場所に四人を留めているのであった。

四人が使い物にならない以上、緒川と自分の二人が出撃するしかない、という風に弦十郎が思考していた時である。

突然、アラートが鳴り響く。

 

「何事だっ!?」

 

声を上げた弦十郎にオペレーター陣が返答するその前に、

 

 

『SHELL BULLET』

 

 

モニターに表示された文字に誰もが瞠目した。

 

「なっ、シェルブリットだとぉっ!?」

「司令! 高レベルのアルター値を検知!!」

「検知された場所は、ここです!!」

「何ぃっ!?」

 

更に背後から眩い金の光が生まれたのに気がつき振り返れば、装者四人の胸元のペンダント──待機状態のギアが輝いていた。

四人は己の胸元のペンダントが光っているのを見て、さっきまでまるで生きた屍みたいだったのに、一瞬にして復活し歓喜の表情に変わる。

 

「...呼んでる」

「ああ、呼んでいる」

「カズヤが、あたし達を呼んでる!」

「歌わなきゃ! カズヤさんが呼んでるなら歌わなきゃ!!」

 

奏が嬉し涙を零し、翼が涙を拭い、クリスがペンダントを握り締め、響が立ち上がる。

すると、ギアが一際強い光を放った瞬間、聖詠を唱えていないのにギアが勝手に起動し、四人はシンフォギアを()()()()()

 

「ははっ、早く歌えってよ」

「...全く、せっかちな男だ」

「そんなに聴きてぇなら聴かせてやる!」

「私達の、歌を!!」

 

四人は手を繋ぎ横一列になると、絶唱を歌い始めた。

司令部内での突然の出来事に皆が動きを止めて固まる中、再びアラートが鳴り響き、朔也とあおいがコンソールに向き直る。

 

「空間の位相変化を確認! 場所は──」

「場所は、やはりここです! この司令部内に"向こう側"と同じ反応が出ています!!」

「何だと!? まさか装者の歌を目印にして"向こう側"からカズヤくんが──」

 

驚愕する弦十郎の言葉は、司令部内に突如水色に輝く穴──"扉"が出現したことで遮られ、

 

「よっしゃ大成功ぉっ! やったぜ未来!!」

「あはっ、やった、やりましたよカズヤさん!」

 

元気に大笑いしながら、その"扉"から金の光を全身に纏わせたカズヤと未来が飛び出てきた。

"扉"は二人を吐き出すと役目を終えたとばかりに消え失せる。

そんなことなど気にも留めず、二人は人目も憚らずひしっと抱き合う。

 

「どうよ俺の作戦は! ぶっつけ本番で本当に上手くいくかどうか実は超不安だったけどな!」

「結果オーライ、結果オーライってことにしておきましょうよ!!」

「そうだな、結果オーライだ!!」

 

そして二人は一頻り笑い合い、響達に向き直る。

と、

 

「うあああ未来ぅぅぅ! カズヤさぁぁん!!」

 

泣きじゃくる響を筆頭に装者達四人が突撃してきて、押し倒されて揉みくちゃになるのであった。

 

 

 

「ごめんね、ごめんね未来。嘘ついてて本当にごめんね」

「もう謝らないで響。大丈夫、ちゃんと許してあげるから...それに私だって響達のこと不意打ちで攻撃したし、心配もいっぱいかけたし、私の方こそごめんね。許してね? だから、これでおあいこにしよ?」

 

何度も何度も泣きながら謝罪を繰り返す響に未来は苦笑する。

未来はその後、奏と翼とクリスの謝罪も受け入れ、それから自分も謝罪し、お互いに許し合うことで今までのことは水に流すことにした。

 

「でも、今後は秘密とか隠し事は絶対になしにしてね? 約束だよ」

 

笑顔で告げながら握った左拳を顔の高さまで掲げた未来の言葉に四人は頷きつつ、彼女の左腕全体に注目する。

なんで未だにカズヤから与えられたシェルブリットが解除されないままなんだろう? と。

もしかしてあれか? 今後もし約束破ったらシェルブリットバースト叩き込むぞ、っていう意思表示だろうか?

 

「カズヤくんは、無事なのか?」

 

少し離れた場所でこちらの様子を満足気に眺めていたカズヤに弦十郎が問い掛ければ、彼は装甲に覆われた右手をヒラヒラ振って応答する。

 

「見ての通り。体の丈夫さが取り柄の一つなんでね」

「そうか。なら、一発くらい殴られても問題ないな」

「おっさんならそう言って俺のこと殴ってくれると思ってたぜ」

 

弦十郎に体ごと向き直り、いつでもこいとばかりに棒立ちとなるカズヤに対して、弦十郎は拳を構えた。

 

「キミは相変わらず話が早くて助かるな」

「今回のゴタゴタの原因は、元を正せば俺だ。そんなつもりねーのに何人もの女を泣かせちまったからな。ここらで一発殴られておくと帳尻合うんだよ」

「その潔さ、さすがカズヤくんだ! 歯を食い縛れ!!」

 

大きく一歩踏み込み、右の正拳突きが繰り出される。

が、

 

「弦十郎さん? 私の、私達の旦那様に何をするつもりですか?」

 

凄まじい威力が込められた弦十郎の拳は、カズヤの顔面に叩きつけられる直前に、横合いから伸びた未来の左の手の平──シェルブリットによっていとも簡単に受け止められていた。

 

「未来くん...」

「聞こえませんでしたか? ならもう一度言いますね。弦十郎さんは、私達の旦那様に、何をするつもりですか?」

 

ゾクリ、と。この場にいる全員の背中に氷柱を突き立てられたかのような寒気と恐怖が走る。

冷や汗をかきつつ咄嗟に拳を引き、弦十郎がバックステップを踏む。

それを見届けた未来の左腕が、装甲のスリットを展開させ光を収束し始めたのでカズヤが慌てて彼女を後ろから羽交い締めにした。

 

「バカよせ、なんでシェルブリットバーストの準備してんだ!? 本部沈めるつもりかお前は!?」

「バカなのはカズヤさんです! なんでいっつも自分を悪者にして話纏めようとしてるんですか!! 今回の件は全部全部ぜーんぶ響達が悪いんです!! あなたの名誉と沽券を守る為ならこんな潜水艦一個くらい安いもんですよ!!」

「安くねぇよ! 次世代潜水艦が何百億すると思ってんの!? ただでさえルナアタックで復興に金かけてんのにこれ以上国民から搾り取られる血税増やしてどうすんだ!?」

 

鼻息を荒くして暴れる未来をカズヤが必死になって取り押さえるという、今までにない光景に唖然としつつ、誰もがこう誓った。

今後一切、未来を怒らせないようにしよう、と。

 

 

 

あおいが何かに気づいて皆に向かって声を上げた。

 

「皆、これを見て!」

 

コンソールを操作し、モニターに表示されたのはマリアの姿だった。

 

『私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。月の落下がもたらす災厄を最小限に抑える為、フィーネの名を騙った者だ』

 

それを見たカズヤが首を傾げる。

 

「何やってんだマリアの奴?」

「フロンティアから発信されている映像情報です。世界各地に中継されています」

「え? 全世界に向けて? なんで?」

「もう、カズヤさんったら...フロンティアの封印が解除されたからじゃないですか」

 

未来の指摘に、ああ、そういえば、と納得した。

 

『──米国、国家安全保障局、並びにパヴァリアの光明結社によって隠蔽されてきた。事態の真相は、政界、財界の一角を占有する彼ら特権階級にとって極めて不都合であり、不利益を──』

 

皆、黙ってマリアの中継に視線を注ぐが、途中で未来がカズヤの腕を引っ張り顔を自分の方に向けさせる。

 

「どうした?」

「...今、きっとマリアさん達は助けを求めています。"シェルブリットのカズヤ"の助けを」

 

いきなりこんなことを言い出す彼女に目を丸くする彼に対して、未来は何かを予感しているように続けた。

 

「私はここで()()()()()あなたと響達の帰りを待ちます。だから、私に構わず行ってください。そして、あなたが思うがままに暴れてきてください」

「...分かった。そうさせてもらう」

「あと、今更あなたのそばにあなたのことを好きな女性が三人も四人も増えようが私は気にしませんから」

「ちゃんとお前に構えば、だろ?」

「はい。それにマリアさん達は六年もあなたのことを一途に想い続けていたんです。マリアさん達もきっと私達と一緒です。あなたが放つ(シェルブリット)にハートを撃ち抜かれた女の子は、あなた無しでは生きられなくなるんですから、一人の男性としてではなく"シェルブリットのカズヤ"としてちゃんと責任取るように」

 

そう笑いかけると、未来は皆の目の前だというのにカズヤに口付けをした。

仰天する皆には気にせず彼女はイタズラが成功したとばかりに可愛らしくウインクする。

 

「あと、この件が終わって帰ったら、いの一番に私のことを可愛がってくださいね」

「約束する...じゃ、いってくる!」

「いってらっしゃい」

 

走り出すカズヤの背中を未来は見送る。

その後ろ姿に、響達が続く。アタシもキスしたいとか、小日向の後でいいから私も可愛がってくれとか、ふざけんなあたしが次だとか、いや私が次だよとか、ギャーギャー騒ぎながら司令部を後にした。

 

「全く、相変わらず騒がしい連中だ...俺達も出るぞ、緒川!!」

「了解です」

 

すぐその後を弦十郎と緒川が追い、司令部はオペレーター陣と未来を残すのみとなる。

 

「あなたが皆と一緒に、無事に帰ってくるのを信じて待ってます......私のシェルブリット(希望の光)

 

通常の右手と装甲に覆われた左手を合わせ、祈るように未来は呟いた。




次回はたやマのターン!!

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