カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした   作:美味しいパンをクレメンス

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「倒しても倒してもうじゃうじゃと、全くキリがない」

 

槍を振り払い、飛び掛かってきたネフィリムを斬り捨てつつ奏がうんざりしながら言う。

 

「でも、ノイズの殲滅は終了したわ。おまけにノイズが追加される気配もない。カズヤが上手くやったんじゃないかしら?」

 

同じように刀で斬り払い、翼がニヤリと、まるで獣染みた笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、後はこの無限沸きする雑魚の根っ子をカズヤがどうにかするまで持ち堪えればいいってことだろ!」

 

ガトリング砲で敵の群れを蹴散らしながらクリスが高笑い。

 

「って、あれ? ネフィリム達の様子が...?」

 

これまでは無策でこちらに飛び掛かってくるか、倒された残骸を食らうだけだったネフィリムの群れが、唐突に一ヶ所に集まり始めたことに響が疑問の声を出す。

集まったネフィリムはその体を泥や粘土のように変化させ、互いに溶け合い、一つになる。そしてその体積をどんどん増やして大きくなっていく。

カズヤの介入によりソロモンの杖を失ったウェルが、逃走しながら出した命令によるものだ。相手の消耗を待つ長期戦から、最大戦力で一気に叩く短期決戦への変更。急いで装者達を始末しないと自分に追っ手が迫ってくる。それを悟り勝負に出てきたのであった。

 

「ハッ! 雑魚がワラワラ寄ってくるよりもやり易くなったね!」

 

槍を肩に担いだ奏が不敵に笑う。

現れたのは、黒い体表を持つ一体の巨大なネフィリム。二足歩行の状態で、こちらに向けて咆哮を上げる。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

「確か悪役の巨大化は負けフラグ、って話だったよなぁ?」

「そうだよクリスちゃん。ルナアタックの時も確かこんな感じだったね!」

「そういえばそんなこともあったか」

「数ヶ月前のことなのに随分懐かしく感じるねぇ...」

「「「「じー」」」」

 

クリスがぼやけば響が頷き、翼と奏が思い出に浸るように目を細め、四人揃って背後の調──の中に宿るフィーネを見つめた。

 

「わ、私の過去のやらかしたことなんて今はどうでもいいでしょ!? そんなことよりも前見なさいよ、前!!」

 

調の声だけを借りたフィーネの怒鳴り声に、改めて四人は前を向き直る。

大きく口を開いたネフィリムが、今まさにエネルギーを溜めて火炎球を生み出し、それをこちらに向けて吐き出そうとしていた。

 

「させるかっての!」

「閉じてろ!」

「貴様の声は耳障りだ!」

 

声と共にクリスが小型ミサイルを大量に発射し、奏が槍を投擲し、翼が蒼い斬撃を放つ。

三人の攻撃は撃ち出される前の火炎球に命中し、ネフィリムの口の中で大爆発を起こしてその巨体をよろけさせる。

 

「どおおおおおおおおりゃあああああああ!!」

 

隙を晒したところを響が飛び掛かる。右の拳に力を込めて、思いっ切りその横っ面をぶん殴った。

その巨体が地面に叩きつけられ、轟音と振動を発生させつつ仰向けにして倒れるネフィリム。

 

「何だ。でかくなっただけかい」

「大したことねぇな」

 

つまらなそうに呟く奏とクリスであったが、背後からフィーネが警戒するよう叫ぶ。

 

「油断しないで! 忘れたの? ネフィリムはカズヤくんのシェルブリットを取り込んでるのよ! だからこの程度で──」

 

彼女が言い終わる前に、ネフィリムの両腕から光が放たれ、その部分だけ橙色の装甲に覆われた。

流石にこのネフィリムの変化に、この場の全員が戦慄する。

立ち上がった巨体の両腕が、よく見覚えのあるものに変化していることに、嫌な予感を覚えない者はいない。

 

「まさか、ネフィリムがカズヤさんのアルターを!?」

「違うわ響ちゃん、ネフィリムは今まで自身が取り込んだエネルギーを最も戦闘に特化した形態に変化させているだけ! 彼のアルター能力をそっくりそのまま再現してる訳じゃないわ!」

「つっても、自分の肉体でシェルブリットを再現してることには変わりねぇだろ!!」

「おい待て、シェルブリットを再現してるってことは、次のあのデカブツの攻撃は...」

「...シェルブリットバースト...」

 

響の考えをフィーネが否定するが、クリスが何の慰めにもならないと吠え、奏が狼狽えて翼が最悪の予感の答えを口にする。

次の瞬間、ネフィリムは高く跳躍すると、右の拳に膨大なエネルギーを込めて振りかぶった。

 

「やっべ全員散開! 逃げねぇと死ぬ!!」

 

慌てながらも奏が指示を出し、四人は脱兎の如く、それぞれ別方向に逃げ惑う。

四人がいた場所にネフィリムの拳が叩きつけられたのはその一瞬後だった。

強烈な閃光と爆音を伴うエネルギーの爆裂。

悲鳴を上げながら爆風に吹き飛ばされる装者達。

アームドギアを地面に突き立て転がる体になんとかブレーキを掛け、体勢を整えたセレナが呟く。

 

「...きっとネフィリムは今になって理解したんだと思います。六年前のあの時から、自分の肉体を何度も粉砕したカズヤさんの戦闘スタイルこそが、自分にとって最も優れた戦い方だということを」

「カズヤの能力そのものは再現できなくても、拳にエネルギーを込めて殴る、というのはいくらでも真似ができる」

「それ最悪デェェェス!!」

 

セレナの言葉に調が静かに理解を示し、切歌が頭を抱えた。

 

「そんなパチモンが何だってんだぁぁぁ!!」

 

叫び、クリスがネフィリムの側面からガトリング砲、大量の小型ミサイル、大型ミサイル十二発を一斉に放つ。

全弾命中する寸前、ネフィリムは両腕で──シェルブリットを真似た装甲でガードを行う。

 

「何!?」

 

結果、クリスの攻撃は固い装甲に阻まれ大したダメージを与えることができなかった。

 

「翼!」

「ええ! 腕の装甲以外なら!」

 

奏と翼がそれぞれのアームドギアを振るい、ネフィリムの後方から襲い掛かる。

 

「どんなにでかい化け物でも!!」

「二足歩行である以上、足を払えば立っていられまい!!」

 

足首を斬り飛ばす勢いで薙ぎ払う。

しかし──

 

「バカな!?」

「なん...だと...!?」

 

響いたのは肉を断ち切る鈍い音ではなく、二つの金属音。

槍と刀の斬撃を防いだのは、両腕と同じような装甲として硬質化した橙色の皮膚。

 

「この強度...!!」

「カズヤのシェルブリットと全く同じ...」

「だから言ったでしょ! ネフィリムはカズヤくんのシェルブリットの破片を餌にしていたのよ!!」

 

冷や汗を垂らす二人にフィーネの声が飛ぶ。

 

「だったら頭ならあああああああ!!」

 

丁度ネフィリムの真上から響が、重力にプラスして腰のスラスターから火を噴き加速しつつ脳天目掛けて拳を振り下ろす。

だがこれも先と同様に硬質化した皮膚が響の拳を弾く。

 

「この感触、シェルブリットだ! 全然効いてない!!」

 

ネフィリムが暴れるように手足を振り回す。

装者達は反撃を躱しつつ、ネフィリムから一旦間合いを離し、集まる。

ネフィリムの肉体は、両腕、両足、頭部のみならず、既に全身を橙色の装甲で覆うかの如く、皮膚全体を硬質化させていた。

 

「厄介だね、こりゃ...!」

「シェルブリット最終形態を発動させたカズヤのような姿になるとは」

「クリスちゃん、絶唱ならシェルブリットの装甲に罅入れられたよね?」

「でもあん時のあたしはカズヤと同調してたからな。ん? ってことはS2CAしかねぇか? けど、あのデカブツをぶっ倒すのに絶唱四人分で足りるか怪しいぞ。そもそもこっちの準備が整うまで待ってくれねぇだろうし」

 

歯噛みする奏、ネフィリムの姿を見て忌々しげに唸る翼、かつてのカズヤとクリスの戦いを思い出し問う響、響の提案に一定の理解をしつつも難色を示すクリス。

 

「絶唱が四人分で足りないなら、私達も協力させてください!!」

「セレナはダメ。絶唱が必要なら、私と切ちゃんの二人で」

「そうデース! ボロボロのセレナは休んでて欲しいデス!!」

「でも!!」

 

言い争いを繰り広げながら三人が駆け寄ってきた。

 

「その気持ちは嬉しいけど、見た感じアンタら三人共限界寸前じゃんか。そんなんでアンタらに絶唱なんて歌わせたら、アタシ達はここを任せてくれたカズヤにどの面下げて会えばいいんだい? 悪いけどすっ込んでな!」

 

厳しい声音でピシャリと言い切る奏にフィーネも同意の声を上げる。

 

「奏ちゃんの言う通り。ここは彼女達に任せるべきよ」

「そんな!?」

「そうですよセレナさん。ここは私達に──」

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

任せて、と言おうとした響の言葉を遮る獣の咆哮。

ネフィリムが両拳にエネルギーを溜め始めた。

 

「どうやら議論する時間はくれないようね」

「ちっ、どうする!?」

 

覚悟を決めたように刀を構え直した翼が一歩前に出て、舌打ちしてガトリング砲の銃口をネフィリムの胸に向けるクリスの額から汗が垂れた。

こちらの攻撃が通りにくい。カズヤのシェルブリットは攻撃面に注目されがちだか、あれはアームドギアによる攻撃を容易く弾く硬度を誇る。むしろ、あの防御力に支えられているからこそ、シェルブリットバーストのような高エネルギーを拳から放出させることが可能なのだが、つまりそれは今のネフィリムの防御力とイコールになってしまう。

あの装甲を粉砕するなら先程響とクリスが話したように、S2CAを用いる必要がある。

だが、リスクが大きい。絶唱を使用するS2CAには準備が必要で、カズヤと同調できない現状では肉体に掛かる負荷を軽減できない。また、それで確実に倒せる保証がないし、ネフィリムがこれで最後の一体という保証もない。

装者達は選択を迫られる。

誰もが何をどうすればいいのか迷ったその時だ。

 

 

「「シェルブリットォォォォォ──」」

 

 

ネフィリムの巨体すら小さく見えてしまうほどに超巨大な光の槍が、

 

 

「「──バァァァストォォォォ!!!」」

 

 

斜め後方の上空から飛来し、硬質化しているはずのネフィリムの肉体をあっさり貫き、串刺しにして地面に縫い付けた。

 

 

 

 

 

【Coming Home】

 

 

 

 

 

純白のガングニールを身に纏ったマリアと、シェルブリット最終形態を発動させた姿のカズヤが皆の前に降り立つ。

 

「マリア姉さん!!」

「「マリア!!」」

 

するとセレナ、切歌、調が嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「三人共、ごめんなさい。私がしっかりしていなかったせいで、こんなにボロボロになって...」

 

マリアは謝りながら三人を順番に抱き締めるが、誰もが首を横に振る。

 

「いいんです。マリア姉さんが無事で、本当に良かった」

「悪いのは全部ドクター」

「あのキテレツが悪いのであって、マリアは全く責任なしデスよ」

「...ありがとう、三人共」

 

互いの無事を確かめ合う四人を見て、自然と微笑んでいたカズヤに、横からクリスが近づく。

 

「それにしても派手な登場だな、ヒーロー。あたしらが手こずってた奴を一撃かよ。相変わらずお前は無茶苦茶だ」

 

ニヤニヤ笑いつつ肘で脇腹を突ついてくるクリスにカズヤが笑い掛ける。

 

「何言ってんだ。お前も似たようなこと、ルナアタックでしてたろ。つーか、ネフィリムが俺のシェルブリットを取り込んでたとしても、それは()()()()()()()()()()()()だ。最終形態の敵じゃねー」

 

彼の言い分に、二課所属の四人とフィーネは得心がいく。シェルブリットは形態が一段階上がるごとに、文字通り段違いに強くなる。第二形態の装甲の強度では最終形態の攻撃を耐えられないのも、言われてみれば当然だ。

 

「それにネフィリムは装甲を纏ってるだけで"向こう側"の力を引き出してる訳じゃねーから、慣れればお前らでも倒せただろ」

 

そう締め括ると、彼は手にしていたソロモンの杖をクリスに渡す。

 

「あとほら、クリスが欲しがってたもん」

「...サンキュー、カズヤ」

 

差し出されたソロモンの杖を受け取り、クリスは様々な想いが胸の中に去来するのを感じつつ礼を述べた。

かつて自分がフィーネに命じられるがままに起動させてしまった完全聖遺物。ノイズを召喚し、操る危険な代物。

そして自分が背負わなければいけない十字架。

 

「ま、あんま深く考えたり、一人で抱え込もうとすんな。お前はもう、独りじゃねーんだからよ」

 

手にした杖をじっと見つめていたクリスの頭を、ポンポンと軽く優しく叩き、ニッと笑う。

 

「......っ!!」

 

今すぐ彼に抱きついてキスしたい衝動に駆られるクリスであったが、ここが戦場であることを思い出し、下唇を噛んで必死に衝動に耐えつつ自分自身を抑える。

 

(あ、危ねぇ...自宅だったら間違いなくカズヤのこと押し倒してた...)

 

この時クリス以外は、いつもの笑みを浮かべる彼の姿に誰もが頼もしいと思いつつ、どうしても気になることがあって視線がそちらに引き寄せられていた。

 

「まあ、その辺りの話はいいとして...マリアの格好は何?」

 

ついに我慢できなくなった奏が問う。他の者達も口には出さないが同じように疑問に思っていたのか、じっと彼女の純白のギアに視線を注ぐ。

何故なら彼女の姿は花嫁衣装──ウェディングドレスなのだから。ギアとしての面影は多少の装甲のみ。シンフォギアを纏った装者と言うより、花嫁が結婚式をすっぽかして戦場に殴り込みをかけてきたと言われた方がまだ説得力がある格好だった。

 

「...これは──」

「そんなことより、今は目の前の敵に集中するべきよ。まだ、終わってない」

 

答えに窮したカズヤに代わり、打って変わって凛とした表情のマリアが応じる。

 

「細かいことは悪いけど後にして。ネフィリムがフロンティアと一つになり、それをウェルが意のままに操っている以上、説明している時間はないわ」

 

言って、彼女は手を二課の装者に──最も近くにいた奏に差し出した。

 

「こんな土壇場になって、今更協力して欲しいなんて虫が良過ぎるのは分かってる。でも、あなた達の力を貸して欲しい。私と一緒に、歌って欲しい」

「わ、私からもお願いします!」

「私もお願いするデス!」

「私も」

 

マリアに倣ってセレナ、切歌、調が手を伸ばす。

奏と翼と響とクリスは、それぞれ顔を見合わせてから頷き合う。

 

「...アンタには個人的に言いたいことが山ほどあるけど、緊急時だから大目に見てやるさ」

 

ふぅーっ、と溜め息を吐き、奏がマリアの手を、

 

「乗り掛かった船だしな、最後まで付き合うか」

 

ソロモンの杖を腰の装甲に嵌め込み固定してから、肩を竦めてクリスがセレナの手を、

 

「共に誰かの為に歌うのに、理由なんて要らない」

 

一度チラリとカズヤを見てから翼が調の手を、

 

「一緒に歌おう、胸の歌を信じて!!」

 

満面の笑みで響が切歌の手を取った。

そして、八人は横一列になるように立ち位置を変える。

マリアと手を繋いだ奏がセレナと、

セレナと手を繋いだクリスが調と、

調と手を繋いた翼が切歌と繋ぎ、

マリアから響まで繋がるのを見て、何故かカズヤは無性に嬉しくなってきた。

 

「ハハッ、ハハハハッ!!」

 

突然カズヤが笑い出し、全身から金色の光を放つ。

それに呼応するように八人の装者達を光が包む。

 

「暖かい...これが、カズヤさんの...」

「凄い...どうしてか分からないけど、疲れが吹き飛んでく」

「それどころか、力が漲ってくるデス!!」

 

初めての感覚と心地良さにセレナが瞼を閉じ、己の肉体に表れた変化に調と切歌が目を輝かせる。

カズヤは八人の装者を背に、ネフィリムに向き直った。

もがいても暴れても自身の胸を貫き、地面に縫い付けている槍が抜けないのに業を煮やしたのか、一度肉体を泥状に分解し、槍の拘束を抜けてから肉体の再構成を行い、立ち上がってこちらに威嚇するように咆哮する。

 

「さあ、準備はいいかお前ら!?」

 

右の拳を高く掲げ、カズヤは叫ぶ。

 

「派手なライブを期待してるぜ!!」

 

掲げた拳を振り下ろし、地面を殴り付けた。

カズヤを中心に巨大な光の柱が生まれ、八人もそれに呑み込まれる。

光が満たされた空間の中で、八人は瞼を閉じて絶唱を歌う。

やがてマリアを除いた装者全員のギアが虹の粒子となって分解されて、次の瞬間には再構成が始まった。

ネフィリムが隙だらけのこちらに向けて走り出し、拳に膨大なエネルギーを込めて振りかぶり襲い来るが、

 

「やらせる訳ねぇだろが!!!」

 

右肩甲骨から尻尾のように発生しているブレード状の羽が、大きくしなって地面を叩き、発射された弾丸のような速度で突撃。

顔を殴られ、ネフィリムは天を仰ぐような体勢で動きを止められ、棒立ちの状態となる。

光の柱が収まり、カズヤによって再構成されたギアを身に纏った装者がその姿を現す。

漆黒から純白へと反転したマリアのガングニールを除き、皆の姿は白を基調としていながら、それぞれのギアが持つ元々のイメージカラーを色濃く残していた。

それらは、アルター能力によって一度分解されてから再構成を経て生まれ変わった、シンフォギアにしてシェルブリット。

肩越しに振り返り、カズヤがヒュ~♪、と口笛を吹く。

 

「良いね、まさにラストステージって感じだ!」

 

改めて前を向き直り、右の拳を構えた。

その動きに歌姫達が倣う。それぞれの拳を握った利き腕が、光と共にカズヤのシェルブリットに変化する。

 

「輝け」

 

カズヤが呟き、全員が金の光を纏う。

 

「「「「もっとだ!」」」」

 

続いて奏と翼と響とクリスが声を張り上げ、輝きが強くなる。

 

「「「「もっと!!」」」」

 

更にマリアとセレナと切歌と調が叫び、益々強烈になっていく光はフロンティア全体を覆うほどにまで膨れ上がり、世界を金色に染め上げた。

 

 

もっと輝けえええええええええっ!!!

 

 

胸の奥から沸き上がり全身を満たす熱に突き動かされ、全員で雄叫びを上げる。

まず先にカズヤの羽が大きくしなって地面を叩き高く飛び上がると、八人の背に光で形成された翼が羽ばたき、彼に追従する。

握った拳に力を込める。

自らの肉体を一発の弾丸と化した九つの光が、弧を描く軌道の後、ネフィリムの巨体に狙いを定めて急降下。

 

「これが私達と!!」

「七十億の絶唱!!」

「そしてこれが俺達の!!」

 

この威を示せと、マリアが、響が、カズヤが順に吠えてから、全員で収束された力を解き放つ。

 

 

シェェルブリットォォォォォ──

 

 

光輝く九つの拳が同時に、前へと突き出され、

 

 

──バァァァァストォォォォォ!!!

 

 

ネフィリムの肉体に九つの大きな穴が穿たれた刹那、莫大なエネルギーと光が迸り、大爆発を伴ってその巨体を欠片残さず消し去った。

 

 

 

 

 

フロンティアのジェネレータールーム内。

 

「なん...だと...!? そんな、そんなバカな! あいつのシェルブリットすら取り込んだネフィリムを、これほど容易く...!!」

 

ネフィリムは塵すら残さず消滅した。その光景を目の当たりにし、敗北という事実を認められず、膝を突き、抱えた頭をイヤイヤと子どものように左右に振るウェル。

 

「ウェル博士! お前の手に世界は大き過ぎたようだな」

 

そこへ緒川を引き連れた弦十郎が姿を現す。

 

「...!」

 

ウェルが咄嗟に異形と化した腕を動かそうとした瞬間、緒川が拳銃の引き金を引く。

銃弾は本来あり得ない放物線を描き、ウェルの足下──影に着弾、その動きを拘束した。

相手の動きを縛る緒川の忍法、影縫いだ。

腕が突然固まったように動かなくなり、顔を歪めて無理矢理動かそうとするが、空間に固定されたように動かない。

 

「あなたの好きにはさせません」

 

鋭い眼差しで睨む忍者。

 

「......奇跡が一所懸命の報酬なら、僕にこそぉぉぉぉっ!!」

 

顔や腕の血管から血を吹き出しながらも、ウェルは最後の足掻きと全霊を込めて腕を動かした。

操作盤である台座に置かれるウェルの異形の腕。

次の瞬間、部屋中央部に設置されたフロンティアのジェネレーターに相当する、巨大な球体状の物体が怪しい光を放つ。

 

「何をした!?」

「ただ一言、ネフィリムに『全てを食らえ』と命じただけ」

 

弦十郎の声にウェルは唇を吊り上げる。

 

「僕の制御から離れたネフィリムは、フロンティア全体を食い尽くし、糧として暴走を開始する! そこから放たれるエネルギーは、一兆度だぁっ!! ふへぇはははは!!」

「...」

 

哄笑するウェルに弦十郎が黙したまま歩み寄った。

 

「僕が英雄になれない世界なんて、蒸発してしまえばいいんぶぼぉっ!?」

 

喋っている最中に弦十郎の右拳を顔面にぶち込まれ、その勢いのまま錐揉み回転しながら壁まですっ飛びめり込んだ。

 

「ハッ! しまった、つい...今この場にカズヤくんがいたら確実にウェル博士を殴るだろうなと思っていたら、気がつけば俺が殴っていたとは...」

「司令も装者の皆さんも、カズヤさんに影響され過ぎです。まあ、司令が殴ってなかったら僕が殴っていたので、人のこと言えないんですけどね」

 

二人は顔を見合わせてフッと笑ってから、弦十郎はウェルが最後に触れた台座を殴って破壊し、緒川は壁にめり込んだウェルがまだ息があるのを確認した。

緒川はウェルの足首を掴んで引き摺りつつ、弦十郎の視線の先を観察する。

ウェルが最後に命じた『全てを食らえ』という指示。それがキャンセルされる様子はない。

『制御を離れた』というのは本当なのだろう。

長年の経験から培った勘が、この場は危険だと訴えていた。

 

 

 

 

 

「分かりました。臨界に達する前に、対処します」

 

弦十郎と緒川から指示を受け、翼が了解の意を示す。

九人が宙に浮遊した状態で見つめるフロンティアは、不穏な雰囲気を放っている。

ウェルによって高度を上昇させ続けていたフロンティアは、間もなく大気圏を飛び出しそうな勢いだったが、その勢いも衰えていた。

 

「これは、あれだ。自爆スイッチが押された悪の組織の秘密基地を前にしてる気分、ってやつだな」

「ある意味、間違ってないね」

「自爆だけで済んでくりゃあ、こっちも逃げるだけだから楽だってのに」

 

カズヤの軽口に奏が頷き、クリスがうんざりとした表情になる。

やがてフロンティアの尖塔部分から紫電が迸り、程なくして爆発が起き、大きなキノコ雲が立ち昇る。

その爆炎の中心に、蠢く存在がいた。

赤熱化したように、赤く明滅するネフィリム。

周囲のありとあらゆる物質やエネルギーを取り込み、どんどん質量を増やしていくその姿は、まさに暴食の成れの果て。

二課の仮設本部である次世代潜水艦が、ネフィリムに取り込まれる前にフロンティアの外壁部を破壊し、落ちていく──逃げていくのを視界の端で確認して、安堵の溜め息を吐いてからカズヤは気合いを入れ直した。

 

「あれが、覚醒心臓を持ってるネフィリムの本体か」

 

一人言のようにカズヤが小さく呟く。

フロンティアを取り込んだことで、それと同等の大きな体躯を見せつける赤熱化した人形(ヒトガタ)

ネフィリムが地球を背にした状態で対峙することになった。

 

「...」

「...」

 

調と切歌が何を思ったのか、いきなりネフィリムに向かって飛び出す。

 

「あっ、おい!」

 

いの一番に突っ込むのは自分だと思っていたカズヤとしては、二人の動きは驚きだ。

自身の手足とツインテールを覆う装甲を前へと射出し、それを空中で変形、合体させてロボットを生み出しその頭部に乗っかる調。

巨大な鎌を顕現し、それを回転させながらネフィリムへ突貫する切歌。

 

「「はああああああああああああ!!」」

 

二人の一撃がネフィリムを斬り裂いた刹那、

 

「う、あああっ!?」

「うあああああああっ!?」

 

苦しみ始めた二人から光が放出され、ネフィリムに吸収されてしまう。

 

「聖遺物どころか、そのエネルギーまでも食らっているの!?」

「そんなんじゃ手出しができねぇよ! どうすんだ!?」

 

戦慄するようなマリアの声に、奏が焦る。

 

「臨界に達したら、地上は...」

「蒸発しちゃう!」

 

流石に狼狽する翼と響の間を、クリスがソロモンの杖を手に前へと飛び出し、杖を起動させた。

 

「バビロニアァァ、フルオープンだああああああ!!」

 

杖から放たれた緑の光により、ネフィリムの背後に異空間への"扉"が穿たれる。

 

「そうか! バビロニアの宝物庫にあのデカブツを閉じ込めちまえば!」

「地上に被害は出ませんね!」

 

クリスの閃きにカズヤとセレナが勝機を見出だす。

 

「人を殺すだけじゃないって、やってみせろよ!! ソロモォォォォン!!!」

 

今彼女が出し得る最大出力で、クリスは杖を操る。

徐々に"扉"は大きくなり、あと少しでネフィリムの巨体が通過可能なまでに広がるが、それをさせまいとネフィリムの高層ビルよりも巨大な腕がクリスに向かって振るわれた。

 

「クリス!!」

 

咄嗟にカズヤが名を呼びながらネフィリムの腕を迎撃。拳で殴り付けてなんとか押さえ込む。

 

「...カズヤ!!」

「俺のことはいい! 早く"扉"を開け切っちまえ!!」

「皆、クリスとカズヤの援護だ!!」

 

奏の指示が飛び、皆が一斉に動く。

調と切歌がクリスに近寄り、ソロモンの杖を掴み、力を送り込む。

響とセレナがカズヤのそばでネフィリムの腕を殴り、奏と翼とマリアが反対側から迫るもう片方の腕をアームドギアで突き刺し押さえ込む。皆、エネルギーを吸収されることも厭わず、苦痛に顔を歪めながら歯を食い縛る。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

クリスが雄叫びを上げ、ついに"扉"が完成した。

 

「よし、皆ネフィリムから離れろ!!」

 

それを横目で確認した奏の合図に合わせて皆が退避していく。

だが──

 

「っ!? 響! セレナ!」

 

退避しながら肩越しに振り返った時に、カズヤは見てしまう。二人に伸びる赤い紐状のもの──ネフィリムの腕から発生した触手を。

だから慌てて反転し、二人の間を抜け、二人に絡み付こうとしていた触手をあえて全て受け止める。

彼が何をしたのか、どうなったのかを目の当たりにして、

 

「「カズヤさん!?」」

「「「「カズヤァァァァ!!」」」」

「「っ!?」」

 

息を呑んだ切歌と調を除いた全員の絶叫が響く。

 

「ちっ、クソがっ!!」

 

強引に引き千切ろうとしてもトリモチのように貼り付いて外れない。

あっという間に四肢を拘束され、触手で簀巻き状態にされてしまう。

 

「こんのぉぉ、舐めてんじゃねぇぇぇぇ!!!」

 

怒鳴り声を上げ、カズヤは逃げようとするのはやめて、逆にネフィリムの胸に向かって飛び込み頭突きをかます。

そのままの勢いで"扉"の中へネフィリムを押し込んでいく。

つまりそれは、彼もネフィリムと共に"扉"の中に入ってしまうのと同義だった。

そんな光景を目撃し、いとも簡単に彼女達は()()()

 

「ふざけんなこのデカブツが! カズヤを返せぇぇぇぇ!!」

「そうだ! その男は私達に必要不可欠だ! 必ず返してもらう!!」

「絶対にカズヤさんは渡さない!!」

「やっと手にしたあたしのあったかい人を、失ってたまるかぁぁぁ!!」

 

奏、翼、響、クリスの四人は怒りの声を上げて一切の躊躇なく"扉"に飛び込む。

それにマリアとセレナも何ら怯むことなく続く。

 

「絶対にあの誓いを嘘にはしない!!」

「あなたと離ればなれになるのは、もう嫌です!!」

 

そして切歌と調にも迷いはなかった。

 

「カズヤがマリアとセレナを笑顔にしてくれたお礼、まだ全然できてないデス!!」

「それにカズヤがいないと皆が笑えない!!」

 

全員がバビロニアの宝物庫に進入を果たすと、"扉"は閉じられた。

 

 

 

 

 

バビロニアの宝物庫にカズヤ達がネフィリムと共に閉じ込められた光景を見ても、未来は決して狼狽えることもなく、泣き喚いたりもしなかった。

彼女はただひらすら祈り、信じるだけ。

大切な人達が自分の元に帰ってくることを。

その想いに呼応して、カズヤから与えられたシェルブリットの装甲が展開。

手の甲の穴から()()()が迸る。

 

 

 

 

 

何処を見渡してもノイズだらけの空間で、ネフィリムの触手による拘束が、突如、内側から爆発するように弾け飛び消滅した。

何が何だか分からないが、これ幸いと抜け出しネフィリムから距離を取り、そこで気づく。

 

「...未来...」

 

左の拳に宿っているのは、先程使い切ったはずの神獣鏡の"魔を祓う力"。

彼女の左腕のシェルブリットを介して、彼女の想いと力が流れ込んでくる。

 

「帰ったら、目一杯可愛いがってやる...!!」

 

改めて両拳を握り直したその時、装者八名がノイズの大群を蹴散らしながらそばまで寄ってきた。

 

「カズヤさん、その光は未来の...?」

 

響の驚いた声に首肯。

 

「ああ。戦ってるのは、俺達だけじゃねー」

 

だから──

 

「一人も欠けることなく帰るぜ...ついてこい」

 

両腕の装甲のスリットを展開。眩い紫の光を──未来からもらった力を輝かせ、装者達と共有する。

 

「シェルブリットォォォォォォォッ!!!」

 

カズヤ達全員の体に神獣鏡の光が纏う。"魔を祓う力"を宿し、前へと進む。

 

「まずは寄ってくるノイズが邪魔だ!!」

 

拳を振るって突撃するカズヤに、ガングニールの三人が続く。

なお、響の右拳のガントレットは腕そのものが槍になったかのように鋭く伸びた刃に覆われていた。

 

「おおおおおらあああああああああああ!!」

「「「いっけええええええええええ!!」」」

 

高速で通り抜けた四人の後に、連鎖的な爆発が発生しノイズが次々と塵と化す。

 

「雪音は出口の確保を! 援護は私達が受け持つ!」

「言われなくても!!」

 

翼の声に応えたクリスがソロモンの杖を振りかざす。

外側からバビロニアの宝物庫に繋がる"扉"を開けることが可能なら、その逆の内側から開けることもまた可能なはず。何故ならソロモンの杖は宝物庫の"鍵"なのだから。

クリスが再度"扉"を開ける為に力を尽くす。

そちらにリソースを割くことでノイズを操ることができなくなるが、翼とセレナと切歌と調が近寄ってくるノイズを、神獣鏡の力が込められたアームドギアで片っ端から斬り捨てた。

 

「帰るんだ、皆で...あったかい場所に、あたし達の帰るべき場所にぃぃぃ!!」

 

万感の想いが込められたクリスの声に伴い、ソロモンの杖から放たれた緑の光が空間を穿ち、元の世界へ繋がる"扉"が開く。

 

「っ! ナイスだクリス! お前ら飛び込め!」

 

"扉"が開いたことに気づき、カズヤが方向転換し、皆も揃って"扉"へ急ぎ向かう。

だというのに、ネフィリムがその巨体を活かした速度で九人を追い抜き、大きく腕を広げて進むべき道を塞ぐ。

 

「迂回路はなさそうだ」

「ならば、行く道は一つ」

「決まってるよなぁ?」

 

ネフィリムを睨みクリスが覚悟を決めたように呟き、それがどうしたと翼が剛然と言い放ち、奏が皆に確認を取るように微笑む。

 

「手を繋ぎましょう、カズヤさん!!」

「ああ」

 

笑顔の響に促され、カズヤは左手を響に差し伸べ、しっかり握り締めた。

 

「マリアも」

「ええ!」

 

響とは反対側にいる右手も同様に、絶対に離さないように握る。

カズヤを中央に、左側は響、奏、翼、クリスという風に繋がり、右側はマリア、セレナ、切歌、調と繋がって横一列となった。

 

「「最速で最短で真っ直ぐに、一直線に!!」」

 

両隣の響とマリアが同時に叫び、カズヤがそれに応じる。

 

「真ん前から打ち砕くっ!!」

 

左の拳に未来からもらった神獣鏡の力を、

右の拳に"向こう側"から引き出した力を、

 

「俺とっ!!」

「「私達の!!」」

 

二つの力を──紫と金の光を一つにし、全身全霊で、両の拳を皆と共に前へと突き出す。

 

 

自慢の拳でえええええええええっ!!!

 

 

突撃する九人を、紫の光で構成された巨大な左腕と、金の光で構成された巨大な右腕が、全員を守るように、覆うように包み込む。

巨大な手と手は合わさり繋がって、一つの拳となって、行く道を邪魔しようとするネフィリムの触手を消滅させながら真っ直ぐ進み、止まることはない。

 

 

おおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 

 

九人の雄叫びが轟き、拳がネフィリムの胸に突き刺さり、貫き──覚醒心臓を打ち砕き、その体躯を背中まで突き抜けた。

その勢いに任せて"扉"に進入を果たし、何処かも分からない砂浜に全身を叩き付けられる。

力を使い切り、精も根も尽きた九人から少し離れた場所に、ソロモンの杖が突き立っていた。

誰かが一刻も早く、"扉"を閉めてネフィリムを閉じ込めなければならない。

しかしながら誰も動けない。

だからカズヤは、こちらに向かってくるであろう存在に対し、アルター能力が解除された姿で、砂浜の上に大の字の状態で、あらん限りの声を上げて呼んだ。

 

「やっちまえ!! 未来っ!!!」

「はい!!」

 

装甲に覆われた左腕──シェルブリットの拳で地面を殴り、その反動で高く跳躍した未来が、ソロモンの杖まで降り立つ。

杖を掴み、"扉"に狙いを定めて振りかぶる。

 

 

「シェルブリットォォォォ──」

 

 

既に展開していた装甲により開いた手の甲の穴に、紫の光を収束させ、全身から目映い光を放ちながら杖を投擲した。

 

 

「──バァァァァストォォォォォォォ!!!」

 

 

投擲された杖は、紫の光を迸らせ、弾丸のような速度と真っ直ぐな軌道で"扉"を潜り抜け、内部で閃光を弾かせると瞬く間に"扉"を閉じた。

 

 

 

砂浜に静寂が訪れる。

気の抜けた未来が砂浜にぺたんと座り込むと、左腕のシェルブリットが虹色の粒子となって消滅し、元の彼女の腕へと戻った。

 

「あ、消えちゃった」

「これっきり、そう言ったはずだぜ」

 

よろよろと足腰が悪い老人のような弱々しい足取りで、カズヤが未来のそばまで歩み寄り、その隣に胡座をかく。

 

「...助かった...サンキューな」

「どういたしまして」

 

礼を述べたカズヤに未来は微笑む。

 

「それから」

「はい?」

 

首を傾げる未来に、カズヤは子どものように無邪気な笑顔で言った。

 

「ただいま」

「お帰りなさい」

 

すると、完全に気が緩んだのか、未来に寄りかかるように体を横にし、そのまま寝てしまう。

未来はカズヤの頭を自身の膝の上に載せて、膝枕をしてあげると、とても優しい眼差しで寝顔を眺めつつ嬉しそうに呟く。

 

「お疲れ様です、カズヤさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

「あれは私の誓いの証」

 

慈愛に満ちた聖母か女神のような表情でマリアが微笑む。

 

「私はカズヤに、私の全てを捧げることを誓った。歌も、力も、身も、心も、意思も、魂も...その誓いにガングニールとカズヤが応えてくれた。あれは私の新しいシンフォギアであり、シェルブリットでもあるの」

 

あの後、二課に投降したマリア達は、ギアを没収され手錠を填められ、日本に向けて帰還する船内で行動を制限されることとなったが、本人達は特に気にした様子はなかった。

行動制限といっても監視役の緒川が近くにいるだけで、実質ほぼ意味はないのだが。

 

「全てを捧げる誓い、ね...なるほど、だからウェディングドレスみたいな姿のギアだったのか......しかも全世界に生放送配信......誓ってキスして歌ってウェディングドレスとか、結婚式かよ畜生! 完全に先越されたぁぁぁ!!」

 

納得したように頷いてから、頭を抱えるリアクションを取る奏。

場所は船内のレストルーム。

形だけの拘束を施されたマリア達から事情聴取という名の雑談をしているところだ。

ちなみにカズヤは、さっきからずっと未来に膝枕してもらいながらグースカ寝ており、起きる気配がない。

未来は響達から「足痺れない? 替わるよ」と言われれば「寝言は寝てからだよ?」と凄みのある笑顔で黙らせていた。

 

「...ウェディングもいいが、私個人としては白無垢も捨てがたい...カズヤ的にはどうなのだろうか」

 

顎に手を当て、真顔で翼がうんうん唸る。

なお、残念ながらこの場にナスターシャはいない。

彼女とはいまでも連絡が取れないまま。

だが、月軌道はルナアタックより以前の正常なものへと徐々に戻っているらしい。

つまり彼女は見事に使命を果たした。

病に冒され余命幾許もなかったナスターシャとの別れを、マリア達は心の何処かで覚悟していたようだが、実際には一時間近く泣いていた。

ただ、思いっ切り泣いて気持ちの整理がついたのか、今は四人共努めて明るく振る舞おうとしている。

そして現在、雑談の話題は先程のマリアの姿で持ちきりだ。

 

「確かにウェディングもいいけど白無垢も憧れますよね! やっぱりこういうのって男性側の意見も聞きたいですから。ちなみに私は断然ウェディング派。クリスちゃんは?」

「あ、あたしもウェディングかなぁ...でもカズヤが白無垢の方がいいって言うならそっちにする」

 

やたら楽しそうな響と、カズヤの寝顔をチラチラ窺うクリス。

 

「ズルい! ズルいですよマリア姉さん! どうして一人で勝手にそんな誓いを立ててるんですか!? カズヤさんに関しては抜け駆けしないって約束したじゃないですか!!」

 

涙を溜めて頬をリスのように膨らませて怒り、マリアに詰め寄るセレナの姿に、マリアは優しくセレナの頭を撫でながら告げる。

 

「それに関しては謝るわ、セレナ。本当にごめんなさい。だけど、カズヤならいつか必ず私達に本物の花嫁衣装を着させてくれるわ。その時は姉妹揃って、改めてカズヤに全てを捧げると誓いましょう」

 

妹を宥める姉の図ではあったが、セレナはすっかり拗ねてしまい、ぷいっとそっぽを向く。

 

「マリア姉さんなんて嫌い!!」

「そんな!? セレナァ!! 抜け駆けは確かに悪いと思うけど、あの状況なら誰だってそうするでしょ!? だから見逃して、お願い!!」

 

絶望的な表情になるマリアに「うるせぇ」という冷たい声と視線が奏とクリスから飛ぶ。

 

「...セレナの不機嫌は長引きそうデース」

「唯一この場でご機嫌取りができるカズヤは、さっきから未来さんが独占してるから仕方ないよ、切ちゃん」

 

他人事だからと高見の見物を決め込む切歌と調。

そして未来は、

 

「カズヤさん♪ カズヤさん♪ 私達の旦那様♪ 花嫁衣装はいつ着せてくれるのかしら?」

 

ニコニコと上機嫌な笑顔で、眠るカズヤの頭を撫で続けていた。




戦闘シーン、皆カズヤにつられて叫びまくるから『!』を使いまくることになる...
ということで、G編は恐らく次回で完結となります。

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