カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした 作:美味しいパンをクレメンス
【続 熊五郎を返却しに北海道に行こう】
北海道、二日目。
日も昇らない早朝に起床すると、一行は直ぐ様準備を終えて朝市に向けて出発。
「私は何も悪くないのに...どうして...」
一人まだ寝足りないのか、調が恨みがましい視線で同部屋だった者達を睨んでいた。
「おお、活気があるな」
現地に到着し、カズヤは第一声に感嘆の声を思わず出す。
早朝にも関わらず朝市はたくさんの人々で溢れ返っていた。
実は、朝市自体は翼にバイクツーリングの際に何度か連れられて来たことはあるのだが、北海道の朝市は当然初めて。朝市と聞いただけで興奮するのに、北海道の朝市となれば美味しいものへの期待で食欲が抑えられなくなる。
「いやー、こういう場所って見てるだけでも楽しいが、やっぱ朝市来たからには海鮮丼とか刺身とか食いたいよな」
「早起きして朝ご飯抜いてきた甲斐がありましたね!」
「あっちであら汁が売ってるデスよ! ご飯ものとセットでいただくデス!!」
キョロキョロしながらカズヤが呟けば、腹の虫をグーグー言わせた響と切歌が早く早くと彼を急かす。
「よしっ、行くか」
まず最初に足を向けたのは丼もの屋さん。炊きたての熱々ご飯に獲れたて新鮮なネタを載せるだけという、実にシンプルな海鮮丼を売りにしているお店。
カズヤは店の前のメニュー表で一分程度悩んだ末、イクラ丼を選択。響はサーモンとウニ丼、切歌は牡蠣丼だ。
「うお! こんなにイクラ載っけてくれんの!?」
店員から受け取った器には、溢れんばかりのイクラの山。都内ではまずあり得ないであろうネタの量に感動で泣きたくなる。
「サーモンとウニもこんなに、凄い山盛りだ!!」
「こんなにネタたくさん載っけてもらって、これでお店は採算取れてるんデスか!?」
カズヤ同様にネタの量に目をキラキラさせた響と切歌が歩み寄ってきた。
「そういや他の連中は?」
「奏さんとマリアさんとセレナさんは寒いからってあら汁もらいに行きましたよ」
視線でホラあっち、と示された方には響が今言った三人が大きな鍋の前に並んでいる。
「他は調が豚汁見つけてそっちが良いってあっち並んだデス」
続いて切歌が箸で別方向を差せば、残りの四人がいた。
「ま、女ってのは冷え症が多いからな。先に体を暖めたいんだろ」
言って、その場でイクラ丼を食べ始める。
それに倣い二人も自分の丼に箸を伸ばす。
「...美味いなー。どうよ?」
「とっても美味しいです」
「ネタもいっぱいで食べ応え十分デス」
ふにゃ~と表情を蕩けさせた二人を見て、自分も似たような顔してんだろなと思いつつ、イクラ丼を響に差し出す。
意図を察した響が躊躇うことなく丼を交換してくれる。
「サーモンとウニも美味いな」
「イクラもですよ~」
「カズヤ私も、私の牡蠣丼ちょっとあげるからイクラ丼食べさせて欲しいデス」
「おう、食え食え」
それぞれの丼を三人で回し食いしていると、汁物を手にした他の面子が近づいてきた。
その中で、奏が少し警戒したように耳打ちしてくる。
「ヤバいよカズヤ、何処の局か知らないけどテレビの撮影来てる」
「マジかよ。こんな時に面倒だな」
言われて視界を巡らせれば、カメラなどの撮影機材を持った連中と、何処かで見覚えのある出演者らしき人物達を簡単に発見できた。
左手で丼を持ち、箸を咥えて右手でポケットからワンレンズタイプのサングラス──ストレイト・クーガー仕様の色違い(黒)──を取り出し装着。
奏、翼、マリアの人気歌手三人もそれぞれサングラスを取り出し掛ける。
すると何を思ったのか、セレナ、響、クリス、未来、切歌、調までもが自前のサングラスを取り出し装着した。
「いや、お前らまでサングラスする必要ねーだろ。つーか、なんで持ってんだよ」
十人全員がサングラス姿という異様な集団と化した自分達に、おかしさが込み上げてきて笑いそうになりながら突っ込む。
「私は元々マリア姉さんのパーソナルアシスタントとしてサングラスを常備してますので」
セレナの言い分に頷く。確かにあのライブで再会した時の彼女は、最初からサングラスをしていた。
「カズヤさん達と一緒にいると役に立つかもと思って、前々から用意しておきました」
クイッ、と右手の中指でサングラスの位置を直しながら未来が答えて、響とクリスが一泊遅れてクイッ、と同時に同じ動作をする。
「切ちゃんがカズヤのサングラス見て格好良いって言ったから、ノリで買った」
「特に何も考えないでノリでグラサン買ったデース!!」
正直に答える調と切歌。
「...とにかく、テレビ局の連中と出くわしたのは単なる偶然だろうし、俺と歌手三人がバレなきゃ騒ぎにならねぇと思うから、場所移そうぜ」
溜め息を吐いて提案するカズヤに皆黙って従う。
移動先で手にした丼やら汁物やらを食べて、少し周囲を注意しながら朝市を見て回る。
幸い、それ以後はテレビ局の撮影班と遭遇することはなかったし、皆で朝市を楽しむこともできた。
少しヒヤッとしたが、よくよく考えてみれば北海道は観光地。今後こういう場面に出くわす可能性は捨て切れない。むしろ今までが運が良かったのだろう。ちょっと認識を改めようと思うカズヤであった。
その後。
腹ごなしに牧場見学して美味しいソフトクリームを食べたり、牧場で飼育されていた羊を見てジンギスカンを食べたくなり専門店に突撃したり、札幌ラーメン食いたいとなってラーメン屋を探したり、という感じで食欲に支配されるまま食い倒れ道中を楽しんでいたが──
北海道で過ごす最後の夜。
風呂上がりに、何気なく体重計に載って、表示された数値を見てマリアが凍りつく。
「...っ!?!?!?」
声にならない絶叫。
今まで温泉に浸かっていたというのに顔を蒼くし、絶望的な表情をする姉を不審に思い、セレナが近づく。
「マリア姉さん?」
「...」
マリアは言葉では応じない。無言のまま体重計から降りて、顎でセレナにも載るよう示す。
嫌な予感を感じつつ、セレナは体重計に載る。
そして、これまであえて無視していた現実と向き合わされたのだ。
「ひぃぃっ!?!?」
脱衣場に響くセレナの悲鳴。
他の者達が何だ何だと寄ってきて、体重計に載ったセレナを見て、全てを察してマリアとセレナ同様に青褪める。
「......私達、仲間よね?」
低い声で、マリアが言葉を紡ぐ。
「喜びも苦しみも、希望も絶望も分かち合うべきだと思うの...皆で」
ここ数日、高カロリーなもんを食ってばっかでまともな運動を全くしていなかった反動が、無慈悲な数値となって表れたことを全員が目の当たりにする。
「お前ら箸の進みおせーな。なんかあったか?」
夕飯にて。元気がないどころか生気がなく、それでいて親の仇を睨むような、憎しみが込められた眼光を夕飯に注ぐ女性陣の様子に、カズヤが訝しむ。
「...」
しかし誰からも応答はない。
つい先程まで、最後の夕飯は何が出るのかな? とウキウキしていた姿は何処へやら。
...まあ、だいたい予想はつくのだが。
「体重増えてたんだろ」
これっぽっちもデリカシーのない発言に、ドッキーン! とあからさまに全身をビクつかせる女性陣にカズヤは「図星かよ」と半眼になる。
「動いてねーのにあんだけ食えば増えるし太るに決まってんだろ」
「やめて! 聞きたくない!」
「増えるとか太るとか言うな!!」
マリアと奏が耳を塞ぐ。
「そもそも女ってのは、体質的に男よりも脂肪がつき易くてな」
「許してくださいカズヤさん!!」
「やめてくれ!!」
セレナと翼が涙目で訴える。
「新鮮な魚介類をメインにしてたが、この時期の生き物は越冬の為に脂肪分をたくさん蓄えてて」
「...脂肪...」
「...たくさん...」
「...蓄えて...」
クリス、響、未来が背もたれに体重を預け天を仰ぎ白目を剥く。
「美味いもんが基本的に高カロリーなのは、脂肪分と糖分の塊だからなんだよ」
「...脂肪分と糖分の...」
「...塊...」
切歌と調が頭を抱えた。
「ま、俺は全然体重変わってねーけど」
この裏切り者め!!!
女性陣の心が今、一つになり絶叫する。
九人の乙女達から凄まじい眼光が飛んでくるが、カズヤは怯むどころかうんざりしたように溜め息を吐くだけ。
「お前らは根本的に勘違いをしてる」
勘違い? と首を傾げる九人をよそに、カズヤはスマホを操作し、とある画像を見せつけた。
覗き込めば、画面に映っているのは一枚の写真。被写体は水着姿の二人の女性。
これが? と視線で皆が問えば、彼は得意気になって言う。
「お前ら全員、右の女性の方が痩せててスタイル良いって思ったろ?」
誰もが彼の言う通りだったのか、首を縦に振る。
「じゃあ聞くが、男だったらどっちが好みだと思う?」
「右の女性じゃないんですか?」
「全員響と同意見か?」
確認を取れば否定の意見が出ない。
「なら答え合わせだ。先に言っちまえば、世の男の大半は右じゃなく左が好みなんだよ」
うええええっ!? と叫ぶ乙女達。
「これは男女間での認識の違いだ。女はこの写真を見て、右が痩せてて左がほんの少し太ってると思うが、男の場合、右が痩せ過ぎで左が普通、という風に左の方が魅力を感じるんだよ」
証拠としてこの写真が掲載されているSNSのコメントを見れば、ほとんどの男性が左を支持していた。
「女なんだから、太りたくないとか痩せて綺麗になりたいとかあるのは別に構わねーが、試合前のボクサーじゃねーのに無理な節制はやめとけ。それ以前に俺からしてみればお前ら全員痩せてる方だ。だからもうちょい肉つけろ、肉。つーか、旅行中に食事量抑えるなんてつまんねー真似してんじゃねーよ」
話は終わったと食事を再開するカズヤ。
皆は少し考えるように沈黙し、右に左にと顔を見合せ、一つ頷いてから漸く
その様子を見て、カズヤはやれやれとばかりに苦笑した。
あとはもう寝るだけ、という段階になって奏は同室のマリアとセレナに問い掛けた。
「東京帰ったらダイエットしなきゃな、って思ってたけど、このままでいいのかね?」
ちなみに切歌は、食後に調とカズヤの三人で遊戯コーナーに行ったっきりまだ戻らない。
「どうでしょう? カズヤさん的には、むしろしないでくれって感じでしたけど」
「私はてっきり痩せろって言われると思ってたわ」
正座し湯気を上げている湯呑みを両手に持つセレナと、明日の為に荷物整理をしているマリアが、布団の上でスマホを弄る奏に視線を向ける。
「...ネット調べるとさ、痩せ過ぎとかガリガリの女は抱き心地が良くないって出るんだよね」
「しかも男性と女性の『痩せてる』って全然違うんですよね」
「あれ、さっきカズヤに指摘されるまで全く知らなかったわ...まさに目から鱗よ」
唸る三人。
「アタシらのこと痩せてる、つってたな」
「言ってましたね」
「ということはもう少しその、ふと...増量した方がいいのかしら」
増量するならあとどのくらい?
奏はスマホでとあるサイトを見つけた。
「何々...女性の理想体重は、身長とスリーサイズで大きく変わります。また、健康を重視する理想体重、プロのモデルの理想体重、女性が美しいと思う理想体重はそれぞれが大きく異なるのも同様です。まずはあなたが目指す理想体重が何なのかを知りましょう。なお、痩せ過ぎというのは病気になりやすかったり、不妊になったりと危険性を秘めていますので、美しさを求め過ぎたダイエットのやり過ぎにはご注意を...だとさ。身長入力するとそれぞれの理想体重が分かるのか。ちょっとやってみよ」
興味を引かれてスマホに自身の数値を入れる。
マリアとセレナも気になるのか寄ってきた。
「え~と、アタシの理想の健康体重は...今より随分重いね」
「これ、男性の体重なんじゃないの?」
「入力間違えました?」
「いや、間違えてないし、女性の理想の健康体重ってあるよ...身長あるからかな?」
それにしても重過ぎない? と女性視点で思いつつモデルの理想の体重を確認してみる。
「そうそう、身長に対して旅行前の体重がだいたいこれぐらい......えっと、モデルの理想体重は、スタイルを売りに仕事をしている人の理想の体重です。普通の人にとっては痩せ過ぎなので、健康に注意しましょう...」
「私と奏の身長がほぼ一緒だから、これって私も当てはまるのよね...?」
「つまりマリア姉さんと奏さんは、カズヤさんが言う通りもう少し増量した方がいい、ということですね」
セレナの言葉に奏とマリアは思わず顔を見合せ、お互いを指差しつつ、
「「これで痩せ過ぎなの!?」」
とかなり大きな声を上げて唖然としてしまう。
その隙にセレナが奏の手からスマホを奪い、更に読み進める。
「...なお、バストが大きい女性の方は、表記された体重にプラス二、三キロを目安としてください、とあります」
「え? 嘘だろ? プ、プラスで二、三キロ?」
「そんなに増量していいの!?」
信じられんとセレナの手元を覗き込む奏とマリアに、画面が見易いようにセレナが角度を変えた。
「...ホントだ...別にアタシ節制してるつもりないんだけど」
「私も」
なんで? と首を傾げる二人。
セレナは更に読み進めた。
「えーっと、これらの表記はあくまで目安です。参考程度にしていただくようお願いします。過度な増量や減量は体の毒となりますので、やり過ぎにはご注意ください。当然、体質的に太りやすい太りにくい、痩せやすい痩せにくいは人それぞれです。あっ、ここからまとめですね...健康に勝る美しさなどありません。しかしながら、女性として生まれてきた以上、体重の問題は切っても切り離せないもの。特に好きな男性やパートナーがいる方は気になるのも仕方がありません。その場合は、誰目線で見た時に美しいと思える体を目指すのかをよく考えましょう。万人が美しいと称賛しても愛する男性が美しいと思ってくれなくては何の意味もありません。そして、意外に思うかもしれませんが、一般女性皆様が想像しているよりも、男性は女性の体重問題に対しておおらかです。大抵の男性は『無駄な贅肉がなければいい』『くびれがあって欲しい』『健康的に見える』程度のものを望んでいて、実際の数値をあまり気にしません。どうか、あなたにとって最適な理想体重を手にしてください...とのことです」
「...」
「...」
音読が終わり、セレナが奏にスマホを返却。
暫く黙って思考に耽る三人であったが、これまでのやり取りとで答えを得たのか、おずおずと奏が口を開く。
「...要するに、痩せ過ぎず、健康的であれば良いってことかい?」
「そうね。私達は装者である以上、体が資本なんだし」
「結局は、カズヤさんがどう思ってくれるかですから」
マリアが首肯し、セレナが結論を述べた。
「...そろそろ寝ましょうか」
それからセレナが促し、三人は布団の中に潜る。
電灯は消さない。まだ切歌が戻ってきていないからだ。
「...」
「...」
「...」
沈黙が部屋を支配する。
防音がしっかりしているのか、隣の部屋から声が聞こえてくることもなく、エアコンが作動する音だけが静かに響く。
「...切歌さんにもう寝るように言ってきますね」
その時、一度布団の中に潜ったセレナが立ち上がるが──
「「させるかっ!!」」
今まさに横切ろうとしたセレナの足首を、布団の中から奏とマリアが手を伸ばし左右から一本ずつガッシリ掴み、
「ぶっ!?」
ビターン、とセレナは畳に体の前面を叩きつけられた。
「な、何するんですか!!」
涙目になって抗議するセレナが上体だけ振り返り見たものは、般若のような顔をした奏とマリア。
「...セレナ、あなた今、『切歌に寝るように言ってくる』って言ったわよね?」
「それの何が──」
「どうして、『連れ戻してくる』じゃないんだい?」
「....................................それは」
「「それは?」」
「切歌さんと調さんに寝るように言った後、もしかしたら、か、カズヤさんからお部屋にお呼ばれするかもしれないじゃないですか」
それを聞いた二人は何の打ち合わせもしていないのに、セレナの足首を同時に引っ張り畳一畳分引き摺ると、うつ伏せの彼女の上に圧し掛かる。
「重っ!? 重いです!! さっき食べたものとか内臓とか出ちゃいます!!」
「どさくさ紛れに、何一人でカズヤとしっぽりしようとしてるのよ!? いくらセレナでも抜け駆けなんて許さないわよ!!」
「そうさ! こういうのはまず先に先輩のアタシから許可を取ってからにしな!!」
腰に奏が、太ももにマリアが跨がり、二人分の体重を受けて拘束されてしまう。ジタバタもがくが、全く動けない。
「だいたい何が『お呼ばれ』だ! アンタがいつもいつもカズヤを誘惑してんのは分かってんだかんね、このド淫乱!!」
「全く、姉として嘆かわしいわ! いつからこんな風に皆を出し抜くようなことができる子になっちゃったのかしら!」
「だってカズヤさんって割りと隙だらけ──」
「誰が口答えをしていいと言った!?」
「奏、先輩としてセレナの教育をお願い。この子にはみっちりと礼儀というものを叩き込んでおいてちょうだい......私は切歌と調にもう寝るように言ってくるから」
「ああ、任せときな...とでも言えば満足かこの淫乱ピンク!!」
セレナの上からどいて横を通り過ぎようとしたマリアの足を奏が掴み、そのまま引き倒す。
「ぐっへ!?」
「姉妹揃って考えること一緒かアンタら!」
「...私はセレナほど露骨じゃないわ」
「はあああ!? マリア姉さんだってカズヤさんのこと常に露骨に誘惑してるじゃないですか!! セクハラ染みたボディタッチ凄く多いし、晩酌だって最初は『酔った勢い』を利用する為に始めた癖に!!」
「いいじゃない別に! 何が悪いのよ!?」
「悪いとは言わんが調子に乗るな! アンタら二人共だ! カズヤが何でもかんでも受け入れてくれるからって甘え過ぎだ! いい加減にしとけよ!!」
「奏に言われるとは心外ね」
「本当ですよ。クリスさんと二人で毎晩のように甘えてる癖に。一つ屋根の下ってズル過ぎません?」
「......そこまで言うならこうしようじゃないか」
こめかみに青筋を立てた奏が立ち上がり、自分のキャリーバッグから一升瓶──今日の昼にお土産として買った日本酒を取り出す。
「...飲み比べ勝負って訳ね?」
「負けたらここで朝まで潰れてる。勝ったらカズヤの部屋に行ける。シンプルだろ?」
「受けて立ちます」
一升瓶の蓋を開け、グラスを三つ用意し酒を注ぐ。
終わりそうだった夜は、なかなか終わりそうになかった。
一方その頃。
「クタバレ切歌! フルバァァァストだ!!」
「あああ! 私のグァンドァムが爆発四散させられたデス!?」
「大丈夫、切ちゃん。仇は取る......自爆!」
「ぐおおおおお!? 調お前、さっきから自爆特攻ばっかじゃねぇか!! 自爆してドロー狙いやめろっつの!!」
「ロボットの自爆はロマン。死ぬ時は皆一緒」
遊戯コーナーで三人が興じているのは、『輸送戦機グァンドァム』という人気ロボットアニメのアクション系のアーケードゲームだ。
なかなか楽しく遊んでいるのだが、調は自身の操る機体の耐久値が残り僅かになると、必ず近くの誰かを巻き込んで自爆するという
試合形式はバトルロイヤルなので、最後まで立っていたら勝ちなのだが、調が自爆特攻しまくるので誰一人として生き残れない、戦争に勝者などいないと風刺するような不毛な戦いが続いている。
実はこのゲーム、プレイヤーからは自爆ゲーと言われており、困ったらとりあえず自爆しとけば勝てないけど負けないと言われるくらいに自爆が非常に強力に設定されていた。故に自爆特攻が推奨されるという狂ったゲームバランスなのだが、それを調が気づいた訳ではないし、予め知っていた訳でもない。
単に切歌とカズヤを巻き込んで自爆するのが楽しいのだ。
「もう一回やるデス!」
切歌の声に伴い画面が切り替わり、機体選択画面になった。
機体を選択すると、対戦画面に切り替わり『Ready』と表示される。
「調、もう自爆すんなよ?」
『Action!!』
「了解、自爆する」
「「あああああああああ!?」」
画面の中では、開幕二秒で三体のロボットが木っ端微塵になった。
ちなみにこのゲーム、自爆が強く設定されてる時点でお察しかと思うがクソゲーの類いである。
「開ーけーてー」
宿で過ごす最後の夜を猥談で盛り上がっていたところ、奏の声がドア越しに届き、やや乱暴にノックがされる。
ドアに最も近かった響が鍵を開けて応対すると、そこには顔を赤くし目が据わった奏がいた。その背後には奏同様に顔が赤くて目が据わったマリアとセレナも一緒だ。
しかもなんか酒臭い。
「飲み比べ勝負してたんだけどさー」
「は? はあ...」
「なんかイマイチ盛り上がんなくて、来ちゃった」
「え? あ、ちょっと奏さん!?」
酔っ払い三人は響を押し退けズカズカ入室してくると、勝手にドカリと畳の上に胡座をかき、手にした一升瓶からグラスに酒を注ぐ。
「奏、どうして飲み比べ勝負など...」
酔った姿は何度も見たが、ここまで酔った相棒の姿を見るのは初めてだった翼が戸惑いがちに問う。
「うんとね、えーっとね、体重の話でアタシらはもっと肥えた方がいいってなって、確か勝った奴が今晩カズヤを一人占めするって話だったんだけど、全然こいつら負けを認めなくて、だからこっち来たの」
「...話の前後が訳分かんねぇぞ」
何言ってんだこいつ、とクリスが思わずぼやく。
「で、アンタらは、何してたの? どうせ猥談でもしてたんてしょ? ん? お姉さんに言ってみな?」
「アハハハハッ、猥談! 猥談だって! 聞いたセレナ!? アハハハハハハハ!!」
「エッチな話なら聞かせてくださいよ~! 今後のプレイの参考にしますぅぅぅ」
酔っ払ってる癖に妙に勘のいい奏の言葉に、マリアが唐突に笑い出し、セレナが話をせがむ。
面倒臭いやつだこれ! と、響、翼、クリス、未来の四人は悟るが、一度部屋に入れてしまった以上、この酔っ払い三人を無理矢理追い出すこともできない。
どうやって対処すればいいか黙して考える四人に、奏は素面だと話しにくいのかもしれないと勝手に見当違いを起こし、セレナが抱えていた果実酒の瓶を奪い取ると、響に渡した。
「美味しいよ? 飲み易いし、甘口だし、ジュースの延長みたいな味で初心者にオススメ~」
「えっ」
「しかも酔った勢いでカズヤとにゃんにゃんできるぞ! アタシが許す!! 飲んだら一番槍は譲ってやる!」
「でも...」
躊躇う響だが、奏は不敵に笑う。
「おいおいどうした響? ルナアタックの後の行動制限中に、アタシらの中でカズヤのシェルブリットに一番槍したのに酒はやれねぇの?」
酔っ払いの安い挑発だ。しかし、こう言われてみると確かに飲酒なんて、カズヤとのアレと比べたら大したことないように思えてくるから不思議である。
それに、飲酒して楽しそうにしている面子を見て、実は前々から興味があった。
「ガングニール、立花響! 一番槍、いきます!!」
手にした酒瓶を高々と掲げ、らっぱ飲みを開始。
ここからが宴の幕開けとなる。
切歌が「眠くなってきたデ~ス」と口にしたので部屋に戻ることにした。
とりあえず切歌と調の二人を部屋の前まで送り、ここまで来たから皆に一言声を掛けてから部屋に戻るか、と思ってドアをノックしようとして──
「...」
「カズヤ?」
「どうしたんデスか?」
なかなかノックをしようとしないカズヤに二人が訝しみ、彼は悩ましげに呟く。
「なんか、嫌な予感がする」
「嫌な...」
「予感デスか?」
顎に手を当て、少し考えてから二人に向き直る。
「鍵持ってるか?」
フルフルと首を横に振る二人。
「仕方ねー。フロントでマスターキー借りるぜ。同室の者が寝ちゃって入れないとでも言えば貸してくれんだろ」
一度三人でフロントに赴き、ここ数日ですっかり顔馴染みになった従業員に事情を説明すると、快くマスターキーを貸してくれた。戻ってくると、まずは切歌側の部屋を慎重に、それこそ泥棒のように音をなるべく立てないように細心の注意を払いつつ開ける。
「誰もいないな」
部屋は無人。もぬけの殻だ。布団が四人分敷いてあるが、それだけ。部屋にいるはずの奏とマリアとセレナの三人は一体何処へ?
カズヤが先程感じた嫌な予感が強くなる。
続いて調側の部屋を慎重に開ける。ゆっくりと鍵を差し込み、ゆっくりと回す。小さな音も立てないように気をつけながら解錠し、静かにドアノブに手を掛けて捻り、僅かな隙間が開けば、大音量の音楽と歌声が響いてくる。
「この曲、ツヴァイウィング」
「歌ってるのは、クリス先輩と未来さんデス?」
戸惑う二人を背に覗き込む。
そこで繰り広げられていたのは──
(何だこれ...?)
部屋の中だというのにシンフォギアを纏ったクリスと、浴衣姿の未来が、二人で肩を組み、空になった酒瓶をマイクに見立てて熱唱していた。
よく見ればシンフォギアを纏っているのはクリスだけじゃない。隣の部屋にいなかった奏達もいて、未来以外の全員が揃いも揃ってギアを起動し、楽しそうに合いの手と手拍子を入れていた。
(シンフォギア使ってカラオケ大会してんのかこいつら!?)
畳の上に転がるいくつもの酒瓶と空き缶。それらは全部アルコール飲料で、全員が熟れたトマトみたいに顔が赤い。
完全に出来上がってる!!
幸い、宿の防音設備が完璧だからこそ音が外に漏れておらず他の客からクレームがなかったらしい。カラオケ大会をしても平気な建物及び部屋、そして名も知らぬ建築会社と大工さん達にカズヤは心から感謝した。
カズヤの脇の下に潜り込み、ドアの隙間から垣間見える室内の光景に、切歌と調も唖然としている。
どういう経緯で成人の三人が未成年の四人に酒を飲ませてカラオケ大会となったのか皆目見当もつかないが、関わり合わない方が賢明なのは確かだ。
.....................とりあえずドアをそっと閉じた。
「...」
「...」
「...」
三人で顔を見合わせる。
やがてカズヤが重々しく口を開く。
「切歌、調、お前ら二人はこっちの部屋で寝ろ......あいつらは、酒が入ってるみてーだし、そっとしておこう、な?」
コクコク頷く二人に満足し、カラオケ大会の会場となった部屋を外から施錠してから「フロントにマスターキー返却してくる」と言って踵を返す。
触らぬ神に祟りなし。戦略的撤退。逃げるが勝ち。
酔っ払い七人の相手などやってられんとばかりにカズヤは溜め息を吐いた。
翌日。
案の定、二日酔いを起こして苦しむ七人の姿があった。
犠牲者を求めて徘徊するゾンビのような足取りと唸り声を上げるアンポンタン共が、この状態でバスと飛行機を乗り継いで帰れるとはとても思えない。
なので、切歌と調に近くのコンビニで液キャベを人数分買ってこさせると、フォアグラの材料となるガチョウに無理矢理餌を食べさせるように、強制的に情け容赦なく手加減抜きで、顔を上に向かせて口を開かせ瓶を咥えさせて液キャベを流し込んでやる。
そして暫く禁酒命令を出した。
後日。
カズヤは七人から連名で浴衣をプレゼントされた。
二日酔いで迷惑を掛けたお詫びだという。
まだ冬なので使う機会はないが、夏などにありがたく部屋着として使うことにすると決めた。
ジュルリ、という音は聞かなかったことにしておく。
オマケ
『輸送戦機グァンドァム』
宇宙暦114514年。主人公の星井総次郎は非合法の輸送業務を生業とする運び屋として生計を立てていたが、07月21日に請け負った仕事で地球から火星へ向かう途中、海賊の襲撃に遭う。やたらと装備が充実しており正規軍よりも精強な海賊共を一人残らず宇宙の塵にする為の武器を求めて勝手に荷物を開けたところ、荷物の中身は地球連邦軍で生み出された最新の人型超兵器『グァンドァム』だった。
『グァンドァム』を勝手に使って海賊を殲滅するものの、今度は地球連邦軍からはテロリスト扱いを受け、本物のテロリストや反地球連邦の者達からは『グァンドァム』を狙われ追い回されることとなる。
四面楚歌の中、とにもかくにも『グァンドァム』を駆り、寄ってくる迷惑な連中を、躊躇なく片っ端から返り討ちにしつつ逃亡生活を送る総次郎。
しかしそれは、地球、月、火星、宇宙コロニーなどといった人類圏の全てを巻き込む戦争の火種の始まりでしかなかった。
この作品のR-18版は......?
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書け!
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そんなことより早くGX編を書け!
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そんなことよりギャグ多めの閑話を書け!